ソファに寝っ転がり、片手にジャンプを持ったまま目を閉じる。ただそれだけで、あの頃を思い出せるようになったのはいつからだっただろうか。ああ、美桜が帰ってきてからだ。
なんて想い出に浸っていたら、いきなり窓が開け放たれた。ここは二階で窓は絶壁。
「お父さん、そんな泥棒みたいな訪問」
「誰が泥棒で、誰がお父さんだコノヤロー」
何かで頭を殴られたかと思ったら、それは先ほどまで手元にあったジャンプだ。そして、それをもってニヤニヤ笑っているのは、戦争以来久方ぶりに帰ってきた塾仲間で、新八の家に住み着いている食客だ。何処へ行っていたかと思ったら、快援隊の船で宙だとよ。そりゃ、探しても見つからねーわけだ。
万事屋なんてもんを生業にしてると、いろんなことが勝手に耳に入ってくる。だけど、こいつの消息だけはようとしてしれなくて。だが、くたばっちまったなんて信じられなくて(俺とヅラ、高杉と互角に渡り合えるような女だ)、だらだらと続けていた。
「んで、今日は」
「デートしよう」
「おまえは人の話は最後まで」
「スクーターで連れて行ってほしいところがあるの。だから、デートしよう」
問答無用ですか。つか、セリフは最後まで言わせてほしいもんだぜ。昔からこうと決めたら人の話は悉く無視する性格は変わりゃしねえ。
「やだよ。オメー、まだ選んでないんだろ。中途半端なコトされたら、銀さん期待しちゃうよ」
もう一度ソファに寝転がろうとしたら、思いっきり腕を引っ張られた。強制ですか。
「構わないよ」
その上、あっさりと肯定しやがられたら、襲うに襲えないじゃないですか。
「こんな小悪魔に育てた覚えはないんだがなァ」
「私が銀ちゃんに教わったのは、剣と真っ直ぐに向き合う心だけだったよ」
人の腕を引っ張りながら、ニィィと口の両端をつり上げて笑う様子は悪ガキで、たしかにその笑い方は俺たちを模したものだろう。
懐かしさと愛しさに引っ張られるように美桜の腕を引き、その肩を抱く。が、意味は通じないらしく、美桜の方でも肩を組んできた。
「これデートと違わねー?」
「いーのいーの。深いことは気にしたら負けだよ。あっはっはっ」
快援隊にいたせいで妙な口癖まで移されて来やがった。まあね、こいつのことだから、気が合うだろうなとは思ってたし、まっさきにいるだろうと思ったぜ。だけど、辰馬は何もいわねーし、こいつはこれでもちっと人見知りなところもあるし(いや、マジで)、まさかなぁなんて考えてたわけよ。
玄関を出て、階段を下りて、美桜にメットをかぶせてスクーターのエンジンをかける。
「ほれ、早く乗れ」
「何処に行くの?」
「おめーが乗せろっつったんだろ」
「あーはいはい」
ポケットから何かを取り出し、俺の口に放り込む。それは、甘い甘い金平糖。
「って、んなもんで誤魔化されるかっ」
「じゃあ、とりあえず真選組」
「帰れ」
なんで俺が真選組にわざわざこいつを届けなきゃならねぇんだ。
「デートは二人でするもんじゃねーの」
「土方の居ない今がチャンスなんだって。協力してよ~」
「なにやってやがんだ、オメーは」
「ええ? 隠密のアルバイト」
どう考えてもそれはアルバイトの範疇じゃない。不安も手伝い、結局二人で真選組屯所と書かれた門の前に立っていた。
「ごめんくださーい。局長はご在宅ですかぁ?」
「おいおい最近の隠密ってのは正面から堂々とお邪魔するんですか?」
「あははーそうだよー」
誰も出てこない屯所に遠慮無く美桜は入り込み、迷いなく奥へと庭を進んだ。
「世話になってたのは昔なんだよな?」
「もちろん。今は妙さんのトコで」
歩きながら、短銃を取り出そうとする手を押さえる。
「こらこら隠密。何ぶっそうなもん出そうとしてるの」
「物騒なんかじゃないよ。これすっごい便利なの」
かしゃかしゃと銃身を何度も動かし、あれ?とか首を何度か傾げ、しまいには銃口を覗き込もうとする美桜から短銃を取り上げた。
「あ、何するのー」
「君が何するの。銃口なんか覗き込んだら危ないって教わってないの」
「そうなの?」
「そうなのって…」
辰馬ー、持たせるならしっかり教えてから渡しやがれ。
