幕末恋風記>> ルート改変:近藤勇>> (文久三年葉月) 02章 - 02.4.1#必要のない自覚

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:近藤勇

話名:(文久三年葉月) 02章 - 02.4.1#必要のない自覚


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.4.20 (2010.1.2)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4078 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
19#必要のない自覚
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p.1

 淡い薄空色の着物に濃紺の帯を締め、臙脂の風呂敷を胸に抱えて、私は町を急ぐ。こんな女姿だけに私の髪型も普段の雑なまとめ方ではなく、きちんと髻を結って、簪を挿している。時折、簪から軽やかな鈴の音が鳴るのは風が私に吹き付けてきたときだけなのは、不自然かもしれないなと私は小さく口端をあげた。遠目に見ると、宮家か公家者と見えるのか、普段なら町歩きの私に声をかけてくる者たちもこちらを見るだけで近寄ってこない。

(やっぱりやり過ぎじゃないの、山崎)
 私は心の中で歎息していても足の運びは変わらず、とにかく先へ進むことを優先した。途中、何度か私にぶつかるふりをする浪人もいたが、構うのも面倒なのですり抜けてきたし、道を変えて撒いたりもした。とにかくこの格好は面倒が多いし、周囲の反応も気持ちが悪いから、私は好きではない。

(早く用事済ませちゃおう)
 どうして私がこんな格好をしているのかと言うのを端的に言えば、山崎との賭けに負けた罰ゲームだ。賭けの内容は実に下らないのだが、負けたら勝った方のいうことを何でも聞くという条件だったせいで、今、私は女装にこだわりのある山崎の手で着飾られ、とある店に向かっているのだった。道の向こうで烏が環を描いて飛んでいるのが、私の視線の先に写る。これが私への目印で、なければ私に目的地まですんなりと辿り着けはしない。

 烏が軒先に止まるそれなりに大きな店の前で、私は息をつく。

 私が暖簾をくぐり、店内に入ると、ここに来るまでと同じような視線を感じてしまって、やはり居心地が悪い。しかも、どうしよう。こういうところって来たことないから、私はどうしたらいいのかわからない。

「あの~」
 とりあえず、私は笑っておくことにした。

「山崎さんからこれをお預かりしてきたので、確認していただけませんか?」
 私が風呂敷を差し出すと慌てたように番頭がやってきて、風呂敷を受け取り、かと思えば女性が私を案内をしてくれる。

「山崎様のお知り合いどすか。どーりでお綺麗や思いましたわ」
「うちはまたどこのお姫さんがいらしたか思うて、どきどきしてしまいましたわ」
 口々の女中らの言葉に、私もげんなりと心中で口を曲げる。「おひいさん」て言われても、私は着物を買いに来たわけでもないから、もう帰りたい気分だ。

「お名前を伺っても宜しおすか?」
 ニコニコと番台から人の良さそうな笑顔の男が、私に問いかけてくる。

「はい、葉桜と申します」
「葉桜様はどのような着物がお好きですか?」
 さっさと済ませてしまいたい私は、何も考えずに受け答えする。

「あまり気にしたことはありませんけど、青っぽいのが」
 とたんに私の辺りに反物が集まってきた。買いにきたわけじゃないんだから、本当にもう私は帰った方が良さそうだ。

「あの、私の用事は山崎さんのお届け物だけですので」
「その山崎様からお見立てを言付かりまして」
 番頭の言葉に、私は笑顔を作るのも忘れて、眉を寄せた。

「一着差し上げてからお返しするように、と」
 呆気にとられる私の前にひとつの反物が広げられる。

「なぁなぁこの色なんてどうや?」
 それに重ねるように別の反物が広げられ。

「そんな下品な色は似合わんと違います? こちらの睡蓮なんてよう似合う」
「空気が凛々しくあらはりますし、この白梅なんて」
 目の前で勝手に繰り広げられる色彩の乱舞に、私は眩暈がする頭を押さえた。山崎め、帰ったらとっちめてやる。

「葉桜様はどんな柄がお好きでいらっしゃいますの?」
 そんな決意も目の前の反物と勧めてくる女中らを前にしては、さすがの私も薄らぐ。あきらめるとかそういう問題ではなく、本当にもう、その前に決めるまで帰してくれなさそうなここから誰か助けて、と私は出入り口へと顔を向けた。



p.2

 私は欄干に寄りかかり、大きくため息をつく。女の子がいっぱいって怖いし、あの手の店ってほとんど入ったことないから、私は苦手だ。普段の着物も自分で買うことなんてなかったし、今だって男物でざっくり済ませている。

 よほど私は情けない顔をしていたのだろう、側にいる相手は楽しそうに私を嗤っている。

「笑い事じゃないんですってば、近藤さん」
「ゴメン、ゴメン。まさか葉桜君の苦手なものが女の子だなんて思わなかったからさぁ」
「あれだけはマジで勘弁してほしい。どうも女の子のあーゆー感じって馴染めないんですよ。稽古してる方がよっぽど気が楽」
 あんな醜態をみせちゃどんな顔を作っても無意味だから、私にはもう笑うしか手がない。

 稽古ねぇとまだ笑っている近藤に夕陽が当たって、私は悔しいけれど綺麗で格好良く見えてしまった。私の着物は夕陽で朱色に染まり、頭の上では涼しげな音が鳴る。

「その格好は烝にやられたの?」
「ええ。私みたいな男女を着飾って、烝ちゃんも何が楽しいんでしょうねー」
 私がくるりと回ってみせると近藤から急に腕を引かれて引き寄せられた。直後、私の後ろをすり抜けるように浪人が走り去る。

