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書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:土方歳三

話名:慶応二年長月 09章 - 09.2.3#恋は落ちるもの(追加)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.8.22 (2012.10.22)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4791 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(59.5)
土方イベント「土方の悩み」(裏)
R15かもしれない?

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p.1

 宵の望月にかかる雲がゆっくりと晴れてくる瞬間はとても綺麗だ。そこに月へと連なる道があるのだという話も、素直に頷ける。

 私は杯に映る月を揺らし、そっと微笑み、こくりと飲み干す。こういう月見酒というのも趣があって、なかなかに味わい深い。

 正面から吹き付けてくる夜風の心地よさに、私は両目を閉じる。こんなに気持ちの良い酒は久しぶりだ。

「しれば迷いしなければ迷わぬ恋の道、ねぇ」
 昼に鈴花から聞いたばかりの句を舌に乗せ、私はそっと囁く。と、急に近くで動揺する気配が現れた。

「どーしましたか、土方さん?」
 足音が近づいてくるのを振り返らずに、ただクスクスと笑いながら、私は手酌で杯に注ぐ。

「……どこでそれを、聞いた」
「うふふ、どこでしょうねぇ」
 どうぞと私が差し出した杯を受け取り、隣に座った土方が一息に飲み干したのを見届けてから、私は袂からもう一つ杯を取り出した。こういう月夜は一人酒も良いが、誰かと飲むのもまた良い。

「私は恋をしたことがないのでわかりませんけど、恋というのはするものではないのだそうです」
「ほう?」
「恋はおちるもの、と」
 聞きかじっただけの知識で、私にはよくわからない。だが、しようと思ってできるものではないというのはなんとなくわかる。

「葉桜は恋をしたことがないのか?」
 土方から意外そうに問われて、私はどうかなと少し考えてみる。だが、今までの誰も恋という定義に当てはまらないように思う。

「愛はなんとなくわかるんですけど、恋というのはちょっとわかりませんねぇ」
 私にとっての父様は、愛とか恋とかそういう次元には当てはまらなくて、もっと深くて温かいものだ。

「芹沢さんは」
 私にとっての芹沢も、そういうのとは違うように思う。芹沢に対する想いは、どちらかというと憧れのようなものが強かった。だからこそ、その変貌に私は大きく落胆したのだ。

「あの人は、そういうのじゃないです」
 彼のことを思い出したら、私はなんだか急に腹が立ってきた。そういえば、あの人は約束の一つも守ってくれたことがない。

 遊んでくれるといってもいつも私をからかってばかりだったし、真面目に勝負もしてくれたことがない。いつか迎えに来るという約束も、結局は果たされることはなかった。

 それでも、再会するまで自分が父様のように無条件に彼を信じてしまっていた理由は、今でもどうしてなのかよくわからない。

「そうなのか」
「そうですっ」
 急に不機嫌になった私に、土方は探る視線を向けてくる。

「山南さんは、どうなんだ?」
「は?」
「……あれも、必死だっただろう」
 私が山南さんを生かすために彼と勝負をしてから、まだ一年も経っていない。彼の怪我は、表面上はもう痕を残すばかりだが、まだその腕は以前のように振るえないままで、私は見るたびに泣きたくなってしまう。これで山南が生きていられると喜ぶ反面、彼の剣の道を奪った自分に後悔してしまう。だからこそ、私は山南には時々逆らえなくなってしまうのだ。

「山南さんのは、たぶん、恋じゃないです。そうでなければ、離れたりなんてできないんじゃないですか?」
 恋に落ちたら、もう他のことは見えなくなって、離れることがひどく辛くなるらしいと聞く。私は自分がそうなってしまっては困るが、そんな風に冷静でいられる間は違うと誰かから聞いた覚えがある。

 屯所が移転し、山南と離れたことに、私は少しだけ安堵した。自分の罪を見続けることは、ひどく辛かったから。

「そうか? 俺はそういう形もあると思うがな。恋に形など無いだろう」
 土方の言うように、恋に定まる形など無いとも聞く。だからこそ、私にはよく理解できないのかもしれない。

「まあ、そうなんでしょうけど、よくわかりません」
 私は素直にわからないと認めて、降参した。

 どうして私はこういう恋話を土方とすることになったのか。山崎や鈴花のような女同士ならあるが、異性に対して自分の恋心の話をしたことはないし、まさか土方からこんなことを聞かれるとは思わなかった。