「まあいいや。近藤さん来てくれたみたいだしね」
屯所の方へ向かって軽く手を振り、美桜はそのまま庭に座り込んだ。地べたでも構わないってのは、若い女でなくても関心しない。が、そういう風に育てたのは俺で、他の連中だって気にしたことはないだろう。故に、俺もそこに座り込む。美桜は懐から彼女が持つには珍しく白いシルクの包みと唐草色の明らかに何かの生物の皮で加工して手作りされたと思われる禍々しい包みを取り出し、目の前に置いた。
「美桜ちゃん~、待ってたよ~」
「きもっ! つかお前なにそれその包み明らかにお前の趣味じゃな」
「手に入れるの苦労したんですよ、近藤さん」
また遮られた。銀さん今日は本当に足なんですか。パシリですか。それなりの報酬もらえなきゃ襲っちゃうよ。
「これとこれを一対一で適当に混ぜてください。まあ、お友達程度にはなれます」
「……は?」
「んで、こっちが一、こっちが二とかにすると、ちょっと嫌われます。というか多分存在に気が付いてもらえません。坂本さんが陸奥さんに飲ませて酷い目に遭ってました」
何言い出しているのか、てきぱきと美桜が解説してゆく。
「逆にすると惚れ薬ってか」
「あっはっはっ、銀さん夢見すぎ!」
「夢みたいな事いってるのはお前」
「それはいかん。いくら俺でもお妙さんに惚れ薬なんて」
「誰が惚れ薬っつったよ、ゴリラ」
近藤の言葉を遮るひくぅい声に慌てて、二人で辺りを見回す。美桜は完璧な笑顔を張り付かせている。ということは、だ。まったく。そういうのはしっかり残ってやがんのな。
「何処に行ってもそういう誤解をする人はいるんですけど、世の中そんなに甘くありませんよ。ていうか、飲んだだけで愛し合えるような毒薬なんか売るかボケ」
この笑顔はなんだ、営業スマイルってヤツか。教えたのは辰馬じゃないだろう。おそらく陸奥でもなく、他の誰かだ。ともかく、こいつが営業でここに来たのは間違いないらしい。
「近藤さんがあんまり妙さんに嫌われまくるのが可哀相なのと、妙さんがあんまり追いかけ回されて可哀相だから、間をとって気持ちを有耶無耶にしてしまおう作戦です」
「いや有耶無耶でいいのかい美桜さん。そこら辺はもう少しアレでしょ。ちょっとぐらい好意持たせてあげようよ」
「あ、比率間違えると赤の他人か一生親友とかなるんで気をつけてくださいね。あ、むしろその方がいいかも…?」
もやもやと美桜が考えているのは新八の姉貴とこのゴリラが親友の図だろうか。と自分でも想像してみる。…あ、ありえねぇ。
「すごいな、自分の想像で吐きそうになっちゃったよ」
「俺も。ぜってぇ無理だ。やめとけ」
「…なんか今すっごい失礼なこと言ってない?」
「気のせいです、気のせい。で、この特効薬が今なら十分の一のお値段でセール中って言ったらどうします?」
ゴリラは少し悩んだあとですっくと立ち上がり、俺たちに背を向けた。
「いや、俺はどれだけお妙さんに好かれるとわかってもそんな薬の世話には」
「じゃあ行きましょうか、銀さん」
例によって例のごとく、美桜は断ろうとぶつぶつ言い出したゴリラにあっさりと見切りを付けて、立ち上がる。
「え、もう行っちゃうの? もうちょっとほら、押してみたりとか、ねぇ? …それに、そろそろトシたちも帰ってくるし、ゆっくりしていきなよ」
「だから行くの。ほら、銀ちゃんもいるから面倒になるでしょ。デートだし」
俺の腕に自分の腕を絡ませ、にやりと笑う。だから、その笑いをやめねぇか。
「デートか。いーなー、俺も妙さんとデートしたいなぁー」
「むーりー。今日は妙さんはお仕事ですー」
「え、マジ!?」
「金払ってくれるんならサービスしてくれるかもよ」
その言葉が終わらないうちに、ゴリラの姿は見えなくなり、美桜はにんまりと笑う。
「なーんて、今日は女同士で遊園地っつってたけどね」
「マジでなんでこんなにひねくれちまったんだろう。昔はもっと可愛げがあったのになー。銀さん哀しいなー泣いちゃおうかなぁ」
ひょいと、また美桜が何かを俺の口に投げ入れる。これは小さなアメ玉だ。思わずかみ砕く。
