GINTAMA>> RE-TURN>> 不変の法則 1#-6#(完)

書名:GINTAMA
章名:RE-TURN

話名:不変の法則 1#-6#(完)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.8.1 (2008.5.6)
状態:公開
ページ数:8 頁
文字数:23906 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 15 枚
デフォルト名:/美桜
1)
初、銀魂夢!
1) 帰ってきた女
2) 変わらない男
3) 答える女
4) 慰める男
5) 逃げる女
6) 迎える男
1) 帰ってきた女 (ヅラ視点) 2) 変わらない男 3) 答える女 4) 慰める男 5) 逃げる女 p.7 へ 6) 迎える男 あとがきへ 次話「デートしようよ!」へ

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p.1

1) 帰ってきた女

(土方視点)



 あいつはいつだって変わらなかった。いつだって高い場所から俺たちを見下ろして、ガキ大将みたいに口の両端をつり上げて、キシシと変わった笑い声をあげて、世界を見下ろしていた。

 あいつが来るといつだって何かが起きて、あいつが去った後は来る前よりも静かで、物足りなくなるぐらいだ。

 だから、俺はあいつが、美桜が嫌いだ。

「久しぶりだってのに、怖い顔してどうしたのさ。土方?」
 自分の眉間をちょちょいとつついて、また笑う。別れてから、もうずいぶん経ったというのに、こいつは変わらない。あの頃と、天人が襲来してきたあの頃と、何一つ変わらない。

「いやぁ、しかし変わったねぇ、江戸。面白いモンが増えたねぇ」
 なんでもかんでも楽しむヤツだったけど、俺はこの江戸を今でもそんな瞳で見ることの出来る人間を知らない。そんな愛しい目でこの江戸を見つめるモンなんて、いなくなっちまったと思っていたのに。

 どうして、今、戻ってくるんだ。

「おかえりなせィ、美桜さん」
「あらぁ、大きくなったねぇ、沖田」
「その言い方はちっとババァみたいですぜィ」
 いつもの総悟の憎まれ口を止められるのもこいつぐらいだ。いつ抜かれたのかわからない、その手にあるのは短銃で、しっかりと総悟の頭を狙っている。

「総悟~? 誰にモノを言ってるのかな~?」
「美桜さんこそ、俺を昔と同じと」
「思ってるわよ~? あんたはいつまでも私の」
 迷いなく引き金は引かれ、頬に痛みを感じて、手をやる。

「可愛い総悟よ」
「て、なんで俺に当たんだよ!?」
「避けない土方が悪い」
「当てても構わなかったんですぜィ」
「はっはっはっ。何言ってるの、総悟。土方に当てられるわけないじゃな~い。私、土方大好きだもの」
「当たってるっつーの!」
 重い音を立てて、再び短銃がぶっ放される。

「男が細かいことをいつまでもグジグジうだうだと言うんじゃない! ま、当てちゃってごめん。預けてもらったけど、撃つの初めてなんだわ」
 あっけらかんと笑う様子がどこか腹立たしく思えるのは俺だけか。

「預けてって、おまえ、今はどこにいるんだ」
 こいつが真選組に籍を置いていたことは一度もない。ただいつも勝手に来て、勝手に騒いで、勝手にどこかへ行ってしまう。

「どこだと思う?」
 それは答える気がないといっているのと同じだ。探られるのが嫌いなのか、隠すのが性分なのか。とにかく、大抵は気が向かないと教えてくれない。そんな女だ。だが、今回は心当たりがある。

「快援隊、か」
 戦争が終わって、こいつが次に行くとしたら、快援隊の連中と一緒じゃないかと思った。こいつは嵐みたいな女で、ひとつところに留まれないような性分だから。この国に治まるような女じゃないから。

「なんだぁ、知ってたか。つっまんないの~」
 当てられたことが悔しいのか、珍しく頬を膨らませる。

「テメェの行きそうな処なんざ、そうは無ぇだろ」
「えー? そうかなぁ。鬼兵隊とか攘夷党とかも興味あるんだけどなぁ」
 こちらの仕事を知っていて、平然とその名前を出すヤツはいねェ。

「…美桜」
「興味はあるけど、私、シリアスって苦手なんだよね~」
「……」
「だーかーらー、そろそろ行くわ」
 からりと言ったことに驚いた。てっきり、また真選組をヤサにして出かけて回るのかと思っていたから。

「それがねぇ、ちょっと知り合った人に護衛頼まれちゃってさ。なんか、ストーカー被害がすごいらしいの。で、私も宿決めてなかったから、宿代わりってことでね」
 何故、と単純に思ってしまう。ここにいればいいじゃねぇかと、言えなかった言葉が喉にまた引っかかっている。

「宿なら、ここに泊まればいいじゃねぇですかィ。反対するヤツは俺がぶっ飛ばしてやりますぜ」
 俺の言えないことをあっさりと総悟が言う。こいつなりに美桜を慕っているから、必死だろう。恋とは言えない、愛でもない。そこにあるのはただ変わらない仲間だという感情だけだ。

 そして、俺はだからこそ美桜が頷かないこともわかっていた。

「総悟はワガママも大概にしなさいよ。土方を困らせんじゃないの」
「土方さんだって、そう思ってるに決まってまさぁ」
「あはは、言うようになったねぇ。これがあの総悟かぁ。…ちっちゃいままでよかったのに」
「美桜さん」
「あっはっはっ、冗談! 陸奥さんに面倒を起こしてくるなって言われてるから世話になれないよ」
 どうしてこいつはこう。

「じゃあ、また」
 嵐のように彼女が去ってしまっても、総悟はその場を動かなかった。ただ彼女の行った方向を見ていた。

「…土方さん、さっきの話」
「あぁ」
 彼女が護衛すると言っていた人物に検討はついている。

「近藤さん、先に気が付きますかね」
「大丈夫だろ。あれで近藤さんには頭があがらねぇんだ、美桜は」
「え?」
「近藤さんのお人好しな性格を買ってんだよ、あいつは」
 新たな煙草を取り出し、火を付けてふかす。煙の流れる空を見上げれば、憎らしいぐらいの快晴だ。

「それじゃ、仕事にならねぇんじゃ」
「殺しはしねぇってだけだ」
「あぁ、そういうこと」
 いつだって美桜は身勝手で、俺たちのいうことなんざ一つも聞いた例しがねぇ。来る度に引っかき回すだけ引っかき回して、気が付けばもういない。何度繰り返したかしれないやりとりを思いだし、怒りともいえない感情に舌打ちする。

「見廻り、行ってくるか」
「…素直に美桜さんの様子を見に行くっていいやいいのに…」
「なんか言ったか」
「いいえ、何も」



p.2

(ヅラ視点)



 夢か幻か。その姿を見た瞬間、息をすることも忘れた。あの頃と変わらぬ姿、変わらぬ笑顔でいる者など、俺は初めて見た。

 心配げにエリザベスが俺を覗き込む。

「あ、ああ、大丈夫だ。少し眩暈がしただけ」
 道の向こうから彼女も俺を見つけ、大きく手を振って駆けてくる。

「エリー久しぶりっ!」
 走ってきた勢いそのままにエリザベスに抱きついたのを見たときは心底驚いた。だが、だからこそ、彼女が今どこにいるのかがわかった。

「ヅラも相変わらず辛気くさいわねぇ」
「ヅラじゃない、桂だ。俺がどうあろうと余計な世話だ」
「あははっ。いいじゃない、世話やかれてる間が華なのよ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ!」
「そうそう、銀ちゃんもいるんだって? 高杉も近くにいたりする? 攘夷党のみんなは元気にやってる?」
 畳みかけるように問われ、こちらが戸惑う。

「銀時ならばこの近くに」
「知ってる。妙さんの弟さんを雇ってんだって? あいつが上司じゃろくでもないでしょ~」
「……」
「でも、ま。生きててくれたんならいいか」
「……」
「戦争が終わって、迎えに行こうかとも思ったんだけど、必要なかったね。あいつは…私と同じだ」
 美桜の瞳は深くて、何を考えているのかよくわからない。だが、わずかに変化する空気から、なんとなく銀時となにかあったのだろうと推測する。

 いつだって、嵐のようにやってきて、人知れずいなくなっていて。どんなに俺たちに溶けこんでも、本人はただ風の如しだ。風を捕まえることは誰にもできぬ。だが、共に風になることが出来る者だけが、こいつと共にいられるのかもしれぬ。

