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書名:Routes -3- adularia
章名:本編

話名:Routes -3- adularia - 01#-05#


作:ひまうさ
公開日(更新日):2008.8.1 (2009.10.1)
状態:公開
ページ数:9 頁
文字数:22679 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 15 枚
<一、よくある旅立ち>
1#よくある幕開け
2#よくいる家族
<二、よくある襲撃>
3#よくある見送り
4#よくある襲撃
5#よくいる剣術士

01#よくある幕開け p.2 へ p.3 へ 02#よくいる家族 p.5 へ 03#よくある見送り p.7 へ 04#よくある襲撃 05#よくいる剣術士 あとがきへ コメント閲覧 次話「Routes -3- adularia - 06#-14#」へ

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p.1

01#よくある幕開け



 目の前で光と風が爆ぜる音を聞いて、私は目を開いた。まず視界に入るのは白い一繋ぎの服を着て、白い帽子を被った二十歳前後とみられる金髪の青年で、彼は右手で左手を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。外傷は見当たらないが、今の音からして、小さな雷にでも打たれたのだろうか。

系統診断(ルーティスト)、失敗?」
 彼の向こう側は山で切り出した岩を積み上げただけの壁で、崩れないのが不思議なくらいだ。その上、その間を四角く切り取ろうだなんて、作った人は正気の沙汰じゃない。その切り取った場所から吹き込んでくる風に吹かれて、かすかに流れ落ちた砂から、この建物の相当な古さが伺える。嘘か本当か女神が立てたのだと言われている。

「すいません、アデュラリアさん」
「いいよ、わかってたし」
 私が落胆もなく労いの言葉をかけると、彼ーー名前を知らないので青年神官としておこうーーは見た目七、八歳程度には年下に見えるはずの私に怒ることも無く、苦笑を返してきた。

 彼の目にはおそらく私はこんな風に映っているだろう。十三歳ぐらいの小生意気な子供、と。格好こそいつも一緒にいる幼なじみの男の子と変わらないような短パンに黄色のシャツとなめした皮のベストだが、今日は普段と違って髪を二つに結っているので、ちゃんと女の子と認識されているかもしれない。そうでもしなければ男の子に間違われることも少なくない私の実際の年齢は十六で、ここでは既に成人したとみなされている。

「アディ、その言い方は無いよ」
 隣に来た幼なじみの男の子ーーオーソクレーズが私を嗜める。アディというのは私の愛称で、口を少しだけ曲げて振り返った先では、洗いたての白シャツに土色の茶色いズボンを黒と灰色のサスペンダーで吊った、短い金髪で黒い目の少年がいる。黒目といってもよくよく覗いてみれば、光の加減で碧の虹彩が入っている少し特徴的な少年だ。歳相応に十五に見られるのが、私としてはとても羨ましい。本名はオーソクレーズだが、呼びにくいので私はオーサーと呼んでいる。

「前に来た神官様だって言ってたじゃないか。三歳以上の系統診断(ルーティスト)は大神殿の神官様でもなければ成功しないって」
「そりゃあそうなんだけどさ~」
 わかっているけれどと口を尖らせる私を宥めるように頭を撫でようとする少年の腕をやんわりと跳ね除ける。一つだけとはいえ年下のくせに、時々こうして私を子ども扱いする行動が私は好きじゃない。私の子分のくせに生意気な、と以前に言ったら、笑いながらごめんと謝ってはくれた。だが、一向に改善してくれる気は無いようだ。

「その歳まで系統診断(ルーティスト)を受けていないなんて、珍しいですね」
 会話に割り込んできた神官の言葉に、オーサーとの雑談をぴたりとやめる。

「かつて、この世界は女神に創られ、支配されていました」
 神官の口から綴られるそれはよく知るもので、創世記一章一節に書かれている有名な文言だ。



「かつて、この世界は女神に創られ、支配されていた。

 女神による永い統治の間、世界は穏やかな楽園のようであり、そこではすべてのものが話をし、聞くことができた。渇くことも、飢えることも知らないその時代はまさに楽園であり、全ての物が女神を愛し、仕えることを至上の喜びとしていた。

 誰も、世界の一切が永遠に続くと信じていた幸福な時間は、ただひとつの無情な召喚により破られた。天上人である女神らを召喚したのは、それができるのは空間を統べる王、唯一の天帝である。

 女神らは自分たちの作った愛しき世界を護るため、ただひとりの幼い女神を地上に遺し、さっていった」



 世界は女神が去った日から輪廻を繰り返し、いつか女神が還る日を待ち望んでいると伝えられている。

 故に繰り返される輪廻の中、己が何者であるかを見失わないために、前世ーーつまり己の系統(ルーツ)を知らなければならない。それがこの世界を支える女神信仰の役目となっているため、系統(ルーツ)によって戸籍を神殿に登録することは、至極当たり前のことなのだ。

 確かに神官の言うように、私のように成人まで系統(ルーツ)を知らないものは稀少である。成人前であれば、ある程度の町以上には戦争で親を失ったり、捨てられたりして孤児になっている者もいるし、そういった者は知らない故に系統診断(ルーティスト)を受けることが無い。だが、ある程度ーー物心がつくようになれば、自分の足で町の小さな神殿にでも行けば受けることはできる。系統診断(ルーティスト)は基本的に無償で受けられるのだから。

「アデュラリアさんは、なぜ今までに系統診断(ルーティスト)を受けていないのですか?」
 孤児だったから、とかそれぐらいは予想がつくだろう。

 私はこの村から少し離れたイネスという街で生まれ、八歳の時にマリベルに連れられて、この村で暮らすようになった。それまでに神殿に行ったことがなかったわけでもなく、系統診断(ルーティスト)を受けたことが無かったわけでもない。だが、どの神官も系統診断(ルーティスト)に失敗し、人によっては修行の旅に出てしまったものもいるらしい。

「忘れてたのよ」
 だけど、それをこの神官に言う必要も無かったし、実際あまり思い出したくも無いことばかりだ。

 大陸の中でもこの国は大神殿を有しているだけに殊更に女神信仰者が多い。そして、そういう場所特有なのかどうかは知らないが、ひとつの伝説が残っているのだ。



:女神の眷属

: そは至高にして、至宝の恵み

:  手にし者らに全てを与えん



 それを言ったのが誰だとか、そういったことはどんな文献にも残されていない。だが、誰がいったか知れない言葉が伝説となって残っているおかげで、私は何度か殺されかけた。その理由は今はまだ語りたくない。

 目を閉じれば思い出す赤黒い闇を無理やりに記憶の奥へと封じなおし、口元に緩い笑みを浮かべる。

「帰ろうか、オーサー。わからないんじゃ、時間の無駄だしね」
 私はオーサーの自分よりも一回り大きくて、少し骨ばった左手を右手で掴み、この神殿の出口へと足を向けた。その足が数歩もいかないうちに、神官の少し焦ったような声がかかる。

「あの、アデュラリア、様っ」
 先程までの余裕気な穏やかさを棄てて、神官は言った。

「一度、大神官様にお会いください」
 その様子に、オーサーと二人で眉を潜め、顔を見合わせる。

「そりゃ、あなたにわからなきゃ、いい加減に大神殿へ検査に行かなきゃ行けないのはわかってるよ」
 ここみたいな小さな神殿には、常駐している神官はいない。この神官のように不定期に修行している神官を待つ他は、近くの神官の常駐している神殿に行かなければ系統診断(ルーティスト)を受けることはできない。だから、次を待つか、神官のいる神殿へ向かわなければいけないのだけれど、これまでの経験から一番力のある大神殿へ行かなければならないことは、私だってわかっていた。

「でも、なんでわざわざ言うの?」
 考えなくたって、他の誰もがわかっていることだったから、あえて言う必要も無いことだ。そのあとの神官の言葉で私とオーサーは、彼に対しての警戒を強めることになる。

