01)ご神木
はらりと枝は落ちる。
表現的に可笑しい気はしているけど、本当にそんな感じだった。
辺りは闇に染まり、なんもかんもが闇の中だったのに、その木の周りだけうっすらと光を放っていた。その木はとても大きくて、私の目線の辺りに丁度しめ縄が飾ってある。みんながご神木と呼んでいた。
いつでもその周りはとても安心できて、とても心地好くて。毎日私は挨拶にきた。
ーーこんにちは。
幹に手をついて心の中で呼びかけると、葉がさわさわと返事をしてくれる。それが気のせいでもなんでもよかった。
別に霊感があるとかそんなんじゃない。たしかにうちの家系は滅法それが強いときてるけど、私はとんとそんな気配もない。どうも姉が全部持っていってくれたんじゃないかってくらい、なんにもみない。平和で普通でいいとはいうけど、どうもまわりにそーゆうのが強い人ばかりいると、私の方が異端なんじゃないかと思えて不安になる。
ーー元気?
幹に抱きついて木の音を聞きながら眠ると、きまって不思議なことは起きる。でも、せいぜい僅かな未来を見るくらいだ。大したこともない。しかも、それは人に話すととたんに起きなくなる。だから、このことは家族しか知らない。ーー信じていないだろうけど。
今日の夢はまた確実に可笑しかった。
夢の中に絵本の魔法使いな三角帽子を被った長くて白いヒゲの老人が出てきて。
ご神木には季節外れの桜が満開で、彼は不思議そうにそれを見ていた。
「見たことないの、サクラ?」
「ほぅこれはサクラというんかの?」
どこかとぼけた感じの老人は「ほっほっほっ」と綿雲みたいな笑い声をたてる。不思議の一言で説明のつく人間じゃない。私のまわりには非凡が集まっている。だから、この老人が普通でないとは言い切れない。世界にはきっとそういう人もいるんだと、無理やり自分を納得させた。
二人で見上げた満開の桜は、柔らかい光を放っていた。
「良い木じゃな」
「そりゃあね。ご神木だもの」
こっそり、友達だものと付け足す。心の中で。
「ミオさんのご友人、一振りの枝をくれんか?」
木がさざめいて、枝葉を揺らす。返事がされていない。怒ってるのか、困っているのか。
そして、はらりとふわりと舞散る桜の花弁に紛れて一振りの枝は老人の手に落ちてきた。
「ありがとう」
桜のご神木に礼を言ってから、彼は私に向き直った。
「それ、どうするの?」
何気なく聞いた言葉には、何気ない返事が待っている。
「杖にするんじゃよ」
風が花弁を掬い上げて、私と老人の間に壁を作る。遮る力に抗う私は二つの声を聞いた。
「ホグワーツへ来なさい。ミオ・カミキ。そこで君はまことの友を得るだろう」
ひとつは老人の確信に満ちた優しい声。
もうひとつは消え入りそうに囁く声。
「……気をつけて……」
聞いたことはないけど、ずっと昔から知っているような深い声だった。
誰にも話さない夢は現実となる。バカバカしい夢は誰にも話さないことにしている。自分で忘れようと努める。
だって、第一あの夢は意味がわからない。ホグワーツってなに?どこよそれ。
何度か下からご神木を見上げたけど、手に取れそうだった細い一枝がなくなっていた。全部、夢だったんじゃないの?
でもなにも起きなかった。何もおきなすぎて、少々退屈。
夢を忘れかけた頃、その手紙は舞いこんできた。
うちの郵便はいつも午後に届く。でも、その日の朝は境内の掃除をしている姉がそれを拾っていた。
ホグワーツ魔法学校の入学許可証は、その日から私の大切な物になった。
母は反対したけど、姉が手伝って説得してくれた。たった二人の姉妹だけど、気持ちは通じているみたい。私がなんの力もないことに負い目を感じていたことも。
準備は姉の知人という人がほとんど揃えてくれて。飛行機の手配もしてくれて。空港まで二人で見送りにきてくれた。
「あんたが自分で決めたんだからね、逃げかえってきたら、承知しないよ!!」
泣きながら、それでも送りだしてくれた。
*
: 親愛なるミオ・カミキ殿
:
: このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく
:入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上
:げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封
:いたします。
: 新学期は九月一日に始まります。七月三十一日
:必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしており
:ます。
:
: 敬具
02)ホグワーツ入学
杖は、日本を離れる前日に枕元に届いていた。サンタじゃあるまいし。時期も違うし。
細長い木の棒は手によく馴染んで、握っているととても安心した。
汽笛の音で目を覚ます。もう着いたらしい。
ホグワーツ特急に乗るのにかなりまごついたけど、綺麗な赤毛の女の子に助けてもらった。
「あの壁にまっすぐ。迷ったり怖がったりしちゃダメよ」
ポンと押された背中が優しい勇気をくれた。
寝ぼけながらローブを羽織って降りると、大男が「イッチ年生はこっち!!」と叫んでいる。
ーーあれ?どうして、言葉がわかるんだろう???
