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書名:幕末恋華
章名:土方歳三

話名:恋華@土方/沖田 - 鬼の霍乱


作:ひまうさ
公開日(更新日):2009.1.20
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:2338 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:桜庭/鈴花
1)
蒼空★♪★様へ
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p.1

 ぐらりと世界が揺れる。闇の中なのに妙な感じだ。

「おら、しゃんとしねぇか」
「ちゃんとしないと鬼が怒りますよ、桜庭さん」
「誰が鬼だ、総司」
 闇の中でゆらゆらと二つの声が揺れる。これは土方さんと、沖田さんだろうか。何がおきているのか、ぼんやりとした頭では何も考えられない。

「こうしてみると桜庭さんも女の子ですね、土方さん」
「馬鹿なこといってねぇでしっかり支えてろ、総司」
 背中を支えてくれる大きな手が離され、変わりに小さいけれど力強い腕が寄りかからせるように支えてくれる。

 乾いた衣は温かな日差しの匂いがしみこんでいて、暖かい。それは小さな頃にはあったもので、母がいなくなると同時に失くしてしまったもの。

「部屋に運びますか?」
「いや、ここでいい」
 両足が地を離れ、ぐるりと世界が回転する。

「…気持、悪…っ」
 思わず掴んだ誰かの着物からは汗と埃と血の匂い。

「桜庭さん…?」
 吐き気を抑えて蹲る私を誰かがそっと布団に下ろし、横向きにして背を撫ぜた。

「吐くんじゃねぇぞ」
「何言ってんですか。桜庭さん、吐いたほうが楽になりますよ」
 喧嘩するような二つの声なのに暖かくて、優しくて、失ってしまったものを思い出させるから。吐き気ではない熱いものが胸をこみ上げてくる。

「病人なんですから、桜庭さんを苛めないでくださいよ、土方さん」
「ああ分かった分かった」
「本当にわかったんですか?」
 穏やかな口論をしながらそっと掛けてくれる布団はあまり暖かくは無いけれど、周囲の穏やかな空気に促されるように、私はいつしか眠りに落ちていた。



p.2

 新選組には鬼がいる。

 それを最初に言い出したのは誰なのか知らねぇが、俺や総司はともかく桜庭は違うだろう。隣で横になりながら、熱に浮かされる額から冷やした手ぬぐいが滑り落ちるのを拾い上げ、まだ熱い額に乗せてやる。すると、ゆっくり熱に浮かされて潤んだ目が開いた。

 普段は女顔の男にしか見えねぇ奴だが、確かにこうしていると女の部分もあるような気がする。零れ落ちた涙を親指で拭ってやる。

「…あ…」
 それで気が付いたようにこちらに顔を向けた桜庭は心底安心しきった顔で笑った。純粋な子供のような顔で、花開くように笑った。自然と自分の心も穏やかにさせるような、そんな笑顔だ。

「水飲むか?」
 こくりと肯くので身体を起こし、盆に乗せておいた湯飲みの一つを手にすると、中でちゃぷんと水音がはねた。

「起き上がれるか」
 起き上がろうとした桜庭がふと、何かに気づいた様に隣を見る。

「……」
 何かを言いたげに俺を見つめるのはおそらく喉をやられているせいだろう。俺とは反対の隣で、猫のように身体を丸くした総司が小さな寝息を立てていた。その手がしっかりと桜庭の白装束の袖を掴んで離さない。

「総司、起きろ」
「ぅ…」
「その手を離せ」
「ゃですよ。桜庭さんは、僕の、です、土方、さん…」
 寝言のようにむにゃむにゃと呟き、そのまま寝入ってしまう総司を見つめた後で、普段より倍の時間をかけて桜庭が戸惑うように俺を見た。その口が開き、ひゅうひゅうと風の通り抜けるような音を立てる。違う、と否定しているようだ。

「(ちが、違うんです、土方さんっ)」
「ああ、わかっている」
「(沖田さんはただ遊び相手としてですね)」
「とりあえず水を飲め、桜庭」
「(え、で、でも)」
 戸惑う桜庭から無理やり総司の手を外し、抱き寄せるように引き寄せる。

「ほら」
「あ…」
 戸惑っていたようだが、総司への気遣いよりも喉が渇いていることのほうが勝ったのだろう。熱の篭る手で湯飲みを持ち、僅かに傾け、桜庭はこくりと喉を鳴らして少しばかり飲んだ。普段よりもたおやかで熱い身体は着物越しでも熱を確かに伝えてくる。

 月明かりで少し焼けた肌が照らされ、普通の女にはないものを見せる。俺の視線に気づいた桜庭はあらわになった腕をそっと隠した。何かを言いたげに口を開いたが、やはり声にはならず風だけが虚しく通り抜ける。

 追い出してやろうとしていたあの頃が信じられないほど桜庭はここに馴染んだ。その証が、傷だらけのその肌が、心の底から愛しく感じる。

 俯いたままの桜庭を布団に横たえ、俺もまた隣に寝転がる。驚いたように目を見開く桜庭の両目の上に手のひらを乗せた。

「まだ朝まで間がある。しっかり寝て直せ」
 戸惑う気配の後で小さく頷き、少しして寝息が聞こえてきた。

 手を外せば小さな子鬼が穏やかに眠っていて、その向こうには生意気な子鬼が眠っている。こんな穏やかな夜もたまにはわるくねぇな、と声も立てずに笑った。



p.3

 翌日、風邪をしっかりと移された俺の眠る布団の傍らで、二人の子鬼が正座する。

「すいません、土方さん~」
 心底申し訳なさそうな桜庭の隣では、総司が晴れやかに笑う。

「あはは、鬼の霍乱て本当にあるんですねぇ」
 イライラする精神を押さえつける余裕もないが、怒る気力もない。

「桜庭、総司をつれていけ」
「え、でも…」
「総司がいちゃ、治るもんも治らねぇ」
 先に立ち上がった総司が桜庭の腕を引く。

「本人も言っていることですし、行きましょう、桜庭さん」
「で、でも」
「あれぐらいで風邪を引くなんて桜庭さんは鍛え方が足りないんですよ。今日は折角非番ももらえたんですし、一緒に稽古しますよ」
「え、ええっ?」
 これ見よがしに桜庭の肩を抱いて部屋を出て行く総司を見送った後、俺はイライラしながら息を吐き出した。

 少し後で戻ってきた桜庭が冷たい手ぬぐいを額に乗せ、心配の声をかけてくれる。

「早く元気になってくださいね、土方さん」
 こちらが答える前に総司に呼ばれて彼女が行ってしまった後、自分でも不思議なほどに穏やかな心地で土方は眠りについたのだった。



あとがき

・土方vs沖田で主人公を取り合う
・土方オチ


 上記リクエストから書いてみました
 どうしようか迷っていたんですけど、今朝いきなり降りてきた!


 前半部分は実は二人に着替えさせてもらっていたり
 ヒロイン視点だとさっぱわかりませんねっ←
 しかし、糖分が足りない気もする。久々だからかな…


 設定的にはもっといろいろあって長くなりそうなので端折りましたが


・初雪で沖田と二人ではしゃいで遊ぶ
・翌朝に沖田との稽古の最中に倒れる
・土方と沖田に看病される(沖田も薬を飲まされる)
・土方だけ風邪を移されている


 最後のオチがポインツ!←
(2009/01/20)