幕末恋風記>> ルート改変:近藤勇>> 慶応三年弥生 11章 - 11.1.1#眠れぬ夜

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:近藤勇

話名:慶応三年弥生 11章 - 11.1.1#眠れぬ夜


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.7.21 (2013.8.30)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:3700 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(78)
近藤イベント「眠れぬ夜」
カエさんのリクエスト

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p.1

 最近、私は月を見上げることが多くなった気がする。眠れない夜が続き、無性に淋しさが募って、人恋しくて。土方らに怒られるとわかっていても、かまわずに部屋の前に座っているようになった。

 竹取物語の姫君なんかじゃないけど、今なら彼女がこうして月を見上げる気持ちがわからなくもない。大切な人たちと別れたくない。だけど、確実にその時は近づいていて、留めることは容易でない。そう、本当に大切なら、もう私はここを去らなければならない時が近づいている。

 胸に手を当てなくても、自分の心臓がどくどくと波打っているのがわかる。ううん、本当は、私は大切な人とただ別れるのが怖いんじゃない。大切な人たちに、自分を忘れられたくないだけだ。

 もちろん、私がいなくったって、今の新選組は大丈夫だろう。でも、自分がそこにいなくても大丈夫だというそれに安心すると同時に、やはり寂しさが募る。

 春だから、こんなに感傷的になるのか。それとも、伊東ら御陵衛士がいなくなって、どことなく屯所全体が静かになったような気がするせいなのか。色んな事が重なって、余計に私の弱さを引き出しているような気がする。

 私はひとつ深い息を吐き出すと、素足のまま庭におり、懐から扇子を取り出した。こういう時に思い浮かべるのは、どうしていつも同じ人物なのだろう。鉄扇で戦うのを見たのはほんの数度のはずなのに、すべての動きが私の中で鮮やかに構成されてゆく。傍若無人で唯我独尊な人だった。けれど、でも、今ここにいてくれたら、私の背中を押してくれた気がする。

(どう、したらいい?)
 見上げる枝には、咲き終えた桜の残りが、散り始めている。あと二,三日もすれば、すべての桜が散り終えてしまうことだろう。

 迷っている今の自分の前に、もしも大切だった人たちがいたら、笑い飛ばしてくれるだろうか。

 おまえが悩んだところでどうにもならないんだから余計なこと考えるなとか、思うままに行動してりゃいい考えも浮かぶだろうさとか。よく考えたら、父様も昔の芹沢もおんなじで、けっこう私に対して容赦ない言葉を投げつけてくる。二人ともぶっきらぼうなんだけど、とても懐が深くて、落ち込んでくれてる私がそれ以上落ちていかないように、手を貸してくれていたんだ。

 今の私をみたら、二人ともがっかりするだろうか。だったら、私はそう見えないように頑張るしかない。思うままに精一杯行動して、ダメだったらそのときにまた考えるしかない。私にはそうすることしか出来ない。

「あれ、近藤さん?」
 縁側からこちらをぼんやりと見ている長身の人影を認めて、私は舞の手を止めて、首をかしげる。いつからいたのかわからないほど、今の近藤は影が希薄だ。いつもの底抜けに明るくて飄々とした空気が薄い。置いて行かれた子供みたいな目をして、私を見つめていたようだ。

「どうしたんですか?」
「葉桜君こそ」
「聞いてるのは私です」
 近藤はどこか所在なげな様子なので、しかたなく私は縁側に戻って座った。

「俺は…なかなか寝付けなくてね」
「じゃあ、同じですね」
 私は隣を叩き、近藤にも座るように促す。彼が座っている間に、私は杯に水を追加する。

「時々、理由もなく眠れない時があってさ。酒を飲んで無理に寝てしまう気にもなれなくてね」
「あぁありますね」
 私が近藤の手を取って杯を渡すと、首を振られてしまった。酒だとでも思っているのかもしれない。ふだんから、そういう風にみせているから。

「俺はいいよ」
「ただの水なんですけどね。まあ、いいならいいや」
 無理に勧めるつもりはないので、私はおとなしく自分でそれを煽った。

「…どうして来たのかとか、聞かないの?」
「聞いてほしいんですか?」
 軽く舞ったことで火照っている身体に、冷たい水が流れ込んでゆくのが心地よい。その心地よさを味わうために、私はまた水を杯に注いで飲み込む。

 本当に話を聞いてほしいというのなら、大抵の人間は自分から話し始める。だけど、それが弱音なら、男ならば、口に出したくないコトだってあるだろう。そういうものだと、私は父様から聞いているし、自分でもそう思うから、深追いはしない。

「いや…。葉桜君は何故起きているんだい?」
 案の定、近藤から何かを話すつもりはないようだ。

「近藤さんが来るような気がしたからです」
 近藤の問に軽口で答えると、無言を返されてしまった。

「ふふふ、冗談ですよ」
 人恋しいところに丁度よく来てくれたのが、近藤であったことに、私は少なからずほっとした。他の誰でもなく、近藤のそばは暖かくて優しくて、落ち着く。