「さっきからなんだ、美桜。銀さんの口は甘味限定ゴミ箱じゃないよ?」
「えええ? それはないでしょう。銀ちゃん、甘味で出来てるんでしょ?」
馬鹿そりゃおまえだと言い出そうとしたが、美桜はさっさと離れて塀を乗り越えてしまって。と、俺も慌ててそれを追いかける。屯所の外へ抜け出したのと、真選組の連中が戻ってきたのはほぼ同時だった。
「銀ちゃん、早く!」
「わかってるよっ」
すでにメットを被り、後部座席に座っている美桜に急かされるままに走り出す。
「うっひゃーっ、気持ちー! このまま堤防までゴー!」
「了解!」
背中から腹にしっかりと回された腕は強く、強く抱きしめてきて、背中には小さめの胸が当たる。さらしで抑えているのだろうか、それとも。
堤防まで来て、一度スクーターを止める。美桜がそう言ったからだ。彼女はスクーターから降りると浜辺をざくざくと歩き出す。見える範囲なので放っておくと、反対から高級そうな車が走ってきた。
運転手がおり、後部座席のドアを開ける。そこから降りてきた姿に一瞬目を見張る。ありゃ、どこのお嬢様だ。歳は十二、三程度で、落ち着いた色合いだが彼女によく合う着物を着ている。彼女が来たことに気が付き、美桜が振り返る。その顔は営業スマイル満点だ。
二人が二言三言交わし、お嬢様が小切手に書き込んで美桜に渡す。美桜はあの二つの包みを渡す。ただ、それだけのことだった。
車に乗り込んだお嬢様に美桜が一言、何かをいうと、彼女は哀しそうに笑って、行ってしまった。
車を見送る後ろ姿は、とても寂しげで。そっと歩み寄る。
「あれが本当の依頼人?」
「さぁね」
「さぁって、おまえ」
「詮索しないのがこういう商売の基本ですよ、銀ちゃん」
風が彼女の髪を揺らし、一瞬だけその表情を現す。陽の下にいるのに、雨の下でずぶ濡れで立って居るみたいな、そんな空気で。たまらず、腕を伸ばす。その手前で、くるりと美桜が振り返った。そこにあるのは、変わらない笑顔。
「帰ろうか、銀ちゃん」
万事屋へ戻る前に、恒道館道場に寄る。万事屋はいつ新八や神楽が帰ってくるかわからねぇし、それにあいつらの前じゃ美桜は絶対に言わないだろう。
「送ってくれてありがと、銀ちゃん」
「快援隊には寄らんでいいのか?」
大きく頷く美桜の頬を引っ張る。昔からよく伸びるんだが、今でも良く伸びる。
「んじゃ、ちょっくらお邪魔しやすかね」
痛いとも何とも言わないが笑顔はとっくに崩れ、洪水みたいな涙に両目も閉じて。これじゃあ、俺が泣かしたみたいで体裁が悪い。
肩を抱き、門の内側へと誘導し、塀の影で少しかがんでその顔を肩に押しつける。あやすように髪を梳くと、嗚咽が聞こえてきた。
「泣き虫は変わってねぇな。今度はどした? 泣いてても俺はわっかんねぇぞ」
首に腕を回し、子供の頃と同じように抱きついてくるが、今は体つきも力も違う。ぎゅうぎゅうと絞めてこられると、非常に苦しい。だが、折角抱きついてきてくれているのにと思うと引きはがすわけにも。
ギリギリギリ…。
「ぐはっ…ちょっと、美桜…さん? もちょっと加減して、」
「世界は、どうして公平じゃないんだろう」
小さな呟きが耳に届く。
「世界は、どうして平等じゃないんだろう。みんな精一杯生きてるのに、こんなにもうまくいかない」
「あの子、あの薬で忘れられたいんだって、言ったの。そういうのじゃないって言っても笑って、それでいいんだって。自分はもう先がないから、覚えていて欲しくない。自分が居なくなった後で泣いて欲しくないからって。笑って言うんだ」
「銀ちゃん、私にはわからないよ。だって、一人で逝くのだとしたって、覚えていてほしいじゃない。誰かに自分がいたことを覚えていてほしいじゃない」
「病気だって、不治の病が治る可能性はゼロじゃない。なのに、もうすっかり諦めてて。あの子はどうして、あんなことをいうの? あんな風に笑えるの?」
美桜の流す涙は、いつだって彼女のものじゃない。いつだって、人のことばかり考えて。そればっかりで、自分の事には無関心だ。俺にはその方が信じられない。もっと自分のことを考えていて良いのに、人の事なんてほっときゃいいのに。だけど、そうできないから、美桜なんだ。
