1) 追跡者
間に合うか間に合わないかは行ってみなければわからない。私は全部この目で見たことしか信じないことにしている。
「私に、追わせてください」
ハロウィーン後の事件で皆が浮れている中、私は初めて上司に立てついた。それまでは従順に従がってきた大人しい部下だったミオ・アオノが、誰にも口を挟ませることなく言い切ったので、あたりは一時騒然となった。
「なにも“名前を言ってはいけないあの人”が死んだ日に、仕事をしなくても」
すこしだけ親しくなっていた友人たちに目もくれず、仕事をもぎ取った。別に他にやりたい人がいなかったから、止めもされなかったが。
木立から吹き付けてくる風が腰に届きかける黒髪を揺らす。もともと
「無茶をするね。相変らず」
「それほどでもないわ」
日課となりつつある親友二人の墓の前で報告をしていると、必ずリーマスが現われる。約束したワケではないけど、二人とも同じ時間に会って、少しだけ話をする。
「シリウスは、裏切ってなんかいないよね」
「こんなときにピーターはどこにいるのかね」
姿を消した二人の友人たち。秘密の守人はシリウスだったけど、少しだけ、私もリーマスも気になっている。シリウスがジェームズを裏切るなんて、ありえない。
「今日はお茶してる時間もなさそうだね」
「うん。ごめん」
誰よりも早く、シリウスを捕まえて。この目にこの耳に真実を教えて。
「なにかわかったら」
「梟を」
おろしていた長く真っ直ぐな髪を白い紐で一本に括り、リーマスに背を向けて歩き去る。一度も振り返らずに。そうすると、とても男前度が上がると、生前リリーに言われたのを思い出す。それを聞いたジェームズが私に嫉妬したのも覚えてる。シリウスは対抗してローブを翻したら、椅子に引っかかって失敗して。ピーターは羨ましいと言っていた。リーマスは、ただ、笑って、いた。
信じたくないのは私たちだけではないと信じたい。
学生時代、私は皆が好きだった。卒業したくなくなるほどに、大好きだった。一番好きだった人には何も伝えられなかったけど、ずっと私たちは変わらないと思っていた。ハロウィーンのあの日までは。
リーマス、どうしてだろうね。二人だけに、なっちゃったよ。裏切られてもいい。これ以上、誰もいなくならないで。
「ミオ」
強く呼ばれて、私はふりかえる。
「気をつけて」
リーマスは泣きそうな、困ったような顔をしていた。
「リーマスもね」
彼のローブは少し破れ掛けていた。こんな時じゃなければ、繕ってあげるんだけど。
「帰ったら、そのローブ直してあげる」
きっと私も泣きそうな困ったような顔をしていたかもしれない。
「約束?」
「約束」
裏切られてもいい。リリーとジェームズがいないなんて、誰か嘘だと言って。
再会の約束は、きっと願い。
これ以上誰もいなくならないで。私を置いていかないで。
目撃情報を探すのは簡単だ。シリウスのあの容姿は、魔法族、非魔法族のどちらでも目立つ。学生時代もよく人気を集めていた。好かれる割にあしらい方を知らなくて、よく逃げまわっていた。
「そのひとなら、昨日…」
でも、なぜかいつまでも追いつけない。そして、決まって誰もがいう。
『その人も誰かを探しているみたいだった』
誰かって、誰?
『さぁ、なんだか特徴が…あぁそういえば、鼠も一緒に探していたよ』
ネズミ?
不思議な暗号のようだった。
果てしない追いかけっこ。私はシリウスを追い、シリウスは…鼠を追っている。鼠はもしかしてーー。
「ハムサンド、マスタード抜きで」
「へ?」
「キュウリとか余計な物なまで挟まなくていい。ハムだけ、挟んでくれ」
礼のつもりで昼食を頼んだけど、店員は不思議そうな顔をしていた。レタスまではいいんだけど、ね。ハムサンドにほかのものまでは鋏むなんて邪道にも程がある。
怪訝そうな店員からそれを受け取り、少し余計にチップを払った。
「アニメーガス、か」
人がその身を動物へと変える術、
シリウスが追いかけているのがもし、ピーターだとすると、ピーターがなにかしたのだろうか。ピーターも逃げている辺り、なにかしたのだろうか。したのかもしれない。彼は昔からそそっかしかったから。
秘密の守人はシリウスだった。これは間違いない。だが、彼がジェームズとリリーを裏切るとは思えない。もし密かに秘密の守人が変更されたら、リリーもシリウスも私に教えてくれないなんてないだろう。そうだと思いたい。
人ごみの中から、不審な人物を発見した。絶えず辺りを窺がって、まるで犯罪者みたいだ。今時、スリでもそこまでわかりやすくはないよ。
「やぁ、ピーター」
すれ違いざまに肩に手をかけると、彼は小さな体を震えあがらせた。
「あ、ああ…ミオ?」
「しばらくだったね」
「ぼ、僕…」
「ん?」
「ピーター!!」
大音量に辺りの空気が震えて、固まるのがわかる。視線を向けなくても、誰なのかわかる。傍らのピーターがひっ、と小さく声をあげた。あきらかに恐怖の混じった声だ。
「ごめん!」
そして、脱兎の如く逃げ出した。
「あ」
止める間もなかった。
「待て、貴様!!」
「し、シリウス!?」
疾風のようにそれを追いかけるシリウスを、私もまた追いかける。さっきまでの追いかけっこの縮図のようだ。というか、そのものか。
