幕末恋風記>> 本編>> (慶応三年水無月) 11章 -悲願成就

書名:幕末恋風記
章名:本編

話名:(慶応三年水無月) 11章 -悲願成就


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.8.9 (2007.1.7)
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:8289 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 6 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
1-悲願成就:揺らぎの葉(83)
2-酔い覚めて:揺らぎの葉(84)

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p.1

1-悲願成就







 廊下にひとりいつものように横になる。こういう暑い日の廊下はひんやりと冷たくて、体内に篭もる熱を冷ましてくれそうで気持ちが良い。特によく晴れた日などの正午を過ぎるまではここにいるとよく眠れて丁度良い。本当に眠るつもりは無いけど、それでもこういうときは何もせずにだらだらと。

 寝そべっている廊下にかすかな振動を感じ、その方向に顔を向ける。

「廊下は静かに」
「これ以上静かにできるかよ」
 真っ直ぐ歩いてきた永倉が葉桜の前にしゃがみ込む。彼がそういうのも当然で、足音もなければ気配も微々たるものしかない。これ以上静かにするとしたら、歩かないぐらいしか選択肢はないのだ。

「んなことより、オメーはいかねぇのか?」
「どこに」
「総司の部屋だよ」
「…だって~、行ったら総司を山南さんに取られちゃうし~」
 髪に触れてこようとする手を追いやりつつ答える。いくら非番でも総司の世話をしたらいけないという約束なのだ。どんなに心配でも遠くから見守るぐらいしかできないのだが、この間ので葉桜の監視に山崎まで加わっているとわかれば、それさえも叶わない。

 だから、廊下でだらだらしているのだという葉桜を見下ろしたまま、永倉は吹き出した。

「はっはっはっ! いくら近藤さんらでも今日はそんなこと言えねェって。何しろ、沖田の部屋で祝い事をしようって言い出したのは近藤さんなんだから、なっ!?」
 皆まで言わせずに、その胸倉を掴み上げる。

「な、何~!?」
「何って、オメー、とりあえず離せっ」
「あのバカ何考えてんだ、沖田は病人なんだぞ!?」
「く、苦しい…っ」
 乱暴に手を離し、そのまま走り出そうとした葉桜の足が引っかけられ、無様に廊下に転がる。

「ちっと落ち着け、葉桜」
「ってーな。なにしやがる、バカ倉」
「そりゃこっちの台詞だ。オメー、もう少し周りを見ろ」
 いつの間に起き上がったのか、しっかりと背中を押さえられ、身動きがとれない。

「それと、今日ぐらいは見逃してやれ。今回の幕臣取り立ての内示、誰が一番喜んでいると思ってんだ?」
 わかっていても沖田のためにもそれは、と考えてしまう。やりたいことは何でもやらせてやろうとは思っているけど、それとこれは別だ。今、悪化してしまっては元も子もない。

 不満そうな葉桜の頭をがしがしと永倉が撫でる。

「オメーも酒なんざ久々だろ? 近藤さんがいい酒用意してくれるってよ」
「…総司も、喜んでたか?」
「あったりめェだろ」
「…なら、いい」
 暴れるのはやめて、両腕を枕にして息をつく。嬉しいことはいいことだ。そんなことぐらいわかってる。でも、心に後悔が残ってる。あの時無理してでも酒を飲むのを止めれば、もっと父様は生きられたんだじゃないかって。

「酒は体にもいいんだぜ?」
「父様のは限度を超えてるんだって、良ちゃん言ってたよ」
 何度取り上げられたかしれないのに、いつのまにか父様のそばにはいつもお酒があった。父様と沖田は違う。それぐらいわかってる。だけど、重ねずにはいられない。

「心配はわかるけど、オメーもちっとは力抜けよ。今日はめでてェ日なんだから、一緒に騒ごうぜ」
 答える言葉が出てこない。一緒にいた方がイイに決まってるし、楽しい方がイイに決まってる。だけど、もうすぐ迫るあの日を想うと、素直に喜べない自分がいるのだ。変わらなければいいと願う。変わってほしいと望む。相反する願いはどちらかひとつしか叶えられるはずがない。

 こんな気持ちで素直に祝えない。

「七十俵三人扶持だっけ、永倉たちは」
「葉桜だってそうだろ?」
「…違うよ」
「あ?」
「…私は、辞退したから」
 永倉が驚いている間に立ち上がり、大きく伸びをする。どんなに気持ちが沈んでいても、せっかくの祝い事なんだから、気持ちを切り替えなくちゃ。井戸で顔でも洗ってこよう。

