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書名:GINTAMA
章名:真選組滞在記

話名:真選組滞在記・初日


作:ひまうさ
公開日(更新日):2008.4.30 (2009.7.21)
状態:公開
ページ数:4 頁
文字数:9369 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 6 枚
デフォルト名:///イナバ/アルト
1)
何事も最初が肝心なので多少背伸びするくらいが丁度よい
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p.1

 彼女の朝は早い。日が昇ると共にその部屋の窓は開け放たれるも既に彼女の姿は部屋になく、使用人から書類の入った鞄を受け取り、大きめの帽子を目深に被って、屋敷を後にする。

 朝食はオープンカフェで、一枚のトーストと一杯のコーヒーを流し込みながら、携帯端末を片手にスケジュールのチェックとメールのチェックから始まる。

 十時の出社時間に間に合うようにと、九時半にカフェを出たところで彼女のケータイがなる。一瞬うんざりしたような顔をした彼女は、しかたなくケータイをとった。

「松平様、おはようございます」
 相手は得意先なのでにこやかに返しつつ、駅へと向かう。江戸市中の移動は鉄道を使った方が早いのだ。

「おはよ~、アルトちゃん~」
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「そんなかたっくるしいのはいいからよぉ、おいちゃんとデートしない?」
「冗談も大概にしないと抹殺しますよ、クソジジイ」
 にこやかに毒を吐く彼女に相手も慣れているのか、さらりと交わされてしまう。

「今日もお仕事かい?」
「ええ、これでも取締役を任されておりますから」
「若いうちからそんなに眉間に皺寄せてると、くせになっちゃうぞ~」
「容姿に口出しされる覚えはありませんよ。ところで、そろそろ地下に入るんで切りますよ」
「あいかわらずつれないねぇ」
 電話に気を取られていて気がつかなかったが、自分の背後から聞こえた二つ目の声にはっと身構える。

 少し見上げる男の姿は逆光を伴い、少し眩しい。目を細める彼女の手を男が大きな手で掴む。が、騒ぎ立てるどころか彼女は、アルトは深く息を吐いた。

「松平様」
「今日も威勢がいいねぇ、お嬢さん」
 ここまでわざわざ来たということは、それだけの用だと言うことだ。

「社に連絡をいれさせてください」
 アルトの素直な返答に、松平片栗虎はにやりと口端を挙げて笑ったのだった。

 松平片栗虎。幕府直轄の警察庁長官。非常に過激な性格で、仕事の際は艦隊を引き連れて全てを塵と化して帰っていくことから「破壊神」の異名を持つ。警察庁長官とは到底思えない無茶苦茶な言動をする。仕事よりも年頃の娘の栗子やキャバクラの方が大事で、愛娘のことになると見境がつかなくなる。

 同乗した車内で、アルトは努めて事務的に訪ねた。

「本日はどういったご用件で」
「だから、デートだっていったじゃねぇかよぉ」
「奥様にお電話してさしあげましょうか」
 冷静に返すとそれだけは止めてくれと懇願し、やっと目的を教えてくれる。

「実は俺が預かってる真選組についてなんだ」
 武装警察、真選組の名はよく聞いている。江戸の治安を守る武装警察で、局長の近藤勲・副長の土方十四郎・一番隊隊長の沖田総悟を中心に数十人で形成している。全十隊が存在し、一つの隊には十人前後が所属している。幕府に属しているので実力・実績・権力もある。戦闘時には刀のほかバズーカや手榴弾などの兵器も用いられており、犯人逮捕のついでに暴行や破壊活動も多く、世間からの目も冷たい。そのためによく「チンピラ警察24時」と例えられる。

「あんたに真選組の内情を探ってほしいんだ」
「探偵を雇ってください。私は本業が忙しいので、これで失礼いたします」
 車のドアに手をかけようとすると、慌てて抑えられた。

「そんなこたぁわかってんだ。だが、あんたの腕を見込んで頼みてぇ」
「腕も何も、私は仕事しか取り柄のない人間ですから」
 ますます眉間に皺を寄せる彼女を松平は呆れた目で見ている。

