読切(二次)>> 遙時3>> 星の姫 - 依代

書名:読切(二次)
章名:遙時3

話名:星の姫 - 依代


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.7.4
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:5535 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:/美音
1)

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p.1

 暗い部屋の壁に背中を預け、じっと世界に耳を澄ませる。ここには望美に優しい人たちがいるけれど、悪意も満ちあふれている。黒龍は囚われ、白龍は力を失っていて、京の陰陽のバランスが乱れて、世界は今、混乱の中にある。

 だけど、正直言うと私にとってはどうでもいいことだ。世界が混乱にあっても、望美や従兄弟たちが無事なら、それでいい。帰る方法だってわかっているんだから。ただ、望美が願いさえすれば、いいのだから。

 まあ、私の親友はそんなこと考えもしないだろうけど。

「……美音さん…」
 囁くような声が戸の向こうからかけられても、私は振り返らない。振り返れない。ここに私を閉じこめたのは、彼だ。

「もう、出てきてもいいんですよ」
 勝手に閉じこめておいて、全部終わってから「もういいよ」なんて言われて。ここまで自分が蚊帳の外にされると、意地でも出たくなくなるってものだ。そりゃあ口では別に構わないとかなんとか言ったけど、やっぱり除け者にされて気分が悪くならないわけがない。

 いや、正直に言おう。閉じこめられて、だったら徹底的に閉じこもってやろうとつっかえをつけたり、景時さんに教わった結界を貼ったりだのいろいろやったのは確かに私自身だ。だけど、動こうにも動けないのが現状なのだ。胸が痛くて、どれだけ抑えつけようにも息も満足に出来ない。苦しくて、動けない。助けを呼びたくても、呼べない。

 この世界に来てから、倒れたりなんだりはよくあったけど、ここまで酷い痛みや苦しみを感じる事なんてなかった。

「美音さん」
 囁く声が遠く聞こえる。弁慶のその優しさを感じる度に心が苦しくなるけれど、今のこれは全然別なものだ。

「…~~~」
 戸の向こうで密教の呪を唱える声が聞こえて、私の張った柔な結界が壊されて。ドアが開く前に、私は無理矢理に自分の身体を傾けた。倒れた側に衝撃を感じる余裕なんて、ない。

「…っ」
「美音…美音さん!?」
 私を抱き起こす弁慶の手が、身体が、触れるだけで身体中が悲鳴を上げる。

「いた…っ」
 これは、関係のない私が我が侭を言っているから起こった罰なんだろうか。望美じゃなくて、私を見て欲しいっていう子供みたいな我が侭が引き起こす痛みなのだろうか。

「どこです? どこが、」
「…さわら、ないで…っ」
 どこだと触れられるだけで痛い。鋭利なナイフで切り刻まれているように痛む。いっそ死んでしまった方が楽だと思うのに、意識も失えない。

「弁慶…触る、と…痛い…っ」
「…っ」
「さわら、ない、で…っ」
 傍らで彼が息を飲む音が聞こえたけれど、気遣っている余裕はない。

「どうした、弁慶? …美音? どう」
「九郎、白龍と望美さんを呼んできてください」
 九郎が私に触れる前にその手を押さえているのが、うっすらと開いた瞳から確認できた。

「わかった」
 異論を唱えずに九郎が出て行く。それを見もせずに、弁慶はずっと私をさめたような目で見つめているのがわかる。いつもみたいに馬鹿にしているんだろう。実際、自分でも馬鹿馬鹿しいとわかっている。

「…美音さん、あなたはどれだけ望美さんを守る術を身につけているんですか。そこまでしなくても、望美さんはきみよりも強い。それに少なくとも、八葉と白龍に守られている今、それは必要のない術です」
 何を言っているんだろう。私は別に望美を守る力なんてもっていない。望美が強いことも、弱い心もよく知っている。

「しかし、受けてしまっている以上、相手を殺すか、返すかしなければなりませんね」
 本当に何を言っているのか。

「もう少しの辛抱です。白龍と望美さんが戻ってきたら、すぐに」
 嫌な予感がする。警報が、頭の中で鳴っていて。思わず腕を伸ばして、弁慶の袖を握っていた。直接ではないにしろ、びりびりと痛みに襲われる。だけど、行かせちゃ行けないと思った。

「…め…。だい、じょ…ぶ…から…っ、行っちゃ、ダメ…っ」
「…美音さん…」
「こんなの、なんでもない、から…っ、行っちゃ、メ、よ」
「しかし…っ」
 声を荒げる弁慶を強く睨む。

「ダメ、なの! 絶対、ダメ!! …私は、大丈夫、だから…ね?」
 珍しく弁慶の表情が歪む。

「大丈夫なわけがないでしょう? 今だって、意識があるのが不思議なぐらいなのに。こんなに苦しそうな美音さんを前に、僕にはなにもさせてくれないんですか?」
 なんで、と純粋に不思議だと思った。だって、弁慶は望美の八葉で、私は望美のただの幼なじみで、今はお荷物でしかない。

