幕末恋風記>> ルート改変:近藤勇>> 文久三年水無月 01章 - 01.3.2#有難くない信用(追加)

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:近藤勇

話名:文久三年水無月 01章 - 01.3.2#有難くない信用(追加)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.5.16 (2009.12.28)
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:5440 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
文久三年、水無月「からくり人形」の裏側で。
(土方、近藤)
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p.1

 私が壬生浪士組に入隊して、だいたいひと月が経った。自慢じゃないが、それなりの経験と商売柄、人の信用を得るのには慣れている。つまり、今ではこうして土方の部屋で、自分の肘枕にくつろぐ程度には打ち解けていた。

「え?」
 いつも通りに事務仕事をしていた土方が振り向いて言った言葉を私が聞き返した瞬間、同じ屋根の下で小さな爆発音がそれを掻き消した。身を起こして構える私に対し、土方は心配ないと言って普段の倍も眉間に皺を寄せる。

「ありゃあ、山南さんだよ。あの人は発明が趣味なんだ」
 既に聞いていた話なので別に驚くことでもない。爆発の方向も土方の言うように山南の部屋で間違いはないだろう。

「たしか今は自動お茶汲み人形を作っているんでしたね。失敗したのかな」
 私のつぶやきに、土方は知るかと素っ気なく返してきた。どうやら山南の発明は土方にとって、心労の一つらしい。もうひとつの心労はおそらく彼の上官にあたる人のせいだろうが、それは私が知ったことではない。

「山南さんのことはいい。それより、どうなんだ?」
「どうって、土方さんは何考えているんですか」
 一応の訂正としておくが、私とてよく土方の部屋に入り浸っているわけではないし、今は何か話があると呼ばれたから、いるというに過ぎない。呼んでおいて、少し待ってくれと土方に言われ、寝転がっても文句がでなかったから、私もそのままでいたまでだ。

「土方さんは買いかぶりすぎです。入ったばかりの、しかも女に隊を任せるなんて」
 いくら実力本位で信頼もされているとはいえ、私は自分が異例として入っている自覚はある。私の信用とかいう以前に、女が組長の一人になることに対して、納得しない隊士だって多いはずだ。いくら強くても私は女で、その女が隊を率いる様子は、世間の目から見ても宜しくはない。

 私は視線を膝に落とし、自分の手を見た。目の前の土方とは比べものにならない細く小さな手で、この人と剣を交えたことはないが勝てる気はしない。土方の上官である、あの芹沢や近藤にだって、私は勝てないだろう。

 私に対して、土方の手は剣を持つ人の手にしては骨張って細い指だ。傷も荒れも多いが、それでも綺麗な手をしている。心根までも写すようなまっすぐで綺麗な手だ。

「俺もそう思うぜ。だが、おまえを推す奴が多いのも事実だ」
 土方が私にこんな話を持ちかけてきた原因に、心当たりはあった。先日、斎藤と稽古したときに言われたのだ。手を抜いている、と。

 本気でやるわけにもいかなかったが、そんなふうに見抜かれるのも良くはない。だが、木刀では私はどうにも真剣になれなくて、遊びとしか思えなかった。悪い癖だと父様にも言われたし、弟にも言われた。それでも直らない私の剣は、ひどく不格好であることだろう。

 カタカタと梁が鳴る音に、私は意識だけを向けた。わざわざ報せるということは、何か言いたいことでもあるのだろう。

「でもねぇ、問題あるでしょ、烝」
 音の鳴った天井へと私は顔を向ける。次には隣に普段とは違う質素な服を着た美女が私の隣に並んだ。音を鳴らす以前のいつからそこにいたのか、私にはわからない。山崎の気配はひどく読みにくいのだ。

「そうかしら?」
「ちょっと、烝は土方さんの肩持つ気? それって親友としてどうよ」
「だって、葉桜ちゃんはおもいっきり稽古してないじゃない。前に会ったときより弱くなってるでしょ」
「なにそれ、ひどいなぁ。私が毎日遊んでるって?」
 山崎と普段通りの軽口を叩いていた私は、ふと土方へと目を向けた。いつもなら眉間に何本も皺を寄せて見ている光景を、今は興味深そうに見ている。

「山崎、おまえから見て、本気の葉桜はどのくらい強い?」
 げ、と小さく私は呻いた。土方は私を組長にしようとするのに、かなり乗り気なのかもしれない。

「あ、私、山南さんに呼ばれてたんだった。土方さんの話はもう終わりですよね?」
 咎められる前に、私は逃げるように、土方の部屋を出た。廊下を少し進んで、明るい日の射す庭木へと私は目を向ける。そのまま視線を上方の空へと向ければ、既に太陽は頂上を通り越し、後追いの月がうっすらと昇り始めている。私はそのまま数歩歩いて、足を止めた。

 今朝方降った小降りの雨で未だわずかに乾かずにある庭の立木の元、かすかにのぞいた見知った羽織が小刻みに揺れている。着物の色は白で裾や袂に薄桜があしらわれていて、足元には泥はねが数カ所乾いてあることから、私はこの人も随分前からここにいたのがわかった。