少し不思議に思ったけど、気にしないで置くことにした。ここまで来て、今更だ。
整備されていない小道を歩いていくと、しばらくして急に視界が開ける。思わず、立ち止まって情景を仰いだ。
新月の闇より深い色の湖、その向こうに高い山が聳えーーお城があった。昔なにかの絵本で見た景色そのままで、怖くもあるけれど、同時に高揚感が心中を満たしていく。不安よりも期待が大きいのは誰よりも私がわかっている。
勇者が魔女を退治しに行く時って、こんな気分かな。とあて外れなことを考えて笑う私を、隣にいた子が怪訝そうに振り返った。
案内されるままに私は進んで行く。案内する人はいつのまにか細長い三角帽を被った黒ずくめの女性に変わっていた。小さな部屋にぎゅうぎゅうに押し込まれ、扉の向こうのざわめきにもっとどきどきしてくる。
だって、今見えてるこの扉を私は知っている。扉の向こうにはあの老人がいるんだ。私を導いたあのへんてこりんな老人が。
最初になんて云おう?ありがとうございます?あ、この杖のお礼もいわなきゃ。それから、姉の伝言を伝えなきゃ。
「ふぁ~っ!!」
いろいろ考えていたことが全部吹き飛んでしまった。先が見えないくらい大きな部屋がそこにあったから。屋根が見えないけど、蝋燭があるってことは壁があるんだろうか。それにしても不思議だ。昼と夜が逆になるくらい不思議だ。まっすぐに伸びる両側のテーブルの真ん中を通って行くと、いっぱいの目が覗いていた。上級生、だろうな。優しそうな目も睨みつけるような目もあったけど、逆にそれが落ちつかせてくれる。
でも、その正面に立つのは別。目を意識しないように目の前に置かれた襤褸のスツールに目を向けた。なにをするんだろうか。思いも寄らないことばかりで、楽しくなってくる。
火照っているであろう顔を気にしながら、全体を見廻して行くと見たことのある顔を見つけた。
あ。左端のテーブルに駅のホームで教えてくれた女の子がにっこりと微笑んでくれた。その隣にいる男性になにか囁いている。綺麗に笑う人だ。姉とは違うけど、少し安心した。
歌い出す帽子に驚いたけど、面白い。帽子が組分けをするなんて、魔法使いみたいだ。ーーあ、魔法学校だっけ。
グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。どこに行っても面白そうだ。
先に呼ばれた人がどんどん振り分けられていく。そして、私の番が来る。
「カミキ、ミオ」
帽子を被ると、こんにちは、と話しかけられて驚いた。
*
よくきたね。お姉さんは来なかったから、君も来ないのかと思っていたよ。
(姉さんを知ってるの?)
ここ最近じゃ珍しい入学辞退者だったよ。
(そっか、姉さんも…)
お姉さんは別の種類の魔法を使うのか。立派にやっておるようだな。
(なんでわかるの?)
さて、そろそろ君の寮を決めねばいかん。どこがいい?
(なんで聞くの? 私、ここのこと何も知らないのに)
試しに聞いてみただけだ。君のいく寮は最初から決まっている。
「グリフィンドール!!」
それっきり組分け帽子との話は終ってしまった。聞きたいことが山ほどあったのに。
帽子を置いて、左端のテーブルを見ると、あの女の子が手招きしている。他に知り合いもいないので、まっすぐに向かった。まだ、お礼も言っていなかったし。
「あの…」
「ここ! ここに座って!!」
満面の笑顔で隣に座らされて、ちょっと困惑する。どうしよう。もしかして、注目されてる?