「確かに、僕は八葉です。だけど、きみ一人ぐらい守ったっていいはずじゃないですか。きみを守れないというのなら、八葉でなくなっても」
「弁慶っ」
 声を荒げて、それを遮る。言わせちゃ、いけない。

「望美を守って。あの子、あれでけっこう弱いから」
 痛みを抑えて笑いかける。平気な顔、しなきゃ。心配かけちゃダメだ。言わせちゃ、駄目だ。深く息を吸い込んで、吐き出す。少し、和らいだ気がする。気力を振り絞って、身体を起こす。立ち上がる。

「も、平気。でも、疲れたから、部屋で休んでるね」
「…美音さん」
 弁慶の隣をすり抜けて、震える身体を押さえ込んで、笑って部屋を後にした。弁慶は追ってこない。それで、いい。

 廊下を少し進んで、壁によりかかる。自分の息が煩い。苦しい、痛い、辛い。だけど、私は、心配をかけるわけには。

「美音」
 リズ先生が大きな布で私を包み込み、布ごと抱え上げる。この人は、全部わかっているみたいだ。彼は部屋まで私を連れ帰り、布団へとそっと横たわらせた。

「お手数、かけます」
 声をかける頃には姿はなくて。私は安心して意識を手放した。



p.2

 真夜中にふっと目が覚めた。誰かがいたような気がして、何気なく起き上がり、直ぐさま布団に倒れ込む。そういえばと寝る前のことを思い出した。

(さすが本場は違うなぁ)
 のんきなことを考えつつ、もう一度、今度はゆっくりと身を起こす。それだけでも重労働だが、床を這いずるようにして、部屋の隅に置いておいた鞄を取る。鞄を開けて、中から錠剤を一粒取り出し。

「それは、何のクスリですか?」
「貧血」
 問いかけに動ぜず、飲み込んだ。振り返れば、いつの間に部屋に入ってきたのかわからないけれど、弁慶が厳しい顔をして、私を覗き込んでいる。

 とりあえず、何と声をかけたものか悩んだ末、にっこりと微笑みかけた。彼もいつもの作り笑顔を返してくれる。

「言ってくだされば、僕が調合しますよ」
「そうしてもらえると助かるんだけど、難しいんじゃない?」
 錠剤の説明書を渡すと、弁慶が困った顔で笑う。

「…そう、ですね。僕には難しいかもしれません」
「でっしょ~? 私だって、配合表なんて見てもさっぱりだもん。それとも、ここには別にそのクスリがあるかな。あるといいなぁ」
「貧血の薬なら、調合できますけど、それは別の薬でしょう?」
「うん」
 ゆっくりと痛みが和らいでくるのを感じ、そっと弁慶に手を伸ばした。弁慶も何かを感じているのか、そんな私をじっと見つめている。

 軽く爪先で触れる。まだ、ピリリとした静電気によく似た痛みは残るけれど、それだけだ。怪我をしているわけじゃない今なら、問題ない。

「えいっ」
 思い切って、弁慶に抱きついてみる。やっぱり全身に痛みは残るが、これぐらいなら我慢できないわけじゃない。

「…美音さん?」
「さっきの薬は痛み止めみたいなものなの。あれを飲んでおけば、しばらくは弁慶に触ってても平気」
 寝る前から心にひっかかっていた。触らないでと言ったときの弁慶のひどく傷ついた瞳が、眠っていても消えなくて。本当は触れたいのだと言いたいのをずっと我慢していた。

「ああいうのは以前もあって、誰に触っても痛くて、でも寂しがりな私のためにお祖母ちゃんが作ってくれたお薬なの。白龍が近くにいるせいかな。薬の効果も高くなっててよかった」
 触れている弁慶からはダイレクトに戸惑いが帰ってくる。こうして弁慶が困るコトなんて、分かってる。だけど、ね。傷ついた人をそのままにしちゃいけないって、私は思うんだ。

「弁慶は望美の八葉だけど、今だけ特別に私を甘やかさせてあげる」
 ただ、やっぱり弁慶は望美を守る人だとわかっているから、こうして逃げ道をあげないといけないって思ってる。私は何も望んではいけないから、突き放されても仕方ない。だって、私はただ望美を守るためだけに存在している影でしかないんだから。

 強く、覆うように抱きしめられて、一瞬息が止まった。

「貴女という人は、どこまで…っ」
 全てを察したその優しい言葉に、私も力を込める。

「今だけ、だからね。今が過ぎたら、もう私を甘やかさせてあげないから」
「どうして、そこまで貴女が苦しまなければならないのですかっ」
 理由なんて関係ない。だって、望美は大切な幼馴染みで、一番の親友だもの。

