交わす剣の数だけ強くなる時代は過ぎ、いまや銃を使う近代戦だと皆が言う。だけど、と振り下ろす刀が空気を切り裂く音を立てる。葉桜はそれが不満なのだ。正論だというのはわかっている。たしかに時代は近代戦へと変わろうとしているのだろう。だけど、そこで「だから」と剣を捨てる必要もないし、剣が全く通用しないわけでもないはずだ。相手だって銃に慣れているワケじゃないし、すぐに慣れるモノでもない。もともとは剣を使っていた同じ人間だったはずだ。どんなに弱かったとしても、そんなことは問題じゃない。
剣は心。心が迷えば勝てるモノも勝てなくなるとなぜ分からない。
葉桜の不満そのもののように風が呻りを上げた。
「何を怒っている」
「全部」
かけられる声に対し、振り返らずに返す。
「私も含めて全部だ。迷ったって、私たちは剣しかないのに。迷ったって、すぐに銃を使えるようになるわけでもないのに。何故、ヒトは迷ってしまうんだろうな。…私も含めて」
すぐに変われるわけもない。だったら、今やるべきことは結局、剣しかないのに。私にはそれしか術がないのに、どうしても迷ってしまう。どこまでいっても自分が父様のようになれるわけもないのに、他の誰かになれるわけもないのに。同じようでありたいと思う。
振り回す剣が起こす風が耳の横で呻りを上げ、髪をわずかに巻き上げる。気が済むまで一通りの型を続け、ようやく鞘に収めた。気配はまだそこにあるけれど、振り返れない。
「私は、これからも剣一本で生きていきたい」
決意は言葉にしなければ揺らいでしまいそうで、決意がなければ諦めてしまいそうで。自分を制するためといくら剣を振っても、揺らぎが消えてゆかない。震えが、止まらない。
「…ごめん。斎藤にこんな話をしても困るよな。何だかさ、すごく不安になっちゃってさ」
「今度の戦いは、新しい銃や大砲にやられっぱなしで…みんななす術もなく死んでいって、」
「私はそれでも生き残ってるけど…でも、それだっていつまで続くか」
幕府が倒れるとき、支え続けてきた影の巫女がどうなるのかは誰も知らない。ただ確実に分かるのは、自分が死んだときは確実に幕府が滅んでしまうということだ。そうなれば、きっとこちらに寄りすぎている新選組の皆も巻き込んでしまうに違いない。だからこそ、余計に怖い。
「戦ってる時はただ必死で、感じないんだ。だけど、そうでない時はどんどん不安になって、逃げ出したくなるくらいで」
直ぐ後ろに気配が立つ。
「気持ちは分かるが、逃げて何とかなることでもないだろう」
わかっていても逃げたくなるときはある。葉桜だって、いくら物心ついたときには影の巫女だったとはいえ、普通の女なのだ。いつだって逃げたくて逃げたくてしかたがない。だけど、それ以上に大切な人たちが傷つくことに耐えられないから、だから逃げないだけだ。自分が逃げることで何が起きるか何てわからない。だけど、間違いなく守れる命を見捨てて逃げるコトなんて出来ない。守れなくとも、何もしないで逃げるなんて、怖くて出来ない。逃げて逃げて逃げ続けて、その先に待っているのが自分一人だけが生きている事実なら、そんなものは望まない。
震えが止まらない葉桜の手に、斎藤が触れる。
「世の中のすべてのひとを救えるなんて思ってない。目に映るすべてが助けられるわけもない。ただ私は一人で残されるのが嫌だから、ここにいるんだ」
軽く握る手を強く握り返す。顔を見るのは、怖くてできなかった。
「しばらく、そばにいてくれないか。少しの間だけでもいいから。そうしたら、震えが止まるかもしれない。…お願いだ、斎藤」
縋りつきたいけれど、そうしたらきっと自分が崩れてしまう気がしてできない。だから、ただそばにいてほしいと思ったのだ。都合の良いコトだとわかっていても、温かなヒトの心に触れていたかった。
