闇に赤い瞳が浮かぶ。
「ご主人様が復活された」
そんな声が幾重にも連なり、宴を開いている。ヴォルディモートに仕えているかもしれないと、ブラックリストに載っている顔触れが並んでいる。皆、一様に腕を突き出し、突き上げ、血のように赤い杯を交わしている。気味の悪い光景だ。
「ご主人様」「ご主人様」「ご主人様」
うるさい。うるさい。うるさい…。
耳障りな声に吐きそうになる。これはなんだ。これがヴォルディモート?
輪の中心にいる人物は姿カタチこそは人の姿をとりもどしている。でも、胸の内から競りあがってくる不快感に吐きそうになってくる。魔力の強さとか、そういうものなのかもしれないが、それ以上に、違うと感じるものがある。
「そこにいるのは誰だ?」
地面の底から響いてくる声にはっと我にかえる。ヴォルディモートに問いかけられたのかと思ったが、すぐに錯覚だと思い直す。だって、私は今夢をみているのだから。
「そこにいるお前は、だれだ? 黒き髪の女よ」
後ろを振りかえるが、そこには暗い森が広がっているだけだ。何かに気がついたような声がヴォルディモートのすぐ近くから聞こえる。
「もしかして、ミオか? そこにいるのか?」
「誰だ、その女は?」
あの声は、ピーターだ。親友を裏切った、小賢しいピーター・ペティグリュー!!
「彼女は、わたくしめが使役するための術をかけた者にございます」
彼らの近くの闇が深くなる。反対に私の周囲の闇が殊更に強く、光を呼び込む。強い、光の残像を。
「逃げて」
はっとして近くの光をみやる。光の残像は、いなくなってしまった親友の姿を形作りはじめている。月の強い光が集まって、透明で凛とした彼女ならではの優しい空気を引き連れて。
「今なら、まだ僕たちが食いとめるから」
反対がわから聞こえるのは、その恋人で、やはり私の親友で。月が光ごと私を溶かしてゆく。強く白い光が、彼を強く形作る。顔には2人ともが笑みを形作っている。私の大好きな親友たちだ。
「リリー…ジェームズ…っ」
早く行ってと、2人が笑う。笑って、私を押した。
夢だ、夢。幸せな、夢。夢でもイイ。逢いにきてくれたんだ。だったら、もう、醒めなくてもいいや。
「リーマスが待ってるのにそんなこといわないの」
リリー…。
「これ以上、僕の親友たちを哀しませないでくれよ。ミオ」
ジェームズ…。
うん、約束。するよ。もう絶対にーー。
(リーマス視点)
満月の夜は狂気が宿る。そんな夜は脱狼薬の完成を持って、しばしの静寂を保っていた。
ミオのベッドのそばで蹲る、銀の毛並の見事な狼と黒い疲れた毛並の大きな犬。二匹はただ寄り添って、夜が明けるのを待っている。
「ずっとひとりでこうしてきたのか」
シリウスの問いかけに、狼はかすかに笑う。
「来てくれて助かるよ、パッドフット」
寄り添いあう夜は、いつもよりも月が優しい気がする。奇跡みたいに綺麗な静寂。今なら、何が起きても嬉しいだろうなと思う。信頼できる親友がいて、愛する人が生きている。たったそれだけでも、僕は幸せなんだ。
見上げる月は憂いを伴うけれど、ミオ、君と見れるよ。君さえ目が醒めてくれれば、僕は一緒に月を見上げれるようになったんだ。キラキラ輝く月は、光の粉を振りまいている。
ーーいつか一緒に満月を見ようね。
そんな途方もない夢も叶うのに、君だけがいないね。おかしいね。
ぺろりとシリウスが僕の目元を嘗めた。泣いていたらしい。優しい親友は今日も犬の姿でそばにいる。
一際強い夜風に目を細める。急に部屋に温かさが戻るのを二匹で目を見合わせた。
「リーマス」
「ああ、たぶんジェームズだ」
夜風にのって、僕を心配して来てくれたに違いない。いなくなってなお、心配かけるなんて、僕もダメだね。
生きていてくれるだけでイイ。そう思っているのは嘘じゃない。でも、あの頃みたいに笑っていて欲しいって、思うのは欲張りかな。
「何度も後悔したよ。ミオに言わなかったことを」
独り言をシリウスは黙って聞いてくれる。
「気持ちを伝えても、僕はきっとミオに触れられない。だったら、友達のままでいいと思ったんだ。でも」
今でも鮮明に思い出す場面。墓前に手を合わせる背中、背を向けて自分の足でしっかりと歩く後姿、白い部屋で虚空を見つめる横顔。
「こうなってから気がつくなんて、僕も馬鹿だよね。瞳に映らなくなってから、後悔したんだ」
恐れないで、抱きしめて、引きとめてしまえばよかった。月さえも恐れるほどではなくなっているのに、あの頃も僕は臆病だった。
「今は?」
その声は闇の深さよりも太陽に近い気がした。
「今、もしもミオが告白したとしたら、リーマスはどうする?」
ありえない。けれど、たまにはそんな話もいいかもしれない。ミオが目覚めるという夢を見ようか。
「ミオが目覚めて、もしも僕を嫌いになっていても、たぶん僕はもう手放さないよ」
もし僕を嫌いになっていたとしても、悪戯を仕掛けて、君を捕まえる。月が僕を手放さないように、僕も君を虜にする。