「待て、待ってシリウス!」
声は彼に届いていない。距離がどんどん離される。このままだと、置いていかれる。
「シリウスーー!!!」
人にぶつかって、もんどりうって倒れた。人ごみに混じってしまって、二人の姿が見えない。また、見失ってしまった。
これで振り出しだ。どうして、どうしてあと一歩で何かわかりそうなのにーー。
「大丈夫、ミオ?」
「あぁ、別にたいしたことじゃ…ピーター?」
手を差し伸べてくれたのは、何故かピーターだった。小柄なのは変わっていない。私よりも小さい身長。でも小さく可愛らしい目はあのころよりも輝いているようだ。
「さっきシリウスが追って…あれ?」
「撒いてきたんだ」
それにしてはえらく早い。こんなに逃げ足が早かっただろうか。
「ちょっと怪我してるね」
「へ? あーこんなの怪我のうちにはいらないよ」
かすり傷を心配されるとは。しかもピーターに。
「ちょっとこっち来て」
腕を引く手は、昔よりも強い。そのまま路地裏に引っ張っていかれて、空の瓶ケースに座らせられる。
「ぴ、ピーター?」
とまどう間に、ピーターは杖を取り出して私に術を掛けた。カンタンに治癒の術だ。
「どう?」
得意そうにいわれて、正直返答に困った。
「私、魔法省の人間なんだけど」
「知ってる」
なんでと続ける前に、ピーターの方から話しだす。
「シリウスはハロウィーン以来、僕をすごい形相で追いかけまわすんだ。わけがわからないよ」
「心当たりはないのか?」
「全然」
ピーターの目はまっすぐに私を見ない。昔から、どこか逃げ道を探すようなやつだったけど。今はわずかに視線が逸れている気がする。まっすぐに見返してくれているようで、実際、見ているのは私の後ろの壁ではないのか。
「リリーとジェームズの葬儀に、来てないよな。ピーター」
「え、行ったよ?」
嘘だ。私は葬儀の参列者名簿の中にピーターとシリウスの名前だけ見ていない。来てしかるべき二人なのに。
「二人の愛息子、ハリーのことは知ってる?」
「ど、どこに行ったの!?」
「ダンブルドアが引き取ったって」
「へえ~…」
物好きだね、とでもいいだすのだろうか。
「それに私も気になっていることがある」
「何を?」
なんだろう。小さい子供とでも話している感じがする。私たちはもういい大人なのに。
「ヴォルデモートが死んだ日以来、ピーター、君はどこにいた?」
はっきりと“名前を言ってはいけないあの人”の名前を口にするが、それを咎めるものはピーターの目だけだ。
家には争った形跡もないのに、彼だけが消えていた。荒々しい男の足音はあったけど、たったひとつきり。しかも見覚えのある足跡だった。
「シリウスはどうして君を追いかけている?」
秘密の守人ならば、どうして葬儀にも出ずにピーターを探し続けていたんだ。
「誰もジェームズを裏切らないと、思っていた」
「誰もあの幸せを壊せないと思っていたんだ」
「どうして、シリウスが僕を追い掛けていると思う?」
どうしてが多すぎるけど、何故か確信に近づいている気はしていた。
「シリウスは、私たちを裏切れるほど器用なヤツじゃない。ジェームズとシリウスの友情は、私達の誰よりも強かった」
「それは、どうだろう?だって、秘密の守人はシリウスだったじゃないか」
「そこだ」
喧騒が遠退きはじめる。
「シリウスは、本当に秘密の守人だったのか?」
そんなこと知らないよと、言ってほしかったのだろうか。私は。
視界が揺らぐ。
「ミオは、闇払いになったんだよね」
ピーターの声が遠い。
「ミオを殺したくはないんだ。だから、人形にするよ。僕に忠実な、ね」
「そうさ、秘密の守人は僕だ」
暗い深淵が迫ってくる。ピーターの耳障りな声が聞こえてくるのに。手で耳を塞ぐことさえ出来ない。
「でも、ミオはもうなにも出来ない。僕の綺麗な
抗う意識の中で、安堵が広がっていた。やっぱり、シリウスは裏切っていなかったんだと。
2) 昔日の夢
夢と現実というのは、残酷なぐらい似ていることがある。でも、たまに夢を夢と認識出来てしまう時がある。だからこれが夢だとわかった。
「ミオ、聞いてよ!!ジェームズったらっ」
怒りを多量に含ませた声で、談話室で宿題をしていた私にリリーは近づいてくる。私はまたか、と苦笑しながら振りかえる。
「はいはい。今度は何?」
羽ペンを置いて近づいて来たリリーと向きあう。
「ジェームズがね、私のこと…って」
「え、きこえないよ」
「だーかーらー!!あーもう!あんな人知らないっ」
いいながら抱きついてくる親友を宥めながら、私は疑問符をそこら中に浮かべる。
「そーゆーこと言わないの」
「いいもん、私にはミオがいるからっ」
「もうリリーってば、何があったのよ?」
視界にジェームズが苦笑しながら入ってくるのが見えて、視線を合わせてお互いにかすかに笑う。その振動で気がついたリリーは、ジェームズの元に詰めよって、泣きそうな声で怒る。
「今回ばかりは譲らないわよ!」
「リリー落ちついて」
「皆が幸せにならなきゃいけないのっ」
「そんなのあたりまえだよ」
「じゃあどうしてっ!」
微笑ましい(?)口論を眺めていると、テーブルを指で叩く音で呼ばれる。振りかえるとリーマスがいつもの笑顔で私を待ってる。
