幕末恋風記>> ルート改変:近藤勇>> 慶応四年弥生 17章 - 17.1.1-近藤の剣

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:近藤勇

話名:慶応四年弥生 17章 - 17.1.1-近藤の剣


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.1.18
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:4525 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(134)
近藤イベント「近藤の剣」
如月風華さんのリクエスト

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p.1

 松本の医学所を出て、幕府から新たに指定された五反田新田に移るとき、葉桜は良順からひとつの書き付けを渡された。それはいつもの近藤の薬の調合法と。

「良ちゃん、これは…」
「とっとけ。いつ必要になるかわかんねぇだろ」
 それは、自分が捨てたはずの故郷からの手紙だ。正確には小さいときに自分の世話係をしてくれていた人からの手紙だ。書いてある内容は影巫女の呪いを解く方法。

「…いらない」
 突っ返そうとする腕を取られ、いつものように怒鳴られる。

「おっまっえっは、また!」
 でも返せる言葉はない。

「いらないったら、いらない。もう覚えたもん」
「ウソつけ」
「じゃあ、またね。『松本先生』」
 逃れるように少し離れ、近藤らが挨拶を終えるのを待つ。良順は間違いなく、葉桜の思惑に気がついただろう。それで、近藤らにはきっと諭してくれるように頼むのだろう。だけど、近藤にはそれを言えないワケがある。葉桜と、同じコトをしようとしているのだから。

「葉桜を大切に想ってくれるなら、あいつを離さないでやってくれ。強いようでめちゃくちゃ弱ぇーヤツだからよ」
 良順はずっと小さい頃の葉桜を見てきているけど、結局一番奥まではわかっていない。自分は確かに弱いけど、強く在れるのはここが父様が愛した世界だからだ。父様が愛してきた国だから、人々だから、守ろうと思える。それが、自分の強さの源となっている。

 父様の世界を守ること、それが自分の使命だとずっと思ってきた。だけど、今は。

「近藤さん、葉桜です。入ってもいいですか?」
「ああ、いいよ」
 五反田新田に移ってから、良順に言われたように近藤の薬を作ってきた。それは明らかに通常よりも強い薬で、ほんの少し分量を間違えたら大変なことになるだろう。だけど、近藤も土方も何も言わない。

「新しいお薬が出来ましたよ」
「ああ…ありがとう。食事前に飲むよ」
 部屋に入ると珍しい光景に出会った。いや、別に特別なことではないのだけれど、あの事件以来近藤はそれをしているのは久しぶりだ。

「剣の手入れですか?」
 愛おしそうに愛刀を見つめ、手入れしている様子を見ていると静かな声が辺りに響いているのがわかる。それは剣の声なき声というもので、自分の名も無き愛刀を手にするときとはまた違う音階だ。いつからそれがわかるようになったのかわからない。だけど、その声なき声はすぅっと聞こえてくる。

「最近、剣をまともに持ってすらいなかったからね。ずっと俺についてきてくれた剣だからなぁ。たとえ満足に使ってやれなくても、大事にはしてやらないとね…」
 近藤の愛刀の噂を少しだけ聞いたことがある。江戸で小耳に挟んだことがある程度だが、あまり大した人物とは思えなかったのがその頃の正直な感想だ。当人に出会うまではどんな間抜けかと思っていたが、会ってみれば相当の手練れである。噂の方がデマかとも思ったが、刀を最初に見せてもらって心の中で首を傾げた。だけど、偽物であろうと関係ない。本当にその刀を愛していればもうそれは名刀だと、自分は思う。

 その近藤の剣は今、刀研ぎに出した直後のようにピカピカだ。新選組にこの人ありと言われた剣士はたくさんいるけど、近藤の剣は他の人にない力強さがあった。

「もう二度と…俺は以前のように剣を振ることはできないんだろうな」
 剣を振りたくてたまらないという近藤の気持ちが痛いほど伝わってくる。同じように怪我をしても、葉桜は剣を振れる。それは呪いのおかげというのも大きいが、両利きという特異性もあったからだ。普通ならば、とっくに剣を振れなくなっていてもおかしくない。