 返事の代わりに強く、弁慶を抱きしめる。この答えは弁慶の望む応えじゃないし、彼だって予想できてるだろう。だから、言えない。

「ふふふっ、弁慶がいてくれて、よかったよ。ありがとう」
 弁慶の息を飲む声が聞こえた気がした。

「美音…さん?」
「これは独り言だから、誰にも言わないで」
 無言を肯定ととって話す。

「これ以上、望美や弁慶たちの荷物になりたくないから、私、行くね」
「どこへですか? そんな身体で…」
「望美に邪な術をかけてるやつを倒してくる」
「!?」
「そいつに弁慶たちは手を出せない。望美にも、やらせちゃいけないし、将臣だってもってのほかだわ。だったら、私がやるしかない」
 望美の話から相手に目星は付いている。だったら、先に取り除いてあげるのだって、私の役目だ。

「貴女に何が出来るというんです。守られることしかできないのに、どうやって戦うつもりですか」
 正論だから、苦笑しか返せない。でも、行かなきゃいけないことだけはわかる。

「剣でなくても方法はあるよ、弁慶。諦めなければ、どんなことだってできるんだから」
「しかし、何の策もなく行くのは危険すぎます」
「ないわけじゃない。だから、安心して?」
 策なんて考えてない。だけど、安心させたいから笑みを向ける。そうすることしか私には出来ないから。それに対して、弁慶は不安そうな顔でもう一度私を強く抱きしめた。

「…一人なんて、無茶です。ただの兵士にも勝てない貴女がどうやって戦うつもりですか」
「だーかーらぁ、戦わないって言ってるじゃない。戦わないのが私の戦いなのよ」
「?」
「力に対して、ただ力をぶつければいいワケじゃない。そりゃあ、少しは必要かもしれないけど、だからってそれで望美の力を削ぐような真似は出来ないわ」
 弁慶の触れる箇所が熱と痛みを伴ってくるのに、耐えて微笑む。

「大丈夫。これでも、昔から運だけは良いんだから!」
 望美の次ぐらいに。

 弁慶は少し逡巡してから、そっと手を離した。

「念のため、どちらの方へ行くのかだけ、教えていただけませんか?」
「ん。北の方、かな」
「北…でしたら、鎌倉に僕の知人がいるので」
「ストーップ」
 指でバッテンを作って、それを遮る。意味は分からなくとも、通じたのか。弁慶が押し黙る。

「ねえ、弁慶。心配しなくても、ちゃちゃっと行って、さっさと帰ってくるよ。私だって、命は惜しいし、無理しないし」
「……」
「いくらあの人だって、私に無理強いはしないよ。だって、私には利用価値があるはずだから、最悪でも殺されることだけはないよ」
 ぎゅっと両手を握ってくる弁慶の表情は真剣そのもので、隠し事のある私はその目を見返せず、顔を反らしてしまった。

「すぐに帰ってくるんですね?」
「う、うん」
「じゃあ、僕も一緒に行ってもいいですね」
「う…だ、駄目駄目。それは、絶対」
「すぐならば、問題ないでしょう?」
「だって、今何があるかわからないじゃないっ」
「ここには九郎や景時もいます。白龍もいるし、望美さんは剣を使える。少しならば、問題ないでしょう」
 一人は確かに心細い。だけど、望美のために連れて行けない。

 びりびりと強くなる痛みを堪え、弁慶の両肩に腕を伸ばして、しがみつく。

「お願いだから、ここにいて。望美を、守って」
 痛い。けど、弁慶がいなくなることはもっと痛い。心が張り裂けてしまいそうなほどに、痛い。何故かなんて、理由はわかっていても言えない。

「美音さん…」
 抱きしめてくれる腕が痛い。心が、痛い。優しくされればされるだけ、辛くなるだけだとわかっているのに、優しくされたいと願ってしまう。こんな自分は、いらない。

「そろそろ、時間、ね」
「美音…」
「術を解いたら、また、会いたいね」
 大人しく離してくれる弁慶は優しいと思う。優しくて、策を練るのも上手いけど、馬鹿だと思う。次にあったときも同じ顔をしてくれるだろうか。

「弁慶」
 離れかけた弁慶の腕を引き、身体を伸ばして、一瞬だけその唇に触れる。ぱちり、と何かが弾けるように痛みが戻るけど、こんなものに負けてる場合じゃない。

「餞別、もらってく」
 にぃと笑うと、弁慶は目を丸くして驚いていた。滅多に見られないそれを残して、私は庭へ出て、闇に身を隠した。まあ、草陰に隠れただけだけど、かくれんぼは昔から得意だ。

「美音さんっ!」
 弁慶の呼ぶ声を聞きながら、触れる草の痛みを堪えながら、私を捜し回る男を見つめる。忘れないように、その姿を目に焼き付ける。これが、最後といつも思う。人の想いはいつまでも同じじゃないから。

「さよなら、弁慶」
 屋内へ彼が入ったのを見届けて、私は屋敷を抜け出した。

あとがき

もう何が書きたいのか
とりあえず、このヒロインは弁慶寄りですね
(2007/07/04)