肩にそっと手が触れてくる。それは全然不快ではなく、ただ優しさが流れ込んでくるのが嬉しい。
「ああ、大丈夫だ。俺はここにいるから」
一人にはしないから、と繰り返す。新選組でたったひとりだけ、私の恐怖に気がついた人。斎藤を好きかどうかもわからない私が寄り掛かるのは、卑怯だと思う。だけど、彼はわかっていても同じようにしてくれたように思う。とても、優しい人だから。
「深呼吸をしてみるといい。少しは落ち着くはずだ」
「うん」
言われるままに深呼吸を繰り返す。
「どうだ?」
「楽になってきた、かも」
「そうか」
不思議だ。本当に深呼吸を繰り返すだけで、気持ちが落ち着いてきて、震えが止まった。別に何かの術を使ったわけもないのに。
「ごめんなさい。みっともないところを見せたな」
落ち着いたことで自然と零れる笑顔を向けた葉桜に対して、斎藤も口元をゆるく綻ばせる。
「いや、いいさ。おまえに頼ってもらえると俺も嬉しいから」
斎藤はいつも本当しか語らないから。そのまま背を向ける相手を目の前に、葉桜は動けなくなった。
「え?」
そんな葉桜をもう一度斎藤が振り返る。
「そろそろ行こうか」
「あ、あぁ」
先を歩く背中を追いかける。葉桜に斎藤の言葉の意味を受け入れるほどの余裕は、まだない。
(斎藤視点)
江戸へ戻ってから、いや、戻る前から葉桜の様子は妙だった。引き絞った弦のようにただまっすぐで、少しの衝撃でも折れてしまいそうなほどだ。
伏見での戦いは確かに無惨なものだった。多くの隊士が銃に敗れ、死んでいった。だからこそ、彼女は心を病んでいるのだと思う。
庭で一人、剣で舞う彼女に近づくと、遠目では分からなかったがかすかに震えているのが目に入った。だから、震えを止めるために剣を振っているのだということもわかった。
「しばらく、そばにいてくれないか」
それは初めて聞く彼女の弱音で。明らかに弱っている彼女の手に触れると、強く握りかえされる。それは、そのまま不安の度合いを示しているのだろう。普通の女なら縋りついてくるのかもしれない。だけど葉桜は、自身がそれをしてしまえば己を見失ってしまうという不安を抱えているから、振り返りもせず、ただ手を握り返すだけで立ちつくしているのだ。俺が今彼女にしてやれることは、そばにいることだけしかない。
肩を抱き寄せて、そっと囁く。
「ああ、大丈夫だ。俺はここにいるから」
葉桜の不安は本当に小さな子供と同じで、世の全ての人と同じで、ただ一人残されることだ。だからこそ強く、だからこそ脆い。そして、だからこそ必死なその姿に惹かれるのだ。世界を愛おしむ葉桜の瞳にただ一人の人として映りたいと思ったから、俺はそばにいたいと願った。
いつか俺がその不安を取り除いてやれるといい。その時に向けられる笑顔はきっと、最高だから。
リクエストにあった斎藤イベントの「八方塞がり」です。
あ、あんまり甘くないです。
イベントなのに。
またなかなか立ち直れないヒロインに戻ってしまっているんですが、これじゃあ楽しくないですね?
むーわかってはいるんですけど、状況が状況だけに厳しいです。
馬鹿馬鹿しい展開に持っていきたい。
だけど、気楽な状況でもないんですよね。
でも負けない。
なんとかします。
したいです。
年内には。(あれ?
忙しさに負けて、週1話更新が限度になってます。
年内に終わるのは難しそう。
おかしい。
年内に終わらせるために頑張ってたのにー!
でも、現実の仕事優先なんで、ご容赦ください。
せめて、1週に1話の更新はしますからー!(夕陽に向かって叫ぶ感じで。
(2006/12/6 10:08:34)
「裏の巫女」→「影の巫女」に変更。
(2007/1/7 16:06:31)