「これは僕の憶測かもしれませんが、」
 神官はそこでひとつ息をついて、まっすぐな瞳と同じく、まっすぐな言葉を使った。







「アデュラリア様は、今代の女神の眷属かもしれないのです」









p.2

 女神の眷属が「至宝」と云われる所以は、女神の力を行使する権限があると伝えられるからだ。だからこそ、権力に固執するものたちーー主に王侯貴族はその力を、存在を欲した。

 まだこの村に来る前、私はイネスの神殿で系統診断(ルーティスト)を受け、そして失敗した。それ以前から系統(ルーツ)がわからないということで誘拐にあったり、刺客に狙われたりしたことも度々あった。それでもなんとか生き延びていたのだが、その日を境にそれらは激化した。一緒にいた者たちはほとんどが巻き込まれて、死んでいった。望んで身代わりになってくれた者もいれば、本当に運が悪かったとしかいえない者だっていた。だけど、どれも自分が原因だったのは間違いなくて。

「あなた、馬鹿?」
 握った手に力が篭ったためか、オーサーが不安そうに私を見る。

「この世界はとっくに女神に見捨てられているんだから、今更女神の眷属がいるわけないよ」
 女神が作ったなんて、そんな伝承があるから、みんな殺された。私が神殿で、系統診断(ルーティスト)なんかを受けたから、死ななくていい子供だって死んだんだ。もしあの時に私に女神の力を使うことができたら、誰一人死なせやしなかった。

 女神がいなくなって、既に千年以上の時間が経ってるっていうのに、今更誰も本当に女神が還るなんて信じてなんかいない。私だって、とっくに女神が捨てた世界で、女神の眷属に揮える力なんてないって、ずっとそう思ってる。誰も口に出さないけど、きっと誰もが思ってるんだ。

 女神の力を信じて、欲しているのは権力に固執する愚か者だけだ。神官の力は女神とは違う、この世界で生まれた魔法で。魔法使い達が使う神官とは別の魔法だって、この世界に則したもので、女神の力なんて誰も必要としてない。

「それに、いたとしてもこんな場所にいるわけないじゃない。私ぐらいに育ってたら、とっくにどこぞの王族か貴族にでも売られてるよ」
 私の背中を軽く、オーサーが叩く。落ち着かせるように自分に私の身体を引き寄せてくれる。

「神官様、アディは女神の眷属じゃないです」
 私の代わりに、私の言葉を代弁してくれる優しい幼なじみに、私は素直に身体を預けた。

「アディは僕の大切な家族なんです。女神の眷属なんて、そんな言葉でアディを惑わせないでください」
 不安になるたびにこうして私を落ち着かせてくれるオーサーは、私にとっても大切な家族だ。だからこそ、私も言わなきゃいけない。

 オーサーから身体を離し、神官を真っ直ぐに見つめる。

「私は、女神の眷属じゃない。あなたみたいな三流神官が系統診断(ルーティスト)に失敗したぐらいで、決め付けないで」
 踵を返し、今度こそ私がオーサーを連れて、小さな風化の激しい石の神殿を出ようとしても、もう神官は何も声をかけてこなかった。



p.3

 外から差し込む昼の白い光に目を細めながら、私は片腕を上げて、それを遮る。強く目の前を通り抜ける風が騒がしそうに私の髪を揺らして、駆け抜けてゆく。ざぁという木々のさざめきに、箒で暗い気持ちを掃いてもらった気がした。

 何度も、何度も問われてきた。女神の眷属ではないのかと、何度問われても肯定するつもりはない。ないのだが、そろそろ色々な意味で潮時なのかもしれない。それに、否定することもだが、問われることそのものにも飽きた。

 繋いでいた手を解き、二つに結っていた髪を解くと、耳元をすり抜けて、髪が後ろへさらりと流される。黒く真っ直ぐで硬質な髪は、だがすぐにぺたんと背中におちついた感触を伝えてきた。わしわしと片手で髪を掻き、はぁと息をついて立ち止まる。

「オーサー、決めたよ。大神殿に行こう」
 私が笑顔で振り返ると、オーサーは驚きに目を見開いた。普段は憮然としているくせに、そうするとオーサーは少しだけ幼くなる。闇に落ちる世界の寸前みたいな深い藍色の瞳に、私の少し緊張した笑顔が映っている。

「えっ、アディは行きたくないんじゃなかったの?」
「気が変わった。どうせ、このままじゃ自由に旅も結婚もできやしないんだ。大神官サマとやらに、系統(ルーツ)を決めてもらおうじゃないの」
 他の国ではどうなのか知らないが、大神殿を有するこのルクレシア公国では、旅に出るにも所属している村や町からの許可がいるし、婚姻に関してもすべて神殿で登録すると決まっている。そして、すべてのことには必ず系統(ルーツ)の診断書が必要で、これは個人の存在証明みたいなものだ。私は通常それを持っていないので、村を出るだけでも私を証明してくれる者との同行が必須となっている。

 歩きながら、私は一度解いた髪を、腕につけていた紐で一つに括り直す。そうするとますます男にしか見えなくなると何度かからかわれたが、今日みたいに「おめかししてオーサーとデートか」なんてからかわれ方をするよりはマシだ。オーサーと私はそんな甘っちょろい関係ではない。

「アディ、短気はだめだって。大神殿までは日帰りじゃいけないし、途中には猛獣もいるっていうし、盗賊だっているっていうし。それに母さんたちだって、反対するよっ」
 吃驚して立ち止まっていたのだが、慌てて追い付いて来たオーサーの手が私の肩にかかるのを避けつつ、よろけた彼の首を腕の間に抱えこみ、そのまま歩く。

「うわわっ」
「猛獣は二人で何度も倒してるし、盗賊だって二人ならなんとかなるよ。母さんたちの説得だって、お姉ちゃんに任せなさいって。そんなことより、」
 腕の間でじたばた暴れるオーサーを笑いながら立ち止まり、頭の上から問い掛ける。

「オーサーは一緒に行くの? ここに残るの?」
 これは卑怯な問いだ。オーサーは私と出会ってから、逆らった例しがない。だから私は、彼が、オーサーが私の予想通りの答えを返すと知っている。

「…行くに決まってるよ」
 至極憮然としたオーサーの返答に満足して、ようやく私は彼を開放したのだった。慌てて離れるオーサーは少しだけ耳を赤くしてて、それが照れているのだと知っていて、私はからかうように笑う。

「何、赤くなってんの」
「赤くなんかない」
 そう言って顔を背けても、ますます耳は赤くなるばかり。

「なによー、昔は一緒にお風呂まで入ってあげたのに、今更私のこと意識しちゃってるっ?」
「アディ!」
「あははははっ」
 風を切るようにオーサーの先に立って、私は走る。少しだけ私の顔も火照っているのに気がつかないオーサーは、今度は怒って、顔を赤くして追いかけてくる。昔から変わらない、からかいがいのあるオーサーは、私にとって絶対に裏切らない大切な弟だ。

 だが、オーサーは真実を知っても、私の味方でいてくれるだろうか。

 かすかによぎる不安を振り払い、私はさらに走る速度を上げて、笑い声を高くした。

p.4

02#よくいる家族



 神殿からまっすぐ見下ろせる、村に一つしかない商店街へと私は走って入った。人口二十名にも満たない小さな村にしては珍しく左右に二軒ずつ、計四軒ある商店の間を、追いかけてくるオーサーを置いて行きすぎないように、時々私は体ごと振り返る。買い物をしている村人らがそれぞれに私たちの追いかけっこを笑う声と、村の静かな喧噪が高い青空に吸い込まれて尚止まず、軽い砂埃が舞う私の足下ではくるりと小さな風が渦巻いてダンスをしている。

