道場に入ろうとしていた私は、珍しく躊躇していた。その理由は、戸口に数人の平隊士が群がっていたからだ。最初、私は彼らに声をかけようと思ったが、中から聞こえてくる二つの声で留まった。
「戦いは気迫が勝負です!! さぁ、もっと打ち返して!!」
「うひぃぃぃぃぃ~!」
私は片手を頭の後ろへやって、はぁとひとつ息を吐く。そろそろ鈴花と沖田で稽古させてみるかと考えてはいたが、どうやらまだ少し早いようだ。
「はーい、どいてどいて」
「あ、葉桜さん。今行ったら危険ですよっ!」
何が危険なものかと私は忠告に耳を貸さず、躊躇いなく道場の中へと足を踏み入れる。背中には心配の視線が集まるが、私からしたら多分に余計な世話だ。
「おーい、二人ともそろそろ時間ー」
「あ、葉桜さんっ」
私を振り向きざま、沖田が振り抜いた剣の向こうで鈴花を吹き飛ばされる。鈴花は普段から私が鍛えているから、これぐらいじゃ大した怪我もしないだろう。
尻尾でもついてりゃ勢いよく降ってそうに近づいてきた沖田が、いきなり私に斬りかかってくる。それを体重移動だけで避けて、沖田の手を押さえ、私は足でその木刀を蹴り落とす。
「っ!」
「そこまでつってんでしょ。ほら、鈴花ちゃんもさっさと支度なさい」
「え、今日は葉桜さんもなんですか?」
「やー土方さんのおつかいあるから、ついでに一緒に行こうと思ってね」
力で手を外そうとする沖田を引っ張って、私は道場を出る。道場を出てしまえば、私闘になってしまうから沖田も手を出せなくなるからだ。
「葉桜さんがいるなら」
「あぁ?」
外そうとするのを諦めた沖田が手を握りかえしてくるのに対して、私はするりと抜けだし、先を歩く。
「今日は思いっきりやっても良いですよねっ」
「いいわけあるかっ」
軽い足取りで私を追いかけてきた沖田に叫ぶ。その背が楽しそうに追い越していく姿を見ながら、私は小さく笑った。今日ぐらいは沖田の剣術遊びにつきあってやるか、と。
だが、私がその考えを撤回するまで一刻もかからなかった。そりゃあ、私だって少しはつきあってやろうと思っていたのは嘘でもなんでもない。
土方の使いがあるからと別れたばかりで、その場所から聞こえてくる声に私は息を深く吐き出す。今の沖田は危険だと分かっているから、止められる者が少ないと、自分が数少ないその中に含まれると分かっているから、私は踵を返して戻る。案の定、私は沖田たちと向かい合う浪人の背後に出ることになった。多少消しているとはいえ、私の気配に気がつけないようじゃ、大した腕の相手でもない。
「くくく、お坊ちゃまの剣術遊びにつきあってやるぜ」
そう言った相手の背中から、私は軽く手刀を浴びせて昏倒させる。
「葉桜さんっ」
「こーらー、私といるとき以外は喧嘩買うなって言ったでしょうが」
「なんだ、貴様……っ?」
私は向かってきそうな相手に向けて、無造作に拳を向ける。
「いるじゃないですか、葉桜さん」
「ちっ、沖田は計算づくか」
「貴様ぁっ!」
剣を抜きかけた男に私は片足で蹴りを放ち、押さえ込む。
「あぁぁ、僕にも残しておいてくださいよー」
「やなこったっ」
後ろで剣を抜いた気配を感じて、私も剣を抜きざまに背後に横一線を仕掛ける。
「ぐぅっ!」
「がはぁっ」
ドサドサと相手が落ちたのを確認してから、私は沖田の方へ向き直り、直ぐにすっと身体をずらした。私がいた場所を通り抜ける一閃は予想されたものだが、流石に鋭い。
「私闘厳禁だぞ」
一閃を放った沖田も私が避けることを予想していたはずだが、珍しくも今のだけで大人しく剣を収めてくれた。確認して、私も鞘に収める。
「残しておいてくださいっていったのに酷いですよー、葉桜さん」
「ほら、おまえらぼーっとしてないで捕縛して」
私と沖田のやりとりを呆然と見ていた見廻りの隊士たちが慌てて、倒れている相手を捕縛する。
「私は土方さんのお使いがあるんだって言ってるでしょうが」
「付き合いますって」
「沖田は仕事中でしょうが」
「じゃあ、見廻り終わらせて帰ってくるまで待っててくださいよ」
「やだって言ってんでしょうが」
「むー、じゃあどうしたらいいんですか」
不満そうな沖田に、私はからりと笑いかける。
「今日は大人しく見廻りしておけって言ってる。どうせ、明後日には私と見廻りなんだからさ」
その時なら暴れていいぞと、私はカラカラ笑いながらもう一度仲間に背を向け歩きだす。これから沖田たちは捕縛した浪人を連れて行かなきゃならないし、巡察は開始したばかりだ。今日はもう屯所に戻るまで会うこともないだろう。
「じゃあな」
振り向かずに片手を振って、私は今度こそ沖田らと道を分かれて、立ち去った。
高い空を仰ぐ。そうしているだけで、世界はとても平和で、世の中の諍いなんてものは夢の中だけの出来事に思えてくる。だけど、現実と夢ってのは大抵正反対な場所にあって、どうにもならない。
