06#よくある道具
緑深い森に、上方から差し込む薄明かりが夜明けを報せる。さながら命を吹き込まれ、命の輝きを求めだす自然の様相を尻目に、私たちはまだ狼と対峙していた。戦闘が始まったのが月が傾きかけた頃と考えると、相当な時間が経過しているのがわかる。
だが、敵の数は減るどころか未だに増えるばかりだ。飛び掛ってくる狼はオーサーが吹き飛ばしてくれて、その他のほとんどをディが薙ぎ払ってくれるおかげで、私は戦う必要もない。だが、大人しく守られるだけなら、私だって最初から村を出ようとなんてしない。
私の手元の小さな武器が大きな音を立て、その先から白煙を立ち上らせる。
「頼むから、ちゃんと狙って撃ってよね、アディ」
自分の目の前に黒く穿った痕が残ると、オーサーが呆れ声を返してきた。
「うるさいわねっ! ちゃんと狙ってるわよっ」
私が手にしているのは、掌に収まるサイズの小さな黒い拳銃だ。入っているのは実弾ではなく、ただの石。爪先の半分にも満たない一ミリに満たない砂利を詰めて、弾の代わりとしている。理由は簡単で、それ以外に詰めるものがないからだ。
一応神殿でも保管されている女神の遺品の一つではあるが、一般に普及しているさして珍しくもない品物だ。ただし、絶対的数量は限られているので高価と言えなくも無い。だが、世界中に数千個はあるといわれるほどに溢れている品に、珍しいも何もないだろう。
「なんでよりによって、そんなもんを。ーー……うぉっ! こっちに向けるんじゃねぇっ」
私が使うのは一応石ではあるが、神官魔法が扱えるマリベルに頼んで硬化と潤滑コーティングを施してある。神官魔法は魔法使いが使うものとは別種で、魔法使いが世界に流れる力を使うとすれば、神官のそれは女神に頼んで行うものらしい。説明は受けているが私にはよくわからないし、だいたい七面倒な説明を全部聞き終わる前にいつも寝てしまう。
要は使えればいいんだと割り切っていたが、どうやら戦闘の終わらない一端を担っていたのはその拳銃らしい。もちろん私だって、使わずにすむのならそうしている。だが、使わなければいけない理由がちゃんとあるのだ。
「げっ」
森の奥を見たディが歯がみし、オーサーが呻き声をあげる。奥からは倒しても倒しても狼の群れが現れてくるのだ。これが一晩中続けば嫌気も差す。
「ここにこんなに獣が出るなんて知らなかったなぁ、僕」
「あの馬鹿が呼び寄せてるに決まってるでしょ、オーサー。さっさとあいつを吹き飛ばしてよ」
「できるならとっくにやってるよっ」
私が拳銃という飛び道具を使っている理由は二百メートル程度離れた場所に、木立で笛を吹き続けている黒衣の男ーー敵がいるからに他ならない。本当ならディにそこまで行って倒してもらいたいところだが、頼みの剣術士はかねてより私たちをつけ狙っていた別の男の相手で忙しいようだ。
「ちっ、二人とも使えないわね」
「おまえが言うなよ」
切り結びながらもつっこみ返してくるあたり余裕があるのかと思いきや、どうにもディの手は空かなそうだ。徹夜で戦闘していて眠いし、いい加減布団で眠りたい私としてもは、我慢の限界を超えた不機嫌を隠す気力も無い。普段なら止め役のオーサーも自分のことで手一杯ということは、だ。
「こうなったら、ファラの力を頼るしかないようね」
「最初からそうしてよ」
オーサーが背中越しに安堵の息を吐くのに、私は小さく笑いを零した。こちらを見る余裕もないディをちら見し、私は願いの言葉を口にする。
「テキニココ、ファラ」
呼ぶ言葉に決まった形はなく、重要なのは願いの強さだ。願いの相手を思い浮かべ、私は彼を思い出して、堪えきれずにまた笑った。
私が呼ぶ声に合わせ、一枚の木の葉が手の上に落ちてくる。その上には全長十センチにも満たない少年が乗っている。
「どうしていっつも、ぴんち、になるまで呼んでくれないですかーっ」
透き通る肌には緑の葉っぱを雲の糸で縫い合わせて朝露で洗う、ワンピースみたいな服を着て喚く小さな少年ーー人は彼らを妖精と呼ぶ。
「あんたみたいなちんまいのに頼ってばかりいられないからでしょ。頼むわよ、ファラ」
頼りにしているのだと言うと、不満げな態度を見せながらもファラは私の手にする拳銃の隣に葉っぱごとふわりと浮かび、小さな両腕を高く差し上げる。
「こんなに苦労しなくても、僕が本気になればこんなやつら」
ただそれだけでファラの周囲から風が生まれ、次には私の背後から吹く追い風に変わり、私の黒髪を背中から前へと流した。
「狙いはあの木の上の笛よ」
「話を聞いてください、アディっ」
「聞いてる聞いてる」
私のその様子に、ディが目をむく。
「てっめぇっ、こっちに向けんじゃねぇっつってんだろーがっ!」
それもそのはず、私の狙いの中間点ではディが戦闘中だ。
「ぎゃあぎゃあうるさいわね。一流の剣術士ってんなら避けて見せなさいよっ」
「無茶いうなっ」
文句を言いながらもディが相手の一撃を強引にはね除け、急いで木陰に身を隠したのを私は確認する。視線をファラに向けると、小さな妖精は狙いの先から視線を外さずに告げた。
「いくよ、アディ」
「当てなきゃ二度と呼ばないからね、ファラ」
躊躇いなく、私は引き金を引く。爆音を立てて吹っ飛んでいった鉛の弾丸は、狙い過たずに黒衣の男の笛だけを砕いた。さきほどまで狙いを外しまくっていた私が、である。
遠当てが苦手な私でも当てることができるのは、ファラのおかげだ。風から生まれたというファラには、小さいながらもそうできる力がある。
「有難う、ファラ」
目の前で消える姿を見ながら、私は感謝の言葉をファラに向けた。ファラはまだ生まれて間もない幼い妖精だから、長く人間界にはいられないのだ。
笛がなくなるやいなや、襲撃者らはすぐに姿を消してくれた。
「で……できるなら、次からはそうしてくれ……っ」
獣たちが散り、襲撃者がすべていなくなった後でがくりとディは膝をつく。それに私は大きく口を開けて、欠伸をしながら答えた。
「いやよ。私は誰かを頼るような弱い女になんかなりたくなんかないわ」
「アディはもう十分強いよ」
「てか、何で拳で戦わねぇんだ?」
バァカと私が笑った見せると、男二人は不思議そうに、不満げに私を見た。
「勝てない勝負に拳で挑むわけないでしょ」
どこか妙に渇いた笑いを溢す二人をおいて、私は町の方へと足を向けて歩き出す。白み始めた空が夜の終わりを告げ、昼の女神の加護を伝える。そうなれば、闇に生きる者たちは容易に悪事を働けなくなる。つまり、町中に入ってしまえばある程度の安全は確保される。
安全云々は建前として、すでに眠気で限界を超える私の足は速い。しかし、所詮は女の足だ。男二人にとっては普通に歩くのとあまり変わらないのか、すぐに追い付いたオーサーが隣に並び、ディが逆隣の半歩後ろを歩く。
構わずにミゼットの町へと風を切って入る私たちを追い越し、荷物を積んだ幌馬車が追い越してゆく。その風に煽られたのか、私の背中で踊る髪が誰かに持ち上げられるように動き、落ちた。
07#よくある馬車
ミゼットは私とオーサーが属するルクレシア公国の中でも辺境に位置する小さな町だ。辺境とはいえ多国と隣接するのが山向こうの海だけなので、比較的平和な地域と言える。首都から隣国と隣接しているヨンフェンという町の中継点に当たる為に小さいながらも宿場として栄えているのと、元は貴族領だったという事実もあり、ミゼットの町中で一番広い大通りは馬車が進めるぐらいに広くとられている。それだけの広さの通りということもあって人通りも当然のように多く、その道沿いに並ぶ店はいつでも活気にあふれている。
小さくて平らな石を並べてならされた石畳を、人にぶつからないように歩くのは、私もオーサーも慣れたものだ。何しろ、週一回はこの街に買出しに来るのが村で与えられている仕事なのだから、私にとってもオーサーにとっても慣れているのが当然と言えば当然といえる。
私たちがミゼットに入ることができたのは結局日がかなりのぼった昼に近い朝方で、流石に旅仕度を調えられるような店が開いていなかった。夕べはろくな食事をとっていなかったことでもあるし、喫茶店で軽い朝食を済ませてから、私はオーサーと二人で店を巡ることになった。それから、大神殿まで旅をするのに必要な食料や簡易な衣類、それぞれを買い終わったのが今の状況で、その間文句も言わず、人にぶつかることもなくディは私たちの後ろを着いてきている。
「あんたの札は相変わらず高いわよね。あんなもん自分で書けばいいじゃない」
右手で抱えた食料の入った紙袋を抱え直しながら私がいうと、オーサーが不満そうに反論する。札と言うのは、札士であるオーサーの武器だ。オーサーは自分で札を書くことの出来ない札士であるため、定期的に購入する必要がある。
「自分で書いても効果はないんだって、アディも知ってるでしょ」
札に書いた文字が札士の言葉によって発動するには、魔法使いが魔法を使うのと同じく、それなりに基本的な才能が必要だ。原理はよくわからないが、簡易術式さえ効果を成さない札士が、札に込めた魔力なら発動できると言うのは、私にとっても実に不思議な力だ。
「そんなことないでしょ。私、知ってるのよ。あんた、ジョルジュさんに教わってたでしょ」
ジョルジュというのは村にいる札使いで、自分で書いた札を使うことができる数少ない札士を指す。あの人の場合は魔法使いが書いた札を発動させられないという欠点もあるわけだから、純粋に札使いといっていいのかどうかも私にはわからない。
「教わってもそう簡単に書けるようになるわけないだろ。あれも一種の能力なんだから」
とにかく私に言えるのは、札士も札使いも面倒な戦い方だということだ。
「その点、私を見なさいよ。魔法力なんかなくたって、なんとかなるもんなのよ」
「……いや、ないんじゃないでしょ。アディの場合は」
オーサーと札士についての話をしている間に、私たちは人ごみを抜けて大通りを少し離れたミゼットの近郊につく。街中の活気と違って、この辺りは案外静かなものだ。飲み屋も多いが、主な宿屋もこの辺りに集中しているため、夕方を過ぎないとこの辺りは穏やかなままだ。
「ここまでくればもういいわね」
その宿の多い通りまで来て立ち止まった私は、くるりとディを振り返った。オーサーも同じくディを振り返る。
「私たちはこれから宿に泊まるけど、ディはどうするの?」
「お、気にしてくれるなんて優しいー」
「いっとくけど、宿代は出さないわよ。子供にたかるなんてみっともない真似をするとは思わないけど」
辛辣な私の一言は聞こえていないのか、ディは人の悪い笑みを浮かべたままだ。不気味なことこの上ないが、悪意が感じられないのはいっそ不思議である。
そう、不思議なのだ。これだけ一緒にいてくれるのに何故か不快じゃない。村で慣れている大人たちならともかく、こんな見ず知らずの他人で、こんなに心を許してしまっている自分が不思議でならない。引力とか運命とか、そういう私が信じたくないものを信じてしまいそうになる。
私がもう一言を言おうと口を開いたタイミングで、隣を数台の馬車が大きな音を立てて、とても急いだ様子で通り過ぎてゆく。大通りほどに広くはない道であることだしと、私たちは一時会話を中断し、道の端に避けた。
「珍しいな。辺境警備の奴らじゃねぇか」
「辺境って、ヨンフェンの警備隊?」
「ああ、緑葉に双剣の紋章が見えたろう。あれは辺境警備隊の印なんだ。双国の境界を犯すべからずっつって、リュドラントと二つの紋章を組み合わせたってぇ話だ」
確かに遠ざかる馬車の背にはディの言う紋章があるが、私もオーサーも見たことはあっても意味は知らなかった。ディは旅をしているというだけあって、やはり世情やこういうことに詳しいのだろう。私とオーサーだけならば、妙な一団が通り過ぎたぐらいにしか思わないところだ。
「うわっ」
そのうちの一台の馬車から跳ねてきた小石が私の額に当たったのは運が悪かったとしか言いようがない。私は痛さに思わず額を押さえたが、傷口に触れたら痛かったのですぐに手を外すと、怪我に触れた場所が赤く血に染まっている。
「急いでるのは別に構わないけど、人がいるってことも気にしてほしいもんだわね」
「うわ、アディ……!」
「切れたか?」
慌てるだけのオーサーに対し、近づいてきたディが私の正面に回って、私の顎を掴んで上向ける。観察するディの真摯な緑の目に少し怯え、私はそれを悟られぬように振り払った。
「かすり傷でしょ」
「残らねぇだろうな」
「ディに気にされることじゃないわよ」
オーサーが慌てながらも、ポケットから白いガーゼのハンカチを取り出し、水筒の水を掛けて濡らす。それを私の額に押し付けられ、水が染み込む痛みとガーゼの触れる痛みの両方で、私はまた顔を顰めた。
「うわ、こんなの母さんに見つかったら大事だよっ」
「別にすぐに帰る訳じゃないんだから、大丈夫だって」
「傷が残ったら、あいつら半殺しにしてやる……っ」
「大げさねー、オーサーは」
アディが呑気すぎるだけだよとオーサーが騒いでいると、もう一台馬車が私たちのそばを通りがかった。その馬車は私たちの前に何故か止まり、中からひとりの男が降りてくる。男は青みがかった髪を黒のシルクタイで止めた、いかにも貴族といった装いをしている。
「どうかしましたか?」
「どうもこうも、アディが……っ」
「オーサー、よしなさい」
文句を言い立てようとするオーサーを制し、私は額の傷口を抑えていたガーゼを外して、毅然と笑いかける。貴族と関わるなんて、冗談じゃないというのが本音で、すべてを隠す笑顔を武器に、男と対峙する。
「別に、なんでもありません」
貴族はまっすぐに私の前に歩みを進めてきた。貴族の手が伸びてくる前に、私は自然な動作で腰を曲げて、男性のように挨拶を返す。先じてこれをやられると大抵の貴族が足をとめることを、私は知っているからだ。
「君は怪我をしているようだが」
「かすり傷です」
「先ほどここを通り抜けた警備隊の馬車が何かしたかな?」
「……かすり傷です。どうかお気になさらないでください」
頑なに固持する様子にディもようやく気がつき、オーサーに小声で問いかけているのが私の耳に入るが、何を話しているのかまではわからない。わからないけど、おそらくは私の様子が貴族を前に変わったからだろう。
私がイネスという町にいたとき、女神の眷属とやらを殺すため、あるいは捕らえるために王族や貴族が多くの者を差し向けてきたことは忘れない。あれのせいで多くの友達が、仲間が、孤児たちが殺されたことも私は決して忘れない。だからといって、無思慮に貴族に立ち向かうまではしないものの、自ら進んで関わりたくないことは確かな事実だ。
オーサーからおそらくそれを聞いたのであろうディは何を考えたのか、最初に出会った時のように、私と貴族の間に違和感なく、すんなりと立った。背中のマントが軽い風に煽られ、完全に私から貴族の姿を隠す。
「アディ、そろそろ行かねぇか?」
ディの行動の意図が私にはわからない。それはおそらく今この場にいる誰であっても、共通していることだろう。
「腹も減ってるだろ。俺は美味い飯も食わせてくれる宿屋、知ってんだ」
少しだけ私を顧みたディは何故か笑顔を浮かべている。
「ディ」
「そういうわけでな、あんた」
それから、貴族に向き直ったディの表情は、かばわれている私には見えなかった。だけど、わずかに貴族が怯んだことだけは、なんとなくだが空気で感じる。
「警備隊にはもちっとマシな御者をつけてやれ。俺たちみたいな親切な奴ばかりじゃねぇからな。次はたかられるぜ?」
ディに片手で追いやられ、私はオーサーに手をひかれながら、場を後にする。残ったディは貴族と何か話をしていたようだけど、ひとつ先の角を曲がって待っていた私たちにすぐに追いついてきた。
焦ったように走ってきたディは、私の顔を見た途端に安堵の笑顔を浮かべる。流石に、助けてくれたとわかっているのに、ただ置いていくほど私は薄情じゃない。
「ありがとな」
私が礼を口にする前にディが言ってしまって、困惑する私とオーサーの頭をディは大きな手で軽く叩く。それが何故か私は嬉しくて、その理由が分からない私は不思議で仕方なかった。
08#よくある傷痕
湯の中で私が手で掬い上げたお湯が、パシャリと音を立てて跳ねる。透明で暖かな湯に浸かりながら、私は腑に落ちない事柄に眉根を寄せていた。折角の湯浴みだというのに、あまり心楽しい気分になれないのは、此処にくる前に部屋でディから聞いた言葉のせいだ。
「ディは何者なの?」
「あん?」
ディが紹介してくれた宿は確かに食事が美味しく、その食堂で食事しながら私とオーサーは、改めて彼に問いかけてみた。
「なんで私らについてきてくれるわけ?」
「なんでって、面白そうだからに決まってんじゃん。今時、刻龍につけ狙われるような面白いガキなんてなかなかいねぇしな」
予想通りにあっさりとディから返されてしまったが、私にはあまりにも信じがたい。オーサーはそれなりに納得していたし、これまで相対してきたディの性格からは理解もできるのだが、私にはどうにもディにそれ以外の何かがあるように思えてならないのだ。
それにディはああいったが、私には面白いで片付けられるような問題でもない。もちろん、腕の立つディの護衛は私にもオーサーにも願ってもない申し出ではあるのだが、それにしたってディは登場から何から不自然すぎる。宿の食事でも結局かわされてしまい、私の中にはまだ疑問だけが燻りつづけている。
(なんなんだろ、あの人)
出会った時から私の中にある漠然とした安心感が、余計に私を混乱させる。私は初対面の人間に気を許すなんて物心ついてから一度もないのに、あのオーサーにだって本当に気を許したのは時間が必要だったというのに、安々とディだけが私の領域に入り込んできた。ディ自身がそういったわけではないのに、最初からそこにいるのが当たり前と感じている自分が何よりも信じられない。
逆上せないうちに湯から上がった私は、タオルで全身を吹いた後で脱衣所に戻る直前、鏡の前を通り、ちらりと自分の姿を盗み見た。
ここは宿に隣接している大浴場で、まだ日も高いせいか私の他に人はいない。それは私にとっても幸いなことで、少女と言うよりも少年に近い体型に多少なりとコンプレックスを持っている私は、今まで何度胸が小さい等とからかってきた輩を叩きのめしたかしれない。
乾いたタオルで全身を拭き、下着を着けただけの格好で、私はもう一度鏡の前に立つ。筋肉質でおよそ女性らしくないこの体は、良くも悪くもコンプレックスを刺激する。言われなくても、自分が女性らしくない自覚はあるだけに、たとえばこういう公衆浴場で女性らしい体型の持ち主と行きあってしまっても、考えずにはいられなくなる。自分ももう少しぐらい胸が大きいとかであれば、女性らしく振る舞うのに、と思わないでもない。結局はないものねだりという自覚はあるのだが。
湯に入らないように髪を纏めていたタオルを解くと、私の真っ直ぐで漆黒の髪は重力に従ってストンと落ちた。重苦しい自分のこの髪を私は好きではないが、切らないでいるのは単にマリ母さんが泣くからだ。
鏡の傍らに備えてある緑青色の石を手にし、私はそれを目を閉じて、額に押し当てる。一瞬の間の後、石を押し当てた位置から強い風が生まれ、髪についた水を全て弾き飛ばした。
これは風の力を溜めた「魔石」と呼ばれるもので、かつて女神たちが使っていた力の一種だと伝えられている。原理は未だに解明されていないが、ただ魔石の種類によって自然とその魔力が溜まる性質の石であるとされ、それらは種類ごとに生活の場毎に生かされている。この風を溜めた風石はもっとも数が多いため、一般家庭にも普及している代物だ。大衆浴場に備えられていても全く不思議はない。