「その嬢ちゃんはたぶん、幸せなんだな」
「…銀ちゃん?」
「忘れられたいって事は、それだけ愛されてるって自覚してるんだよ」
顔をあげた美桜が涙に濡れた瞳で、見上げてくる。愛しい、と素直に思う。これはこいつが懐いたときから変わらない。
「おまえはどうだ? 俺に愛されてる自覚ある?」
どくんと、美桜の体が跳ね、そして顔が青ざめる。突き飛ばすように俺を見て、恐ろしいものでも見るように俺を見ていた。でも、強い相手にこんな怯えた目を美桜は見せない。俺たちと居る間に自然とそうなったのだ。
「な、なんで…?」
「なんでって当たり前だろ。お前は俺のたった一人の」
「違う、どうして… 変わらないの…?」
今にも逃げそうな美桜を塀に追い詰める。それは、もしかして。
「やっぱりか」
今朝から口に放り込まれていたのはただの金平糖やアメ玉じゃない。気持ちを消してしまおうとしたのは、こいつ自身だ。奥歯に挟まったアメの欠片を取り出してみせる。
「!!!」
「これ、さっきのあの薬か。これで俺の心まで消せると思ったのか?」
「違う…っ。ただ、昔通りに戻りたかっただけ、なの」
「何が違う!」
強く塀に拳を打ち付けると、美桜が小さく身をすくめる。蛇に睨まれた子ウサギのように、固まっている。
「そういう卑怯な逃げ方を教えた覚えはねぇぞ」
こいつが誰かの記憶に残ることから逃げ回っていたのは知っていた。だから、向き合うように教えたのは俺自身だと覚えている。そして、別れる前、確かに美桜はそれを持っていたはずだった。変わってないと思っていたが、いつからこんな風に心が折れてしまったんだ。
顎に手をかけ、目線を固定する。そんな必要もないぐらい、美桜は俺を凝視している。
「俺に嫌われたかったのか?」
「ちが、違う…銀ちゃんに嫌われたら、生きていけないっ」
「じゃあ、忘れられたかったのか? そう都合良くいかねぇっつったのはお前だろ」
「そうじゃないの。私はただ…」
「ただなんだ? 戻りたいって? もう戻れねぇことぐらいわかってんだろっ。先生も他のやつらも…ヅラや高杉たち以外はもう誰も残ってない。あの場所だって、どうなってるか」
「そんなことわかってるよ!!」
悲痛に叫んで、そして、目の前で美桜が壊れてゆく。
「だって、私は見てきたもの。戦争が終わって、真っ先に行った。だけど、小屋も何もなくなってて、誰もいなくて、木の一本もないただの荒野になってた」
「誰もいない、誰も帰ってこないなんてわかってた。だけど、行かないではいられなかった。だって、あそこが! あの場所だけが私の居場所だったんだもの!」
美桜の記憶は俺と先生に拾われた所からしかない。川を流れてきた時のこいつはガリガリにやせ細っていて、そのくせ警戒心だけはやたら強くて、食い物を食わせることだけでもすごい苦労した。
「あそこがなくなったら、どこへいったらいいのかわからなかった。先生が居なくなったら、どこへいったらいいのかわからなかった。生きていていいのかさえも、わからなかった…っ」
貧しい村で食料に困り、殺されかけたのだろうと先生は言っていた。それほどに美桜の怯えようは尋常ではなかった。川に落とされたか、それとも自ら落ちたのかはわからない。だが、そのおかげで俺が見つけてやれた。そうでなければ、とっくに死んでいた。
あの頃よりは大きくなったが、未だに俺の腕にすっぽりと収まってしまう小さな肩を抱きしめる。
「あの場所で何日も何日もひとりで待ってた。誰も帰ってこないだろうってわかっていたのに、止められなくて」
「もう、いい」
「何日も何日も過ごして、それから…先生と近藤さんの言葉を思い出した」
急に壊れそうだった美桜の気配が変わった。体を離してみれば、泣き腫らした顔で、だけど幸せそうに笑って。
「逃げてもいいって、二人は言ってくれたの」
俺自身も二人を知っている。だけど、そんなことをいう人らじゃなかったはずだ。
「頑張って頑張って、それでもだめなら逃げても良いんだって。それで、もう一度立ち向かう力を溜めて戻ってきたら良いって。そう言ってくれたの」