「坂本もきているのか」
「おりょうさんに飛びつこうとして、返り討ちに遭ってたよ。毎度毎度懲りないよねぇ、あの人」
 少しの間を置いて、美桜がにっこりと企むときの笑顔を見せる。

「今時間あるよね?」
 何を言いたいのかわかっているから、その姿に背を向ける。

「高杉ならば、ここにはいない」
「ここにはって、どこよ」
「さぁな」
「な~に~? また喧嘩したの~? ほんと、あんたたちって、昔っから仲悪いわよね」
 あの頃と全然変わらない、とケラケラ笑う。

「…おまえは、変わったな」
「そう?」
「松陽先生の下にいた頃より明るくなった」
「ふふ、そうかなぁ。そうみえるかなぁ」
「おまえは、もっと泣くと思っていた。お前と銀時は、松陽先生がすべてのように見えた」
 わずかにその表情が陰る。だが、すぐに笑顔となる。

「泣いていたって何もかわらないよ。それに、先生の分までこの世界を大切にしようって決めたから」
「…美桜」
「辛気くさいのは苦手だって、言ったじゃない」
 笑うのは悲しみを隠すためだろう。無理矢理に面にさせるべきではないのだろう。だが、こいつは、美桜は。

 辺りを楽しげに見回し、腰を上げかけた彼女の腕を掴む。

「美桜、時間はあるか」
「ヅラがナンパなんて珍しい」
「ヅラじゃない、桂だ! おまえたちは何度言えばわかる! そうではなくて、銀時に会いに行かぬか」
 言ってから、後悔した。厚く笑顔に彼女が隠されてゆくのが見えてしまった。

「いやよ。それに、銀ちゃんだって私に会いたくなんてないでしょ」
「そんなことはないだろう」
「あんたはわかってないよ、桂。昔とおんなじ。その目には攘夷の他に何も映ってない」
 その通りだ。だが、それでも、銀時と美桜を会わせなければならない気がした。

「どうして気が付かないかな。私たちの道はもうあの時に別れていたよ。松陽先生が死んだときに、あんたたちは世界を幕府を倒し、先生の理想を作ろうとした。私は、傍観者になることを決めた」
「それは、おまえが女だからと」
「信じたのはあんただけ。高杉も銀ちゃんも、あの時に逃げた私を決して許さないよ」
 馬鹿だ、と思う。だが、そうかもしれない。道を分けても何度もこいつは俺たちの下へきた。だが、共に戦うことは一度もなかった。女でありながら、俺たちと互角の剣を持っているのに、戦おうとはしなかった。そして、誰もこいつに望まなかった。

 俺の手を振り払い、にやりと彼女が笑う。

「心配しなくても、私たちじゃ喧嘩にならないよ。あいつら、手加減するんだもん」
「当然だろう」
「それがわかってるから、ガチで喧嘩できないんじゃん。あーぁ、私も男に生まれたかったなぁ」
 ケラケラ笑いながら彼女が行ってしまった後で、俺も腰を上げる。

「さて、俺もゆくか」
 あの頃は銀時と並んでいることが当たり前だった。恋人同士という甘やかさは無かったが、親友というのがよくわかる距離感で、暴走する銀時を抑えるのが美桜の役目だった。

 松陽先生が亡くなって、それから被るようになった笑顔の仮面は未だ変わらない。だが少し、視線が柔らかくなったような気もする。なにもかも破壊しかねないほどの憎悪を隠すための仮面が、穏やかな菩薩のような目で町を眺めて。美桜は何を想っていたのだろうか。

「ん? ああ、余計な世話かもしれんが、会っておいて欲しいんだ。これは、俺の単なるエゴだがな」
 仰いだ空はあの頃と違い、天人の船が飛びかっている。だが、色は変わらぬ。あの頃と同じ、碧を映していた。

p.3

2) 変わらない男

(美桜視点)



 志村妙さんの家というのは、かなりの広さの道場だった。

「はぇ~…妙さん、お嬢様?」
 呼び鈴を押して、出迎えてくれたのは総悟と同じぐらいの少年だった。彼の方でも私を見上げて、文字通り目を丸くして吃驚していた。

「え、えと、美桜さん、ですか?」
「あ、妙さんから聞いてる?」
「はい。こんなうちですけど、どうぞ中へ」
 中にいるんだろうと遠慮無くずかずか入り、案内される後ろをきょろきょろと見回しながら、歩く。そうして、通された部屋には男が一人、寝転がって漫画雑誌を読んでいた。

 見覚えのある背格好、間違えようのない銀の天パ。それだけでも充分なのに、少年は彼を呼んだ。

「銀さん、お客さんが来るから奥に行っててっていったじゃないですか。ほら、神楽ちゃんも!」
 間違いない。あーぁと小さく呟き、自分の顔に手を当てる。

「新八の分際でワタシに意見するとは生意気アルよ」
「めんどくせぇ。どうせ、今夜はここで一緒に泊まんだから、いいじゃねぇ…か」
 振り返った男も驚いた顔で私を見上げているので、乾いた笑いを返す。

「はは、は。久しぶり、銀ちゃん」
「お、おう」
「なんでいるかなぁ、知ってたらケーキでも買ってきたのに」
「じゃあ、今から行ってこい」
「ん、そーする」
 踵を返し出て行こうとしたが、危うく妙さんとぶつかるところだった。

「っと、ごめん」
「大丈夫よ。それより、何か用事?」
「買い忘れ思い出しちゃってね。あ、ついでに何か買ってくる?」
「そうねぇ」
 じゃあと部屋の奥へ行き、紙にサラサラと書き込み、渡された。…長い。つか、多い。

「…妙さん、いくらなんでもこれ一人で持って帰ってくるのは無理だよ…」
「私、スコンブ百個ネ!」
 そうねぇと再び彼女は思案する。そして、おもむろに銀時に笑顔を向けた。

「じゃあ、銀さん」
「んあ?」
「美桜さんと一緒に行ってきてくださいな」
「なんで俺が」
 文句を言いかけた銀時の顔が強張る。

「行ってきてくれますよね?」
「うぃす」
 げ、それはまずい。今すぐに二人きりになるというのは困る。心の準備が出来ていない。

「妙さん、私がいない間にストーカー来ても困るでしょ。銀ちゃんはいた方がいいって。私は、」
 短銃を取り出し、外へ向けて、見もせずに撃ち放つ。人の落ちる音と、悲鳴見たいのが聞こえて、安堵する。

「これ、捨ててくるわ」
「よろしくね、美桜さん」
 庭に出て、声のしたほうへ向かう。うしろでせっつかれ、銀時がついてき、私に並ぶ。

「あーめんどくせぇ」
「…一人で充分なのに」
「んなこたぁわかってるよ。だけど、あいつらがうるせぇし。それに、ゴリラはしぶといんだ」
「…ゴリラ?」
「ストーカーだ」
「はぁ?」
 疑問を解消する前に、吃驚した。私が撃ち落とした男はとてもよく知っている人物だった。

「…近藤さん、こんなところでなにやってるの?」
「お、おぉ!? 美桜じゃねぇか!! おまえこそ、ここでなにして」
「妙さんの護衛だけど」
「なにぃぃぃ!?」
「おめぇのことだ、ゴリラ」
「だれがゴリラだ! てか、なんでまたおまえがここに」
「おめぇが毎度懲りもせずに来るから、俺が呼ばれたんだろーが」
「てめーのことなんざ聞いてねぇよ!」
 がっしと両肩を掴まれる。

「よく来たなぁ、美桜。トシや総悟たちには会ったか?」
 がくがくと嬉しそうに揺さぶられながら、必死に考える。えーと、今の話を総合すると。

「妙さんのストーカーって近藤さん?」
「俺はストーカーじゃな、」
 揺れが治まったと安堵すると、しっかり銀時の背中側に回されていて、だから向こうから走ってくる人影に気が付いた。

「げ、なんで土方と総悟まで!?」
「…さっきから思ってたんだけど、美桜は真選組とも付き合いあったのか?」
「宿だった」
 盛大な呆れたため息が聞こえて、それからぶつぶつ言うのが聞こえて。