風に揺れる髪が収まった後で、私はゆっくりと髪に櫛を入れてゆく。手入れを欠かしても元の髪質のおかげで絡まることはないが、部屋に戻ったときにオーサーに口うるさく言われるのは面倒だ。髪をまたひとくくりに纏めた後で、私は宿へと戻る。もちろん、眠る為である。
「なんでディがここにいるのよ」
宿の部屋はオーサーと分けるつもりはなかったし、宿代を節約する意味も含めてシングルにしてある。だが、その部屋になんでこの大男までいるのだろう。そして、オーサーは青い顔で苦しそうに床で寝転がっている。
「護衛だって」
オーサーと向い合って座るディの前には、すでに数本の酒瓶が空けられている。オーサーは下戸だから、これらを飲んだのはディの方だろうと、私でもすぐに予想がついた。
「ちゃんと宿代は自分の分出すって。それより、これ飲まねぇか? イーストギート産二〇〇年モノだぜ」
「いただくわ」
ディの誘いに迷うことなくあっさりと私がのっかってしまったのは、勧められた物が明らかな高級酒だからだ。渡された透明のグラスの中で透明な液体がゆらりと揺れ、芳しい花蜜の香りが鼻をつく。
イーストギートといえば花にまつわる特産品で有名な地方で、蜂蜜や季節の花はもちろんのことだが、花を使った料理でも有名だ。とりわけ、この地方でしか作られない花蜜酒はかなり特殊で、一部の酒好きの間でも有名な逸品で、一度だけ私も村の飲み仲間になめさせてもらったことがある。私はグラスの中を一息に飲み干してから、それが本物と見極めた。
「あきれた、ディはどこでこんなの手に入れたの?」
「ふふん、さっきの貴族様からちょっとな」
あからさまに機嫌の悪くなった私を、ディはからりと笑う。
「あんたの治療費だよ。傷の具合は?」
「なんともないわ」
ほら、と私が前髪をかき上げると、ディにはすでに傷が跡形もないのがわかっただろう。
「ほー、あのときの妖精とやらにでも治してもらったか」
「ファラにそんな力はないわよ。あの子、あれでもまだ生まれたばかりなんだから」
あの時もだが、ファラはいつも私の前で虚勢を張って、大言壮語を吐く。けれど、言うだけの力がないことぐらい私は知っているから、いつもギリギリの場面までファラを呼ばないのだ。
「アディは治癒ぐらいなら自分で出来るってぇことか」
「ま、そーゆーこと、」
ディが私のグラスに注ぎながら言った言葉をそのまま流しそうになり、ふと私は気がついた。私はディに拳闘士であると宣言しているし、彼の前でファラを呼び出す以外のことはしていない。妖精の呼び出しは魔法が使えるかどうかではなく、妖精に好かれるかどうかの問題であるから、ただそれだけで魔法が使えるとわかるはずもない。
「オーサーが話したのね」
私が眉間にシワを寄せて、倒れているオーサーを睨みつけると、口の軽い幼馴染は苦しそうな呻きを上げている。
「ははは、怒ってやるな。過保護そうなオーサーがあんたのことを心配してねぇようだから、俺が聞いてみただけだ」
次いで、明るい笑い声をたてるディを見た私は困惑した。悪い男じゃないし、自分に危害を加えるわけでもない。だが、ほとんど初対面からディを憎めないのは、この笑い方のせいだろうか。
「魔法が使えるのになぜ隠す? いいことじゃねぇか」
「知らない。私はただマリ母さんに絶対人前で使うなって禁止されてるんだもん」
「……ふーん」
ディがそれ以上追求してこなかったのは正直、助かった。マリ母さんに私がおとなしく従う理由は、オーサーにも話していないことだからだ。
「オーサー、そこで寝るの?」
「うー……ぎもぢわるぃ……」
「じゃあ、今日のベッドは私ね」
ベッドから毛布を引っぺがし、オーサーに掛けてから、私は買ったばかりの旅用マントを掛けた。湯殿で暖まり、酒も入れば、当然眠さも増す。
「ディは眠らないの?」
「ああ、そーだな。俺もひとっ風呂浴びてくるか」
「そう」
一瞬ここにいてくれないのかと言いかけて、私は口をつぐんだ。本当に初対面と言っていい、昨日合ったばかりの男を信用するなんて、私自身でもあまりに非常識だと思う。だが、ディにはそこまで信用させる何かがある気がする。
「鍵は閉めておいてよね、オーサー」
すでに眠っているオーサーに届かないと知りながら、私は夢うつつに命じる。応えるのはやはりオーサーではなく、ディで。
「わかったよ、アデュラリア。……良い夢を……の姫君」
すでに半分以上夢の世界に落ちていた私には、ディが何を言ったのかわからなかったけれど。ただオーサーがいることよりも、ディがそばにいることでいつになく心が温かさで満たされているのを素直に感じていた。
ひと眠りして起きた私を迎えたのは、予想通りディだった。私はなんとなくだが起きたらディがいるような気がしていたし、当たり前だがオーサーも起きている。オーサーは下戸だが、二日酔いになった姿を私は見たことがない。
私は寝起きでボーッとした頭をふるふると振って、かすかに感じる軽い空腹と外の闇から、既に夜になったことを知る。
「ディ、まさかお風呂上がってから、ずっとここにいたの?」
苦笑いしながら、ディはコップの中の透明な液体を煽っている。同じものをオーサーが平気で飲んでいることからして、それはおそらく水だろう。
「オーサー」
グラスに水を注いだオーサーは私が言う前に歩き出し、手にしていたグラスを私に差し出した。私は少し香りを嗅いでから、無臭の液体を一口、喉に通す。ひやりと冷たい液体は寝起きの乾いた身体に染み込んで、半覚醒の私の身体に目覚めを促す。
ぼんやりとしたままの私の後ろに回ったオーサーが、慣れた手で髪を梳くのを大人しく享受する。オーサーは寝起きの私の髪をセットするのが趣味なのだ。
「ディ、私が寝る前に何か言ってなかった?」
「ん?寝る前?」
ディから回答をもらう前に、部屋の戸を叩く音が聞こえた。隣じゃなく、この部屋の戸だ。ここに人がくる約束をしたわけでもないから、私は身構え、オーサーが私の隣に立つ。
「誰だ」
問いかけたのはディで、戸の向こうからは丁寧な低めの女性声が答えた。
「オーブド様の使いで参りました、ラリマーと申します。こちらにビアス様は居られますか?」
言われた名前が誰かわからずに私がオーサーが首を傾げると、ディが答える。
「ああ、昼間のあいつか」
立ち上がったディは、私やオーサーに問い掛けもせずに、客人を招き入れた。
部屋に入ってきた人物は暗色の赤い執事服を来た人物で、エナメル色の髪は短く切られている。
戸の向こうから聞こえた女性と思えた声を姿が合わなくて、思わず私がオーサーと顔を見合わせていると、ラリマーと名乗った人物が声を発した。
「先程は私どもの馬車がお連れ様に怪我をさせてしまって、申し訳ありませんでした」
そう言って深々と私に頭を下げる姿に、私は流石に目を瞬かせる。先程からの言動からして、これはどうやら私たちの方がディに連れられていると思われているらしい。
「違うわよ。ディが勝手に私たちについてきているんだから、別に連れでもなんでもないわ」
私の言葉にディは軽く笑い声を立てたが、ラリマーの表情は変わらないままだ。ラリマーは真っ直ぐに私に近づいてきたので、警戒したオーサーが私の前に移動する。それに対して、ラリマーは表情を変えないままに、手元の薄い革製のバッグから長方形の封筒を取り出した。
それまでラリマーがバッグを持っているようには見えなかっただけに、私は怪訝に眉をひそめる。持っていないように見せかけるのは魔法を使わない限り、拳闘の技だ。それが拳闘士でない者の前であるならまだしも、私自身それなりの強さはあるからわからないということがほとんどない。つまり、それだけの強さを持っているということを証明する断片にはなるだけに、私は警戒を強めた。
封筒を受け取ったオーサーが何かをする前に、私はすばやく奪い取る。
「ちょっと、アディっ」
オーサーの抗議を無視して手にした封筒には封蝋がされていて、宛名は書かれていない。
「お名前を存じ上げなかったので、失礼とは思いましたが」
心を読んだようにラリマーに言われ、私は顔を上げた。ラリマーの表情は相変わらず変わらないが、後ろでディが無言で頷き、開けるように私を促す。
罠は見当たらないが、それなりの拳闘の腕を持った者を使いに寄越すぐらいだ。下手な小細工もないだろう。なにより、こちらにはディがいる。
そこまで考えかけて、ディを信頼してしまっている自分を私は小さく笑った。
「アディ?」
怪訝そうなオーサーには応えず、私は封を開ける。中からは上質で厚めの紙が半分に折りたたまれて入っていた。その他には何も無いようだ。
封筒を指に挟んだまま、私は半分に折りたたまれた紙を広げて、目を通す。
「……招待状、だね」
横から覗き見たオーサーが意外そうに事実を口にする。
オーブドゥという貴族からの手紙には、今夜の夕食への招待が綴られているだけだ。文面からわかるのは、旅の話が聞きたいと言うことで、最後にサインがある以外に特別なことは何もない。これが貴族や王族以外なら私も素直に出掛けるところだが、相手は貴族。油断すれば、オーサーも危険に道連れにする可能性があると、つい身構えてしまう。
「暇なのね、貴族って」
目の前にいるラリマーを睨みつけても仕方ない。本人でないと言うのもあるが、様子がまったく変わらないのでは代用にもならない。
「タダ飯はありがたいけど、どうする?」
私が問いかけると、ディはこちらが吃驚するほど、驚きに目を見開いた。孔雀の羽と同じ青緑のディの瞳が大きく見えて、それが楽しくて思わず私も笑いを零す。
「訊いてくれんのか?」
「だって、旅の話ができるのはディしかいないじゃない」
あっさりと私が言うと、ディは納得してくれたらしく頷いてくれる。オーサーだけが強張った顔で私を見ている。
「貴族の屋敷は嫌なんじゃねぇのか?」
「別に。料理に罪はないでしょ」
貴族は嫌いだが、今の私は逃げ回るだけの子供ではないし、理由はわからずとも、心強い護衛だっている。何より、口にしたように、用意される料理にだって罪はないし、イーストギートの高級酒を簡単にくれるぐらいだ。材料の質には期待して良いはず。
「きっと美味しいお酒もあるはずよ。うん、楽しみっ」
目の前にまだ使者はいるが、私の前にはすでに白いテーブルクロスに並べられた料理の幻影が映っている。オーサーは呆れているが、もちろんオーサーの札士の腕だって信用しているからだと気づかないのだろうか。私が作り笑顔でラリマーを見るが、彼女はまったく表情を変えない。
「では、ご出席ということでよろしいですね?」
「ですね?」
私が繰り返すと、オーサーはため息をつき、ディもわがままな妹でも見るように優しく笑っている。
「はいはい」
「いいぜ」
ラリマーが部屋を去った後で、私は両腕を背中に回して、すっかり目覚めた身体をほぐした。
「さて、私らは貸衣装屋に行くけど、どうする?」
驚くのはオーサーだけで、ディはひらひらと手を振った。
「俺はこれでいいんだよ。一応、騎士の正装だしな」
「騎士ィ? ……ま、いいか。じゃあ、着替えるからディは出てって」
ディを部屋から追い出し、オーサーだけの残る部屋で私はおもむろに着ていたシャツを脱ぐ。
「あ、アディっ」
「ん?オーサーもさっさと着替えなさいよ」
バッグから白無地の長袖シャツを被りながら言うから、私にはオーサーがどんな顔をしているかわからない。でも、声の調子で焦っているのはわかる。もうずっと一緒にいるのだから、別に私の身体なんて見慣れているはずなのに変なの、と私は笑った。
昨日履いていたズボンを履いて、最後に腰のあたりを布でぐるぐると巻いて、端を中に入れ込めば着替は完了だ。サイドテーブルに置いておいた髪紐を手に、自分の髪を一括りに縛りながらオーサーを振り返る。
「なにしてんの、オーサー。早く準備しなよ」
「何って、もう……少しぐらい意識してよ」
右手で自分の顔を抑えてため息をついたオーサーが、後半何を行ったのか私には聞こえなかった。オーサーが準備するのを待つ間に、私は自分とオーサーのバッグに昨日買った品を詰めていく。夕食を食べてすぐに帰れるとは思えないし、もしものこともある。この宿は引き払って、荷物は持っていった方がいいだろう。
「行くわよ、オーサー」
オーサーの支度が終わるのを見て、私はすぐに二人分の荷物を手に部屋の出口へと向かった。
「ま、まってよ、アディ!」
オーサーが私のところに付く前に、私は廊下へと出る。
「遅かったな」
部屋の外では私たちと同じく荷物をまとめたディが待っている。一体いつからそこにいたのだろうかと考えかけて、私はすぐにやめた。ディと私の力量は目に見えて違いすぎるから、考えても仕方が無いことだ。
「時間になったらここの食堂で落ちあいましょ」
「了解」
ディの返答を聞いてから、私とオーサーは宿を後にした。だが、すぐにディが距離を置いてついてきていることに私は気付く。あれだけの巨体で目立ちそうなのに完全に町に溶け込んでいるディの様子に、私はひそかに感嘆を漏らす。
「どうしたの、アディ」
「んーん、なんでもないよ」
オーサーに先導されて歩きながら、私はまた理由のつかない安心感に笑いを零した。
09#よくある夕食会
ガタゴトと上下に振動する馬車に揺られながら、私はずっと外を眺めている。別に目新しいものがあるというわけでもなく、他に視線を置いておく場所がないというのが理由の一つだ。
宿の近辺ならば、夜のミゼットも昼とは別の賑わいをみせているが、既に馬車は郊外に出ている。目の前を過ぎる景色は街路樹の緑と日の暮れた藍色の空、そしてわずかな民家以外に至って普通の道だけを映す。違和感がひとつあるとすれば、いつもならば歩いている道をこうして馬車にゆられている点だけだろう。
「それで、アディってば適当に選ぼうとするから、僕が見立てたんです」
「へぇ、おまえが?」
「ええ、アディに似合う服は僕が一番知ってますから。本人が選ぶより全然良いんですよ」
馬車に乗ってから、ずっとディに貸衣装屋での話を自慢げにしているオーサーは、かなり元気だ。対照的に、貸衣装屋でオーサーに遊ばれた私は、ぐったりとしている。オーサーは男なのになんであんなに服にこだわるのか、私にはさっぱりわからない。
「アディ」
私を呼ぶディのからかう声に答える代わりに睨みつけ、ついでに唸り声までつけてやると、大人しくディは手を引いた。私の機嫌が悪いとわかっていて、あえて声をかけてきているのも嫌だし、こうして馬車に揺られている事自体が気分が悪い。
私は馬車に限らず、乗り物が嫌いだ。魔法も嫌いだし、貴族や王族と言った権力者も嫌い。だから、こうして向かう先が貴族の屋敷だというのも気にくわない。
だったら最初から招待を断ればいいのだが、これからの長旅を考えてみればタダ飯は有り難いし、場合によっては路銀の足しになるようなものがあればいいという狙いがある。どうせ話をするのはディだが、夕食以外に一晩の宿を借りることができればそれだけで上々だ。何かあってもディは私を裏切らない気がするから、きっと私もオーサーも切り抜けられるはずーー。
そこまで考えて、またディを頼ってしまっている自分に気がつき、私は眉を顰めた。
「アディはなんでマントとフード、とらねぇんだ?」
ディが言うように、私は貸衣装屋を出てからずっと服全体が隠れるマントを着ていて、フードも被ったままだ。そのせいでディにずっと見られているのは気にくわないし、苛々は募る一方だが、到着するまでとるつもりはない。
「汚れたら困るから」
簡単に返してから、それ以上の話はないと私はまた視線を馬車の外へと向けた。
実際、オーサーの見立ては正しいし、この服は私に似合っている自信はある。でも、好き好んで自慢するほどじゃない。
窓の外に小さな灯りが見えて、私はもうすぐ到着することに軽く安堵した。
「アディ」
こっそりと心配気に耳打ちするオーサーを、私は手で制する。
「平気よ」
その様子をディがじっと見ていることに気がついていた私は、また小さく息を吐いた。
ほどなく、馬車が止まり、ドアが開けられる。先にディが降り、続いてオーサーが降りた後、私の前に大きな右手が差し出された。
「何?」
「何って、その格好で飛び降りるわけにもいかねぇだろ」
ディは苦笑しているが、馬車に乗るときは何もしなかったのに、急に言い出す理由が読めない。訝しむ私の右手を、ディは強引に引っ張る。
「わ」
抵抗する間もなく、馬車から降りた私のフードが勢いに残されて、自然に外れ、私はそのままディの腕に抱き留められた。
「ご、ごめんなさいっ」
自分が悪いわけではないと知りながらもとっさに謝り、私は慌ててディから距離をとる。明るくなった視界に、緑の目を見開いて驚く様子のディが見える。その目に映っている自分の姿がディの瞳越しに見えた私は、また軽い落胆を覚えたのだった。私の正装した姿を見ると、ほとんどが同じ反応をするから、私は面白くない。
「アディ、そろそろマントも外していいんじゃない?」
私とディの間の空気を割って、オーサーが強引に入り込む。そりゃ、今日の格好はオーサーのコーディネイトだし、出来に自信もあるようだから無理もないけど、そんなに嬉しそうにしなくてもいいだろうに。
「ほら」
促された私は大人しくマントを止めているピンを外した。嬉しそうにオーサーが私からマントを受け取る。その後ろで、ディは平静を装いながらもいつもどおりの軽口を叩く。
「馬子にも衣装、」
「うるさい」
「てのは冗談だ。似合うじゃねぇか」
行こうかと少し先を歩く使いの者の後を、ディが歩き出す。その後を、私とオーサーはいつものペースでついて行く。いつものペースということは前を歩く彼らが、動きにくい私に合わせてくれているということだ。そんなことにさえもイラつきながら、私はできるだけ早足で歩く。隣を歩くオーサーは黒の子供用タキシードを着ているだけだから楽だろうが、私はそうはいかない。
ワインレッドの深い赤のイブニングドレスは、幅広の布を幾重にも重ねて構成されている。しかも、足下まで覆うような裾の長さだから、歩きながら私は両手で少し持ち上げなくてはならない。オーサー曰く、あまり胸を強調するデザインではないが、私のために誂えられたかのようによく似合っているそうだ。
普段は一括りにしている私の髪も降ろされ、表面だけを掬うように取り上げて、ドレスと同色の細めのリボンがつけられている。ディが気がついたかはわからないが、薄化粧も施されてしまった。
「よく最後まで耐えたわよね、私」
「アディにしてはめずらしいよね」
「オーサー、わかっててやったの?」
「あったりまえじゃん。何年アディにつきあってると思ってるのさ」
なぜか自慢げなオーサーから目をそらし、私は前を歩く大男の背中を見つめる。想像していたよりは淡泊な反応だったなと思いだし、何を考えてるんだと自分を嫌悪する。
私がやけに気になる大男は、最初にあったときと全く変わらない格好だ。肩当てなんかは擦り傷だらけで、帯剣の鞘もかすり傷が多い。それに、よく見れば。
「ん?」
「アディ、僕の話聞いてた?」
「聞いてないわよ」
よく見れば、ディの肩当てにも剣の鞘にもうっすらと古そうな文字の並びで何かが書かれている。村の神殿の壁にも時々同じものがあるから、おそらくは女神の時代の古代文字だろう。マリ母さんがそう言っていたから、間違いない。
(……神……従う者……?)