「あの、駅ではありがとうございました。助かりました」
「固くならなくていいの。同じ寮でこれから一緒に過ごすんだから!」
えっ、とまわりが驚く。
「わからないことがあったら聞いてね。貴方のお姉さんからいろいろ言付かっているから」
「姉さんの、友達…?」
不思議そうに聞き返すと、彼女は綺麗な顔で微笑んだ。
「ええ。私はリリー・エヴァンス。聞いてない?」
期待に満ちたグリーンの瞳にしりごみして、俯いた。
「……聞いてません」
姉さんは何も言ってくれなかった。知っているのに知らないフリをしていたのかな。そうだったら、それはどうしてーー。
目の前のテーブルに急に現われたご馳走で思考が中断される。何が起こったのかわからないけれど、魔法で現われた?ということは、食べたらなくなる?のだろうか。
「なくならないよ」
目の前で優しい声がした。落ちついていて、夜の静けさよりも安心する、月の光に似た声だった。鳶色の髪のどこかのんびりした少年は、大人びた瞳をしている。
「どうして、考えてることがわかったの?」
彼は困ったように微笑んでいる。それじゃわからないって。
ここに来るまで、誰も彼もが私が何を考えているのかわからないって言っていたのに。
「リーマスは、そーゆーのが得意なだけだ。あんま気にすんな」
隣にいた黒く真っ直ぐで細い髪の少年が、そう言ってニカッと笑った。黒目が鋭くて一見怖そうだけど、笑うと優しそうな人だ。
「リリー。僕らもその子、紹介してくれないかい?」
その少年の上から片腕で体重を掛けて、私たち二人に微笑む眼鏡を掛けた少年の優しそう笑顔で、リリーの頬がわずかに緩む。
「どうする?」
聞かれても、どうしよう。
「えと…」
そのとき、ポンと肩に手が置かれた。フッと熱が引いていく感覚がして振返ると、ひだ襟服の身体の透けた人が立っていた。
「ご挨拶に参りました。私…」
「やあ。彼は『ほとんど首無しニック』。グリフィンドール搭に住んでるゴーストだよ」
「ジェームズ・ポッター、私の自己紹介を邪魔するのかね? 彼女の前で」
頬を染めたリリーをに向かって、ゴーストは違うと言い、私を指した。
私は初めてみたゴーストに興味津々で、言葉の半分も聞いていなかったのだけど、周囲のざわめきにハッと我に返る。
「ミオ・カミキ嬢がどうかしたのかい?」
ゴーストがとたんに口篭もる。もごもごと言った後、恭しく私に礼をして挨拶した。
「ニコラス・ド・ミムジー=ポーピントン卿と申します。お見知りおきを」
「え、あ、はい。宜しくお願いします?」
慌てて私も頭を下げる。どうしてゴーストに丁寧に挨拶されるんだろう。
「堅苦しいのは止めておこう、ニコラス卿。今年も寮対抗優勝カップは僕らのモノだ! そうだろう!?」
ジェームズの掛け声とともにテーブルのあちこちで歓声が上がる中、一番向こうのテーブル(たしか、スリザリン)のゴーストが私を睨んでいた。銀色の液体で不気味に汚れている男は、黙って私に軽く頭を下げる。にらまれていたワケじゃなかったんだ、と私も目をそらせないまま頭を下げる。
ゴーストに挨拶されるってのは、どうしてだ?やっぱり姉さんが何かしたのだろうか。
テーブルの上のモノがデザートに変わると、明らかにリーマスの人が変わった。見るからに嬉しそうに食べ始める。その隣の黒髪の少年が反対にぐったりとした顔になる。
「シリウス、これ美味しいよ」
「いい。お前のは全部激甘だろ…」
近くにあったコーヒーに砂糖も入れずに一気に飲み干す。顔色があからさまに悪い。
「シリウスの唯一の弱点なんだよ。甘いの全然ダメなんだって」
リーマスの反対の隣にいる少し小柄な少年が、クスクス笑いながら教えてくれた。
「ピーター…余計なことをいうなよ?」
シリウスが弱々しい声ながら、眼光だけ鋭く睨みつけると彼は小さく縮こまって、リーマスの影に隠れた。
「いーや。こういうときこそ言ってやらないとね。好き嫌いはいけないよ、シリウス」
庇うようにニッコリと生クリームたっぷりのケーキを片手に、リーマスが一切れを差し出す。