「まだ根に持ってんのかい」
 返答がないのが答えで、がっと引いたドアの取っ手は、カチリと閉まったままだ。

「ありゃあ冗談だろ、冗談。あんたほどの才なら、まずあいつらと張り合えるってぇもんだ。アルトの洞察力であいつらが間違えないように引っ張ってやっちゃあくれねぇか」
 間違えるもなにも、このご時世であの組織自体が間違いではないだろうか。

「松平様」
「なんでぇ」
「恩はございますが、よもや盾に取ろうとはお考えではございませんね?」
「んなことするわけねぇだろ~。おりゃあ、あんたの」
 とん、と胸に拳を当てられる。

「芯の強さが気に入ってるんだぜ。嫌われるような真似できるかい」
「では、この話はなかったことにいたしましょう」
 再び降りようとした彼女だったが停車の反動で体勢を崩し、松平に体ごとぶつかってしまう。

「、もうしわけありませんっ」
「いいっていいって。それより、ついたみたいだな」
 外から開けられたドアの向こうに少し古びた正門が目に映る。右側には古い木札に「真選組屯所」と大きくかかれた看板があった。

「松平様、私はまだお話しを受けておりませんが」
「受ける受けねぇは、あいつらに会ってからでもいいじゃぁねぇか」
 続いて車を降りた松平公はさっさと門をくぐって行ってしまう。ついてくるかついてこないかも自由にしろと言っているのだ。勝手にここに連れてきてくれた割に、親切なんだか不親切なんだかよくわからない。

「ふっ」
 でも、あの人は嫌いじゃない。めちゃくちゃでぶっきらぼうだけど、情に厚い人だ。そんなところに自分は惹かれるのだろう。この話、断れないかもしれないなと小さく笑いながらアルトも門をくぐった。



p.2

(総悟視点)



 いつものように土方をまいて遊んでから屯所へ戻った俺は門の前にとっつぁんの車を見つけた。気まぐれに来た男は近藤さんと話しているのだろうか。と、その車が去った後に一人の女が立ちつくしている。目深に被った帽子の下で、門の向こうを硬い顔で見つめていて。どんな堅苦しい女かと思ったら、急にその顔が柔らかくなった。何が可笑しかったのか、どういうことなのかはわからない。だけど、その前までの堅い顔から比べればかなりゆるんだその顔はひどく心を揺さぶった。

 女が足を踏み出し、中へとはいる。その頃には表情は硬く戻っており、俺は…山崎に声をかけられるまで立ちつくしていた。

 近藤さんの部屋から近藤さんと松平のとっつぁんの笑い声が聞こえる。部屋の中に二人だけかと思いきや、近藤さんとテーブルを挟んで、とっつぁんと並んで座っている先ほどの女がいた。

「おお、総悟にも紹介しよう。彼女はアルトさんといってだな」
「とっつぁんの愛人ですかィ? 隅に置けませんねェ」
 からかうように言うと、彼女は真顔で、真っ直ぐに俺を見た。

「そういう冗談は好きません」
 真っ直ぐにこちらを見る女はさっきの女と同一人物にはとても見えない。だが、服は同じだ。天人のように洋装し、傍らには書類の入っていそうな鞄を持っている。

「アルトさんはとっつぁんの知り合いのお嬢さんで、今回俺達に警護をお願いしたいそうだ」
 彼女の眉間に皺が寄る。ああ、とふと気がつく。この人は嘘のつけない人だ。

「ここ最近誰かにつけ狙われているようでなぁ、親代わりの俺としちゃあ心配でならねぇのよ。まあこいつの片親は健在だが、どうも娘に対する態度がなっちゃいねぇ」
「夕べ、俺と電話している最中もなんだか襲われたみてぇだし、な?」
 彼女が小さく舌打ちする。

「松平様、いい加減ストーカー被害で訴えますよ」
「ストーカーなんてしてねぇって。だって、昨日のアレ、銃声だろ?」
「近所で発砲事件があったらしいですよ。ほら、ニュースでやってたでしょう」
 交わそうとする彼女に松平のとっつぁんは追い打ちをかけようとする。

「らしいもなにも、」
 その手が彼女のスーツにかかりかけ、彼女は強く引いた。

「セクハラで訴えますよ、松平様」
「腕ぇ見せてみな」
 それまで鉄仮面のようだった彼女の表情が青ざめる。が、何か観念したように自らスーツの上着を脱いだ。左腕をまくると、そこには白い包帯が巻かれている。