百メートル先でも楽に見える視力の私が目をこらしても、それがなんと書いてあるかはっきりとは読めない。それに不自然なのはそれが後ろから見えるということだ。よくは知らないけれど、鞘はともかく、肩当てなんかには普通は前にそういうものが書かれているのではないだろうか。
私がディに疑問を投げかけようとした声は、大扉の開かれる音で消された。
「お待ちしてました」
使者が開けた扉の向こうで、あの時の貴族が正装で私たちを迎えるのを見た私は、ディの後ろでまた小さなため息をつく。それをディは軽く笑っていて、オーサーは心配げに私を見ていた。
貴族にはそれを気取られないように表情を作り、私もディに並んで丁寧に頭を下げる。その際に私が自然と両手でドレスの裾をつまみあげていたのは、一応の礼儀だ。こういう服の時の作法ぐらい、マリ母さんやオーサーに叩き込まれている。
「お招きいただきまして光栄です、オーブドゥ卿」
それでも、私はマリ母さんらに教わる前から、自然とその作法を知っていた気がする。誰かに教わったような気もするし、そうではないような気もする。ただ知っていたとしか、私は答えを持たない。だが、問うものなどいないだろう。
私の隣に並んだオーサーが畏まって挨拶をした後、私たちはオーブドゥ卿に導かれて屋敷に足を踏み入れた。
入ってすぐの場所は広いホールになっていて、中央の高い位置にきらきらと虹を生むシャンデリアが飾られている。奥には二階へと繋がる階段があるようだが、オーブドゥ卿は私たちを玄関からすぐ左にある大きな両扉の奥へと案内する。
壁は明るい材質の樹を使っていて、上からニスを塗って、磨きぬかれている。床は壁と同材の樹を隙間なく並べてあって、塵ひとつ落ちていないことから、使用人の丁寧な仕事が伺える。
扉の向こうは部屋の中央に十人は座れる大きな丸テーブルがあって、白いテーブルクロスのかけられた上には中央にパンの入ったかごが置かれ、四人分のテーブルセットが並べられている。
一番手前の席に私が立つと、オーブドゥ卿は席を引いた。
「え?」
オーサーとディを見てから、オーブドゥ卿を見上げると、彼は深く頷く。座れと言うことらしいので、私は大人しく席についた。ここで駄々をこねても体裁が悪くなるだけだ。
オーブドゥ卿は私と丁度対面に座り、私の隣にオーサー、オーサーとひとつ開けた場所にディが座る。全員が座るのを待っていたように、全身白衣のコックの姿をした壮年の男が、台車に湯気の立つスープを乗せて運んできた。そして、私たちの前にスープと生ハムの乗ったサラダを順に並べてゆく。
「それでは食事の前に祈りを、」
オーブドゥ卿の言葉に思わず、私は呻きを漏らした。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、なんでもありません。どうぞ、続けてください」
私が呻いた理由をわかっているオーサーが小さく笑っているのを、私は隣を幸いに足でけりつける。痛みで軽く俯いて震えているオーサーを今度は私が小さく笑った。
「では、食事の前の祈りを、お嬢さんにお願いできますか?」
やっぱりか、と今度は心のなかで私は舌打ちする。だが、不快は表にせず、私は作り笑顔で了承した。
「はい」
私は両手を組み合わせ、全員が目を閉じて、頭を下げているのを確認する。女神信仰が浸透しているだけに、食事前の祈りは常識と言っていいほどかかせないものだ。だけど、私はこの儀式があまり好きじゃない。美味しいものは暖かいうちに食べてしまいたいのに、そうさせてくれないというのもあるが、何よりも私が祈ると余計なことをする妖精がいる。
「今日もこうして食事が出来ること、食物が与えられることを天にまします女神に感謝します。この食卓に並ぶ者たちに女神の加護をお与えください」
ふわりと食卓に風が過ぎり、かすかにディが目を開けて少し顔を上げたのを私は見逃してはいなかった。あまり見られたくはないのだが、これはおそらく私に協力してくれる風の妖精、ファラがやる悪戯だろう。問い詰めてもいつも違うと言い張るが、ファラ以外にどうしてこんなことをできるだろうか。
祈りが終り、全員が顔を上げたところで、私はスプーンを手にする。オーサーとディはすぐにスープを口に運び始めていたが、オーブドゥ卿は真っ直ぐに私を見ている。
「挨拶が遅れました。私はイェフダ=オーブドと申します」
「存じ上げております」
そっけなく返す私だが、私の張り付いたような笑顔を見ないように、オーサーは食に専念しているようだ。ディは意外にもちらちらと私とオーブドゥ卿を見ている。
「私は、アデュラリア=バルベーリと言います。オーブドゥ卿は有名な女神研究家でいらっしゃいますね」
イェフダ=オーブドゥという名前は、国内で知らないものがいないほどの有名人だ。それを私もオーサーも貸衣装屋で嫌というほど聞かされたので、さすがに覚えている。
「イェフダで結構ですよ。研究家と言っても、私は何も知りません。何しろ、女神について、文献にはほとんど残されていませんからね。口伝にしても一般にはまず広まりませんし」
「ですが、オーブドゥ卿は女神の系譜をご存じなのでしょう? 素晴らしいことですわ」
私がまったくそう思っていないことを知っているオーサーは、努めて私から視線を避けている。
「アデュラリア嬢はここではとても有名ですね。噂では聞いていたんです。時々、ミゼットに来ては騒動を起こして消えてゆくお二人に、私はとても興味がありまして」
ふたり、と言われ、初めてオーサーが顔をあげた。その機を待っていたように、私たちの前に分厚いステーキがおかれる。良い香りに誘われてナイフを入れると、肉汁が溢れ出てくるステーキだ。
「僕らをご存じなのですか?」
聞き返しているオーサーをよそに、私はサラダを食し、ステーキを口に入れた。口の中で溶ける肉の食感に、思わず目を細める。
「ええ、最近ではパン屋の騒動が有名でしたね」
食べることに専念しかけていた私は、もう一切れにフォークをさしかけた動きをピタリと止めた。そのままオーサーを見ると、彼も硬直している。そんな私たちを見て、ディもにやりと笑う。
「ああ、それは俺も聞いた。パン屋の嫁の作った特製クッキーが盗まれてって奴だよな」
確かに、確かに一年程前にオーサー買出しに来た際、開店まで待ちきれなかった私たちは、ちょっと忍び込んでつまみ食いをした。だが、ちゃんと食べた分も持っていった分も代金を置いておいたのだから、盗んだわけでもない。ちょっと騒動にはなったが誤解も解けたし、表沙汰にはされていないはずの事件だ。何故完全部外者の二人が知っているのだろう。
「あ、ああ、あれは……オーサーの発案だったのよっ。ね、オーサー?」
「押しつけはよくないよ、アディ」
「くっ! 裏切り者っ」
「あれはあんたらだったのか。くくく、ますますおもしれぇ」
「うううっさいわよ、ディっ」
狼狽する私を助けるように、オーサーが話題転換を図ってくれなければ、私は羞恥でテーブルをひっくり返していたかもしれない。
「オーブドゥ卿は旅の話を聞きたいということで僕らを呼ばれたと思いますが」
「ああ、あれは口実ですよ」
さらりととんでもないことを言うオーブドゥ卿を、オーサーは笑顔で制する。
「いいえ、僕らも丁度ディから旅の話を聞いているところだったのです。ディは各地の女神の遺跡を巡ってきたということですから、きっとオーブドゥ卿もご興味がおありでしょう」
かすかにオーブドゥ卿の目が細められたが、そのかすかな視線をディはごく軽く受け流すのが私にもわかる。私たちには嬉々として話すくせに、何故だろうと私は軽く首を傾げた。
「別にいいけど、俺は別に女神について詳しくはねぇよ。遺跡巡りは単なる趣味だ」
面倒そうなディにオーブドゥ卿は穏やかに食らいつく。
「どの辺りを巡ってこられたのですか?」
「多くはねぇ。柱だけのもあったし、水に沈んで入れない場所もあった。連れに魔法使いもいたが、そいつの魔法でも水に入れなかった。あれは女神か女神の眷属が使う術でないと無理かもな」
話が逸れたことでほっと私は息をつき、オーサーは食事に戻ったのだった。
「柱だけということは現存する最古の神殿、フィアネルに行ったんですか?」
「まあな。でも、何もなかったぜ?」
かすかに苦い顔をしているディを見て、私はまた首を傾げた。疑問は小声でオーサーに投げかける。
「オーサー、フィアネルって?」
「聖典にも書いてあっただろ。最後の女神が残された神殿の話」
「ああ、あれか」
こそこそと私とオーサーが話している間に、置かれていたグラスに赤い液体が注がれた。豊潤な赤葡萄の香りに気がつき、私はそれに手を伸ばす。
「飲みすぎないでよ、アディ」
「わかってるって」
香りを楽しんで、口をつけた私は、すぐにそれを飲み干した。
「うわ、美味い。なに、これ。ちょ、オーサー、これ、飲まなきゃ損だよ」
「いらない」
「そんなこと言わずに飲みなさいってっ」
無理矢理にオーサーに進めると、訝しみながらも彼は口にした。渋みはあるが、今日の夕食とぴったり合う酒だ。食べながらであればいくらでも入ってしまう。
だが、オーサーは下戸で、私ほどには飲めないことを知っていた。
「ちょっと、大丈夫、オーサー?」
あっという間に潰れてしまったオーサーが、目で何かを訴えてくるのを無視して、私はオーブドゥ卿に泊まりの交渉を持ちかける。話しながら、どうやら害のない人だと私も判断もできたし、今夜はゆっくり休むことができるだろう。
オーサーやディとは別にあてがわれた広い寝室に入った私は、着替えもせずに直ぐにベッドに横になった。
ここからならば、オーサーもすぐに村に帰ることだってできる。刻龍に自分が狙われているとわかった今、私は自分がどう行動するべきか、わかっているつもりだ。
「ごめん、オーサー」
別の部屋で酔いつぶれているオーサーを想いながら、私は闇の中でゆっくりと目を閉じた。
10#よくある決意
外は一面に白い靄がかかっている。辺りはまだ白み始めているだけで、かなり暗い。そんな中で私はオーブドゥ卿の屋敷から、その白い闇に一歩を踏み出していた。
後ろから私についてくるものは誰もいない。昨夜私が酒を飲ませたオーサーは日が完全に昇るまで起きないと幼馴染としての経験から断言できるし、ディもこの屋敷の主と遅くまで飲んでいたようだから、今頃はやっと眠りに落ちた頃ではないだろうか。ここまで一緒だった二人がそういう状態だということはわかっているし、この屋敷の人間が夕食に来たばかりの私を引きとめようはずもない。だから、私についてくるものは間違いなく誰もいない状況だ。
最初は私もオーサーにだけは共に首都まで、大神殿まで行ってほしかった。だけど、本当はそれさえも私が願ってはいけないのだと、心のどこかでわかってた気がする。生まれたときからひとりで生きてきて今更、誰かを、大切な幼なじみを巻き込む資格なんかないとわかっていたから、私はひとりでここを出ることに決めたんだ。
「ごめん、オーサー」
荷物は最初の予定通り、衣類と少しの食料、それから、少しのお金だけ。イブニングドレスはここの執事に返しておいてもらえるように頼んだ。オーサーは私がいなくなったら少しは探すかもしれないけれど、見つからなければさっさと村に引き返すことが出来る距離だ。それでいいと、ここで夕食を食べながら、オーブドゥ卿と話をしながら私は決めた。
最初から、時が来たら村は出て行くつもりだったし、マリ母さんには悪いけれども、もう二度と村に戻ってくることは出来ないだろう。私だって、この年までただ生きてきたわけじゃないし、いくら口では否定してきても本当のところは自覚している。
屋敷の門まで歩いてたどり着いた私の前に、淡い灰色の影が立つ。白い靄の中では目立つその闇色に、何故か私は安堵の息を漏らしていた。
「私を狙う刻龍、か」
それさえなければ、私だってこんな決断をしなかった。狙われてさえいなければ、オーサーに一緒にいてほしかった。いてくれるだけで、無理に強がろうとしなくても私は強くいられたから。自然体でいられたのは、オーサーがいつも私の隣にいてくれたからだ。
狙われる心辺りというのならば、私の
左足を引いて、体を開き、私は影に向かって拳を構える。
「私はアデュラリア。あなたの名前は?」
別に答えが帰ってくることを期待していたわけではない。だが、影は答えた。
「メルト=レリック」
存外、親切な男だ。
「メルト=レリック、私を殺しに来たなら殺されてあげられない。誤解で死にたくはないからね」
「だから、ひとつ契約をしましょう。もしも私が女神の眷属であるなら、あなたに私を殺させてあげる」
構えも何もなく近づいてきた影の顔が見え、この白い闇の中でも影の目がわずかに開かれたのが私にもわかった。
「でも眷属でないときは、あなたの命を貰うわ」
「何故」
初めて私が聞く影の声は、意外にもテノールだ。この朝の白霧の中で澄んで聴こえる声は私の眉を潜めさせるには十分で、襲撃者にそぐわない澄んだ眸と済んだ眼差しを持っている。近くで見ると鍛えられた中肉中背の青年であることがわかる影は、私には意識して口数を少なくしているように見える。
「あら、正当な取引でしょ。悪いけど、私は勝てない勝負はしない主義なの」
だからといって、影が相当の使い手であることに違いはなく、私は強がって笑って見せていても、こうして目の前にしているだけで冷や汗が背中を滑り落ちてゆく。自分には勝てない相手と肌で感じる。この白い霧が間に無ければ、私には強がることさえ出来ないかもしれない。
「取引か」
「そうよ」
「それを誰が信じると?」
「互いしかないでしょうね。だから、私が契約を違反したら、貴方は迷わず殺せばいい」
これは私の賭けだ。狙われたまま道を進めると思うほど、自分は愚かではいられない。まして、その道に誰かを巻き込むことがあってはならないのだ。そのために、私はひとりで行くと決めたのだから。
影の手が剣を正面に立てて構える。
「……悪いが無駄な契約だ。おまえは既に定まっている」
「あら、誰が決めるわけでもないでしょう?」
私は失敗したと歯がみするまもなく、影の繰り出す剣を左斜め後方へ避ける。と、私のすぐ目の前を切っ先が通過した。すべての動きが読まれている上、この距離ではギリギリで交わすのも困難だ。だからといって、影は私に距離をとることを許してくれない。
逃げ遅れた髪の一房が切れて風に流れ、二の腕や頬、足、と掠り傷が増えてゆくのを感じながらも、やむことのない連撃から私は必死に逃げ回った。私にとっては何時間もそうしている気分だけれど、おそらく影にはほんの少しの間のことだろう。
必死になりすぎて足元をおろそかにした私の足がもつれ、隙を逃さず影の剣が私に向かってくる。
(駄目、まだ殺されるわけには)
向かってくる影の剣に反応できず、私はただ見つめることしかできなくて。その後のことはやけにゆっくりと時間を感じた。
目の前に飛び出る大きな影が、私の眼前にあった死の光を弾き飛ばし、辺りの靄ごと一瞬にして払う。影は、メルト=レリックは驚いたように後方へ飛び退いた。その場所を彼の剣が通り抜ける。
遅れて翻る白い布が私の前に来るのを見ながら、受身も取れずに私は地面に倒れ込む。痛みもあったが、だが何よりも私と影の間に入り込んだ男を凝視したまま、私は身動きが取れなくなっていた。
私の前に出てきた男は、ディだった。昨夜、オーブドゥ卿と飲んでいたはずで、執事から私が起きるほんの一時間ぐらい前に部屋に行ったと聞いたはずの、ディだった。
「あんたには悪いがこいつを殺させるわけにゃいかねぇ」
ディは出会ってからの飄々とした様子から一変していて、私がまるで本物の騎士みたいだと思った瞬間にディはその構えを解いて、大剣を肩に担ぐ。こちらから見える口端をあげて笑っている様子は今まで通りのどこか食えない不敵な男で、だけど私をちらりと見たその視線だけが安堵を物語る。
「何しろ俺は今、このガキの護衛でな。殺されちゃ、信用に関わるんだよ」
護衛と言い切るが、こちらは雇った覚えのないかなり身勝手な護衛だ。これぐらいの強さであれば、私に巻き込まれることもないだろうが、ついてきて欲しくないからおいてきたのに。
「いつ誰が雇ったのよっ」
「ウォルフ=バルベーリとマリベル=バルベーリからもう金は貰ってある」
ディが出した名前を聞いて、一瞬目元が緩んでしまいそうになる。それはオーサーの両親の名前で、いつのまに二人から依頼を請けていたのか、と言いかけた私はやめた。それはこの男にいう言葉じゃないし、文句を今なら言える距離だ。しかし、折角の好意を無にするほど、私は薄情にもなりきれない。
「刻龍のことは、マリ母さんが知らせたの?」
マリ母さんは趣味の占いをやることがあって、それは外れたことがないからだと思った。だから、もしかしてすべてわかっていたから、こんな護衛を雇ってくれていたのかと。
「いや、旅の占者とかって怪しいじーさん」
しかし、ディの返答から知られていないのかと私は胸を撫で下ろす。知られていたら余計に心配しているだろうし、離れていくにしてもマリ母さんにだけは私は心配をかけたくないから。ーーそんなことを思っても、大抵はマリ母さんにはバレているようだけど。
「そんなもんに言われてきたわけ?」
「俺も馬鹿らしいとは思うぜ。でも、来てよかったと思ってる」
ディがあまりにも真摯に言うものだから、言われた私の方が困惑してしまう。最初に出会った時から、私を守ってくれる本当の理由を明かしてくれないディを信用するのは、私だって変だと思っている。だけど、認めたくはないけれどディに守られることは、私にとって何よりも自然な気がするのだ。まるで最初から、ディがこうして私を守ってくれるのが当たり前みたいな錯覚をさせる。
「刻龍が何故、女神の眷属の命を狙うか、おまえらは知っているか?」
ディの唐突な問い掛けにメルト=レリックは答えず、私も首を振るほかない。貴族や王族が狙うのは伝承のためだとわかるけれど、刻龍に命を狙われたのは今回が初めてだ。だから、私もその存在を知らなかった。
「反勢力ってだけじゃないの?」
「それだけで何代にも続いて同じことをするわけがねぇだろ」
何代もというディの言葉に驚き、私は瞬きする。そんなこと、私は知らないし、視線をむけたメルト=レリックは微動だにしない。
「俺の知ってる刻龍の男は言っていた。今の刻龍を作り上げた男が定めたことだ、と。無念の死を遂げた自らの妹を見て、その身が永久に利用されることのないように殺してしまう方が幸福だと定めたと、俺は聞いた」
ディの言うことが真実かどうか、私が判断することはできない。だが、真実だとすると純粋に私の心に浮かんでくるのは怒りだ。