「ミオが俺を好きになっていても?」
「もう譲らないよ、シリウス」
もう僕以外を好きにならないでもらうよ。シリウスを追い出してでも。
「ミオを犯罪者の妻にはしたくないしね」
「だから、無実だって」
「あはは。わかってるよ」
動物になっている時の耳には殊更によく耳が聞こえる。月が歌っているというのなら、その声さえも聞こえるだろう。2キロ以上離れた場所の音さえも聞こえるけれど、たぶん、この時の声はすぐ近くだった。
「お、おい、リーマス?」
同じように聞こえたらしいシリウスの動揺が伝わってくる。鼻で人の身体を押さないで欲しい。
「空耳、か?」
14年も聞いていない声がそうだと言い切るのもおかしいが、僕には君の声以外にもう思い当たらない。
「ミオ?」
ベッドに飛び乗って、その口元を見る。目は相変らず虚空を見つめているのをため息を持って眺めたけど、たしかに口元が動いていた。今、狼姿でとてもいいと思ったのは、その声が聞こえるから。
「リーマス、まさか!?」
「その、まさか、かもしれない」
口元が呟いているのは、リリーという名前と、ジェームズという名前と。
瞳がゆっくりと閉じられるのを不安を持って見つめ、ベッドを揺らした。どうして今、僕は狼の姿なんだろう。この手が人間の手なら、この身体が人間なら、今すぐに君に触れられるのに。目を開かせられるのに。
「ミオ、ミオ!」
「おちつけ、リーマス!!」
衝撃があって、僕はシリウスに突き落とされた。その姿はもう人間だ。
「落ちつけ、直に月が沈む。おまえも元の姿に戻ってからだ」
今、心底、人狼である自分がいやになった。シリウスがミオに近づくのをただ黙ってみているしかできない。
「状態は変わっていない。声を聞いたのは14年ぶり、か」
「僕だってそうだよ」
「だったら、もしかするかもしれないな」
急にシリウスが部屋の中をうろつき始める。何度かミオに近寄り、その頬に手を当てるたびに低い声が漏れた。
「何もしねぇよ。リーマスに恨まれるのはごめんだ」
でも、シリウスはミオを好きだった。
「こいつをたしかに俺は好きだった。でもな、俺はおまえら2人が幸せになって欲しいと思ってる。それなのに邪魔なんかするかよ」
「自分はいいのか?」
「俺は、ハリーって息子を残してもらったしな」
それは僕にも言えることだ。あのジェームズの息子はリリーの性格もどちらも受け継いで、立派に成長している。あの子の存在も僕に希望を与えてくれる。絶対に無理だと思うことをやってくれるあたり、ジェームズの息子だと実感できる。
「ジェームズの息子なら、僕の息子でもあるよ」
月の光が弱くなる。
「おまえ、ふたつもなんて欲張りすぎだ」
「そうかな。僕ら、そろそろ幸せになってもイイと思わない?」
「思うけどさ」
短い笑いをどちらともなくこぼし、続けて笑った。何年ぶりかの笑い声は家の中に響いてゆく。
身体が変化してゆく慣れた激痛に耐え、僕はミオのベッドに腰掛けた。触れる身体は変わらず大して高い体温ではない。手首と細い首に手をかけて脈を確かめ、規則正しい動きに安堵する。でも、目は閉じたままで、開いていない。今までなら、朝になると勝手に開いていたのに。
「シリウス、ちょっと頼めるかい?」
「なにを」
「マグル式で紅茶を頼むよ」
一瞬顔を顰めたものの、親友は大人しく部屋を出ていった。
ベッドに視線を向ける。今は妙な確信があった。
「ミオ」
声をかけても反応はない。
「ミオ、おはよう」
いつものように口を重ねる。ただいつもよりも長く。そうすることで、なにか違うことが起きる気がした。
お姫様は王子のキスで目を覚ますから。僕は、ミオの王子になりたいんだ。…なるんだ。
口を離した後は、ミオの瞳がぼんやりとした光から、奥に光を届けていた。ゆっくりと空気を多量に吐き出しながら、口が動く。
「 リ ー マ ス 」
「やっと、僕を見てくれたね。ミオ」
朝日が差しこむ部屋の中で、僕はもう一度姫にキスをする。
目を覚ましたお姫様が、僕以外を好きだとしても、もう君は僕のものだよ。だって、君の王子は僕なんだから。今も、昔も、これからも。
(セブルス視点)
薬品と書類を蹴散らして、梟がわざわざ我輩の手に止まった。こんなことをするのはミオぐらいしかいない。
「まったく、あいつは」
手紙の筆跡がルーピンのものであることにいぶかしんだが、内容はたしかに彼女のものだ。
魔法でお湯を沸かし、コーヒーを入れてから、硬い椅子に寄り掛かってもう一度読みかえした。
*
親愛なる セブルス
もう何年も前のことだけど、薬、ありがとう。役立てることなくどっかいっちゃったけど、一応礼はいっとく。日本人は義理堅いのよ。
それから私の薬も調合してもらっているみたいで、とても感謝してる。でも、あの苦さはわざとなのかしら? 苦くて苦くて死にそうだから、もうちょっと甘いのをお願いするわ。セブルスならそんなこと簡単でしょ?