「銀時ぃぃぃ! おめぇ、美桜からさっさと離れろ! つか、美桜もなんでそんなのとひっついてやがる!」
「ひっついてないでしょー、怒りっぽいなぁ」
「んだとぉ!」
「ひっつくっていうのはぁ」
 銀時の背中から両腕を回し、しっかりと抱きつく。

「お、おい」
「こーゆーのがひっつく」
「べ、べたべたしてんじゃねぇっ!」
「うわぁ!」
 斬りかかってきた土方を銀時を突き飛ばして避け、自分も反動で後ろへ転がる。

「美桜さん、悪ふざけが過ぎますぜィ。土方さんだって、お年頃なんだ」
「だ、だれがお年頃だ! てめぇも適当なこと言ってんじゃねぇぞ、総悟!!」
「へーい」
 まったく、しょうのない人たちだ。

「で、なんで土方たちはここにいるの? ここ、私有地よ」
「うっ…そ、それはだな」
「近藤さんを迎えに、」
「あぁ、そう」
「…迎えに来るのを口実に、美桜さんを連れ戻しに来たんでさァ」
 え、と目を見張る。何を言い出すんだ。ここに泊まるって言ったのに。

「と、土方さんがいってやした」
「総悟!!!」
 ふむ、珍しいこともあるもんだ。どちらにしても、ストーカーが近藤なら、捨ててこなきゃいけないところだし。いいかもしれない。

「とりあえず、近藤さん連れて、屯所に行きましょうか」
 くるりと彼のいた辺りを振り返る。が、そこには大柄な彼の巨体がない。代わりに、室内から聞こえる声に、ふぅと息を吐いた。

「総悟」
「わかってまサァ」
 ランチャーを取り出す、総悟の隣で、美桜も短銃の銃身を左手で弄る。ガシャガシャと数度弄り、両手で持つ。

「3、2、1」
 総悟と共に狙いへ撃ち放つ。直後、辺りには爆風と大仰な風穴が空いた。その向こうでは、近藤がボロボロになり、お縄となっている。

「…なんだ、その銃」
「うふふ、うちの開発クルーが改造してるからレーザーから何から何でもござれって。構造は知らないけど、使い方だけ教わってるの」
「なんつー危ないもんをこいつに持たせてんだ」
 ただし、大技を使えばその分も反動もある。土方と銀時の二人が同時に気が付き、はぁと息を吐いた。なにもぴったり同時に来なくてもいいだろうに。

「あいつの改造なんて、ろくなもんじゃねぇ。捨てちまえ」
「えー、それは駄目だよ。試作品だから、データ欲しいって言われてるもん」
「じゃあ使わなくてもいいだろ。こいつらから剣でも借りてさしとけ」
「なに勝手言ってやがる。てめぇに言われんでも」
「剣はいらないよ」
 二人共が黙り込む。だけど、私は笑う。

「あるから」
「「だけど、そいつは」」
 どうしてとふたりでいがみ合って。似ているから、ちょっと羨ましいと思う。私も男であれば、どこかに入れただろうか。いや、逃げなければ、隣に立っていられたのだろうか。

 隣に立てないのならば、外されるのならば、先に外れてしまおうとしたのは私だ。守られるというのなら、先に出て行こうと決めたのは私だ。

「さぁ、近藤さん回収して、さっさと行くよ!」
「へーい」
 近藤を抱えてきた総悟を連れて、妙さんの道場を後にした。その出口を出る寸前、銀時が無言でこちらを睨みつける。それに、ただ笑って返す。

「あとで連絡する」
 閉じた門の向こう側で、いつまで銀時は私を睨んでいるのだろうか。睨まれたことよりも、それが気になっていて。だけど、振り返る勇気はなかった。

p.4

3) 答える女

(土方視点)



 近藤さんを屯所の彼の部屋へ放り込んで、彼女が出てくるのに合わせて、その身を捕らえた。分厚い服の襟元を掴み、迫っても笑顔は仮面のように変わらない。

「どういう関係だ」
「土方、怖い顔だよ~。てか、脈絡なさ過ぎ」
「銀時とどういう関係だって言ってんだっ」
「どーゆーって、育ての親?」
「おめーとそう変わらねぇだろっ」
「ああ、んじゃ、あの頃にどっかで会ったとか? そゆのがいい?」
 巫山戯てる。それはいつものことだが、珍しく感情が優先した。

「てか、今まで私の知り合いなんて気にしたこと無かったじゃん。急にどうしたの? ヤキモチ?」
 言われてみれば、たしかに気にしたことはなかった。

「真面目に答えろ」
「怖いなぁ。本当なのに、ね」
 俺の手を掴む。外されないように力を込めた次の瞬間、床に体がたたきつけられていた。

「うふふ、陸奥さん仕込みの合気柔術はいかが?」
 見事としか言いようがない。だが、そのままで俺は終わるわけにはいかねぇ。起き上がりざまの蹴り上げた足で、長いマントを翻し、その視界を隠す。

「わ、わ、わぁぁ!」
 その体を引き倒して組み敷くと、美桜は降参と両手を挙げた。

「育てられたのは本当。私、銀ちゃんに拾われたのよ」
「てめぇ、ワザと言ってるわけじゃ」
「この状況でウソいってどうするのよ」
 だけど、笑顔は崩れないままで、それがますます不気味だった。

「銀ちゃんに拾われて、松陽先生に育てられたの」
 けろりというが、そいつは、初めて聞くその生い立ちは。

「銀ちゃんに拾われる前のことは覚えてないけど、先生はどこかの貧しい村で捨てられたんだろうって言ってた」
 どうして、それを笑えるのか、俺にはわからねぇ。だけど、変わらない笑顔が、真実だと言っているようで。

「…ずっと俺らを騙してたのか…っ」
「騙してないよ。私は、先生が死んだときに一度死んだから」
「!」
「あの人の居ない世界が寂しくて、海に身を投げた。そこをあなたたちに拾われたね」
 たしかにこいつを拾ったのは港だった。土左衛門かと思って引き上げたら、息を吹き返したのだ。あの時はマジでびびった。

「あれで生まれ変わった世界でやっと気が付いたんだ。先生がどれだけこの国を慈しんでいたか、憂いていたかを。みんなは憂いしか見えなかったみたいだから、私は、私だけはこの国を愛していようって決めたの」
 笑顔は消えない。それは、決したときから、ずっと、なんだろう。俺はそんな表面のこいつにしか気が付いていなかった。

「この国は美しいよ。いろんな星をみてきたけど、ここが一番愛おしい」
 笑顔から涙がこぼれ、その雫が顔を伝い落ちてゆく。それまで、気がつけなかった。こいつがどんな気持ちで本当はいるのか。

「大好きだよ、ここが」
 だけど、と続ける。

「ここにはあの人が居ない。それが、哀しい」
 笑顔なのに、ずっと笑っているのに。上からどけて、起き上がった美桜を抱きしめる。

「悪ィ」
「土方は何も悪くない。だけど、ね。ここにいられなくなったら、本当に行き場所がなくなっちゃうから、知られたくなかった」
「!」
「かつての仲間は皆、倒幕派よ。だったら、共にいた私を土方たちは置いておけない。そうしたら、この日本に私の場所は…ない」
 声に宿るのは絶望で。いつも見せる笑顔からは想像も出来ないほどに暗く、深く、澱んでいる。その声を、俺は、知っていた。

 引き上げられ、新選組で目を覚まして数時間。あの時、近藤さんと話す声を聞いたときはどれだけ根暗な女なんだと思った。だが、俺たちの前に姿を現したときにはもうあの脳天気な笑顔で。その時間が余りに長くて忘れていた。

「真選組には…近藤さんには感謝してる。あの言葉がなければ、私は生きる気力もなかったから。だからこそ…知られたくはなかった。あなたたちに、土方たちに嫌われたくなかった」
 抱く腕に力を込める。その存在を強く感じ取る。

「おまえを嫌えるヤツなんかいるかよ。そんなヤツが居たら、俺がぶっ飛ばしてやる」
「…はっ、土方は相変わらず…」
 ゆっくりとあげられた美桜の顔は、いつもの笑顔で。

「お人好しね」
「美桜」
 身を震わせて、無理矢理に笑う。

「冗談よ、冗談! 私にそんな暗い過去なんてあるワケないじゃな~い」
「なんだと…?」
 俺の腕を押しのけて、立ち上がる。地を踏みしめる力はどっしりと重く、揺るぎない。

