GS>> 姫条まどか>> Key-R1

書名:GS
章名:姫条まどか

話名:Key-R1


作:ひまうさ
公開日(更新日):2002.8.4
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4039 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:東雲/春霞/ハルカ
1)

p.1 へ p.2 へ あとがきへ 次話「本日快晴!」へ

<< GS<< 姫条まどか<< Key-R1

p.1

 夕闇に反応して、公園のライトが淡い光を放った。ベンチに座るのは、制服姿の一組の男女。

「…ホンマ、夢見たいや」
 しみじみと男の方が呟いて、闇のカーテンが降りはじめた空を見上げる。

「ゆうてみるもんやな~」
 二人はたっぷり遊んだ後で、この公園に寄り道していた。子供たちが帰った後の公園はなんとなく淋しげで。そのブランコに二人は並んで座っていた。

「夢じゃないよ、ニィやん」
 呼ばれなれた呼び名に、姫条はまいったなぁと頭を抱えた。浮かんでくるのはにやついた笑いだけだというのに。

「あー…なぁ、それ、やめへんか。自分」
「それって?」
「それは、その、なぁ、あんたは…」
 言いかけたまま、止まってしまった言葉を、春霞はじっと待っている。大きな瞳が自分を、自分だけを見つめているのがなんだか気恥ずかしくて、姫条は顔を上げることもできない。

「ニィやんってば、何?」
 軽い暖かな笑いを含んだ声。とても敵いそうにない。

「…さ」
「さ?」
「…3度目は堪忍や…」
 顔を上げなくてもわかる。春霞は絶対に気がついていない。1度目はすでに学園演劇で。押さえきれずにマジでやってしまった。2度目は今日の卒業式の後、教会で。勇気の甲斐あって、春霞を手に入れた。

「こうゆーんは苦手やゆーたやろ…」
「こーゆー…?」
 ものすごく鈍い春霞は気がついていない。姫条が今までどれだけ焦っていたかも。この橙色の闇に紛れて、どれだけ姫条が照れているのかも。

 言わなければ伝わらないことが多すぎて、もどかしくなることも多い。でも、それでも春霞は姫条に必要だった。遠回りしてやっと話せるようになった父親、与えられる愛情の深さに気づけなかった自分。独りでいることの淋しさも、守りたいという心もすべて春霞に教えられた。

 コドモだった自分を成長させてくれたのは春霞だけだった。

「…ニィやん?」
「つまりな、あんたに俺…」
 決心して伝えようとしたところで、別の声が遮った。

「ねぇちゃん!?」
 公園の入口から駆けてくる小学生に、姫条は見覚えがある。はばたき市のあちこちでよく見かける小学生だ。

「尽、あんた、こんな時間まで何してるの?」
「やだなー、カノジョを送ってきただけだよ。基本だろー。そーゆーねぇちゃんこそ姫条とこんなとこで何してんの?」
 にやついた笑いの問いに、二人は顔を見合わせた。

「こ、これは、あのね…」
「まぁ、ねぇちゃんが男に送ってもらうのなんて今更だしね~」
「尽!」
「先帰ってるから、ねぇちゃんはゆっくりしてきな~♪」
 完全に姿が見えなくなるまで、春霞はコブシを握り締めて仁王立ちをしていた。その後姿が笑いを誘う。

「…ごめんね、変な弟で」
「かまへんよ。コドモはキライやないしな」
 さっき、帰るときの目は姫条に対する宣戦布告だった。いー根性の子供(ガキ)や。

「…あの、さっき何て…?」
「もうえーわ。遅うなるし、送ったる」
 公園を出るその後姿が、名残惜しく思えて。春霞は姫条の制服の袖を引いた。

「…… きだよ…まどか…」
「なんや?」
「なんでもない♪」
 滑り込ませた手に、ささやかな告白はかき消えた。



p.2

「なんや、名残おし~な」
 家の門の前で、姫条が本当に淋しそうに言うのを春霞は笑って返した。

「明日も明後日も逢えるじゃない」
「そうやなくてな…」
 独りの部屋に帰るのが、今日はいつも以上に寂しくなりそうだ。

「…ニィやん、髪に葉っぱついてるよ」
「あーさっきの公園か」
「取るから、かがんで」
 葉っぱが本当についているかなんて春霞の身長ではわかるわけもないのだが、姫条はまったく不信に思わないようだ。春霞は姫条の髪を少し避け、その額にすばやく口唇を寄せた。

「おやすみ、まどか!」
 春霞は逃げるように玄関に姿を消してしまう。そして、残されたのは呆然と佇む姫条ひとり。

「…ひきょーやで、春霞…」
 よりによって、嬉しいことを言い逃げおって。

「…どーせなら、口にせーよ…」
 春霞の触れた部分がほんのりと熱を帯びる。自分が言い出せなかったメッセージは確かに届き、声は頭の中で何度もこだました。

――オヤスミ まどか  オヤスミ まどか  … まどか

 たったひとりに許す呼び名を、春霞の声を幾度も反芻してかみしめる。今日は俺の完敗や。

「オヤスミ、春霞。…明日から、みとれよ」
 家を見上げ、不敵に笑みして、軽い足取りで姫条はその場を後にした。今日はよく眠れそうな気がした。



*



 玄関のドアの前で寄りかかったまま、春霞は座り込んでいる。スプーンを右手に、プリンを左手に持ったまま、尽が出迎えに来た。

「おかえり、ねぇちゃん…て、なにしてんだよ?」
 自分のしでかしたことと、さっき聞こえた姫条の言葉に腰を抜かしてしまっていたのだ。

「…あ…は…はは…」
「顔赤いぞ。…姫条に何かされたか?」
 尽に助けおこされながら、呟いていた。

「――明日からどーしよ…」
 とりあえず、彼の名前から呼びなれてみよう。やっと両思いになれたんだし。

あとがき

R1はアレです。下校時に変更できるヤツ。
卒業式まで呼び名が変わってなかったら、て考えて。
名前と呼び名って、やっぱ別物な感じがするんです。
誰だって、大好きな人には名前で呼んでほしいと思うし。
でも、大変です。シアワセなコイビトたちを書くのは。
私にはまだ、これが限界かな(苦笑)
もうちょっと続けたい気もする…。
(2002/08/04)