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書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:山南敬助

話名:元治二年睦月 06章 - 06.2.2#必要です(追加)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.8.1 (2010.4.13)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:3992 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
60#必要です
山南イベント「閑職」(裏)

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p.1

 こんなはずじゃなかった、なんていうのは誤りで、状況が見えないほどの鈍感じゃない限り、新選組が今の状態になることを避けられないと気が付くはずだ。避けたかったけれど、私にはその術がわからなくて、今の私にもできることはないだろう。たかが平隊士の私が山南の仕事を肩代わりできるワケでもなく、出来ることがあるとすれば経験を生かして、塾の教材に使えそうなものを探してくるぐらいしかない。

 山南の部屋に曲がる角で壁に寄りかかったまま座り込み、私は外を見る。屋根と庭木に覆われて、私の位置から、空は少ししか見えない。

「私のように名ばかりの総長なら、いない方がましかもしれないな」
 聞こえてきたそんな呟きを耳にして、一歩も動けなくなった私はただ廊下の端で気配を絶って、身を潜める。山南は私の前で弱音を吐いてはくれることはなく、そばにいて欲しいと、それだけを願う。だけど、いるだけで私になにができるわけでもない。いるだけでいいのなら、いなくても同じじゃないのだろうかと、浅はかな私は考えてしまう。

「そ、そんなことありません! 山南さんは立派な人です」
「そう言ってくれるのは嬉しいが。個人の人格はこの場合関係がない。池田屋事件に参加できなかった私は、世間で侮られることも多いようだ」
 山南と鈴花の会話を聞きながら、私は腕の中の教材を強く抱きしめる。角が当たって痛いけど、私はそれ以上に心が痛い。

「そのような人間が総長などと、おこがましい限りじゃないか」
「でも、池田屋の時は山南さんの体調が悪くて」
「世間の人間には噂がすべてだ。斬り合いが怖くて私が逃げたと噂が流れれば、それが真実になる。実際、私はあれ以来、斬り合いには参加していないからね」
 山南が言うのは事実だけど、事実じゃない。山南のような人を私は見たことがあるからわかる。山南は斬り合いが怖いんじゃなくて、傷つけることを怖がっているのだ。本当は山南だって知っていたはずなのに、知識に邪魔されて、大切なことを見失っているだけで。

 私は山南に、剣を持って向かってくる以上すべては覚悟の上なのだと、ちゃんと言ってあげなきゃいけない。なのに、どうして、今言わなきゃいけないとわかっているのに私は言えないのだろう。

 私は他の者だったら、笑い飛ばして言ってしまえる。だけど、山南には、この人に渡す言葉が私には見つけられない。

「君たちには世話ばかりかけてすまないね。こんなことを愚痴るようでは、いよいよ私も」
「そんなことないですっ」
 山南が言の葉を向けた相手は一人じゃないと、すぐに私は気づいた。山南が私の気配に気が付かないわけはないとわかっていたのに、自分はどうして、ここに、こんなところで座り込んでしまっていたのだろう。

 立ち去ろうと踏み出した一歩が地に着く前に、私は肩を掴まれ、立ち止まる。

「葉桜さん、いてあげてください」
 ぐいぐいと強く私を山南の前に押し出して、鈴花の気配がさっさと遠ざかってしまう。当然山南の前に見えるように立たされてしまった私は、こちらを見る山南の視線を直視できないで、顔を背ける。山南は沈んだ顔を見せず、私の前ではただ嬉しそうに笑うから、だから私はつらい。

「…な、ことないです…」
 近づいてきた山南にかけた私の声はひどくかすれて、言葉にならない。

「ん? 何か言ったかい?」
 触れる距離にきた山南を私はまっすぐに見つめ、すぐに後悔した。いつから山南はこんな風に笑うように、諦めた笑顔をこぼすようになってしまったのだろう。ずっと一緒にいたのに、どうすることもできなかった自分が歯がゆくて、私は両腕に抱えた教材を強く抱いた。

「わ、私、まだまだ山南さんに教えてもらいたいこと、が、あ、あります」
「私に?」
 だけど、私が言わなきゃいけないと思うこととは別の言葉が飛び出してゆく。

「そ、そうです。だから山南さんが老け込むなんてまだまだ早いですよっ」
 私が山南に言いたいことは違うのに、そうじゃなくて、ちゃんと、ちゃんと言わなきゃいけないのに。焦れば焦るほど言葉の出てこない私の頭に山南の温かな手が乗る。山南の大きな手が、すっと私の後ろ髪を撫で下ろす。何度も、何度も、何度も繰り返される動作に、私の気持ちも段々と落ち着いてくる。

「ははは、葉桜君。きみの気持ち、嬉しいよ」
「山南さん」
 少しかがんだ山南の目線が、私を捕らえる。とても優しくて温かくて、安心できる山南の目が、私は好きだ。

「もう少し、そばにいてくれないか」
 今の私が山南に出来ることはそれだけだから、私は零れそうな涙を、閉じた目で堪えて、何度も強く頷いた。山南を生かすためならば私はなんだって出来るけど、その心を生かすのは山南自身にしかわからない。理屈は山南だってわかっているはずなのだから、心が納得できなければ、たとえ私が体を生かしたところで意味はないだろう。私が今山南に何を言ったって仕方がないとわかっているのに。

