幕末恋風記>> ルート改変:沖田総司>> 元治元年睦月 03章 - 03.1.2#天高く上がれ(追加)

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:沖田総司

話名:元治元年睦月 03章 - 03.1.2#天高く上がれ(追加)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2010.1.9
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:2867 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
おまけ「山南の夢」(裏)

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p.1

 手元をくいと引くと、紐を伝わる振動が先へと伝えられ、高い場所でくるりと四角い物体が円を描く。

「おにーちゃん、すごーい」
「はは、そう?」
 子供の歓声に否定を返さず、私はまた紐を引く。今度は上下に大きく波を打つ予定だったが上空で吹く風が凧を煽り、どんどんと地面に近づいてゆく。

「ちっ」
 少し後ろに下がるだけでは追いつかないと判断し、私は走り出す。だけど、周囲の子供達には焦りを悟られないように、私は笑う。

「そらっ、行くぞ!」
 私は走りながら、飛行を修正するが、一度失速した凧を元に戻すにはまだ風が足りない。

「おにーちゃん、がんばってっ」
「あがれ!あがれ!」
 子どもたちの声援を受けて、私の目の前でもう一度高く高く凧が上がってゆく。私は目を細めて、それを子供達と一緒に見守る。

 高い青空に高く高く凧が昇ってゆく。陽と重なって一瞬眩む瞳を私は閉じた。

 その一瞬のことだった。

「わあっ」
 一際大きな横風が吹いて、凧紐を持つ私の手が緩む。

「あーっ!」
 私の手を離れた凧はさらに高く天へと昇ってゆく。この手に使われていては決して届かない高見へと、あっというまに消えゆく姿に私は手を伸ばした。

 どんなに望んでも届かない手のずっと先で凧はすぐに見えなくなってしまって。

「……飛んでっちゃったね」
 残念そうな子供らの声に胸が痛くて、私は握った拳を胸に押し付けたまま、凧の消えた先を見つめる。

 どこまでもどこまでも飛んで言ってしまうことはいつだってわかっているのに、私はいつも苦しくて苦しくて。

「今度は山南先生に作ってもらおう」
 袖を引かれて、私が視線を下へと向けると、子供達はまだ興奮した面持ちで私を見上げていて。

「山南先生なら、きっともっとずーっと大きくて、ずーっと高く飛ぶ凧を作ってくれるよ」
 この子たちは山南の教え子だったかと思い出すと同時に、私の教え子であることも思い出す。

「そうだな、たぶん山南さんなら」
 高い空を見上げ、私は目を細める。久しぶりに上げた凧はひどく不安定で、風に煽られて行く様子が私の不安を煽る。

 これから新選組はどんどん飛躍してゆくというのに、私はどんどん不安が増してゆく。私に本当に少女との約束を果たすことが出来るのか、新選組の彼らを救うことが出来るのか。まだ分からない不安で、私の心は揺れる。

 子供らを帰した後で、私は凧を見失った方向へと足を進める。私も凧が無事な姿を望んでいたわけではないから焦ることなく、散歩と同じく軽く草を踏み分ける旋律に鼻唄を合わせながら歩く。

「ふーんふーんんーふーふーん」
 童歌を教えてくれたのは今は亡き母で、いつまでも少女のままみたいな人だった。

「葉桜ちゃん、ほらほら」
 私がまだ幼い頃、言葉らしい言葉を話さない私と母は根気強く遊んでくれた。母は自分が遊びたかっただけかもしれないけど、言葉にこそしなかったが私も母と遊ぶのは好きだったし、楽しかった。

 ぱきりと私ではない者が小枝を踏む音がして、私は足を止めて、音を顧みる。相手は私の視線に怯むこともなく、真っすぐに私に近寄ってきて、目の前に立ち止まった。

「葉桜さん、僕もご一緒して宜しいですか」
「どうぞー」
 私の手を迷わず取った沖田の手は、私よりも大きくて力強い。手を引かれながら、私は逆らわずに足を進める。

 空は高く青くて、陽射しはまだ強くて、私たちの首筋をすり抜ける風は涼しい。

「近くに水辺があるな」
「ええ、そうですね」
 何が可笑しいのか、沖田は私と歩きだしてからずっとクスクス笑っている。

「今日はどこまで行く予定ですか?」
 沖田の問いに返しかけた言葉を私は引っ込め、足を止めた。自然に沖田と繋いだ手が離れたことに私は少し驚いたけど、それを隠して私は笑う。