「そうだよ、シリウス! 好き嫌いしてると大きくなれないぞ~」
ガシッとジェームズが後ろから抑えつける。
「なれんでもいい! つか、ケーキ食えないくらいでそんなことあるわけないだろ!?」
「えーわかんないでしょ。そんなこと」
「そうそう」
「やめろー!!!」
その漫才のような光景が面白くて、小さく笑った。隣でリリーも笑っている。
「エヴァンスさん」
「リリーでいいわよ。こいつらもジェームズ、シリウス、リーマス、ピーターって、呼びつけてやってね」
本人たちが何も言ってないのに、いいんだろうか。
「いいのいいの。で、どうしたの? 桃のコンポートも食べるかしら?」
「あ、はい」
取り分けてもらって、自分でたっぷりの生クリームをかける。一口を運ぶとなんともいえない幸せな気分に包まれる。
「おいしい~」
「あの、もしかしなくても甘い物好き?」
「大好きっっっ」
ふと目の前の四人がさっきの態勢のまま、私を見ていた。シリウスの顔に生クリームがこびりついている。
「ごーかいに生クリーム乗せたね」
「そうだよね。それぐらいは普通だよね」
「リーマスの基準も違うと思う…」
ジェームズは笑顔を引き攣らせ、リーマスの目は輝き、ピーターは怖々とそれを見ている。シリウスはもう言葉も出ないらしい。
「激甘同盟! 組まない!?」
リーマスが言った瞬間に、ガッとこぎみよい音が響いた。犯人は、美しい微笑みを湛えている。
「ミオを貴方たちにまきこまないでちょうだい」
この人には逆らわないのが得策。そう、私は瞬時に判断した。
この騒々しい組分け儀式と夕食の後で寮へを向かう道すがらも、いくつかのゴーストは礼をし、いくつかは消えてしまった。
「めずらしいな、ビーブスがからかいに来ない」
監督生が小さく呟いているのが聞こえた。
03)初めての一人夜
ホグワーツに来て、最初の夜はよく眠れなかった。
私はこれまで自宅以外じゃ泊まったことがなかったから。存外図太い性格だと思っていたのに、闇が怖くて眠れない。寒くて、眠れない。
同室の子を起こさないように部屋を抜けて、談話室へ入った。薄い月の光と弱い星の光が冷たく差し込んでいるから、少し明るい。ここにも誰もいない。眠れないなら、寝ないで月を見ているのもいいだろうと、ソファーに身を沈めた。
「寒い…かも」
毛布一枚くらい持ってくればよかったかな。自分の両肩を抱いて、暖めようとしたけど、上手くいかない。こういうときはどうしていたのか、思い出せない。
目を閉じて、深く息を吸う。ーー思い出せ。どうやって、眠っていた?
視覚がなくなると、本当の闇に抱かれる。夜を生きる者の音だけが、静かに羽を広げている。浴衣に焚き染めた家の香りが、意識を遠く運ぶ。
ここは我が家。近くにはご神木の桜があって、私を守ってくれる。
だから、何も心配しなくていい。ゆっくり、おやすみーー。
「誰かいるのかい?」
背にしている談話室の男子寮側の入口が開く。小さく身を震わせて、縮こまる。きつく両目を閉じたままで。
誰も来ないで。誰か来て。
一人にして。一緒にいて。
私を見つけないで。私を見つけて。
「一年生?」
『返事をしたら、連れていかれてしまうよ』
ずっと前の姉の言葉が脳裏を過り、息を止めて、気配を殺す。
何も起こらない。ただ時計の音だけが静かに響く。
それが長くて短い時間続いた気がする。何もないと思って、小さな息を漏らした。
「眠れないのかい、ミオ?」
月の弱い光が遮られて目を開けると、リーマスがのぞき込んでいた。優しい笑顔が姉に重なる。彼はゆるく微笑んで、隣に座ってくれる。近すぎず、遠すぎず、距離を保って。
「偶然だね。僕も眠れないんだ」
そう言って微笑む姿は儚く消えてしまいそうだったのに、私は何もいえない。リーマスと私とどちらが消えるのが早いだろうとぼんやり考えた。
彼が手に持った杖を軽く振る。暖かな光の軌跡が空を描き、部屋がかすかな熱を帯びる。
「でも、こんな寒い部屋に一人でいたら、風邪を引いてしまうよ?」
