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書名:書きかけ
章名:連載もどき

話名:闇と共に散りぬ - 1#旅立ち


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.2.2
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:5230 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
第1話「旅立ち」

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p.1

 闇を照らす白い月に、黒い影が浮かび上がる。それは黒いローブ姿の魔女の影で、月をあげて高笑いをしている。気違いじみた笑い声は高く低く世界を震撼させていて、それもまた彼女は楽しんでいるようだった。彼女にとっては快楽が全て。

 私は彼女を知っている。血を好み、人々の恐怖を、畏怖する様子を楽しみ、そう出来るだけの力を持ってる。

 不意に、彼女がこちらを見る。細めた瞳の奥で月よりも眩い光が、怪しく輝く。それだけで、魅せられる。存在そのものに酔ってしまいそうで、流されてしまいそうになる。彼女が私に何かを言った後、形の良い口の両端が三日月みたいに釣り上がった。

「ルイー! バイト遅れるよ!?」
 雲を払うように、快活な声が彼女と闇を追い払う。それはドアの向こうからかかる聞き慣れた幼馴染みのもので、ベッドの上でぼーっとしていた私は時計を見る。カーテンから差し込む白い陽光は十分に明るいが、それほど長く寝ぼけていたのだろうか。

「…なんだ。まだ十時じゃん…」
 今日は午後からのファミレスのバイトとしかない。わざわざ早く起きる必要なんてあっただろうか。

 ベッドで上半身だけ起き上がったままで更に考え込んでいると、ノックもなしにドアを開いて、肩口の薄茶の髪を揺らした細身の可愛らしい女性が入ってくる。可愛いとは評したがその視線は鋭く、甘やかな印象を一切払拭して、しっかりとした姉的な感じを伝えてくる。

 彼女は幼なじみのマーチ・ルィズ。いつものTシャツとジーパンの上にピンクのフリルエプロンをつけているのが、かなりミスマッチだ。

「なんだ。起きてたんだ」
「ん」
 とりあえず頷いておく。マーチは部屋を横切り、私のクローゼットから適当にチョイスして投げてよこしてきた。

「さっさとそれに着替えてきなよ。髪結う時間もなくなる」
 やるだけやって、言いたいことだけ言って、部屋を出て行く。いつも通りのことだ。

 長い邪魔な髪を避け、言われた通りにベッドから降りて着替える。今日のは膝上の白い巻きスカートに黒のキャミソール、水色系のシャツとその上に白の短めジャケット、それと白のロングソックスだ。全体に私を白でコーディネートしたがるのは彼女の趣味だけど、個人的には黒っぽいほうが好き。

「着替えたらさっさと食べる!」
 私が席に着くとマーチは私の後ろに回り、髪を弄り出す。彼女は私の髪を弄るのが好きらしい。そう以前言ったら、「ルイが気にしなさすぎるからでしょ!?」と怒られた。

 彼女は同じ屋根の下に住んでいるが、別に同居人でも家政婦でもない。ここもれっきとした彼女の家だ。元々は私の父の持ち家で、長く男やもめだった父の元に嫁いできた女性の連れ子がマーチだった。

 庭で泥だらけになって遊んでいた私と、母親の後ろで恥ずかしそうに隠れながらこちらを伺っていたマーチ。対照的だけどとても良く似ていた私達が仲良くなるのに時間はかからなかった。あの頃はマーチの方が女の子らしくて、私はとても活発だったのだけど、どこでどう間違えたのか今では正反対だ。

「あ」
「なによ」
「…もうやることないんだった…」
「は? まさか、またクビになったわけっ?」
 頭上から聞こえる呆れ声に苦笑する。

 思い返せば、昨日の時点でもう来なくて良いとか言われたような気がする。でも、いくらなんでもファミレスのウェイトレスにセクハラするようなやつに手加減の必要なんかないって。

「また魔法使ったのね。使わないためにバイトしてるってわかってるの、ルイ?」
 私を産んだ母という人は世界でも有数の魔法使いだったらしく、色濃く血を受け継いだ私は呼吸するのと同じぐらい自然に魔法を使ってしまう。それを改善するという名目でいろいろなアルバイトをしているのだが、ほら、呼吸と一緒だからちょっとした弾みで出てくるっていうか。止めるなんてムリに決まってる。

「ねーどうして使っちゃ駄目なのよー。みーんな使ってるのにどうしてマーチは止めるの?」
 日常的に魔法を使う人が多いのは事実だ。簡単なものなら対して魔力がなくても魔導具が出回っているので、それを使えば誰だって出来る。