「銀ちゃんは本当に一度会ったことがあっただけで、それ以上はなんにもないわ」
「…美桜?」
「両親は居ないけど、風来坊になる前なんて碌に覚えてない。だって、今のが全然楽しいんだもの。思い出す時間なんて、全然無いよ」
「快援隊ってすっごいのよ? この宙を自由に駆けて、どこへだって行けるの! こんなちっぽけ国に縛られてるなんて、バカみたいって思える」
 強く風が吹き、彼女の髪を揺らす。

「まあ、ここが一番良いってのは本当だけど、あとは全部ウソ。あんまり土方が真剣だからからかいたくなっちゃった。ゴメンネ」
 俺も立ち上がり、美桜と対峙する。その目をしっかりと見つめれば、嘘か真かなんてものはよくわかる。あれを思い出した今、間違えられるわけがない。

 踏み出す一歩に、美桜がわずかに後ずさる。だが、そうしないように耐えているのは、悟られないようにそれだけ必死だということ。

「今夜は、ここに泊まっていくんだろ? 近藤さんを見張らなきゃならねぇもんな」
「そこまで面倒見切れないよ~。てか、土方が見ておいてよ。私、大事な用事があって」
「あいつんところか」
「違う違う。陸奥さんに買い物頼まれててさァ、も、すっごい面倒。面倒は嫌いなんだけど、あの人の頼みは断りづらくってね」
 笑顔は、崩れない。俺は一度だって、それが崩れたトコをみたことがない。ズンズンと近づき、その顎に手をかけて、上向かせる。

「俺は、美桜を仲間だと思っている」
 見据えた瞳は、笑顔の奥の瞳は風に煽られる水面のように激しく揺れる。

「ははっ、何、急に」
「素性はともかく、おまえは俺たちを裏切らないだろう」
「でも、味方もしないよ。私は傍観者だから」
 今までもこれからもそれが変わらないことはわかっている。さっきの話の真偽に関わらず、美桜は真選組となることはないだろう。

「私は、私はこの地に住まう人たちの味方であって、他の誰の味方にもならない」
 江戸を守るのだと、この荒廃した世界をみてもまだそう言い切れる美桜は強いのだと知っている。剣を手にした姿を見たことは少なくとも、ただ構えただけでも力の程は知れる。

 江戸を守るのだと俺たちが言うのと、美桜が言うのとは違うのだと気が付いたのはいつだったか。

「じゃあ、俺がおまえを好きだったってのは知ってたか」
 瞳が見開かれ、笑顔が弾け飛んだ。そこにあるのは、素で驚いた顔で。つか、本気で気が付いていないとは思わなかった。

「…なに、それ…」
「やっぱ気づいてなかったんだな」
「…気づくわけ、ない。…気が付いたら、ここに、いられな」
 最後まで言わせずに、その口を塞ぐ。

「っ!?」
「気が付かせるわけねぇだろ。てめぇは逃げるのが上手いからな。言ったが最後、有耶無耶にしちまうじゃねぇか。そんなん許さねぇよ」
「離せ…っ」
「いやだ」
「離して…土方…」
 普通の女のよういか細い声が聞こえたかが、無視する。と、次には強く足を踏みつけられ、背中を強く抓られて。だけど、離したら、二度と戻ってこない気がしたから耐え続けた。

「…やだ…こんなの、やだよ。土方…っ」
「行かせねぇ」
「?」
「他の男の所なんかへ、おまえを行かせねぇよ」
「あんたに、それをいう資格なんかないんじゃねぇですかィ、土方さん」
 背後に現れた殺気に、彼女を抱え、飛び退く。間一髪、真剣がその場所を通り抜けた。

「総悟…」
「許しやせんぜ、土方さん。姉さんを袖にしておいて、あんただけ幸せになろうなんざ」
 その言葉が終わらない間に、短銃の音が室内に鳴り響いた。俺の腕に、既に美桜の姿はない。俺と総悟の間に立ち、俯いたまま口元だけ笑う。

「はっはっはっ、安心しなよ、総悟。私が土方を選ぶことだけは絶対にないから」
「美桜、てめぇ…!」
「ずっと前に、あの人を失った日に私は死んだんだ。死人に愛なんていらない」
 上げられた顔は満面の笑顔で、だからこそ言葉は強く胸に突き刺さる。

「だから、バイバイ」
 総悟の隣を駆け抜けてゆく姿を、ただ見送ることしかできなかった。自分が振られたことよりもなによりも、伝わる絶望に胸を撃たれて動けない。

「総悟、行け」
 あのタイミングで出てきたということは、ずっと俺たちの話を聞いていたはずだ。だったら、こいつもわかるだろう。美桜の絶望の深さを。

「俺じゃ、駄目ですよ」
「……」
「土方さんもわかってるはずですぜィ。さっきの話からしたら、美桜さんは」
 何処へ行くのかもわかっている。だが、追いかけてどうする。あいつに、何が出来る。あの絶望から救ってやる方法なんて思いつかなかった。

 煙草を取り出し、ライターで火を点けようとする。だが、いつものように簡単に火か付かず、俺はもう一度舌打ちした。

p.5

4) 慰める男

(銀時視点)



 静かだ。新八と神楽が来てから騒がしかった万事屋の部屋の中は今、久しぶりに静かだった。だが、なんだか居心地が悪い。それは、あいつらが余計な気を回すからだ。

「ちっ」
 久しぶりに見たっていうのに、美桜は悔しくなるほど変わっていなかった。姿も中身も変わっていない。あの頃と同じ、真っ直ぐな目で、覚悟を決めたままの目だった。

 すこしでも変わっていりゃあ、まだ何かを言った。だけど、あまりにあの頃と変わらないから困る。

 ぴんぽーん、とのんびりした音がする。今日は何の集金も来ない予定だ。だったら、あの手紙の通り、美桜が来るだけだろう。

「おーい、いるんでしょ。勝手に入るよー」
 玄関がガラガラと開く音がする。こちらへ歩いてくる足音がする。なんと言ったものかわからなくて、俺は寝たふりをする。

「うわ、ねちゃってるよ」
 迷いなく近づいてくる気配に少年のように胸が高鳴る。そして、すぐそばに座った音がした。

「なーんて、実は起きてんじゃないのー? 何話したらいいかなんて考えてて面倒になったんでしょー」
 流石は美桜だ。だけど、俺はそのまま狸寝入りを決め込むことにした。

「なーんて…昔のままなワケ、ないよね」
 哀しそうな声は、久しぶりに聞く。あの、松陽先生の亡くなったとき以来だ。

「みんな変わってないって言ってくれるけど、私はあの戦争で全部変わっちゃった。何が大切で、何が大切じゃないとか。何が守るべきなのか、わからなくなって。だから、宙に逃げたの。そんな私を受け入れてくれる場所なんて、どこにもないよね」
「…坂本さんだって、陸奥さんだって、私がいつか出て行くって思ってる。誰と出会っても、みんな私が留まるコトなんて思いも寄らない。この地は大好きな故郷なのに、その故郷に私の居場所はないんだ」
「銀ちゃんが羨ましいよ。あんなに可愛い仲間も出来て、ヅラも、真選組も、みんな、みんな、その手に持ったままで」
「もしも私も一緒にいたら、ここにいられた? 隣にいられた? でも、あの頃は怖かった。血が流れるのが、人が死んでゆくのが怖かったんだもの」
 ヅラや高杉たちは気が付いていないけれど、美桜はかなりの泣き虫で、弱虫で、臆病だ。そんなこと全部わかっていたから、俺は美桜が出て行くのを止めなかった。隣にいて欲しかったけれど、臆病な美桜を守りきれる自信はなかった。あの頃はただ、自分が生き残るだけで必死だった。

 ぐじぐじと泣く声が聞こえて、まず思うのが面倒だ。だけど、目を開けたら、きっと俺は慰めてしまって、美桜はやっぱり笑うんだと思うと何かもやもやした。思春期の少年かーっての。てか、こいつだって、いい歳して何を男の前で泣いてやがんだ。

「あーもう、うっとーしー!」
 ソファから起き上がり、泣いている美桜を抱えて、もう一度寝転がる。

「え、ええ、えええええええええ!?」
「泣いたってどうしようもねぇだろ。出て行ったのはおまえなんだから、普通は俺は怒るモンなんじゃないの!? つか、なんで俺が慰めなきゃなんねーの!?」
 見下ろしてくる美桜の顔は涙で濡れて、ぐしょぐしょだ。

