幕末恋華>> 読切>> 灯籠流し - 4#告白(完)

書名:幕末恋華
章名:読切

話名:灯籠流し - 4#告白(完)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2008.6.25
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:5922 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:華原/有栖
1)

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p.1

4) 告白



 川面を一層の笹舟が流されてゆく。何度も何度も見た光景だ。毎年毎年、流されては消えてしまう笹舟を悲しい気持ちで見送っていた。だって、いつも目の前でそれは沈んでしまうのだから。

「有栖、たまには別な着物にしない?」
 就寝用の着物と道着だけを着るだけの毎日が一月ほど過ぎたぐらいだろうか。突然、おこうが提案してきた。どうせ見えないのだから、何を着ても自分には関係ない。

「女の子なんだから、たまには着飾っておでかけしましょ。美味しい甘味処を菊さんから教わったの」
 答えないのを肯定と取ったのか、とまどう私は気がついたら着替えさせられていた。

 仕上げとばかりに髪に櫛を通される。ゆっくりと梳かれる心地よさについ、うとうとと眠くなる。

「せっかくだから、少しお化粧もしましょうか」
 ………。

「あら、座ったまま眠ってるの? 今日は良いお天気だものね」
 心地よい温かさは久しぶりだ。まだ父も生きていた頃、家族で過ごした休日の午後を思い出す。

 ふっと目を覚ましたときには誰かに寄りかかっていた。

「あ…ごめん、おこう。なんだか急に眠くなっちゃって」
 起き上がり、軽く頭を振る。

「それで甘味処に連れて行ってくれる、」
 話ながら、寝ぼけた意識が覚醒する。ここにいるのはおこうじゃない。この気配は。

「ちょっとちょっとちょっとまって。さっきまでおこうがいて、それでなんで辰巳に代わってるの」
 気配はとまどっていて、少しの間をおいてから意を決したように口を開いた。

「一緒にメシ食いに出かけようぜ」
 思考が停止する。それから、何の冗談だと眉根を寄せた。

「街道沿いに小さいがメシのうまい店を見つけたんだよ。たまには外で食ってみたらどうだ?」
 冗談が過ぎると声から顔を背けようとして、気がつく。頭に、いつのまに髪飾りなんてつけられていたのだろう。手を頭にやり、それを手にする。それから自分の身体を撫でて、その着物の感触から服装を確かめる。

「出かけられない、わ」
「服のことなら気にするな。めちゃめちゃ似合ってる」
「だから、嫌だっつってんでしょうがっ」
 住み慣れた部屋から逃げ出そうとしたが、その前に腕をつかまれ引き寄せられる。男臭い彼の顔は記憶が思い浮かべさせる。だけど、今どんな顔をしているかなんて、思い出したくない。

「辰巳とは歩きたくないっ」
 顔に吐息がかかる。

「同情も、傷の舐め合いもごめんだって言った…っ」
 重ねられる深い口づけに抵抗し、その胸を強く叩き続ける。それでも本気で抵抗しきれないのは、いや、その理由は考えたくない。

「同情でも、傷の舐め合いでもねぇよっ」
「聞きたくないっ」
「聞けっ」
「聞きたくないっ。おまえなんか、嫌いだぁっ!」
「俺は有栖がっ」
「貴様なんか嫌いだーっ!」
 勢いで殴り倒し、そのまま方向も定めずに駆け出す。今度こそ本当に逃げて、外塀にぶつかってそのまま膝を落とした。

「辰巳の馬鹿野郎ぅっ」
 似ているから、惹かれるから、似すぎているから、優しすぎるから、近づきたくなかった。一人で生きると決めたのだ。一生、独りと決めたのだ。誰にも頼らず、誰の手も借りず、生きるのだと決めたのだ。だからこそ、帰る道さえ見えない振りをしてきた。

 ひとしきり泣いてから、壁伝いに花柳館の門を出る。そのまま壁伝いに進み、導かれるように街道を進む。

「有栖さんではないか」
 急に腕を取られ、だが声で気がつく。

「…中村さん?」
「一人でここまで来たのか? どこまで行くんだ?」
 花柳館を出入りする薩摩の男は何の気もなく声をかけてきたように思えない。だけど、今は優しくされたくなかった。