「ちょうど一人に飽きてきたトコです。もう少しここにいませんか」
 今の近藤を一人にしておきたくないと思ったのもあったが、何よりも私自身が今ひとりにされたくなかった。だけど、強要はしたくない。

 返事は聞かず、ただ私は月を見上げる。近藤も月を見上げ、しばらくして私を見つめてくる。とまどうような、促すような、でも、どこか心地よい空気をただ感じて、私は薄く笑みを浮かべた。

「こんなに綺麗なのに、なんだか淋しい月ですね」
 ぱちり、と私の手元で、扇子が音を立てた。



p.2

(近藤視点)



 寝付けなくて、布団を抜け出せば、引き寄せられるように葉桜君の部屋へ足が向いていた。彼女はいつもどおり何でもない風に笑って、理由も何も聞かずに俺を呼んでくれた。それにどれだけ心救われたか、葉桜君にはわからないだろう。

 最初に出会ったときはただ面白そうな女の子だと思った。なんたって、あの芹沢さんに面と向かってあからさまに喧嘩を売るような人は初めて見た。それが、いまはもうトシと並ぶほどに心強い仲間となっていた。

 本当に弱音を吐いてしまいそうだった俺を押しとどめたのは、意外にも葉桜君の方だった。

「聞いてほしいんですか?」
 何も言わなくてもいいんだという、その裏に隠された言葉に安堵した。葉桜君に弱音を吐いてしまうことは同時に不安でもあったからだ。いくら仲間とはいえ、女の子に愚痴を零すなんて格好悪いことをするトコだった。

 ここに来たとき、葉桜君はどこか物思いに耽っているようだった。俺のいることにも気がつかずに素足のまま庭へ降りると、扇子を取り出して、誰かに構えていて。またそれはどこか芹沢さんを彷彿とさせる構えで、でもそれとは全然違っていて、彼女の場合は辺りに清涼な風が駆け抜けてゆくようだった。とても綺麗で力強く見えるのに、垣間見える儚さに動けなかった。

 不意に彼女が口元を綻ばせて、誰かに笑いかける。俺以上に信頼された瞳は誰に向けられていたのかしれないが、どうやら葉桜君は自分で答えを出す術を知っているらしい。いつだって彼女は誰に相談するでもなく、一人で答えを出して行動してきた。それはこういうことなのだろう。葉桜君は葉桜君自身がどうすべきか、どうしたいか。その答えはこうして見つけてきたのだろう。

 邪魔をしても悪い。他へ行った方がいいかもしれない。そう思って腰をあげかけた俺に落ち着いた声がかかる。

「もう少しここにいませんか」
 言葉の裏に、いてほしいという声が聞こえたのが気のせいでないといい。

 葉桜君が見上げる月を同じように見上げてみる。でも、きっと彼女がみているのと同じ月は見られないのだろう。隣を見れば、楽しそうにも見えるし、哀しそうにも見える表情になんと声をかけたものか戸惑う。それとも、葉桜君から何か言ってくれるのを待つかどうしようか。

 彼女が手遊びしていた扇子が、ぱちりと音を立てる。それは、以前に葉桜君が助けた少女からもらったという綺麗な桜模様の白扇子だ。俺の持っている着物と同じような柄だと自慢されたことがある扇子は、それからずっとお気に入りらしく肌身離さず持っているという。他意はないのだろう。彼女が純粋に気に入っているというだけで。だけど、どこか深読みせずにはいられない。

 空気が語ると言うこともあるのだと、なぜだか妙に感じる。そう、葉桜君の空気は言葉を発することを許さないとかそういうものではなく、ただそこにいることだけを望んでいて、何も言わなくてもそれでいいのだと安心させる。

 気がつけば、葉桜君の手に自分の手を自然と重ねていて、気がついた彼女はふわりと優しい笑顔を浮かべるだけで。それでいいのだと、目で語る。

 本当に、なんて女の子なのだろう。世界のすべてを包み込む空気はとても優しくて、清廉で曇り一つない水面のようだ。だけど、それがほんのちょっとしたことで波立つことも俺は知っている。強くて弱くて、とても儚いのだということも、誰かを守るという理由をつけなければ、生きることさえ怖がるほどに臆病なのだということも。ああ、そうだ。葉桜君は生きるために誰かを助け、生きるために剣をとったのだ。だから今、ここにいる。

 何かを言おうとして口を開き、そのまま何も言わずに閉じる。どれだけの言葉を紡いでも、葉桜君には届かない。だったら、葉桜君が生きるための道を俺は切り開いてやる。その強くて弱い小さな手を引いてやろう。

 力を込めて手を握ると、隣の気配は不思議そうに震え、笑った。

あとがき

カエさんリクエストで近藤さんイベントの【眠れぬ夜】の「揺らぎの葉」ばーじょんです。


ヒロインは相談屋じゃありません。
話は聞くけど、放っておくタイプ。
てか、この話難しい…っ!
だって、よく考えたらゲームでのこのイベントでのヒロインとの関係って「仲間」ですよね。
それにしても、近藤さんにこれだけ台詞がないのって、初めて書いたかも。斎藤以来かなw
(2006/7/21 16:17:37)


改訂
(2013/08/30)