「殺されることが、幸せっ? 誰よ、その馬鹿男はっ」
語気を強める私にあっさりとディは答える。
「刻龍の創始者にして、唯一の女神の眷属の家族であった男。通り名を黒い龍ーー黒龍という男だ」
ディの言葉はあまりにそれは突拍子もなさ過ぎたし、私の知る伝承とは、一般的に聖典に残されている記録とは違いすぎた。
「女神に家族などいない」
私が何かを口にするより先に、メルト=レリックが反論する。
「女神は常に一人で生まれ、一人で死んでゆく。そう定められている」
「誰に?」
ディの問いに対して、メルト=レリックは口ごもる。同じことが聖典にも記されているが、私も何度も問いかけたことがある。そう、誰が女神は常にひとりと定めたのだ。まして、眷属には女神の理屈まで当てはまらないだろう。だって、女神の眷属と言うのは女神の力を行使することができる以外には、他の人間となんら変わりはないのだから。
「おまえらだって知っている一説があるはずだ」
疑念の目を向ける私とメルト=レリックを見て、ディは聞き分けの無い生徒を見るような目をして続ける。
ーー女神の眷属。そは至高にして、至宝の恵み。手にし者らに全てを与えん。
唄にしても伝えられているその伝承は、あまりにも有名な詩の一節だ。
「黒龍の妹と伝えられる女神の眷属は、数百年ぶりに世界に見出され、奴隷として飼われていた」
メルト=レリックが動揺しつつ、ディに向けて、剣を構える。
「俺の聞いている話によれば、奴隷であった女神の眷属は逃げられないように腱を切られ、恐怖の為か視力を失い、声を失っていたらしい」
メルト=レリックの動きに気がついているはずなのに、ディは動かず、私をまっすぐに見つめてくる。深い闇のような視界の奥で私以外を見ている気がする。
「最初の女神に従者はいなかった。次の女神にも、その次の女神にも。女神の従者が生まれたのはその黒龍ってヤツの妹が亡くなってからだ」
「ディ!」
飛んでくる斬撃をディは、私を抱えて避ける。そんなことをしなければ容易に避けられたはずなのに、彼の顔にも一筋の血が滲む。
「貴様……!」
「短気はよくねぇぞ? その程度でこの俺を殺せると思うな」
私は地に降ろされることなく、ディはそのまま私を肩に乗せる。
「わ、わわっ?」
「こいつの運命はまだ定まっちゃいない。そう、雇い主に伝えておくんだな」
私が上から見下ろすディは実に頼もしく、そして同時に計り知れない強さと不可思議な理由のつけられない信頼に包まれる。その理由はきっと、ディが私を本気で守ろうとしているから、だから信用してしまうんだ。
最初から思った通りであれば、ディは絶対に私を裏切らない。その力できっとほとんどの襲撃から私を守ってくれるだろう。メルト=レリックは強いが、私が見る限りディの技量がわずかに上だ。だから今ここで、私が殺されると言うことにはならない。そう確信してしまうほどに私もディ信頼してしまう。
「ディ、降ろして」
「まて」
「メルト=レリックと話をさせて」
「……駄目だ」
「ディ!」
ディは深く息を吐いた後で、ゆっくりと私を地に降ろした。だが、さすがにわずかも離れることはなく、気迫を放ってメルト=レリックを威嚇する。
「メルト=レリック」
「なんだ」
「契約をしましょう」
「できない」
「いいえ、契約してもらう。私についてきなさい、メルト=レリック。ディの話が真実であれば、こんな馬鹿げた話はないわ。殺されて幸福? 利用されたら不幸? そんなものを他人が決めるなんて、私は認めない」
ディに女神の眷属と刻龍の関わりの話を聞いてから、私はより強く思った。私はここで死ぬわけにはいかないし、メルト=レリックの手にかかるわけにもいかない。
幸せは他人が決めることじゃない。黒竜の妹だった女神の眷属だって、それが不幸だったとなんで勝手に言えるだろう。そんなもの本人でなければわからないし、黒竜がそんな理由で本当に妹を手にかけたとでも言うのだろうか。そうだったとしても、女神の眷属当人が望んでいたら、それは不幸じゃない。
もしかしたら、利用されてもいいと思っていた女神の眷属だっていたかもしれないじゃないか。そんなもの、他人が一概に決めていいことじゃない。
少なくとも今私は、数多くの友達を、仲間を失っても自分が不幸だったとも思わないし、自分の命を投げ出すつもりはない。だって、この命はいろんな人に助けられて生きてきた証なのだから。
私は強く足を踏みしめ、メルト=レリックに向けて手を差し出す。
「それに、貴方ほどの人が黙って利用されているのも見ていられない。生き方ぐらい、自分で選びなさいよ」
「本当は貴方自身が疑問に思っているはずよ。女神の眷属かもしれない子供を殺せなんて命令を素で聞けるような凶刃であれば、ディがいてもいなくてもいつだって私を殺せたはず」
ここまで私が生きていることが迷いの証だと、はっきり言い切ってやるとメルト=レリックは怯んだ。そこへ私は畳みかける。
「確かめたいのなら、私を依頼人のところへ連れて行って。その人が本気で私をそうだと信じているのなら、ぶん殴ってやるわっ」
はっきりと言い切る私を後ろから見つめていたディは深く深ーく、息を吐いた。
笑いたいなら笑えばいい、呆れるなら呆れればいい。でも、使われるだけの人形にさせておくには、メルト=レリックは惜しいと私は思ってしまったのだ。ディと張る腕前、そして、その澄んだ瞳と声からメルト=レリック自身が純粋な悪だと、私にはどうしても思えない。それは剣の使い方に似ていて、良くなるも悪くなるも使い手次第。そして、染まりきるにはメルト=レリックはまだ若すぎる気がした。
手を差し出したままの体勢の私は、ディに強く後ろから引っ張られ、放り投げられる。間一髪、私の喉があった位置を線状に光の軌跡が通り抜けた。一度目を閉じて無念を感じつつ、私は身体全体で受身をとって、地に落ちる。
「こっの、わからずやっ」
そのままメルト=レリックに向かっていこうとする私を守るように、ディが私の前に立つ。
「一度叩きのめさんとだめだな、ありゃ」
「私が、やる」
「無理すんなって」
メルト=レリックは強いし、今ここに他の刻龍でも出てこられたら打つ手がなくなる。そうでなくてもメルト=レリックは強すぎるというのに、こんな状況なのに、ディは至極楽しそうに笑っている。
「ガキは黙って守られてろ」
大きな手で私の頭を柔らかに叩き、ディが私の一歩前へ出る。メルト=レリックは苦々しげに歯噛みして、距離をとる。
「どけ」
「アディを殺ろうってんなら、できねぇ相談だ」
問答の必要はないとでも言うように、メルト=レリックが両手に五本ずつの投げナイフを構える。剣ではディを抜けないとの判断を下したのだろう。ディが小声で、面倒くせぇな、と舌打ちしているのが私に聞こえた。私は誰かを巻き込むのも嫌だけど、足手まといになるのはもっと嫌だ。
私が立ってディを押しのけようとしたところで、ナイフが飛んでくるのが見える。私だって避けられるかどうかという速さでナイフが向かってきたというのに、ディが体格に似合わない速さで俊敏に動き、ナイフをひとつ残らず手元に回収したのが私にわかった。ひとつも逃さないなんてどんな魔法だと、疑わずにはいられない。
「チッ」
舌打ちしたメルト=レリックはそれで諦めたのか、あっさりと姿を消した。構えていた私はメルト=レリック戻ってくる様子もないので、影が消えた方向を見つめたまま、まったく動く様子のないディを見上げる。しばらくして私の視線に気が付いたディは、私の前で片膝を突いて座った。
「女神の、従者?」
ディはあまりに女神について詳しすぎた。伝承や聖典だけでは知り得ないことを知るものは、オーブドゥ卿のような貴族がほとんどで、一般にはそこまでの余裕がある生活をしている者はいない。ただでさえ、今は女神信仰など薄れている時代だ。学のある傭兵だって、女神について調べたりなどしない。
さっき、ディが自分で言ったように「女神の従者」であれば、ある程度の納得できる事柄がある。何故、ディが私を守ってくれるのかとか、そういったことも含めてだ。
私の問い掛けに、ディは少し哀しそうな顔で頷く。
「俺はアディを見極めなきゃならん」
大きな手でぐしゃぐしゃと私の頭を雑に撫でるディの手は心地よく、私は思わず目を閉じる。
「そんなの……決まってるじゃない。私は、女神の眷属じゃないんだから」
女神の従者が従うのは女神の眷属であって、それを否定する私ではないはずだ。顔を上げられない私に、ディから意外な返答が返される。
「だな」
あっさりと肯定されたことに吃驚して私が目を見開くと、口端を上げて笑う人の悪そうなディの顔がある。
「言ったように、俺はおまえらの親に雇われてんだ。だからアディを守るのは当然。これはわかるな?」
「っ、それぐらいわかるわよ」
私はディをそのまま直視していようとしたけどできなくて、目を細めて笑った。ディは自分で気づいていないのだろうか。ディの視線は私が女神の眷属、ないしは関係者であるとほとんど確信していて、だからこその愛情の隠る眼差しを私に向けているというのに。
ただの依頼だからって、そこまで真剣に依頼人を守る傭兵なんて私は知らない。いくらマリ母さんたちから金をもらって依頼を受けていたのだとしても、ここから大神殿までの道のりは長いというのに、ただの傭兵がここまで真剣に私を守ってくれるものだろうか。私みたいなただの小娘を守ったところで得があるとは思えない。ディが騎士だとしたら尚更、私のように何も持たない女を守る意味がない。
私が見上げるディの目は真っ直ぐで柔らかで今にも泣きそうに見えて、逃げ出したいほどの信頼を私に向けていて。私は何も言えずに踵を返して、背を向けるしかなかった。
11#よくある道中
歩き出した私にディは何も言わずに付き従う。来るときに通った馬車も通れないミゼットの東の門ではなく、正反対の場所にある大きな西の門を徒歩でくぐり、先へ先へと歩く私の後ろをディは何も言わずに付いてくる。西の門はミゼットの主門だけあり、東よりも行き来する人が多く、朝方だというのに仕入の荷馬車がひっきりなしに行き来している。すれ違うこともできるあたり、この門の大きさを物語っているだろう。その門の端を私は歩いて出て行く。
「アディ、オーサーは後から来るんかい?」
顔馴染みの門番をしている五十歳ぐらいの剃髪の老人に、私は声を返すことなく歩き続ける。なんだ喧嘩でもしたのかと言われても、私は歩くのを止めない。その後をディが少しだけ距離を置いてついてくる。
ディは勝手に出ていこうとした私に文句の一つも言わず、かといって理由を聞くでもない。なにか言われた方がマシだと、私は苦しい気持ちを抱えたまま歩く。
ここ数日続いた晴天のおかげか、私たちの一歩ごとに足元を砂埃が舞う。東の門を通った時と今の私の荷物には少しの違いしかなく、私の腰のホルスターにはベレッタが収まり、手荷物の鞄は私の背中を覆う程度で、しかも薄い。入っているのはミゼットで調達した日持する少しの食料と一日分の着替え。それから、水。
無言で歩いて歩いて歩き続けて、日が真上にくる頃にはミゼットの姿は殆ど見えない街道で、すれ違う人たちの何人かが私たちを不思議そうに見ているのに私は気がついていた。居心地の悪さを感じてディを振り返ると、ディのまっすぐな視線とぶつかってしまって、すぐに私のがそらしてしまう。
私は別にディが怖いとは思わないし、身の危険も感じない。だけど、いくら私でもついてこられて気にならないわけがない。確かに、オーサーの両親が雇ってくれた護衛だけど、それなら尚更私ではなく、オーサーについているべきじゃないのだろうか。それとも、マリ母さんは私の行動まで見通して、「私に」この護衛をつけてくれたのだろうか。
私はちらりと気がつかれないようにもう一度ディを見る。ディは私をじっと見たまま、まだ視線を反らしたりしていない。気まずいので、やはりまた私は何も言わずに視線を前に戻して歩いた。
ディのことばかり考えているから気になるんだと自分に言い聞かせ、私はおいてきたオーサーがどうしているかを考える。それでも、見送ってくれたマリ母さんらのことまで思い出してしまって、気がつけば振り出しに戻ってしまう。考えないようにすればするほど、私はディのことを考えずにいられないらしい。そんな自分が急に可笑しくなって、私は小さく吹き出した。
私はディと並ぶために少しだけ歩みを緩める。だけど、ディは私と一定の距離を保つつもりなのか、一向に追いついてこない。
(そういうつもりなら)
足を止めて、私はディを振り返る。ディはそれを驚くでもなく、立ち止まってまっすぐに私を見る。何故とかどうしてとか、ディはやっぱり何も言わないで私が何か言うのを待っているようだ。
「いつまでついてくる気?」
私が笑いを堪えて、眉間にしわを寄せて問いかけると、ディは何故か穏やかに微笑んだ。
「気にするな」
「気になるに決まってるでしょ。それにねー、」
何かを続けようとする私の言葉を待つディを前にしていると、ひどく居心地が悪い。
「あー……」
私はさっき思った疑問、オーサーの両親に護衛を頼まれたのに、何故私についてくるのかと聞こうと思った。けれど、もしもその理由が本当にマリ母さんに頼まれてと聞いてしまえば泣いてしまいそうだし、もしもストレートに私が女神の眷属かもしれないからと言われたら、私はまたディのあの表情を見なければならないのかと考えると憂鬱になる。
「もういいや、勝手にしなよ」
結局はディがついてくるのを許し、私はまたさっさと歩き出した。ディはしばらくついてくる気配がなかったが、今度はすぐに私の隣に並んで歩き出した。
「置いてきてよかったのか?」
ディの問いかけには答えず、私はまっすぐに前を向いて歩く。ディが言いたいことはわかっているし、私も何故聞かれないのかと思っていたのは確かだ。それでも、オーサーをおいてきたことに関して、ディに何かを言う事はできない。
次の町イネスはミゼットよりも大きな都市だ。水路の発達した美しい街並で、芸術や学術が奨励されているせいもあり、大神殿のある王都に次いで二番目の規模を誇る。ここの統治を任ぜられている貴族は賢者の称号を持っているが、滅多に表舞台へは現れず、自分が整備した自治に都市機能を委ねているらしい。ミゼットからイネスまでは徒歩では二日程度かかる。
昼食もとらずに歩き続けるわけにはいかないので、私たちは一度だけ道ばたで軽食をとった。その後もずっと無言で歩き続ける私に、ディは黙って付き従う。
「そろそろ野営の準備をしたほうがいいな」
日が落ちる前、空が茜色に燃える頃にディが提案してきたので、私たちは街道を少し離れた森の中で小さな場所でキャンプを張った。キャンプといっても、単に少し開けた場所で火をおこし、その周囲で眠るぐらいだ。余分な荷物は私もディも持っていない。
干し肉を炙り、堅いパンに挟んで食べる。特別旨いわけでもないので、私は水で流し込むように腹に詰め込んだ。ディは少しどこかに出かけた後で、採ってきた木の実や狐を慣れたように調理している。長く旅をしてきたことは知っていたが、てっきり料理などは苦手なのかと考えていただけに、私は少し驚いた。ちなみに、オーサーは血が苦手なので、肉や魚を使った調理ができない。
自分で食べ終わってから、私はディが調理する様子をぼんやりと眺めていた。私よりも大きな手、太い指で小刀を器用に使いこなす。私以上に荷物なんて持ってないように見えたのに、しっかりと最低限の調味料を持っていたのも以外だ。ディは何かで手に入れたという岩塩から削り取って、肉や草にふりかける。たき火で嬉しそうにそれを炙っていたディは、私の視線にようやく気づいたようだ。
「アディも食べるか?」
ディは私の答えを待っていたようだけど、じっと黙っているとあきらめてくれたようだ。確かに暖かな食事は食べたいけれど、あまりディを頼るのもどうかと迷っていた私は、やはり何も言わずにディの食事を見守った。
「イネスには貴重な女神に関する資料が残っているらしいぜ」
食べながらでも暇なのか、聞いてもいないことを教えてくれるディは最初とあまり変わらなく私に接する。オーサーもいないので、仕方なく私は相槌をうってやる。
「十三年前の大火災で燃えなかったんだ」
私がマリ母さんに引き取られた頃、イネスで大規模な火災が起きたというのは知っている。都市の四分の一、当時の五十戸が焼け落ち、約百名の死傷者が出るほどだっというから、その悲惨さが伺えるというものだ。当時のイネスの領主はそれが原因で引退し、それから現在のイネスの領主になったらしい。
「ああ、あれはすごい火災だったな。だが、幸運なことに数ヶ月前から例の賢者が自分の家に押収してて無事だったんだとよ」
「ああ、アノ賢者サマ、ね」
賢者の称号は自分が名乗るものではない。いつの間にか賢者と呼ばれるようになるらしい。世界の全てを知り尽くした者を人は賢者と呼ぶのだと聞く。東の賢者とされるイネスの領主はかなりの変わり者という噂だ。
現イネス領主ーー通称賢者は領主になる前からイネスに居を構えていた貴族だったらしく、火災の後すんなりとその任に着いたのは既に当時の領主にあった疑惑のせいだとか新聞でも取りざたされていたのを読んだ気がする。
「会うのか?」
「なんで」
ディに問いかけられた私は即答で返した。元々大神殿に行って、大神官に会うための旅だし、私が賢者と会う必要はまったくないはずだ。それなのに、ディが何故つまらなそうな顔をするのか、私にはわからない。
「必要ないでしょ。私は単に自分が女神の眷属じゃないって証明するためだけに、大神官さまとやらに会いに行くのよ」
「なんで証明したいんだ?」
私が自分を女神の眷属じゃないと証明する理由は、マリ母さんの本当の意味での子供になりたいからに決まってる。でも、それは見ず知らずの他人に言うことじゃない。
だけど、大神殿に行って女神の眷属じゃないとすんなり証明してもらえるなんて、私自身が思ってない。これまでだって、私の
大神官にもわからなかったら、私は今度こそ女神の眷属にされてしまうのではないだろうか。そう考えると気持ちは自然と落ち込んでしまう。視線を地面に落とし、膝を抱えて蹲ってしまう私は、上から大きな布が降ってきたことに気が付いた。見上げるといつの間にかディが隣に座るところで。
「この辺りは冷えるからな」
私に渡された大きな布はクシャクシャになっているけれど、上質の薄手の毛布で、確か夕べオーブドゥ卿の屋敷の部屋で使った気がする。
「盗ってきたの?」
「いや、もらった。ちゃんと断ってきたぜ」
