幕末恋風記>> ルート改変:近藤勇>> 慶応四年睦月 16章 - 16.1.1-血塗れた手

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:近藤勇

話名:慶応四年睦月 16章 - 16.1.1-血塗れた手


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.11.22 (2006.11.29)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:2489 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(118)

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p.1

 ぴしゃり、ぴしゃりと音がする。反射的に思ったのは血の滴り落ちる音だ。どこからと視線を彷徨わせるが辺りには誰もいない。ただ闇の中で人の気配は一切なく、ただぴしゃりぴしゃりと水の滴る音がする。

 不安に思い腰の刀に手をやると、ぬるりと滑った。目を凝らして、自分の両手をよく見てみると。

「っ!」
 開いた目の先で、薄ぼんやりと木枠が浮かび上がる。ここは五兵衛新田で、新選組隊士が宛がわれている一室だ。目尻を流れるものを袖で拭い、起き上がり、両手に視線を落とした。だけど、薄闇の中ではそれがよくわからなくて、葉桜は廊下へと移動する。

 細い月には薄曇りがかかっていて、辺りはまだ真っ暗だ。星の瞬く音さえ聞こえてきそうな静かな夜へと足を踏み出し、音も立てずに井戸へと向かう。幸いにも屯所内は寝静まっていて、気が付く者はいない。

 釣部を引いて、水をくみ出し、引き揚げた桶をそのまま持ち上げ、一気に自分へと降りかけた。暑いワケじゃないし、むしろ完全に冬が去ったワケじゃない。だけど、どれだけ体を流しても消えていかない血の匂いが、いつまでも残る感触が、悪夢を引き起こしているのには違いないのだ。

 もう一度、と振り上げた桶が、誰かの手で支えられる。

「もうやめなよ」
「イヤ」
「風邪を引くって」
 落ち着かせようと響いてくる声に首を振る。

「だって、消えない。手が血に染まって朱くて、斬った感触が体中に染みついてて、死の感触が消えていかないんだ。こんなんじゃ、また置いていかれてしまうのに」
 いつもいつも守れた者の代わりに、別の大切な命を犠牲にしてきたから。だから、わかる。自分の手で潰えた者の命の分だけ、その重さで自分が動けなくなっていくということが。

「大丈夫、置いていかないよ」
「ダメなんだ。私が、動けないんだ。もう無理だよ。私には、支えられないっ」
 命の重さで押しつぶされてしまいそうで。

「どうすればよかったんだ? どうすればみんな死なずに済んだ? どうすればっ」
 叩きつけた手を身体ごと包み込まれて、温もりが守るように覆い被さってくる。先ほどまでとは違う優しい闇に、私はやっと息をつく。

「ごめん、俺には何も言えない」
「だけど、必ず葉桜君を救ってみせるから。それまで、もう少しだけ待ってて」
 祈る言葉が降ってきて、私を柔らかな幕で包み込んでゆく。その温かさに体をすり寄せると、それはわずかに身じろぎした。

「駄目だよ、近藤さん」
 落ち着いた声音がやっと出てきた。トンでもないことを言わせてしまうところだった。

「どれだけ血に塗れてもどれだけの命を奪ったとしても、皆が生きていてくれることだけが私の救いなんだから」
「ーー葉桜、君?」
 腕を突っ張って、その温もりから抜け出す。

「だから、ね。諦めないで生きましょう、近藤さん」
 真っ直ぐにその揺らぐ瞳を見つめて微笑む。遠くとおく見通すように、真っ直ぐに。

 夢なんかで迷っている場合じゃないのに、まったくふとしたことでこうなってしまう自分にも、そんな自分に気付いてくれる人たちも、困ってしまう。

「私も覚悟は決めてますから、今さら逃げ出したりなんてしませんよ」
「…だけど、今さっきは…」
 ぐいと片手で髪を掻きあげると、伝い落ちてくる雫が跳ねて、僅かに煌めいた。一瞬で消えてしまったけれど、たしかにあったそれに柔らかく微笑む。

