シリウス・ブラック>> Instrumental>> あいらいく

書名:シリウス・ブラック
章名:Instrumental

話名:あいらいく


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.2.25
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:8535 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 6 枚
デフォルト名:///トキワ/ミコト
1)
言葉シリーズ3

前話「いつもどおり」へ p.1 へ (シリウス視点) (ミコト視点) あとがきへ 次話「ちいさきもの」へ

<< シリウス・ブラック<< Instrumental<< あいらいく

p.1

 図書室は本を読む場所である。

「な、その本終った?」
 手元で今閉じたばかりの本を指す白く長い指。

「貸して」
 私は何も言わずに手渡して、また一冊を手に取り、ページを探して、羊皮紙に書き留める。

 今やっているのは天文学のレポートだ。提出期限までまだ二日は時間もあるが、私は先にやってしまうことにしている。星の授業はあまり得意というほどでもない。見ているだけで綺麗なのだから、それでいいじゃないかと思うけど、そうもいかないのが授業というわけである。今回みたいに羊皮紙2巻も出されると、かなり苦痛だ。だから、先にやってしまおうという魂胆もある。

 視線を感じて顔をあげると、シリウスと目が合った。灰色の瞳のシリウスは瞳の中に輝きを飼っている。彼だけのもつ恒星を飼っている。それは最近少しだけ優しく私を照らしている。

「なに?」
 声をかけられて見惚れていたことに気がついて、慌てて視線を下げる。彼はとかく綺麗という表現が似合う人なのだ。カッコイイでも良い。たぶんあの夜に会った人達といる時は可愛いも似合うだろう。すごく、怒りそうだけど。

 下げた視線は自然に彼の羊皮紙に映る。もう乾かしているだけのソレに。

 終っているのにどうして、ここにいるのだろう。どうみても大人しく本を読んでいるようなタイプに見えないのに。

「ミコト?」
 それは、つまり終っていない私に付き合ってくれているということなのだろうか。その考えはひどく的を射ているような気がする。彼は悪戯もするし、授業もサボるけど、クィディッチの選手らしいし、学年中じゃ良い成績をとっている。私は、すべてにおいて、実力を出していないからわからないけど、そう大した成績でもない。ここには魔法力の強い人がそれこそ星の数以上にいるのだ。

 私は一人では輝くことも出来ない、小さな石。

「…なんでも、ありません…」
 席を立って、数冊の本を持って本棚へ向かおうとすると、シリウスが本を取り上げた。

「届かないだろ」
 そういえば、ほとんど取ってもらったのだ。

「重いしな」
 ミコトの腕じゃすぐに疲れるだろうし、と笑う。どんな顔をしても、どんなことをしても様になるっていうのは、羨ましいと思う。誰からも好かれるって、どんな感じかな。

 慣れたように本を戻してゆくシリウスの横で、私は他に参考になりそうなのはないかと、居並ぶ無言の背表紙を見つめる。黒に金字で書かれたもの、紺に銀で書かれたもの、深い緑に銀で書かれてあるもの、どれも参考になりそうで、どれがレポートの役に立つかわからない。しかもここに立つのは本日2度目だ。考え込んでいる私と本棚の間に一冊の分厚い本が差し出された。

「これ使えよ」
 命令形ですか。

 彼と話すようになって、何度となく一緒にレポートをやるうちにわかったのだが、彼が紹介してくれる本はどれもその時のレポートにとても役立つものばかりだ。本に夢中になって、肝心のレポートをやり忘れかけてしまう私にはありがたくもある。

 ただ、手に取ろうとすると。

「礼は?」
「…シリウス…」
 絶対に名前を呼ばせられる。私としては、名前を呼ぶだけでも強い力があるとわかっているので、できるだけ呼びたくはないのだが、それでも呼んでほしいという。

 そして、決まって。

 キスをするのだ。

 半ば儀式のようになっているそれにも、私は慣れない。触れられるだけで、まだ震える。他人になにをしてしまうかわからない己に恐怖する。

「そうじゃ、ない」
 触れる寸前で、間近に声が震える。いつもと違う。

「…?」
「俺のこと、本当はどう思ってるんだ?」
 目を開いたら、真剣なあの星を宿した瞳を見てしまいそうで開けられない。

「ここ、図書室…」
「場所は関係ない。好きなのか嫌いなのか聞いてるんだ」
 静かな憤りがぶつかってきて、肩を本棚に打ちつけられる痛さで、目を開いていた。とたんに星が、飛びこんでくる。真剣な星が。