いつだとつっこみたいけれど、もうあまりディに関わりたくもない気分になっていた私は、そう、とだけディに返した。少し肌寒くなってきたのも事実なので、私はディの好意に素直に甘えることにする。
大きな布に身体をくるみ、私は座ったままで目を閉じる。目を閉じるとディが薪にくべる木が爆ぜる音と、燃えた小枝が乾いた音を立てて崩れる音だけが私の耳に聞こえる。夜の闇にその音はよく響いて、私の心は芯から冷えそうで。
「…オーサー…」
私は幼馴染を呼びかけて、そういえばいないんだと思い当たる。オーサーは自分がおいてきたのだし、置いていかなきゃいけないとわかっていた。少しでも長くいられるならと私は自分を偽って、騙して、ミゼットまで連れてきて。
こんなことになるなら、私は最初から一人で出てこれば良かった。私が連れ出したりなんてしなければ、オーサーを危険な目に遭わせることもなかったし、こんなに寂しい思いだってあっという間に終わっていたはずだ。だって、最初から、あの村に住んだ記憶のすべてをなかったことにすれば良かったのだから。
「…ごめん…」
それでも、私はあの村にいた記憶を、みんなといた思い出を消したくなかったから、オーサーを連れ出したんだ。オーサーさえいてくれれば、きっとまた元の生活に戻れると信じてーー。
頭を柔らかく撫でられる感触に、私はびくりと震える。それをできるのは今一人しかいなくて、ディは何も言わず、何も聞かず、私についてきてくれて。でも、ディが女神の従者だというのなら、なおさら私はディを振り切らないといけない。ディを頼らないで、私はひとりで行かなければいけない。
「…ごめん…」
それでも今だけは、そばに誰かがいてくれることが私は嬉しかったから。黙って、されるままに私は眠りについた。
ほうとどこかで梟が鳴く声が聞こえて。
「こうしてりゃ、ただの
眠りに落ちる寸前、私はディのつぶやきを聞いた気がした。
寂しい気持ちの中で落ちた夢は暗く冷たく、悲しくて、どうしようも悲しくて。泣き叫んでもどこにも光なんか見えなくて、探し回る気力もない私は泣きながら目を覚ました。
不安定な律動が寝起きの私の身体中に響いてくる。それから耳に馬の蹄の音で、私は自分が最悪の状況なんじゃないかと予感して、目を覚ましたことを後悔した。
「ちょ、なに…?」
私の眼下を流れる黒い地面は水のように早く流れていて、そして、手を伸ばそうにも私の体は何かに縛られて身動きがとれない。とはいっても、私は素肌を縄で縛られているわけではなく、何か柔らかな布でぐるぐる巻きにされているようだ。
「お、やっと起きたな」
私を抱えて馬を駆っているのはディだと、その声ですぐにわかる。すぐにもう一頭の馬が並んだことに気づいた私は、苦しい体勢のままで首をあげた。隣の馬の手綱を握るのはオーブドゥ卿で、彼の後ろにオーサーが同乗している。その向こうの一頭は私たちをオーブドゥ卿の屋敷に招いた執事だ。執事は重そうな荷物を馬に一緒に乗せている。
「げ、アディ。まだ寝てていいのに」
私が起きたことに気がついたオーサーは残念そうに言うが、残念なのは私だって同じだ。おいてきたはずのオーサーがどうしてここにいるのか、再会を喜びたいけれど、置いてきた理由が理由だけに素直には喜べない。
「こんなに揺れてて、眠ってなんかいられるかーっ」
「あんまりしゃべってると舌噛むぞ」
ディに忠告され、私は大人しく口をつぐむ。寒くないようにという配慮なのかどうか知らないが、昨晩ディが貸してくれたシーツで私はぐるぐる巻きにされ、ディの乗る馬の前方で、荷物のように乗せられている。私が起きたことにディは気がついているが、今はまったく止めてくれる気配もない。
「もう少しマシな運び方はなかったのっ?」
私の文句に対し、少しの間をおいて、ディは笑いながら返してきた。
「あー…まあ、いーじゃん」
「よくないっ。それに、なんでこいつらまでいるのよっ」
「馬持ってきてくれたんだから、感謝しろよー?」
私は、できるかっ、とディ言い返そうとしたが、大きな揺れで舌を噛んだ。しばらく痛みに悶え、少し話せるようになってからディに問いかける。
「ど、こに、向かって、る、の?」
「東の賢者の家だそうだ」
行くつもりななかった場所に勝手に行き先を決められ、普通の状況なら私だって黙っていられないところだが。
「…アディ、まだ寝てたほうがよかったのに」
「私だって、そうしたかったわよっ」
涙目になっている私を心配そうなオーサーを伺い、彼を乗せているオーブドゥ卿が尋ねてくる。
「あの、オーサー君? アデュラリア嬢は一体…?」
馬が地を駆る蹄の音で、オーサーが何を言ったのか、私には聞こえなかった。だが、オーサーとの長い付きあいから、私にも予想は付く。
「アディが馬酔いとは、意外だな」
ディの呟きは聞こえたので私が睨み付けると、目線を逸らして楽しそうに笑っていた。ここで話していても酔いが覚めるわけでもないし、私は大人しく過ぎゆく眺めに視線を落とす。
辺りは既に闇からの脱却を開始しており、薄っすらと明るくなってきている。多少胃からこみ上げてくるものを我慢しつつ、私は目線を馬の進む方へと向けた。道は長く続いており、かすかに歪む視界に先は見えない。こんな状況では、私は現在位置もわからない。
巻き込みたくないはずのオーサーが一緒にいることも、こうして強制的に賢者の元へと運ばれることも不本意で。でも、オーサーがそばにいるだけで、気持ちが明るくなる気がする。自分勝手においてきた癖に、一緒にいてくれることが嬉しいだなんて、私は本当に勝手すぎる。
「…最悪…っ」
気分の悪さと自己嫌悪の両方で私が呟いたら、やっぱり上からディの笑い声が降ってきて。降りたら真っ先に報復してやると、私は強く誓った。
「もう少し寝てなよ、アディ」
「無理」
優しいオーサーの言葉に、私は抵抗する。確かに眠ってしまった方が楽だけど、今すぐにでも眠ってしまいたいけれど、これからどうなるかもわからないのに私は眠ってなんていられない。私はこれ以上オーサーを頼ってはいけないのに。
「起きたら、話があるから逃げないでよね」
私が眠ると確信しているオーサーの言葉は聞こえないふりをする。だって、私がオーサーに話すことは何もない。巻き込むから嫌だと正直に告げても、オーサーは私についてくるだろう。だからといって、嘘でもオーサーに嫌いだなんて、私に突き放すことはできない。だから、私が話せることは何もないのだから。
閉じた瞼を通り過ぎる風がやけに冷たくて、私は強く奥歯を噛み締めた。
12#よくいる賢者
風の音がなくなり、穏やかな空気とそれを破る騒がしさに惹かれ、私はゆっくりと目を覚ました。まるで、村にいるときと同じ錯覚に陥って、でもそれが偽りだとわかったのは部屋の中の匂いが違ったからだ。埃っぽい中に、鼻の通りをよくする薄荷の香りが混じっている。
一度目を閉じてから、もう一度開き直し、私は騒々しさの一角に顔を向ける。私に半分だけ背を向けているディとオーサーが見えて、その向こうにももう二人、テーブルについているようだ。奥の暗がりにももう一人いる気がする。
私の視線には先にディが気がつき、次いで気付いたオーサーが席を立ち、私のそばに駆け寄ってくる。
「大丈夫、アディ?」
「だいじょーぶなことあるわけないでしょ」
酷い目にあった、と零す私の言葉をクスクスと誰かが笑う。
「それだけ話せるなら良いでしょう。お嬢さん、シュスの葉の茶はいかがですか? 目が覚めますよ」
「僕がとってくるよ」
オーサーがお茶を持ってくるまでに私が身を起こすと、肩から空色と海色でわけのわからない妙な模様をデザインされたビーチタオルのような布が落ちた。まだ頭の中はぼんやりと霞がかっていて、私は寝ぼけている状態だ。米神を軽く叩いて、私は自分の中の霞を振り払う。
「アディ」
「ん」
私はオーサーから湯気の立つカップを両手で受け取り、冷ますために小さく息を吹きかけようとして咳き込む。
「落ち着いて、アディ」
背中を優しく撫でてくれるオーサーに感謝しながら、私はもう一度と息を吹きかける。ふぅふぅと三度湯気を吹き飛ばしてから、そっと口に付けた。それは思っていたよりも丁度よい温度で、私は火傷することもなく、一度瞬きしてから飲み干す。
「蜜入りなんて初めて飲んだわ。流石、貴族はやることが違うわね」
部屋に香っている薄荷の香りの原因がシュスの葉の茶だということは、普段から飲んでいるから知っていたが、普通は混ぜモノをいれたりはしない。しかも甘味料は高価だから、嗜好品に使うなんてなかなかないのだ。褒めているのか貶しているのかわからない感想を述べる私をオーサーはたしなめたが、見ていた他の三人はそれぞれに笑い出した。
「な、俺の言ったとおりだろ?」
「そうだな。なかなか見所のあるお嬢さんだ」
「これじゃ賭けになりませんね」
ディたちがテーブルの上でカードのようなものを混ぜ合わせている様子と台詞に、私は更に眉を顰めた。
「……賭け事?」
私の呟きに、あからさまにオーサーの動きが止まる。その様子を意に介さず、私はがりがりと後頭部をかく。オーサーが何故固まったかは、私には簡単に予想がついた。
「負けてないでしょうね、オーサー」
明らかに引きつるオーサーに、私は深く息を吐き出す。
「何賭けたの」
「えーっと……」
「まだ賭けるものは残ってる?」
「ご、ごめんっ」
仕方ないなぁと、私は青のビーチタオルを肩に引っ掛けたまま、オーサーの座っていた席につく。
「お、やるか?」
嬉々とした様子のディだが、テーブル上のそれぞれの手元の赤い印のついた棒を見る限り、その手元はあまり勝っているようには見えない。強いのはさっきは見えなかった貴族ともうひとり。機嫌の悪い様子を演じながら、私は心で笑う。賭け事は一応マリ母さんに禁じられてはいるが、私はオーサーより強い。そして、場にいる者には悪いが、時の運なら私の味方に付ける自信がある。
「ユスティティア様の名の下、正当な勝負と行きましょう。オジサンたち?」
私が口にしたのは正義と公正の女神の名前であり、これの元にイカサマやなんかを絶対にしてはいけないというのは暗黙の了解がある。そして、それは真剣勝負の合図だ。
「大丈夫か、アディ」
「ディは人のことより自分の心配したら?」
「ここで賭けているのは、情報、だぜ? あんた、この賢者サマから何を聞き出すつもりだ?」
それは意外な言葉で、私はディがさした人物を凝視する。貴族で、賢者で、といえば世界広しと言えど、今のところ一人しかいない。
ディが賢者と呼んだ人物は、藍を貴重とした絹服をゆったりと着こなし、首にはブルーサファイアのついたチョーカーを付けている。肩にかけられた大きな布は裏地が同じく藍、表はそれよりも少し明るめの蒼だ。顔立ちは芸術家が彫刻にしてもおかしくないほど整っていて、彫りも深い。肌は見た目で二十代後半とわかる程度に年齢の衰えがかすかにあるものの、まだまだエネルギーに満ちあふれているように見える。女性のように細く整えられた眉、色づきの良い唇、高く通った鼻筋に、切れ長の瞳に収まる闇色の瞳。どれをとっても隙のない完璧な美男といえるが、私はこの手のタイプに対して、とても印象が良くない。まして、彼は貴族であるから、嫌悪感も倍増するというものだ。
「……東の賢者……?」
賢者は私に向かって、ゆるりと笑う。作られた笑顔に寒気がして、私は無意識に自分の二の腕をさする。
「初めまして、女神の眷属候補のお嬢さん」
東の賢者で私が知っているのは、彼が異色の天才魔法使いと言われていて、世界随一のイカサマ師とも囁かれているぐらいの賭け事好きだということだ。もちろん、賢者が負けるという話は聞かない。
「オーサー」
「ごめん、アディっ。全部、しゃべっちゃった」
オーサーの言う全部がどこまでかはわからないが、ここは姉として態度で怒りを示しておく必要があるだろう。
「マリ母さんに手紙書くよ」
「それだけはやめてっ」
「そうは、いくかーっ!」
ひとしきりオーサーに説教した後で、私はぐったりと机に突っ伏す。私がオーサーに説教を始めて直ぐに、ディらは食事に行くと場所を移動しているため、部屋の中には私とオーサーの二人きりしかいない。
乾いた喉をお茶で潤し、私は深く深く溜息をつく。
「あーもう、こんなことならオーサーを置いていくんじゃなかったな」
溜息とともに私が吐き出すと、そうだとこちらもぐったりしていたオーサーが跳ね起きる。
「なんで僕を置いていこうとしたのさっ」
オーサーなら言わなくてもわかっていると思っていた私は、口を曲げて渋面する。
「一人にしないって、約束したよ。それなのに、なんで置いていくのさ」
オーサーが口にしたのはまだほんの小さい頃の約束で、ふたりともがとても幼くて。あの頃のオーサーが自分以上に可愛かったことを思い出した私は、即座に首をふった。嫉妬というわけではなく、単にオーサーが可愛すぎるというだけだが、今思い出すことではない。
「あー……だってさ、考えてみたら、オーサーは次期村長じゃん。一人息子連れてったら、村長も困っちゃうって。タダでさえ、村には子供がいないんだから」
「まだグランシアが残ってるよ」
「ばか、まだ生まれたばかりの赤ん坊でしょう。その前に、あんたが継がなきゃ」
私の苦しい言い訳とわかっているが、オーサーは反論できない。そうとわかっていて私は話しているのだ。自分で卑怯だとわかっているが、このままではいけないと決心させたのはメルト=レリックの襲撃のせいだ。あれがなければ、私は大神殿までオーサーと一緒に行く気だった。
だけど、メルト=レリックには度々襲撃され、その上世界最悪の犯罪集団に命を狙われていると聞いておいて、そんな状態でオーサーがとばっちりを食らったりなんてした日には、私は後悔してもしきれない。
「今はディも一緒についてきてくれるし、一人じゃないし、さ」
「でも、アディは、」
何かをいいそうになるオーサーの口に、私は左手を当てて塞ぐ。オーサーにその先を言わせてしまったら、私はきっと決心が鈍ってしまうとわかっているから。
「ここまで付いてきてくれたのに、ごめん。でも、もう決めたの」
最後だからと、私はオーサーに精一杯の笑顔を向ける。
「今までありがとう、オーサー」
それが何を意味するか、すぐに察知したオーサーが私の左手をはずす前に、私はオーサーの鳩尾に右の拳を当てて気絶させる。体術でオーサーは私に敵わないとわかっていて、札を使われたら困るから、気絶させた。卑怯だと自覚はしているけれど、それでもオーサーを連れていくわけにはいかなかったから。
「ファラ」
私の呼び声に応えて、何もない空中に忽然とテーブルの上方に現れた緑の葉がゆらりと揺れながら落ちてくる。
「オーサーを、帰すよ」
テーブルに静かに着地した緑の妖精は私を見上げて、おずおずと尋ねる。
「ホントにそれでいいですか?」
気絶しているオーサーを自分が寝かされていたソファに寝かせ、私はその柔らかな髪を撫でる。薄茶色の向日葵みたいな髪の優しい幼馴染みは、きっと私を怒るだろう。
「巻き込むわけにはいかない、でしょ?」
「でもアディ」
「でもじゃない。あんたがやらなきゃ、このまま私は逃げるわよ」
小さな妖精は深く息を吐くと、小さな声で言葉を連ねた。
「時巡る指針 風力の宿木 緑奥深く眠る空の重臣」
ファラと言葉を重ね、私も両手を組み合わせて祈りを捧げる。
「ホーライ様の力もちて オーソクレーズ=バルベーリーを生地へと戻せ」
時間を司る女神の名前を私が口にすると、私たちを暖かな何かが包み込む。私の視界には、三人を光る雪のようなものが包み込むのが見えていた。それらはふわりふわりとオーサーにとり付き、私が言葉を終えると同時に霧散した。同時に光に包まれていたオーサーの姿も消える。
ファラの姿もなくなっていたのは、おそらく少ない力を使い果たしたせいで眠りに入ったからだろう。ファラはそれほど位の高い妖精ではないし、生まれてから十年も生きていない、幼い妖精だから。
「ごめんね、オーサー、ファラ」
既にいない二人に声をかけ、私はその場に膝を突く。
「一緒になんて連れて行けないよ。だって、私は、」
潤みかけた目をこすり、私は外に目をやる。既に薄紫の闇に包まれた世界の下、家々には明りが灯っている。こんな風に眺める家の灯が、私はオーサーらに出会うまで好きではなかった。自分には決して持てないものだったから。
今ではこの灯のひとつひとつに暖かな家族があるのだと知っている。そして、それを与えてくれたマリ母さんにも、私は感謝しているからこそ、彼らの灯を奪うわけにはいかなかった。
「……ごめんなさい……」
目を閉じて、誰にともなく呟く私の言葉を聴くものはここになく、あふれそうになる涙を堪えて、私は部屋を後にした。
部屋の外にはオーブドゥ卿の執事がいて、私が何も口にしなくてもディらのいる部屋へと案内してくれて。騒がしい室内を前に、私は一度顎を上げ、顔を歪めた。
泣くわけにはいかないし、そんな弱みを見せるつもりは毛頭ない。
私を女神の眷属と疑うディたちに黙って出ていっても、女神の従者であるディはきっと私についてくるだろう。あのオーサーの様子を見ても、何度追い返しても私を追いかけて来るだろう。
だったら、その前にすべての危険を排除しなければ、私は先に進むわけにはいかない。危険を排除するための鍵は、賢者が持っている。
ドアに手を当てて開くと、室内の会話が収まった。
「アディ、ひとりか? オーサーはどうした」
戸口から一番近い位置にいるディのところまで足を運んだ私は、彼の手から濃い赤紫色の液体が半分ほど入ったグラスを奪い、煽る。かすかに喉を焼く熱さを感じても、今の私に芳香まで味わう余裕はない。
「帰した」
ディに答えてから、私はテーブルをぐるりと見まわし、ディの隣に座っていた賢者に目を移す。賢者は私が何を言わんとしているかわかっているような顔で微笑んでいる。
「勝ったら、なんでも教えてくれるのよね?」
射抜く程に真直ぐな私の瞳を、賢者は笑顔で受け流す。
「ええ、私の知っていることであれば、なんでも答えましょう」
私の聞いた噂では、この世のことで賢者が知らないことはないという話だ。だからこそ、賭ける価値がある。私はポケットからコインを一枚取り出し、室内にいた腰の曲がっている老人ーーおそらく掃除夫へと投げ渡した。賢者のもとで働いているならば、コインを投げる意味ぐらいわかるだろうと見越して。
「じゃあ、教えて」
私は、自分がひどく思いつめた顔をしていたのはわかっている。でも、誰にも私の決意を邪魔させない。でなければ、私が辛い気持ちを堪えて、オーサーを遠ざける意味がないからだ。
「刻龍の頭領はどこにいるの」
これには流石にディも賢者もオーブドゥ卿も、眉を顰めた。ここにいる者で、私が刻龍に狙われていることを知らないものは、一人もいない証拠だ。