見ての通り、リーマスに代筆をお願いしている理由は目が回復していないからなの。そのうち直るかも直らないかもわからないけど、リーマスってば私の目が治らないほうがいいっていうのよ。ひどいわよね。リーマスの細々とした収入でこの先暮らしていけるか、多いに不安だし…。
しかたないから、私の以前の稼ぎからセブルスに薬代払うわ。今までとこれからの分。まだしばらくは世話になると思うんで、先に言った通り、もうちょっとせめて飲みやすいのをね。お願い。
近いうちに代金をもって、会いに行くわ。それまで、元気で。
(リーマス視点)
「なんであんなやつに手紙なんか…」
ぶつぶついいながら、梟を見送っていたシリウスを、僕も笑いながら見ていた。ミオはその隣に立って、シリウスに笑いかけている。
「シリウス。セブルスは良い人よ?」
「そうだね。ミオと僕の薬をちゃんと調合してくれるしね?」
腕を引くと、細い身体が腕に納まる。
「リーマス?」
「うん?」
「いちゃつくんなら、隣の部屋行ってやれよ…」
疲れた口調のシリウスはもう一羽の梟に手紙を託している。
「うらやましいかい、シリウス?」
振り返らずに親友は自分のあてがわれた部屋へと消える。ここの居候なのは彼なのだからしかたがない。
「ちょっと、かわいそうなんじゃない?」
「そうかな。ずっとミオに無視しつづけられてきた僕のほうが可哀相デショ」
後ろから耳を甘噛みすると、身を捩って、こちらに身体ごと向きを変えてくる。
「リーマス、だからそれは…」
開く小さな口を塞いで、深く口付ける。頭を抑えて、折れそうなカラダを強く引き寄せて。今までの分も、これからの分も。全部。
「愛してるよ、ミオ」
受けとめてくれるよね。僕の今までも、これからも、想いのすべてを。
(シリウス視点)
ベッドに身体を投げ出して、木目の味気ない天井を見上げる。古い木の匂いは、年月の重さを実感させるものの、さきほどのことを思い出して、俺は複雑な想いを抱えていた。
目が見えないとはいえ、ミオは昔から勘がイイ。それはリーマスにも共通することだ。微笑まれた時は思わず抱きしめてしまいそうになる。それに気がついた親友に阻止されたが。
昔も今も、彼女が好きなのはリーマスだとわかっている。リーマスもミオの目が醒めて以来、ところかまわずいちゃついていて、独り者の俺には目の毒だ。
二人の様子は、ジェームズとリリーのバカップルぶりを思い起させる。ここにハリーがいたら、教えてやれるのにな。お前の両親もあれ以上だったぞ、て。
「…り、リーマス~」
「だめ。もう離さないよ」
戸口の向こうから聞こえてくる甘い声に耳を塞ぎたい。というか、もしかして、リーマスのやつはわざとやってるんじゃないだろうな。
無理やり頭から予感を振り払って、俺はハリーのことだけを考えることに専念した。
ポッター夫妻、いつになったら成仏するんでしょうね。
てか、勝手に出したのはわたしか。いつでも見守っていてくれそうですよねー彼ら。
後半、どうもリーマスさんニセモノですが、いつものことです。
今まで苦しんだ分だけ、幸せになってほしいです。
シリウスがそこはかとなく不幸なのは気のせいということに。
設定上の不備はご容赦ください。
(2003/02/16)