 何故、と近藤は思っているだろう。葉桜自身だってそう思っているのだ。思わないはずがない。だけど、

「振ってほしいです」
 自然とそれは出てきた。願う心が奇跡を起こすこともあるのだと葉桜は知っているから。

「近藤さんの右肩の状態は近藤さんが一番よく分かってると思います。でも、私は以前のように剣を振ってほしいです。どれだけ時間がかかっても、私はいつか近藤さんの剣さばきがまた見られると信じてますから。だから近藤さんも絶対に諦めないでください」
「私は近藤さんの剣が一番好きです。基本に忠実で派手さはなくても、剣の迫力は一番です。…私にとって近藤さんの剣は憧れでした。だから私は、もう一度、近藤さんの剣を見たいです」
 自分の剣は軽い。男と女の力の差はどれだけの鍛錬を積んでも埋めようがないので、葉桜は勝つために剣を変えた。だけど、もしも自分が男なら近藤のような剣がいい。

「ありがとう。俺にとって何よりの言葉だよ」
 とても穏やかな笑顔に、ほぅと安心が胸に広がる。永倉らと決別して以来、あまり近藤の笑顔を見なくなった。「ノーテンキなくらいが丁度良い」なんて言っていたのはそんなに昔じゃないのに、今は笑わせようとしなければ笑ってくれない気がする。

「そうじゃなくて」
 近藤に近寄り、刀を持つ腕に手をかけ、その顔を覗きこむ。

「危ないよ、葉桜く」
「そうじゃないでしょ、近藤さん」
 まっすぐに視線を合わせているのに、近藤が自分を見ている気がしない。こんなこと、初めてだ。

「どうしたんだい、葉桜君?」
「…どうしたじゃないよ、もう…」
 それほどになるまで我慢しているなんて、気がつかなかった。隠すのが上手な人だから、全然気がつかなかった。

 近藤の手から刀を取り、鞘に収める。

「あの…葉桜君?」
 戸惑っている近藤の手を取り、両手で包み込む。いつもはとても暖かく感じるのに、ひどく冷たい手だ。

「私は、近藤さんが好きです」
 こんな風じゃ、ダメだ。

「笑っている近藤さんが好きなんです」
 膝立ちして、両腕を伸ばし、その頭を抱きかかえる。その苦しみが少しでも自分に移ってくれることを願って。

「近藤さんがそんなんじゃ、私はどうしたらいいのかわからない…」
 溢れてくる想いが瞳から零れる。今近藤が苦しんでいるのが全部自分の所為だなんて思わない。だけど、影響はきっとあるのだろう。そんなもの吹き飛ばしてくれたら良かったのになんて、他人任せにしていた自分が悪い。

「なんで今、そんなことを言うかなぁ」
「近藤さんが悪いんですよ」
「今日はトシも出掛けてるし、隊士も少ない」
「?」
「そうでなくともここは他から随分と離してある部屋なんだよ?」
 頭を胸にすり寄せて、腰に腕を回されて、ぎゅっと抱きしめられた。それでも、やっぱり普段とは違う。いつもの彼じゃない。

「どうか、諦めないでください。梅さんは死んでいないのだから、道はきっとあります!」
「……」
「新選組の生きる道も、近藤さんの道も!」
「ねぇ、葉桜君」
 引き剥がされて、その場に座らされて、合わせた目線は笑いながら葉桜を見つめる。

「君は無意識だとわかっているけど…それほどに俺は危うく見えるのかい?」
「自覚ないんですか?」
「うーん、諦めてるつもりはないんだけどね~。どうして、そう思うの?」
「……目」
「うん?」
「近藤さん、私を見ていないでしょう? 目の前にいるのに、遠くに居るみたい」
 最期の時の父様みたいだった。見ているものは、自分の後ろにある死。それに引きずり込まれてしまう気がして、怖くなった。

「そんな風に見えるのか~、困ったな」
 困ったと言いながら、葉桜の後ろ髪を撫でつつ自分の胸に引き寄せる近藤は、あまり困っている風には見えない。

「諦めたつもりはないよ。俺は俺なりのやり方で徳川復権を目指すだけのこと。永倉君達を遠ざけたのは」
「「巻き込みたくないから」」
 声を揃えると、苦笑が返ってくる。でも、やっぱりまだ近藤らしくない。