だが、東の賢者はひとつ頷いた後で、また変わらぬ笑顔を私に向ける。
「では私が勝ったら貴女の旅の本当の目的を話していただきましょうか、アデュラリア=バルベーリ嬢」
賢者は私がバルベーリ家の者でないことを知っているはずで、それは皮肉の混じった呼びかけではあったが、私は欠片も笑わずに睨みつけた。
「公正に行きましょう、ユスティティア様の名の下に」
「ええ、公正の女神の名の下に」
私と賢者、二人の同意を受け、掃除夫はコインを放り投げた。
私が居場所を知ってどうするかとか、そういったことは賢者は何も言わなかった。それさえもすべて見透かされているようで、いい気はしない。
クルクルと中空で回転するコインの軌跡を追いかける私が表か裏かを言う前に、ディが掃除夫と私の間を太い腕で遮った。なんだと私がディに苦情を言う前に賢者が指を鳴らし、同時に聞きなれた札士の宣言がオーブドゥ卿の執事によって、下される。
「
それが掃除夫に向けられたものだと気が付くまでに、私だけが時間がかかった。私が気がついたのはコインが床に落ち、それを見もせずにいる掃除夫が腰を低くし、懐に手を入れているのに気づいてからだ。明らかな戦闘態勢は、私に向けられる殺意で見なくてもわかる。
既に全員が席を立ち、掃除夫と向かい合っている。三人がついていたテーブルがどうなったのか見るほどの余裕はないが、ここは賢者の家だし、魔法で消したとしても不思議はない。
私の前にはディがいて、隣には賢者と執事、私の後方にはオーブドゥ卿の気配がある。
「お嬢さんは強運の持ち主のようですね」
賢者が愉快そうに口にすると、まったくだとディが頷き、同意する。この状況で私を強運と評する意味がわからないのは、私だけのようだ。
「ラリマー、札一枚では不十分ではないかな?」
オーブドゥ卿が言うと、執事がはいと返事をして、さらに懐から札を取り出す。それを穏やかに賢者が制する。
「ここは私の家ですよ。無粋なものは私が取り上げておきましょう」
賢者が言葉の後に魔法的な響きを続け、その両腕を差し上げる。ディに比べれば細い腕だというのは、そのゆったりとした袖でも私にわかった。魔法を使うのに筋力の有無は関係ないが、拳闘士の私としては些かの頼りなさを感じる腕だ。だが、直ぐに私はそれを撤回することになる。
魔法の効果なのだろうが、賢者の動きに合わせて、ふわりと空気が持ち上がった。いや、賢者の周囲から埃を巻き上げて起きた風が掃除夫へと移動し、宙へと様々な武器類を浮かべてゆくといったほうが正しいだろうか。次々と空中に浮かんでゆく暗器の数が、五〇を超えるのを見て、ディが口笛を鳴らす。みたことなあるものもあるが、その暗器のほとんどは私が知らないもので、形から使い方が予想できないものが多い。
「さすがは刻龍、といったところだな」
刻龍、という言葉に反応し、私はディの腕を押しのけて、掃除夫を装っていた者を見た。刻龍から私が連想するのは今のところ一人だけだが、それはどう見てもメルト=レリックとは似ても似つかない初老の男で、なんとなく安堵の息を吐いてしまう私と男の視線が交わる。その視線は品定めのようで、ぞくりとする薄ら寒さすら感じ、大抵のものならば逃げ出してしまうだろう。だが、ここで逃げるようなら、この先私が刻龍と戦い続けることが難しいのも事実で、私は気持ちを抑えて、無理やりに男を睨み返した。男は私を目だけで嘲笑い、苦々し気な視線をディへと向ける。
「既に従者がついているとはな。これでレリックの失敗も理由が付く」
男の視線がディへと反れたが私が見る限り、ディはいつものように笑っているだけだ。目だけはいつも変わらず真剣なままの、不思議な笑い。
「爺さん、アンタ、ただの刻龍ってわけでもなさそうだな」
私は横から誰かに腕を取られ、戸惑う暇もなく、引き寄せられる。視界が藍に染まったことで、私を引き寄せ、隠したのが賢者だとすぐに分かった。抗議の声をあげかける私に、賢者が小さく囁く。
「じっとしていてください」
手を出すなと言われて大人していられるなら、そもそも私は旅になど出ない。だが、相手は刻龍なのだから、出方を見るのも大切だと私は耳を澄ませる。
「今はただの刻龍メンバーの一人に過ぎん。先代には長くお仕えしたが、今の頭領はわしを気にいらんようでな」
「つまり、刻龍の総意でお嬢さんを狙っているわけではないと?」
ディと男の会話に、賢者が口を挟む。少しの間の後で、男が言う。
「若造、おまえは小娘をなんだと思って守るのだ」
問われたのは賢者ではないのか、私を支える賢者の腕にわずかに力が入ったが、答えたのはディだ。
「別にあんたに話すほどのことじゃねぇよ」
それを男は不気味な笑いで受け取る。
「ふふふ、そうかそうか、知らぬか」
ぐん、と空気にかかる圧力が変わったのを、私は感じた。殺気のような圧力で、賢者のマント越しでも私の肌はちりちりと粟立つ。同時に賢者の小さな呟きで、私の足下からゆるやかな風が生まれ、私を包む。
「ーーこの者まことの女神の眷属なれば 在るべき場所へと送り給えーー」
賢者が使う力ある言葉の意味を私は察知し、強く唇を噛んだ。違う、と気持ちの悪い魔力風に包まれながら、私は心で叫ぶ。だが、それを嘲笑とともに私と同じく否定したのは、よりにもよって目の前の刻龍を名乗る老人だった。
「ハーッハッハッ! ぬしら、まっこと何も知らぬと見えるっ」
魔力で生まれた風が止んでも、私は変わらずに賢者のまとうマントの中にいた。刻龍の老人が何を言わんとしているか察知した私は、小さな言葉を誰にも聞かれぬように呟きながら、藍色の布から飛び出す。手には銀色に光るものを握って。
「その小娘は、」
私は老人の言葉が始まる前に体当たりしながら、迷わずに男の喉へと鋭く尖ったナイフを突き立てた。すぐに引き抜くと、赤く吹き出す噴水とともに、男の喉から漏れる風がひゅうひゅうと音をたてる。血を浴びるのは初めてではないから混乱はなくて、遠い記憶と思い返しながら私は自分の感情が死んでゆくのを感じていた。
かつての、私と同じ孤児だった友人や仲間が死んでいった時のことが、脳裏をチカチカと過ぎる。
「私は、眷属なんかじゃ、ないんだ」
ディの顔を私は見れなかった。ディや他のものに、自分がどんな目で見られているのかなんて、知らない。でも、この場にオーサーがいないことにだけ、私は安堵していた。
こんな風に血に染まる私をオーサーにだけは知られたくない。私にとってマリ母さんとオーサーと過ごした期間は望んだ平和だったから、平和しか知らないオーサーに私のこんな汚れた私を知らないでいて欲しいから。
「私は……っ」
自分の正体を、私は本当に知らないわけじゃない。知らないフリをしなければ、私は生きられなかった。私はまだ未熟だから、世界が「私」を否定することに耐えられないから。
そして、まだオーサーとマリ母さんの他には、決して真実を知られたくはなかった。せめて、明確に女神の眷属かどうかを宣言されるまでは秘めておいて、その時までに心を決めようと思ってはいた。けれど、今の私にはまだまだ全然時間が足りない。まだ大神殿までの道程は半分も進んでいないのに、こんな場所で明かされても私は覚悟なんて決められない。
言葉に詰まった私は、激情に任せて、走って逃げ出そうとした。その進路を見覚えのある大きな白い布で遮られ、絡めて包み込まれ。この場にそぐわないほどに優しい力で、泣き出したい私の心の抑えきれない気持ちごと抱きとめてくれた。
「わかった」
それは誰の声だったのか。ディの声に似ていたようにも思えるし、そうでない気もする。でも、私の意識は安堵したわけでもないのにふっつりと途切れた。
こういう風に落ちるときの夢はいつも闇の中で、上も下も分からないけれど、確かに私のそばを通り過ぎていく景色がある。誰かが私に逃げてと叫び、誰かが私を抱きしめたまま死ぬ。誰かが私に助けを求め、誰かが私に代わって殺される。
闇はいつか赤く染まり、血溜まりの中で私は立っている。それはただの血溜まりじゃなく、すべて私に関わったせいで殺された者たちの血だ。目に映るすべてが赤くて、目に映るすべてが敵で。
「アディ」
唯一の光がーーオーサーが血溜まりの向こうから私を呼んでいるのに、私は一歩も動けない。足に手に絡みついた赤い水が私を絡めて、飲み込んでしまって。身動きが取れない。
「ああぁああああああああぁぁぁああああああ……っ」
差し上げる自分の両手が赤い水に彩られ、自分の心が狂ってゆくのを感じる。だから、私は光に近づけないのだと、感じる。これは誰の血だと、忘れるなと私の中に眠る血が騒ぐ。
赤く、赤く、赤く、染まる世界に、一人立ち尽くす私を後ろから誰かが強く引っ張った。逆らう力もない私を無理やり、赤い闇から引きずり出す。
刹那、今度は世界が色をなくした。
(違う、ここは水の中?)
口から入り込む水が、肺を圧迫して苦しい。本能から私は水をかき、重力とは逆の方向へと体を引き上げる。
「は……っ」
すぐに自ら抜けた私は必死で空気を肺に送り込み、それをしながら目の前で笑う人を見上げた。
歪んでいるが汚れた灰色の甲冑が、鈍く白い光を弾き返している。オーサーよりも大きくて、ヨシュより一回り大きいぐらいの体格で、背中に大剣を背負っているのがわかる。
大きな図体で子供みたいに不安に目を揺らす男ーーディを見分けて、私は泣きたくなった。なんでここにいるのかとか、どうして私が水に落とされているのかとか、どうしてそんなに泣きそうなのかとか、聞きたいことは沢山あったけど。
「なにするのよっ! 私を殺す気っ?」
ディは私が叫ぶのを確認してから、くるりと背を向けた。いつもつけているマントはなくて、それはゆらゆらと私と一緒に水の中で揺れている。
「しっかり洗ってから出てこいよ。外で待ってる」
それだけ言い残して、さっさとディが見えなくなるのを見送ってしまった後で、私はもう一度水に完全に沈み、両目を閉じる。赤い夢に入る直前の出来事はすぐに思い出せたし、自分が衝動的に逃げ出そうとしたことも覚えている。夢の中のことも、あの赤い闇の意味も、私にはわかっていた。
マリ母さんに拾われるまで私はただの孤児で、彼女に見出され、初めて家族を与えられた。村では生きるための技も教わり、この歳まで無事に生きてこられた。旅に出るときにはオーサーを与えられ、そして、ディという味方も付いてくれて。中でも、刻龍に狙われながらもここまで私が生きながらえてきたのは、ディの功績が何より大きい。
そのディ本人は「女神の従者」で、私を女神の眷属がどうか見極めるのだと言っていた。女神の従者は女神の眷属に仕える者のはずで、それだけは私もはっきりと知っている。それだけ女神の従者とは有名で、女の子なら一度は憧れる存在で。でも、自分が女神の眷属なのかどうなのかというと、これだけは私にもはっきりといえる。
(眷属のがまだマシだったわよ)
もう一度水面に顔を出した私の頬を熱いものが伝い落ちるのを感じる。
あの時私が殺した刻龍の者の言葉が伝われば、本当の意味で私に時間はなくなる。もう少し、あと少しだけでも「アデュラリア」でいたいのに、ただの人間でいたいのに。
願い叫ぶ言葉は口にせず、私は涙の跡を冷やすために、また深く水に身を沈めた。
13#よくある遺跡
十分に顔が冷えたところで、私は水から自分の身体を引き上げた。その時になって、やっと自分が服を着たままだと気がつく。水を吸って重くなり、張り付く服をひとつひとつ外す。素肌に空気が触れる度、私は小さく身を震わせた。脱いだ服をひとつひとつ絞って、伸ばし、畳む。
それから、私は初めて部屋をぐるりと見渡した。四方を石に囲まれた部屋は灯とりだけとは思えないほど大きく開かれた窓がある。その向こうは青々とした緑の蔦を這わせた私の目線より少し高いぐらい、恐らく二メートルぐらいの石塀で囲われているから、完全に外まで出られるわけではないようだ。上から差し込む白い光は昼のように明るい。だが、少しの違和感に私は首を傾げる。
どこにでもあるはずの風力の魔石が、私の視界の中でどこにも見当たらない。あれがないと服を乾かすのは少し難しくなる。
「…… 風……ファラ?」
普段なら呼びつければすぐに出てくるはずの妖精も出てこない。そういえば、さきほどオーサーを送ったばかりだから、疲れて眠っているのだろうと思い返す。それに、私自身も魔法を使ったばかりだから、今は爪先ほどの光一つ灯せない状態だ。
室内を見渡し、何か代わりに着られそうなものを探す私は、部屋の隅の石の台のようなものに目を向けた。それは人一人が余裕で横になれる程度の大きさで、高さは私の膝程度。台の上には柔らかそうなクッションと、それを覆う白いシーツが乗せられている。私が手にするとおろしたてのパリっとした感触が指先に伝わってきたが、私は躊躇せずに両手で端をもって、ばさりと広げた。ふわりと辺りに香るのは何かの甘やかな花の匂いで、妙な違和感に私はまた眉を顰める。違和感の正体はまだ思い当たらない。
濡れた下着はつけたままだから気持ちも悪いが、とりあえずシーツをぐるぐると体に巻きつけたら風よけぐらいにはなった。それから絞った服を手にして、ディが出て行った方向へと足を向ける。
扉の前で立ち止まった私は、そこまで来てから、初めてそれに気がついた。
「凄……っ」
その木の扉には何の宝石も使われていなくて、ただ不可思議な文様が彫り込まれている。中心には一枚布を纏う豊満な身体の女性が二人描かれていて、扉の中心で互いの手を併せている。他にも両扉それぞれに二人ずつが描かれ、左下には木陰で休んでいる女性がいて、左上では同じ木の上で鳥と遊んでいる女性がいる。右下では水辺で遊んでいる女性がいて、右上には七つの光の輪を投げて回す女性がいる。彼女たちは有名な創世の女神たちだ。
無意識に扉に手を当てた私は、思わず自分の後ろを顧みる。そこにあるはずのない影がある気がして、でも部屋の中には自分の他に気配もない。それなのに。
「なに、これ……っ」
私の意志とは関係なく、目から大粒の涙が溢れて止まらない。ぬぐってもぬぐっても、どうしてというほど溢れてくる。
「なんで、今更……っ」
その意味がなんなのかわかっているだけに、私はなおも必死で止めようとした。でも、止められなくて。
「アディ、まだか?」
扉の向こうで私を促すディの声を聞いて、必死で目元を拭う。
「も、もうちょっとっ」
私は先程自分が浸かっていた泉のような場所まで走って引き返し、ばしゃばしゃと顔に水をかけて、涙を洗い流した。十数回でようやく流れるのをやめた涙を水面を鏡にして確認し、私はまた扉まで引き返す。一度指先で軽く触れ、先程のように自分が泣き出さないのを確認してから、私はゆっくりと扉を引いた。
軋んだ古い木の音の軋みを立てて、扉が開く。この部屋よりも少し暗いと想像したのは、私はその向こうに通路があるだけだと思ったからだ。だけど、私の予想に反して、扉の向こうは部屋の中と同じ程度に明るい。その理由は通路は通路でも向こう側に壁がないせいだ。膝丈程度の生垣には、紅躑躅や白い鈴蘭、黄色い水仙などといった花が咲き乱れていて、その場所にも日光ではないが温かな光が降り注いでいる。部屋の中から行ける小さな箱庭と同じだ。
私が通路に一歩を踏み出すと、壁際で寄りかかっていたらしいディは少し驚いた顔をしている。
「お待たせ……って、何?」
私が首を小さく傾けると、ディは少し顔を逸らして、首を振った。
「俺のマントは」
「あ、これ」
まだ濡れたままのディの白いマントを差し出すと、受け取ったディは少し困惑した表情のあとで、それをばさりと広げた。私の前を白い布が覆い、ディの姿が見えなくなる。
「湿ってるけど、我慢しろよ」
問い返す間もなく、私はまたディの白いマントにぐるりと包まれていた。まだかなり濡れたままの白マントはずっしりと重い。
「なんで」
「いーから、つけてろ」
有無を言わせないディの迫力に押され、私は反射的に頷いていた。それから、ディについていった私は、すぐに廊下の門からひらりと風に舞う青いマントを見つける。たぶん賢者だろうと近づいていくと、辿り着く前に思ったとおりの人物が私たちの前に現れた。
「おかえりなさい、お嬢さん」
賢者の変な挨拶に対して、私は眉をひそめて返す。ここで「おかえり」というのはとても妙な言い方だ。
「それでは、イフ……オーブドゥ卿と合流しましょうか」
近づいた私に自然と差し出される賢者の右手を無視して、私は素通りする。それを賢者はくすりと笑って、私の隣に並んで歩き出した。ディは私たちのちょうど後ろにいるようだが、いつもよりも離れている。
「アデュラリア嬢はここがどこだと思いますか?」
「神殿でしょ」
ここまでに見てきた壁や床、屋根の素材や造り、それから建物全体の独特の清浄で厳かな空気から推測して、私がこともなげに答えると、賢者は人を小馬鹿にしたように手を叩いて賞賛する。
「よくできました。ここはおそらく現存する最古の神殿です」
世界に残された遺跡のほとんどはその原型を留めていない。それは刻龍によって、あるいは悪神に仕える者によってとも、あるいは両方とも言われているが、有名なのはディルファウスト王の乱心と言われている出来事だ。若くして女神の眷属と出会い、手に入れた王は女神の眷属を失った時にたった一人で刻龍を壊滅まで追い込み、その過程で神殿がいくつも破壊されたという。だから、このようにまったくの原型を留めているものなど存在しないと言われていたのだと、賢者は私に語る。正直、私にはどうでもいい話だ。
「地下にあったから、というだけでは説明がつきません。おそらくはここには女神の力がもっとも色濃く働いているのでしょう」
見てくださいと賢者が示す先にあるのは、春の木に咲く薄紅の花や初夏の凛とした菖蒲の紫の花、夏の太陽を模した向日葵や秋の風に揺れる秋桜といったように、季節を無視して色鮮やかに様々な花が咲き乱れ、その他の木々も青々と生い茂っている。
「あれらは一年中枯れる事がありません。変わることのない命を与えられるのは女神とその眷属だけなのです」
変わることのないということはないだろうと、私は心中で反論する。いつかは全てが変わり、変わらないものなど世界に何一つ「あってはならない」のだから。
自分の思考の異変に気づかないで、私はちらりと後方を盗み見た。そこにはじっと私を見つめるディの視線があり、いつもの軽い感じは欠片もない。へらへらと笑うこともなく、ただディに見つめられるのは私もすごく居心地が悪い。
「何」
「ん?」
「言いたいことははっきり言ってよ、ディ」
「……あぁ、気にするな」
「気になるに決まってるでしょうがっ」
