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書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:土方歳三

話名:慶応三年師走 14章 - 14.5.2-土方の女


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.9.15 (2006.9.26)
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:4581 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
土方イベント「土方の女」
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p.1

 騒々しい声で目が覚めた。視界は暗いし、頭はズキズキと痛むし、吐き気はするし、一体なんなんだ。今日はたしか花君太夫と遊んでて、美味しいお茶と美味しい菓子でお腹いっぱいで眠くなって。で、気がついたらこうして両手両足を縛られているワケだ。

「むぅ…」
「気が付いたか」
 不満そうな葉桜に応える声はまったく聞いたことのない男の声だ。これは、花君太夫か店主に一服盛られたか。

「おまえ土方の女だそうだな」
「は? なにそれ?」
「隠さなくて良い。おまえが土方の女だということは、既に分かっているのだ」
 妙に確信的な言葉に首を傾げる。土方よりは近藤さんや永倉と出て歩くことの方が多いのに、どうして今さらそんな話が出てくるというのだ。

「まあ、ここで待っていれば土方が助けに来てくれるさ。もちろんやつの命の保証はしないがな…」
 どこか勘違いをしていそうな男を前に首を傾げる。

「あんたたち、土方に勝てると思ってるんだ?」
 その腕は葉桜も知るところだ。そして、葉桜自身も新選組内じゃ組長格の腕前だ。剣さえあれば、縛られてさえいなければ、この人数でも負ける気はしない。

「なんだと?」
「それに、土方が助けになんか来るはずないよ。あの人は仕事の鬼なんだ。こんな任務に関係のないことでわざわざ来るワケない」
 はっきりと言ってやると、わずかに眉を潜ませる男に畳みかけてやる。

「あの人は自分自身のことだって理に合わなければ切り捨てることだってできる人だ。それに、土方の足手まといになるくらいなら」
 心の奥底では助けに来てくれる気がしないでもないけれど、そのまえに抜け出すぐらいしておかなければと思う。

 それを遮るように剣先が閃いた。はらりと、胸のさらしも切り裂かれ、一筋の赤い線がつけられる。

「何のつもりだ」
 葉桜の問いに、彼は薄い笑いを零す。

「土方が逆上でもしてくれれば、俺たちにも勝機がでるだろう?」
 敵わないとわかっていての行動だと、そう言う彼らが憐れでならない。土方がこれぐらいで逆上するような男なら、新選組をまとめあげることなど出来はしない。女だろうが男だろうが、関係ない。使えない人間を残しておくようなら、新選組は這い上がれない。

「悪いことは言わない、さっさと去れ」
「…何?」
「土方がそれだけの男なら、とっくに私は見限っているよ」
「…うるさい女だ。黙らせておけ」
 苛立つ男ににやりと笑い返す。相手が逆上して、もう一度斬りかかってくるようなら、今度こそこの縄を斬らせてやる自信はある。

 しかし、そうなる前に他の浪士が喜びの声をあげる。

「ほう、案の定現れやがったぜ」
 闇の中から静かに姿を現す土方の姿に、葉桜は驚愕と共に恐怖した。土方はまだ死ぬ運命じゃない。だけど、こんな展開は予定していなかった。腕は信用しているけど、それでももしも死なれたら、絶対に後悔する。

「新選組副長、土方歳三だ」
「この、馬鹿副長…っ」
 聞こえないように悪態をつく。それを聞いていた先ほどまでの男が目を丸くする。

「本気で来ないと思っていたのか…?」
「ったりまえだ。こんなところに一人でノコノコ来られても、私は何も出来ないじゃないかっ」
「んなこたねーよ、ほら、こい」
「っ! ば、馬鹿! おまえら、本当に殺されるぞっ?」
 立ち上がらせられ、土方の見える位置に移動させられる。

「この女、よっぽど大事な女らしいな?」
 こちらを見る視線に怒りが混じるのが見える。こいつらはわかっていない。怒っているから、土方は本気で怖いのだ。

「ああ、大事だ」
 そうと見えないように振る舞っている土方だけど、でも、葉桜にはその怒りが側にいなくたって伝わってくる。空気は繋がっているのだから。

「指示通り俺一人で来てやったんだ。その女は放してやってくれ」
「よかろう。しかし、それは俺たちを倒してからにしてくれ」
 土方は死角から斬りかかってきた相手を、難なく斬り捨てる。彼から立ち上る怒りが見えたら、きっと炎のように揺れていることだろう。