「土方さんはあるんですか?」
 これ以上自分のことをつっこまれても不利なので、私は酒を注ぎつつ土方に切り返した。土方が考えている間に私は自分の杯にも注ぎ、それを一息に飲み干してから、土方を見るとじっとこちらを見つめる真剣な目とかち合う。

 土方はこの間からずっと何かを言いたげだが、私に読心術の心得はない。

「なんですか?」
 私が首を傾げると、土方は軽くため息をついて酒を飲み干した。

「良い月だな」
 土方の言葉に釣られるように、私もまた月へと視線を戻し、片手で杯を傾けた。本当に、今夜は良い月だ。 



p.2

(土方視点)



 俺の隣に座る葉桜は普段と変わらず、ただ手酌で酒を飲んでいるだけだ。口では恋なんて知らないといってはいるが、自分で気が付いていないだけなのかと訝しむ。

 芹沢さんを斬ったときの自分の顔を、葉桜は自覚していないのだろうか。あの時の顔は誰がどう見ても恋をしていた。恋をして、愛を知っていたからこその激情だとしか思えなかった。

 俺はこれまで幾人もの女を見てきたが、ここまで自身の気持ちに無自覚という者も珍しい。

「あの人は、そういうのじゃない」
 今の月を見上げる自分の顔を鏡で見ても、葉桜は同じ言葉が出てくるのだろうか。そんな風な愛しさと切なさのこもる瞳で月に面影を見ているのは、芹沢さんではないのか。

「土方さんはどうなんです? 恋に落ちたことは」
 じっと楽しそうにこちらを見つめる葉桜の目に、月を見ていた時と同じ色は見えない。からかう瞳に一抹の淋しさを覚えるのは、俺が少しばかりこの女に傾倒しているせいだ。葉桜がこの屯所内で、芹沢さんを見るのと同じような目で見つめる男はいない。京の町中でもそういう話は聞かないらしい。

「落としたことは多いが、な」
 これまで何人もの女を落としてきた俺が、何故こんな女っ気のない葉桜に惹かれるのかという理由は、自分でもわからない。俺の中に葉桜を女として想う心が宿っているのも確かだ。同時に、並の男の隊士以上に、葉桜を頼りにしてしまってもいるのも間違いない。女とか男とか、そういう並の括りに入れられないぐらい、俺は近藤さんとは別な意味で葉桜に惚れ込んでいるらしい。

「おぉすごい自信。近藤さんみたい」
 ケラケラと笑う葉桜を前に、俺はつい口元が緩んでいた。仲間の誰と飲むのとも違う心地良い酒に、俺も少し酔いが回っていたのかもしれん。

「俺を落とした女は、一人ぐらいだ」
「ほぅ。して、その女性というのは?」
「男勝りで、俺たちと同等の剣の腕をもってやがる」
 俺の言葉に興味深げに瞳の色を変える葉桜は、そんな人がいるのかぁと、嬉しそうに呟く。

「普段は良く笑って、新八たちとも馬鹿話ができるクセに、山南さんとも真面目な話をできやがんだ」
 葉桜が、庭で平隊士の男たちに混じって、下ネタ話で盛り上がっているのを見かけることもある。その反面で、山南さんや伊東さんと混じって政治的な話をしているのを、俺は聞いたこともある。彼女自身が文武両道を掲げている道場で道場主をしていたとは聞いているが、それにしてもその腕前も知識も教養も、並の男も女も敵わないのは事実だ。

「お人好しで、情に厚く、流されやすそうに見えて、己の信念だけは真っ直ぐに貫く強さを持ってやがる」
 葉桜は俺の話を、ただ楽しそうに聞いている。

「そんなひとがいるんですねぇ」
 他人事のように言った辺り、自分のことだとは露程も気が付かないらしい。これがただの気づかぬフリなのか、本気なのか。本心を決して表にしない葉桜を見定めるのは、長く付き合っていても難しい。

「おまえは、どう思う」
「うーん、恋愛関係は門外漢なんですがねぇ……。土方さんはどうしたいんですか?」
 葉桜に問われて、俺はふと気が付いた。普通の女なら、逢引をしたいだとか接吻したいとか抱きたいだとか思いつきそうなもんだが、葉桜にはそういう感情が不思議なほどに湧かない。今の俺が葉桜に対して願うのは、ただひとつだけだ。