「なんで、わかったんですか?」
「庇ってたろぅ」
 怪我をしているという割に、彼女は痛さのかけらも見せないで、言い返している。

「アルトは強がりだからなぁ」
「で、犯人の目星はついてるのかい」
 ふいと彼女は顔を背ける。

「おそらく父上の悪行の結果でしょう。私の知ったことじゃないですよ」
「おいおい、あんまり親父を貶してやるな。あいつはあいつで、一生懸命」
「金儲けしてるんですよね」
 泣くかと思ったが、眉間に皺が増えただけだった。

「、とまあ、こういう風に親を頼りやがらねぇ意地っ張りでよぉ。かといって、狙われてるのに放っておけねぇだろ。アルトは俺の娘みてぇなもんだ」
 だから、ととっつぁんがいつものようにふんぞり返ったまま「お願い」する。

「一週間、こいつを護ってくれぃ」
 期限付きの護衛と言い出したら、さらにアルトの眉間に皺が増えた。



p.3

(アルト視点)



 最初からこのつもりだったのだと唇を噛む。妙だとは思っていたのについてきてしまったのは自分の不覚だ。そういえば、この人は親以上に自分を保護しすぎるところがある。

「松平様」
「喜べ、アルト~。今日から一週間のお休みだ」
 休みだからといっているのは、もう一つを要求しているからだ。だが、自分のことをここで明かすのは憚られる。あまり、家名は好きではない。

「休暇じゃないよ、オジサマ。大体、一週間で片がつくと思ってるわけ?」
「アルトなら、それだけありゃあ十分だろ~」
 一週間で片を付けてこいと言外に言っている松平に溜息をつく。

「ここの人、使っていいんですね?」
「おうよ。今日から一週間、ここの奴らは一人残らずお前に服従だ」
 勝手に言い出したことに対し、ここの局長たる近藤と一番隊隊長の沖田は何も言わない。不在の副長も何も言わないのだろうか。まあ、知ったことじゃない。

 鞄を持ち、強くテーブルに叩きつけながら立ち上がる。

「阿呆らしい。私、仕事に戻ります」
 そのままスタスタと歩いて屯所を一歩出たところだった。右足に痛みを感じて、崩れ落ちるように膝をつく。まったく、とんでもない相手に出くわした。昨夜の男の言葉がよみがえる。

「依頼主からあんたをじわじわと痛めつけて殺すように言われてる。悪く思うなよ」
 腕の怪我が一つめ。そして、次は右足。

「アルト!」
 後ろからかけられる声がぐらぐらしてくる頭に響く。

「しっかりしろィ!」
 支えてくれた腕がいつもよりもやけに細いなと重いながら、意識は落ちていった。そして、あの部屋へと戻る。病院へは連れていかれなかったことに安堵した。どうやら、松平公が言っておいてくれたらしい。

 布団から起き上がり、枕元にいた近藤に頭を下げる。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「気にしなくていいから、もう少し寝てなさい。直に熱も上がるから」
 アルトの肩と背中に手をかけ、ゆっくりと寝かせてくれる近藤は、顔に似合わず優しそうだ。

「さっきあんたを撃った奴は今探らせてるが」
「攘夷党の一部のチンピラでしょうね」
 冷静なその言葉に、近藤はわずかに目を見開く。だが、このご時世、この国に心当たりなんて多すぎてわからない。そう、自分なんて格好の的だろう。

 自分を見下ろす近藤の目は何かを深く考え込んでいる。

「あのなぁ、アルトさん」
 意を決したように話し出す近藤の言葉を待つ。

「あんたのその兎耳、自前なのかィ?」
 急に頭の上にある耳をぎゅっと握られ、悲鳴を上げそうになった。だが、呻き声など上げられない。そんなことをして、悦ばせるような趣味はないのだ。

「総悟、よせってっ」
「へぇ」
 離されてからも痛みは続き、収まってから目を開ける。

「父が天人なんです。この耳は飾りみたいなものなんですけど」
 実際に聞こえる耳はちゃんと近藤たちと同じ場所についている。ただ、頭の上に揺れる大きな耳も聞こえないだけで神経が走っているのだ。