「アディっ」
「追いていくよ、オーサー!」
 足に力をこめてさらに加速する私は、狙いすまして投げられた手のひら大の何かを、反射的に片手でひとつずつ受け止め、足を止めた。両手にはよく熟れた瑞々しい赤い実が二つ、野菜とは思えない甘い香りを放っている。

「こーゆーときは果物だよ、ヨシュおじさんっ」
 投げた方向ーー左側の商店の右端で取れたての胡瓜や茄子といった青々とした野菜や桃や林檎、西瓜を並べた小さな露天商を開いている濃い髭を生やした男が笑っている。農家の常のように日に焼けた黒い肌の下で妙に優しい黒い目がアディを見つめていると、隣に私に追い付いたオーサーが立ち止まる。両手を膝において、荒い息ながら、オーサーも露天商の男を不思議そうに見つめる。

「ばーか、ガキは野菜とっときゃいいんだよ」
「ヨシュおじさんはいっつもそれね」
 私が隣のオーサーの頭にトマトを乗せて手を離すと、オーサーは頭上から転がり落ちてきたそれをわたわたと手にする。

「早くマリベルぐらいにはなってくれよ?」
 私も貰ったトマトを一口をかじったところでそれを言われて、一瞬喉に食べたものが詰まって、蒸せた。

 マリベルというのはオーサーの母親の名前だ。村一番の美人な上、細身ながら体型もどこぞのモデル並みにはっきりとした凹凸を持っている。男に間違われる私とは天地の開きがあるそれと比べるのは、明らかな皮肉だとしか言いようがない。

「ヨシュおじさん」
 陽気な露店商の男は、私の隣で唸るオーサーが剣呑な空気を放っても、にやにやと笑うばかりだ。嫌みがあるわけではないので、別に私は彼を嫌いではない。

「ヨシュおじさん、これ、ありがとう。オーサー、行こう」
 一気にトマトを食べ終えてからの謝礼の言葉と同時に、私はオーサーの手を握って、また走り出す。私たちを見送る露天商のヨシュは、相変わらずの笑顔を浮かべたままで、片手をあげて返してきたのだけが見えた。

 村の小さな商店街を抜けるとすぐに村を十字に分ける角があり、左に折れると一面に緑の高い草が生えそろう畑が視界を覆う。その緑の壁に沿うように作られた道沿いに七、八軒の並んだ家の中、角から二つめの古い木と土で作られた小さな家の前で、ようやく私は立ち止まった。並んで立つオーサーはまだ肩で荒い息を繰り返している。商店街で立ち止まってからそれほど走ったわけではないし、きっとこれはその前の疲れが残っているからだ。

「オーサー、体力落ちた?」
「アディが早すぎるだけだよ」
「これでも加減して走ってたよ」
「…わかってるよ」
 追いつけないのはわかっていると言いながら、何故オーサーがむくれているのか、私にはわからない。聞いてもたぶんわからないだろうから、目の前の扉の前に意識を移す。

 この向こうにいるのはオーサーの実の両親で、私にとっては養父母だ。血はつながっていないけれど、オーサーと分け隔てなく可愛がってくれた、とても良い人たちだ。

 だけど、いくら良い人たちでも、いくら可愛がってくれていたとしても、二人ともきっと怒るに違いない。だって、私は彼らの一番大切なものを連れていこうとしているのだから。

 オーサーと繋いだままの手に、自然と力が入る。自分がどれだけ大きな裏切りをするのかとわかっていても、これだけは手放せない。オーサーが私を拒絶しない限り、私はオーサーと離れたくない。

「大丈夫だよ、アディ」
 穏やかなオーサーの声で、引き始めの弓の弦みたいに張り詰めていた緊張が和らぐ。理屈でなく、いつもそうやって隣で支えてくれるから私が安心できるのだと、この弟は知ってくれているのだろうか。

「一人で行かせないから」
 握り返された手は私と同じぐらいの大きさなのに、こういうときは不思議と大きく感じる。力強い応援を更に握り返した手で伝えてから、気を落ち着けるために大きく深呼吸して、私は空いた手で取っ手を掴んだ。

 そのタイミングを見計らったかのようにドアが向こう側から一気に引き開けられるとは、誰も予想できないだろう。

 骨と木が強くぶつかったかなりイイ音と同時に、私は顔を押さえてうずくまる。頭がぐらぐらして、額が割れるように痛い。

「ちょーどいいところに帰ってきたわ、オーサー!」
 絶妙のタイミングで戸を開けたのはオーサーの母親で、マリベル=バルベーリという女性だ。白無地の腕と首まで覆うネックシャツを着て、緑のチェック生地をパッチワークしたロングのふわりと広がるスカートを履き、腰をスカートと同色の緑の幅広の布で巻いている。巻いている布は止めるのではなく、内側に入れ込んでいるのだ。

 さっきの露天商のヨシュが例に挙げたように、マリベルはいつも重いと嘆くほど立派な胸を持っている。それでいて腰は細くて、私と変わらないが尻は腰と胸囲の中間程度だというのが本人談だ。実際はもっとありそうだけど、怒られるので私もオーサーもつっこまないことを暗黙にしている。

「アディを探してちょーだいっ。マラカスさんが、アディが新しくきた神官さんと喧嘩して、旅に出るって言ってたのを聞いたらしいのっ」
 小鳥が囀るのに似た、高いけれど柔らかな声が泣きそうなのを堪えながら、オーサーの両肩をしっかり掴み、一気にまくし立てる。

「母さん、アディなら、そこにいるよ」
 苦笑しながらの息子の言葉で、ようやくマリベルは私に気がついてくれた。掴んでいたオーサーを突き放し、しゃがみこんでいる私をいっぱいに涙を湛えた瞳で見下ろす。

 下手をすると私やオーサーの姉に間違われるマリベルはスタイルの良い身体に小さめの顔がちょこんと乗っていて、小さいながらもはっきりと通った鼻筋が顔に陰影を作っている。白い肌の綺麗な彼女は、四十歳を超えているとは思えないほど若々しい人だ。濃すぎず、薄すぎない色の小さめの口元は、化粧をしていないのにかすかに膨れ、上から降り注ぐ陽光で瑞々しい光を返す。興奮して上気した赤い頬の上には、オーサーと同じ夜空色の瞳が乗っかり、真っ直ぐに私を見る。

 先ほどまで吹いていた風もマリベルの様相に圧されて、なりを潜めてしまっている。だから、普段なら風に煽られて邪魔だとひとつにまとめているオーサーと同じ金色の長いウェーブがかる髪が縛られず、そのままであるというのに、腰の辺りで彼女に合わせて小さく震えるだけだ。

「ごめんね、アディ! あの神官さんにはちゃんと私から話しておくからっ」
 私には何故かこのマリベルに拾われた記憶がある。小さい頃のことなんて殆どの出来事が朧げで、親に棄てられた記憶さえもないのに、それだけが鮮明な映像となってあるのだ。赤黒い闇の中にいた私の前に、暖かい光と温もりをくれたマリベルが手を差し延べてくれた日のことを、今でも私は忘れたことなどない。

 マリベルが言葉を続ける前に、両手で彼女を抱きしめる。ふわりと肩口に私の鼻腔をくすぐるのはマリベルが得意とする焼きたてのパンの香りで、それを自然に吸い込む。

「ごめん、マリ母さん」
 拾われた恩も、育てられた恩も忘れたことは一度もない。私に家族を、温もりをくれたことを本当に感謝している。

「きっかけではあるけど、考えなかったわけじゃないの。だって、このままじゃいつまでも私はマリ母さんの本当の娘になれないじゃない」
 かすかにマリベルの体が震え、次には何かを合点したように私の背中を柔らかに抱きしめ返してきた。