「いつものことだし、続きやろう?」
「ああ、うん」
私はリーマスと闇の魔術に関する防衛術で出されたレポートをやっているところ。
「だから、ここはこれだっていってるだろ!?」
「え、え、でも、授業中にやったら、緑色になったよ?」
「そんときは先に間違えて、ピンポン大豆落してたろ」
「う、え、あ、そうだっけ?」
となりのテーブルではシリウスがピーターの魔法薬学レポートを手伝っている。怒鳴りながら教えてるけど、あれで面倒見はいいし、成績もいい。
「ミオ、シリウスに見とれてないで宿題」
不機嫌そうな声にふりかえると、顔だけは笑顔で怒っている。リーマスは空気で表情がわかる。
「ご、ごめん」
教科書を差すリーマスの指は白くて細い。とても、綺麗な手だ。本人は汚れてるというけど、私にはとても優しい手。
「聞いてる?」
「ああごめんなさいっ」
深いため息に苦笑する。笑顔がかすかに崩れるその瞬間も好き。
「休憩する?」
「え、でも…」
「誰かさんが気になって、勉強が手につかないようだしね」
紅茶を入れてくるといって、リーマスが立って給湯室へ消える姿をそっと目で追う。
「あ、ミオ。俺もコーヒー」
「僕も…」
「ミオ、リリーと僕に紅茶を頼めるかい?」
「ちょっと、ジェームズ。勝手にそんなっ…ジェームズには甘いホットミルクをお願いね。ミオ」
「そんな~リリーぃ」
どうして私にいうかな。
「だって、リーマスにまかせたら」
ーー砂糖味になる。
「…了解」
どうせならその方がいいかもね。
ずっと続くと思っていた。この変わらない日々。なつかしい、本当に思い出の中でしか会えなくなってしまった人たち。
「リーマス、手伝う~…て、もう作っちゃったの?」
「うん」
ニコニコしているリーマスがトレイに乗せているのは、紅茶三つにコーヒー二つ、湯気の立つミルク一つ。
「砂糖は…?」
「あ、入れ忘れてた」
「わああ!入れなくていい入れなくていい。砂糖壺ごともってこう!」
間一髪。砂糖壺を抱える。
「そんな慌てなくても、僕とミオは困らないよ?」
「他も困らせなくていいのっ」
クスクス笑いに押されて談話室に戻る。まだリリーとジェームズの口論は続いてるようで、シリウスはつかれたように椅子の背もたれに寄りかかり、ピーターはまだ必死で教科書を睨んでる。
「リリー、ジェームズ」
「もう出来たの?」
二人の前に紅茶とミルクを置くと、二人の視線が少しだけ柔らかくなる。でも、ジェームズは笑顔のまま固まっている。
「リーマスが」
四人全員が目に見えて固まる。
「大丈夫、砂糖はまだだって」
同時に吐き出される安堵のため息の後で、リーマスが口を開く。
「そうそう。コーヒーはどっちかもう砂糖入れちゃったから」
もうすっごい可愛らしい声と仕草で。
「どっちかってどっち!!? いくつ入れたんだ!」
慌てたシリウスが私に詰めよる。でも、私が入れたんじゃないし。
「んー…五個ぐらい?」
のんびりと答えるリーマスは、少し楽しそうだ。
「多い!ってか、疑問形かよ!!そんで、どっちなんだ???」
「あはは。忘れちゃった」
忘れんなーっと叫ぶシリウスは、じゃあとばかりに紅茶のカップに手をつける。一口がノドを通った瞬間に、笑顔で冷ややかな声が紡がれる。
「あ、僕とミオの紅茶は先に砂糖入れてあるよ」
「が…っ」
シリウス撃沈。絶対、今のは確信犯だ。
「いくついれたの?」
「いつも通り、ミオのは3つ。僕のは7つ」
どちらにしても、辛党のシリウスにはきついだろうな。ちょっと同情してしまう。
「しかたないから、ミオはコーヒーでもいい?」
「え、どっちが砂糖入れたヤツか本当にわかんないの…?」
「うん」
あはは。その笑顔は本当に絶対に確信犯でしょ、リーマス。
意を決して、片方をとって口をつける。
…………に、苦っ
「外れ?」
「クジじゃないってーの!!」
涙目に訴える私を楽しそうに眺めているリーマス。なんなのこの人。本当に。
「ミオ」
不意にシリウスに腕を引かれて。眼前にその整った顔が近づく。
自分でも何が起こっているのか分らない。ただ重なる口唇が熱くて、痛くて、優しくて。深く侵入してくるソレを防ぎきれなかったことだけが生々しい。
「…マジで当たりか」
「な、なに…」
「でも、これで緩和されたろ」
苦いコーヒーと、甘い紅茶の緩和。シリウスは頬を染めて視線を外しながらも、かすかに私を盗み見て、反応を窺がっている。でも、リーマスは、変わらない笑顔で、見下ろしている。
「シリウス、ミオの課題は任せたよ」
「おう」
なんだか、勝手に理解しあっちゃってんですけど。勝手に、私の気も知らないで。リーマスは、怒ってくれないんだ。
「寝る!」
羊皮紙も羽ペンもそのままに、私は女子寮のドアをくぐって談話室を後にした。リリーとジェームズの呼びとめる声も、呆気にとられるリーマスとシリウスの顔も全部知らない。
このあとって、どうしたんだっけ。たしか、笑ってなかったことにしたんだ。それで、誰とも付き合わないって、宣言しちゃったんだ。
バカだなぁ、私。
でも、リーマスに誤解されてて哀しかったんだ。