「な、なんでだ?」
「私は永倉ほど金もいらないし、女だから身分があったってしょうがないだろ?」
「だからって、なんで辞退なんて。オメーはどう考えたって、俺たちと同等かそれ以上に働いてんじゃねェか」
「ははは、冗談言うなよ。私は天性の怠け者だぞ? そんな肩書きなんておわされた日には土方に隊を押しつけられんだろ~」
 隊務をこなしている余裕なんてない。守るべき人とそうでない人を明確にしなければならないこの時に、そんな仕事をしている場合じゃない。

「せっかくだし、私も秘蔵の一本を開けるかな~?」
 気配は動いた気がしたけど、引き留められることはなかった。止められても、もう止まる気はないけど。

 誰にもいなくなってほしくないっていうのは嘘じゃない。変わってほしくないというのも嘘じゃない。だけど、もう時は動いて流れ出して、私一人に止められるような小さな波じゃなくなっていて。この身を捧げてもきっともう止まらない、止められない。

 だったら、どうするかなんて決まってる。新選組だけは、なにがあろうと守ってみせる。

 決意新たな葉桜は後ろの不可解そうな永倉の視線には気が付かなかった。



p.2

(土方視点)



 あいつの抱えているモノがなんなのかなんて知らねぇ。だが、それがかなりの重荷となっていて、いつも潰されそうになっていたのは見て取れた。だから、たまには酔っぱらって忘れちまえって言ったのは確かに俺だ。それもあいつが蟒蛇だって知ってるから言ったのであって、本当にこんな風に。

「もっと飲むぅ~」
「駄目だっての。つか、いつもはどれだけ飲んでも酔わねェクセに、なんでこんな甘ったるい酒で酔うんだ、オメーは!」
「酔ってないっ、八っちゃん~。その甘いのちょーだいっ」
 新八にじゃれついて、彼の持っている酒瓶に手を伸ばす様子はまるで子供で、普段の貫禄のかけらも見えない。純真な子供のように強請ってはいるが、強請っているモノがモノである。どれだけ飲んでも酔わない、酔えないと言っていたヤツが。

「だーめーだー!」
「ずーるーいー! ずーるーいー!!」
 ここまで豹変するとは。

 歎息している俺の肩に手が置かれる。

「あはは、葉桜さんでも酔っぱらったりするんですねえ」
「笑い事じゃねぇぞ、総司」
「笑い事ですよ。ふふふ、あれじゃまるで小さな子供ですね。葉桜さん、ここにも甘いのがありますよ」
 総司の声に反応し、ととと、と覚束無い足取りで歩いてきた葉桜が、俺と総司の間に座る。いや、違う。

「俺の上に座るんじゃねぇ」
「総ちゃん、甘いのくれるの?」
 人の言葉をあっさりと無視して、小首を傾げて笑っている。

「ええ、だからこちらに来てください」
「んんん、嘘ついたら閻魔様におこれれるのよ」
 華のように微笑んで、葉桜はさっさとまた新八の元へ戻ってしまう。総司はというと、残念そうなそうでもないような笑顔を浮かべている。

「感づかれちゃいましたね」
「…嘘なのか?」
「嘘ってワケじゃないんですけど、葉桜さんは酔っていても葉桜さんですね」
 直後、新八のうめくような声が聞こえた。どうやら、総司のように余計なことをしようとしたらしい。

「この私に触れて、ただで済むと思うたか」
 低く響く声は先ほどまでの幼い響きはなく、一瞬正気に返ったのかと考えた。

「この私に触れて良いのは父様と良順のみだ。おまえごときに触らせる身体は持ち合わせておらぬわ」
「…葉桜さん?」
「おーもちろん鈴花は別ぞ。おまえは私の大切な妹。絶対に私がおまえのシアワセを守ってやるからな」
 それはどう見ても正気には見えない。

「…増えたね~」
「ええ、増えましたね。面白い人だな、葉桜さんは」
 総司とは反対の隣に近藤さんが座る。

「お酒を飲む度に人格が変わる人を見たのは初めてだよ。あれ、味覚も変わってる…?」
 近藤さんが不思議そうに言う視線の先では、葉桜が美味しそうに桜庭の食べていた饅頭を食べているところだ。普段なら、一口ごとにお茶を一杯飲み干すのだが、今はひょいひょいと食べている。

