幕末恋風記>> ルート改変:沖田総司>> 文久三年葉月 02章 - 02.3.2#剣先の相手(追加)

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:沖田総司

話名:文久三年葉月 02章 - 02.3.2#剣先の相手(追加)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2009.2.2 (2009.12.30)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4342 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
芹沢追加2「最後の楽しみ」裏

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p.1

 私が上げた視線の蒼天上を、ゆっくりと真っ白い雲が流れてゆく。のんびりとした雲の流れは、過ぎゆく時間の流れを忘れさせてくれるから、私は好きだ。遠き日と同じ夕影に心を任せて、庭木に紛れて座り、両腕をだらりと落としたままで、私はぼんやりと天を仰ぐ。

「昼間から飲むのも、たまには、いいですね」
 私が近寄ってきた相手を見ないでいると、隣にどかりと座る気配がした。普段よりも落ち着かない気を漂わせながら私の手に重ねる沖田の手からは暖かさが流れ込む。沖田がほろ酔いというほど軽い酔い方でないのは、先ほどまで芹沢の部屋で鈴花と一緒に、芹沢の酒の相手をしていたからだろう。

「たまにだったら、な」
 沖田が呑むに対して、私が別段とやかくいうほどの事でもないし、なにかあっても芹沢の一声でおさまるのもまた事実だ。

「たまには、一緒にいかがですか?」
 沖田の妙な切り返しに、私は小さく息を吐く。

「……沖田、仕事は」
「お酒を飲んで仕事なんかしたら、土方さんや斎藤さんに怒られますよ」
 近藤は入らないんだな、と私の中をどうでもいいことが通り過ぎる。

「そういう葉桜さんは」
「今日は非番だったから、な」
 相変わらず私の目の前の空を流れる雲はゆっくりだが、吹いてくる風はそれよりも強めだ。ふわりと風に流される自分の髪が前に落ちるのを、私は空いた手で避ける。

「葉桜さんはいつからここにおられたのですか」
 手が冷たいですよと沖田に笑われて、私はようやく視線を空から地面へと落とした。

 私は非番の日は普段なら散歩に出て、京都市中をぶらついて過ごすのだが、今日は妙にそんな気が起きなかった。胸騒ぎがしたとかではなく、なんとなく出る気がなくて、誰とも会話をしたくない日だったんだ。私にだって、ひとりになりたくなることだって、ある。

「昼餉を食べたら眠くなって、用事を言いつけられるのも面倒で。まあ、まさか屯所内の庭で寝てるとは思わないだろうから」
「誰かから隠れていたんですか。それとも、芹沢さんを監視するためですか」
 私の言葉途中での沖田の陳腐な問いかけに、私は短い笑いを零す。

「監視してどうにかなるか、あれが」
 自分でも思いもよらないほど、吐き捨てるように私の口から言葉が出てきた。芹沢を憎んでいるつもりも、本心から嫌悪しているわけでもないのに。

 私が自分の発言を誤魔化すべきか否か迷う間に、小さな沖田の笑いが耳に届く。

「てっきり葉桜さんも来ると思っていましたよ」
 沖田がどうしてそう言うのかは、言われなくとも分かっていた。沖田と鈴花が芹沢の部屋へ行く前、私はここで鈴花が芹沢に意見しているのを見ていたのだ。以前にも私が見ていないときに同じようなことがあったというが、今だって、いざという時には鈴花を守る準備が私にはあった。

 ただ、極力出て行きたくなかったのも事実なので、沖田の助け船に甘えて放置した。私では今、芹沢に対して、冷静に対処できる自信がないから。

「沖田が行けば充分だろう」
「葉桜さんは最初から見ていたんでしょう?」
 ここの位置なら一部始終が見えていたはずと指摘され、私が答えずにいると沖田に強く手を握られた。