「ルイのは普通のじゃないでしょ」
「フツーフツー」
 嘘ばっかり、と怒られた。その通りなので、へらりと笑って返すしかない。

 日常生活として使われているモノは大抵初等教育で習うものばかりだ。対して、私の使う魔法は学校でも教えない、母から直接教わっている古代魔法や真魔法で、扱える人自体が数えるほどしかいない。一般的には失われた魔法と言われるぐらいに希少で、文献も世界に数冊もない。それほどに存在していない理由は、多分冗談だろうが私の母が昔全て焼いたと聞いている。ーー多分冗談だろうけど。

「んじゃ、今日はゼイルのトコに行ってよ」
 髪結いの終わったマーチが私の正面に座り、パンをパン焼き器にセットする。

 ゼイルというのは私たち(主に私)の仕事の面倒を見てくれる世話人みたいな「みたいじゃない」人だ。何も人の思考につっこまなくてもいいじゃないかーと、手元のカップのティースプーンをぐるぐる回す。

「…別にさー、母さんの遺産だって十分あるし、働かなくても…」
「それは駄目」
 すかさず言われて、軽く息を吐く。

「なんでー? だって、遊んで暮らせるだけ残してあるんでしょ?」
「それでも駄目」
「なーんーでー? いーじゃ~ん」
「ルイ、それでまた古代書とか集めるつもりでしょ」
 ぎくりと顔が強ばる。他の人にはそれでも気がつかれない方なのだが、この付き合いの長い幼馴染みはとてもよくわかるそうで。

「やっぱり」
「むー。勉強のためならいいでしょー」
「勉強してどうするのよ。こんな辺境でルイの覚えてるようなでかい魔法なんて役に立たないわ」
 ひどい。これでも、数少ない希少な魔法を覚えて世に残そうと努めている、立派な魔法使いなのに。

「立派な魔法使いははずみで魔法を使いませーん」
「なによー! マーチのへろへろ剣より役に立つわよー!?」
「へ…! 何よ、これでも道場じゃ師範代なんだからね!?」
「じゃあ、勝負する?」
 がたんと勢いよく立ち上がったマーチににやりと笑うと彼女は悔しそうに拳を握りしめ、体を開いて構えかけた。タイミング悪く、玄関の呼び鈴が鳴る。こういう時に来る人は何故か大抵同じ人だ。そんで、その人は鍵も持っているから問題ない。

 マーチが常備しているダガーを手にする前に、私は口内で小さく詠唱を始める。とたんに、私を中心にして風が流れ始める。椅子を立ったのは朝食が吹き飛んでしまうのを避けるためだ。大技を使うわけではないが、それでも魔法の余波で食事が無くなるのは困る。

「やー!」
風壁(ウィオール)
 斬りかかってくるマーチのそれを難なく魔法で受け止め、発動させたままにもうひとつの呪文を組み立て始める。いつもこれでマーチとの喧嘩は私の圧勝で終わるのだが。

「おぉい、家だけは壊さないでくれよ。売りモンなんだから」
 勝手に入ってきた人物を見もせずに呪文を紡いでいるルイに代わり、マーチが応える。

「そんなことはっ! ルイに! 言ってよね!!」
 何度目かの無駄な作業の後で、うん?とマーチは首を傾げた。

「…売り物…? どーゆーこと、ゼイル…ちょ、ちょっと待って、ルイ!」
「ちっ、いーとこで邪魔しないでよ。ゼイル」
 あからさまに不機嫌な顔を向けても、彼はいつもにこにこと笑顔を絶やしたのを見たことがない。

「そ。やっと折り合いが付いてね。この家ひとつで話が付いた」
 私は話が見えない。マーチは、と幼馴染みを見ると、しばらくのあいだポカンと惚けいていたのが一度俯き、わなわなと身を震わせている。

「…ゼイル、それ、何の冗談?」
 話の出来ない状態の幼馴染みに代わって質問すると、彼は私の頭に優しく手を置いて、優しく微笑みながらこういった。

「それはね、キミのお父さんの借金を返すために、この家を売っぱらったってことだよ。だから、」
「え、母さんの遺産は?」
「それは全部ルイの魔法の被害者の賠償金に使っちまった」
 え、冗談でしょ? 不思議そうに見上げているこんなか弱い乙女に向かって、彼は尚も続けた。

「だから、今すぐこの家出て行ってくれ」
 この一言でぷっつんと私の中で何かが切れた。先にマーチが抗議しているけど、関係ない。今までパパの弟だから我慢してきたけど、これ以上はもう無理。

「でも、家がないのは可哀相だから、二人にとっても向いた仕事を」
風塵(ウィンダス)
 風は過たずにゼイルだけに降り注ぎ、傷だらけの男を前にルイは指を組んで、また呪文を組み立てる。