「死にたいのならば、望み通り殺してやろう」
 強い怒りを含む声に顔を背けて目を閉じる。数秒もしないうちにすべてが終わり。頭から、土方の羽織が掛けられる。

「大丈夫か、葉桜」
 まず足の縄を斬り、それから手を解放してくれる。そして、胸の傷に気づいて手を止めた。

「あ…いつら…っ」
「斬られただけだ。何もされていない」
「だけってことはねぇだろ。傷が」
「今更ひとつ増えたところで関係ないよ」
「葉桜、おまえ…」
 胸元に羽織の端をかき合わせ、土方の視線から逃れる。こんなものがあっては、話も出来ない。私は、今とても怒っているんだ。

「土方」
「何だ?」
 縄でついた跡をさすってくれる手を払いのける。そうすると驚いたような顔を向かい合う。

「どうして、来たんだ」
「何故、そんなことを聞く?」
「私は、当然見捨てられるものだと思っていたんだよっ」
 怒りは伝わるだろうか。

「…どういう意味だ」
「今回の状況からいって、自分の不注意で捕縛された隊士を新選組の副長がわざわざ一人で助けに来る必要はなかった」
 葉桜の新選組での立場は、古参とはいえただ沖田の留守を預かるだけの平隊士だ。幹部でもない自分を助ける理由はない。

「おまえは隊士であり、大切な仲間だ。仲間を助けに来るのは当然だろう。厳しい規律とは別の部分だ。理由なき粛正、人の命を軽く扱う人間に、戦う資格などない。違うか?」
 言っていることは正論だ。だけど、私がそれで納得しないことぐらいわかっているハズ。

「違わないけど、でも…」
「何だ? 不満や疑問があるなら今のうちに言っておけ」
「以前の土方なら確実に見捨ててた」
 私の知っている土方なら、そうした。そんな必要はないといくら掛け合っても、聞いてくれなかった。

「あー、そ、そうか? その、俺の女に間違われたんだ。この場合、やはり俺が助けに行かなくてはならんと思って」
「でも、人数によっては土方まで危険な状況だったんだぞ」
「…一応、遠巻きに何人か人を配置してある。俺にもしものことがあれば、おまえを助けることができなくなってしまうからな」
 遠巻きに何人かなんてウソが私に通じるとでも思っているのだろうか。

「烝、本当のことを教えて」
 平静な声を投げると、すぐ側に山崎が音もなく現れる。

「なんで土方を止めなかった」
 鞘に入れたままの懐剣を山崎に突きつける。怒っているのがわかっているのだろう、山崎は抵抗なく話してくれた。

「一応、止めたわよ~。だけど、トシちゃんが一人で行くって聞かないんだもの。アタシに止められると思う?」
 怒りを和らげようとしてくれてはいるんだろうけど、今はその言葉にも酷く腹が立つ。

「思わない。でも、腕ずくでもどうにかしてほしかったよ」
「だって、あのままにしておいたら葉桜ちゃん…」
「私は平気だ。慣れてる」
「葉桜…?」
「…慣れるもの?」
 懐剣を戻し、土方に向き直りつつ、山崎に続ける。

「烝、先に犯人の身元確認しといて。あと背後関係も。それから、土方と私に関する間違った噂も流れてるみたいだから、他とあわせて対応して」
「…その噂だけど」
「さっさと行く!」
「あぁら、機嫌悪いみたいね。トシちゃん、あとよろしく~」
 逃げるが勝ちとさっさと山崎がいなくなってから、葉桜は大きく息をついた。

「…怒ってるワケじゃない。助けに来てくれたことは感謝してる。有難う。だけど、ごめん。今は許せない。自分も、土方もっ」
 最初に自分がつかまったりなどしなければ、土方が呼び出されることもなかった。不要な噂が広まらなければ、土方の女に間違われることもなかった。すべては自分の油断が原因だってことぐらい、わかってる。