部屋を出てからずっと、私にはディのその視線がひっかかっていた。何か言いたげな割に、何も言わないし、何も聞かない。問い詰めてくれたならまだどうにかできるのに、私もディもどちらも何も言い出せないままだ。このまま気まずい時間が続くのは私の経験からいって、精神衛生上よくない。
「私も気になっていることがあるんですが」
賢者が立ち止まったのにつられて、私もディも足を止める。
「アデュラリア嬢は何故ディのマントを羽織っているのですか?」
問われた私だって、聞きたい。つけていろといったディが教えてくれないのだから、私にわかるわけがない。
怒りに任せて、私はディのマントを外し、ディに投げつけた。
「知らないわよっ」
翻るマントは過たずにディの胸にぶつかり、その向こうでディが悲しそうな顔をする。そんな顔をされても、私だって困るのに。
あの部屋を出てからのディはずっと同じ顔で、困った視線で私を見つめ続けてて。それを見ていると私はきゅぅと胸が苦しくて仕方がなくなる。どうしたらいいのかわからなくなるのだ。
だから、私はディから賢者へと視線を移した。同時に私の視界が深い藍色で覆われ、ふわりと賢者の着けているマントでくるまれたことを知る。
「着替えを用意しておくべきでしたね」
さっきまでのディのマントに比べれば湿ってもいないし、素材だってすごく軽い。それに、暖かいはずだ。それなのに、私の心はあまり暖まってはくれない。
「何、これ」
「その格好では寒いですよ。それに」
唐突に顔を近づけてきた賢者に、私は少しだけ身を引く。その私に賢者は両眉を下げて、困った顔で囁く。
「濡れたままのシーツでは、透けてしまいますから」
驚いて目を見開いた私は、自分でマントの中に視線を落とす。賢者のマントが濃い藍色のせいか、確かにシーツで作った簡単な服では体の線が明らかで、いくら私が幼児体型とはいっても女である事には変りなくて。
やっとディの真意に気づいた私は、ディを顧みて、何かを言おうと口を開いた。だけど、ディはわかっていて、何も言わないでいたわけで。賢者がいることも何も言わないで、私を自分のマントで隠してくれたわけで。
でも、ディに自分の幼児体型を見られたことは、私には十分恥ずかしい事態なわけで。
「賢者って、」
結局何も言わずに、私は歩き出し、話題を変えることにした。
「魔法使いなんでしょ? 魔法使いでも着替えは出せないんだね」
「私の持ち物に女性用の服はありませんからねぇ」
貴女には大きすぎるでしょうといわれ、私は確かにそうだと頷く。だが、そこでハタと気付いた。
「あれ、彼女とか奥さんとかいないの?」
歩きながら、私が賢者を見上げると、彼はなんだか楽しそうだ。視界の端に映るディは、変わらず一定の距離を保って、先程とは別の哀しげな顔をしている。
「いたとすれば、屋敷に閉じこもってばかりもいられないでしょうね」
「そうかなぁ。でも、それじゃ後継者問題とかどうするの」
確か、イネスの為政者はこの賢者が就任する前までは世襲制で、代替わりの度に血生臭いニュースが横行していたはずだ。だからこそ、女神の眷属を欲しがる貴族が後を絶たなかったのだから、私が間違えているはずはない。
「そんな面倒に関わるぐらいなら、妻など娶らずに養子を取ればいいのです。その方が好きな女性と心置きなく過ごせますからね」
そういえば、少し前に村に届いていたイネスのゴシップ誌には、賢者の恋人についての噂が書かれていたような気がする。確か、毎月だか毎年だかといった具合に、頻繁に違う相手の噂があるとかを読んで、マリ母さんや村長に言われたことがある。
こういう不誠実な相手より、断然オーサーがいいとかなんとか。弟にしか思えないから私は笑って交わしていたんだけど、目の前の賢者は出会った処から女性の影が見えないから、つい噂を忘れていた。
「うわサイテー」
私は、自然と肩に回されていた賢者の腕を引き剥がす。賢者は別にそれを気にするでもなく、私と話を続ける。
「あの部屋にはシーツの他に、何も着るものはありませんでしたか?」
「うん、別になかった。て、入ったことがあるんじゃないの?」
私が目が覚めた時に一番近くにいたのはディだが、賢者がいると言うことは案内をしたのは賢者だろう。つまり、ここは賢者が知っている場所で、おろしたてのシーツは賢者が用意していたものではないかと私には推測できる。
だが、賢者は心外だと肩を軽く竦めた。
「私が無断で女性の部屋に入るように見えますか?」
そんなことを問われてもイネスの為政者のゴシップだけならそうだと言えるし、自分の目で見ているだけの賢者と言う人物はまだよくわからないことが多い。そうでなくても、今の私はひどく疲れていて、どうにもこの賢者の相手をするのは疲れるし、ディのこともあるから深く考える気も起きない。
私は努めて、話題転換を試みることにする。
「ねえ、魔法でこうぱーっと大神官呼ぶとか、大神殿に行くとか出来ないの?」
これには賢者から私に、呆れたようなため息と嘲笑が帰ってきた。
「アデュラリア嬢はお分かりかと思ってましたよ。
魔法の原則は学んでおられないのですか」
「学んでるわけないでしょ。魔法できるのなんて、偏屈で卑屈で暗いオジサンばっかりだし」
「ではどこで学ばれたのですか?」
「それはーー」
すんなりと答えそうになった私は口をつぐみ、自分よりも背の高い賢者を下から睨みつける。危うく誘導尋問にかかるところだった。
「いつ、誰に、私が魔法を使えると聞いたの?」
「もちろん、オーサー君ですよ。彼が賭けをした話は聞いているでしょう?」
ああ、あれかと私は足を止め、額を押さえて、怒りを抑える。
「あの馬鹿どこまで話したの、ディ?」
私の問いかけには少しの間をおいて、返事が返ってきた。
「アディがイネスにいたこととか、オーサーの母親に拾われてきたこととか、それから、神官と喧嘩した勢いで出てきたこととかだな。あ、あぁ、妖精の話もしてたぜ」
それはほとんど全部じゃないかと嫌でも気がつき、帰ったら覚えてなさい、と私は追い返したばかりのオーサーに毒づく。
「それで、魔法のことまで話したの」
「ああ」
一見、ディは普通に受け答えているように見えるが、私が近づくと一定の距離を保つように下がる。気を失う前までは嫌というほど構ってきたことを考えると、明らかにディの私に対する様子が違う。その理由はおそらく私が、刻龍のあの男を殺したときに関わるのだろう。
つまり、ディは私が女神の眷属じゃない、もうひとつの可能性に気がつきつつあるのだ。だから、女神の眷属に仕える従者であるディは、今更私と距離をとろうとする。
それは私が一番恐れていた事だと気がつきながら、従者としての勤めを果たそうとしているのだろうか。
もう一歩とディに近寄る私を、賢者は止めない。ディは私の目を真っ直ぐ見て、諦めたように息を吐く。
「おい、賢者。あんたに聞きたいことがある」
私を素通りして賢者に問いかけるのは、私が答えないと、否定するとわかっているからだろうか。
「フィッシャーで結構ですよ。なんですか?」
「あの時の呪文はアンタの自作だろう。何故、女神の眷属、と文句が入っているのにアディはここへ、遺跡へ飛ばなかったんだ?」
私の精神に呼応するように、空気がかすかに揺らいだ気がした。賢者もディもここが地下だと言っていたし、風が吹くはずがないのに。
「さて、何故でしょうね。私もあれを使うのは初めてでして」
はぐらかすような様子だったが、ディはただ静かに待っていた。私は双方を見て、それから賢者を見つめる。そういえば、賢者だって知っていても不思議はない。何しろ、賢者と呼ばれるほどの知恵者のはずだから、女神に関する伝承を知っているのは当然とも言える気がする。
もしも知っているのなら、と私は拳を強く握りこみ、姿勢をわずかに低く構える。暴かれる前に口封じができるなら、私はまだ知られたくないから同じことを繰り返さなければならない。
「ああ、それからあれは自作の魔法などではありませんよ。かつて、天才と呼ばれた一人の魔法使いの作ったものです」
賢者は、フィッシャーは私に片目を閉じて、ゆるく笑んで見せた。それは私を戸惑わせるには十分で、そうして作った時間で賢者は言う。
「その魔法使いの名前はディルファウスト=クラスターといいます。世に知られているように賢王とも呼ばれる思慮深い王でありますが、女神の眷属を唯一迎えた王族であり、そして女神の遺跡の殆どを破壊した王としても知られていますね」
「クラスター王の魔法は高度すぎて、現代では解明できる者がほとんどいません。もちろん、私も高等術式を研究する者ですから、解読に挑んではいますが、いまだ解読できていない部分が多いのですよ。あの術式は解読できたと思ったんですが、まだ解釈に微妙な違いがあるのかもしれませんね」
だから術が失敗したのか、それとも私が女神の眷属であるのはそれ以外の何かであることなど、賢者にもわからないのだと言われ、私は体の力を抜いた。ディも、まだ少し不安そうではあるが硬い空気を和らげる。
「まだ決まりじゃねぇんだな?」
「ええ、まだ、ね」
賢者の言葉に肯き、ディの足が私に向く。その足がゆっくりと近づいてくるのを見つめながら、私もようやく安堵した。
ーーまだ、決まりじゃない。
それがどうしても今の私にもディにも必要な言葉だった。ここで賢者が決まりだと言ってしまえば、どうしても変化は避けられない。でも、心の準備ができるまで、私は自分の正体をほとんど確信しているとしても、自分で認めたくないし、誰かに決めつけて欲しくもない。
ディも私と同じだったのだろう。すれ違いざまに私の頭に置かれた、ディの大きな手はやけに優しくて。
「すまねぇな、アディ」
戻ろうかというディの背が私を通り過ぎて歩いていくのを見て、私はひどく泣きたい気持ちになった。
14#よくある喪失
「行きましょうか、アデュラリア嬢」
「アディでいいよ」
懲りずに私の肩を抱いてくる賢者の手から逃れて、私はディの背中を走って追いかける。ディにはすぐに追いついたが、私はそこで足を止めた。
ディは暗いトンネルのような石の入口を屈まずに通り抜けて、その先の階段を登ってゆく。
「どうしました?」
「……本当に地下だったんだ」
信じていないわけではないけれど、私は私に追いついてきた賢者には目もくれず、そのまま上空を見上げる。空の青が見えるわけではないし、眩く優しい光が一杯に充ち溢れていて、天井がどのぐらいの高さなのかもわからない。
振り返っても部屋の果ては見えず、遠くは白く霞んでいる。そういえば、あの部屋から出た時も廊下の向こう側か白く霞んでよく見えなかった気もする。それ以上に季節を感じさせない色とりどりに意識を取られたから、実際の処を尋ねられると自信はない。
「ーー光よ」
私より先にトンネルのそばまで行った賢者が、手のひらに魔法の明かりを灯す。それはすぐに賢者の手を離れて、光虫のようにふわふわとトンネルの先に進んで留まる。向こう側で待つディの足が私にも見える。
「暗いですから、気をつけてくださいね」
差し伸べられた賢者の手を取らずに、私は階段に足をかける。足を置いた場所からサラリと砂が零れて舞う様は、村の神殿を思わせた。年月が作る風化の跡に、少しだけ私の心が痛む。
村の皆は、オーサーはどうしているだろうか。私を怒っているだろうかとか、自分で決めたことなのに後悔が襲ってくる。
「アディ」
ディに名前を呼ばれて私が顔をあげると、大きな手が差し伸べられている。その向こうにはうっすらと木製の扉が見えることから、もう出口なのだと気がつき、私はディの左手に右手を重ねた。
ぐん、と引っ張り上げられた私はディの付けている甲冑に触れてしまって、冷たいはずのそれがやけに暖かく感じて。
「何をしているんですか」
何故か不満そうに私の肩を掴んで、ディから引き離した賢者が木製の扉に手をかける。軽い軋みをあげて開く扉の隙間から、キラキラしい眩さが見えた私は反射的に目を閉じる。
私が気を失う前、つまり最初に賢者の屋敷で目を覚ました時には既に昼だったし、あれから気を失っていた時間を考えても明らかに外は夜のはずなのに、扉の向こう側は眩しい。まさか私は明るくなるまで眠ってしまったのだろうかと考えたが、目を開けてすぐにそれは違うとわかった。
眩しかったのは廊下を照らすシャンデリアの光で、その向こうに見える廊下の窓からは外の暗さがすぐに知れる。
「……どこ?」
思わず口にする私の前にはオーブドゥ卿と執事がいて、ドアを開いて先に出た賢者が私に手を差し伸べる。
「私の家ですよ」
繋げてあるんですと賢者に事もなげに言われ、複雑な顔で私はその手をとり、廊下に足をつく。後ろからついてきたディが後ろで扉を閉めた音がやけに大きく響いたのは、単純にこの廊下の天井が高いせいだろう。
「おかえりなさい、アデュラリア嬢」
明らかに安堵の息を吐くオーブドゥ卿に笑いかけられ、私は複雑に眉根を寄せる。さっきも賢者に同じことを言われたが、オーブドゥ卿のは別な意味に聴こえる。それが細かくどんな意味かと問われるととても困るのだけど、とりあえず私にはそれを言われる意味がわからない。
「アディでいいですよ、オーブドゥ様」
賢者から手を離し、愛想笑いで私が返すと、オーブドゥ卿は何故か寂しそうな目をする。
「私のことはイフと呼んでください」
「……できません」
「それから、彼のこともどうかフィスと」
オーブドゥ卿が指した相手は賢者で、ますます私は困惑してしまう。
「アデュラリア嬢」
「……それも、やめてください。私はただの平民の、
急に言い出される意味がわからない、と私は頭を振って拒絶する。それしかできない。止めてくれと無言で賢者を見上げると、賢者は私に深く頷いた。
「イフは彼の、フィスは私の愛称なんです。アデュラリア嬢さえよろしければ、呼んでください」
だめだ、全然通じない、と今度は私はディを見る。ディはなんでか頷いてくる。こっちも頼れないらしいと、私は息を吐く。
「なんで私にそんな風に呼ばせたがるんですか。私が女神の眷属かもしれないからですか」
「いいえ」
はっきりと賢者に言い切られて、ますます私は眉をひそめる。
「私が、私たちがアデュラリアーーいえ、アディを気に入ったからです。それでは不服ですか?」
私が示した愛称を呼ばれ、私はますます困惑する。別にそう呼べといったのは私だから構わないのだが、この流れでは私も呼ばなければならない。
でも、貴族なんかと慣れ合うなんて。
私が困っていると、オーブドゥ卿が何かに気づいたように執事を顧みる。
「ラリマー、アディに服を。この話はあなたが着替えた後にしましょう」
風邪をひいてしまいますからと、私は有無を言わさずオーブドゥ卿の執事に連れられて廊下を移動する。貴族の屋敷にしては小さな屋敷の中は私が出てきた位置からすぐに廊下の端の部屋の扉に辿り着く。距離にして、五フィートも離れていない場所の間には階段しかない。
オーブドゥ卿の女執事が扉を開くのを見てすぐ、私は後ろを振り返った。今すぐ逃げ出したい衝動にかられた私を、それでも執事が部屋に押し込み、すぐにドアを閉められる。バタンと閉まる音を聞きながら、私は呆然と押し込まれた部屋に立ち尽くす他なかった。
理由は一目瞭然で、別に部屋が狭いとかではない。むしろ広い部屋を埋め尽くす色とりどりのドレスが用意されていたから、だ。着飾るのがどうとか以前に、女物の服が好きではない私は、今すぐにここを逃げ出したい。だが、窓はドレスの海の向こう側に小さく見えるだけだ。
さっきの遺跡で見た花々よりも現実的な光景に、私は全力疾走するよりもひどい疲れを感じた。着替、と言ったからにはここにあるドレスに着替えろと言うことだろうが、平和なときでも女性らしい格好が私は好きではないのだ。こんな、旅をしていて、しかも刻龍に狙われているとわかっている状況で、貴族のパーティーに出るわけでもないのにドレスなんて着ていられない。
「アデュラリア様」
「様なんて、そんなに大層な者じゃありません。執事……ラリマーさんもアディって呼んでください。それから、敬語もやめていただけませんか」
「こちらの中からお好きなものをお選びください」
執事は私の言葉に耳を貸してくれない。そんなことを言われても、私は困る。こんなドレスを着るなんて、ついこの間オーサーに遊ばれて以来だ。しばらくこんなことからは開放されると思っていたんだけど、と私は天を仰ぐ。天井は意外にもただの木製の天井に光石を閉じ込めたと見えるライトがあって、変なアンバランスな印象を受ける。
廊下には豪華なシャンデリアみたいなものがあったけれど、そういえばこの家の天井も床も壁も、オーブドゥ卿の屋敷とは違って至極質素な印象を受ける。高価そうな装飾品は灯りばかりで、よく見れば部屋の中も装飾のないただの木の床と壁だ。掃除はされているようだが、よく見れば床に幾筋かの線が描かれている。
「ここって、何の部屋だったの?」
私が尋ねると、執事は事もなげに答える。
「札を作成する部屋だったと記憶しております」
魔法使い(正式には高等術式制御者)は、札を描くことができる。私の知る魔法士が言うには簡単なものであれば何も用意する必要はないが、それなりに高度な術式を札に封じ込めるには能力と準備が必要なのだと言っていた。つまり、ここはそういう高度な札を描くための部屋で。
「そんな場所に勝手にドレスなんかおいちゃっていいの?」
私のつぶやきに対して、執事はそっけなくオーブドゥ卿の指示ですからと言った。
そんな大層な部屋であることはともかく、どうしたって私はドレスなんか着たくないわけで。
「私、お金払えませんよ?」
苦し紛れに執事に言ってみるが。
「存じております」
これもやはり、執事にそっけなく返されてしまった。
「全てイェフダ様のご指示でございますので、お気になさらないでください」
執事に、全て、を強調して言われ、私は反論するのを諦める。何を言っても、私が着るまでこの執事は部屋から出してくれそうもないし、拳闘士として出し抜ける自信はあるけれど、執事の彼女の札士としての実力はおそらくオーサーよりも上だ。勝てるとは思えない。私は観念して、執事に向かい合った。
「……この中で、スカートじゃなくて、動きやすくて、値が張らないのはどれですか?」
私にできるのはそこまでの妥協だったのだが。
「ございません」
「ないのっ?」
つい勢いで聞き返した私を、執事は堪えきれずにくすりと笑う。だが、厭味な感じはなく、どちらかというとマリ母さんと同じ温かな眼差しだ。さっきまでの冷たい応対が嘘のようで、私は戸惑いを隠せない。
「全て、イェフダ様のご指示ですので。どうしてもとおっしゃられるなら、私の着替えをお貸ししましょうか?」