「何言ってるの、アディは誰が何と言おうとうちの子です」
 系統(ルーツ)がすべてを決める世界だからこそ、不自由なことがある。ここで定められた戸籍上では、私はただの孤児のままだ。家族の一員でもなければ、村人でさえない。ここに確かにいるのに、紙の上では存在していないことになっている。

 どんなフォローをしてもそれは確かな真実で、そこに私という存在を認めさせなくては人としての幸せの証拠を、何一つ手に出来ない。だから、きっかけはどうあれいつかは行こうと考えていた。

「すぐに帰ってくるよ」
 大神殿のあるの首都ランバートまではだいたい一ヶ月ほどの行程だという。すぐに帰れる距離でないのは、ここにいる全員が承知していることではあった。

「すぐに帰ってくるから」
 それでも、言わずにはいられなかった。気休めでも。そして、もしも本当に自分が女神の眷属であったら、帰れないのだとしても。

「帰ったら、私を本当の意味でのここのうちの子にしてください」
 視界がじわりと歪んだ気がして、隠すようにマリベルを抱きしめる。本当の親を知らないけれど、もしもそんな人がいたとしてもやはり私はマリベルの娘になりたい。それぐらい大好きな人だから、行かなければならないのだ。

 マリベルは私の腕の中で、何度も何度も頷いてくれた。



p.5

「なあ、オーサー。アディはなんでわしにはあそこまで懐いてくれねぇんだろうな」
 オーサーのいる方向から、低いしゃがれた男の声がする。

「僕が知るわけないよ、父さん」
 つまらなそうに返しているのはオーサーだ。彼らのやりとりは日常的に行われているので、おそらくオーサーも飽きているのだろう。

「うちに来た日から、わしに抱きついてきたことなんざ一度もねぇんだよ。こっちが両手を広げて待ってても、攻撃しようとしたり、全力で飛び越えようとしたり」
 思い返してみると、確かに養父に抱きついたことは一度も無い。だが、物心つかない幼児でこの家に迎えられたわけではないし、そんな恥ずかしいことは出来なかったのだ。それを知っているオーサーが少しだけ笑いながら、返答する。

「下心が見えるんじゃないかな」
「下心なんかあるかよ。可愛い可愛い一人娘だぜ?」
 外野が煩いと顔をあげると、マリベルの優しい眼差しが飛び込んできて、小さく肯く。私はしかたないなと小さく笑って彼女を離し、オーサーと養父に向き直った。養父はこれ見よがしに太く毛深く日焼けた両腕を大きく広げている。

 マリベルとは対照的にかなり焼けて「黒い」と表現しても支障ないぐらい日焼けた養父は、ウォルフ=バルベーリという。筋肉質でがっちりとした体格で、オーサーの倍の身長もあるの天辺には岩と見間違い沿うなごつごつした顔が乗っている。これで、濃い黒茶の髭と同色の髪の毛がなければ間違ってもしかたないと思う私の意見には、マリベルを除いた村人の全員が賛成してくれている。

「わしに抱きついて、お父さんって呼んだら、行ってもいいぞー」
 機先を制して言われた言葉に、私は口端と頬を上げて微笑んだ。見慣れているオーサーも認める極上の笑顔に、養父も私にわかるほど頬を赤く染める。

「村長」
「呼ばなきゃ、村から出さねぇぞ」
 後方へ引いた右足に力を込めて、上体を少しずつ前傾にする。そして、弓の弦に弾かれた矢のように勢いをつけたまま、その大きな腕に突進した。

「うおっ」
 強い衝撃を与えたし、うめき声も聴こえたのだけど。その巨体は揺らぐことなく、しっかりと私を抱きとめた。撫でる手は私の頭を覆うほど大きい。

「ーーお父さん」
 小さく呼ぶと、少しだけその手は止まり、次いで息が苦しくなるほど強く抱きしめられる。

「母さん、聞いたかっ?聞いたかっ!」
「お父さん、そんなにしたらまたオーサーが怒るわよ~」
 あらあらといいながら、平和に制止する様子の浮かぶマリベルに対して、息子のオーサーの方が苛々とした声で父親を呼ぶ。ついで、身動き一つ出来なかった私は一気に光の元へ連れ出された。そのままオーサーの背中に隠されるように庇われる。

「加減を考えてよ、父さん。アディが窒息するじゃないか」
「なんだ、オーサー。羨ましかったのか?」
 そんなんじゃないと言い返すオーサーの背中を見つめながら、深呼吸して息を整える。

「ありがと、オーサー」
 顔だけ振り返ったオーサーは、助けたはずの私をも睨みつける。

「アディもアディだよ。あんなの聞かなくったっていいじゃんかっ」
「なんでオーサーが怒るの」
「怒ってないよっ」
 ふいと顔を背けたオーサーはやっぱり怒っている様子で、その肩越しに養父と目線を合わせた私は、二人で声を出さずに笑いあう。

「おまえら、仲良いなぁ。旅から戻ったら、二人で祝言でもあげるようか?」
 これにはオーサーの耳が瞬時に赤くなった。

「と、父さん、何言って」
 照れるオーサーは面白いし、かわいいので、私も養父の言葉にのって、恥じらう声で返す。

「からかわないでよ、村長」
「ア、アディまでっ、な何言って。少しは否定しなよっ」
 うろたえたオーサーが私を振り返る前に、できるだけ哀しそうな表情を作っておいたので、合わせた顔はひどく困っていて。

「オーサーは、私じゃ不満?」
「不満、なんて、そんなことあるはずな…、じゃ、なくて、アディっ!」
 あんまりからかうと旅についてこないと言い兼ねないので、仕方なく笑って否定してやる。

「オーサーは大切な弟よ、村長。今までも、これからもそれは変わらない」
「ふーん、そうか。気が変わったらいつでも言えよ」
「はい」
 冗談交じりではあったけれど、これは養父なりの優しさだと私は気づいていた。もしも、系統がこのまま分からないのだとしても、ここが私の居場所なのだと言っているのだ。

 首都までの道のりは子供だけで楽に旅ができるほど平坦ではない。だけど問題はそこではなく、神官が言ったように「女神の眷属」である場合、だ。もしも大神殿でそうとされてしまえば、私は村へ戻るどころか、二度と大神殿から出ることはできなくなるだろう。予想がつくから今まで私は行かなかったし、私に誰も勧めなかった。

「明日には出発するんだろう。夜には送別会するからな、今のうちに休んでおけよ」
 今夜は徹夜で飲むぞと宣言し、旅に備えて休めと勧める養父の好意に甘え、私は与えられている自室へと戻った。

 小さな家だが、マリベルの出てきた戸口から入って直ぐ、広い室内が広がる。外から見たのとは違って、室内全部を木で組み上げてある様子の見える家の中は、外よりもひんやりと涼しい。

 広い一階は団欒の場所としているリビングで、大人の男が十人も入ればいっぱいになる程度の広さだ。今のところ、真ん中には四人分の日々の食事を置くには少し狭い、丈の高いテーブルが陣取っている。壁際にそのテーブルにちょうどよい高さの椅子が積み上げてあるのは、食事時以外に使わないからだ。

 入口右手の木の板を積み上げた階段を上って、私は二階へと上がる。階段を上ってすぐのドアがオーサーの部屋で、隣が私の部屋だ。ドアは単に上から布をかけてあるだけなので、私はそれを片手で避けて、室内へと足を踏み入れる。

 木の床を覆うように青と白でマリベルが編んだ丸じゅうたんが敷かれた部屋の中には、三段重ねの箪笥とシングルベット一つと、木製の小さな机が置いてあるだけで他は何もない。もともと物に執着する性質ではない私の持ち物は、生活必需品以外は本当に何ももっていないのだ。

 壁にかけておいた大きめの黒いショルダーバッグに半袖のシャツ二枚と長袖のシャツ一枚、それからジーンズのパンツを一枚入れて、箪笥の前に置く。それから、私自身は倒れるようにうつぶせに横たわる。

