大抵、私が出掛けるときに起きているのは土方ぐらいだ。屯所中が寝静まっているときにでかけようとする葉桜も葉桜だが、そうでもしないと稽古志願者が後を絶たないのだ。御陵衛士とのあの一件以来、そういった者が増えて、正直勘弁して欲しい。まあ、裏で総司やら原田が糸を引いている気がしなくもないが、余計な世話というものだ。
つい先日、王政復古の大号令がかけられたわけだが、どういうわけか今回は身体に異常がない。理由はわからないが、体調不良でずいぶんと迷惑をかけてしまっている身としてはとても有難いことだ。
「今日は仕事しませんよ」
部屋の前にいる気配に宣言する。朝捕まると、大抵仕事をやるはめになるのだ。たまには私だって休みたい。そう漏らすと、苦笑が返される。
「別に今日はそういうつもりじゃねぇよ」
「へ?」
「俺も休みだ」
この人に休みなんてあるのか、と思った私を責めないで欲しい。だって、今まで土方がはっきりきっぱり休日をとったのなんて見たこと無いんだから。大抵、休みでも書類を睨んでいるか、隊士達を見回っているかといった具合で。
「じゃあ、何でまた私のトコに?」
少しの沈黙の後で、別に、と決まり悪そうに応えられる。それでなんとなく、わかった。単にやることが思いつかないだけだろう。
「んーじゃあ、今日は私につきあいませんか?」
「どこへ行くんだ?」
興味深そうな土方に対し、にやりと口端を上げて、笑ってみせる。
「そうですね、島原とかどーです? あの辺りに美味しい茶屋があるんですよ」
「ほぅ、葉桜がいうのなら相当だな」
普通に返されて、葉桜の方が面食らった。近藤さんや永倉らなら、「島原」の方に食いついてくるのに。
「べ、別に、単に私が好きなだけなんでっ、土方さんの口に合うかわかりませんよっ」
屯所の門へと足を向けると、土方もそっと隣を歩んでくる。顔を見られると恥ずかしいが、恥ずかしがっているなんて思われるのも癪なので、葉桜は真っ直ぐに前を見つめる。隣の視線をとても強く感じる。
「それでもいいさ。俺は常々、葉桜がこうして朝から出るときはどこへ行っているのか興味があったんだ。夕餉をすぎるまで帰ってこないんだ、他にも何かあるんだろう?」
乾いた笑いが零れる。まさか一日の大半を壬生寺で眠ってるなんて、言えるわけがない。
屯所の前で葉桜が立ち止まると、一歩進んで土方も立ち止まり、振り向いた。この人とこうして屯所の外で歩くなんて、そういえば初めてだ。
「どうした。行かないのか?」
本当に自分はどうしてしまったんだろう。ただ仲間と一日を過ごすというだけなのに、たったそれだけなのに内心で酷く動揺している。首の後ろにじっとりと汗をかいている気がする。
「は、はい。じゃあ、ご案内しますっ」
普段よりも幾分緊張した面持ちで歩き出した葉桜の後を、少し考えてから土方も倣って歩き出す。冬の朝の冷たい空気に薄ぼんやりとした二つの影が並んで揺れて、消えていった。
(土方視点)
葉桜と一通り町を一回りし、最後に団子屋で彼女が団子を買い求めているときに、ようやく俺は彼女に問いかけた。折しも、葉桜は何でもない風に河原に飛び降りて、団子を皿から取り、一つ目を口に入れたばかりだった。
「ひとつ、聞いていいか?」
「ん?」
団子屋でもらった水筒からお茶を飲み込み、団子を流し込む。喉を勢いよく通り抜けていくのを確認し、葉桜はにかりと笑った。
「なんですか?」
「いつもこんな感じなのか?」
「まあ大体」
考え込む俺を尻目に、葉桜はもうひとつと団子を口に入れた。
「ほうへひ…んくっ…ご感想は?」
「隊務とほとんど変わらんようだ」
ご名答、と声には出さず、にんまりと葉桜は笑う。それから、もう一口と水筒を傾けた。
「昔からやってることなんで、そんなつもりは全然ないんですけどねー」
「昔から?」
「あれ、言ってませんでした? 趣味、人助けって」