「痛いよ、沖田」
「何故ですか」
「手を離してくれ」
 沖田が強める力に抵抗せず、私は瞳を閉じる。

「葉桜さんが芹沢さんにだけ、何も言わないのは何故ですか? 彼は葉桜さんの志ーー誠からすれば、」
「言うな、沖田」
 続けようとする沖田から手を振り払い、私は立ち上がる。何でもない風を装い、私が袴の埃を叩いて落としていると、同じく立った沖田が腕を引いた。落ちる陽に染まる沖田の真っ直ぐな眼差しはひどく眩しくて、私は風の強さに気圧されたフリで目を細める。

「芹沢さんは葉桜さんにとって、何なのですか?」
 沖田からの問いかけを自問しても答えは出ない。否、私は出すつもりもない。

「上役だ。沖田にとっても同じだろう」
「今は、そうですね」
 今、を強める沖田を私は軽く笑い、乱雑に腕を振り払った。

「沖田は正直でうらやましいな」
「ありがとうございます」
 歩き出す私の後をついてくる沖田は離れる気配がない。そして、近寄ってきたときと同じく落ち着かない沖田の空気に心当たりもあるので、私はしかたなく立ち止まった。

 沖田は確かに鈴花を助けてくれたのだから、私からも礼をしなければならないだろう。

「道場に行くか、沖田?」
 私が背中で沖田の満面の笑顔を感じ取ったときには、軽く走り出した沖田に手を取られていた。

「早く行きましょうっ。葉桜さんの気が変わらないうちにっ」
 芹沢の部屋から漏れてきた気配からも、その後の庭での鈴花との会話からも、沖田が抑えきれない闘争を抑えていることに、私は気づいていたが、それにしたって沖田は喜びすぎだ。

「おい、流石に自分から誘っておいてそれはないぞ」
「あったじゃないですか」
「そうだったか?」
 私は手を引かれながら橙の夕空を見上げる。天高く流れる雲が悠々と泳ぐ空は遠き日と同じで、自分も沖田のような時分があったなと思い返す。立場違えど、過去と同じ光景を思い出した私は、沖田に手を引かれながら、また小さく笑った。



p.2

(沖田視点)



 道場内で僕は葉桜さんと二人、木刀を構える。葉桜さんの気組みは他の誰とも違っていて、僕にはとても静かに練られているように見える。それは火のない熱のように静かで熱い一撃を秘めていて、葉桜さんの細腕のどこから力が出ているのかも僕にはわからない。

 板張りの道場で音もなく、葉桜さんの足が動く。ぎ、と僕の足元でも床が啼く。

「どうした、沖田。私とやりたかったんじゃないの?」
 余裕そうに笑う葉桜さんの首筋を、つ、と汗が一筋流れ落ちるのが見える。葉桜さんも僕を相手に余裕というわけではないらしい、と気が付けば、僕も少し気が楽になる。今日も僕と葉桜さんの条件は五分五分だ。

「誘ったのは葉桜さんですよ」
「それも、そうだな」
 葉桜さんの口角が上がるのと同時に、心地よいほどの気合が真っ直ぐに僕を向かってくる。こちらを、僕だけをただ真っ直ぐに見つめてくれる葉桜さんは普段よりの万倍以上の色香を纏う。

 僕は純粋に、彼女を綺麗だ、と見惚れる。普段は勇ましさが先に立つけれど、こうして向かい合うときの葉桜さんはどんな女性よりも妖艶だ。相手が魅せられている間に、桜の花びらが舞い落ちるように葉桜さんは動き、叩き伏せる剣を使う。

 硬い音がぶつかり、僕は寸での所で、葉桜さんの一撃を防いだ。だが、それだけで葉桜さんの攻撃は終わらない。引いたと見せかけ、小さな動作で僕の胴を凪ごうとするのをこちらも絡めて防ぐ。

 カン、カン、カンと心地よい木刀を打ち合う音が道場内へ響き続けるのを、終わらない演舞のように僕が感じるのはこんなときだ。水面を歩くように僕と葉桜さんは互いに打ち合い、引いてはまた打ち合うのを繰り返す。

 今この時だけは、葉桜さんは僕だけの葉桜さんだ。他の誰でもなく、僕一人を見つめてくれる葉桜さんの瞳が誰よりも愛しい。

「考え事とは余裕だな」
「葉桜さんこそ」
 唯一つ問題があるとすれば、葉桜さんの目の前にいるのが僕であっても他の誰であっても、必ず感じる違和感があるということだ。