「ル、ルイ…っ マーチ、あいつを止めてくれ!」
 蒼白になって、自分よりも年端もいかない少女に縋りつく姿はあまり様にならない。

「あー…ごめん。私も無理」
「なっ!」
「あんな状態のルイは久々に見るわー。母さんが死んだとき以来かも。ゼイルも覚えてるでしょ?」
 こくこくと目一杯に首を振る男にマーチもにっこりと笑いかける。

「…でも、私もルイを殺人鬼にしたくないし、ひとつだけ答えてくれたら助けてあげる」
「何だ!?」
「ルイの母さんの遺産であんたが横取りした分、返せ」
「!! な、俺は横取りなんて…!」
「ルイのパパの借金ぐらい余裕で返せるぐらいの遺産はあったし、ルイの被害者だって、そんなに賠償払ってないでしょ? ぜーんぶ、聞いてるんだから」
 マーチが持っているダガーをゼイルの顔の直ぐ脇に思い切りよく突き立てた。

「返すよね? そしたら、ちゃあんと出てってあげるわよ」
 こくりと頷く様子にマーチが手を挙げる。

「おっけー」
「んじゃ、遠慮無くイかせてもらうわよ」
「んな!? 話が違うぞ!!」
 恐怖に脅える男の前で、一瞬、ふわりとルイは微笑んだ。

ばーか
 それは、魔法を発動する言葉ではなく。次いで、片腕を天へと目一杯に伸ばす。

我はまもり手なりそは風なりそは我に従い契約のままに…
 言葉に従い、自らの周囲に張り巡らせた風を差し上げた手に集めてゆく。魔力の流れに押されるように髪もゆるやかに波打ち、一見すればその姿はとても神々しくみえる。だが、その手にあるのは間違いなく彼女の有する魔力そのもので。

優しき風を運べ
 結びの言葉と共に部屋中を撫でるように風が駆け抜け、窓から外へと逃げていった。いつだって、そうやってきた。抑えきれない魔力はこうして喧嘩して、それから私が全てを直しておしまい。

 それをわかっていない彼にゆっくりと、だが軽い足音を立てて歩み寄る。そして、マーチの隣で立ち止まって、彼の前にしゃがみ込んだ。

「喧嘩中は邪魔するなって言ったでしょ? 制御効かないんだから」
「…へ?」
 呆けているゼイルの前で、マーチが容赦なく鉄拳を振り下ろす。

「だーかーらー、ルイの魔法は禁止なの」
「うっ、ちょっとは手加減してよ…。マーチは馬鹿力なんだからぁ」
 くすくすと笑い合っている二人を前になかなか正気に返らないゼイルにも、マーチの鉄拳が降りる。

「いでー!」
「こんなんでもゼイルはパパと似てるし、気に入ってたのに。これでお別れなんて残念だわ~」
「…ルイ…」
「お金振り込んでおかなかったら、取り立てに行くから」
「…マーチ…」
「だからさ」
 二人で目を合わせて微笑んで、そのまま口を揃えた。

「さっさと出てけ」



p.2

 ゼイルを追い出した後で、私たちは村を出ることにした。ここにいたところで私の出来る仕事も限られているし、これ以上パパと母さんとの想い出を汚されたくなかったから。

 私の荷物は別に魔法書とローブがあれば十分と思っていたら、マーチが衣装やら食料やら全部用意してくれた。

「でもさー、ルイ、一体どこまで旅する気なんだい?」
 そうマーチが言い出したのは村をずいぶん離れてからだった。

「えっ!マーチ!行きたい場所があるんじゃないの!?」
「あたしはただアイディアをあげただけ。行き先は、ルイ、あんたが決めなさい!」
 そんな無茶な。

「マーチ、私の性格知ってるでしょ~?」
「ガタガタ言わない!しょーがないでしょ!とにかく、目的地を決めて賞金稼ぎでもやるしかないでしょ!」
 無理矢理な話だ。まあ、そもそもこうして旅を出ることになったのもなんだか無理矢理だもんなー。

 いつまでも考え込んでいる私にシビレを切らし、マーチが決めることになるのはいつものことだ。

「とにかく、西へ行くわよ!」
「なんで西なの?」
「女の勘よ。文句ある?」
「ないけど…」
 意気揚々と確信のない無茶苦茶な自信を持って歩くマーチの後をついて歩きながら、空を見上げる。青く青くどこまでも澄んだ空はいつもよりも明るく広がっているようで、伸ばした手では掴みきれない世界に目を細めた。

(旅かぁ)
 こうして、マーチとルイの旅は始まった。



あとがき

モノカキの原点、かな。これ以前には話を考えたり書いたりした記憶がありません。
また唯一書いたリレー小説なので、色んな意味で大切な話。
リメイクの許可は全員にとってあります。中学卒業時に(古。
(2007/1/23 22:26:13)