何でもない風に言うが、それはつまり昔から新選組がやっているようなことをやっていると言っているのである。歳は入隊時に聞いたとき、俺よりも四つは若いぐらいだった。
「いつからやっているんだ?」
少し考え込んでから、葉桜はわからないと答える。つまり、物心ついたときには町を見廻り、不逞浪士でなくともならず者を懲らしめるようなことをしていたという。それは役目のためというのもあるが、何よりも。
「父様と一緒に出掛けられるのが嬉しくて、いつも一緒に町を歩き回ったりするのが大好きで…そういえば、分社の氷菓子は美味しかったなー」
葉桜の父親という人は相当に懐の広い人らしいというのは、その話しぶりからよくわかった。まっすぐに空を見上げる葉桜はいつもどこか遠くを見ている。それは空でも雲でもない、想い出の色かもしれない。
敵わないと、葉桜の話を聞く度に思ってしまう。もしも生きていたら、確かに力強い味方となってくれただろうということもわかるし、何よりも葉桜がもっと自由に動けるだろうということもわかる。今の葉桜には制限が在りすぎる。彼女を守るだけの盾ないのだ。盾ごと、俺たちを守ろうとするから。
不意に葉桜が両手を空に翳した。
「どうした」
答えはしばらく返らず、葉桜は首を捻る。
「…気のせい、かな?」
「なんだ」
「…雪、降るかも」
「まあ、冬だしな」
「積もるかな…」
空に手を翳し、遠くにある雲を見つめたまま、その視線は動かない。いや、身動き一つしない。身体全体で空の便りを受け取るように。
「戻りましょう、土方さん」
「そうだな、雪が降ったらまたやることもあるし」
「…まあ、そういうことでもいいです」
歯切れ悪そうに言いながら、葉桜が立ち上がる。と、急に目も開けていられないような強い風が吹いてきた。
「わっ!?」
体勢を崩しかける葉桜をとっさに抱き留める。
「あ、ああ、すいません」
「礼を言われることでもない」
慌てて離れようとする手を掴み、歩き出す。戸惑ってはいたが、すぐに気にせずについてくる。
「ところで、土方さんは普段の休みは何をしているんですか?」
私だけ知られているのは不公平だと、強く言う葉桜に笑い返す。
「じゃあ、今度の非番は俺に付き合ってもらおうか」
「え?」
「何、今日の礼とでも思っておけ」
「ええと、お礼…? てか、次の土方さんの非番てあるんですか?」
「あるに決まってんだろ」
「それって、私の非番と重なるんですか?」
「…重ねりゃいい」
小さく「職権乱用…」と呟いている葉桜の手を引っぱり、顔を寄せて囁く。
「逃げんなよ」
「…え? や、やだなぁ。そんなこと考えてませんよ」
目を泳がせて、何を言ってやがる。
「それから、あんまり他の隊士を甘やかすんじゃねぇ」
「…甘やかしてません」
わずかに頬を染めて反論する、子供っぽいがこういう方が新鮮だ。いつも歳以上に貫禄がありすぎる女だからな。
「ならいいけどな。簡単に当番を替わるんじゃねえよ」
「え…知ってたんですか…?」
何で知っているんだと訝しむ葉桜を声を出さずに笑う。おまえのことだから、気になるんだ。いつも他人のことばかりで、休みも案の定、碌に休んじゃいない。そんな風に自分を顧みることがない葉桜だから、守ってやりたいと思う。だから、葉桜が俺たち新選組の仲間を守ろうというのなら、俺はそんな葉桜をきっと守り続けてやろうと強く誓った。
レイさんリクエストの「休日の過ごし方」です。
いかがでしょうか?
うーん、書けば書くほど難しい。
だって、このヒロイン基本的にサボり魔なんですよ。
それが土方と一緒に過ごしてバレたら!!
さぁ大変どころじゃないです。
そんなわけで、サボり以外でやっていること~?と考えると、
男連中を島原とかに連れて行くとか。町の人と話をするとか。
壬生寺で昼寝するとか。
そんなことばっかり。
休もうよ、本当に。
(2006/9/19 23:58:48)