「母上はここの人なのか?」
「はい、そうです」
 母との想い出はあまりない。記憶の中の母はずっと病床に伏していた。

「母は体が弱い人で、薬を売りに来た父と恋に落ちて結ばれたと聞いています」
 その頃は今よりも天人とこの国の関係は悪く、どちらからも歓迎されなかった。今でこそ、出て歩けるようにもなったが、幼い頃は一歩外に出れば死と直面する毎日だった。

「うさぎの天人ねェ」
 いいながら、ぐいぐいと耳を引っ張られ、またも悲鳴を上げそうになる。

「こら、総悟やめなさいってっ! アルトちゃんが痛がってるでしょうがっ」
「こんだけ引っ張ると痛いのに、なんで帽子なんて被ってんでィ」
 近藤さんに救い出され、深く息をつく。まったく、困った人だ。

「この耳」
 自分の頭に手をやり、そっと大きな耳を撫でる。

「目立ちすぎるんです。でも、帽子を被っている時の私は、あなたたちと変わらないでしょう?」
 隠していなければ、生き抜けなかった。

「まるっきり、父と同じ姿なら問題なかったんです。でも、こんな風に中途半端に遺伝してしまったから」
 俯く私を目の前は戸惑っている。ああ、どうしてこんな初対面の人達に身の上話なんてしてしまったんだろう。少し気が弱くなっているのだろうか。

 もう一度起き上がり、すかさず帽子を被る。

「あ、まだ寝てなきゃ駄目だってっ」
 撃たれた左腕をつかまれ、立ち上がることが出来なかった。痛みを堪えながら、彼らの顔を見ずに言う。

「松平様のいうことは気にしないでください。あの方はいつも気まぐれですから」
 痛みで体が震える。泣きそうになっても涙は出ない。

「護衛の件につきましても私から松平様にお断りしておきますので、どうか気になさらないでください」
 声だけは明るく出せるようになったのはいつからだろうか。最大の譲歩を持って、笑顔を向ける。

「着替えますので、少し部屋を出ていていただけませんか?」
 二人を追い出し、着せられていた着物を脱ぐ。着物なんて着たのは久しぶりだ。緩く閉められた帯紐を解き、着物を下ろすと衣擦れの音がした。枕元に置いてあった自分の服を着ようとして、やっと気がつく。

 溜息を吐いてそれに着替え、鞄からケータイを取り出す。かける先は着信一番。

「よぉ、アルト」
「よぉじゃありませんよ、オジサマ。この服なんですか? 私のスーツはどうしたんですか?」
「ありゃあもうだめだろぅ」
「この服は?」
「見れないのが残念だねぇ」
「セクハラですよ!」
「まあまあ。たまには、こっちに馴染んでみちゃあどうだい」
「冗談言わないでください。こんな丈の短い着物なんて、襲ってくださいって言っているようなものじゃないですか」
「そんなやつがいるなら、それこそ真選組は解体できるってぇもんだ」
 この人を侮っていたわけではない。むしろ、十分に警戒していたつもりだ。だが、それでも尚甘かったらしい。

「出ていくならそうすりゃあいい。だが、その時点で真選組は」
「…オジサマ」
「できねぇよな、おまえには」
 彼の言うとおり、アルトにはそれができない。ぎりりと唇を噛み締める。

「後悔しますよ」
「そうさせてほしいもんだぜ」
 通話を終えて、一息をついたところで戸が開く。

 初めて見る顔の男は私を見、それから頭に目をやり、また全身を凝視した後で、僅かに頬を染めた。彼が何かを言い出す前に、口を開く。

「あの、あなたの服を貸していただけませんか?」
「はぃ!?」
 どさどさと物音がして、人が部屋へとなだれ込んでくる。

「な、なんで!?」
 その中に人の耳を遠慮無く引っ張ってくれた男が混じっている。体格的には彼の方が丁度いいかもしれない。

「えと」
 名前は、たしか。

「沖田さん、ですよね? あなたのでもいいんですが」
「何故ですかィ」
「罠に黙ってかかってあげるほど、私、お人好しじゃないんです」
 そう言って笑った私に、沖田さんもにやりと笑って返してくれた。