「危ないよ」
「あ、ありがとう、ござ、います」
 触れた分だけ、私と近藤の間がぎこちなくなる。橋を通る人も少なくなり、私が腕の中から見上げると、近藤はいつになく真剣な目をしている。

「近藤さん」
 かと思うと近藤からは、あーぁとなんだか情けないため息が聞こえる。

「烝も罪なことをしてくれるよ」
「本当ですね」
「この姿の葉桜君を一人で屯所に帰すなんて、危険なこと出来るわけないじゃない」
「いや、それは別に問題ないでしょう?」
「あのねー、その格好でいくら意気がったって駄目なの」
 私は近藤に小さい子を叱るように目線を合わせて怒られる。でも、私は怒られてる気がしなかった。

「襲ってくださいって言ってるようなモンだよ」
 私を?誰が?てか、返り討ちにする自信ありありなんですけど。

 私が本当に不思議そうに見返すと、近藤には困ったように微笑まれ、いきなり抱きしめられた。最初は柔らかく、それから強く。

「近藤さん?」
 聞き返しても答えはなく、私はどうしたらいいのか。考えた末に私は手を伸ばし、近藤の広い背中に腕を回した。かすかに近藤から震えが伝わってくる。

「よしよし」
 私が道場に来る子供達と同じようにしたら、近藤にはもたれかかって笑われた。

「俺ってそんなに子供?」
「そうですね、なんだか道場に来てた子と同じ感じ」
「ひどいなぁ」
「重いんでそろそろ離してくれません?」
 ようやく離れてくれた近藤に、私は笑いかける。

「葉桜君は確かに強いけどね、ひとつ大切なことに気付いてないよ」
 そんなことないと笑ってみせる私をもう一度引き寄せ、近藤は私の額にそっと口づけた。

「!」
「敵は内にあり、だよ。その姿で屯所内を歩かれちゃ、隊士達の目に毒」
 危険なのは近藤さんじゃないんですか、と私が見上げると、今度の近藤は私の額を軽く叩いた。カワイイ顔しても駄目って言われても、私にはそんなつもりもない。

 私にただわかるのは、近藤の腕がとても安心できる場所だということだけだ。私は近藤と繋いだ手を引く。

「それじゃ邪魔者が入らないうちに帰りましょうか」
 私の宣言を皮切りに、私と近藤を囲むようにバラバラと浪人が出てくる。

「無粋な連中だね~」
「本当ですね」
 私は懐から懐剣を取り出し、右手に逆手で構え、左手で右の袂を押さえて近藤の前に立つ。浪人の人数は五、六人といったところだから、これなら私一人でも充分だ。

「新選組局長の近藤勇だな?」
「違うって言っても信じてくれないくせに」
 私が鼻で笑うと、浪人の一人から黙っていろと怒鳴り返された。不満に口をとがらせる私は、後ろから肩を引かれたかと思うと、近藤が私を庇って前に出る。

「そうそう、今は大人しくしてなさいって」
「いやです」
「女の子に守られたんじゃ、局長としてカッコがつかないっしょ」
 近藤は言い出したら聞かない人だとはわかっていたけど、少しぐらい私に守らせて欲しいものだ。

「待ってて、すぐに終わらせるから」
「手伝います」
「葉桜君、キミねぇ」
「足手まといにはなりませんよ」
「そうじゃなくて」
 もめているところに一気に斬りかかられ、近藤と私は二人でそれを抑え込む。

「ほら、悠長なこと言ってる場合じゃありませんよ!」
「くっ、わかったよ。そっちは頼んだ」
「了解っ」
 次にきた一撃を私は懐剣で弾き飛ばした。それで私が動けなくなったと思った浪人が斬りかかってきたところを、私は後ろへ飛びつつ、腰の後ろ辺りへ手を入れて、それを取り出した。続く高い金属音で相手を弾き飛ばした私に、目の前の浪人たちの目の色が変わる。

「何っ?」
「この女、強いぞっ」
 右手の懐剣に加えて、左手には少し黒光りする懐剣よりも少し長めで、小太刀よりは短めな特殊な刀を私は構える。

「なに、その刀」
「話は後です」
 がむしゃらに向かってくる浪人を私はすかさず叩き伏せ、背中側でも近藤が刀を振るう音が聞こえてくる。焦りも勇みもない、安定した存在感と音に、私の頬も自然とあがる。まるで、昔に戻ったみたいな気がして、ーーがいてくれるような気がして。

「っ!」
 考えを振り払い、私は相手の手に右手の懐剣をたたきつけ、取り落とした相手の剣を踏みつける。

「さあ、次は誰?」
 それからだいたい半刻もしない間に、私と近藤は川縁にいた。私は水辺に近づいて、手持ちの刀を水にさらす。手ぬぐいで二本の刀を丁寧に拭い、血が付いていないのを確認して、鞘に収める。

「二つも刀持ってるなんて思わなかったよ」
「だから一人でも大丈夫って言ったじゃないですか」
「それは駄目ー」
 これだけは譲れないと、近藤は近づいてきて、私の手をとって微笑んだ。戦闘中も思ったが、この人はやはり私の父様に似ている。安心感や包容力もそうだが、何よりも強いのはその存在感。二度と、出会えないと思っていた存在感に、心の中が靄がかって落ち着かない。

 結局近藤に押し切られる形で私は部屋まで送られてしまった。

 夕餉を終えて布団に入るまで、私は思い出につつまれて、とても幸せで。これから先に起こることも知っているのに、忘れて眠りについた。



あとがき

山崎との友情夢と見せかけて、近藤夢。
これ、実は鈴花があるイベントを起こす前の出来事な設定です。
なんのイベントかはお好きに推理してください。
(06/04/20 10:48)


山崎の呼び方が二人とも変だったので修正。
(06/04/26 09:50)


改訂
(2010/01/02)