あの日から一度も忘れたことはなかった情景がある。それは瞼を閉じれば目の前に蘇ってくる仲間達の声と、先生の優しい声。
「熱出すのなんて何年ぶりだ?」
「うーん、覚えてないなぁ」
閉じた瞼の上からひんやりとした手ぬぐいと、面倒なんだか優しいんだかわからない銀時の優しい声。
「だいたい美桜は加減ってモンを知らな過ぎんのよ。人生、適当にやったってなんとかなるんだから、もうちっと力抜いたらどうだ」
「それ、こないだ近藤さんにも言われた」
「例の病気はもう治まったんだろ? そんなに一生懸命疲れなくたって」
「それも土方に言われた」
黙り込んでしまった銀時を小さく笑う。ああ、なんだかこんなに落ち着いた気分は久しぶりな気がする。
「少し、眠るね」
今、瞼の上に手ぬぐいが載っていてよかった。だって、こんなにも目が熱い。
蝉の声と、仲間達の騒がしい声で目を覚ます。そっと目の前で揺れているうちわに手を伸ばす。
「やっと気がついたね」
膝枕をしてくれていた先生が私に笑いかける。
「いくらみんなと遊びたいって言っても、ちゃんと休まないとだめだよ」
どうやら遊んでいるうちに倒れたらしい。起き上がると、すぐに銀兄が駆け寄ってくる。
「あ、こら。まだ起きちゃ駄目だろ」
「んーん、私も遊ぶ」
「後で遊んでやるから、もうちっと休んどけ」
「今がいいの」
「だーめーだっ!」
「先生、遊びに行ってきていい?」
「気をつけていっておいで」
「やったーっ」
駆け出す私の後ろで銀兄はいつまでも先生を睨んでて。先生が何かを言うと、すぐにきびすを返して、追いついてきた。
目を覚まし、穏やかで暖かな日差しのはいる部屋でぼんやりと考える。誰もいない部屋。だけど、どうしてこんなに温かいのだろう。
襖が開き、こちらをみた少年が慌てて出て行き、銀兄がやってくる。
「おー起きたか」
こくりと肯く。
「腹減ってるか?」
首を振り、手を伸ばす。
「銀兄」
銀兄は少しの動揺を見せてから、私の布団の傍に座り、肩を押さえて寝かしつけた。
「だから寝てろって言ったろ。先生のいうことは当てになんねえ」
じっと見つめると銀兄はしかたねぇなと私の隣に横になり、布団の上から私の身体を叩く。
穏やかな旋律と近い息遣いに安堵し、白濁とした意識の向こうで誰かが笑っているのが見えて、手を伸ばした。
「しょー…よ…せんせー…」
その手を強く掴んで私を睨む銀時を小さく笑い、またまどろみに身を委ねる。
「オマエはまだ行くんじゃねーぞ、美桜」
優しい、優しい声と温かな熱に包まれて、幸せの眠りが私を護るように包みこんでいた。