最もだけど、私はまだ魔法なんて使えない。火のおこし方は知っているけど、暖炉に火をつけたことはないからわからない。
「星が綺麗だね」
「…月も、綺麗だよ」
かすかに彼の笑顔が曇るのがわかった。理由はわからないけど、少しかぐや姫の話を思い出した。月を見て憂いる、美しい月の住人。
じっと見つめている私に気がついて、また元の笑顔で微笑んでくれる。
「そう、だね」
消えてしまいそうだけど、暖かな眼差しで私を抱きしめる。
大広間の時とは別人みたいに静かな音楽が彼を満たしているような気がしている。きっと、一人できいていてはいけない音を聞いているのだと、思った。それが人間であってもなくても、一人で寂しい顔をさせてはいけない。
でも、私にできることはなにもない。私が何も持っていないから。
「ミオ?」
ご神木と同じように抱きついて、肩に顔を埋める。一瞬引き剥されかけたけど、もっと強く抱きついた。はっきりと聞こえてくる鼓動に息を止めて、聞き入る。生きている者の証しだ。
「寒いの?」
また小さく頷いた。ふわりと温かさが肩にかかる。彼は抱きしめることなく、どこからか出した毛布を私の上にかけた。
「こうすれば、少しは温かいよね」
リーマスの声は、綺麗で寂しい声だと思った。
(リーマス視点)
人の体温は、人を安心させる。
そんな格言が思い浮かんで、僕は自重気味の笑いを浮かべる。人間?ーー誰が。
いつものように眠れなくて降りていった談話室には小さな先客がいた。消えそうな息遣いを頼りにソファーへ向かうと、少し前の歓迎会で初めて会った小さな後輩が目を閉じて息を殺している。弱い月光が彼女の髪を艶やかに染め上げて、夜より深い色へと変えている。月から降りてきた女神かなんかじゃないだろうかと、少し疑った。僕の前でそんなことがあるわけないのに。
話しかけても応答の声はほとんどなかった。怯えているようにもみえるし、そうでないようにも見える。来てすぐに僕の正体を見破られたとしたら、もう、近寄って来ないだろうなと思って、また自虐的な笑いを零しそうになる。
星が綺麗だと思ったのは嘘ではないけど、姿を現わし始める月が憎かった。でも、彼女はその月が綺麗だという。そう言われると、僕も嫌いになれなくなってくる。僕を苦しめる時間を示す残酷な時計を、このときは不思議と憎くならなかった。
月は嫌いだけれど、月に毎月意識を消される僕がもっと嫌いだ。月がなくなってしまえばいいのにと、何度も願ったけど叶うハズもない。だって、この子やいろんな人が月を愛しているのに、僕一人のためになくなるわけがないだろう。
この呪われた自分が誰よりも嫌いだ。
軽い衝撃と共に、ほのかな温もりが擦り寄ってくる。それをどうしてだろうと冷静に考える僕と、どうして僕なんかにと嘲う僕がいる。
寒さで震える肩に毛布を呼び寄せて、かけてやる。抱きしめることは出来ない。ミオは壊れてしまいそうに小さく、弱く、震えている。
触れるだけで汚してしまいそうで、抱きしめることが出来ないまま、時間が過ぎた。
そして、何時のまにやら腕の中で聞こえた寝息に、軽い息を吐いたのだった。
目を合わせた時に感じたのは同類の匂いだった。でも、ミオにそれは失礼だと思い直す。人狼の僕と同じなハズはない。僕みたいな人間は二人もいらない。
友達に、なりたいと思っているよ。恋人なんて関係なんかいらない。ただずっとそばにいてくれれば、それだけで救われる気がするんだ。
「ミオの、良い友人になりたいと思ってるんだ」
独白のように呟いて、ミオを引き剥がし、ソファーに横たえる。滑り落ちる黒髪が胸に落ちて、着物の間から入り込んだのがくすぐったいのか、ミオが身を捩る。重ね合わせるだけの見たことのない着物からは、嗅いだことのない落ちつく優しい香りが零れていた。
「そんなの、俺ら全員だ。馬鹿」
不意に聞こえた声に顔を上げると、シリウスが怒ったように睨みつけてきていた。
「また眠れなくて一人で起きてるつもりだったのかな、リーマス君は」
その後ろのジェームズも眼鏡を光らせて、口元だけ微笑む。