船を降りた美桜が真っ先に自分達の元へ来なかったことが不思議だった。俺はともかく、ヅラや高杉に会いに行ったとしても不思議じゃない。だけど、こいつがまず向かったのは、真選組だった。
「私は弱いから、銀ちゃん達みたいにすぐに立ち直れないから。その言葉に救われた…」
「それから、後悔しないように生きなさいって。それが産まれてきた責任なんだって」
何事も、全力で。後で悔いることがないように生きなさい、と。
「後悔したくなかったから、死は選ばなかった。だけど、銀ちゃんが生きてるってわかってても会いに行く勇気はなかった。皆が一番大変なときに私はいつも逃げてて、嫌われるのが怖く…て…」
「余計な心配しやがって。誰がどうやっておまえを嫌えるってんだ」
こんなに弱くて小さくて愛しい想いを他のヤツに抱いたことはない。
「あんな薬なんか使ったって無駄なんだぜ。こいつを消す方法があるってんなら、俺が教えてほしいぜ。そんな方法使えないように木っ端微塵にしてやる」
「あ、ははっ。それじゃあ、教えちゃ駄目じゃない」
「駄目じゃねぇよ。そんな方法いらねぇっつってんだ。これは俺が勝手にお前を好きでいるだけなんだ。それを消したりなんざ、余計だってんだよ」
ほろほろと涙の止まらない美桜の目蓋に口づけ、頬に口づけ、唇に触れる。ただ触れるだけのそれに美桜は逃れようともがく。だが、離さない。
「銀ちゃん…」
この状況でその呼び方はないんじゃないの。がくっと肩を落とす俺を不思議そうに見るということは、わかってないってことだ。
「新八の姉貴はいつ帰ってくんだ?」
「今夜はお仕事って言ってた。だから、夜中じゃないかな」
「ほう」
にやりと笑い、美桜の膝裏に腕を差し込んで、抱え上げる。
「わっ」
「じゃあ、たっぷりと報酬をいただきましょうかね」
「は? え? 報酬???」
「今日のはデートじゃねぇ。パシリだろ」
腕の中で必死で考えている美桜の額に口付ける。
「ええと、美桜スペシャルパフェと生クリーム一杯のケーキ。それで手を打ちましょう?」
こーんなと両手を広げる美桜は焦っているのが見え見えだ。
「くくくっ、銀さんはそんなに信用ないんですかねぇ」
「へ!? い、いや、だって、銀ちゃんだってお年頃でしょ? ヤりたい盛りだって、坂本さんが言ってたよ」
「ばぁか。どうでもいい女ならともかく、おりゃ本命にほいほい手ェなんて出せねィの。銀さん、これでも純情なのよ」
「へー…昔とは大違いね」
いつまでほじくり返すつもりなのか。
「その割に簡単にキスしてくれるんじゃなーい? 乙女のキスは特別なのに」
「乙女って、歳考えて発言した方がいいぞー。美桜はそろそろいきおく」
ごすっと肋骨が折れるほどの衝撃を感じて、腕が緩む。美桜は落ちずに綺麗な着地を決めていた。彼女が地面に足をつくのに遅れて、ゆっくりとマントの裾が落ちる。
「女に歳のことは言わない!」
「…て、てめ…手加減を覚えろ…っ」
「やなこった」
こちらが体を折り曲げて苦悶の表情をみせているというのに、美桜は振り返らずに屋敷へ入ってしまった。さっぱりしてるというか、薄情というか。
「おぉい、マジで放置プレイですかー?」
「人聞きの悪いことをいうなぁ!」
屋内から飛んできた何かを避ける。正面で短銃を構えている美桜は凛々しくて、可愛らしいが、背後で壁が…崩れた。ひくりと、口元を引きつらせ、両手を挙げる。対し、美桜はにやりと笑って短銃を懐へ戻す。
「直ぐ帰る? お茶飲んでく?」
「ごちそうになります」
よし!とうなずき嬉しそうに奥へ走ってゆく美桜に続き、俺ものろのろと上がり込む。そして、テレビのある部屋で横になる。
「あーぁ、マジでなんであんな凶暴になっちまったんだろ…」
ぼやいても答える者はなく、はぁと息を吐いて、部屋にパタパタと近づいてくる足音と嬉しそうな気配にまあいいかと欠伸がひとつ零れでた。
近藤さんがどっかの近藤さんと混ざって微妙な感じ
上手く脳内変換できないなぁ
(2007/08/29)
ファイル統合
(2012/10/04)