「きったねー顔」
「うるさいっ。アンタの服で拭いてやる!!」
「げ、マジ、きたねぇ!!」
 ぐいぐいと顔を押しつけてくるよりも、重力で押しつけられる体に体が反応してしまう。変わってないと思っていたけど、こうしてみると女らしくなったかもしれない。

「…美桜」
「どうして、こんなんなっちゃったかなぁ。あの頃のままでいられたら良かったのに。銀ちゃんに会ったら思い出しちゃうから、帰り際に顔だけ見せて、さっさと帰るつもりだったのに」
「おい」
「会いたくなんて無かったの。だけど、会いたかったの。話したくなかった。でも、話したいことがいっぱいあるの。話せないことがいっぱいあるの」
 また泣いている声が聞こえて、めんどくせーと単純に思った。俺だって、わかってた。会ってしまえば、会う時間が長ければ、こうなることはわかっていた。

「じゃあなんでわざわざ会いに来たんだよ。あのまま真選組にいりゃあよかったじゃねぇか」
「…あんな場所じゃ、安らげないよ。みんな、真剣なんだもん。シリアス嫌い」
「嫌いって、おまえ」
「安心できる場所は最初から先生か銀ちゃんだけだった。先生がいないなら、銀ちゃんしかいないじゃない」
 生まれたばかりの雛が最初に見たものを親と思うように、こいつの親はこいつを見つけた松陽先生と俺しかいない。それまでの全ての記憶を無くして、捨て猫のように川を流れてきたのが美桜だった。

 松陽先生は貧しい村から捨てられてきたんだろうと言っていた。ボロボロの服で、出会った頃は誰も信用せずに閉じこもって、引っ張り出すまで苦労した。

 つか、ほんと、何で俺が慰めてんだと疑問を感じながら、その頭を撫でる。

「そりゃどーも」
「慰めんな、天パ」
「無茶言うな…」
 人の上で何を言う、と返そうとする前に、俺の腹に手を置いて、よっこいしょとゆっくり美桜が降りる。当然、そこを支点にされている俺は苦しさに呻く。

「美桜! 俺の体を支えに立ち上がるんじゃね」
「なな、わっ」
 反対のソファへ移動しようとした美桜の手を掴むとこちらに仰向けのまま倒れ込んできて、床に激突しそうなところを危うく抱き留める。

「あ…ぶね…っ」
「あんたが無茶するからでしょ!? ったく…優しいまんまだね、銀ちゃん」
 やっと笑った。外で見ていた作り物でない笑顔に安堵する。本当の笑顔を浮かべるとき、美桜の頬には赤みが差す。特別白いワケじゃないけど、その姿は変わらず愛らしくて。スペシャルジャンボビックパフェみたいな感じで、ものすっごく甘い。不意打ちのこれに、俺は弱い。流石俺が育てただけあるが、それにしたって、こいつのスペシャルな笑顔はスペシャルすぎて、外で振りまいていないか心配な時期もあった。

「じゃあ、用事あるからもう行くね」
「え、用事?」
「これでも陸奥さんの用事もあって、いろいろ忙しいの。銀ちゃんトコにはもう来た?」
「…ああ、あのバカ探せとかいうのか? うぜー…」
「たぶん、おりょうちゃんのところだと思うよ」
「…なに、あいつのところで世話なってんの」
「そう。宙を旅してる」
「おまえが、ねぇ」
 連れ戻したら、すぐに帰ってしまうのだろう。そうしたら、また来てくれるかどうかの保証もない。無茶をするななんて、言葉で拘束できるわけもない。彼女に自由であって欲しいと願ったのは自分だ。だけど、と拳を握りしめる。

「美桜」
「なあに、銀ちゃん」
 座り直し、隣を叩く。素直に座るのは、何かを感じてなのだろうか。それとも何も考えていないのだろうか。

「用事は直ぐじゃなくてもいいんだろ?」
「まあ、坂本さんが連れ戻されるまでかな。明後日出航」
 明後日までか。時間は短い。肩に腕を回して、自分の腕に抱きしめる。

「お前の帰る場所はここにある。だから、心配すんじゃねぇよ」
「…銀ちゃん…」
「ここが好きなら、俺がずっと待っていてやる。だから、余計なこと考えずにここへ帰ってこい!」
 強く言っておかないと、こいつには届かない。強く叫びすぎても、こいつには届かない。近い場所で、心臓の音を聞かせながら言ってやらないと、届かない。

「ていうか、探すのも面倒だから、ここにいろ」
 え、と驚いた顔が俺を見上げる。役得? いや、どう考えても損だ。これじゃ、俺、お父さんじゃねーか。

「居ろって、仕事は? 儲かってないんでしょ?」
 痛いところを突いてくる。

「私、身売りできないよ。普通の仕事はできないよ」
「させるかよ。おまえ、船で何やってんの」
「雑用」
「…お、おまえがぁ?」
「しっつれいねー。役に立ってるわよ~」
 だから、いなくなるかもしれないと訝しんでいたワケか。てか、あいつのところでも扱いに困ってるってことか。こいつ、なんでもできるけど、女だし。はったりだけなら超一流だけど、基本臆病だからなぁ。

「まあ、今更一人増えたところでなんとかなるさ。だから、戻ってこい」
「…パピー取られたって、神楽ちゃんと新ちゃんに怒られそう…」
「だーれーがー、パピーだ!!」
「ぎゃー! 痛いー!」
 ふつう、こういう状況になったら、もうちょっと女らしく…しねぇように躾けたのは俺だったな。

「ちっ、めんどくせ」
「は…っ!?」
 いろいろ考えても仕方ねぇ。だって、触れてしまったら、離したくなくなっちまった。妹とか、子供とか、誤魔化している余裕だってねぇ。

 ここにいて欲しいと、手に入れたいと願ってしまったから。

「~っ、な、っ!!」
「なんだ、キスもしたことねぇのか」
「それぐらいある!…っ」
 美桜だって、とっくに適齢期通り過ぎてるんだから、それは当然といえば当然なのだが、ちっとむかついた。だから、もっと深く口付ける。俺のこと以外を考えられないように。

「銀ちゃん…っ…やめ、て…っ」
「だめだ、とまらねぇ」
「や…やだやだやだ…」
 胸を叩く腕は弱い。腕っ節は相変わらずだけど、中身はやはり女なのだと安堵する。

「こんなの、やだぁ」
「美桜」
「銀ちゃんは…変わっちゃ、やだ」
 吃驚して、顔を離した。目の前でボロボロと涙を流して哀しそうに泣いているのは間違いなく美桜だ。

「俺は何も変わってなんか」
「そんなのわかってる。だけど、こんなのは違うよ。私が好きなのは、こんな銀ちゃんじゃない。こんな銀ちゃん、知らない」
 そりゃあそうだ。こんな俺を美桜に見せたことはない。こんな俺を見せられるわけがない。美桜には綺麗なままでいてほしかったからだ。

 だけど、どうして綺麗なままでいてほしかったのか、気が付いた。俺が、壊したかったからだ。

「…美桜、こっちむけ」
「変わらないで、銀ちゃんは変わらないで」
 繰り返す美桜の頬に今度はそっと口付ける。人並みにそれは塩辛くて、そんなことに笑いが零れた。美桜はなんとなく甘いモノで出来ている気がしていた自分に笑えた。

「俺ァ何も変わりゃしねぇよ。ずっと、美桜を好きなままだ」
「私だって、好きだよ」
 違うだろう。こいつのは親鳥を慕うようなもんと一緒だ。そんなもんじゃねぇんだ。

「俺は、美桜を食いたいぐらい好きなんだって言ってんの」
「…ぅ…え、ぇぇぇえぇ…!?」
 そこまで驚くか。そして、何かに気が付いた美桜がぐいぐいと俺の腕を押す。

「離れて」
「やだ」
 どうやら、鈍いこいつもやっと状況がわかったらしい。

「私、スプラッタはやだ」
 がくりと肩が落ちる。何を言い出すのか。

「おまえ、わかってていってるんだろ」
「……」
 無言の肯定を受けて、俺はもう一度甘いモノを引き寄せる。

「美桜、俺、甘いモノが好きなんだ」
「知ってる」
「美桜は甘いな?」
「甘くない!!」
 もう一度合わせた唇はやっぱり甘いと感じた。だけど、それ以上は何も出来なかった。

