うちの会長は内外問わず、かなり人気のある人だ。やることは突拍子もないが、押さえるところは押さえているし、見た目も美人の部類に入る。それだけなら、当たり前に硬派な美人という評価で収まるのだが、彼女には昨年からもうひとつの評価が加わっている。
放課後の生徒会室の扉ががらりと開いてすぐ、俺は頭を抱えたくなった。
「早いねー」
「早いじゃないです」
今日も会長の頭には白くて長いあれがある。硬派な美人に無限の可愛さを装備させてしまった恐ろしくかわいらしい、うさぎの耳が。
会長が少し頭を降ると、ぴるぴると動いて水滴を振り撒いている。
「六限がプールだったんですか」
「だったのよ」
濡れてしっとりとした黒髪を白いタオルで抑えながら、会長は答えてくれた。だが、俺は首をかしげざるを得ない。
「会長のクラスは古典の時間だったと記憶してるんですが」
「そうね」
あっさりと返され、ますますわけがわからない。
首を傾げる俺をみた会長の表情はかすかに微笑んでいるだけだが、頭の上ではひょこひょことうさぎの耳が揺れている。
「君はスドーくんに習ってないんだっけ」
スドーくんというのは古典担当の教師だ。本名はまったく違った「芦原」という名前だが、誰も呼ぶ人がいない謎の教師ーー既婚歴はないらしい。
「今日の古典の時間に虹の話になったのよ。スドーくんが虹は七色じゃないんだっていうから、じゃあ検証してみようかってなったの」
会長が言うには、教室でやるわけにもいかないし、どうせならプールに行こうとなったらしい。なにがどうせなのかわからないが、授業で使っているクラスもあるはずだといったら、あっさりと空いていたと返された。
「今日は快晴とまでは行かないけどイイ天気だったから、スドー君がホースの口を絞って水を上に向かって出すと、そこに小さな虹ができたのよ」
その様子を会長含めたクラスメイトが楽しげに騒ぎながら見ている様子は想像に難くない。たぶんおそらく、会長の頭の上も忙しいことだろう。飛沫を浴びて、ぷるぷると小刻みに震えるうさぎの耳の会長は、と想像して俺は顔を抑えた。
「…そういうわけで、昔の日本では虹は五色だったわけなの」
会長の話が区切れるところで、はっと我に返り、俺は顔を上げる。
「ご、五色ですか?」
しかし、会長は俺のそういう変化は気にしていないらしい。いつものようにマイペースに続ける。
「日本では明らかに緑色の葉っぱを青々としているとか言うように、元来緑と青の境が曖昧なのよ。それに青と藍も同一色として捕らえられることも多いから、五色だったんじゃないのかって」
「ああ、なるほど」
それはいいとして、プールに行ったけれどプールに入ったという話は出ていない。それについて訊ねてみると、会長はあっさりと制服のまま、プールで遊んだと返してきた。そりゃあ、今日は天気も良いし、すぐに乾くかもしれないが、うちの女子の制服の上衣は白の半袖セーラーだ。当然、水を吸えば、透ける。
「予備の制服持ってきておいて、良かったわ~」
別に会長のスタイルについて今更どうこういうつもりはないが、今の会長はただの会長でなく、アイドルなのだ。
「だから、そういうことはやめてください、会長!」
俺の手元で今日もまた可哀相なシャーペンがバキリと圧し折れた。
色々と撃沈。馬鹿らしい話を書きたかったのだけど。水を弾く耳とか濡れた制服の会長とか。
あ、制服は旦那様提供。最近母校の話で盛り上がっていたので。
(私の頃の女子夏服が白セーラーだったので、すごく力説された)
(2009/07/29)
公開
(2009/08/04)