闇の魔術に対する防衛術なんて、本当は聞かなくたってわかる。わからないふりしてたほうがリーマスに教えてもらえるから、そうしてただけなのに。実技は手を抜いたことないけど、試験はいつもギリギリで通るようにだけ勉強して。私はお返しに魔法薬学教えてあげるの。ギブアンドテイク。人生の基本よ。資本主義の幕開けよ。
悔しいから、それ以降試験以外の時は手を抜かないで、リーマスを追い抜いてやった。追いつけないだろうって、見返した。でも、リーマスの笑顔は変わらないままだった。
3) 後悔する二人
(リーマス視点)
白い部屋だ。マグルの世界の病室というのは。似合いそうな花を持ってきたよ、ミオ。
「今日は良い天気だ。すこし日にあたったほうが良い」
ベッドに眠っているミオはなんの光も宿さない瞳で、虚空を見つめていた。
シリウスが大量殺人を行った現場近くで、ミオもまたマグルの世界の病院に運ばれていた。ダンブルドアの報せを受けて、僕はいそいで来たけど、待っていたのは空っぽのミオだった。死んではいない。けれど、これでは死んでいるのと同じではないのか。息をしている。ただ、それだけだ。
「仕事はやっぱり見つからないんだ。なかなか、満月近くに出られないとなると不審に思われるから、長居できないし」
返らない答え。いつもだったら、無責任な言葉を掛けてくれるのに。それさえも、ない。
真実を自分で確かめに行った君は、何を見つけたの。僕はそれを知りたいのに。君はもう、動かない人形なんだね。
「僕は何もできなかった」
マグルの病院から移さないのはダンブルドアの指示だ。いくら人形のようになったとはいえ、ミオは闇払い。ヴォルデモートの支持者がいつ襲うかわからない。だったら、まだここのが安全だと。
「どうして、あの日僕は君と行かなかったんだろう」
ミオ以上に闇の魔術に対する防衛術は心得ていた。ただ、人狼故に闇払いにならなかっただけだ。
窓を開けると、涼しい風が吹いてくる。ホグワーツ特急での風と似ていて、僕はすべての時間が戻るような気分になる。くだらない感傷だ。いなくなってしまった友人は誰も戻っては来ない。ミオのベッドの隣に座って、その手を取る。細くやせ衰えてしまっている手は、わずかな重みしかない。生き生きとしていた表情も当然なりを顰め、虚空を映す瞳にどれだけ入ろうと、ミオの心に僕はうつらない。
どうして、永遠なんて信じたんだろう。そんなものはどこにもないと、僕は昔から知っていたのに。ずっとミオといられる永遠を信じていた。僕たちの間にあるものは変わらないと、信じ切っていた。伝えなかったことを悔やんでも悔やんでも、すべてはもう届かない。
「ミオ」
声は届かないと、知っていた。
「ミオ」
何もその瞳に映さないと知っていた。
でも、好きだった。好きなんだ。どうしようもないほど、ミオが好きで。
「………っ」
どうしようもなく無力だった。
ジェームズ、僕はまた何もできないよ。どんなに時間が経っても、好きな女ひとり救ってあげられない。君なら、こんな時、どうする?
『できることをやるんだ。今の君にできること』
鮮明に聞こえる声に慌ててあたりを見回す。いるハズがない、いるはずがないんだ。これは過去の記憶の声。君はどこにもいない。
「…ジェームズ…、僕は、何が…できる…?」
いないとわかっても虚空に問い掛けずにはいられない。大切なものはいつも消えてしまう。持ちきれない砂は持っていなかったのに、残っている僅かなものはすべて奪い去られてしまう。いつも。いつも…っ
白い頬に手を沿える。冷たい滴が手に、触れる。泣いているのか。いや、彼女は泣いていない。泣いているのは、僕。
「好きだよ、ミオ」
生きている限り、僕が守るよ。
たとえ、その瞳に僕が決してうつらないとしても。
動かないミオにくちづけても、何も起こらないと知っているけど儀式のように続ける。不思議だね。声が届かなくなってから、こう出来るなんて。
「ミオの声が、聞きたいよ」
いつかその願いは叶うだろうか。叶えさせてくれ、ミオ。
お姫さまは王子のキスで目覚めるの、とよく君は話してくれたけど。現実じゃないんだね。だって、ミオは目覚めない。それとも、僕がミオの王子じゃないってことなのかな。
それでも、そばにいるよ。
「ダンブルドアから手紙が来たんだ。僕、教師になるんだよ」
「ジェームズとリリーの息子ハリーが通うホグワーツで教えるんだ」
「きっと…、いや、絶対、シリウスも来る」
ミオをこんな目に合わせたシリウスに、僕はどれだけ冷静でいられるかな。
「真実を、この目で確かめてくるよ」
ミオの勇気を、臆病な僕に分けてください。
(ミオ視点)
リーマスとシリウスに鋏まれて、中庭の木陰でのんびりとひなたぼっこ。うつらうつらと日差しと温かさが眠気を誘う。
「もうすぐ卒業かー」
「そうだねー」
二人の声が近いけど遠く聞こえる。風は少し冷たいけど、穏やかで信じられないくらいあたたかい。
「実感わかねーな…」
「最後まで課題は残ってるしね」
「何も最後の最後まで出さなくてもいいじゃねーか。なぁ?」
「んー」
返事ははっきりと言葉にならなかった。なんて、言おうとしたんだったかな。
「うわ、こいつ寝てるよ」
「ひざし、あったかいからねー」
「そんなんいったって、まだ風冷たいしよ。風邪引く…」