「それ、は…!?」
 いつもと同じように続けようとした口を塞がれる。いつもの触れるだけの優しいものでなく、強引に歯を割って口の中に入りこんでくる。強く深く、私の感情までも貪られる。

 シリウスはどこにいても、かならず来てくれる。誰も近寄らない場所にいても来て、そして、言う。「好きだから、名前を呼んで」と。

 私の力については、一度話した。初めてあったその日に、力を使い。初めてあったその日に、迎えてくれた。

 それから毎日言うのだ。

「ミコトは俺のことどう思ってる?」
 もちろん、私に答えられる言葉はない。常人でさえ、力を持ってしまうそれを、使うわけにはいかない。特に、シリウスには。

 言葉の力を使って、好きだといわれるなら、いっそ嫌われてしまう方が、いや、死んでしまう方がマシだ。

 だから、こう返す。

「シリウスと同じ気持ち」
 同じ気持ちがあるとは思わない。でも、シリウスが思っている以上に、私はシリウスが大切。力で縛りたくない、くらいに。

 執拗に追いかけまわすソレが離れる頃には、身体中の自由さえも私は奪われていた。

「これでもまだ、同じなんていうのか?」
 怒っていた。今までで一番、取り返しがきかないくらいに怒っていた。

「一度で良い。本当の気持ちを、教えろ…っ」
 間近でこんなことを言われて、普通の小説なんかのヒロインはきっと顔を真っ赤にするんだろうけど、私の血はどちらへいっていいのかわからないようにオロオロとしている気がした。ただわかるのは半分は凍りついてしまったということだ。

 わかっているのだろうか。わかっていないのだろうか。それは私達の間に一枚のすりガラスを置いてしまう言葉だということに。

 嫌いとは言えない。嘘でも言えない。だって、私はシリウスに救われた。だから、あなたなしではもう世界には絶望しか残らない。

 好きとは言えない。好きだから言えない。自由なシリウスを縛り付けたくはないから。好きという言葉ひとつで、あなたを閉じ込めたくないから。

 でも、答えなくても、離れていってしまうのだとわかる。もう、終りなのだ。

「どうして、そんなことをいうの?」
 一度ハッとした表情を見せ、すぐにそれは曇り空へと変化する。歯を食いしばる。そんな動作さえ、どうして私は美しいと感じてしまうんだろう。

「ずるいよ、ミコトは」
 手を離されると、もう私には立つ力は残っていなかった。終った。終ってしまったのだ。全部、なくなってしまった。

 一度幸福を手にしてしまうと、無くしてしまう時、何もなかった時よりもより大きな悲しみを伴うのだという。望み過ぎたのかもしれない。永遠というカタチのない運命を信じすぎてしまった。

 俯いた視界に日焼け色した冷たい床が広がっている。濃いケヤキ色の本棚の影は、ゆるりとその影を揺らす。一瞬みえた人の影に顔をあげるけれど、誰もいない。

 また、誰もいなくなってしまった。

 これでいいんだ。これで。元に、戻っただけだ。

あはは。馬鹿だね
 乾いた声が聞こえて、私は後ろの本棚を振りかえった。変わらない本の並び、でも誰かがいられるスペースなどない。本の向こうにも人影はない。

本当に元に戻ったって思ってるんだ
声で縛りつけてしまうというのなら、声を無くしてしまえばいい
簡単なことだよ
 簡単なこと。

 とても簡単だよ。

 靄がかっていく意識の中で、ぼんやりと一冊の本を取り出す私がいた。黒い表紙の冷たい本だった。



p.2

(シリウス視点)



「馬鹿だね」
「シリウスがそこまで馬鹿だとはね」
「救いようがない」
 容赦なく言い連ねる親友たちの前で、苦いコーヒーを飲みこむ。

「わかってるよ、んなことは!」
 きかせろっつーから、言ったのに。これだ。

 どうしようもなく苛ついている原因は、全部、ミコトのせいだ。やっとつかまえたと思ったのに、彼女はまだ硬質な殻に包まれていて、触れることが叶わない。

「僕たちに当たらないでほしーなぁ」
「自業自得なのに」
 わかってんだ。本当に。彼女は話すことを、言葉のすべてを恐れている。力があるのだと、聞いた。でも、そんなのはホグワーツの学生全部に言えることであって、些細なこと。

「嫌われたかな…」
「かもね」
「普通はそこまでされたらね」
 はっきりと返されて、グサグサと突き刺さる言葉に傷ついた。

「でも、本当に嫌いならもっと本気で逃げるだろうね」
 それは思っていた。自惚れかもしれないけど、ミコトは俺を避けることはしない。たまに目があっても、逸らさないで切り出したばかりの黒曜石みたいな瞳で見つめ返してくれる。その奥にあるのは、たしかに心許されているような気がして、嬉しい。

「流石に今回はマズイかもしれないけど」
 リーマスの台詞で浮上しかけた俺を、一言でたたき落したのはジェームズだ。

「シリウス、君、きっと地雷踏んだよ」
「は?」
「ミコトにとっていっちゃいけないことをいったんじゃないかな?」
 いってはいけないこと? 本当の気持ちを聞くことが?