「新選組の葉桜だな?」
「人違いでーす」
私は否定しているのに斬りかかってきた相手の剣を避け、ついでに軽く足をひっかけてやる。こういう輩と私が出会うのは既に日常茶飯事となりつつある。
「何故、貴様は我らを殺さぬっ」
「剣がもったいないからとでも言ってほしい? それとも、その価値もないと言ってほしいの?」
「き、貴様ぁーっ!」
「我らを殺ささなかったコト、あの世で後悔するがいいっ!」
一斉にかかってくる相手に向かって、私は剣を抜きざまに一閃する。流派は忘れたがこの居合の一刀目を食らったことのあるヤツらはこれにかからず、一歩手前で踏みとどまる。だが、流れは止まる。
「お前らにだって大切に想ってくれる者の一人や二人いるだろう。おまえらはどうなったって構わないけどな、私は女子供が泣くのは許せない質なんだよ。せっかく助かった命ぐらい、大切にしたらどうだ?」
忠告を聞かずに向かってくる相手に対して、私はただ一度地を蹴り、次には囲みを突破する。まだだ、と私は振り向きざまに懐から懐剣を取り出し、一間向こうへ投げ放つ。向かってこようとした相手の腕に突き刺さり、相手が崩れたのが見えた後はもういつも混戦で。
しばらくして、倒れ呻く男たちを前に、私は剣を収めて、汗を拭った。
「腕は上がったようだが、まだまだだな」
「……ぅ……」
「それに、おまえらは何度言えばわかる。力で世界は変えられないと。力で私は倒せぬと」
「……何故、殺さぬ……」
「あいにくとね、私は沖田のように死にたがっているヤツに引導を渡してやるほど親切じゃあないんだ」
ひらひらと手を振って去ってゆく私の後を追ってくる者はない。怪我が癒えたら、また彼らは私に挑んで来るのだろう。
何度こんなコトがあったかしれないが、私は自分自身の主義を変えるつもりはない。
他の新選組隊士ならば、今のようなことがあれば斬り殺すことも厭わないものだろう。だが、私は新選組隊士である前に、葉桜、だ。ずっとこうして生きてきたし、奪わないために己を鍛え続けているのだ。
「葉桜くん」
「出てきても構わなかったのにね、井上さん」
通り過ぎようとした壁から掛けられた声に、私はくすりと笑いながら返す。井上はいつもと変わらない表情で私を見て、少しの間を置いてから小さく笑って返してきた。
「俺が出て行っても邪魔なだけじゃないか?」
「はははっ」
私の隣を並んで歩く井上の姿は、普段通りで変わりない。だからこそ、私は不審だと考える。
「土方に報告する?」
「いいや、不要だろう。近藤くんたちも気が付いているはずさ」
近藤はちゃらちゃらしているがあれで意外と目聡いし、もちろん土方も私の不信な行動に気が付いているだろう。それに山崎も気が付いているから、私に女装させようとするのだろう。
「じゃあどうして好きにさせてくれるんだろうな。皆、私に甘すぎるんじゃないか?」
「……もしもそれが新選組にとって不利益となるというのなら、土方くんは処断するだろうな。だけど、葉桜くんは違うだろう?」
何故、という私の問いかけは井上に先に封じられた。
「葉桜くんは新選組にとって、というより、俺たちにとって不利になることはしないよ。矛先をすべて自分に向けさせ、すべてを引き受けて」
井上の足が止まるのに合わせ、私も足を止めて、彼を見る。私に井上が、そして近藤や土方が言いたいことはわかっているつもりだ。
「そこまでして守らなければならないほど、俺たちは頼りないかい?」
私はその問い掛けの答えが違うわかっているから、首を振る。
「じゃあ、何故」
「強いから、だよ」
仕事柄、私は様々な者を見てきた。だからこそわかることがある。力の強さで勝負が決まるワケじゃないし、どれだけの力があっても抗えない波のようなものが必ず存在する。そうして、世界は均衡を保っているのだ。
「どういうことだい?」
笑わずに真剣に問いかけてくれる井上には悪いが、それに関して私は何の答えも返せない。
「新選組の敵はとても強大だから、私はそいつとやりあいたいだけさ」
「……葉桜くん?」
「今の新選組に私の守りなんて不要だろう。精々今の間に好きにやらせてもらうさ」
言い終えてから、私は再び歩き出す。私は自分のやろうとしていることに理解を求めようとは思わない。今までだって、たった一人で歩んできた道だから、 今更誰かと共に歩む道を求めようだなんて思っちゃいないんだ。それは私が望んではいけない願いなのだから。
「井上さん、今日の夕餉って何かな?」
少し進んで顧みる私を、井上は少し哀しそうに見つめていた。返す言葉がないから、私はただ、ゆったりと微笑んだ。
しっかりと某アニメに影響されました(diary2007.6.21参照)
も~とにかく殺陣が書きたくて書きたくて書ききれなくて。しくしく
(2007/06/27)
改訂
(2010/02/21)