「っ!」
小さな、らしくない可愛らしいくしゃみ。こんなの私じゃない。
「ほらー」
「ほらじゃねえって。リーマス、お前のも貸せ」
「はいはい」
ふわりと温かさと重り。二人がローブをかけてくれたのだと思う。そうか、このあたたかさは二人の優しさだ。
「なぁ卒業したら、どうする」
「どうだろうねー」
「俺、ミオといたいな」
「僕もみんなといたいよ」
「俺はミオの話してんだよ!」
「し!起きちゃうよ」
聞こえないフリ、聞こえないフリ。男の子同士の会話って、聞いてるだけでもけっこう楽しい。
「起きねーぞ」
「セーフ…」
「リーマスはミオといたくねーの?」
「だから、僕はみんなと今の関係でいられればいいよ」
ツクンと柔らかい芝が突き刺さる。
「今のまんまでいいのか?」
「うん」
「ミオとも?」
「…うん」
「今の間は?」
今の間は、私と今のままの関係で居続けることに対する不満か、不安か。
「そんなとこ、気にしないでよ」
笑うリーマスの声は風に寂しさを乗せる。
気にするよ。気になるに決まってる。だって、私、リーマスが好きなんだから。
「悩んでるのは、体質、か」
ふと呟くシリウスの言葉に、リーマスが空気を強張らせる。どうしてわかるって、リーマスのことだもの。
「人狼の血は、血を介して移るんだ。ミオを危険にあわせたくない」
それは余計なお世話だよ。リーマス。
「そんなこと気にしないだろ、ミオは」
眠くて眠くて、口もはさめない私の代わりにシリウスが言ってくれてるみたいだ。
「僕が、気にするんだ」
リーマスは優しいけど、優しすぎる。もっと強欲に求めていいのに。好きな物は好きと言ってもいいのに、言わない。いつも相手を先に考えてしまってる。それは残酷な優しさ。
その夜、女子寮に戻ってから。私はリリーの胸で泣いた。
優しいリーマスも好きだけど、それだけじゃないよ。全部のリーマスが好きなのに。
「私、闇払いになるよ」
もっと危険なことがあれば、リーマスは私を求めてくれるかな。一緒にいさせてくれるかな。
リリーは怒ったけど、思いっきり泣かせてくれた。涙は心を浄化するから。全部流してしまう方がいいって。
どうしてリーマスなんだろう。たぶん、シリウスを好きな方が楽だったかもしれない。
でも、それでも私はリーマスじゃなきゃイヤなんだ。リーマスが、好きで好きでどうしようもないくらい好きです。
「そんなに好きなのにどうして言わないの」
言ったら、リーマスはきっと困る。
好かれてる自信はある。でも、壊れ物みたいに大切にされるのはイヤだ。ガラス細工みたいに愛さないで。そのままのリーマスで愛してほしい。
どうしてどうしてこんな夢ばかり過ぎてくんだろう。リーマスは優しくて残酷だった。二人とも臆病だったね。臆病すぎて、進めなくなった。
もしも時間を撒き戻せたら、あの頃に戻りたい。馬鹿げた願いとわかっているけど、もう一度やりなおしたい。もう一度、皆に会いたい。
4) あの日の真実
(リーマス視点)
真実とは、どこまで残酷なんだろう。甘い痛みを僕に与えるんだろう。
「ま、さか。そんな…?」
羊皮紙の切れ端にうつる点に幾度、目を凝らしてもそれはあった。間違いなく、そこに。
「生きているのか、ピーターが」
堪えきれず、杖だけを手に駆け出す。
これがミオの見た真実だろうか。裏切ったのは、誰だ。
『シリウスは、裏切ってなんかいないよね』『こんなときにピーターはどこにいるのかね』
最期に墓前で会った時に交わした台詞が、頭の中をぐるぐる回る。学生時代、皆で幾度も駆けた秘密の通路を通り、叫びの館に入る。
真実はなんだ。ミオが捉えた真実はこれなのか。
シリウスはやせ細り、学生時代の色男も形無しなぐらいひどい有様だったけど、その瞳の輝きだけは変わっていない。ギラギラ痛いくらいに輝くシリウス。あの頃のままだよ、シリウスは。やっぱり裏切ってなんかいないよ。ミオの言った通りだったね。
「やあ、ピーター。しばらくだったね」
すべてを知るともう、僕の心は穏やかだった。僕の目の前のピーターはひどく怯えていた。
ミオの見つけた真実はこれか。シリウスがピーターに向かって魔法を放とうとし、ピーターがシリウスにむかって魔法を放とうとしたときにあったというもう一つの魔法は君だろう。魔法族もマグルも関係なく、闇の魔術に抗いながら放った最後の優しい魔法。被害を最小限に食い止めるための、抑制魔法。とても、ミオらしいね。
「一緒にこいつを殺るか?」
シリウスの申し出は是が非でもない。ミオにかけられた闇の魔法。彼女にそんなことができるのは、油断させることの出来るピーターだけだ。ミオの、仇だ。
「ああ、そうしよう」
ジェームズとリリーを裏切り、シリウスを罠にかけ、ミオを…人形へと変えてしまった。怒りで身体の中の人狼の血が求めるものに、僕は抗う気もない。
「ピーター、さらばだ」
掠めるのはミオの明るい笑顔の面影。すべてを奪ってしまったピーターが憎くてたまらない。
封じこめてきた憎しみが溢れ返って、本物の狼にでもなりそうだ。人間なんて、そういうものなのか。あの頃、あれだけ信頼を固めてきた仲間さえ裏切れるのか。今の僕が人狼に変身してしまったとしても、きっとこいつを切り裂くのに躊躇しない。いっそ何も考えずにそうなってしまうほうがいいかもしれない。