「こんな風に、一緒に月を見て、酒を飲んでいられりゃあいいな」
 何をしなくても心地よく、共にいられる最高の贅沢を味わいたい。

 考えてみれば、葉桜が一人でいるなんて珍しいことはそうはないのだ。こいつの周りにはいつだって誰かがいやがるから。

「熟年夫婦みたいな夢ですね」
 葉桜自身が恋愛に疎いと認めている以上、その言葉に他意はないのだろう。だが、こいつとこんな風にいられるのなら。

「それも悪くねぇな」
 俺が葉桜の肩を抱き寄せると、先日とは違う淡く甘い緑の香りがした。春の終わりの新芽の生える頃の桜の香りとよく似ているそれは、とても彼女に馴染んでいる。

「代理ですか」
 動揺一つ見せない葉桜に、俺はわかっていても、少しだけ落胆していた。

「…まあな」
「おひとついかがですか、歳三さん」
 慣れたように葉桜が呼ぶ俺の名前に、初心でもないのに、俺は柄にもなく動揺した。

「あ、ああ、頼む」
 葉桜は俺の手元で体を揺らして俺の杯に注ぎ、それから自分の杯に注いで、小さく打ち合わせる。時々不思議な事をする女だが、これはなんの(まじな)いだろうか。

「梅さんから借りた書物にね、こういうのがあったんです。お酒を注いだ杯をこうして打ち合わせて、乾杯ってやるんですって」
「ほぅ」
「そういうわけで、乾杯っ」
 再び杯を打ち合わせ、こくりと葉桜が飲み干す。俺はその喉が啼き、通り抜けるのをじっと見つめていた。女らしくないと思っていたが、こうして腕に囲ってみると、葉桜はやはり女なのだと思う。普通の女よりも日焼けているが、触れてみれば吸い付きたくなるような滑らかな肌だ。衿内から垣間見える肌にも普通の女にはない無数の斬り傷があるが、葉桜であるというだけで、何故かそれさえも愛おしくと思える。

「もーらいっ」
 俺の杯を持つ手を直接掴み、葉桜は自分の口元へ寄せて、くいと煽る。その喉が再び、こくり、と鳴る。

「おい、それは人の酒も飲むようなものなのか?」
「違いますけど、いつまでも飲まないなんてお酒が可哀相ですよー」
 それはなんてことない誘惑に思えて。抗えなかった俺も、やはり酔っていたのだろう。

「返せ」
「無理…っ?」
 酒に濡れた葉桜の口に、俺は口を重ね合わせる。容易に俺の舌の侵入を許した葉桜が暴れようとするのを、その体を掻き抱いて押し留める。そして、今まで交わしたどんな口づけよりも甘い葉桜の口内をかき回して、俺は残る酒を味わった。

「っぁ……っ」
 苦しげな葉桜から口を離したとたん、潤んだ瞳で腕の中から睨みつけられた。その姿は普段以上に女らしく扇情的だったが、何故か葉桜の目に拒絶の色はなく。

「ちょっと、土方さん、酔ってるんですか?」
「かもな」
 俺が答えると、葉桜はくすりと笑って、俺の腕を抜け出した。幽鬼のように重さのない軽やかな足取りで庭へ出て、葉桜はくるりと廻る。

「まあ、こんなに良い月夜ですからね」
 それとも拒絶しなかったのは、葉桜も酔っていたからなのか。わずかに頬を染めている葉桜の姿は、今の俺には女以外の何者でもなかった。

ーー恋は、おちるもの。

 それも頷けるなと楽しそうに月の下で踊るように歩く葉桜の姿を肴に、俺は手酌で注いだ酒を飲み干した。

 ただし、翌日の葉桜に、俺が慰謝料として酒を強請られたのは言うまでもない。酒一つで葉桜を独り占めできるのなら、これ以上ない贅沢だが。

「あ、鈴花ちゃんと烝ちゃんに着物も買ってあげてくださいね?」
 付け足された要求に、俺はやはり軽々しく葉桜に手を出すべきじゃないと後悔したのだった。桜庭はともかく、何故俺が山崎の着物なんぞ見立てなければならないのか。

 文句を言う俺に、葉桜は慰謝料ですからと軽く笑って返してきた。そこに、あの夜の女の顔は欠片も残っていなかった。



あとがき

俳句ネタはやったんで(ネタ言うな)、強制的に裏イベント。
つか、なにこれ。久々におかしな方向へ向かった気がします。
とりあえず。土方さんは手が早いっていう話(ォイ
(2007/08/22)


改訂。
最後のR15的な部分を詳しくした上で、オチをつけました。
そういえば、前に永倉が慰謝料請求されてたのを思い出して。
永倉に払わせて、土方が無罪放免とはどういうことかと(笑
(2012/10/22)