 上を風が通り抜けていくのはマリベルが掃除のために開けたからだろう。ベッドは窓に沿うように設置してあるのだ。私は寝返りを打って、薄いタオル地の掛け布団を腹まで引き上げる。

 ふわりとバニラ色のカーテンが揺れて、窓の外から爽やかなユーレリアの花の香りと木々に茂る緑の香りを室内へ招き入れる。ユーレリアは村の近くに群生する薄水色の五枚の花弁を持った小さな花だ。一枚の花弁は爪の先ほどで、単体で調合するとちょっとした傷薬になる。薄荷系の爽やかな香りになるのはそのせいもあるのだろう。

「女神の眷属、か」
 神官に言われた言葉を思い出し、独り言が口をつく。何度も言われたことだし、今更のことだ。何も、何も思うことなどないはずなのに、不安が胸いっぱいに広がってゆく。

 片腕で昼の光を遮り、同時に気持ちにも薄い幕を引いて、私は浅い眠りにつくことにした。眠りは意外とすぐに訪れ、私は穏やかな午睡をただ、感じる。

 これから先、旅から戻るまでは今のような休息をとることができないだろう。意識的に私は深い眠りに落ちていたから、普段ならしている警戒を少しだけ怠っていた。だから、さわさわと緩やかなウェーブを描くカーテンの向こう、私の様子を窓の外ーー離れた木の上から覗く者があったことなど気が付くはずもなく。

 温かな日和の午後の風に包まれている私も、外で騒いでいるオーサーや養父母も、誰も旅が全ての始まりで終わりであることなど、知るよしもなかった。

p.6

03#よくある見送り



 高く青い空を薄雲が駆け足で辺りを立ち去ってゆくのを、私は足下の翳りで眺める。別に好きで空を見上げずに眺めているわけじゃない。通り過ぎる風のさざめきさえも頭痛の種になる原因は十中八九、昨夜の送別会のせいだ。これが最後とばかりに皆が勧めるのを断りきれず、かなりの量の酒を飲んでしまった。一応、半年前に成人ーー国の定めた年齢は十五ーーしているとはいえ、皆もう少し加減してほしいものだ。いくら私がまったく酔う素振りを見せなかったからって、ほとんどが三十過ぎの大人だって言うのに容赦ない。

「アディ、ほら薬」
 マリベルに手渡された木製の椀の縁いっぱいに入った、白く濁る液体を一気に飲み干す。湯気が出ていたから熱さは覚悟していたものの、顔を一瞬でしかめさせるこの苦みだけはどうしようもない。

「苦~っ」
 涙目で私が椀を返すと、マリベルは苦笑しながら受け取る。今日もいつもの白いシャツに赤いチェックのロングスカートだが、髪は頭の上の方に団子状にまとめてある。

「外では昨日みたいに飲んじゃだめよ」
「あんなんここでしかやらないよ~」
 いくら酔わないといっても自分で気が付かずに酔っていたりしたら、もしもの場合に対応できないという自覚ぐらいある。

「食べ物と飲み水には気をつけるのよ。拾い食いなんてしちゃだめだからねっ」
「大丈夫だよ、母さん。僕がちゃんと見てるから」
「…マリ母さんも、オーサーも、私をなんだと思って…っ」
 反論しようにもごうごうと音が渦巻いて、キリキリと頭を締め上げる痛みと共に私を苛む。その状況の最中、この悪酔いの最大の原因が私の肩に大きな手をかけた。

「わしの勝ちだな」
 顧みなくてもわかる低いガラガラ笑う声を視線だけ向けて睨みつける。

「馬鹿いわないで。先に酔い潰れたのは村長でしょう」
「チッ、覚えていたか」
 舌打ちするウォルフが目の前に差し出した小さな牛皮の袋を受け取り、中身を確認してから懐に捩込む。中身は旅に必要な最低限の路銀として、百オール程の小銭がじゃらりと詰まっていた。持っている小遣い程度では足りなかったし、金を持っているわけでもない。何より遠慮するような間柄でもないので、素直に受け取った次第だ。オーサーには後で話せばいいだろう。

「帰ったらまたやるぞ」
 大きな手が頭を覆い、揺らさないようにぐるりと撫でる。

「…死ぬんじゃねぇぞ」
「誰に育てられたと思ってんのよ」
「けっ、てめぇで育ったんだろうがよっ」
 頭の上の重さがなくなったと思うと同時に、強く背中を叩かれ、一瞬息がつまった。

「っ、」
 抗議しようと振り返った私は村長の顔をまともに見上げて、そのまま口を閉じる。

「オーサーを頼んだぜ。あいつを、死なせんじゃねぇ」
 それは人の親であれば誰もが願うこと。信用しているとかいないとか、そういうものじゃなくて。いつになく真剣な顔で、願う声は真っ直ぐに心に響いて、少しだけオーサーを羨み、少しだけ迷った。本当にオーサーを、私のわがままでつれていっていいかどうか。

「それから、」
 迷う私をまっすぐに見たウォルフは、不意に表情を崩して柔らかく笑った。

「おまえも、な。ちゃんとここに帰ってくるんだぜ」
 理由とか何も無く、ここが帰る場所だと繰り返してくれる養父の優しさに、溢れそうな涙を隠し堪えて。私はただ強く深くうなづいた。



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 養父母に見送られて村から出る時に、私とオーサーは遠くから投げつけられた餞別をそれぞれに手にした。手にしたとたんにそれはばさりと開き、ひらひらとした裾の長い女物のスカートであることを風に流して示してくれる。一応落とさないように私もオーサーも手にしていたが、投げられた方向から走ってくる男を見ずに二人で顔を見合わせて、同時に息を吐く。

「なんなの、ヨシュおじさん」
「何って餞別だろ」
 私達の前で立ち止まったヨシュは、ウォルフと並ぶと頭一つ分小さく見える。

「餞別って、これが?」
「どうせその服の替え位しかもってねぇんだろ。女物がひとつあると便利なんだぜ」
 何がどう便利なのか詳しく聞いても、碌な答えが返ってこないことは経験からよくわかっている。私は一歩進み出るオーサーに自分のスカートを手渡す。慣れている相棒はそれを自分のと合わせてヨシュに突っ返す。

「な、ん、で、よりにもよって、こんなもの渡すんだよっ」
「黙って受け取れって、オーちゃん」
「ちゃんって、呼ぶなっ!」
 ヨシュに返してくれるのはいいんだけど、頭にオーサーの少し高めのトーンは響く。隣に来たマリベルに素直に寄りかかって甘えておく。

「俺らだって、ここに来る前に旅してて、かなり楽になったんだぜ。な、村長」
 深くウォルフが肯くのを見て、オーサーと二人で顔を見合わせ、同時にマリベルに視線を送る。マリベルは少し困ったように微笑み、視線を逸らした。かすかに青ざめているようにも見える。

「あれは、楽というか」
「…お前は楽しんでただけだろ、ヨシュ」
 ひどく不機嫌な顔でウォルフがヨシュを睨みつけると、彼は肩を小さくすくめた。

「ま、気ぃつけて行ってこいよ」
 スカートを今度はウォルフに押し付け、じゃあなとあっさり背を向けてしまったヨシュを見送る私達に、彼の姿が見えなくなってからマリベルがそっと教えてくれる。

「相変わらず、別れが苦手なのね」
 隠してるけど、かなり涙もろいのだと聞いた後で、不謹慎だけどオーサーと二人で噴出してしまった。だって、あのヨシュだ。いつも私たちをからかって遊んでて、余裕に見える「あの」ヨシュが。