「…少しくらい付き合うって。眠いけど…」
まだ夢の世界に入りこんだままのピーターが欠伸をしながら言って、二人に殴り飛ばされる。
皆でソファーに寄ってきて、上からミオを覗きこむ。
状況を知らずに眠りこむ少女がひとり。月に照らされ、妖精か何かみたいに神秘的な輝きを揺らめかせている。
「可愛いね。ホームシック?」
「ガキだな」
「僕たちだって、充分ガキさ。なぁ、リーマス?」
優しい友人たち。正体を知っても、普通に接してくれる親友たち。かけがえのないものが、ここにある。
だから、ねぇ、僕は消えないよ。君も、消えないでよ。
「よし。今日はここで作戦会議しようっ」
「ジェームズ。今、何時だと思ってるのさ」
「時間なんか関係あるかよ。起きろ、ピーター」
眠れないなら、いつでも一緒にいてあげる。
寒いなら、いつでも暖をあげる。
ミオ。目を覚ましたら、僕たちと友達になろう。
数時間後、朝日の差しこむ談話室に最初にはいってきたリリーは、惨状に目を見張り、四人を叱り飛ばしたとか。
04)式神便
(ジェームズ視点)
次々と飛んでくる梟たちにミオは目を最大限に見開いて、驚き、楽しんでいた。
落ちてくる荷物に感歎の声をあげる生徒たちの中で、目の前の人物はやはり唸っている。
「入学許可証も梟で届いたんでしょ?」
リリーが尋ねる言葉にミオは黒髪を揺らして肯く。小動物…リスのような可愛さだ。
「こんだけいっぱいは見たことない!!」
両手で握りこぶしを作って力説する姿は、まるで子供で。いや、実際に子供なんだけど。
シリウスの家族からのささやかな甘いお菓子の食料支援に、リーマスが目を輝かせて、どうにかして貰おうと懐柔しているだとか、それをどうでもいいから目の前から消してくれと頭を抱えているシリウスだとか、家族からの数枚の手紙を喜んで読んでいるピーターだとか。僕らは全然子供だけど。
リリーと僕とシリウスとリーマスの手元に届く沢山の手紙に、ミオは実に嬉しそうにしている。明日からはきっと君にも届くようになると思うけど。
「梟って、こういう意味だったんだね」
ワケのわからないその言葉に心の中で首を傾げていると、黒髪の小さなミオの頭の上に一羽の大きな白い鳥が舞い降りてきた。梟ではない。もっとほっそりとしていて大きくて、どちらかというと賢そうで。でも、なんだ?生き物みたいで違うもののような。
広間が静まり返る中、ミオは慣れた手つきでその足を掴んで手元に引き寄せた。
「あはは。お姉ちゃん派手好きだからね」
「元気そうで何よりだわ」
リリーもなつかしそうに緑石の瞳を細める。手を出して撫でようとするのを思わず片手が引き止めていた。噛まれそうな、鋭いくちばし。
「なんだ、それ!? 鷹!?」
「うわぁ鷹見るのも真っ白いのを見るのも初めてだよ。僕!」
いつもは静かなピーターまでもが席を立つ。手を掴んだ僕をリリーは不思議そうに振りかえる。
「何かしら、ジェームズ?」
「え、いや、噛まない、か?」
「え?」
緑と黒の二つの瞳が僕を驚いて見て、何か納得したように笑う。なにか可笑しかっただろうか。僕はただ彼女の手が傷つかないか、心配だっただけだ。
「ふふふっ…ご、ごめん…なさい、ね?」
「知らないのも…無理、ないけど…っ」
必死で笑いを堪える二人の姿は少し変だった。そういったら、きっとリリーは怒るだろうから言わないでおこう。
「手紙、つけてないね」
彼女らの笑いの空気を宥めるように、リーマスが呟く。いや、そんな意味はきっとなかったのだろうけど、少しだけ、笑いが収まったようだ。
二人だけの合図でもあるのか、さっきから何度も互いに目を見合わせる。
「ねぇ、お姉さんのアレは変わってないのかしら。だったら、私にやらせて欲しいわ」
すっと二本の指を桜色の唇に当てるリリーに、僅かに頬を染めたミオが肯く。一種神秘的な空気が漂う。
「ジェームズ、今度は邪魔しないでね」
ミオの手から鷹を捕り、リリーはそれに向かってにっこりと春の微笑みを浮かべた。ホグワーツ中で誰もが向けられたがっているあの貴重な微笑を。