「おい、この服どうやって脱が、っ!」
「脱がすな、バカ!!」
 異国の服を複雑に何枚も着ている美桜のガードは相当堅く、襲っている間にヅラがやってきて邪魔しやがった。

「銀時、玄関に鍵がかかっていないなど不用心…」
 聡い盟友はくるりと踵を返す。

「邪魔をした」
「邪魔じゃない! ヅラ、助けて!!」
「ヅラじゃない、桂だ!」
「ごめん、もう言わないから助け…っ」
 言わせないように口を塞ぐ。それをどこか複雑そうな顔で見ながら、ヅラは玄関に鍵をかけ、窓から出て行こうとした。

「助けて、桂さん、桂様、狂乱の貴公子様、攘夷志士の暁様、逃げの小太郎様ァ!」
 必死な美桜にほだされ、仕方ないといったようにヅラが口を開く。

「銀時」
「邪魔するか?」
「いや、そこの紐を解いたらどうだろうか」
 指し示された場所を慌てて、美桜が抑える。素直なヤツだ。

「じゃあな」
「おう、ありがとな」
「ちょっとッ、余計なこと教えていくな、バカァ!!」
 叫ぶ口にもう一度口付けて、泣き出す美桜を抱きしめて。

「冗談だ、美桜」
「~~~銀ちゃんのばぁか!!!」
 思いっきり鳩尾を殴られて、窓から逃げられた。

 部屋の中で仰向けに寝転がったまま、笑う。久しぶりに美桜を見て、心まで昔に戻った気がする。船が出航するまで、時間はない。それまでに口説き落とせるだろうか。

「くっくっくっ、待ってろよォ」
「誰が待つかァ!」
 いきなり窓が開いたかと思うと、美桜が赤い顔で言い捨てて、今度こそ本当に町中へ消えてしまった。どうやら、心配で潜んでいたらしい。

「…っは、はははっ、バッカでぇ…!」
 離れた年月があいつを変えてしまったかと思った。だけど、中身はそのまんまで、体ばっかり成長してて。これで襲うなってほうが無理な相談だっての!

 次に会ったときァ覚悟しておけよ。絶対、ここに残ると言わせて見せるからな。

p.6

5) 逃げる女

(美桜視点)



 何も変わらないと、あの人は言ってくれた。だから、私は船を下りる決心をつけたのだ。だけど、やっぱり何もかも違っていた。先生の好きだった国は、私の好きだった人たちは皆、変わっていた。

 江戸の町を走り回り、気が付いたら、私はあの道場の前に立っていた。いつのまに降り出したのか、辺りは雨と霧に包まれ、道行く人はない。この場所は、寂しい。だが、今の自分に行く場所はどこにもなかった。

「美桜さん?」
 柔らかな声を振り返る私は、また笑っていた。笑いたくなくても、それがもう自分の一部となっていて、変えるコトなんてできない。

 彼女はゆっくりと近づいてきて、私に傘を差す。そっと顔に寄せられるハンカチからは、淡くて甘い花の香りがした。銀時の好きな甘い香りがした。

「今夜は泊まって行かれるんでしょう? 早く家にお入りなさい」
 ありがとう、と言ったつもりだった。だけど、雨の音で私の声は聞こえなくて。彼女に連れられるままに恒道館道場へと上がった。そこまでは覚えているが気が付いたら、布団で横になって眠っていた。

「私…?」
 起き上がり、辺りを見回す。そこは小さいが掃除の行き届いた部屋で、障子の向こうには座った人影が見えていた。その見慣れた姿は。

「なんでここにいるんですか、坂本さん。今夜はおりょうちゃんとしっぽりするって言ってたじゃないですか」
「おんしこそ、何しちょる。船を降りて、銀時に会いに行くんじゃなかったか」
 何と答えられることも出来ないでいる私を珍しく察し、隣を叩いた。座れということらしい。なんとなく少し距離を置いて座る。「お」と坂本が目を見張る。

「ほほう、銀時もなかなかやりおるのぉ」
「は?」
「とうとう手を出したか」
「出されてません! てゆーか、坂本さん、知ってたんですか!?」
「何がじゃ?」
 食えない男はいつものようにケラケラと笑っている。不思議な男だ。その笑いを聞いていると、なんとなくどうでもいい気分になる。

「そういえば、坂本さんはあの頃、銀ちゃんと共に戦っていたんですよね。その時に私の話が出たんですか?」
「おーよく聞いておったぜよ。小さい頃の美桜さんはそりゃあ凶暴で、根暗で、手に負えなかったとか」
「え、ええええ!? な、なんでそれを!?」
「手なずけるまでに半年かかったけど、懐いてからは可愛くてしかたなくて、他の男に目を向けさせる時間も無くさせるぐらい、遊んだり、悪戯したり」
「え、ちょ、なんでそれ…!?」
「それから、松陽先生とやらに初めて怒られた時は段ボール箱に閉じこもって、三日三晩出てこなかったけど、駕籠一杯の苺の香りに誘われて、あっさりでてきたとか」
「きゃー! 何話してんの、銀ちゃんっっっ」
 過去の恥をさらされて、動揺しない人間はいない。

「それ以上しゃべったら、いくら坂本さんでも撃ち殺しますよ!?」
 短銃を突きつけられても坂本は「ハッハッハッ」といつものように笑っている。

「そういう具合に、毎度おんしがどれだけ可愛いっちゃゆーのろけを聞かされとったよ」
 サングラスをかけているけれど、優しい目で見てくれている気がして、短銃をしまい、大人しく座り直す。

「知らなかったの、私だけ?」
「そりゃあそうじゃろ。銀時は必死に隠しておったようじゃなからな。知ったら、おんしは全力で逃げる。本気で逃げられたら、自分には守れないと言っておったよ」
「もう守ってもらわなくったって大丈夫なのに、銀ちゃんは馬鹿だねぇ」
 ブラブラと足を揺らし、縁側を叩いて、庭へと降りる。裸足で感じる土の感触は久しぶりだ。この星の土は冷たくて、温かい。母なる大地とはよく言ったものだ。

「美桜はこれからどうする?」
「また、船に乗せてくれる? やっぱりここにはいられないってわかったんだ」
「……もう戻らないつもりか」
「うん。それに、この国はもう大丈夫。みんながいるから、大丈夫!」
 くるりとその場で一周回り、笑顔を作る。坂本と同じ、無敵の笑顔だ。

「じゃあ、私は先に行ってるね」
「まあ待ちや」
「…駄目だよ。銀ちゃんにも土方たちにも止めさせない」
「決心は固いか」
「坂本さんが乗せてくれないっていうなら、他の船に密航するまでよ」
 元々はそうして宙へと出たのだ。出来ないことはない。

 観念したように、坂本が息を吐く。

「そういうわけで、出ておいで、退くん」
「え…いやぁ、遠慮したい、かなぁ」
「私にそんなこと言えるのかなぁ?」
「あ、や…」
「何、出航するまで黙っててくれるんなら、何もしないさ」
「報告したら…?」
「するまえに、殺る」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!!」
「あ、逃げるな!」
 短銃を銃身を三度動かして、山崎の背中に構える。だが、放った網を器用に避け、逃げられてしまった。

「あーぁ、行っちゃった」
「追わんのか」
「やー、本気であいつに逃げられたら、捕まえられない。だったら、さっさと身を隠した方がいいでしょ」
「…出航時間までには船の戻れよ」
「ラジャー」



p.7

(美桜視点?)