 しかたないなとオーサーと二人で餞別をバッグにつっこみ、荷物を担ぎなおす。といって、ふたりとも互いに背中に軽く背負える程度だから、一キログラムもないだろう。

「じゃあ行くね、マリ母さん」
「ええ」
「おい、俺には何もなしか?」
 それはないだろうと名残惜しそうなウォルフを見て、それからオーサーを見る。オーサーは深くため息をついている。

「父さん」
「おまえはいいんだよ、オーサー」
 これはもう言わないとダメだろうけど、呼ぶとオーサーはまた拗ねるのだろうか。少し伺いみると、呼んでやってくれと目で言われてしまった。

 真っ直ぐにウォルフに向き直る。とても期待した目を直視して、私は今にも羞恥で逃げ出したいのを堪えて、マリベルを真似て、ゆっくりと微笑んだ。

「行ってきます、お父さん」
 言ってから直ぐに彼らに背を向け、足早に村の外へ向かう。追いかけてくるオーサーの足音よりも遠くから、ウォルフが吼えるように咽び泣く声と宥めるマリベルの優しい声を聞きながら、私はなおも歩く速度を速めた。

 止まったら、たぶん私が泣くと思った。それはそれだけ二人の存在が私の中で大きいということの現われで。追いついてきたオーサーが気遣う言葉に何も返さず、そのまま村を抜けるために森へと足を踏み入れたのだった。

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04#よくある襲撃



 旅に出るからと言って、いつも通っている道がいつもと違って見えるなんてことは全くなく。私とオーサーが村から出て直ぐの森の中は、普段とさして変わらない薄暗い木漏れ日の下にある。道らしい道があるわけではないので、ほとんど獣道のような場所を目印を目当てに進むのが普通だが、二人とも歩きなれているだけに目印を見もせずに、小枝を踏み折りながら進む。

 程なくして、行き止まりのように塞がれた藪があったが、躊躇せずに二人ともが通り抜けると急に視界が開けた。目の前には人の手で舗装された道があり、どちらも近くの町へと続いている。舗装されているといっても地面はむき出しの土で、ところどころに取り除かれないままの石が埋まっていることが、少し見ただけでもわかる。そうして道に沿うように木々が避けているため、光が道を照らし、舗装されていると感じるのだ。

「っ」
 思い出したように頭痛が再発し、私は立ち止まって、両目を閉じて米神を押さえる。

「大丈夫、アディ?」
 心配そうにオーサーに問われたが、その声さえも頭痛を増幅させるようで、私はそのまま左手の道へと足を踏み出した。真っ直ぐ進んでもいいが、あちらは少しだけ遠回りになると知っているからだ。その分、こちらは多少道が細くなったり、薄暗い場所もあったりするが。

 足を進める私を気遣うようにオーサーは足音を静かにしてついてくる。

「そんなに辛いなら、出発を延期したら?」
 だが、その声も頭の中で反響し、ぐらぐらと脳を揺さぶられる気持ち悪さを起こす。せっかくマリベルが酔い覚ましを飲ませてくれたのに、全然効いていないみたいだ。

「う、耳元で怒鳴らないで…っ」
「怒鳴ってないよ」
 オーサーの返答がなんなのか分からないが、呆れていることだけは確かだろう。空気がそう告げているのだ。だが、あの送別会の状況で私に断れるわけが無い。止めなかったオーサーにだって、責はあるはずだと心の中で八つ当たりしつつ、私は足を進める。

 近くの町の名はミゼットといい、主に宿場町として栄えている場所だ。私たちの住むルクレシア公国の外れに位置し、直ぐ北西にはヨンフェンという関所がある。反対の東南東の道へ行けば、ルクレシア最大の都市イネスがあり、その更に南東の小砂漠を越えると大神殿を有する首都ランバートだ。ミゼットからは馬を三頭も乗り継げば約一週間で着くらしいが、そこまでの金などないし、徒歩でも大人で一ヶ月程度で着くらしい。イネスの滞在を考慮しなければいけないのはあまり気乗りしないが、途中で金を稼ぐことが出来ればいいかもしれないし、私は最初から徒歩で行くつもりだ。

 ともかくミゼットに行かなければ、大した旅支度も整わない。進まなければ始まらないのだ。

「アディ、」
 気遣うって私の名前を呼ぶオーサーの声が耳に届くと同時に、二人の間を切り裂く風の音が通り抜ける。次には、目の前に薄汚れた灰白色の大きな布が視界いっぱいに広がっていた。

 鈍い金属の音が深く脳髄に響いて、私はまた硬く両目を閉じて、頭を両手で押さえる。その音はただ一回で終わることはなく、火花でも散っているんじゃないかという勢いでガツガツとぶつかり合い、その都度目を開こうとした私にダメージを与え続ける。

 痛みで視界を滲ませながら、とにかく状況を把握するために私は音のほうへ目を向けた。攻めているのは黒装束に身を包んだ金に赤が混じる瞳の青年で、歳はたぶん若いだろうということぐらいしかわからないが、見ただけで痩身というのはわかる。両手に鈍色の湾曲した刃物ーー青龍刀のようなものをもっている。

 こちらに背を向けた灰白色のマントをまとった男は、身に着けている白っぽい肩当のせいか、かなり大柄に見える。ウォルフとヨシュの中間ぐらいの体格かもしれない。歳はヨシュよりは少し若いだろうか。あの神官よりは年上に見えて、大体三十前後に見える。

 後ろからは、傷だらけだが少し日焼けた白い肌と暗緑色の短い髪なのがわかるだけで、表情までは見えないが何故か楽しそうにしている気がする。手にしているのは両手で扱う大剣だろうか。

 白マントの男が黒装束から私たちを守ってくれている、というのはわかる。だが如何せん、私は二日酔いで頭が痛い。

「ガンガンガンガン煩いのよーっ!」
 私はとりあえず地面の土を掴めるだけ削り取ると、そのまま黒装束目掛けて投げつけた。砂ではないが多少の攻撃となったのか、驚いた二人の男が止まり、私を見る。私はとにかく音の発信源から離れたくて、オーサーの手を強く掴んで、早足で歩き出す。

「さっさと行くわよ」
「ちょ…いいの?」
 戸惑うオーサーを引きずり、大体二十歩程度離れた場所で足を止めて、蹲る。地面が揺れている気がするのは、絶対のさっきの金属音のせいだ。

「アディ、大丈夫?」
「大丈夫なわけないじゃないっ。なんなの、あれっ」
「僕に聞かれても」
「聞いてるんじゃないよ。文句を言ってるのっ」
「…僕に言われても」
 オーサーに当たったところで、頭痛が収まるわけも無く。理不尽な怒りを口に出さずに八つ当たりしていると知らないオーサーは、何か思いついたように自分の荷物を漁りだす。それから、少しも経たないうちに地面を軽く踏みしめる音がして、私たちに大きな影がかかった。

 見上げるほどの体格というのは、こういうことを言うのかと過ぎったが、よく考えたら私は座っているからだ。それにそんなものはウォルフで見慣れている。

「あんたら、護衛雇う気はねぇか?」
 目の前に来た男は、開口一番にこう言った。私はとにかく頭が痛いので、半分八つ当たり気味に怒鳴り返す。

「煩いわよ。頭に響くんだからっつってんでしょうが!」
 半眼で涙を浮かべたまま睨みつけても威力は無いらしく、男は眩しいぐらいに明るい笑顔を浮かべている。

 目の前にしてみると分かるのが、さっきまでは見えなかった小さめの陽に透けた緑の葉の色をした明るい瞳だ。その瞳に多分のからかいが含まれていると気が付いたのは、ヨシュと同じように見えたからだ。

 彼はディと名乗り、自分のことをフリーの傭兵だと言った。

「変なじーさんに言われて暇つぶしにきたが、まさか刻龍なんぞに襲われるガキがうろついてるとはな」
 あれからずっと付いてくる男は、ベラベラと引っ切りなしに喋っている。自己紹介も頼んでもいないのに、勝手にそうして喋ったのだ。