「それがわからないなら、君は本当の馬鹿だよ」
 言っておいて、ジェームズは俺に背を向けて羊皮紙に向かってしまった。リーマスもピーターも課題をやるのに忙しい。

 後は自分で考えろってことか。

「…くっそ、わかんねー…」
 なんだよ。好きか嫌いか言うだけだろ。それがなんで地雷だよ。

 思い出すのは、泣きそうになりながらも潤まない、辛いミコトの表情。辛いのは俺の方だってのに。

 声を聞きたくて、なんども呼ばせ。俺の気持ちを届けたくて、何度も触れた。ただ彼女は透明な美しさを持っていて、触れる以上のことは出来なかった。拒絶されたことはない。ただ瞳を閉じて、受け入れてくれる。震えてはいたけど。本当にイヤなら、逃げればいい。その道はいつも置いておいた。きっと追い掛けて、捕まえただろうけど。

 たぶん、ミコトは俺が好きだ。絶対の確信はしている。ただあの声で、あの柔らかな口で、教えてほしかっただけだ。

 好き、と。たった一言が聞きたいだけなのに。

「シリウス、レポートは?」
「終った」
 ミコトとやってると、あっというまに終ってしまう。だからこそ、今、こんなにゆっくりしてられんだけど。

「じゃぁ談話室にでも行ってろ」
「やだね」
 天井の染みさえも、ミコトの顔に見えてくる。

「はぁ~…馬鹿だよ、ホント」
「君ならもっと言い寄ってくる女の子がいるだろ?」
「毎日お菓子持ってきてくれる女の子とか」
「迫ってくる上級生だとか」
「泣きながら告白してくる子だとか」
「カワイイ子はみーんな」



「ミコトがいい」



 ぶつぶつ言い出す彼らに一言云うと、ため息だけが返ってきた。

 他の女なんかどうだっていい。ただミコトだけが欲しい。ミコトの心が欲しい。

「好きだって言ってくれなくても?」
「ミコトがいい」
 今度のため息はすぐ近くで聞こえた。続いて、急に目の前が白くなって、暗くなった。

「~!?」
「馬鹿だよ、本当に。本当にわからないのかい?」
「僕だってわかるのにね」
「彼女の力の意味、わかってる?」
 押し当てられる枕を何とか外す。

「殺す気か!?」
「馬鹿は死ななきゃ治らない」
 おいおい。

「で、ミコトの力のこと、ちゃんとわかってるのかい?」
「わかってるよ」
「…わかってないね。もういっかい死んでみる?」
 枕を持って近寄ってきたリーマスは本気でやりそうな気がして、彼らから1メートル下がる。

「ま、まて。話せばわかる」
「わかってないから言ってるんじゃないか」
「どうしてシリウスはミコトが好きなの?」
 どうして、だと?

「んなの、理由なんかあるか。ミコトだから好きにき、きま…っ」
 ふたりがニヤニヤとわらっているのをみて、壁際にまた近づく。

「どこを?」
「そ、んなの、おまえら、に、いうこと、じゃ…」
「言わないとまた…」
「ま、まて! えーと、アレだ! 声、と顔!!」
「君ねぇ、いうにことかいて、ソレ?」
「それはいっつも君の周りの女の子が言ってることじゃないか」
「え?」
「それもきいてなかったのか?」
 そうだったのか…。おれって、顔と声でもててたのか。い、いや、成績優秀で家柄もいいし、それも…。

「でも好きって言われて、悪い気はしないだろ?」
「そりゃー…まぁ」
 嫌いといわれるよりも、好きといわれる方がいいに決まってる。

「それで、ミコトには言葉に力がある」
「は?」
「好きとか嫌いとか、それはそれだけで誰もが力を持たせることができるんだ」
「それを普通より言葉に強い力を込められるミコトが使ったらどうなると思う」
 もっと好きになる…?