 イライラとしている葉桜の隣を土方は歩く。心配そうな視線がイヤで足を早めたところで、それは土方にとって普通の早さで。

「あー! もうっ!」
 立ち止まって、少し叫んだらすっきりした。

「葉桜?」
 対応に困っている土方にようやく笑いかける余裕も出来た。

「それにしても、どうして私が土方さんの女なんて噂が流れているんでしょうね」
 意識して、元の言葉遣いに戻す。注意はされていないが、本人を目の前にして呼び捨てるなんてとんでもないことだ。公私はしっかり別にしておかなければ。

「ああ、そんな噂が広まるとはな。迷惑をかけてすま」
「女姿で近藤さんや永倉の女に間違われたことはありますけど、なんでまた」
「近藤さん、と新八もなのか…?」
「あの二人とは情報収集の帰りによく遭うんです。そうでなくても、今回ほど手際のいい相手でない馬鹿は寄ってきます」
 今回は他にも理由がありそうだけど、土方には言わないでおく。これ以上勝手をされたら、どうしたらいいかわからない。

「葉桜、俺はそんな報告は聞いていないぞ」
「必要ないでしょう?」
 情報収集として出たのに、近藤や永倉の女と間違われていることなんて、仕事には全く関わりがない。

「新選組として、私自身の問題は関わりがないことです」
「だから、これから先同じようなことがあっても、絶対に助けに来ないでくださいね」
 強く念を押したが、土方は頷かない。ただ、ため息をひとつ吐いて、呆れた声を出す。

「葉桜、おまえは自分が新選組にとってどれほど重要かわかっていないな」
「はぁ?」
「今の新選組は、近藤さんと葉桜のどちらが欠けてもダメなんだよ」
「…なにそれ」
 葉桜自身はやりたいように好き勝手やっているのに、どうしてそういうことになるのかさっぱりわからない。

「私がいなくても、近藤さんがいなくても、土方さんがいるでしょう?」
「俺じゃダメだ。何せ、鬼の副長、だからな」
 肩をそっと抱き寄せる手が、寄せられる吐息が熱い。

「万一、おまえにもしものことがあったら、俺は…」
 囁かれる言葉に、顔を上げる。交わされる視線の意味は、わからない。わかっちゃ、いけない気がする。

「えっ?」
「あ、いや、とにかくこれからは、あれしきのやつらに捕まるんじゃないぞ」
 土方の胸に頭を引き寄せられたせいで、鼓動の音がどくどくと響いてくる。普段なら安心できる心臓の音が、今はとても緊張する。それとも、この音は自分のものなのだろうか。

「あまり心配をかけるな」
 優しい声が降ってきて、ふわりと心に火が灯る。温かさに包まれて、とても気持ちいい。

「…ごめんなさい」
 まだまだ未熟な私は、皆に心配をかけてばかりだ。

「それと、来てくれてありがとうございます。少しだけ、期待してました」
「…少しか?」
「少しですよ」
 胸の内で苦笑混じりに囁くと、ささやかな振動が返ってきた。

 頼りにしているようじゃ一人前になれない。守るためには一人前にならなきゃいけないのに、いつまでたっても半人前で。こんな風に心配されてばかり。父様には心配されるのが私の仕事なんだから放っておけって言われたけれど、それでもやっぱり大切な人には私みたいな余計な心配を抱えていて欲しくないよ。そんなに、価値のある人間じゃないんだから。

「俺も」
「うん?」
「俺も、もっと葉桜に頼られるぐらいにならねぇとな」
「頼りにしてるって言ってるんですけど?」
 不思議そうに言うと、明るい笑い声が響いてきた。普段はあまり声を上げて笑わない人だから、本当に吃驚した。



あとがき

リクエストのあった「土方の女」イベントなんですが、どうでしょう(聞くなよ。
いや、書きたいとは思っていたんですけど難しいわ。
ヒロイン強すぎて。
書いているウチにむしろ敵さんのほうに好感が持ててしまう不思議。
最初は葉桜さんが襲われる予定だったんですが(嫌な予定)、相手の目的って坂本竜馬の仇討ちみたいなもんなんですよね。
梅さんを慕う人がそんな人っていやだなぁって。
超個人的な意見なんですが。
それで、変に頭が良くて融通が利かない感じな敵さん。
名前をあげたいんですが、和名は難しいですね。
(2006/9/15 17:17:11)