うちの学校は一風変わった生徒会長がいることで有名だ。以前からは進学率の高さという点で受験も高倍率だったらしいが、今年は会長に惹かれて入学してくる生徒が多く、更に倍率が上がっていたらしい。
そんな会長がどんな人物かと評すれば、文武両道で義侠心が厚く、容姿もそれなりに良い部類に入る。だが会長は、昨年秋頃から別な意味で有名人だ。
「会長いませんかー?」
放課後にクラスを覗きに良くと、クスクスと苦笑する女生徒から返答される。
「会長なら、さっき何か思いついたみたいな~」
「げ、またですか」
思いつきの突飛さも行動力もある意味で人気の理由なのかもしれない。
「生徒会室で待ってるように、だってな~」
「ありがとうございます」
俺は丁寧に頭を下げてから、指示されたように生徒会室へと向かった。
「同学年なんだから、そんな丁寧にしなくてもいいのにな~?」
からかいの言葉を背に、廊下を早足で急ぐ。途中、何人かとすれ違ったが、皆一様に外を差しているので自然と目が向いた。
窓の外にはもっさりとした淡いピンクの花びらをつけた桜の枝が、これでもかというほどの存在を主張している。朝焼け直前の空のような微妙な色づきが映えるのは、やはりベースが白だからなのか。と、咲き始めた頃に会長が言っていたのを俺は思い出した。
生徒会室の窓のすぐ傍には手を伸ばせば届く位置まで、桜が枝を伸ばしている。書類を片付けたばかりの会長が窓に近づき、それを見つめてゆるりと微笑む。俺からは会長のぴんと伸びた背中とそこにかかる豊かな黒髪、そして、頭上には直立する二本の兎耳が見えている。
見慣れるもんだなぁ、と思う。
昨年秋頃、唐突に会長の頭に生えた兎耳は半年たってもそのままそこに居座り続けている。ただでさえ高かった会長の人気が更に上がったのは、これのせいだ。
頭を軽く振って、追想を振り切り、俺は外の桜に意識を向ける。風でさわさわと揺れる薄くて小さな花弁は、いかにも儚げだが、紺袴を履いた会長にはとてもよく似合う。何故知っているかといえば、新入生への挨拶の際に会長が着てきたからだ。
少し強めの風が吹いて、俺はそれを見つける。花びらの舞う、俗に言う花嵐のなかで微かに揺れる白いふわふわとした二本の長い耳。
「会長、一応聞きますけど何してんですか」
窓を開けて俺は桜の木に、いやその枝に声をかけた。細い枝に器用に身体を預けて寝そべっている黒髪の少女の頭にはいつものごとく二本の兎耳がぴくぴくと引きつるように動いている。桜の淡い色に混じっても違和感の無い様子に、いつも以上に俺は頭を抱えたくなった。ちなみに、俺がいるのは北校舎と南校舎をつなぐ三階の渡り廊下だ。
「何って、分かるでしょ」
「分かりません」
「そ?」
会長の口角が愉しげに上がり、艶やかに笑む。
「桜が散ってしまうのが惜しくてね」
差しあがる白い腕が指先で花びらに触れるギリギリの位置で留まる。
「花見だったら、木の下で許可を取ってからやってください」
「話は最後まで聞きなさいって、いつも言って」
会長の言葉の途中で、ごうと音を立ててひときわ強い風が吹いた。俺の目の前で、ぐらりと会長の身体が傾く。
「会長っ!」
「あ」
窓から身を乗り出し、咄嗟に腕を伸ばす。だが、後から考えれば会長は俺よりも背が高いし、運動神経も良いし、何より何をするにも卒のない人だ。
失敗した、と窓から落ちる自分を他人事みたいに考える。会長の姿は、見慣れた兎耳の少女の姿は見えない。もしかしたら、命綱ぐらいつけていたかもしれない。そういう人だと、知っていたはずなのに。
身体にかかる衝撃を覚悟して、俺は目を閉じた。
「間一髪、かな」
会長の声がすぐ近く、頭より少し高い位置で聞こえた。次いで、キリキリと何か釣竿についているリールを巻くみたいな音がして、俺の両足が固い地面に着く。腕を離された俺は、その場にぺたりと座りこむ。
「窓から飛び降りたら危ないよ」
「誰のせいだと」
「ま、ありがとね」
柔らかく頭を叩かれ、俺が顔を上げたとき、会長は既に背を向けていた。他の女子よりも少し長い規定どおりのスカートから細くて白い足が伸びている。
「せめて着替えてから花見してください、会長」
俺から会長の表情は見えない。だけど、分かることが一つ。すっかりうなだれ、小刻みに震える兎耳は、以前よりも会長の感情をつぶさに伝えてくれる。以前なら、背を向けて隠してしまった会長の弱さを見せてくれる。兎耳のおかげで、俺は彼女がただの女の子だということに気づかされてしまう。
「心配、させないでください」
また風が強く吹いて、花びらを散らしてしまう様子を二人で見上げた。正確には桜の雨に降られる会長を俺は見ていたのだけど。風にあおられる髪を押さえる会長は、桜と同じ色に頬を染めて、小さく笑った。
この人を守れるようになりたいと、会長と出会ったときには考えたこともない感情が、俺の胸を過ぎる。
「それで、結局何をしてたんですか?」
「桜が散らないように接着剤で…」
前言撤回。この人にそんな感情をもっても疲れるだけだ。なにしろ、兎耳が突然生えても「かわいいでしょ」の一言で済ませてしまうような人なのだから。