「刻龍?」
「知らねェか? 世界最強にして最悪の犯罪組織ーー」
「相手にするんじゃない、オーサー」
 オーサーが持たされていた二日酔いの薬で、ようやく頭痛から開放された私だったが、不機嫌に幼なじみへと注意を促す。

「あんたも付いてこないで」
「そういうなよ、アディちゃん」
 言われる度に自分でも顔が火照っている気がして、私は少しだけ歩く足を速める。オーサーは着かず離れずといった具合で、一定の距離を保ってついてきているから、気が付いているかもしれない。

 村で、というよりマリベルによって、人に愛されることにも可愛がられることにも慣れたし、こういう褒め言葉なんて慣れていると私は自分で思っていた。だけど、初対面の相手に言われて、こんなに落ち着かない気分になるとは思っても見なかった。これじゃ、全然慣れたなんていえない。

「言っておくけど、認めたわけじゃないよ?」
 得体のしれなさは変わらない。だけど、何故だろうか。ディからは無条件に向けられる信頼だけが、私には伝わってくる。ヨシュとどことなく似ている雰囲気のせいかもしれないな、と私はひっそりと笑みを零していた。

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05#よくいる剣術士



 ミゼットまでは私やオーサーの足だと約半日の行程となる。近道を使えば二、三時間は短縮できるのだが、道を抜けて直ぐに私達は謎の黒装束に度々襲われていたため、昼頃に出たのに既に空は一日を終わらせる光を世界に投げかけている。

 ようやくミゼットの小さな門が見える場所まで来た私達は、ミゼット周辺を囲む広大な平原を見る。ここらはミゼットで別荘を所有する貴族が契約している麦農家だと聞く。

 収穫を控えた麦の穂を黄金色に輝かせる光景は、人に言葉を失わせる。有名な画家がこの風景を描きに来たりもするらしいが、結局は未完成のまま帰るそうだ。

 女神の遺産とも称される光景を目の前に、オーサーと二人で立ち止まり、私は小さく息をつく。

「いつ見ても綺麗ね」
「だね」
 風に揺れる草は流れを追うように波を作り、吹き付ける風には青草の良い香りが混じる。どこか懐かしくどこか悲しくなる光景だと、私は見るたびにいつも思う。

 初めてここへ来たときから、見たことのないはずなのに見覚えのある風景。そこにいつも重なる血生臭い光景。

 イネスの時とは別の戦いがーー見たことのない光景がここに重なる。そこへ無意識に差し伸べてしまいそうになる両手を、私は拳を強く握って留める。

「オーサー、もしも、ね」
「もしもは無しだよ、アディ」
 囁くように呟いたら、オーサーに即座に止められてしまった。だけど、私はそのまま光景から目を離さずに続ける。

「もしもこのまま、逃げたらどうなるのかな」
 時々、何もかもを捨てて逃げてしまいたくなる。女神の眷属だと言われたわけではないし、自分でも否定し続けてきた。でも、あのイネスで「もしかしたら」と言われた日からずっと、心が休まる時はない。

 震える私の手にそっとオーサーの手が滑り込み、強く握って支えてくれる。

「逃げてもいいよ。僕はずっとそばにいるから」
 びくりと自分でも驚くほどに身体が震えたのがわかった。逃げても、いいのだと。いつもオーサーは私に言ってくれる。だけど、本当は逃げ続けてもどうにもならないと私はわかっているんだ。

 私は無言で首を振って返した。

 たとえ私が女神に関わるものだとしても、この幼なじみは隣で変わらずに支えてくれるだろう。口にしたように、たとえ私が世界の果てまで逃げても、共にいてくれるだろう。だけど、逃げて逃げて逃げ続けても、この世界で逃げ切れる場所は無い。

 オーサーと手を繋いだまま私はディを顧みる。最初に黒装束に襲われてからここに来るまでで、幾度か私とオーサーは彼に助けられた。背中の大剣を抜くまでも無く、彼は軽口を叩きながら、敵を退けてくれた。

 私と目が合うと、楽しそうに微笑む。真意は見えないが、悪い人ではないのだろう。いい人かどうかは分からないが、少なくとも今は敵じゃない。だから別にいても構わないとオーサーと話していたら、少し離れて歩いていたディは笑っていたようだ。

「今夜は町に入らないで野宿する」
 命を狙われているのはともかく、それで他の人間に怪我をさせるわけにいかない。そういうと、ディは賢明な判断だと如何にもな様子で肯き、にかりと歯を見せて笑った。

 日が暮れる前に私達は森の中へ少し戻り、三人が火を囲める程度の木々の間でキャンプの準備を終えることができた。夕食はオーサーがマリベルから預けられていたサンドイッチを三人で食べて、闇に落ちた森の中でただじっと焚火を囲んだ。

「刻龍ってのは犯罪のエリート集団だ。殺しから、誘拐、強盗、犯罪のプロ集団が揃ってる。もちろん、魔法使いや剣術使いもいるし、今の棟梁は魔法剣士らしいな」
 ディは軽い口調で、私たちを襲ってくる黒装束についての説明をしてくれる。彼の目は静かに私たち、というよりも私を見つめている。深い森と同じ色の瞳は直視するには深すぎて、私は見ないようにただじっと焚火の赤を見ていた。

「ディさんは、」
「ディでいい。堅っ苦しいのは慣れねぇ」
 オーサーが敬称をつけると苦笑しつつ、訂正し、先を促す。

「ディは魔法剣士?剣術士?」
「いや、ただの剣術士だ」
 これは二人にしてみれば意外な言葉だった。

 一般に剣術士とはその名の通り、剣を主たる武器として扱う者をさす。習い始めからある一定のレベルまでを「剣術見習い」とし、傭兵として一応の試験を通過できるものを「剣術士」と呼ぶ。

「俺の腕程度じゃたかがしれてるぜ。世の中にゃ、もっと強ぇのがごまんといるんだ」
 剣術士の中でも特に秀でた者を「剣術使い」と呼び、世界中でも多いときに十人いるかいないか程度しかいない。一応、剣術使いにも通例の試験はあるが、形ばかりのものだ。

 私もオーサーもディの腕前を目の当たりにしているだけに、それは冗談にしか聴こえない。

「刻龍以外にも?」
「…それはしらねぇがな」
 苦笑が返ってくる。

「オーサーは札士か?」
 言ってもいないのによくわかったものだ、とオーサーと目を丸くすれば、簡単なことだとディは種明かしをしてくれる。

「剣を使えば剣だこが出来ていたり、多少なりとがっしりとした手になる。だが、魔法を使うヤツは手に怪我が出来てもすぐに直せるからな、怪我がねぇ。魔法使いの作った札を使うやつは魔法使いより切り傷が多いんだ」
 魔法を使う者というのはそう多くは無い。昔ーー百年程度前であれば、今よりは五倍位の力と人数がいたらしい。今では神官以外で魔法を使うものというのは希少で、いくら旅をしているからといっても知っているのは珍しい。剣術士と同じく、魔法使いも魔法見習い、魔法士、魔法使いの三段階に分類される。

 そして、彼らが魔力を込めた札を使うことが出来るの者を「札士」と呼び、こちらは魔法を使うものよりは少し多い。これは札士と札使いの二段階のみで、二つの違いは自分で札を作って使えるかどうかの一点だけだ。

「で、おまえは?」
「おまえじゃない、アディだ」
 私がぐっと拳を突き出すことに納得する辺りも、見てきた世界が違うのだろうと推測できる。

「拳闘士か」
 大抵の者は武器(主に剣)を使ったり、魔法(これは素質が必要)を使った戦闘方法に特化する。だが、武器に対して無手で挑むを美徳とする者達を拳闘士と呼ぶ。私は少々特殊な理由があるものの、これを主とした戦闘を得意としている。

