パフェ
それは女の子なら誰もが好んで食す甘味。
ご多分に漏れず今、目の前にいる三名も同様。
俺は今、なぜかこの三人にパフェをおごるハメになっている。
~数時間前
俺、黒川大輔は訳あって黒猫もくという女の子と同居している。
こいつは実は本当に黒猫で以前、こいつが猫の時に怪我の手当てをしたら恩返しと称して人間の女の子になって現れた。
以後紆余曲折を経て今、俺はこいつと付き合っている。
そんなもくが今朝、朝食の時にこんなことを言い出した。
「大輔さん。そういえば私、パフェって食べたことないですよ。」
「あれ?そうだっけ?」
言われてみれば先輩たちと食べたことはあってももくと食べた覚えはない。
「食いたいのか?」
「もちろんですとも!人間の女の子が愛してやまないパフェ…。一度でいいから食してみたいですわ。」
「まぁ、そこまで言うなら食わしてやるよ。電車で隣街までいけば大きなショッピングセンターがあるし。今度行こうぜ。」
「ええ!久しぶりのデートですわね!
じゃ、食べ終わったら支度しないといけませんわね。」
…不吉な単語がいきなり連発する。
デート。
前回付き合ってからはじめてのデートの時は山の中で先輩が蜂まみれになった。
付き合う前の前々回ではこの街のショッピングモールを涙ひとつで全壊させて見せた。
もくのデートにはなんかしらの破壊工作が付きまとう。
…しかもすぐに支度?
まさか…
「え…今日行くのか?」
「あら?思い立ったが吉日と言うじゃないですかぁ。当然今日ですよぅ♪」
なんだかえぐいフラグを感じずにはいられなかった。
~三十分前
何事もなく目的地のショッピングセンターに到着。
とりあえずウィンドウショッピングがてらパフェが食えそうな店を探す。
すると窓に張り付いている栗毛を発見。
店員が迷惑そうにしているのでとりあえず剥がしておく。
「あら?トラちゃんじゃないですの?」
どうやらもくの知り合いのようだ。
「アタシ…キミのこと知らないよ?」
前言撤回。初対面か?
「ふふふ~私はなんでもお見通しですわ!」
もくの能力は得体が知れない…。
「この子はトラちゃん。私と同じ人間になった猫ですわ。」
丁寧な説明ありがとう。
「キミ…ダレか知らないけどそればらしたら嫌なの!一(はじめ)ちゃんに会えなくなるの!」
涙をうるうるさせるトラちゃん。
同じ人間化猫でももくとはずいぶん性格が違うことに驚く。
「大丈夫ですわ!大輔さんがパフェをおごってくれますわ!」
ちょっと待て。
「ホント?パフェってイチゴがのってて白くてあまーい食べ物だよね?」
おいおいおいおい
「そうですわ!二人でお腹いっぱい食べましょう!」
「んふーパフェ~♪」
こらこらこらこら
「おい!お前ら!そのパフェ!いったい誰がおごると思ってやがる!こっちにも予算っつーのが…。」
「フェミニストの大輔さんがトラちゃんをほったらかしにするわけないじゃないですかぁ♪」
俺のツッコミ台詞をさえぎってもくが爆弾発言を放つ。
いったいいつ俺はフェミニストになったというのか。
「あのなっ!おま…」
「あーーーーーーーっ!!!!!!」
さらにツッコミを入れようとすると突然トラちゃんが叫びだす。
「うさぎの耳が生えてる人がいるよ!」
なんですと?
トラちゃんの指差す方向を見ると確かにうさぎの耳を生やした黒髪の女の子がいる。
きりっとした顔立ちに似合わずうさ耳がピョコピョコ揺れてかわいらしい。
「ねーなんでうさぎの耳つけてるの?」
気がついたらトラちゃんは謎のうさ耳人間に話しかけていた。
もく同様油断も隙もないことを思い知る。
「これはある日突然生えてきたうさ耳よ。かわいいでしょ?」
にっこり微笑んでトラちゃんに同意を求めるうさ耳人間。
いや、なにか間違ってるから。
普通、生えてこないから。
「会長がこんなところにいるとは思わなかったですわ。私もご挨拶しなきゃ。」
ともくが中途半端な解説をする。
「ちょっと待て、あれは宇宙人じゃなくて何かの会長か?」
もくを捕まえて問い詰める。
「あら、ご存じ無いのですか?うさ耳会長を。とあるふつーの高校の生徒会長さんですわ。」
うさ耳が生えてる時点でふつーじゃないと思うんだが…。
「あら、貴方パフェをおごってくれるそうね。ごちそうになるわ。」
いつのまにかトラちゃんとうさ耳会長がこちらに来ていた。
そして更なる爆弾発言。
「なっ、なんで俺がこいつの分までおごらにゃならんの!?」
声がひっくり返りつつつっこむと…。
「あら、そこにいる黒猫さんが彼はフェミニストでやさしいと生徒会室にまで来て紹介してくれたけど間違い?」
こっちは顔見知りか!
