部屋の中には空が溢れている。私が好きだと言ったから、窓から見える空が好きだと言ったから、彼女が部屋をキャンパスにして描いてくれたのだ。
「どう?」
口を開いて声を出したつもりだけど、私の耳には届かなかったから、声になっていなかったかもしれない。
「わかってるわよ。雲は動くものだって言うんでしょ?」
そんなことを言ってないし、思ってもないけど、拗ねて膨らませた頬を微かに赤くする彼女は可愛いので、私はただ口の端をあげて笑った。
「よーく見てなさいよ」
彼女が腕まくりしながら、私に背を向ける。左腕に持った白い液体が湛えられた空色のバケツに、右手の刷毛を大胆につっこみ、向き合った壁の雲の左側をなぞる。
彼女が雲の右手へ動く間にゆっくりと瞼が落ち、私は闇に沈む。
「ねぇ」
泣いている彼女の声で目を開く。ああ、いつの間にか眠っていたらしい。
目が合うと、彼女は目元を赤く染めたまま、嬉しそうに笑った。
「毎日、アタシが雲を動かしてあげるよ」
だから、生きてと。
約束してあげたいけど、無理だとわかるから、私はただ、いつものように口端をあげて笑った。
人間にはどうにも変えられないこと、それが「理」。という風に書いたけど、なんだかいまいち。
(2009/05/29)
公開
(2009/06/03)