「私、は…」
 私は山南に死んで欲しくない。山南が世界からいなくなってしまうのは嫌だと、叫ぶよりも前に咳が出てきて、私は何も言えなかった。咳と一緒に私の目から零れる涙は、いつにも増して辛かった。



p.2

(山南視点)



 私がどうしてと考えるまでもない。葉桜君がここまで情緒不安定になっている原因は、間違いなく私だろうから。

 咳き込んでいる葉桜君の背中をさすりながら、私はそっと抱き寄せる。子供のように少し高めの葉桜君の体温は、私を安心させてくれるから。そして、冷たくなりつつある私の心を温めてくれたのは葉桜君だから、私は自分が目を背けてきたことに気が付いてしまった。

「私、は……っ」
「桜庭君がお茶を持ってきてくれたんだ。一緒にどうかな?」
 反応のない葉桜君の肩を強く抱いたまま、私は自分の部屋へと戻る。縁側からなかなか上がろうとしない葉桜君を抱き上げて部屋に入れ、私は葉桜君を彼女の定位置におろして襖を閉めた。

 膝が触れ合うくらい近い距離に座った私を見上げてくる葉桜君の目は何かを言いたげで、だけどそれはもう最初からずっと同じ言葉を秘めている気がする。

 葉桜君には人には言えない秘密が多すぎて。だが、その秘密を無理に言葉にさせようとしても、何かの制限があるとかで咳き込んだり、声が出なくて葉桜君は苦しそうだから、私は聞かないと決めている。

「才谷さんが本を持ってきてくれたんだ」
「っ……っ……」
「無理に話さなくていいから。ほら、お茶を飲んで、落ち着いて」
 机の上に置いておいた、覚めた湯のみを取ろうとした時、私は強く襟首に手をかけられ、葉桜君に引き寄せられた。吐息が触れあいそうなほど近くで、何かを言いたげな瞳を潤ませて、葉桜君は私がどう思うかわかっていないで、そういう行動をするから、困る。葉桜君が私に対して、その気がないということが一番困る。

「あなたが、必要、なんですっ」
 私は苦しげに喘ぐ葉桜君から目をそらさなければいけないのに、その直向きで強い視線から逃れられない。

「自分の中から目を反らさないで、自分自身から逃げないでください。私は、私の手は、きっと山南さんよりも汚れている。だけど、ね。後悔しないよ。斬ったことを後悔するぐらいなら、とっくにこの体に剣を突き立ててる!」
 葉桜君はとても強い女性だ。だが、その強さは鞘を無くした抜き身の剣で、触れれば斬り裂かれるのは目に見えている。

 しかし、問題はそういうことではなく、葉桜君の刃は常に己にも向いていて、誰よりも自分自身を傷つけているということだろう。

(ならば)
 私は葉桜君の頭を自分の胸に押しつけるように、柔らかく収める。

 葉桜君は望まないだろう。だが、ここでだけは葉桜君が己を傷つけることのないように、私がその鞘となりたいと願う。

「葉桜君はとても綺麗だよ」
 腕の中でふるふると頭が振る葉桜君の耳元で、私は口を寄せて囁く。

「私などより、よっぽど綺麗だ。君の剣を見ていると、心の中の澱んだものまで消えてゆく気がするんだ」
 葉桜君と剣を交えたことは少ないけれど、見ることは多かった。硬質で真っ直ぐながら、葉桜君の剣はしなやかで艶やかだ。それに、その気合いが一度放たれれば、辺りはさながら夏の早朝のように澄み渡る。葉桜君が剣を振るう先では、闇が祓われる気がする。

「なにをいっているんですかっ。私は山南さんほどの整った剣を見たことはありません。あの剣こそ、ここにはあるべきなんですっ」
 新選組を整える剣ならば、ここで土方君が揮っている。私がやることは、もうない。

「あります、あるんです! だから……っ」
 再び咳き込む葉桜君を抱いたまま、私は華奢な背中をさする。普段は大きく見える葉桜君の背中は、私の腕の中にある時だけはとても小さく、弱々しい。

「……諦めちゃ、嫌だ……っ」
 こんなにも慕ってくれているというのに、葉桜君は私を選ばないとわかっている。

「きみがずっとここにいてくれるなら、」
 震える葉桜君の背中を、髪を、私は何度も撫で続ける。

 ずっとこうして葉桜君に触れていたいという私の願いは、いつも彼女に届かない。それに、葉桜君が私のところに留まっていられる人ではないということだってわかっている。新選組にいるのも「約束」あってのことで、それが済んでしまえば、やはり葉桜君は去ってしまうのだろう。

「ひどい、人。わかっていて、それを言うの」
 どちらが、と私は口に出しかけて、やめた。今はただ、ここにいる葉桜君の温もりを感じていたい。言い合いをしたいんじゃないんだ。

 葉桜君は声を出さずに泣くから、顔を私の胸に押しつけてくる頭を撫でて、壊さないように抱きしめる。この私の腕の中にいる間だけでも、葉桜君が心安らかになれるようにというのは無理なのだろう。だけど、少しでも安心できるように。私は何度も、何度も葉桜君の髪を撫で続けた。



あとがき

なんというか、追加するのも躊躇われる章なんですがー追加します
巻き返しを図るのも憚れる
(2007/08/01)


改訂
(2010/04/13)