 翌日から真選組で大規模な捜索が行われたが、美桜は見つからなかった。情報が全然無いのではない。ありすぎるという意味で、見つけられない。どれほどの人海戦術を使ったとしても、見つからない。

 そして、出航当日の朝が来た。早朝の港に人影が一つ。そこへ近づく者がひとつ。

「久々だな、美桜」
「ヅラにでも聞いたの、高杉」
 彼は自然に美桜の腰に手を回し、引き寄せる。美桜の方でも慣れたようにその腕に体を預ける。まるで、長年連れ添った夫婦同士のようにも見える姿に銃弾が一発、放たれる。

「彼女、怒るわよ」
「んなもんじゃねぇよ。それより、ずっと探してたんだぜ」
「へぇ、あんたが私を? 珍しいこともあるもんだ」
 放たれる銃弾に美桜も短銃を向け、撃ち放つ。空を抜けたように見えるそれは、港に積まれた荷物に辺り、そこからぱらぱらと何かの粉の少量を風に流させた。

「俺と共に来い、美桜。俺なら、上手くお前を使ってやれるぜ」
 耳を噛む感触にぞくりと体を震わせ、目を閉じる。この男は美桜が好まないと知っていて、こういういやがらせをしているに過ぎない。生まれてこの方、この男と関係を持ったことは一度としてない。

「断る」
「ほう?」
「私を使うなんてほざく男について行くわけないだろう」
 振り払い、朝焼けの似合わない男を睨みつける。その向こうには二丁拳銃を構えた少女が一人、私を睨みつけている。娼婦のような格好をしているが、不釣り合いとわかるほどにその目は澄んでいた。

「くっくっくっ。じゃあ共に戦えと言って、お前は来るか?」
「行くわけ無いでしょう。私は傍観者だ。誰にも味方しない。もちろん、あんたのようにこの国をぶっ壊そうとしているような男と手を組むことはあり得ないよ」
「そうか。ならば…死ね」
 膨れあがる殺気に、咄嗟に刀を構え、迎え撃つ。重い一撃に体が一瞬沈んだ気がした。間髪入れずに繰り出される剣戟を紙一重で交わしつつ剣を収め、片手の銃を少女へ、もう片方の銃を高杉へ向ける。

「高杉の仲間にはならない。だけど、敵にもならないと約束する」
「くっくっくっ」
「しばらく戻らない。その間に好きにすればいい」
「それはきけねぇな」
「何故」
 剣の腕で銀時や高杉に勝てる気はしない。だけど、スピードだけは勝っていると自負していた。それだけが、私の自慢だった。だが、気が付けばさっきと同じ体勢に戻り、顎を上向かせられ、眼前には高杉の顔が目の前にあった。

 キス、されていると気が付くまでに時間がかかった。

「ならば、なにもするな。俺のそばに居ろ」
「…高杉…?」
「この命尽きるまで、そばにいろ」
「…なに、それ…?」
 反論は許さないと言うように、強く口を吸われ、呼吸さえもままならなくなるほど、深く入り込まれる。

「いいな」
「いいわけあるかァッ!」
 鈍い金属音に閉じかけた目を上げる。均衡する力で鳴く刀と、目の前には銀時がいる。そして、私を抱いたままで受け止めているのは高杉だ。

「美桜を離せ、高杉」
「…やっと来たか」
 ぼんやりとする頭の中でわかったのは温もりが離れたということ。そして、受け止めてくれた人はずいぶんと冷たい腕だった。

「…?」
「大切ならば、しっかりと抱えて守っていろ。目を離すな」
 自分の足で地を踏み、軽く頭を振ってから、高杉を見る。もう彼はこちらに背を向けていて、すぐに姿は見えなくなった。人をからかいに来たのか、それとも本気だったのか。しかし、本気だったら、今ここにいることなどできないだろう。

「ったく、んなこたァわかってるよ。怪我はないか、美桜」
「う、うん。…どうしてここに銀ちゃんがいるの?」
「話は後だ。帰るぞ」
 自然と手をつながれそうになり、慌てて手を隠す。

「帰るって、何言ってるの? 今日は出航準備もあるし、二日も好きにさせてもらったから、私手伝わなきゃ」
 隣にはいられないと、決めた。甘えてしまう自分を許せない。

「おい、美桜」
「それに今の私の家はこの船だよ。他に帰る場所なんて、どこにもない」
「っ」
 ぎりぎりと銀時が奥歯をかみしめて、睨みつけてくる。怒るのはわかっていて言ってる。

「銀ちゃんは好きだよ。でも、それは恋じゃないの。愛なの。ただ一つだけ私に許された家族」
「そんなんどうだっていいんだよ!」
 強く掴まれた手が痛いけど、笑顔は崩せなかった。崩れたが最後、動けなくなってしまいそうで、ここから飛び立つことが出来なくなりそうで。どこへも行けなくなるということが、怖い。

 手を捻り、その縛めから抜け出す。こんなワザを教えてくれたのはすべて陸奥さんだった。あの人は、弱い私の心をしっているから、いざというときの逃げる方法を与えてくれた。

「私を見つけてくれたこと、感謝してる。でも、同時に憎んでるの。先生と知り合わなければ、皆と出会わなければ、私は絶望を知らなかった。愛を、知らずにすんだ」
 あと数歩も下がれば、そこは海だ。何かが変わるとき、必ず私は波間に漂っていた。ならば、今度も波にまかせてみようか。

「大好きだったよ、銀ちゃん。だから、バイバイ」
 とてもとても好きだった。大好きだった。だから、失うのが怖いから。

 地を蹴り、海の上に身を投げた。泳ぎは得意じゃない。銀時の目の前で溺れかけたのは小さな頃のことだ。

 波に沈んでゆく意識の奥で、銀時の叫び声を聞いた気がした。波間に伸ばされる腕を拒み、体を丸まらせる。そんな私を大きな腕で包み込み、暖め、交わされる口づけから空気を貪る。酸欠と熱と水の冷たさで頭が可笑しくなりそうだ。

 気が付けば、浜辺に打ち上げられ、隣では銀時が大きく息を吐き出していた。

「馬鹿野郎! 死んだら、なんにもならねーじゃねぇかっ」
 いつものように笑おうとしたけど、水の冷たさで強ばってしまった顔は、幽かにしか動かせなくて。それをみた銀時は私の頬をつまんだ。

「家族でも何でもいいからよ、戻ってきてくれよ」
「……」
「あの戦争で俺は全部無くしたと思ってた。だが、お前がいてくれるなら」
 そっと口を合わせるだけだったけれど、どんなキスよりも甘くて、熱くて。

「この国でこのまま生きるのも悪くない」
 誰よりも近い場所で交わされる言葉は篤くて、熱さに侵されて、心まで燃え上がってくる。あの日に凍り付いてしまった心まで、溶かされる。

「泣くなよ。俺、今、すっげー良いこと言ってんだぞ」
「うぅ…っ」
「返事は」
 良いとも悪いとも言えない私を、銀時は強く抱きしめた。それから二人で、万事屋へ帰って、二人で苺牛乳を飲んで、銀時に膝枕をして眠らせて。

 ひとりで船へと戻った。彼は怒るだろう。だけど、ここにいるわけにはいかなかった。

p.8

6) 迎える男

(美桜視点)



「もう出航するぞ。いいのか?」
 甲板から江戸の町並を眺めている私に、陸奥が声をかけてくる。彼女は表情は変わらないけれど優しいから、こうして訊ねてくれるのだろう。ちなみに、坂本は船長室に縛られているらしい(逃げられないように)。

「用は済んだからね」
「そうか」
「うん」
「会いたいヤツには会えたのか?」
「…うん。会えたよ」
 彼女が隣に並び、同じ方向を見つめる。エンジンが始動し、浮かび上がる船の眼下には、真選組が息巻いている。だけど、誰にもここに手出しは出来ない。

「残らなくて、いいのか?」
「え?」
「…いや、なんでも」
 くすりと小さく陸奥を笑う。

「変な陸奥さん。でも、安心してよ。これで終わりにするから」
「…?」
「ここにはもう帰らない。この国には辛い想い出が多すぎるから」
 笑顔は自然と溢れた。だからだろうか、陸奥さんの顔がわずかに強張る。そして、次に彼女がとった行動は、相当予想外だった。

「帰れ」
「どこに? この船以外に私の家はないよ。知ってるでしょう?」
「いいや、あるのだろう? この地に、おまえの居場所が」
 笑いが零れる。

「はははっ。そんなものもうずっと前に無くなったよ。あの戦争で」
「ここにはお前を待っている者が居るのだろう。ならば、そこがお前の居場所だ」
 背中にかちりと何かをはめられ、振り返ろうとする私を誰かが持ち上げる。