「…どうしよう、ジェームズ。やっぱり一度殺した方が…」
「まて。なんかわかりそうだから!」
 それだけなら、別にあんなに悩まないだろう。ミコトが恐れているのは、その人の意思を無視してしまうことだ。人形のように、動かしてしまうことだ。

「わかったみたいだね」
「ほんとかなぁ」
「いいよ。僕等はレポートやるのに忙しい」
 ミコトが好きと言うと、その人が本当に好きになってしまう。それが意思に関係なく行われると恐れてるんだ。

「あいつ、馬鹿だ…っ」
「シリウスと良い勝負だよね」
「うっせぇ」
 馬鹿だよ、ミコト。俺はとっくにミコトに捕われてる。これ以上、ミコトを好きになれないぐらい、恋焦がれてる。今更、操られるまでもない。むしろその言葉で縛られてしまう方がよっぽどいい。

 そこまで考えて気がついた。

 これは、危険だ。つまり、ミコトが好きだっていえば、全員が全員、ミコトに惚れるってことじゃねーか。俺以外に言わないように言っておかねーと!

 ベッドから勢いよく起き上がろうとして、やっと俺は気がついた。

「声が、聞こえない…?」
 今まで、どこにいても聞こえていたミコトの声が聞こえなくなっているのだ。あの不思議な音律が、今、どこからも聞こえない。



 いつから、聞こえなくなった。



「シリウス、どうしたんだい?」
「ミコトに何かあったかもしれない!」
 杖だけひっつかんで、ベルトに挟む。

 なにも音がしない。あんだけ綺麗に聞こえていた音律はどこにもない。それはつまり、彼女になにかあったということだ。眠っていても聞こえていた音さえもない。

「待て! どこにいるのか、わかってるのか?」
「いや、わかんねぇけど。でも!」
「闇雲に探し回るより、こっちのが早い」
 リーマスが俺の腕をおさえている間に、ジェームズが羊皮紙を取り出して、杖で叩く。開かれる中にあらわれるホグワーツ城全体図。

「いた。地下だ」
「あれ? ここって…魔法薬学の教室、だよね?」
 掴まれた腕を振り払って、走り出す。おかしい。何かが。

 ミコトの声が聞こえなくなったのは、いつだ。



p.3

(ミコト視点)



 白い天井、揺れるわずかに黄みがかるカーテン。わずかな翳りが、濃くなり、黒く彼の姿を形作る。

「ミコト!?」
 怒っている声ではなかった。心底、心配している。私なんか、心配してもなんにもならないのに。それよりももっと貴方はやることも多いでしょうに。

「おまえ、なに、何やってたんだよ! ミコトに死なれたら、俺…」
 カーテンが揺れて、誰かが出ていく。他にも人がいたらしいのに、気をきかせてなのか2人きりにしてくれたのだ。

「…死ぬ、つもりは、ない…」
 いつもよりも数段掠れていたけれど、その声音は確かに自分の物だった。失われることのない、私の声。この声を無くしてしまうことは私には怖い。

「じゃあ、何を作っていたんだ?」
 頭がはっきりしない。ぼんやりして、あの、図書室で別れてから時間が経っている気はするのに、何をしていたのかぼんやりと霞みがかってわからない。

「…わからない…」
「わからないはずないだろう!?」
 最後に聞いていたのは声。シリウスの物ではない、少年のからかう声。赤い瞳を持つ男の甘い誘いの声。

「声が、なくなれば」
「…ミコト?」
「声が、なくなれば、シリウスが私を…」
 まただ。また、続けられない。

「俺が、何?」
「…私は、自殺は出来ない。そう、決められてる…」
 すべての音をぼんやりと聞きながら、私はもうひとつの声を鮮明に思い出していた。

「自らを殺すことはできないよ」
 私の一番近くにいた、寂しい瞳をした、言葉使い。まだ、力が発言していなかった頃のことだ。

「ミコトは、生きて天命を全うしなければならない」
 どくんと自分の鼓動が耳元で脈打つ。

 生きなければいけない。何があっても。自分を殺してはいけない。

 明確な意思を持って、言ったのだ。そして、その言葉は確かに私の中に息づいている。

「じゃあ、なんであんな薬を飲んだ?」
 ため息と共に聞かれる内容自体が、わからない。

「…私は、何をした…?」
 ぼんやしとした思考を、自分の行動の記憶を辿ろうとすると、すべてに霞みがかかってわからなくなる。この霧を晴らさなければ、なにもわからない。