「近藤さん、なにが可笑しいんですか?」
 私が声をかけると木の陰から抜けて、近藤はこちらをのぞく。声に出ているわけではないが、やはり近藤は口端をあげて、笑っていた。

「葉桜君さぁ、俺とちょっと稽古しないかい?」
 珍しいこともあるもんだ、と私は気づかれない程度に眉を上げた。近藤も私同様、木刀と真剣に差のある剣客だという。二人ともに真剣でない稽古に意味などない。

「木刀はやる気がおきないんじゃなかったんですか?」
「いやだなぁ、稽古っていったじゃない。それに、葉桜君だって同じでしょ?」
 同類だと近藤も知っているということは、斎藤が報告したか、あるいはあれを見ていたのか。

「勘ぐらないでよ。そうだね、屯所の外……河原にでも行くかい?」
「はい」
 私が頷くと近藤は背を向けて歩きだす。背中を見ていても勝てる気はしないが、勝てなくとも強い相手と戦うこと自体には私も心踊る。

 だから、先を歩く近藤の背中を私は追いかけた。



p.2

 川のせせらぎや葉擦れの音は、私にいつも安らぎと緊張感を運んでくれる。先日はここで才谷と会って、今日は近藤と剣術の稽古か。日常の稽古と呼ぶには、今日のはずいぶんと危険な稽古だろう。

 降ろしたままの私の抜き身の真剣が、高く低く鳴く音が聞こえる。その声は自分を支配するものにはほど遠く、確かな力を分けてくれることを誓約する心地の良い音色だ。父様の形見でであると共に、私を守り続けてくれる愛刀は、数多の命を吸ってなお、透き通るほどの輝きを私に見せる。

 今日これが鳴くのは、何のためか。それが血を、命を求めるものでないことを祈りながら、私は正面を見据えた。目の前には私と同様に剣を抜いている近藤の姿がある。

「俺はさぁ、ずっと葉桜君に聞きたかったことがあるんだ」
「何をですか?」
「なんで、壬生浪士組(うち)にきたの」
 入隊して以来、何度となく言葉を変えてされた問いだが、今日はずいぶんと直球にくることだ。真っ直ぐに向かってくる近藤の感情が、私には心地良く響く。空気に溶けるように、全てが溶けて、私と世界が交わる。

「鈴花ちゃんを助けるために」
 これはただの建前だ。

「嘘だよ」
 見抜いている近藤を可笑しくもないのに、私は笑う。

「本当はどうなんだい?」
 本当のことなど、話せやしない。入隊当初は本当に近藤や土方らを助けるために、私は入ったつもりだった。だけど、これだけの強さを持つ人たちを前に、そんなことを口になんてできない。どうしてなんて、私が聞きたい。

 会話を打ち切りたくて、私から動いた。風に乗るように動くのが私の剣で、近藤は軽くそれを受け流す。数太刀を交えたあと、近藤の方から距離を取る。

「困ったね。葉桜君、やる気ないでしょ」
「近藤さんはずいぶんとやる気ですね。私を疑っているから?」
「自覚はあるんだ」
 そりゃ、自分でも不審だという自覚はある。

「俺がわかるのは、葉桜君が俺たちを仲間と見ているってことと、桜庭君を本当に大切にしているってことぐらいだよ。藤堂君や永倉君、斎藤君、原田君とも稽古してるだろ? その後、必ず桜庭君ともやってるねぇ」
 そこまでバレていて、私を疑わないという近藤は、笑ってしまうほどお人よしなのか。それとも、それだけの器を持っている人だということか。

「それに、芹沢さんも君をかってる」
「あの人が?」
 まさか、と純粋に疑問に思う。私はここにきてから、あの芹沢が道場にいる姿なんて、一度も見ていない。彼が私の実力を知るはずがないのだ。

「葉桜君は信頼できるとも言っていたよ」
 近藤はうそつきだ。

「あの人がそんなこと言うわけない」
 言うわけがないと、私は知っている。

「芹沢さんは私を嫌いなんだから、そんなこと言わないよ」
 私だって、あの人が嫌いだ。今の、芹沢が大っ嫌いだ。

 再会した時には、私だってわかってた。芹沢が名前と共に過去を、私を棄てていることなんて、わかっていたんだ。

 刀を鞘に納め、ゆっくりと近づいてくる近藤を前に、私は構えずに睨み付ける。近藤は何も言わず、私に頭から何かを被せ、身体ごと抱き寄せた。淡い優しい香の匂いに、不覚にも泣きたくなる。

「もうちょっとさ、素直になりなよ。葉桜君は女の子なんだからさ」
 私は柔らかく背中を叩かれて、嗚咽までもがが零れそうになる。だって、近藤の手はまるであの人のようだったから。

 そういえば、あの人もこうやって私を泣かせた。意地でも泣かないつもりだったのに、こうすれば見えないからと言って、普段は私をからかって遊ぶくせに、真逆の優しさで慰めてくれた。川のせせらぎのせいか、今の勝負のせいか、私は思い出してしまったじゃないか。