「坂本さん? 繋がれてたんじゃ」
「銀時によろしゅうな」
 おもむろに空へと離され、その意味を知る。

「さ…坂本さんの馬鹿ぁぁぁぁぁっ!」
 落ちる前にパラシュートの紐は引かれていたのだろう。ばさりと上空で覆い被さる影をあとに、ただ目を閉じる。

 船の乗ったのは単なる思いつきだった。ここではないどこかへ行きたかったのだ。そして、快援隊は仲間なのだと思っていた。やっとみつけた仲間なのだと。

 ほろりと、風に水が流れる。幾筋も幾筋も流れては落ちてゆき。調整もしていないのに、私はあの港に落ちた。落ちたあとも動けないまま、泣き続けている私の耳に銀時の優しい声が届く。

「なぁ、美桜。いいかげん諦めろ。ここがおまえの居場所だろ?」
 そんなはずはない。ここに私の居場所はない。

「意地を張るなよ」
 布を持ち上げ、こちらを見る銀時の目線は優しい。だけど、わずかに混じる爆笑寸前の気配に気が付かないわけがない。差し伸べられる手を拒絶する私を、無理矢理に銀時が抱き上げる。

「ほら、帰るぞ。もう一回逃げたら襲うからな」
「なんで!?」
「俺のものになっちまえば、諦めもつくだろ」
 わけのわからない理屈を並べて。だけど、こういう無茶苦茶なのはもうずっと変わらないままだ。

「諦めなんかつけるか!」
 逃げだそうともがくけど腕を弛めてくれる気配はない。どころか、顔が近いんですけどっ。

「ホント、もう…目茶苦茶だよ。いつのまに坂本さんと話つけたの?」
「…?」
「あの人の独断? ったく、次にあったら叩きのめしてやるっ」
 目を閉じて、銀時と額を合わせる。

「しかたないから、飽きるまではいてあげる。それでいい?」
「ああ、いいぜ」
 額が外されたかと思うと柔らかな熱を感じて、ぱちりと目を開ける。目の前には大好きな人がいて。

「銀時ぃぃぃ…っ」
 向かってくる刀に対し、私は空へ短銃を撃ち放つ。驚いているのは、私以外の全員で。

「あっはっはっ、驚いてる~」
「「驚くにきまってんだろっ」」
 地面に足を着け、銀時を見上げる。笑ってくれる顔には昔の面影があって、安心する。この人は恩人で、それから大切な家族で、私のヒーローだ。

 土方を見据える。この人も、ただの居候の私を守ってくれた。総悟も、みんな、私が居ることを享受してくれた。剣で語り合う大切な仲間だ。

「銀ちゃんの気持ちも土方の気持ちも嬉しいよ。だけど、今はまだ答えが出せない」
 松陽先生が死んだあの日から止まっていた時間が再び動き出す。

 自然と浮かんでくるのはもう作り物じゃない笑顔で。

「だからこそ、真選組にも万事屋にもいるわけにはいかない」
 はっきりと決めないうちに誰かに寄り添う事は出来ない。そんないい加減な気持ちで選べるような関係では付き合ってこなかった。どちらも、私の人生に深く関わってくれた優しい人だから。

 私の肩を強く銀時が抱き寄せる。その腕に安心して寄りかかり、囁く。

「ごめんね、銀ちゃん」
「いいさ、江戸にいてくれりゃあな」
 こめかみにキスの感触を残し、手放してくれる。そして、私は土方に向き直る。

「行ってこい。お前の笑顔は最強だ」
「ニセモノに、なってない?」
「ああ」
 応援を受けて、まっすぐに土方と向かい合う。その隣には総悟と近藤がいて、後ろには真選組の皆がいて。そして、私は手が触れるギリギリで立ち止まる。

「どこからがウソで、どこからが本当だと思う?」
「はっ、美桜はウソが下手だからな」
 全部本当なんだろう、と強い視線で返してくる。ああ、この目が好きだ。…瞳孔開き気味で、時々怖いけど。その強さが好きだ。

「私も土方が好きよ。総悟も、近藤さんも、真選組の皆が大好き」
 どよめく隊士たちの目の前、もう一歩近づき、背伸びする。軽く唇で触れて、直ぐさま後方へ下がる。

「っっっ!?」
 みるみるうちに赤くなる土方を笑い、もう一度言う。

「またからかいに行くから!」
「…美桜さん、サービスしすぎじゃねぇんですかィ」
「あっはっはっ、羨ましかったら」
 総悟にからかいの言葉を向けている間に後ろから肩に手を置かれる。

「で、これからどうすんだ?」
「妙さんか、幾松さんのとこで世話になろうと思う」
「じゃなくて、仕事」
「ああ、どうしようねぇ」
 思案しつつ、短銃の銃身を掴んで数度動かし、真選組へと向ける。そして、おもむろに網を撃ち放つ。

「高杉んとこはヤバすぎだし、ヅラの仲間になるのもやだし」
「あたりまえだ。てか、あいつらは美桜の思想とあわねぇだろ」
 網の中で騒いでいる真選組の前でのんびりと会話する私の前に、山崎が手紙を差し出す。

「あのぉ、美桜さん?」
「ありゃあ~やっぱり退くんはかからないのか」
「はぁ。それで、これさっき落としたみたいなんですけど」
 山崎が差し出したその手紙には大きく私の名前が書かれていて、銀時と二人同時に息を吐き出す。

「辰馬の野郎、最初からこのつもりだったんじゃねぇか?」
 手紙を開けば内容は思った通り。

「助かったって言って良いのかな。仕事に困ったら、快援隊の日本支部に行けってさ」
 これで当面は助かったというべきか。歩き出す銀時を追いかけ、並び立つ。

「よかったじゃあねぇか。他よりはマシなトコでよ」
「まあね~」
 隣を歩く美桜の嬉しそうな顔を見下ろし、銀時はその頭をくるりと撫でて引き寄せた。

「おまえ、ちょっとウチに寄ってけ」
「遠慮します~。襲われたくないもん」
「馬鹿、そんなんじゃねぇよ。うちのヤツらにちゃんと紹介しとこうと思ってよ」
「…別にいらないと思うよ」
「そういうわけには行かねぇんだよ。おまえが来たときに迂闊に攻撃しないように言っておいてやらねぇと…あいつらが危ねぇ」
「へぇ~、や~さし~の~」
 こうして、私と万事屋と真選組らの奇妙な騒々しい日常が始まった。

あとがき

- 1) 帰ってきた女


中途半端にアニメ派なので、原作よりぬるいです。いろいろと
それから、キャラもニセモノかも。掴み切れてないし、混ざってるし
単行本買いたいって、旦那に言ってみたら、今は駄目!て言われました
結婚&引越でいろいろと費用がかかるのです~
(2007/08/01)


- 2) 変わらない男


時期はいつ頃だろう?まあ適当で
ていうか、銀魂でそんなん気にしちゃ負けでしょう
(2007/08/01)


- 3) 答える女


書くまでは自覚無かったんですけど
どうやら私は大多数がそうであるように、土方と銀時が好きらしい
苦労人キャラはいいですよね。弄りがいがあって
(2007/08/01)


×マッチ→○ライター
気がついていたけど、やっと修正。
(2008/05/06)


- 4) 慰める男


銀魂で何か書きたくて、その気持ちだけで書いたら
まず真選組から始まって、最後は銀時オチに
なんでなのか、書いている自分が一番わかりません!
ていうか、オールキャラのつもりで書いてるから
こんなヒロインになったんですけど


<設定>
松陽塾の元生徒(銀時、桂、高杉と絡み)
攘夷不参加だけど真選組に居候してた(近藤・土方・沖田と絡み)
今は快援隊の船に同乗(坂本と絡み)


夢と言うには少々複雑な…
(2007/07/27 17:29:12)


- 5) 逃げる女


とりあえず、この坂本は微妙ですね
今回は土佐弁を調べてません
脳内で適当に処理してるんで、気になったらこっそりと直します
(2007/08/01)


- 6) 迎える男


うんと、どこからこうなったのか。なにこの王道ラブロマンス


これ何調? いろいろと間違ってますがご容赦ください
てか、キャラがかなりオリジナル入りすぎ
誰ですかー!?とか思いっきり叫びたくなる(なら書くな


書き始めたときは銀さんオチじゃなかったんですが、手が滑りました
ああでも、土方オチは絶対にないです
やる気のない銀さんみたいなのは好きです
オリキャラのはーさんと気が合いそうです
でも、一緒にするとぐだぐだになるんじゃないかと思います
(2007/08/01)