「美味しい~っ」
 また、人格が変わった。

「ねぇ左之ちゃんも食べて見なさいよ。この子ったら、こーんな美味しいもの独り占めなんてずるいわ~。こういうのはみぃんなで味わわないとねぇ」
 身体を撓らせ、上目遣いに見上げる様子はただの女のようだが、媚びている様子は全くない辺り葉桜らしい。甘えているようで瞳の奥で相手を推し量り、その反応を楽しんでやがる。質が悪いのはどうしたって健在ってワケか。だが、新八も原田もそんなもんは見慣れているだろうから、ひっかかるはずも。

「なっ…!」
「やぁだ、なぁに私相手に赤くなってるの~? ふふふ、カーワーイーイー!」
「やめろバカ抱きつくなっ!」
 一気に酔いが覚めた原田に葉桜は躊躇無く抱きついている。そんな葉桜の頭を新八が加減して叩こうとするが、さっしてひらりと身をかわされる。

「ぼーりょくはんたーい!」
「避けただろ、オメーが」
「女の子は殴るもんじゃないわよ~、そんなに八っちゃんもお饅頭を食べたかったなら、素直に言いなさいよ~」
 後ろから引き寄せられてきゃあきゃあと矯正をあげながら、二人でする駆け引きは、容易に葉桜に軍配があがった。固まったままの新八を置いて、葉桜が戻ってくる。

「あーあ、ここにハジメちゃんもいたら面白かったかもしれないわねぇ、そう思わない?」
 問いかけは真っ直ぐに俺に向けられていて、何かを帰す前に葉桜はまた立ち上がる。

「…酔い過ぎた。頭冷やしてくるわ」
 誰の返答も聞かず、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 どこまでも自由で制限のない行動はらしいといえばらしいのだけど、酔った葉桜というのも珍しければ、あんな風に。

「どこまで正気だったのかな~?」
 隣で近藤さんが呟く。俺も同意見だ。皆に背を向ける寸前、彼女の瞳に雫が宿っていたから正気だったのかもしれない。だが、正気だとしたら、何故わざわざ酔ったフリなどする必要があるのか。

「さぁな」
 わからない女だ。

 手の中の杯を一気に煽った。



p.3

2-酔い覚めて

(葉桜視点)





 酔っていたのは多分本当。甘いお酒ならほんの少し自分の中の箍を外せば、それができると知っていたから。だけど、ちょっとやりすぎたかなと、土方の部屋で両手を枕に仰向けに寝転がりながら葉桜は考えていた。

 沖田の部屋を出る直前、自分の言葉で一気に正気を取り戻した。あの場で斎藤の話なんて、出して良いはずがない。唯一救いだったのは、自分の声が酔いのせいでかすれていて、近くにいた近藤と土方にしか伝わらなかったことだろう。

「あー…やっぱりやめときゃよかった」
 酔っている間の記憶はしっかりある。だからこそ、やりすぎたと後悔しているのだ。いや、まあ、からかうのは楽しかったけどね。予想外だったのは、沖田のほうかな。なんだか黒い気がしたのは気のせいだろう。

 新選組隊士たちが幕臣に取り立てられるのは嬉しい。だけど、素直に一緒に喜べない自分も否めない。だから、無茶な酔い方をしてみたんだけど、それでもやっぱり心の中の曇りが晴れない。才谷の死が近づいているせいなのか、それとも、書いていないことに予感でもあるとでもいうのか。

 寝返りを打ち、部屋の暗がりの方へ身体を向ける。その奥を見るというわけでなく、ただ畳に視線を落として考える。

 自分がここにいる意味と、その影響はどれほどのものだろう。ここにいるということが幕府の中でも影巫女の存在を知る極一部の者からは、希望となっていることはしっている。それから、おそらく宮の者が手を回しているのだろう。私が動きやすいように、と。

 だけど、私自身はもう自分の存在の意味というものがおそらくは幕府を終わらせる役目だと考えている。こんな大きな業を消化したコトなんてない。先代にも重々言われている。定められた時代の波というものを留めることはできないのだと。

 ならば、このまま自分がここにいることは新選組が幕府と共に滅びるということにはならないだろうか。だから、彼らの運命があんな風になってしまっているのだろうか。

「葉桜」
 急に極近くで聞こえる低音に身体が震える。こんな近くに来られるまで気が付かなかったとは、不覚。

「酔いを覚ましに行ったんじゃねえのか」
 低く唸るような声音が畳を通して伝わってくるけれど、怒っている空気じゃない。心配していた、と響いてくる。この人は私を心配している場合じゃないはずなのに、何故今ここにいるのだろう。