『ヤメテ』
ふと聞こえる声に耳を澄ませる。ひとりじゃない。ジェームズ、リリー、ミオ…。怒りを治める声たち。優しかった、彼ら。沸騰寸前の脳が一気に醒めてゆく。見失わないで。と。声、が、聞こえる。
「殺してはだめだ。殺しちゃいけない」
僕たちの前に立ちはだかるハリーを一瞬、ジェームズと見間違えただけだろうか。
「僕の父さんは、親友がこんなもののために殺人者になるのを望まない」
望まなくても、僕はピーターを許すわけにはいかないんだ。守れなかったことを、まだ悔やみ続けているんだ。あの時、一緒に行っていればミオをひとりで行かせなければ。いや、闇払いになると言った時に止めていれば。後悔は後からいくつだって出てくる。ミオに想いを伝えていれば、今頃もっと違っていたかもしれないのにと。
(シリウス視点)
徐々に鮮明になる記憶。アズカバンの牢獄に入る前から、俺には憎しみしか残っていなかったけれど。
『シリウス!!』
ミオに名前を呼ばれたことだけが鮮明に思い出せる。ピーターと対峙していたときに、後ろからかけられて途切れた集中。そのわずかな隙に放たれた卑劣な闇の魔術。包まれる、光の気配。ミオの苦しそうな表情。
おぼろげにミオに助けられたのだと悟ったのだけれど、同時にミオの身が心配だった。あの苦しげな表情が胸騒ぎを教えてくれていた。何かあったのだと、何かに撒きこまれたのだと。あの場にいたのならば、きっと俺とピーターに。
梟が飛んで来て、俺の肩に止まる。手紙はリーマスからのものだ。ロンドン郊外の小さな森で落ち合おうと一言だけ。拒否は認めないらしい。こちらが魔法省に追われていると知っていての行動だろうか。
「よく無事に来れたね」
安堵のため息と共に吐き出される台詞で、俺は人間へとその身を戻した。
「お前がっ来いっつったんだろーがっ!!」
「やー少しぐらい苦労して欲しいからね。うん」
「そらありがとよ。変わってねーな、その性格は」
厭味を篭めて言ってやると、その表情が翳る。まだ正体を明かしていなかった頃の、満月近くの頃の表情と同じだ。
「そうかな…そう、かもしれない」
半ば投げやりな調子で言う。まったく、本当に変わってないな。
「ミオとは結婚したか?」
「へ?」
「まだなのか?」
「なにいってんの、シリウス。出来るわけないよ」
暗い森の闇に、から元気な明るい笑い声が響く。いっそ狂ってしまったかのように笑っているのに、親友は透明な涙を流しているように見えた。実際には瞳に何も光もなかったけれど。
「出来るわけないって、お前らイイ感じだったじゃねーか」
「言ったでしょ、僕は人狼で…」
「ミオが、気にしないって言っただろ」
「闇払いのミオは、結婚できないんだ」
わけがわからない。闇払いとそれは関係ないだろ。ミオはリーマスのために闇払いになったんだぞ。
「あの日、ミオは君を追うと言って行ったんだ」
笑いは収まり、静かな声は森に吸いこまれる。清廉な儀式のように、言葉ははさめない。
「僕は何も知らなかった。でも君が捕まり、ピーターが死んだ」
「死んでない」
あれはやつのひとり芝居だった。しかもまた、逃げられた。そういうと、わずかに苦笑して訂正してくれる。
「死んだとみせかけていなくなった後には、マグルも含めて12人が死んだ」
「俺じゃない…っ」
「そうじゃない。そうじゃないんだ、シリウス。死んだのはたしかに12人だけど、怪我人の中にミオがいた」
あの時見たのはやはりそうなのかと、納得する自分が滑稽に思えた。
「どれぐらいだ? あいつ有望な闇払いだったし、13年も経てば…」
「ちがう、ちがうんだ。シリウス」
「なにがっ」
イヤな予感が迫ってくる。こんな暗い森でする話じゃない。余計に不安になる。
「おそらく、事件の直前に別の魔法をかけられた。僕たちのまったく知らない魔法だ。闇の、性質の悪い闇の魔法なんだっ」
実感は沸いてこない。くるはずがない。ミオがどうして、そんな術にかかる。あいつは闇の魔術に対する防衛術を誰よりも熟知していた。俺たちの誰も敵わなかったんだ。ジェームズさえも、音をあげる腕前だった。
「今、どんな…」
「マグルの病院にいるよ。生きているけど、生きてない」
「…どういう、ことだ?」
「心臓は動いてるし、目も開ける。でも、心が空なんだ。あんなの、生きてるなんて言わないよっ」
衝撃で、息が詰まりそうだ。リーマスが胸を強く叩いてくるのと、あまりに残酷な現実に。
こんな現実の為に、生きてきたわけじゃない。どこまで、みんな俺たちの前から奪いさるんだ。どこまで、俺たちを苦しめる。死んでなお、俺たちのすべてをーー!
13年分の涙を流すかのように、弱音を一気に吐き出してゆく。いや、13年分ではない。学生時代からの、自分の本当の気持ちを。
「ミオは僕の為に闇払いになるといった。危険と隣り合わせにいるから、助けに来いと。ーー無茶だよね。ホント」
あいつも馬鹿だからなぁ。
「僕はまた何もできなかったっ」
そんで、リーマスもけっこう馬鹿なんだ。
「ミオなら大丈夫だと過信していたんだ。なにも知らないで、知ろうともしないで!
