私はいつものようにふらりふらふらと町歩きをしていた。数日続く晴天というだけで私も気分が良いし、町は平和で活気がある。一人で歩いているだけで、その空気に触れているだけでも私はなんだか嬉しくて、笑みがこぼれる。
数年前までは、同じ町ではないけれど、共にそうして歩く人がいた。私にこの町歩きの楽しさを教えてくれたのもその人だ。
「葉桜?」
巡察中らしい永倉率いる二番隊と行きあい、私は軽く手を挙げて返す。
「お勤めご苦労さん」
「おめェはこんなとこでなにしてんだ?」
「んー、散歩?」
じゃあなと別れてからもふらふらと店先で冷やかしたり、小間物屋で綺麗な財布を物色したり。
そんな風にふらふらと歩いていた私は、ふと道ばたで立ち止まり、振り返った。雑踏に覚えのある香りがあった気がしたからだ。
(そんなはずは)
私は自分を否定し、再び歩き出す。しかし、数歩先で自分の意思に反して、私は踵を返してしまった。
夢を求めるように、幻を願うように、微かとなった香りを追いかけて、私は走っていた。
(そんなはずは)
あるはずがない、いるはずもないとわかっているのに確かめずにはいられなくて、私は周囲を見回す。
「なにしちゅう?」
背後から問いかけてくる才谷の声で私は我に返り、拳を握りしめ、唇を強くかんで、何も言わずにその場を逃げ出した。
(そんなはずは)
一目散に屯所へ戻り、布団を被って、私は我が身を強く抱きしめる。
(そんなはずない)
今、私を捕らえていたのは恐怖でなく、逢いたいとただ希う、恋慕の情で。叶うはずのない願いとわかっているのに止められなかった。
(藤堂視点)
葉桜さんは昼餉をいつも外で済ませる。理由は贔屓の店がとかいうけど、新八さんや左之は贔屓の女がと馬鹿笑いした。
でも、今日は非番の日はいつも夕餉に合わせて屯所に戻る葉桜さんが、早番の新八さんのすぐあとに戻ったと聞いて、俺は驚いたんだ。
「でもいない、よね」
「うん、部屋に篭っちゃってるの」
鈴花さんは心配そうにしながら、昼餉を食べてた。
俺はいつも笑って、人をからかう葉桜さんしか知らない。だから、話を聞いた時は信じられなくて、軽い気持ちで新八さんらと部屋へ行ったんだ。
遠めに縁側で寝転がる葉桜さんを見て、俺は足を止めてた。いつもと同じ、青で統一された男姿なのに、ふだんよりも線の細い女らしさを感じる。
そう感じたのは俺だけではないようで、同じように立ち止まったままの新八さんも左之さんも前に進まない。
夏空を見上げ憂い顔の葉桜さんがいる場所は、俺らがいる場所までをきっちりと切り取り、崩せない風景みたいだ。ゆっくりと葉桜さんの視線が動き、俺らを認めてから、気の抜けたようにへらりと笑う。
「いつまでそんな所でつったってる。用があるならさっさと言いなさいな」
そのまま俺らが何も言わないでいると、葉桜さんは視線を空に戻し、左手を口元へ運んだ。違和感は、もうひとつ。
「煙草なんて吸うのか、葉桜」
まず歩き出した新八さんに続き、左之さんが、そして俺もやっと葉桜さんの近くまで歩み寄った。隣に胡座をかいた新八さんにも、後ろに座った左之さんにも何も言わない葉桜さんは、キセルをくわえたままで俺を見上げる。なんとも言えない色気に、俺は耳が熱い気がした。
「吸ってないよ。葉もないし、火もない。てか、あんなマズイもの吸うかよ」
葉桜さんは口では嫌悪しているが、キセルをくわえて、笑っていては説得力がない。
「んじゃ、そらなんだ?」
「キセル」
「……まさか土方さんのじゃねェよな」
「ったりまえ。つか、他のやつのなんか、くわえるかよ」
言いながら、葉桜さんは口からキセルを離し、大切そうに紅の袱紗に包んだ。
「これは、形見なんだ」
そういって微笑む葉桜さんは、女の顔をしていた。
「私を救ってくれた恩人の、形見でさ。今日はなんとなく思い出して、引っ張りだしてみた」
吸わないんだけど、と袱紗の上から、葉桜さんはまた撫でる。
「恋人かなんかか?」
「あはは、言うと思った。残念ながら違うよ。恩人って言ったでしょ」
袱紗を胸にしまい、葉桜さんは柔らかに笑う。
「私に光をくれて、剣を教えてくれた人さ。永倉と別れた後で急に思い出して、偲んでたんだ」
違うと葉桜さんは言うけど、その顔はどう見ても恋しい人を想う顔だ。俺が横顔をじっと見つめているのに気づいた葉桜さんが、はにかんで笑いかけてくる。
「……おまえら、午後の予定がないなら、ちょっと付き合わないか?」
葉桜さんがそんな女の顔で誘うから、つい俺らはうなづいてしまったんだ。
道場内に緊張が広がり、俺はあの時と同じく動けない。目の前にはあの時ーー入隊試験と同じく、温く笑う葉桜さんがいる。
「大丈夫かよ、平助」
「代わるか?」
左之さんと新八さんの言葉にも、俺は動けない。葉桜さんは強い。一瞬でも気を緩めたら負けることは、俺はあの時に思い知っている。
得意の上段に構えた俺に対し、葉桜さんは右手を軸に下段に構えている。
あの時の葉桜さんは利き手と逆だったと、俺は後から鈴花さんに聞いて、もっと悔しくなった。あれから更に鍛練も重ねたから、俺だって強くなっているはずだ。だけど、それでも俺は。
「藤堂、悪いが半分はいかせてもらうぞ」
予告と同時に俺は間一髪で、葉桜さんの一撃を受けていた。だけど、葉桜さんの速さだけに捕われてもいけない。続く猛打もだが、見た目の細腕に反して、その一撃はどれも軽くない。さらに魁先生の異名をもつ俺でも追いきれない速さに、押され続ける。
葉桜さんは女だと認識したさっきが嘘みたいだ。
「それまでッ」
新八さんの合図がなければ、俺はどうなっていたか。両肩で息する俺に、葉桜さんが笑う。
「ふーん、ちゃんと稽古してんだ」
「あ、当たり前っ」
「エライエライ」
小さい子にするみたいにぐしゃぐしゃと俺の頭を撫で、葉桜さんが俺に背をむける。
「葉桜さんっ」
俺は葉桜さんを呼びとめ、彼女が振り返ってから、呼び止めた自分に驚いた。負けて悔しいのはあるが、恨み言を言うつもりなんてない。
「なんだ、藤堂?」
そうと知らない葉桜さんが俺の前に戻る。今更、なんでもないとは言えない。
「……鈴花さんが心配してたよ」
結局、考えた末に出たのはそんな言葉で。
「そうか、鈴花ちゃんが」
決まり悪そうに笑った葉桜さんは、有難うとまた俺を撫でた。今度こそ俺から離れる葉桜さんを見送る。
その後ろ姿はまた、かすかに女の顔を俺にみせていた。
新年初創作がこれってどーよ。
父様について書こうかと思ったけど、ここではまだ明かしちゃいけないと思い出したのでやめた。
て、ここで書いたら台無しか…w
(2010/01/02)