「忘れてください」
「今ココであったことを、全部忘れて。また、明日を生きましょう?」
 呆然としている近藤の肩を軽く叩いて通り過ぎ、軽い足取りで部屋へと戻った。着替えてから、丁寧に手拭いで髪を包み込んで、その雫を吸い取ってゆく。じんわりと手拭い越しに感じる感触に、そっと目を閉じた。

 弱い自分の心を封じ込め、強くあれるようにと天に願った。



p.2

(近藤視点)



 肩口に残る感触に触れ、そっと息を吐く。総司から聞いたことがなければ、もっと驚いていたところだ。こんな時期にこんな場所で水を被るなんて、非常識にも程がある。止めなければ、何度そういうことをするのだろう。まだまだ風も空気も冷たいこの時期に無茶をする。

 脳裏に残る姿は薄月に照らされて、着飾っているわけでもないのに艶やかという印象を受けた。仕草ひとつでこぼれ落ちてゆく雫がキラキラと瞬いて、惜しむように消えてゆく様は彼女を人でない者のように見せていて。だけど、笑顔一つで現実なのだと報される。

「どうして葉桜君はこうなのかねぇ」
 以前までの俺なら、彼女を娘のように思っていただけの俺なら、ただ彼女に注意をしただけで済んだ。だけど、もしも今彼女が去っていてくれなければ、どうしていたかわからない。次も理性で止められるかどうか、自信がない。

 あの夜のようにただそばにいてくれるだけでいいと願う自分がいる。だけれど、それだけでは満足しきれないという予感があった。

 江戸に帰ってきた今、俺には妻も娘もいる。こんなことを想うよりも先に、家族のことを考えるべきなのだろう。だけれど、止められないんだ。想いが溢れてしまって、ツネの前でも平静でいられるかどうかわからない。

 情けないものだ。自分がこんな風に女性を想うことなんてないと思っていた。なのに今は、これほどまでに動向のひとつひとつに振り回されてしまう。そんな自分を誰にともなく押し隠すように、明るく呟く。

「も~ちょっと、恥じらいがあってもいーもんだけどなぁ」
 以前にもそんなことを言ったけれど、簡単にはぐらかされてしまった。自分はこれでいいのだと、明朗に笑う姿に好感を覚えたことはもうずいぶんと遠い昔のことのようだ。今は別れ際の笑顔が脳裏に焼き付いて、離れない。

「明日を生きる、か」
 葉桜君らしいといえば葉桜君らしい言葉だ。彼女がいつも見る夢はとても素朴で、単純で、平和な日常だ。こんな状況でも変わらないその夢を、俺も共に見ていたい。隣で幸せそうに笑う葉桜君の笑顔がいつもある日常を。

「俺も頑張らないと」
 踵を返し、自室へと足を向ける。俺の歩く道が長く続くことはないだろうけど、それでも夢の中だけでは二人で笑いあえるようにと、ふと見上げた星空に願った。

あとがき

すいません。
一週間前にちょこっと更新したモノとはまったくの別物になりました。
でも、満足行く出来にはなったと思い…たいですっ
以前のはもう今読み返したら、ちょー恥ずかしい!
何書いてんだ、自分ー!!
そのうちどこかで使い回せたら、使います。
ダメなら、シナリオゲームの番外で(オイ。


今回は少し暗くなってますけど、これで近藤さんも頑張れるといいなぁーと願いを込めて。
あと、しばらく出せなかった分の愛が詰まってます(笑。


次の話は斎藤さんです。
待て状態のヤツがどう動くのか、検討もつきません。
どうしよう。
(2006/11/29 00:39:31)


~次回までの経過コメント
土方
「戦は、もはや剣槍の出る幕ではなくなったようだ」
「今後はより西洋的な戦術をとっていくべきだろう」
「悲しくもあるが、それが現実だ」