真実は誰に言われなくてもわかっていたはずなのに、僕はけっきょくミオを信じきれていなかったのかもしれない。いつかいなくなってしまうと、離れてしまうと怖れていたんだ」
成長、してねぇな。リーマス。ミオも俺たちも誰も離れるわけないだろう。ーーおこるわけないと、思っていたんだ。誰よりも、俺が。
「なーリーマス」
「遅すぎたんだ、気がつくのが。壊してしまうのを怖がっているうちに、壊されてしまったんだ。
もう届かない。どんなに叫んでも、ミオの目に、僕は、映らない」
次第に静かに紡がれる言葉は、まるでリーマスの心までも凍らせていくようなそんな気がする。
「リーマス、聞け。まだ何も終っちゃいない。それでもミオは生きているんだろう? 生きている限り、遅すぎることは決してない」
誰よりそれを嘘だと思っている俺がいる。
「まず治療法を見つけることだ。マグルの病院になんて任せておかずに、だれか魔法治療薬に強い奴を頼れ。
そして、ひとりで抱え込むな。俺はーーまだ手伝ってやれないけど」
ピクリと肩が震えて、リーマスが離れた。杖腕を押さえて、何か考えこんでいる。
「魔法治療薬に強い…セブルス?」
挙げられた名前に、俺の方が慌てた。なんで、ここであいつをだすんだ。
「は!?まてよ、他にもいるだろ!!!」
「そういえば、思いつかなかった。脱狼薬が作れるくらいなんだから、セブルスに頼めば良かったんじゃないか!」
「いや、他にー他になー…」
なんとか他にいないかと考える。けど、たしかにあの頃からセブルスのやろうは魔法薬学とか薬草学とか、そんなんばっかり成績よかったけどよ。
「そうと決まれば、さっそく頼まなきゃ。ありがとう、シリウス!」
「いや、だから、なぁ!?」
たのむから、奴にだけは借りをつくるな。そういいたいけど、もうリーマスはこっちのいうことなど聞いていないようだ。
「なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう!! さすが、シリウスだね!」
余計なことを言ったかもしれない。
嘲うように、風が吹きつけて来た。
5) 待つ人々
(リーマス視点)
バサバサと梟が僕たちを追い越して行く。空は灰色に曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。
「大丈夫なのか、1人にしておいても」
「こんな山奥にそうそう人は来ないし、ちゃんと罠もしかけてあるから」
だったら大丈夫だなと、シリウスも小さく笑った。
暖炉はネットワークに繋げていない。万が一、そこから侵入者があっても困るから。だから、僕たちは道無き道を進んでいる。
「まだ回復はしていないんだろう?」
「うん、でもとりあえず自分で動くぐらいはできるし」
シリウスとホグワーツで再会して、あれから一年。僕はミオを引き取って、山奥に身を隠して暮らしている。山は身を隠し易い。この辺には狼も多いし、万が一ということはあっても、彼等は僕に危害を加えないだろう。迎え入れてもくれないが。
「それはどういうことだ?」
「動かない人形が、操り人形になってるだけさ」
ミオは意識を回復してはいないけど、とりあえず、生きる為の最小限の行動はしてくれている。だからこそ、僕も引き取ることができたのだけど。
木が徐々に開けてくる。もうすぐだ。
「それでお前は良いのか?」
言いか悪いかと言われれば、よくないと答えるしかない。でも、まったく動かないあの12年に比べれば、離れていた12年に比べれば近くで見ていてやることの出来る今はまだマシだと思う。
「着いたよ」
もう月がイイ高さになっているというのに、家には明りが付いていなかった。
いぶかしむ友人に笑い、先に立ってドアを開ける。
「ミオ、ただいま」
光を杖の先に灯す、その先に奥から女性が出てくる。男物のシャツとズボン、長い髪を白い布で適当に1本に結わえている。髪は闇の色そのもので、肌の白さが、少し異様だ。
「…ミオ」
親友が驚愕のままに近寄り、抱きしめるのを僕は黙って見守る。泣いているのだろう、肩が震えている。ミオはなんの表情もしていない。
「何も、なかったようだね」
その脇を通りぬけて、先に立って歩き、暖炉に火を灯す。部屋の中はまだ寒い。
「シリウス、大した物はないけど、夕飯食べるかい?」
「あ、あぁ」
戸惑う声でミオを離すと、彼女は部屋の中へ歩いてきて、奥の部屋へ行った。
「ドアを閉めてくれ。シリウス」
呆然としている彼の肩に向かう。
「シリウス?」
「…よかった」
安堵の声が、聞こえた。
今のは僕と同じ。生きていてくれてよかった、の、良かった、だ。状況は決して良い物ではないけど、生きていてくれるだけで、それだけでいいんだ。今はそうでも未来はまだあきらめていないから。
「あぁ、そうだね」
彼の細い背を押して、ソファーに座らせる。棚からタオルを取ろうとして、ふと、梟のことを思い出した。
「ほら」
タオルを投げて、自分は彼女のいる寝室へ向かう。ベッドにいつも通りに彼女は横たわっている。その窓に梟が一羽、目を光らせて止まっていた。セブルスの梟だ。括りつけてある袋の紐を取って、彼を撫でる。袋の中身はいつもの薬だ。ミオと、僕の薬。
「君のご主人にありがとうと伝えて置いてくれるかい?」
バサバサと飛び立つ姿を見送って、窓を閉め、ミオに軽くキスを落して部屋を出た。
部屋から出ると、シリウスはぼーっと暖炉の火を見つめていた。赤い炎の中に、何を見つけるつもりなのか。そうしていると、まるでミオを見ているようでイヤだ。これ以上、誰かが、いなくなってしまうのも壊れてしまうのも。