「覚ましてるわよ~、ここで」
 起き上がりかけた葉桜の隣に土方が腰を下ろし、葉桜の額にひんやりと冷たい手を乗せる。

「みんな、驚いてた?」
「ん?」
「あんなに酔っぱらったのなんて、ホント、父様が死んで以来だからさ。なんか制限きかなくってね~」
 掌を避けて、起き上がり、胡座をかいて笑う。

「本当に酔ってたのか?」
「酔ってなきゃ、あの場で斎藤のことを口滑らせたりしないって。ホント、近くにいたのが土方さんと近藤さんだけで助かったよ」
 あんな言葉を聞かれたのが二人だけで良かった。どうしても皆がいるつもりになってしまう、自分の弱さを知られてしまうところだった。弱さは新選組において、命取り。そんなことはよくわかっているつもりなのだから。

「私はもう少し酔いを覚ましてからいくよ。悪いけど、部屋貸してくれ」
 言外にさっさといなくなってくれというと、腕が伸びてくる。とっさにそれを押しとどめようとした手を取られ、引き寄せられる。こういうのが初めてというわけではないのだが、今は優しくされたくない。

「なんだ、土方も酔ってるか?」
「かもしれんな」
 前髪を上げられ、自然と顔が上を向く。土方と近い距離で目が合う。

「俺は前々からおまえに言いたいことがある」
 ぎくり、と葉桜の身体が強ばるのにも構わず、土方は続ける。

「理由はどうあれ俺たちの元に来てくれたこと、感謝している」
「あ、ああ?」
「それから、今回のことも礼を言わねばならないだろうな」
 言いたいことがわかって、葉桜は表情を硬くした。

「何のことだ」
 しかし、恍けようとする葉桜に土方は普段は決して見せないような柔らかな微笑みを向ける。

「知っているのは俺と山崎だけだ。ーー今回の幕臣取り立てに関して」
「それには私は何の関与もしていない」
「ああ、山崎が探ってきたよ。おまえがいるだけで、おまえが動きやすいように与えられるもののことを、な」
 どこで仕入れやがったんだ。影巫女の情報は厳重に管理されているはずなのだ。書物には一切残されない。ただ口伝のみで伝えられることなのに、なぜ山崎にそんなことがわかるというのか。ーー幕府内にも離反者が出ているということを証明するようなものだ。

「そうでなくても、俺たちはこれまでずいぶんとおまえに助けられた。総司のことにしても、山南さんのことにしてもそうだ。特に山南さんに関しては、おまえがいなければ何時離反していたかしれなかった。おまえの助力あってこそだ」
 いくら何でも言いすぎだ。

「土方さん、やっぱり酔ってますよね」
 顔を見上げたまま、着物に触れた手を強く握り込んで引っ張る。これ以上言われたら、なんだか泣いてしまいそうだった。土方の言うように、影巫女の行動によって、周囲に与えられるものもある。だけど、それだけじゃない。私自身は奪ってゆく者だから、礼を言われるようなことは何もないのだ。

「今回のことは近藤さんや土方さんの尽力結果です。私に礼を言う必要なんてありませんよ」
 葉桜に出来ることはただ一つ、徳川の業を身一つで昇華することだけ。その為だけに生かされているし、その他は普通の人となんら代わりはしない。巫女でありながら神降ろしもできず。かといって力で男に適うわけもなく。剣の腕ならそこそこになったものの、達人とまでは到達するに至らない。師事するのは常に役目の最中の旅先で、どの流派も中途半端。師範代まではいっても免許皆伝できなかった。まあ元々子供の頃に師事していた父様も出鱈目だったから、その辺は構わなかったけど。

「まあそうかもしれないが、ただ俺が言いたかっただけだ。忘れてくれていい」
 やっぱり、酔ってるのかもしれない。前髪を避けて、撫でる手はとても優しくて温かい。それで、一向に出て行ってくれる気配もない。連れに来たわけじゃないってことか。

「明日、雪かな…?」
「何?」
「土方さんが優しいなんて、珍しすぎますよ。もしかすると、明日減俸とか言われるんじゃ」
「おまえはこれ以上下げようがねえだろ」
「それ! それがおかしいって言っているんです」
 身を引いて、両膝を叩く。

「しょうがないですから、今だけ貸してあげます」
 不思議そうな土方に小首を傾げて微笑む。

「膝枕ですよ」
「…酔ってるのはお前だろう、葉桜」
 まあ、確かにそうかもしれない。だからこそ、こんなことをしようなんて、思ったのかもしれない。土方の腕を引き寄せ、引き倒そうと試みる。ぐいぐい引いたところでビクともしないのはわかりきっている。だけど、土方は大人しく葉桜の膝に頭を乗せた。

