事の発端は葉桜の島田に対する何気ない一言だった。
「土方さんが着る洋装の軍服ってどう思います?」
「わしにはちょっと似合わん服だと思うけどね」
「あれってかっこいいですよね」
「ああ、かっこいいね。わしにはちょっと似合わないけど」
「そうかなぁ。私は島田さんも意外と似合うんじゃないかと思うよ」
「そ、そうかい!?」
明らかに嬉しそうな島田にもう一言言ってみる。
「土方さんの借りてみる?」
これがなけりゃ、今の状態はないんだろうなぁ。と、土方の部屋の前で立ち止まったまま考える。が、よくよく考えてみれば自分が借りに行くことになるのは必然なのだ。これはもう腹を括って頼むしか。
「葉桜です。土方さん、いますか?」
「ああ、入れ」
あああ、いるよ。いちゃうよ。いなかったら、予備のでも無断拝借しちゃおうかと思ったのになぁ。
部屋を開けると、件の洋装の軍服姿の土方が真面目に書き物に取り組んでいる。まあ、さすがに室内でまで上着は着ていないようだ。
「何か用か?」
「用というかなんというか」
やっぱり本人を目の前にして、服を貸してくれというのはちょっと言い出し辛い。心なしか、普段よりも眉間の皺が増えている気がする。
「なんだ?」
「ええと…」
踵を返して、借りるのを辞めるという考えは葉桜にない。実際、借りてくると言ったときの島田のあの嬉しそうな顔を思い出すと、今更冗談でしたとは言えない。
「近藤さんのコトか?」
「へ? いや、違いますよ」
「そうか」
てか、どうしてそこで近藤が出てくるのだろう。そういえば、甲州への行軍中にも聞かれたのを思い出す。
「もしかして、土方さんも誤解しているんですか?」
「何をだ?」
「私、近藤さんの女になった覚えはありませんよ?」
卑怯かもしれないけど、気持ちはしっかりと受け取ってはいるけど、葉桜は誰も選んでいない。ただ、このところ近藤と行動を共にすることが多いから、そう見られがちにはなっているけれど、違う。
「だが、近藤さんは」
「近藤さんの気持ちは知っています。だけど、私は…」
言ってしまいそうになって、口を噤む。これは言ってはならないことだ。選ばないなどと、言ってはきっと気がつかれてしまう。
俯いて黙ったままの葉桜をしばらく見つめた後、土方はおもむろに立ち上がり、葉桜を部屋へと招き入れて、障子を閉めた。これで、部屋の中には二人しかいない。
「まったく、強情なのもほどほどにしておけ」
これは、好機だ。
「はぁい。んじゃ、失礼します!」
土方の脇をすり抜けて、無造作に置いてある上着を取り上げる。
「なに?」
初めて見るけど、どうやって着るのかはなんとなくわかる気がする。そして、今の格好じゃ着れないというのもわかる。だから、ただ羽織ってみたのだが、それだけでもしっかりと包まれてしまうあたり、土方は意外と大きい。
「はははっ。でかいな、やっぱり」
眉間を押さえている土方に笑顔を向ける。
「これ一度着てみたかったんだ~。ね、他のも貸して?」
「用事というのは」
「これ貸して」
うわ、そんなに深くため息つかなくても。
「ったく」
次に土方の顔を見て、少しだけどきりとした。呆れかえっているんじゃなくて、そう、時々皆が向けてくる優しい目。我が侭な妹を慈しむような、目。
「奥にある」
「え」
「着終えたら見せてくれよ?」
いつも厳しい人だから、滅多にそんな顔をしないから。心臓が、煩く騒ぐ。
「ああ、わかった!!」
自分の顔を見られないように奥の部屋へと入り、すばやく襖を閉めて、座り込む。
(無自覚であんな表情されちゃ、そりゃーもてるわな…)
なんとなく、土方が女ウケする理由がわかったような気がする葉桜だった。
(土方視点)
言わなければ良かったと、目の前の葉桜を見ながら思った。葉桜はどちらかというとかなりの男勝りだ。新選組の前は全国行脚するような女武芸者で、男にも女にもウケがいい。だから、似合うだろうとは思ったのだが。
「幕府は恭順派が多数派になってるんですか」
「ああ、その通りだ」
ここまでとは正直、思ってもみなかった。似合いすぎだ。別に女に見えないというわけではない。洋装の場合は体の線がよりはっきりと出るせいで、逆に強く女らしさを主張している。流石に俺のでは大きすぎるのだろう。裾からほんの少しはみ出す小さな手足、襟元からのぞく胸元が妙に艶めかしい。
「私たちは邪魔者ですか」
「少なくとも今、江戸城にいる連中にとってはな」
「そうですか」
「まあ、気にすることはない」
そうだ、気にするコトじゃない。もしかすれば、自分以上に似合っているのではないかなどとは間違っても考えてはいけない。
「土方さん?」
無意識に首を小さく傾けても、下から顔を覗きこんだとしても、葉桜の行動はまったくの無自覚で。本人はおそらく子供の頃から変わらないのだろう。普段ならばそれほど気にもならない行動だというのに。
「…ええと、やっぱり似合いませんか。これ、大きいですからねぇ」
「いや、よく似合っている」
「あはは。お世辞いうなんて、土方さんらしくもない」
「俺は世辞など」
「さてと。そろそろ着替えて、訓練に行きますか」
立ち上がり、ぐっと両腕を天に突き上げて伸びをする葉桜から目を逸らす。女の体なんて見慣れているはずなのに、葉桜のそれは妙にそそられてしまって。俺が俺でなくなってしまう気がして。
「そういえば、土方さん」
「なんだ。さっさと着替えてこい」
「何怒ってんですか。土方さん、これにも香を焚いてるんですね」
良い香りだと言いながら、葉桜は奥の部屋へと行ってしまった。ったく、無自覚っていうのはある意味で残酷なものだ。俺の気も知らねぇで、なんてコト言いやがる。
「…馬鹿は俺のほうか」
そもそも葉桜に洋装なんてさせたのが間違いだった。以降絶対に洋装だけはさせないようにしようと強く心に誓った。
着替えないまま丸くなって眠っている葉桜を発見したのは、それから半刻ほど先の話である。普段ならそのまますぐにでも起こすところだったが、泣きながら眠っているのを見てしまっては、流石の土方も起こすのが躊躇われ。近藤が探しに来るまで土方の香りに包まれながら、葉桜は眠り続けた。
ヒロインに洋装させてみたかった。
てか、土方さんの着ている洋装の軍服にあそこまでつっこんでる島田さんが書きたかった。
結局この話じゃ島田さん着れませんでしたけどね。
個人的には島田さんの洋装も堂に入ってて意外と良い感じになるんじゃないかと思うんですが。
(2007/1/18 17:07:58)
~次回までの経過コメント
近藤
「…ったく、幕府はいつまで俺たちをここへ足止めしとく気だぁ?」
「いつまでも待ってばかりじゃ何もできやしない」
鈴花
(………)
(近藤さんのガマンも限界に近づいてるみたい…)