「どこでもいいでしょうっ」
 不機嫌な私の声にひとつ頷くと、腕を放し、手を掴む。

「近くにうまい団子を出している茶屋がある。少し付き合ってはもらえぬか」
 それは拒否を受け入れてもらえるような様子ではなく。とりあえず、辰巳ではないので黙ってついて行くことにした。

 少し道を戻って、その茶屋で椅子に座らされ、隣に座った中村が二人分の茶と団子を注文したところで気がつく。

「私、財布をおいてきてしまって」
「ああ、誘ったのは俺なのだからおごらせてほしい」
 いいねと有無を言わせぬ様子にどうしてか反発ではなく安心してしまう。

 店員の持ってきたお茶を中村から受け取り、一口を飲む。

「…おいしい」
 次に差し出された串を受け取り、団子を口に入れると甘さがいっぱいにひろがった。それはまるでここにきてからうけた優しさのようで、それはまるでかつてうけた温かさのようで、渇いた心を潤わせてゆく。

 頭に載せられる手が目から雫をこぼさせる。

「何があったか知らぬが、自棄になるな。皆も心配する」
 受け入れられなかった言葉が次々と降り注いで、私を癒す。

「ーーーっ」
 声を出して泣くような泣き方なんて忘れてしまった。だから、声も上げずに泣き続ける私の頭を中村が引き寄せ、あやすように背中を叩く。遠慮も気遣いも忘れ、私は視力を失って初めて泣き続けたのだった。



p.2

 茶屋から戻るとき、素直に中村の手を借りた。抱き上げられ、落ちないようにその首に腕を回す。

 そんな格好で帰ったからだろうか、帰宅早々に辰巳から怒鳴られたのか。幸い、中村が宥めてくれたおかげでお小言からは逃げられたとはいえ。

 なんでまた辰巳の部屋とかで尋問を受けなければならないのか。

「なんで俺じゃ駄目で半次郎だといいんだよ」
 それは似すぎているから。

「俺は受け入れられないって意思表示のつもりか?」
「そうよ」
 似すぎているからと、それで片付けてきた。だけど、逃げられないところまできていた。

「いずれたつみ」
 ぴたりとやかましかった言葉が留まる。

「そう聞いたわ。だったら、いつか立つべき時が来たら、いなくなるんでしょ? だったら、私たちはこれ以上関わるべきじゃない」
 いずれいなくなる人に情を移してなんになる。いずれ別れる人に惹かれてなんになる。もうこれ以上、父を亡くしたときのような思いを味わいたくはない。

 だから、毅然とした態度で突っぱねなければならない。もうこれ以上振り回されたくない。

「なんでお前がそれを知って…誰に聞いた? 庵か? 先代か?」
 両肩を押さえて揺すられる。そうか、この間聞いた気がしたのはそういうことか。妙な会話だとは思ったんだ。

「…聞こえたのよ。今私が使ってる部屋でね、慈照さんと庵さんと辰巳が三人で話してるのを聞いたの。やりなおすための名前なんでしょ? だったら、ちゃんと大事にしてあげなきゃ」
 震えが伝わってくる。ぶつかってくる感情の名前はよく知っている。それは、恐怖、だ。

「おまえ、何者だ」
「知ってるでしょ。華原有栖よ」
「…なんでそんなこと知ってやがんだ…っ?」
 これかと思い当たることがある。引越の引き金はいつも噂だった。母の不用意な一言でいつも家族は窮地に立たされ、変な男たちに負われるようにして土地を転々とした。

 きいたこと、みたことを黙っていれば誰にも知られることはないのに、ついお節介が顔を出す。だからいつも逃げ続けなければならなくなったのだ。そして、私もわかっていても逃れられない性格らしい。