しかもなんかもくと同じ匂いがする。
三人にパフェをおごることからは逃げられないようだ。
とりあえず俺の意に反してパフェをおごる方向性が決定する。
ならなおさら店探さないと…。
「そう言えばトラちゃんは先程何を見てたんですかぁ?」
もくがトラちゃんに話を振る。
それどころじゃないのに…。
「あうー…アタシこれ食べたい。」
は?と思ってトラちゃんが貼り付いていたショーウィンドウを見るとパフェやらクレープやら並んでいる。
灯台もと暗し。
まさかここに甘味処があるとは…。
「さ、行きましょ。」
うさ耳会長が先陣を切りトラちゃんともくを引きずり店にはいる。
放っとくともくがなにするかわからんので店に入らざるを得なかった。
からん♪
軽快な音を鳴らして扉を開ける。
すでに三人は席についてきゃっきゃっ騒いでいる。
ごく自然にもくの隣に陣取る。
「トラちゃんはイチゴサンデー、会長はカプチーノチョコスペシャル、そして私がマンゴーアラモードですね!」
いつのまにかもくが仕切っている。
三人が決まったのなら俺はコーヒーでも飲んどくか…。
「で、大輔さんがタケミカズチパフェ~羅漢の章~ですね!では注文しましょう。」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇええええええ!!!!!!!」
思わず絶叫する。
なんなのその呪文パフェは!?
中身が一切わからない恐怖のメニュー以外の何物でもない!
てか、~羅漢の章~って何?小説やゲームじゃあるまいし!
「至って普通のパフェですよぉ♪」
満面の笑みを浮かべて言い放つもく。
「ま、漢の、漢による、漢のためのパフェだな。」
と淡々と語るうさ耳会長。
そんなむさ苦しいパフェ要りません。
「君、タケミカズチパフェを侮ってはいけない。
これを完食することは真の漢になれることを意味しているのだ。
とくに羅漢の章は最終章であるからこれ以上ない最高の漢になれるのさ。」
ふつーに他人事で解説してくれるうさ耳会長。
甘味処でそんな試練なおさら要りません。
「お待たせしました!イチゴサンデーにカプチーノチョコスペシャルになります。」
いつの間にか商品がやって来る。
うさ耳会長と話してる間にもくが注文していたようだ。
早すぎだろ…。
そして続いてのこり二品もやってきた。
もくのマンゴーアラモードは普通にうまそうだが呪文パフェのこっ…これはっ!!
なぜかゴム手袋をしてウェイトレスが品物を置く。
それだけで、これが危険な一品であることがわかる。
花火がついているのはまだ普通。
だがクリームが赤と紫のマーブルとか有り得んし。
抹茶プリンよりもさらにどきつい緑の物体もグラスの底で蠢(うごめ)いている。
なにより上に乗っている生のウナギらしきうねうねした生き物。
このまま食えと?
「こ…これなんですか…?」
通りすがりのウェイターに訊ねる。
「あ、これ電気ウナギですよ。感電しても死なないと思いますが気を付けてくださいね。」
…
……何故に電気ウナギ?
「君は知らないのだな。タケミカズチとは建御雷之男神(たけみかずちのおのかみ)という紀記神話に出てくる雷の神様の名だ。」
何気にとんでもない設定がとびだしてきた。
呪文パフェは呪文神様の名前のようだ。
…てか雷のパフェってか?
そりゃ、男になれるわけだ…。
覚悟を決めて食すことにする。
ま、俺の金で食う品物だ。
食わないわけにはいくまい。。。
まずは赤と紫のマーブルクリームから食す。
あ、これは案外うまいかもしんない。
微かな酸味に紫の野菜の鮮烈な香り。
上品な甘さの上に見事にハーモニーが描かれる。
しかし、他のメンツの顔はきょとんとしている。
「あ、食べちゃった」
と言いたげに…。
そして二口目を口に入れようとしたその瞬間、雷(イカズチ)が走る。
なっ…!こっ…辛っっっ!!!
そうか…赤は唐辛子の赤だったのか…。
「ハバネロ&紫野菜クリームから食すとは…勇者じゃないか、君。」
うさ耳会長が称えてくれたがハバネロですか…なるほど雷レベルの辛さ!
いまだにヒリヒリしてしゃべれない…。
「はい、お水をどうぞ♪」
もくがお冷やを提供してくれる。
無言で一気にそれを飲み干す。
すると視界がぼやけてきた。
うん…涙が止まらない…。
「さっきぐらすにいれてた緑色のやつ何?」
トラちゃんがもくに訊ねる。
「おろしたてわさびですわ♪」
なるほど涙が止まらない。
いつのまに仕込んでたんだ?
てか、なんでそんなことされなきゃいけないの?
「大丈夫だ。
そこに眠っている緑色のムースはわさび&緑の野菜だ!」
全くもって大丈夫じゃないですから。
うまそうにまっとうなパフェをつつく三人を横目に泣き出したくなってきた。
でろん
そんな擬音語が似合うぶつ切り生電気鰻。
これも食すのか?
他の三人は俺が食べるところをじっと見ている。
これ、何の罰ゲーム?
とりあえずフォークで思いっきり刺してみる。
ぷすっ
…
……
びりびりびりびりびり
普通に感電。
食えるかこんなもん。
でも意地でも食ってこいつらを悔しがらせてやる。
若干目的がずれつつ気合いと根性でかぶりつく。
びりびりびりびりびりびりびりびりびり
全身が携帯のバイブのように振動する。
「ほわぁ食べちゃった…。」
「飾りの電気鰻まで食べるとはなかなかの猛者だな君は。」
トラちゃんがほわっと感心しうさ耳会長がなにげに重要な情報を今ごろ教えてくれる。
「自慢の彼氏ですから!」
もくが胸を張るがこんな事を誇りにするな…。
「お会計5800円になります。」
ウェイトレスがしれっと恐ろしい金額を提示する。
まて、パフェ四つ分の金額じゃねぇ…。
ウェイトレスはそんな俺の気持ちを察したのかこんな事を教えてくれた。
「タケミカズチパフェはスペシャルメニューで四千円なんですよ。他が六百円ずつで5800円です。」
んなあほな…。
灰になっている横で女三人はきゃっきゃっ騒いでいた。
パフェ
それは女の子が愛してやまない甘味。
だが男には試練以外の何者でもない。