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書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:土方歳三

話名:慶応四年弥生 17章 - 17.4.1-気がつけば…


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.1.24
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:2737 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(137)
土方イベント「気がつけば…」

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p.1

 新選組で鬼の副長と呼ばれたその人を知らない隊士の方が珍しい昨今、専ら土方に茶や食事を運ぶのは葉桜か島田の役目である。といっても、島田は監察方で飛び回っているので、必然的にそれは屯所で訓練を指揮する葉桜の役目となっていた。

「そーんなに怖いかー?」
「怖いですよ。あの人を怖くないなんていうのは、葉桜さんと島田さんぐらいです!」
「たんに眉間に皺寄せる癖が付いてるだけだぞ、あれは」
「それでも、怖いですって。いいから、それ早く持っていってください」
 そんな風に急かされながら、大抵葉桜はお茶を持っていく。

「土方さん、お茶をお持ちしました」
 声をかけるが返事はない。珍しく、居眠りでもしているのだろうか。そう考えて、こっそりと障子を開ける。

「失礼します」
 開けてから、軽く落胆する。期待に反して、土方は起きていた。何かを読むでなく、手紙を書くでなく。かといって、俳句帳がないところを見ると、句を捻っているワケでもなさそうだ。

「土方さん、どうかしたんですか?」
 お茶を起き、そっと近寄ってみる。

「とうとう…とうとう試衛館からの仲間は俺と近藤さんだけになっちまった」
 正面に回ろうとして、留まる。それは初めて聞く土方の本音だと気がついたから。

「みんな、もういない。あんなに大勢いたってのにな」
 それはほんの二、三年前の話だ。葉桜が入った頃は皆、夢を持って懸命に生きていた。まだ、笑っていられたあの頃。

 何度も考えた。別の道はないのか、何度だって考えて動いてきた。後悔がないと言えばウソだ。いつだって、後悔はあった。だけど、前を見ていなければならなかった。今生きている人の方が大切だから。

 自分だって何もかもぶちまけて逃げてしまいたい時がある。土方にだって、ただ弱音を吐きたい時はある。だったらそんなとき、自分にできることは、黙って気の済むまで話をさせてあげること。それだけだ。

「京を目指した時には、みんな青臭いくらいの夢で盛り上がっていた。成功する保証もなかったってのに…。貧乏で、何も持っちゃいなかった。ただ夢と剣だけがあったあの頃のことばかり思い出す」
 最初は、ただ目的だけだった。あの紙にあるとおりに起こるという出来事を止めたかった。全然知らない人たちだったけど、それでも目の前に明確にされている死の刻限だけは防ぎたかった。たとえそれでいくつかの歴史が変わってしまったとしても、それも全部防ぐつもりだった。

 だけど、そんな目的がなかったとしてもいつか自分達は出会っただろう。自分がただ黙ってこの時代を見ているだけとは思えない。

「あの頃とは、みんな変わっちまった。死んじまった人もいる。あの頃の俺は、今の俺を見て幸せだと思うんだろうか」
 土方の言葉は時折、葉桜を吃驚させる。昔の自分が今の自分を見たときのこと何て、考えたこともなかった。ただ毎日全力で生きるしか無くて…いや、違う。過去の自分が、怖い。

 芹沢と出会った頃の自分なら、何やってんだって、呆れるだろう。父様と出会った頃の自分なら、きっと不思議そうにするだろう。ああ、それでも幸せだというだろうか。必要とされる未来をうらやむのだろうか。わかるのは父様だったら、何も言わずに葉桜の頭をぐしゃぐしゃと撫でるだけだろうということだ。幸せかどうかを決めるのは、今の自分だ。過去の自分でも、まして自分以外の誰かじゃない。

「つまらんことを聞かせちまったな。今言ったことは忘れてくれ。すまなかった」
 無理をして笑っている土方を見ていられなくて、思わず手を取っていた。

「土方さん…」
 聞こうと思ったけど、言えなくて。葉桜はそっと手を離して、部屋を去った。



p.2

(土方視点)



 何故、と自分の両手を見つめる。葉桜が離れたばかりの手は少しばかり冷たく感じた。彼女の行動は小さな子供と同じだとわかっているのに、どうして俺はそこに意味を探してしまうのか。何故、あんなことを言ってしまったのか。

 葉桜は最初から言っていたとおりに俺たちとともにいる。だが、時折垣間見せる表情はひどく辛そうだ。話せないからまた悩んでいるのだろうけれど、それとは別な何かを感じる。なんというか、葉桜自身の気が張り詰めたまま、緩んでいない。平時はいつもだらだらと隊務をサボることも多かった葉桜だったが、戦闘の時はとんでもないほどの集中力を持って気を張り詰めていた。あの気力に勝ることが出来なければ、誰も斬りかかることさえ出来なかった。

 それが、今はいつでも張り詰めたままなのだ。先日、俺の部屋で眠っていたときでさえ、張り詰めたまま緩まない。まるで、夢の中でまで何かと戦い続けているようだった。

 いつでもあいつは何も言わない。何一つ言わないクセに、一つ背中を押してやるだけで簡単に泣き崩れてしまうような女だ。だが、その反対に何でも笑い飛ばせるような豪気の持ち主でもある。普段は後者が表立っているので知るものは少ないが、葉桜はけっこうよく泣く。

「無理して笑うぐらいなら、俺の所に来い」
「ふふっ、嫌です。土方さん、意地悪だから」
 そんな会話を交わしたのはもうずいぶん前だが、あれからよく葉桜は俺の所へ来るようになった。俺がいない間に、好きなようにしているようだった。

 時々、寝ながら泣いているのを見るようになったのはいつ頃からだったろう。声一つ立てることなく、知らずに枕を濡らしている様子を何度か見かけた。そうしているときは大抵、誰かが死んだときだ。隊務中であろうがなかろうが、葉桜は誰かが亡くなる夜はいつも自分の力のなさを嘆いている。

 あれだけの腕を持っていて、あれだけの人を救っておいて力がないというのは謙遜というよりも厭味だ。だけれど、葉桜は心の底から、常に守れないことを悔いている。目に見える全てを守ることが出来ないと知りながら、すべてを救おうとする。まるで流れ落ちる滝を受け止めようとするかのような姿は、時々酷く滑稽だ。

 何故そこまでできるのか。どうしてそこまでするのか。聞いても葉桜は答えないだろう。それが彼女にとっての日常で、当たり前のことだからだとしても、不思議でならない。

 言えるものなら言ってやりたい。逃げたいのなら逃げろと。葉桜がそれを望まないのだとしても、彼女の持っている運命から逃れさせてやりたいと思う。だけど、確かに今の新選組には葉桜が必要で、近藤さんにも俺にも必要なのだ。表面だけでも元気を振りまく葉桜という存在を欠いてしまえば、もう終わりはきっと直ぐに来てしまうことだろう。そんな曖昧な予感があった。

 彼女の持ってきた茶を手に、そっと中身を啜る。

「…温いな」
 その温度はまるで葉桜の作る空気のようで、両目を閉じ、静かにそれに感じ入った。



あとがき

リクエストはないですけど、土方イベントです。
人が多くても書きにくいですけど、少なくてもやりづらいですね。
オールキャラのはずなのにー。
(2007/1/19 00:38:52)