「まだまだ見習いだけどね」
 生まれ育った村で、私は自分より五歳ぐらいまで上の歳の者であれば勝てる程度だ。ミゼットではそれ以上の年齢の者も多くいたというのもあるが、私は勝気な性格で何度か無謀な勝負をしたし、その度にオーサーに助けられている。

「女でそこまで使えりゃ上等だろう」
 元々体術の基本として、誰もが一度は習うものだ。身一つで始められるというのも金のない身としてはありがたいので、王族・貴族以外ではこれを修める者が多いのも事実。

「そうかもしれない。だけど、外じゃ全然通用しないんじゃないかな。現にディがいなかったら、私もオーサーもとっくにあの黒い剣術士に殺されてたよ」
 そういう意味ではミゼットへ抜ける道を出て、すぐにディが来てくれたのは幸運だ。それが、ただの気紛れだとしても礼を云うに値するだろう。

 でも、どこかで不満に思っている私がその言葉を口にさせてくれない。じっと目の前の炎を見つめると、内側で揺れる黒い影がふらりと揺らめいた気がした。

「私はこのままじゃ駄目だと思う。このままじゃ、護りたいものを護れない」
 護りたい者は多くない。オーサーと、マリベルと、村長や村のみんな。それだけが今の私の大切な仲間で、むしろ私は彼らに守られてきたのだと自覚している。

 ずっとーー村に来た日からずっと私は守られてきたから、いつか恩を返したいから。

「私は、少ししか世界を知らないけど」
 イネスで弱いものが虐げられるのは多く見てきた。だからこそ、私は強くなりたいと願い、村長やヨシュらに拳闘の手ほどきを受けた。

「何も出来ないかもしれないけど、この拳の届く範囲ぐらいは完璧に護りたい。そう考えるのはおかしい?」
「おかしかないが、」
 薪から一本を手にし、おもむろにディは森の中へ投げ込んだ。それは奥に届くことなく、落下地点から犬の悲鳴のようなものを私達に届ける。

「少し違うな。あんたが護りたいと思うように、他のやつだってあんたを護りたいかもしれない。そうなると、護られるのは迷惑だろうし、あんたが傷つくのは困る」
 オーサーが焚火に水をかけて消し、さりげなく私の近くへ移動したディが大剣を抜き放つ。私は正直、月の光を反射する刃なんて、過去の事件から冷たくて怖いものだと思っていた。だけどディの手の中の剣は、理由はわからないけれど、イネスの美術館で見かけた絵画の聖剣のように、女神の清い光を放っている気がする。

「あんたには生きててもらわなきゃ困るんだ、アデュラリア」
 小さな呟きを残し、ディは現れた狼の群れに惑い無く切り込んでいった。

 いくらここが少し開けた場所だとは云え、その剣の大きさではすぐに枝葉に引っかかるはずなのに、不思議とディの剣先は鈍らない。何度か見ていたとはいえ、やはりこの人は強いなと私は眉を顰めていた。

「…ディは、アディを知ってる…?」
 ディと出会ってから私は名乗っていないし、オーサーも愛称でしか呼んでいない。それなのに「アデュラリア」と呼ぶには、あらかじめ私のことを知っていなくてはならないはずだ。

「みたい、ね」
 残された私も即時に飛び掛ってきた狼に、左足で蹴りの一撃を食らわせる。隣でオーサーも右のポケットから少しよれたり黄ばんだりしている長方形の紙の束を取り出し、一枚を左手で握ったまま掲げる。

「ーー旋風ーー!」
 オーサーの言葉に呼応し、その手に握る紙が渦巻く風に姿を変えて、向かってきていた二匹を吹き飛ばした。それを横目に見ながら、口元に自然と笑みが浮かぶ。これは、余裕、なのだろうか。自分でもよくわからない。

「ま、強けりゃ今はそれでいいか」
 少なくとも考える余裕を与えてはくれないだろうなと、闇に光る狼の赤い瞳の数を見て、私は体勢を低く構えた。

あとがき

閑話休題<一、よくある旅立ち>


魅樹さんを見習って一区切りします。


一、よくある旅立ち


なのに旅にでてません。っかしーな。すんなり出てく予定が書き出したら出られなくなりました


次回こそ、ちゃんと旅に出ます。
最後にちらっと出て来た台詞の主もでます。


次回の題は
「ニ、よくある襲撃」
です。
(ないない。よくは起きません)


1 09/28 15:12
2 09/28 15:14
3 09/28 15:21
4 09/28 16:29
5 09/28 21:59
6 09/29 22:23
7 09/30 22:10
8 10/02 09:09
9 10/03 19:52
10 10/03 20:01


初稿
(2008/09/28)


初稿
(2008/09/30)


閑話休題<二、よくある襲撃>


感想をくれる皆さん、ありがとうございます。(苦手な感想書いてたが甲斐があります)
物語をかなり端折りすぎたかなと反省しつつ、


あらすじだから職業説明を端折りました←反省してない(笑)


旅に出たけど、なかなか村に入れない。そんなものです(そうか?)
次回もまだ新キャラが出ます。貴族様ですよ。
その前に狼を一掃しないといけません。


というわけで、がんばれオーサー!


次回
「よくある遭遇」


(トピック自体消し去ってしまいたいと後悔し始めているので、たぶんそろそろ話自体が崩壊します)←


11 10/06 08:49
12 10/06 08:52
13 10/06 08:53
14 10/06 08:55
15 10/13 14:28
16 10/14 18:55
17 10/14 18:59
18 10/14 19:02
19 10/14 19:06
20 10/14 19:11


初稿
(2008/10/14)


改訂
(2009/07/17)


改訂。
元は一つのファイル(500文字×9)だったのに、いつの間にやら三倍量。
飽きるかもしれない(え
(2009/7/24)


アディの台詞改訂。
(2009/07/27)


設定変更。
(2009/07/30)


公開
(2009/8/01)


公開。
続きは来月!←え
(2009/08/02)


やっとディが出てきた。
てか、一番のメインを終わらせずに私は…。
(2009/08/17)


改訂
(2009/08/20)


改訂っていうか、一話全部公開。
(2009/08/20)


公開
(2009/09/01)


公開
(2009/09/02)


改訂
(2009/09/04)


公開
(2009/10/01)


こめんと閲覧

  • 【~20】自分のルーツを知らなければならない、女神、など設定が好きです~これからどんな展開をするか楽しみに読んでいきます
    オーサーとアディの関係が微笑ましいですね~
    (2009-02-19 09:57:00 ぼんぼり)
  • 命狙われるって
    どんだけぇ~┛)\"O\"(┗
    ┣¨キ(*゜д゜*)ドキ
    (2008-10-06 20:44:00 魅樹)
  • いよいよ出発の時ですね
    アディ強い子♪
    応援してます(*´▽`*)
    そして、 話休題の所
    私を見習ってって照れますっっが
    ありがとうございます
    ひまうささんの心境が
    分かって楽しいです(笑)
    (2008-10-04 00:31:00 魅樹)
  • アディがこれからどうなるか気になってます(∀)
    書き、頑張ってください(≧∀≦)
    (2008-09-30 01:42:00 うぃんぱ~)
  • 中世! ファンタジー! 素敵要素だらけですね!
    ネオロマ自体は存在しか知らないのですが、設定が凄く良いと思いますよ(^-^)
    この先二人には何が待ち受けているのでしょうか。うぅん、気になります。幼馴染みって設定が特に好きです(`・ω-)+゚
    (2008-09-29 23:32:00 久遠)
  • なんだか怪しい…
    どんなルーツなんだろう?
    まだまだ謎な段階。
    続きをキリンになりながら
    (首を長くして待ちながら)
    待ってます(*´▽`*)


    (2008-09-29 22:59:00 魅樹)