「あ」
 急に沖田が走り出し、少し離れた場所で何かを拾いあげる。それは確かにさっき飛んでいってしまった凧で、見付かったという安堵で自分の頬が緩むのを私は感じた。

「ありましたよ、葉桜さん」
 沖田の台詞は、私が子供と遊んでいたのを最初から見ていたと言っている。私は笑いながら、沖田に歩み寄った。

「沖田はなんで出て来なかった?」
 一緒に遊ぶつもりだったのだろうと私が言うと、沖田は眉尻を下げて笑う。

「邪魔を」
「ん?」
「必死になっている葉桜さんの邪魔をしてしまうかと」
 珍しいことを考えている沖田に、私は目を丸くする。普段の沖田はあまり考えずに人を振り回している風だから、私は本当に驚いた。

「どうしたんだ?」
 私の問いに答えることなく、沖田は凧の紐の先を持って走り出す。仕方なく、私は凧を持ち、少しだけ走ってすぐに手放した。

 凧が上がるのを見送って、沖田のもとへと私はゆっくり歩み寄る。私が来るのを待って、凧から目を離さないままに沖田が言う。

「何を必死になっていたんですか?」
 どきりと、私の心が震えた。

「別に、必死なわけじゃないさ」
「あの夜からずっと、葉桜さんは凍ったまま」
 沖田から目を反らし、私は凧へと視線を向ける。紐が一瞬緩み、さっきよりも遠くへと飛んで行く。

「芹沢さんでなければいけませんか?」
 背後から私を包む腕に抵抗せず、私は静かに両目を閉じる。思わぬ相手からその名を聞いてしまったから、私は体の震えが止まらない。

「何故、沖田が気にするの」
「気にしてはいけませんか」
「ああ」
 沖田の腕に力が入り、少し私は苦しくなる。

「……沖田が気にかけることじゃないよ。これは私の、私自身の問題だから」
 私が両手を沖田の腕にかけると、更に力が込められて苦しい。

「僕は頼りにならなくても」
「沖田?」
「せめて、近藤さんや土方さんは頼ってください。ーー仲間なんですから」
 不覚にも、私の頬を雫が流れた。

 私にはどう考えても不審な点は多いのに、それでも新選組の者らは私を仲間と言ってくれる。それは嬉しい反面、私を強く苛む。

 すべてを、近藤らに話して楽になりたいと、私だって考えることがある。「約束」で話せない、そのこと自体に私は自分で甘えてしまっている気がするのだ。

「仲間、か」
「はい」
 すぐさま沖田から即答が帰ってきて、それを笑いかけた私はすぐさま顔を上げた。

 仲間なのだと信じていても、いつかは沖田だって私の敵になるかもしれない。そうしたら、沖田はきっと私を斬ってくれるだろう。私がそうしたように。

「な、沖田」
「なんですか、葉桜さん」
 するりと沖田の腕の中から抜けた私は、一間離れて、沖田と向かい合う。

「約束を、しようか」
 笑いを含んだ私の声は滑稽で。

「もしも私が裏切ったら、沖田が私を斬ってくれ」
 さっき子供らと揚げた凧を操るように、私は新選組の近藤らを救うためならば、敵になることも厭わない。それが、救いとなるならば、私は喜んで敵となり、憎まれる道を選ぼう。

「葉桜、さん」
 驚いたように両目を見開いていた沖田は少しだけ逡巡し、首を縦に振った。

「僕でいいのなら」
「沖田がいい。沖田はーー迷わないから」
 時に冷酷無邪気な殺戮者とも評される沖田は、ただの青年のように眉尻を下げて、困った様子で笑った。

あとがき

凧を使った話。
予定より、なんだか重くなった気がします。
(2010/01/09)