幕末恋風記>> ルート改変:沖田総司>> 元治二年睦月 06章 - 06.2.3#交わらない想い(追加)

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:沖田総司

話名:元治二年睦月 06章 - 06.2.3#交わらない想い(追加)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2010.4.16
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:2568 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
島田1「置き手紙」(裏)

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p.1

 時々、どうしようもなく逃げだしたくなることがある。逃げ出したら、すべてが終わってしまうとわかっているから、私には留まる以外の道がない。

「葉桜さん、どうかしましたか?」
 誰もいない大広間から庭を眺めていた私は、急に背後から声をかけられ、びくりと肩を震わせ、振り返る。そこにいたのはきょとんとした目でぱちぱちと瞬きする沖田だ。いつからいたとか、そんなことはどうでもいい。

「どうかって、別にどうもしないぞ」
 何を言っているんだと私が笑うと、沖田は少しだけ眉をひそめる。

「……また、山南さんですか」
「は?」
「気づいてないんですか?」
 近づいてきた沖田が、私の頬に右手でそっと触れる。私はどうすべきか戸惑い、不満そうな沖田を見つめ返す。撫でる沖田の手は冷たくて、私を見つめる視線は切なく何かを訴える。

「沖田?」
 私が問いかけると、触れていた手を沖田は拳にして、悔しそうな顔を見せる。

「葉桜さんは、」
「私が?」
 沖田は一度目を閉じ、それから急に笑顔を向けてきた。泣きそうな、でも決意のこもった沖田の瞳に、私はやはり首を傾げる。

「なんでもないです。それより、ちょっと僕と出かけませんか」
 私が頷く前に沖田は私の右手首を左手でとり、屯所の外へと連れ出す。逆らうこともできたが、あまりに沖田の様子が普段と違うので、私は逆らわずに付いて行く。昼の喧騒の中をまっすぐに前だけを向いて歩いてゆく沖田は強く手を握っていて、私には少し痛い。

「どこに行くんだ?」
 私の問い掛けにまったく答える気がない沖田を、私は戸惑いながら付いて行く。手を握られているので、逃げることはできないのだけど。

 しばらくして、たまに永倉らと行く飲み屋が連なる通りにかかる。二、三軒向こうの店の戸から、かなり憤慨した様子で出てきた人物に私は目を見張った。

「鈴花ちゃんと、島田?」
 妙な組み合わせに驚いたのは沖田も同じらしく、ようやくその足が止まる。鈴花らも私たちに気づき、足を止めた。

「葉桜さんっ!」
「え、え、な、何?」
 荒々しい足取りで近づいてきた鈴花は、私の前に立って強く潤んだ目で訴える。

「葉桜さんもなんですか?」
「え、何が?」
「……なんでもありませんっ」
 私が首を傾げると、鈴花は強く沖田を睨みつけ、私たちを通り過ぎていった。後を付いていく島田は私を見て、沖田を見た後で、繋がれた手を見る。

「……そこの店には入らない方がいいですよ」
 妙な忠告をして去っていく島田の背中を見送った私は、沖田のくすくすという笑い声で彼を顧みた。

「なんなんだ、あの二人」
「さぁ? それより、こんなところまで連れてきてしまってすいません、葉桜さん。僕、どうしてもあの場所に葉桜さんといたくなかったんです」
 沖田はつないだ手を外し、それを少し高く上げる。少しの間とはいえ、沖田の力で強く掴まれていた私の手首は、赤く鬱血している。申し訳なさそうに触れた沖田の手は、かすかに跳ねる私の震えに一度は触れるのをやめたものの、すぐにまた触れてきた。

「痛い、ですか?」
「そりゃあな」
「……ごめんなさい」
 項垂れる沖田は大きな弟のようで、私は自然と口元が緩んでいた。開いている左手で、私は沖田の頭を撫でる。

「沖田は私のことを思って、連れ出してくれたんだろう。なら、別にいいよ」
「……葉桜さん」
「そうだな、そこのおごりでチャラにしてやる」
 そこと私が指したのは、先程鈴花たちが出てきた店だ。この辺では一番安く飲める店だと知っているし、それにさっきの鈴花たちの様子も気になる。中に何があるのか、誰がいるのか。

 店に向かって歩き出そうとする私を、後ろから沖田が抱き留める。肩口にかかる暖かさと首に触れる髪で、沖田が俯いていると私は思った。

「何故葉桜さんは、そんなに辛い思いをしてまで山南さんに関わろうとするんですか?」
 慰めようと沖田に伸ばした私の手は、そのまま空中に止まる。

「最近の葉桜さんは変ですよ。特に江戸から戻ってきてからずっとーー」
「沖田」
 静かな声で私は沖田の言葉を遮った。言いたいことはわかっているが、ここで話すことじゃないし、私が沖田に話せる話でもない。でも、気にかけてくれる気持ちは嬉しいから。

「ありがとうな」
 私が礼を言うと、沖田は肩に回した腕に力を込める。

「……やめてください。僕はただっ」
「もう少しだけ、そっとしておいてくれないか。これは私の問題だから」
「葉桜、さん」
「私は約束のために新選組にいる。山南さんを、今の山南さんを救えなければ、私はここにいる意味が無いんだ」
 約束ーーこの意味を沖田も近藤らから聞いているはずだから、私はあえて口にする。そして、救う意味を沖田だってわかってくれるはずだと、私は信じている。

「山南さんを助けたいのは、僕だって同じですよっ」
「違う」
「でも、そのために葉桜さんが傷つくのは、僕が、嫌なんですっ!」
 仲間にはこんなに優しいのにな、と今の話とは関係の無いところで私は笑う。敵に対してはあれほど非情だというのに、沖田は私に優しい。その半分でも敵に向けられたら、と私は願わないではいられない。

「なあ、沖田」
「……僕と、約束をしてください」
「私は今回のことがもし山南さんでなく沖田であっても、私は同じことを……できることをするよ」
「そんなことわかってます」
 そうか、と私は穏やかに笑う。

「わかっているなら、好きにさせて欲しい」
「嫌です」
 聞き分けの無い弟だ、と私は私の肩を抱く腕に両腕をかける。

「総司」
 私が名前を呼ぶと、沖田が私を抱く腕が緩む。それを見越している私は卑怯だとわかっているけれど、腕から抜け出し、一歩進んでから振り返る。

「私のことなら心配いらない。それでも心配だと言うのなら、」
 固めを閉じて、私はにやりと笑う。

「時々こうして遊びに出ようか」
 沖田は驚いた顔のままだったけど、少し哀しそうに笑った。

「はい。それで葉桜さんが笑ってくれるなら、僕はいくらでも付き合いますよ」
 じゃあ行こうと私が差し出した手に重ねられた沖田の大きな手は、私の手を包むぐらいに大きくて、でも冷たい。沖田は優しいから、優しい人は手が冷たいのかなと、私は密かに考える。それを見透かす沖田の視線と交わり、私はごまかすように笑う。沖田は哀しそうに目元をゆがめたものの、一緒に笑ってくれた。

あとがき

DS版追加イベントの裏側。
あれであのままもありっちゃありだけど、原作を超えられそうにないので(笑。
沖田のヒロインに対する気持ちは恋愛未満です。
お気に入りの人が哀しそうに笑うのが耐えられない……単なる子供。
わかっているから、ヒロインも焦らない。


ところで、なんでうちの沖田は山南が関わると暴走するのかなー。
(2010/04/16)