「わーリリーっっ?」
「なっっっ!?」
あろうことか彼女はそのまま白い鷹に口付けてしまった。僕も広間中のほとんどの生徒が固まりかけたが、バサバサと四方に散らばる音に更に固まる。
それは白い紙…手紙だ。数枚の手紙が勝手にどこかへと飛んでいく。リリーとミオの手元には一通ずつ。どうやら校長のもとにも一通。横から覗きこんだそれは、真っ白で不思議な紙に不思議な文様が描かれている。ホグワーツの入学許可証よりも数段変わっている。
「きゃー! 私にもあるのねっ」
手紙にキスをして急いで開いて読み始めるリリーの様子は、まさに近年稀にみる。どんな悪戯をしてもここまでの反応はみられないだろう。手紙一つでこの美少女をここまで動揺させるとは、ミオのお姉さんには一度会ってみたいものだ。
というか、ラブレターを差し置いてこの反応。今日、出した連中はどんな気分だろう。
「えっと、二人とも。お願いだから説明をして欲しいんだけど…」
申し訳なさそうに言ってみたが、二人ともが手紙に夢中で聞いてくれやしない。
一日中つきまとって、授業も全部終った後の談話室で全部を説明してもらえた。
「えっとつまりね。アレはお姉ちゃんの使い魔?なの」
「なんで疑問形なんだ?」
「シリウス、話を聞く気あるのないの」
「いや、あるけどよ」
「でも、じゃあなんであの鷹にキスしてたんだい!?」
「それは…」
「うん、普通は燃やしたりなんだけどね」
「ミオのお姉さんはアレね」
二人で顔をまた見合わせる。そうしていると本当の姉妹みたいに見える。
「火器厳禁」
「はぁ?」
「シリウス、黙って」
ほとんど全員に睨まれ、シリウスはがっくりとうなだれる。でも今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「それとキスとどう関係があるんだい?」
ミオが恥かしげに頬を染めると、リリーと同等なぐらいに可愛い。意思をもった人形のようだ。コスモスの花が咲いたような、そんな笑顔に僕たちは見惚れる。
「お姉ちゃんの口癖なんだ」
彼女らのどちらが言ったのか、わからない。どちらもとても素敵な笑顔をしていたから。
「キスには」
「魔法が」
その時談話室にいた全員に忘却術でもかけてやりたかったよ。僕以外の全員に、ね。
01)ご神木
連載物に挑戦<無謀。まだ前振りです。これから、親世代に会います。そうです。子世代話じゃないですからね?
(2003/01/17)
02)ホグワーツ入学
年齢がわからなくて、困ってます。誰か教えて。
ジェームズとリリーが首席なのはわかってるから…首席って、一学年に一人ですよね?どっちが年上だろう。
リリーが上のがおもしろいかなぁ。
とりあえず、五人よりは年下な主人公です。姉、名前ないのに勝手に有名。どうしてでしょう?
てなことをダンブルドアに聞いてみたい気分です。小一時間問い詰めてもかわされそうだけど…。
ゴーストの登場率が多いですけど、これは親世代夢です。
組分け帽子さん、実は何気に好き。だから、外せなかった。
(2003/01/23)
03)初めての一人夜
リーマス夢!?ですね。あらら。<何。
なんだか、書いてる私がよくわかりません。一人ずつ仲良くなってみようかなぁと。
(2003/01/25)
04)式神便
あはははははは。スンマソン。いろいろ考えた挙句、こんなんになってしまいました。
書きたかったのは[キスには魔法が]の部分だけですっ
野梨原花南氏が本の中で使っていて、すっごく書きたかった一言です。
ジェームズさん視点なのに、どっちよりなのかわからないですね。一応、リリーさん寄りで。
最期の一行はジェームズ氏に、とってもサワヤカな笑顔で言って欲しいデスね!
しっかし、姉が謎の人だなぁ。おかしいなぁ。
人物のニセモノ具合はつっこまないでください。わかってます。
つか性格把握しきれてないしな!!<自棄
次はたぶん黒っぽい話です。<何が。
(2003/01/31)