 溢れる涙の代わりに、私は声を押し殺す。泣かれていると近藤に気がつかれたくないのは下らない意地だ。

「そんなに声を押し殺して泣かなくても。誰にも言ったりしないからさ」
 あやすように、近藤は私の背中を叩く。

 ぽんぽん、ぽんぽん、とリズムが心地良くて、私は懐かしさが込み上げて。

「っう……ぇ……」
 零れ始めた私の嗚咽は、意地とは無関係に留まることを忘れ。

「……ぁ…………ぅぁ……ーーーっ」
 くぐもった音も流れた涙も、堪えてきた何もかもが流れ落ち、私に被せられた羽織に吸いこまれて消えた。

 近藤は不思議な男だ。普段はちゃらちゃらしているのに包容力があって、父様のように大きな存在感があって、とても安心できる。父様がいなくなった夜に泣いてから、今まで決して流さなかった涙を、簡単に私に流させる。

 こんな人が父様以外にもいるのだということを、この日私は初めて知った。







p.3

(近藤視点)



 腕の中で急に重くなった葉桜君の身体を片腕で支え、俺は地面に突き立てられた葉桜君の愛刀を抜いた。守るように甲高い声を上げる葉桜君の刀を彼女の腰の鞘に収め、俺は一動作で抱き上げる。その体は起きているときの不遜な存在感から考えていたほど、重くはない。最初に聞いている葉桜君の年齢を考えれば、軽すぎるぐらいだ。

 入隊の面接にきた当初、葉桜君はとても自信に満ちていて、俺には年齢や容姿以上に大きく見えた。だが、日を追うごとに葉桜君が只の女の子なのだと気がつかされる場面は、よく見ていれば多い。無理をして男装しているわけではないのだろうが、時折のぞかせる女性らしさには幾度となくハッとさせられる。

「葉桜君がそんな風だから、俺は本気で疑えないんだ」
 俺の腕の中で眠る葉桜君は、起きているときとは比較にならないほど、存在が稀薄だ。目的をもって壬生浪士組(うち)に入隊したのだろうが、その役目を終えたら、葉桜君は消えてなくなってしまいそうだと、俺は時々感じてしまう。だから、他の隊士に望まれていることもあり、トシに頼んで葉桜君に隊を預けようと思ったのだ。預かる命がある限り、葉桜君は自棄になることも消えることもないだろうから。

 葉桜君が間者とは、俺はまったく考えてもいなかった。壬生浪士組(うち)がまだ小さな組織だということもあるが、 顔見知りだというだけの芹沢さんは妙に葉桜君を気にするし、彼女も芹沢さんをとても気にしている。二人はお互いがお互いを嫌っているように見えて、とても信頼しあっているのが見てとれて、正直俺は二人の関係がとても羨ましい。

 屯所に戻った俺は、葉桜君を彼女の部屋ーー俺の隣の部屋に寝かせる。そこへ示し合わせたように現れたトシと連れだって、彼の部屋ーー葉桜君の隣の部屋へ行く。トシの部屋の襖を閉めたとたん、彼は思った通りの言葉を俺にかけてきた。

「で、どうだったんだ、近藤さん」
 実際、ここで葉桜君を疑うものは少ない。それは葉桜君が俺たちを仲間として、とても大切にしてくれているのだとわかるからだ。目的がなんにせよ、それが達成してしまったときに葉桜君がどうなってしまうのかを、だからこそ心配もする。

「トシは何か聞けたかい?」
「あんた、知ってて言ってるだろ」
 トシの口調から察するに、俺が葉桜君を連れ出すところは見られていたらしい。おそらく烝がそう仕向けたのだろう。

「腕前は、まぁ、イイ線いってると思うよ。道場を持っていたのも本当みたいだから、隊をまかせるのに申し分ない」
「そうじゃねぇよ」
 普段通りの俺の軽口に、ようやくトシの眉間の皺がとれて、苦笑が返ってきた。聞きたかったくせに、素直じゃないなぁ。

「芹沢さんを知ってはいるようだけど、深くは聞き出せなかったよ。葉桜君、途中で寝ちゃったからさ」
 葉桜君が泣いたことは黙っておいた。言わないって、約束したからね。

「隊の話はまた今度にしようか、トシ。俺ももう眠いし」
 誤魔化したことをわかっていて、あんたがそういうなら、とあっさりトシも引いてくれた。正直、俺は助かった。トシにこれ以上追求されたら、俺まで彼女のことを深く知りたくなってしまうから。知りすぎてしまう誘惑に、俺はたぶんきっと勝てないだろうから。

あとがき

普通は疑うなぁ、と。
だって、どう考えてもこの主人公設定ぁゃしぃ。
考えたのは自分だけど、女武芸者って。
でも、ドリームなのでおっけーかなぁと。思わないでもない(待て。
(05/12/26 13:58)


先の更新でもちょこちょこ出てきてはいるんですけど、ヒロインの組長話が持ち上がった時の話です
割と最初から書いてましたが、入れないまんま終わってしまいましたが
読み返してみると、これがあるものとして書いてるなぁという部分がちらほら。
(2007/05/16 09:20:35)


人称修正。
(2007/06/12 23:57:58)


改訂
(2009/12/28)