「どうしたら近藤さんは生きると約束してくれますか?」
 葉桜の問いを近藤は驚いた顔で受け止め、また微笑んだ。



p.2

 父様が死んだとき、葉桜は一つの制約を立てた。一生、恋愛はしない。父様の知っている自分のままで生き抜くと。

 絡め取ろうとする腕から逃れて、離れる。相手が無理をしないとわかっていても、だめだ。自分じゃないみたいに、身体の奥が熱く疼いてくるけど、それでも。あの熱い眼差しで求められたら、きっと逃げられないってわかっていたのに、どうしてこんな場所についてきてしまったんだろう。

 肩を掴んで寄せられる吐息から、襟元をしっかりと握りしめ、顔を背ける。

「や、やっぱり駄目…」
「ここまできてソレは聞けないよ、葉桜君」
 耳を甘噛みする熱い吐息で、全身に痺れるような感覚が走って、思わず目の前の人を突き飛ばそうと勢いよく手を前に出していた。だけど普段と違って、その腕はあっさりと交わされてしまって。しっかりと腕の中に抱きしめられてしまう。

「本当に、これで…約束…」
「うん」
「なんで、私なんだ? 近藤さんにはツネさんがいるじゃないか」
「うん、わかってる。でも、葉桜君も比べられないぐらい愛しているんだ」
 甘い囁きにしがみついて叫ぶ。

「私は、愛してない! 近藤さんを好きじゃない!」
「…ほんっと、君も強情だよね」
「好きだけど、好きじゃない。好きになっちゃ、いけない…」
「…それ、好きだって言ってるのと一緒」
「もう、イヤなんだ。どれだけ好きになったって、みんな私を置いていくんだ。独りに、なるくらいなら、誰も愛したくないのに…っ」
 幕府が倒れるまで、代が替わるまで死ぬことの出来ない呪い。そのせいで、何人も大切な人が死んでいくのを見てきた。なのに、誰かを愛さずにはいられない自分が嫌いだ。

「俺は好きだよ。そうやって、人を愛し続ける葉桜君がとても愛しい」
「私は、嫌いだって言ってるだろっ」
「いいよ、それでも。葉桜君が嫌いな分も俺が好きになるから」
「やだよ。もう、置いていかれるのは、イヤだ…っ」
「置いてかない。ずっと側にいるよ」
「ウソつき」
「ウソじゃない。…もう黙って」
 重ねられる吐息が混じり合い、熱量が自分の内側に流れ込んでくるのを感じる。それはそのまま脳髄まで染みこんで、すべての感覚を麻痺させてゆく。甘い甘い毒に全身を冒されて、力がうまくはいらない。制御の利かない身体が勝手に涙を溢れさせ、眥からこぼれ落ちてゆく。

「ウソ。本当は好き。どうしたらいいのかわからないぐらい、好き。これ以上好きになったら、独りになったときに壊れてしまうぐらい…好き」
 自分のモノじゃないみたいな甘い吐息で囁く。大切そうに抱きしめてくれる腕が安心させるように、背中をさすってくれる。

「俺もだ」
 生きている音が響いてきて、全てが温かく包まれる。

「葉桜君を一生、愛し続けるよ」
 そんな甘い囁きに、葉桜はまた「ウソ」と小さく返して、初めて自分から口を重ねた。



p.3

 情けないことにそのまま沈むように眠りへと落ちてしまった私は、近藤が優しい眼差しで自分の寝姿をずっと眺めていてくれたことを知らなかった。

「愛しているから、生きて欲しいんだ。君を生かすためなら、俺だって自分の命なんて惜しくない。わかるよね、葉桜君?」
 起きていたら、絶対に許さなかった。そんな諦めの言葉なんて言わせなかった。だけど、私は眠っていたから、それを知らなかった。

あとがき

如月風華さんのリクエストで「近藤の剣」
なんで、微エロになってしまったかはともかく。
このイベントはなんだか見ていて哀しかった。
試衛館の仲間がとうとう土方さんだけになってしまった近藤さん。
土方さんのイベントでは明確に言ってるけど、近藤さんのはないんですよね。
でも、やっぱり少し淋しかったんじゃないかな。
でも、自分で突き放した手前グチも零せないみたいな。
いろいろ考えたんですけど、やっぱり近藤さんには一番生きて欲しいです。
そんな方向で進みます。
(2007/1/18 11:21:28)