「わ、罠?」
 戸惑う近藤さんに説明する。

「潰されたくなければ、私に従っていただきます」
「なんでィ、さっきまでと随分態度が違うじゃねぇですかィ」
 ニッと笑って返す。

「あたりまえです。大人しく殺されてあげるほど、私は温厚じゃありませんよ」
 唐突にむんずと耳をつかまれ、悲鳴を上げそうになる。

「…あんたは、」
「尻尾はあるんですかィ?」
 お尻を撫でられ、強く睨みつける。それをした男、沖田総悟は肩をすくめて下がった。

「怖ぇ女」
「怖くて結構。さっさと服を貸しなさい」
「これですかィ?」
「そう。それから、監察方というのがいたわね。確か…山崎。山崎退さん」
 はいっと目の前に膝をつく男に手帳を出して、そこに少し書き付け、渡す。

「ここに行って、書いてあるものを持ってきて」
「あれ? ここって」
「他に監察方って誰がいるの? 調べて欲しいことがあるのだけど」
 また一人が呼ばれ、指示を出し、それを繰り返して二人が残る。そこでやっと気がついた。

「あなたが鬼の副長、土方、ね」
「誰だ、あんた」
「さっき話しただろう、トシ。彼女は」
「近藤さん、俺はこいつに聞いてんだ。あんたは、何者だ?」
 まっすぐに見つめられて、正直恐怖にすくんだ。だけど、それを見せてはいけない。弱みを見せたが最後、殺されるだろう。

「イナバ=コーポレーションというのは知っているわね?」
「天人の会社だろう」
「そこの取締役を務めているわ」
 土方という男の方は気がついたらしい。

「あんたが、」
「そうよ」
 知っているのなら、睨まれるのも道理だ。

「悪名高いイナバ=コーポレーションの代表が父よ」
 わかっているから背を向ける。

「どうしたんだ、トシ?」
「どうしたもこうしたもあるか! 近藤さん、あんた知らないのかっ? こいつの会社はなぁっ」
 丁度入ってきた沖田から服を受け取り、部屋を後にする。着替えるのは別な場所でもいいだろう。

「あの女の会社は…っ」
 男の声から耳は塞がない。慣れているし、気にしたところで過去は変えられない。

「アルトさん、大丈夫ですかィ?」
 後ろから声をかけられ、気を持ち直す。

「なんでもないわ。どこか着替えるところ、」
 ないかと続けようとしたら後ろから羽交い締めにされる。

「っ、何をする気」
「抱きしめてるだけでさァ」
 抱きしめられているとは考えられなかった。パニックを起こしそうになる頭を必死に冷静に保つ。

「他のやつらがどう考えてるかは知りやせんがねぇ、近藤さんだけは信じてやってください。あの人ァ、天性のお人好しでさァ」
 この男は急に何を言い出すのか。懐に忍ばせておいたスタンガンを取り出そうとしたが、抑えられる。

「へぇ、一応は護身してるんですかィ」
「生きるためには当然です」
 父の種族はとても弱い種族らしい。だが、商才に長けた者が多く、男女関わらず、人を惹きつける魅力を持つ。だが、半端物には関係のない話だ。

「あ、また下がった」
「え?」
 むんずと耳を再びつかまれ、痛いことこの上ない。この男は何度人の耳を引っ張れば気が済むのか。暴れても、泣き叫んでも助けなどこないとわかっているから、私は心を閉じこめる。

「アルト、あんた…」
「総悟ー! おまえ、なにしちゃってんの!?」
 廊下を足音を立てて走ってくる近藤さんを認め、ようやく解放される。だが、私はそこから一歩も動けなくなった。

「大丈夫かい、アルトさん。まだ傷もふさがってないんだから、そんなに動き回っちゃ駄目だって」
 差し伸べてくれる腕にすがりそうになり、ぎゅっと目を閉じる。甘えちゃ、駄目だ。

「問題有りません。着替えたいのでどこか部屋を」
「おお、そうだ。あんたの部屋だけどな、トシの隣にしたから」
 使ってくれと機嫌良くいう男は本当にただのお人好しに見えて、だからこそ、強く決意する。