 見えないけれど、声で辺りをつけてにっと笑う。

「私が、怖い?」
 息を呑む声が聞こえて、私は息を吐く。母もずっとこんなことを続けていたのか。やめればいいのにとも思ったけど、そうできない気持ちもわかった。

 立ち上がり、風の方向を探して向かう。声も聞こえるし、きっとあちらが道だ。このままこの場にいたら息が詰まりそうだった。このままここにいたら、泣き出してしまいそうだった。

 喧嘩で怖がられるのは慣れてる。でも、こういう風に得体が知れないという恐怖をぶつけられるのは、やっぱりきつい。

「…っ有栖…っ」
「ひゃっ」
 袖を引かれ、バランスを崩して人の上に倒れ込む。この広く大きな胸には何度も抱かれたことは忘れようがない。

「なにすんのよっ」
「怖がってんのはお前だろっ」
 バレたか。

「触れるまで気がつかなかったクセに」
「気づいてたに決まってんだろ。俺様をなめてんじゃねぇよ」
「なんでって思ってるんでしょ? 顔に書いてあるわよ」
「見えてねぇんだろ」
「見なくたってわかるわよ、筋肉馬鹿の単細胞っ」
「~~~っ、くそっ」
 どうしてそうしたのかわからない。だけど、どうしたいかは自分の身体の方が正直だった。両手を首に回して抱きつき、肩に顔を埋める。

「あ、ずりぃぞ、てめぇっ」
「うるさいっ! ちょっとぐらい黙ってろっ」
 何度も何度も引き返したし、はねのけた。だから、今度も大丈夫のはずだった。

「おい、有栖?」
 今はまだ過去と帰るべき場所しか見えない。だけど、もしも未来がわかれば、止められたかもしれない。あの場所へ戻れれば、還れるかもしれない。でも、それはもう別の未来。辰巳たちとは会えない。

「自分がこんなにあきらめが悪いとは思わなかったわ。全部受け入れたつもりだったのに」
 あちらの世界の自分は死にかけている。でも、せめてお別れぐらいはしたいから。

「辰巳」
 一瞬だけ唇を重ね合わせ、同時に笑う。

「やられっぱなしじゃないわ。決着をつけたらまた、戻ってくるから。足手まといでも連れて行ってね」
 一瞬驚いた辰巳の顔が見えたような気がした。

 戻った光の世界で白い天井が見えて、泣いている母の声と達海の気配に涙が溢れてくる。帰ってこれた。

「…おかー…さん…」
 驚いて振り返った母に微笑み、その後で支えてくれた人にも声をかける。

「…達海…兄ぃも…」
 身体は全然動かせないけど、喜んでくれる二人に昔みたいに笑いかけた。



p.3

 帰ってきてからもあちらの様子はわかった。心配しているみんなの声が聞こえる。今はもう心からあの場所へ戻りたいと思ってる。だから、お別れをしなきゃ。

「達海兄ぃ、おかあさんが好きでしょ」
 見舞いに来てくれた彼にそういうと振り返らずにそうだと返された。嬉しくて、勝手に笑ってしまう。

「じゃあお願いしても良いかな。お父さんと私の代わりに守ってあげてよ」
 この身体は命の灯火が消える寸前で、こうして起きているのはやっぱり辛い。だけど、やり残したことは終わらせなくちゃいけない。

「何を馬鹿なこと、」
「いつも笑ってるけどね、お父さんが死んでから本当に笑ったことなんてないのよ。だから、達海兄ぃがそばにいて、おかあさんを助けてあげてよね」
「…そりゃおまえの役目だろ」
 険しい顔だけど、もう怒られることなんてない。これが最後。

「心配ばかりかけて、ごめん。それから…ありがとう。二人とも、ダイスキ」
 瞳を閉じて、別の光へと向かう。私を呼ぶ二人の声が聞こえて、自分の身体が死ぬまでを見届けてから、私はその場所へ還ってきた。

 目を開けば明るい光があって、穏やかな声が聞こえて。起き上がるだけでひどく体力を消耗する。

「はぁっ…もってきちゃったかな?」
 それでも、ここに帰りたかった。

 見慣れてしまった部屋から這い出るように抜け出し、一歩ごとに休みながら、庭を歩く。足が思うように動かない。目は見えるようになったけど、刃物の上を歩くように一歩一歩が鋭く自分を斬りつける。