「ふふふ。ほら、やっぱり珍しい」
 頭を撫でると、さらりと髪が指を通り抜けてゆくのが心地よい。

「ねえ、土方さんって昔からこんなに気難しいんですか?」
「……」
「ああ、でも意外と悪ガキかもしれないですねー」
「何故そう思うんだ?」
「そーですねー。土方さんの作戦とか、如何にもなことがありますからね」
 もっとも同じようなことを自分も実行したりしているので、葉桜自身もとやかくは言えないのだが。

 如何にもな作戦というのは、そんな昔の話でもなく、終わった作戦でもない。ここ最近のことだ。ここ西本願寺に対してのやり方はどう見ても悪ガキそのものとしか言いようがない。詳しいことを語るつもりはないが、要はこの屯所も手狭になってきたので移転先を西本願寺に用意させようって腹なのはわかっている。

「人のことが言えるのか、葉桜?」
「いえますよー、自分のことを引き出しにしまっておけば」
 にっこり言い返すと、違いないと声を上げて笑われた。本当に、珍しい。こんな風に土方と話すことがあるなんて思わなかった。

 目を閉じて、穏やかに土方が昔のことを話してくれる様子を微笑ましく見守りながら、その髪を弄ぶ。今日は眉間に皺一つ寄っていない。こんな日が毎日なら、いいのに。

「こう言っちゃなんだが俺は何でもすぐ器用にこなせちまう」
 そうだな、と思う。本当に土方は新選組内部の様々なことを取り仕切っている。この人が手を出さないのは料理ぐらいだが、剣が使えるのだ。やらせてみればけっこうな腕に違いない。

「ヒマつぶしで始めた剣だが、どこの道場へ行っても負けることはなかった」
 つまり道場破りをしていたってことか。やり始めると、勝っている間は楽しいんだよな。負けると、周辺にしばらく近寄りづらくなるけど。

「そんな時に俺は近藤さんと出会い、勝負を申し込んだ。そして、」
「負けたんですか?」
 先じて聞き返すと、少しの間をおいて苦笑が返される。

「ああ、そうだ。教本通りでなんの変哲もない一降りを俺はかわせなかった。俺はそんな近藤さんの剣に惚れて、ここまであの人についてきたのさ」
 遠くを見つめるその視線の先にはその時の近藤さんの姿でも浮かんでいるのだろう。とても満足そうな顔を少し羨ましいと思う。

「剣はその者の心を映すんだ。近藤さんの剣は実に真っ直ぐで力強かった。真っ直ぐで力強い。あの人の本質はまさにそこにある」
「俺は、もっと近藤さんを盛り立てていきたい、あの人には限界まで上り詰めてほしいのさ」
 もちろん近藤も土方がこうして支えてくれるから思うように動けるわけで、そこまででするほどに惚れ込んでいるというのは、呆れるほどに羨ましい。自分はどうかと考えてみるが、やはり土方ほどには新選組を、近藤さんを盛り立てようとは思っていないからだ。

 葉桜にとっては何よりも優先すべきは、心を活かすことにある。だから、新選組は二の次になることもしばしばある。

「その志、素晴らしいと思います。でも、今回の幕臣取り立ては土方さんの優れた差配とその近藤さんの尽力あってこそのものだと思いますよ。私には関わりない」
 ここで私が認めるわけにはいかないのだ。私はその力に頼ろうとは思ってもいないし、頼りたくはないのだから。

「強情なやつだな。ふふ、まあいい。ありがとよ」
 目を閉じたままの土方はとても幸福そうで、それ以上葉桜は何かを言うのをやめた。

 窓の外で控えめに、紫色の花が描かれた硝子製の風鈴が涼しげな声を上げていた。



あとがき

1-悲願成就


(2006/08/09)


土方のモノローグの人称修正。永倉と新八両方あるのは変だ。
(2006/8/23 00:16:38)


2-酔い覚めて


ヒロインのこの土方さんとの関係ってなんだろーなー。
仲間っていうより、なんだかお互いに保護対象としているようにみえなくもない。
って、書いている本人が謎に思っちゃいけませんよね。
ほかの人も書こうかとも思ったんですが、力尽きました。
ってゆーか本編で一人一人の絡みを書くとキリがない。


次の章はいかに明るく書くかが課題。
でも、あれがありますからねぇ。
難しいですねー…。
(2006/8/9 09:18:20)


「裏巫女」→「影巫女」に変更。
(2007/1/7 16:06:31)