「…ミコト?」
 すべてが邪魔だ。わからないということが、焦燥を募らせる。霧の中に誰かの影と、誰かの笑い声がある。高く低くずっと笑い続けている。

「…覚えて…」
「私の、 邪魔を、するなっ!
 明確な自分の声と共に、ベッドを起きあがる。舌打ちを残して、まとわりついていた霧が晴れてゆくのがわかった。

 あぁ。なんだ。

「ミコト!?なんだよ、急に…っ」
「ごめん。シリウス。ごめん、貴方に、貴方たちに言ったんじゃない」
 私の大声に驚いて、カーテンを開けて飛びこんできた面々に言った。心臓がドキドキする。ぼんやりとしていた景色も徐々に晴れて、完全な私が、戻る。

「ミコト、どうしたの?」
「シリウスが何かやった、ってわけじゃないんだね?」
「あたりまえよ」
「じゃあ一体何に…誰に言ったんだい?」
 口々に聞きながら、笑いがこみあげてくる。なんだ。そういうことだ。

「…ミコト?」
「もしかして…」
「笑ってる!?」
 肩を震わせる私を不思議なように見ている彼らがやはり滑稽に見えて、笑いが収まらない。

「わかった。わかったの。そう。そうだったんだわ」
「ちょっと、ミコト!?」
「頭、大丈夫かい?」
 リリーが握ってくる手に少し怯えたけど、やはりこのこみ上げる笑いは止まらなくて、私は思わず握り返している。驚いているリリーの目は当然ながら、呆然としていて、やっぱり私は笑っていて。

「ええ、もう完全にクリアになったわ。ごめんなさいね?」
 完全に霧が晴れて、何が、誰が私に罠をかけようとしたのかがわかってしまった。記憶に鮮明に蘇る赤い本。書いてある持ち主の名前は Tom Marvolo Riddle とある。こんな簡単な言葉遊びがわからない私じゃない。並べ替えて出来るのは Lord Voldemort 。闇の帝王の名前だ。

「もう、大丈夫よ。大丈夫なの。心配させちゃった、ごめんなさいね」
 ベッドを出ようと動きかける私を、シリウスが急いで制する。両肩を抑えて、むりやりベッドに寝かしつけられてしまって、身動きが取れない。それに、少し押し倒されている気がして、図書館のことを思い出してしまう。血液が全部騒ぎ出しそうだ。

「おまえ、やっぱりわかってないだろ!?」
「わかってるわよ」
「じゃあ何飲んだかぐらい」
「飲んでないわよ」
 思い出すのは、私を操って何かを飲ませようとしていたリドル。でも、私は飲まなかった。正確には飲めなかった。それこそ、言葉の力のおかげで。今まで疎んじてきたこの力のおかげで。

「私は、自らを殺すことが出来ない。そういう魔法をかけられてる」
 術に操られる身体でも、言葉の魔法は強すぎて聞かなかった。なによりも、それは母の言葉だったから。

「どうして倒れたのかはしらない。でも、彼は私に飲ませることは出来なかった。それだけは言える」
 彼!?と詰め寄ってくるシリウスにまた苦笑する。

 こんなに笑うのは何年ぶりだろう。誰かの前で笑えるなんて、そんな日がくるなんて。

「シリウスと、話したい」
 そういうとみんな不思議そうにしながらも二人だけにしてくれた。

「答えが出たわ」
「なんだよ?」
「別れる前の図書室のこと、覚えてる?」
 決まり悪げに顔を赤くして、あーとかうーとかいって謝りかけるのを止める。

「悪かったわ。説明しないのに、わかるわけがないのよね。でも、伝える方法、あった」
 束縛をしないで、貴方にこの気持ちを伝える方法。

 起きあがろうとすると制されるので、手招きして漆黒の髪に触れながら囁く。

「私はシリウスが好き。でも、シリウスはシリウスのままでいて。私の言葉に捕われないで」
  言葉は魔法。

  言葉は力。

  言葉は…手段。

 私の言葉に束縛されない、自ら光を放つ恒星でいてください。自分の意思で。

「最初に言ったろ? 俺は俺の意思でミコトを好きになったんだ」
 誰に言われたわけでなく、自分の意思で。

「俺を好きでいてくれるか?」
 甘く溶ける罠に落ちていく。大好きな人に魔法をかけられるなら、私はそれでいいと思った。

「はい…」
 肯くだけでなく、言葉で。私を捕らえておいて。

あとがき

前半がついうっかり消しちゃって書き直した部分。
中盤が書き直してから付け足した蛇足部分。
……UPしないほうが良かったろうか…?
話に事件性を持たせない方がよかったでしょうか。
リドルさんをちゃんと出した方がよかったでしょうか。
この主人公に言わせたい台詞があるんで、まだまだ続きそう。
今回も言ってくれなかった…っ
(2003/02/25)