意外な提案に、私は執事の服を改めて見てみる。暗色の赤ではあるが、どこか品のあるデザインを残しつつ、機能性もありそうな執事服であり、何よりスカートでないというのはありがたいが。
「いいんですか?」
「ええ、構いません。アデュラリア様を着替させるようにとは言われましたが、ここにあるものにとは言われてませんしね」
執事はさらっと言ってのけるが、そんな勝手をしてもいいのだろうか。困惑した私に執事は、楽しそうに微笑む。
「問題ありません」
執事の微笑につられ、私も笑ってしまった。
「オーブドゥ卿に怒られたりしませんか?」
「あの方はお優しい方ですから。アデュラリア様がここにあるドレスを嫌がるのはご存知でしょうし、多少のことには目をつぶってくださいますよ」
嫌がるとわかっていて用意させるのは優しいと言えるだろうかと疑問には思ったが、執事の口調にも表情にも信頼が見てとれて、私は何かをいうのをやめた。
「じゃあ、私が無理やりってことにして貸してくれる?」
苦笑しつつ私が頼むと、ラリマーの返事の前に強く扉が叩かれた。私が一瞬ビクリと肩を震わせるほどに、強い叩き方だ。嵐で畑にすごい被害が出てるとか、火事が起きたとか、そういった類のひどく切羽詰った叩き方に私は戸惑い、ラリマーが扉を開ける。
「アディっ!」
なんとなくディなんじゃないのかと思っていた私は、しばらく聞くことはないと思っていた懐かしい声に驚き、言葉を失う。それは私が少し前に村まで追い返したはずの幼馴染で、村からここまではどんなに急いでも一日はかかるはずだ。そのオーサーが顔全体を強ばらせ、必死な形相で目の前にいる。
私の両肩を抑えるオーサーの強い力が、肩に食い込む。でも、そうすることで私はオーサーの全身の姿を確認できて、一気に自分の血の気が引いていった。顔にはいくつも掠り傷が滲んでいて、オーサーの綺麗な顔が台無しだ。服も別れる前とは違って、泥と汗に汚れた上、服を切り裂いた傷がいくつも見える。オーサーの白い肌に痣や傷がいくつもつけられていて痛々しい。
そのオーサーが私の目を真っ直ぐに見て、訴える。
「アディ……、すぐ……村に、戻って……」
「な、」
「村が……刻龍、に……」
私と合わさる瞳が下へとずれ、どさりと私の足元にオーサーは倒れた。
「オ……オーサー……?」
返事のない倒れたオーサーの隣に座り込み、震える手でその頬に触れる。暖かいけれど、荒い息が私の指にかかる。浅く微かな律動を辛うじて行っているオーサーの左腕に、私は触れる。右腕は見てわかるぐらい掠り傷も切り傷も多いが、左腕は不自然なぐらいに長袖で隠されている。何かがあると予感する私が触れると、オーサーの呻きが確信させる。
「見る、な」
「バカ言わないで」
右腕で左腕を庇うオーサーに手をかけ、私は思い切って左の袖をまくりあげた。必死にかくすということはそれだけ大怪我だと思っていた私は、血も傷もないオーサーの左腕に思わず安堵する。
「何よ……」
何も無いじゃないと文句をいおうとした私の前で、ゆっくりとそれが浮かび上がる。最初はただの鳥肌みたいなものに見えた。効果音をつけるなら、腕の上でずるりと何かが這うように動いて、それからオーサーの腕を体全体でねじれたように這い回る。
蛇に似ているけれど、違う。もっと太くて、鱗がはっきりと見えて、小さいけれど手足があって。でも、蜥蜴でもない。
いつの間にかオーサーを挟んで向かい側にいる賢者とオーブドゥ卿が同時に息を呑み、ディが舌打ちし、それを口にする。
「刻龍の刻印だ」
「え?」
そうか、これが龍なんだと、私はうまく考えられない頭で理解する。龍とは幻の生き物で、最強の獣に例えられることが多い。ある国では神獣として崇められていることもあるという。それがどうしてオーサーの腕にいるのだろうと、ぼんやりと考える私にディが言う。
「刻龍の刻印は別名、死の刻印と言われてる。急いでここを出るぞ、アディ」
オーサーを片手で抱え上げ、ディは私の肩を掴む。
それでも、私は何が起きているのかよくわからない。追い返したはずのオーサーが目の前にいて、しかも腕に刻龍の死の刻印なんてものがされていて。そのオーサーが言うには、村が刻龍に襲われていて。これも、私がいたからなのだろうか。私のせいなのだろうか。私がーー。
「しっかりしろ、アディっ!」
なんで私が離れたのに、みんなが死ぬの。どうして、私に関わる人を殺すの。どうして、いつも私だけ生きてるの。
「ちっ、おい、フィッシャー、イェフダ! おまえらも死にたくなきゃ、俺についてこいっ」
誰かが、私のお腹を抱えて走り出す。そんなことしなくていいのに、私といたら、死んでしまうのに。
「オー……サー……」
「大丈夫ですよ」
確信に満ちた賢者の声を聞きながら、私は誰かに馬に乗せられる。馬が高く嘶く声をあげて、走り出す。一度は通った道を、馬は全速力で駆けていく。私は来る時とは違い、冷たい灰色の甲冑に顔を押し付けられ、抱きしめられている。
「あてがあるんですか?」
三頭の馬が速駆する蹄の音が私の耳に大きく響いている中、隣の馬で手綱を握る賢者が、私を乗せている馬を操る人に話しかけている。
「俺の知り合いに医者がいる。町中じゃまずいから、そっちに連れてくぜ」
「それは構いませんが」
ディたちの会話が右から左へと抜けてゆく中、私は小さくなってゆく景色に目を向けた。そろそろ夜明けなのだろうか、空が赤い。ごうという大きな音が辺りに響き、私は思わず目を閉じる。
「……嫌ぁ……っ」
私を抱きしめる腕に力がこもる。大切に、しっかりと私を抱きしめ、肩を叩いてなだめる。
「大丈夫だ、アディ」
私は首を振って、抱きしめてくれる人の胸に頭を押し付けた。さっきの大きな音は爆発音で、場所からして賢者の屋敷があった場所ではないだろうか。この辺りに他に家はない。家の燃え落ちる音なんて、私は聞きたくない。
もしもディが急いで連れ出してくれなければ、皆、賢者の屋敷で死んでいたに違いない。どうせなら、私だけを残してくれればよかったのに。私がいると皆死んでしまうのに。
「オーサーは絶対助けるから心配するな、アディ」
髪を撫でる手を感じながら、私は強く目を閉じた。
(どうか)
いつもはしない願いを天に捧げる。
(どうか、オーサーを連れて行かないで)
願いがどこにも届かないと知りながら、私は何度も何度も心の中で繰り返した。
馬の蹄の音は夜が明けても止むことはなく、私はどこに向かっているのかもまだ聞いていない。少しだけ顔を上げる余裕ができた頃、私はオーサーの怪我と彼の残した言葉が気になっていた。
「村が……刻龍、に……」
オーサーの強さを私は承知しているし、戦えないほど弱いわけではないことも承知している。だから、オーサーが刻龍に敵わないことをわかっているだけに、怪我をしたオーサーがどうやって戻ってきたのかがわからない。オーサーがここまで戻ってくる札を賢者か誰かが渡さない限りはあり得ないだろうし、賭けに弱いオーサーが賢者から何かをもらったとは思えない。それに、村に刻龍が来て村の皆が無事とは思えないし、自分のせいで怪我をした皆が許してくれるなんて楽観できるわけもない。
手綱を握るディを、私は不安な気持ちのままの目で見つめる。ディはそれに気が付いてかすかに笑ってくれたけれど、それで私の気が楽になるわけもない。
「落ち着いたな」
「うん、どこへ向かっているの?」
「俺の知り合いがマースターで薬屋をしてんだ。そいつなら呪いにも詳しい」
脳裏の地図で、私はイネスよりもかなり南にある小さな村とも言えない村を思い浮かべた。かつて旅をしていた村人から、二、三軒程度しか家もない小さな集落だと聞いている。場所的には大神殿のある首都からは大きく反れるし、村からも遠ざかるけれど、それでもオーサーを失くすわけにはいかなかったから。私はディに小さく感謝を述べる。
「気にすんな」
少し照れて、私の頭をぐるりと撫でるディを私は見られない。それから、村はどうなったのだろうとかオーサーは助かるのだろうかとか、ぐるぐると渦巻く不安を押し込めて、私は馬が向かう先を見つめる。
「少し眠っておけ」
「眠くない」
少しずつ白み始める世界が眩しくて、風が冷たくて、失うことが怖くて、冷たいものが私の目から流れ落ちる。失いたくないから旅に出たのに、私のためにすべてが壊されるのだとしたら。私の存在そのものが、間違いだとしたら。
「あいつを呼べ」
「え?」
思考を中断させて私が見上げると、ディはただ前だけを見ている。
「ファラなら、おまえを眠らせられるだろ」
珍しく気を使ってくれているディの様子を笑ったけれど、私は自分でもあまりうまく笑えなかった気がする。
「あの子は弱い風の妖精だから、こんなトコに呼び出したら吹き飛ばされちゃうよ」
ディには大丈夫だと囁き、私はその広い胸に身体を軽く預ける。大丈夫と、私は胸の内で何度も繰り返す。そうしなければ、何もかもを失くしてしまいそうで、私は怖くて。
「私は大丈夫。それにオーサーも悪運強いから、簡単に死んだりなんかしない」
私の不安を見透かすように、私の身体はふわりと大きな青い布が包んだ。不意に現れたところからして、おそらくは賢者か執事の仕業だろうと私の脳裏に過ぎる。だが、今は彼らの位置を探るのも億劫だから、後で礼を言おうと思いつつ、私は強く目を閉じた。
いつもならとっくに気分が悪くなっているはずなのに、私の心も体もオーサーと再会してから凍りついたみたいに変わらない。
こんなことになるなら、私はオーサーを無理矢理追い返したりしなければよかった。でも、あの時の私はそうすることが一番いいと思ったのだ。私が刻龍に狙われたとばっちりなんかで、オーサーを危険にさらしたくなかった。だからって、私はこんな風にオーサーが傷つくことを望んでたわけじゃなかったのに。
どうして、私の行動はいつもこんな風に裏目に出てしまうんだろう。世界はいつも私の手に余って、思い通りにならない。
(オーサー)
口に出したはずの私の声は馬の駆ける音にかき消されて、誰にも、私の耳にさえ届かなかった。
初稿
(2008/10/25)
話休題三、よくある遭遇
拙い話を楽しみにしてくださる数少ない読者様、感想を下さる親切な読者様!
いつもありがとうございます。
あと一投稿分入らなかったー!貴族の名前まで入る筈だったのにー!
それから、予定外にアディが暴走しました。ここで貴族の屋敷に泊まる予定だったんだけど、どうしよう。
襲撃者もあれだし、次回はどうしたものか。そろそろディの正体だしちゃうかなぁ
それもこれもアディが暴走するから…!
他の人のヒロインは大人しいのになんでうちは暴走するかなー。
次回、
【四、よくある傷痕(仮)】
21 10/26 00:38
22 10/26 00:40
23 10/26 00:41
24 10/26 00:44
25 10/26 17:43
26 10/26 17:45
27 10/26 17:46
28 10/26 17:48
29 10/26 17:49
30 10/26 18:03
初稿
(2008/10/26)
話休題四、よくある傷痕
読み返したら、思いっきり地名関係間違えてる自分に動揺しています。でも、あらすじだからいいかと開き直ってみる。←
さくさく進めないと終わらない事実に愕然としました。今更ですが。
そんなわけで、次回は
【五、よくある夕食会】
です。
何かのゲームに似ている気がするのはきっと気のせいです(笑)。
31 10/27 19:32
32 10/27 19:34
33 10/27 19:39
34 10/27 19:41
35 10/27 19:42
36 10/27 19:44
37 10/27 19:46
38 10/27 19:48
39 10/27 19:49
40 10/27 19:51
話休題五、よくある夕食会
感想くれる皆様、ありがとうございます。ひそかに小躍りして喜んでます。ヤッホーイ←
何時になったら目的地へ向かうのか全く見えないですが、次こそはアディが動いてくれそうです。
イェフダ閣下の描写を入れようとするとどうにも某ゲームがちらちらします。あかんて。
そんなわけで閣下の描写は次回に期待←
次回はいい加減に刻龍の彼もちゃんと出してあげようと思います。
とうとうアディと直接対決!?
次回、
【六、よくある決意】
感想でも批評でも酷評でも受け付けてます。
ここまで読んでくれてありがとうでした
41 10/30 18:32
42 10/30 18:36
43 10/30 18:39
44 10/30 18:44
45 10/30 18:46
46 10/30 18:48
47 10/30 18:49
48 10/30 18:50
49 10/30 21:00
50 10/30 21:14
初稿
(2008/10/30)
話休題六、よくある決意
最近は感想を書く人も作品もどちらも増えて(〃▽〃)
まともな感想が増えて良かった。私の感想は意味がわからないとよく言われるからなあ
こっそりとね、出ていくはずだったところでオーサーに見つかる予定が。ディに喋らせ過ぎました。しかもアディがまたまた暴走
二班に分かれそうだけどどうしたものかな?
次回は、
【七、よくある境界】
です。
感想、批評、酷評。なんでもうぇるかも!お待ちしてます♪
51 11/01 12:12
52 11/01 13:02
53 11/01 13:04
54 11/01 13:05
55 11/01 13:07
56 11/01 13:09
57 11/01 13:11
58 11/01 13:12
59 11/01 13:14
60 11/01 13:16
話休題七、よくある道中
いつも読んでくださる方、感想を書いてくださる皆さん。ありがとうございます。
あれ?タイトルが違う?ソンナコトハナイデスヨ。展開を迷った末に、内容が変わったので、タイトルも自然と変わりました。きっと何かの陰謀です← 最初はメルト・レリックと行く予定が、書き始めたらなんだか拒絶されました。おかしいなー、なんで嫌われたんだろう? 遊ばれると感づかれたかな← パソで書いていると考えているよりも早く話が出来上がるので怖いです。勝手にキャラが暴走する。なんでだ。
次回は東の賢者のお話です。間違いなく、変人です。まあ、私の書くキャラは変人しかいないといわれていますが。
【八、よくある東の賢者】
感想、批評、酷評なんでもお待ちしております♪
ついでに、皆さんのお話も楽しみにしています♪←
61 11/06 20:34
62 11/06 20:39
63 11/06 20:41
64 11/06 20:44
65 11/06 20:46
66 11/06 20:48
67 11/06 20:50
68 11/06 20:54
69 11/06 20:57
70 11/06 20:59
初稿
(2008/11/06)
話休題八、よくいる東の賢者
感想を下さる皆様、楽しみに読んで下さる皆様、有難うございます。
やっぱり人に読んでもらえたりすると、自分でも気が付かない変な癖が見つかったりしますよね。…気をつけますっっ
キャラの書き分けって難しい。とりあえず、賢者とディがかぶらないか心配です←
いや、それ以前にイェフダ伯と書き分けなきゃ。
あぁ、今回も執事を出せなかった。
次回は
「九、よくある遺跡」
です。繋がらない?うん、私もそう思う←
何せ思い付きで書いてるのとキャラが暴走するので
感想・批評・酷評大歓迎です♪
今後も楽しみにしていただけるように、私も楽しんで書きたいと思います。
71 11/10 18:16
72 11/10 18:18
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77 11/10 18:33
78 11/10 18:50
79 11/10 18:52
80 11/10 18:59
初稿
(2008/11/10)
話休題九、よくある遺跡
感想を下さる方、楽しく読んでいただけている皆様、いつもありがとうございます。気晴らしにはやっぱり書いたほうがいいという活字中毒です。
今回は書いてから、しまった!と思いました。掃除夫に刻龍本部まで案内させようと思ってたのに、いつのまにやら事態が深刻に。なんでだ。
そんなわけで(どんな)、次回は
【十、よくある喪失(仮)】
感想・批評・酷評大歓迎です♪ 今後も楽しみにしていただけるように、精進したいと思います。
81 11/19 19:59
82 11/19 19:58
83 11/19 20:08
84 11/19 20:09
85 11/19 20:08
86 11/19 20:13
87 11/19 20:15
88 11/19 20:32
89 11/19 20:35
90 11/19 20:40
初稿
(2008/11/19)
話休題十、よくある喪失
更新できるうちにやっとけ、ということで二日連続更新。奇跡です←仕事をしろ。
どうしても最後の部分に持って行きたかった。だからタイトルが「喪失」。次どうするか、まっっっっったく考えていません。だって、みんな勝手に動くから。
次回は
【よくある逃亡(仮】
でいいかな。他に思いつかん←
感想・批評・酷評大歓迎です♪ 今後も楽しみにしていただけるように、精進したいと思います。
91 11/20 20:01
92 11/20 20:04
93 11/20 20:07
94 11/20 20:12
95 11/20 20:17
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97 11/20 20:49
98 11/20 20:56
99 11/20 20:51
100 11/20 20:54
初稿
(2008/11/27)
改訂
(2009/12/08)
公開
(2010/01/02)
改訂
(2010/03/19)
改訂
(2010/03/24)
改訂
(2010/04/01)
公開。
前回更新したときはさっさと進めるつもりだったのに、なかなか難しいことに気がつきました。
(2010/04/02)
改訂
(2010/04/08)
公開。
いろいろとすっ飛ばしてた箇所も追加。
そういえば、ここで執事の名前も出してていいんだっけ。
(2010/04/09)
公開
(2010/04/23)
改訂
(2010/04/23)
公開
(2010/04/30)
公開
(2010/05/07)
改訂
(2010/05/17)
公開
(2010/06/11)