「…つっかれたぁ…っ」
 部屋からそう離れていない場所で気によりかかり、休憩する。

 見上げれば済んだ青空が広がり、目を閉じれば木々のさざめきが聞こえる。頬を撫でて通り過ぎてゆく笑い声。

「え、有栖っ? まさか辰巳さん本当に連れ出したんじゃ…っ」
 おこうの騒ぐ声やバタバタと走る声。温かさが心地よい。

 風に運ばれるようにそっと持ち上げられる感覚にゆっくりと目を開く。

「あ、辰巳」
「こんなとこで寝てんじゃねぇ…よ」
「ただいま」
 別に何かを考えていたわけじゃなかった。ただ嬉しくて、両腕を伸ばして、別れたときと同じく抱きついていた。

「同じ顔でもやっぱり違う。私、こっちの辰巳が良いな」
 急に引きはがされ、見下ろす真剣な辰巳に笑顔を返す。ここでは初めて見せると思う。なにしろ笑った記憶なんてほとんどない。

「おかあさんと達海兄ぃにはちゃんとお別れしてきたよ。少し心配だけど、達海兄ぃはおかあさんのこと大切にしてくれるって信じてるし、私がいなくてももう大丈夫」
 何か問いたげだけれど口を開かない辰巳に首を傾げる。もっと喜んでもらえると思ったんだけど。

「私が戻るのは、迷惑だった?」
 もしもそうだとしてもすでに還る場所はここしかないのだが、そうなればこの世界で流離い続けるより他はないだろう。幸い、目は見えるようになったし、足は不自由だが手は動かせる。何か座ったままでも仕えるような武器を使いこなせるようになれば生き残ることだってできるだろう。

 守ることだって、きっとできる。

「もしそうなら言ってほしいよ。私は負担になるために戻ったわけじゃない。辰巳と生きるためにここを選んだんだから」
 襟首を掴んで、顔をしっかとつきあわせる。

「目が見えなくなっても足が動かなくなっても、どんなことになったって、いったん守ると決めたら守り通す意志の強さじゃ誰にも負けない。誰が相手であっても、絶対退かないんだから、覚悟しなさいっ」
 足が動かせればこのまま逃げ出していただろう。そうできないなら、啖呵を切ってやるまでだ。

 意を決した私の告白は少しの間をおいて、笑い飛ばされた。

「くくっ、はははははっ!」
 そのまま苦しいぐらいに抱きしめられて、抗議の声を上げる。

「私の言うこと、わかってるの!?」
「ひとつ、足りねぇな」
「え?」
「なんで俺様と生きたいんだ、有栖?」
 嬉しそうに、笑いながら、聞くなっ。

「馬鹿っ!」
 実は一つだけ疑っていることがある。自分が視たとおりなら、まだ本当のこの人を自分は知らないままだ。だからといって、心まで否定するつもりはないが、それにしたってこっちはこうまで心を開いているのにフェアじゃない。

「辰巳がちゃんと私を好きになってくれるまでは、絶対に応えてあげない」
「っ」
「力づくでどうにかしたって無駄だよ。もう、諦めながら生きるのはやめたんだ」
 重ねるだけの幼稚な口づけ、でもこれが精一杯。

「もっと我が侭になることにした。どうせ諦めようとしたって諦めきれないんだ。だから、辰巳が本当に私を想ってくれるまで、全部お預け」
「なに…っ」
 叫び出しそうな辰巳の口を両手で押さえる。もしかしたら顔が赤くなっているかもしれないけど、これだけは言っておかなきゃいけなかった。

「また、あとでね」
 暗くなる闇に身を委ね、そのまま意識を沈めていった。

あとがき

こーゆーのを書いてると何か妙な力が欲しいのかなーとか考えます
あと、諦めの悪い人が好きらしい、とか(笑
自分自身はとても諦めの早い方なんですけどね。
(2008/05/20)


公開
(2008/06/25)