「…三日でケリをつけます」
「え?」
「この面倒な騒動は三日でケリを付けます。その間だけ、私に少しだけ人を貸してください。片を付けたら、ここを出ていきますから」
「さっき、ありったけ駆り出しておいてよく言う」
 近藤の後ろから睨まれ、肩をすくめる。

「ああでもしないと、人払いできませんからね」
「それで、か」
「あの中で意味のある命令は二つだけですよ。山崎さんと、沖田さんにお願いしたものだけです」
 三人の顔はひどく真剣で、真っ直ぐで、見ているのは辛い。

「監視でもなんでもつけてくださって結構です。ただし、手は出さないで。これは私がやらなきゃ意味がないから」
「私がやらなきゃ、あいつは気がつきもしない」
 ぎりりと奥歯を噛み締める。

「あいつって?」
 おしゃべりが過ぎたようだ。

「部屋は何処ですか? 案内をお願いします」
 こっちだとこちらを睨みつける男に連れられ、私はその場を後にした。



p.4

 夜、歓迎会をすると騒ぎ出す近藤を止め、アルトは一人で部屋にこもっていた。初めての外泊だった。

「…眠れない」
 がしがしと頭をかき、ついでに自分の耳をつるりと撫でる。

「仕事、しようかな?」
 電気をつけ、鞄からノートパソコンを取り出す。起動して、メールをチェックしたときだった。

「まだ起きてるのか?」
 襖越しにかけられた言葉にどきりとする。この声はあの男だ。土方十四郎。

「外泊なんて初めてなんで、ちょっとどきどき」
「はぁ?」
「…悪いですか?」
「いや。そっち行ってもいいか?」
 どういう風の吹き回しだろう。だが、一人でいても眠れそうになかったし、と襖を開ける。

「どぞ」
 部屋に入ってきた土方がノートを見つめる。

「仕事してたのか」
「ええ、いくらオジサマが休みにしてくださっても、ね。私のやることは山積みです」
 部屋に用意されていた急須にお湯を入れ、一つしかない湯飲みを差し出す。

「どぞ」
「いいよ。それより、おまえに言いたいことがある」
 なんだろうと首を傾げると、彼は少し照れたようだ。

「昼間は、悪かった。近藤さんから聞いた」
「ああ」
 なんだと笑う。

「気にしなくていいですよ。社の名前、父の名前を出せば、土方さんのような反応が普通です」
「あんた、なんでその会社で働いてるんだ?」
 当然の質問に至って普通に返す。

「生きるため、です。父にとって、私は厄介者ですから、だったらとことん必要とされる人間になってやろうって決めたんです。どれだけ嫌でも、私がいなければならないと思うぐらいになってやろうって」
「オジサマと知り合えたおかげでやっと取締役にまでなれましたが、まだまだこれからが正念場です」
 頻繁にやりとりしているメール仲間は社内の至る所にいる。彼らは私の同志。

 小さく土方が笑う。笑った顔は少し幼く、鋭い眼光からは思いも寄らない優しさが滲み出る。

「怪我してんだろ? 早く寝ろよ」
 伸びてきた大きな手が私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。なんだか、大きくて暖かくて、自然と笑顔がこぼれた。

「なぁ、耳触っていいか?」
「え?」
 あまり了解を取ってくれる人はいないのだが、真面目な人だ。

「どうぞ」
 根本からゆっくりと撫でられ、ふにゃりと力が抜ける。昼間の遠慮のない攻撃から比べれば、これはとても気持ちいい。

「腫れてねぇか? 総悟はガキだからな」
「…っ」
 ゆっくりと撫でられると、頭の芯まで溶けそうになる。や、やばい。気持ちよすぎる。

「どうした?」
「あ、」
 手を離され、少し残念だった。

「い、いえ。わざわざありがとうございました。明日から三日間、よろしくお願いします」
 少し大仰に頭を下げ、土方が部屋を出た後で布団へ転がり息を吐く。

「気持ちよかった、」
 初めての感覚でぞくぞくして、ふわふわして、思い出すだけでよく眠れそうだった。

あとがき

最初からお嬢様は天人とのハーフにしようと思ってたんですが書きながら兎に決めた
だって、私は兎好き~
(2008/04/30)


読み返したら、明確に書いてないことに気が付きました
(2009/07/21)


ファイル統合
(2012/09/28)