「シリウス」
「あ、あぁ。なんだ?」
反応が返ってくることに、心底安堵する。
「驚いたかい?」
予告はしてあっても、驚かないはずはない。僕だって、今だにミオが普通の反応をしてくれると期待してしまう。
「本当に、ミオなのか?」
「…僕だって、嘘だと思いたいよ」
でも、本物だと知っているんだ。僕もシリウスも。
「セブルスの薬でも、まだ開発中のものばかりだ。せめて、どんな魔法がかかったのかわかれば対処のしようもあると」
「…っち、使えねぇな」
舌打ちするのに笑った。でも、あの頃磔の魔法にかけられて、まだ回復していない魔法使いもいるから、当然だと思う。セブルスは医者では無いし、それでもここまでは回復してくれた。感謝もしている。
「先に夕食にしよう」
ダンブルドアから手紙も来ているけど、話はその後だ。
食後のコーヒーを出して、大量の新聞と共にシリウスを部屋に残し、僕は寝室に戻った。ベッドには大人しく横たわるだけの人形がひとつだけ。長い髪はうねるままにベッドに流れて川を作る。動かない、闇の川だ。
白い頬に手をそえ、そっと口付ける。儀式のように。
「ミオ、薬の時間だ」
虚ろな瞳が開く。でも、光はそこに宿らない。言う通りに動いてくれるけど、でもそれだけだ。
口を開けさせ、薬を流し込み、飲み込ませるために水を、飲ませる。一度舐めてみたことがあるけど、すごく苦い。でも、彼女の表情は揺らぐことなく飲み込んでしまう。
ただ空虚で、ただ静寂がそこにあるだけだ。
「ミオ」
でも、名前を呼ぶ。
「ミオ、僕は…」
言いたいことが、言えないままの言葉がある。
「僕は…っ」
虚ろな人形に言いたいんじゃない、生きて笑ったり怒ったりするミオに云いたいんだ。
零れ落ちる水が、ミオの髪に落ちて、一瞬だけ小さな透明の珠となり、吸い込まれて消えた。
闇はまだ14年前の禍根を残したまま、晴れていない。
(セブルス視点)
帰って来た梟を労い、餌をやる。相変らず、手紙一つつけてよこさない。
「あいかわらず、ということか」
深くため息をついて、棚から本を一冊取り、暖炉の前に座る。
ミオに会ったのはもう一年も前になる。退職させたあの男に願われて、病院でその姿を見た。マグルの病院など、なんの治療も出来ない場所にいることも不可解だったが、そうさせておけといった校長の真意もわからん。姿を見せて、薬を作れというルーピンのいうことも。第一、我輩は薬屋では無い。一介の教師だ。
相手が彼女でなければ、断っていた。ミオでさえなければ。学生時代はよい友人であった。ポッターどもとくだらない悪戯に励んだりもしていたが、諌めることも引かせることも知っている少女だった。喧嘩両成敗とは、よく彼女が使っていた話だ。
『セブルスのその態度があいつら面白がらせてんのよ!?』
笑いながら忠告されたが、イヤな感じはなかった。彼女はただ純粋に心配してくれていたのだ。強く優しい女だった。馬鹿な女だった。
「早く、目覚めろ。ミオ」
誰のそばにいてもいい。人形のままのお前など、なんの意味も無い。なんの力も無い。心配されるだけなど、お前らしくもない。
ルーピンに渡している薬は、人体にかけられた魔法を無効化するだけだ。どれだけ強い魔法をかけられたか知らないが、そろそろ目覚めてもおかしくはない。人形のように生きるなど、本当の意味の生ではない。だから、目覚めろ。
待っているのはルーピンからの手紙ではなく、ミオの手紙だけなのだから。
- 1) 追跡者
闇払いの主人公です。闇陣営の悪い魔法使いを捕まえる…特殊部隊?みたいなもの。
魔法省所属で、ピーターの魔法も厳禁。マグルの世界で魔法使っちゃいけませんっっっ
原作ではこのあと、ピーターが死んだことになってますね。あーマジで趣味話。シリアス一直線です。
(2003/02/06)
- 2) 昔日の夢
ジェームズとリリーは幸せにいてほしいので、そのまま。
代りにリーマスとシリウスに好かれてますが、主人公はリーマスに片思い中。
リーマスさん、自分が人狼だからってことで一歩引いちゃってます。
ピーターがかけた闇の魔術が不完全で、主人公はまだまだ過去をさまよいそうです。
つか、なんか、シリウス夢っぽい…?
(2003/02/07)
- 3) 後悔する二人
もしも時間が戻せたら、半年でいいからまきもどさせて。
ドリームにハマる前の私に戻させて…っ(かなり切実。
シリアス過ぎです。暗いです。でも悲恋にはしません。<ホントかよ。
次はへへ、原作の大好きなシーンを織り交ぜますよ!!
(2003/02/09)
- 4) あの日の真実
つか、ホントに何で12年も経たなきゃセブルスのこと思い出さなかったのか。
それは、わたしが忘れていたから(笑)。
大好きシーンがリーマス視点だったので、シリウスの台詞削除。あー入れたかったのになー。
友を裏切るぐらいなら、自分が死ぬべきだったて。
情熱家なシリウスさんラヴですvvv(これはリーマス夢だっての)
次はセブさんと主人公の過去書こうかな?<ぇ。
(2003/02/10)
- 5) 待つ人々
前回から一気に飛んで、一年後です。
ヴォルデモート復活後です。そろそろ主人公も目覚めてほしいです。
主人公にただいまというと迎えてくれるようにしているリーマスが切ない。
なんで私はこれを書いているのかわからなくなってきました(笑。
そういえば、変身後の大人しいリーマス書いてないな…<ぇ。
感想がないので、いいかげん、書くのやめようかと思いかけ中。
でも、書きかけは終らせないとなぁ。
(2003/02/11)