うちの学校には有名な会長がいる。文武両道、品行方正、公明正大等といったありとあらゆる美辞麗句を足しても余りある素晴らしい会長で、老若男女問わずの人気は商店街を歩くと立ち止まる人で周囲の時間が止まってしまったよう見えることからも伺える。
そんな素晴らしい会長に、この高校に入学して二度目の夏がやってきた。昨年も会長は会長だったが、異変が現れたのは昨年の秋頃のこと。頭上に最強の可愛さを装備した会長にとって、最初の夏がやってきた。
開け放しているとはいえ、校庭を見渡せる生徒会室の窓は南向きで遮るものがひとつもない。加えて、今日は風もなく穏やかな日といえば聞こえはいいが、炎天下にいるよりもカーテンを閉めただけの室内でこれだけ蒸し暑いとなると、部屋の中は既にサウナ状態だ。
「会長~、別な部屋で作業しませんか?」
「そんなことをしたら、バレるでしょ」
「いやもういいじゃないですか。このままいたら、熱射病で運ばれますって」
「暑いと思うから暑いのよ」
暑いと思わなくても暑いものは暑い、と机に両腕を投げ出した上に顔をのせた会長の頭の長い耳が何よりも物語っている。すっかり左右にしおれた頭の上の白くて長いうさぎ耳には、流石の会長も気が付いているはずだ。そういえば、昨年はまだひとつにまとめた髪を高い位置にまとめ、さらに三つ編みにして、幾分か涼しそうだった。
「今年はポニテにしないんですか?」
俺の問いに対して、会長は顔もあげない。
「…できないのよ…」
普段の自信に満ちた様子からは想像もつかない声音に、俺は怪訝に眉を顰める。
「できない?」
「結ぶと痛いから、」
うさぎの耳になってから会長は「かわいい」の一言で周囲も自分も納得させてきたが、さすがに今日の暑さはどうにも我慢なら無いらしい。
「暑いなら、切ったらどうですか」
「何を馬鹿なこといってるのよ。切ったら痛いじゃないっ」
とんでもない、と顔をあげた会長の耳が今日初めてぴんと天に伸びた。
「そういえば、ひっぱると痛いんでしたっけ」
切られることを想像したのか、引っ張られることを想像したのか、それとも両方か。会長の顔から色が無くなり、今度はうさぎ耳が後ろへと伏せてぷるぷると小刻みに震えている。可愛いが流石に半年以上も見ていると見慣れてしまって、これぐらいのことでは動じなくなった。俺も成長したものだ。
「ポニテにしないまでも、三つ編みとか」
「蒸れるのよ」
「暑いより多少はマシでしょう」
他人事だと思って、と睨みつけてくるが実際に他人事なのだから。俺にはうさぎの耳なんて生えていないし、会長のように髪が長いわけでもないのだから、髪を縛ると痛いだとか蒸れるだとか言われてもさっぱりわからない。
それに、何度も言っているが、うさぎ耳をつけた会長に睨まれても全然怖くない。以前の会長なら別だったように思うが、もうその頃の会長を思い出すのは、夏の蜃気楼をみるように遠い気がする。