 確かに今目の前で葉桜さんは僕を見ているけれど、その剣の先にいるのは僕じゃない。それは剣を交わすたびに、僕は強く思い知らされる。

「そろそろ疲れた、終わらせるぞ」
「させませんよ」
 僕が言うと、葉桜さんは心底楽しそうに笑う。その咲き乱れる花の笑顔のあとで、僕を見つめる葉桜さんの瞳がすっと細められる。

ーー来る。

 僕はいつもわかる瞬間なのに、それが何時来るのかがわからない。

 僕が気がつくのはいつも、高い音を立てて、木刀が一間先に飛ばされた後だ。何もない自分の手を見て、僕は今日もまた少しの落胆をする。葉桜さんのそれはわかっているのに防ぎきれない不思議な技で、この僕に武器を手放させる唯一の技だ。あの一瞬があるからこそ、葉桜さんが対峙しているのがいつも僕でないと思い知らされてしまう。

 木刀を納めた葉桜さんが、儀礼的に頭を下げて礼をする。

「ありがとうございました」
 儀礼的な試合のようにそうする葉桜さんが何を見、何のため、誰のためにその技を編み出したのかは、誰が聞いても、僕が聞いても決して教えてはくれない。どれだけ仲がよくても、教えてはくれないらしい。

 長い髪を掻き上げ、手ぬぐいで汗を拭きながら道場を出て行く葉桜さんは、僕を振り返りもしない。

 葉桜さんは僕が追いかけなければ、追いつけもしない。葉桜さんはいつだって目に見える全てを守るといいながら、その実は唯一人しかその剣の前に見据えていない。

「葉桜さん」
「続きはまた今度なー」
 道場を出て、立ち去ろうとする葉桜さんの手首を、僕は取る。簡単に僕にその手を取らせてくれるのは、信用されているからなのか。今はただ、葉桜さんが僕を仲間と思ってくれているからだと信じたい。

「もしも僕が芹沢さんと戦ったらどうしますか」
 そのまま歩き出そうとしていた葉桜さんは、ぴたりと足を止めて僕を振り返った。その眉間には、土方さんのように不機嫌な皺が寄る。

「どうって? 勝負にならないだろ」
「即答しますか」
「おまえひとりじゃ話にならない。せめて原田、山南さん……うーん、土方も必要だな。それに沖田も含めて、四人ぐらいでギリじゃないか?」
 僕が驚いて手を離してしまうと、葉桜さんはあっさりと歩いていってしまった。残された僕は廊下に立ちすくむ。まさか、葉桜さんは知っているのだろうか。葉桜さんが近くにいるときに、僕らはその話をしたことなどないのに。

 だけど、あの口ぶりは知っていると言っている気がする。

「本当に油断のならない人ですよ、葉桜さんは」
 芹沢さんの強さを知っているのだと、葉桜さんは僕に暗に示していた。

 僕は急ぎ足で土方さんの部屋へと向かう。やっぱり、今回の計画で葉桜さんには立ち会って欲しいからだ。

 そして、叶うなら葉桜さんと芹沢さんの仕合が見たいと騒ぐ心を抑えきれずに、僕は土方さんの部屋の障子を勢いよく開け放つ。

「土方さんっ!」
 怒鳴り返す土方さんの声を聞きながら、僕は後ろ手に副長室の戸を閉めた。

「やっぱり葉桜さんも仲間に入れましょうよっ」
「またその話か。何度も言うようだが」
 そして、またかと言いたげな土方さんを説得するために、僕は今日も骨を折るのだ。

 僕だって、すべてに確証がある訳じゃない。だけどきっと、葉桜さんと芹沢さんが剣を交わせば、答えが見つかる気がした。

 どうしてこんなにも、僕が葉桜さんの剣に魅せられるのか。どうしてこんなにも、葉桜さんの剣先の相手が気になるのか。

 僕にはまだ何も、わからない。



あとがき

芹沢と絡められないのが残念でならない…(ェ
(2009/02/02)


改訂
(2009/12/30)