(才谷視点)
わしの姉さんも強い人だが、葉桜さんもまた強い人だ。昏倒した男たちの中で一人凛と立ち、刀を仕舞ってから、わしを振り返り、葉桜さんは疲れも見せずに笑う。その姿は誰が見ても強いの一言に尽きる。
葉桜さんが相手取っていたのは、わしから見ても弱くはない。だが、一刀も掠らせることなく全員を昏倒させる葉桜さんは、生半可な強さではない。流石新選組、と言いたいところだが、わしは葉桜さんが以前から刀を振るう姿を知っているから、それが新選組であるということに留まらないことも知っている。
それほどに強くなった理由を聞いたことはないが、剣を奮う理由に察しはつく。葉桜さんの剣はわしの姉さんと同じ、護るために奮われるから。
「いい天気だね、梅さん」
「ええ、しょうまっこといい天気やき」
わしが近づく前に、葉桜さんからわしに近づいてくるのは、彼女なりの配慮だろう。どこでかは知らないが、葉桜さんはわしの正体を知っているから、危害が及ばないようにと。
「この先に旨い団子屋があるんだ。一緒に行かないか」
わしの返答も聞かずに先に歩き出す葉桜さんの後を追いかける。葉桜さんに並んだわしは、すぐに左手で彼女の右手を取った。葉桜さんは少し驚いた顔を見せたが、嫌がるどころか嬉しそうに微笑む。
「子供みたい」
「じゃー、こうしたらどうなが」
指を絡めるようにわしが組み直すと、葉桜さんは戸惑うように笑う。
「どうもなにも、これじゃ困る」
「なんちゃーじゃめぇることはないきねよ」
わしが言うことに戸惑い、葉桜さんは笑みを収めた。
「これじゃ、いざという時に梅さんを守れないじゃないか」
葉桜さんは至極真剣な顔で、まっすぐにわしを見る。そして、目を見たまま逃れようとする葉桜さんを、わしはつないだ手を引いて、引き寄せた。簡単にわしの胸に落ちた葉桜さんの体は傍から見ているよりもずっと軽く、柔らかい。男装をしていてもやはり葉桜さんは女なのだと、こうするとわかりやすいが大抵は簡単に落ちてくれない。
今葉桜さんがこうしてくれるのは周囲に人がいないせいと、おそらくきっと。
「何かへちゅうか」
わしの腕の中で葉桜さんの体がかすかに跳ねた。
「やっぱり、梅さんにはわかるかぁ」
それから何か話すかと思いきや、葉桜さんはするりとわしの腕から抜け出る。しっかりと捕まえたはずなのに、葉桜さんは簡単にわしから逃げてしまう。葉桜さんはいつも、誰にでもこうだ。
「往来でする話じゃないから、場所を変えよう」
手をつないだまま、葉桜さんは歩き出す。わしが戸惑うほどに、上機嫌だ。
連れてこられた場所は葉桜さんお気に入りだという壬生寺だったが。
「葉桜先生だーっ」
「葉桜せんせー、あそぼーっ」
境内に入った途端、先に遊んでいた子供たちに取り囲まれてしまった。これでは葉桜さんは遊びに行ってしまうんじゃないかと思っていたが、葉桜さんは小さく首をふる。
「おまえら、塾が終わったらまっすぐに帰る約束でしょー? こんなところでなんで遊んでるの」
子供たちを諌め、文句を言う彼らを境内から送り出すまでに、葉桜さんはそれほど時間をかけなかった。確かに既に夕刻だが、わしが空を見ても、それほど遅い時間じゃない。まだ日は高いのに送り出した葉桜さんは子供の背中を見送って、二人きりになってから寂しそうに言った。
「梅さん、私は強いのか?」
ひどく弱々しい声音で、自信なさそうに葉桜さんは呟く。
「塾に来ている子供に言われたんだ。私は強いって」
葉桜さんが体ごとわしを振り返り、綺麗な黒目でまっすぐに見つめてくる。
「梅さんから見てどうだ? 私は強いか?」
剣の腕と言うだけならば、葉桜さんは確かに強い女だと思う。だが、わしが思うとおりなら、葉桜さんはわしの知る誰よりも弱い。どちらも葉桜さんであることは間違いないが、それをどう伝えたら良いか、わしにはわからない。
境内に上がってすぐ、離された葉桜さんの右手を、わしは今度も左手で掴む。
「わしから見れば、葉桜さんはまったいぜよ。まっこと、まったい」
引き寄せると、葉桜さんは簡単にわしの胸に落ちる。
「わしは葉桜さんばあ強い女性も知りやーせん。やけど、同時に葉桜さんばあにまったい女性も知りやーせん」
至近距離、わしを見上げる葉桜さんは困惑した顔で今にも泣きそうだ。上目遣いになると葉桜さんは急に女らしさを取り戻すことを、自分で知っているだろうか。
「わしがゆうちゅう意味がわかるかね」
葉桜さんの首がかすかに傾げる。
「わからない、よ。まったいって、何だ?」
「あぁ、そうじゃったか。まったいは、弱いという意味やか」
ますます葉桜さんの眉根が寄せられる。
「梅さんにとって、強さってなんだ?」
葉桜さんの視線がわしの胸に落ちる。
「私にとって強さは、守るための強さだ。でも、守るってなんだ? ただ命を救うだけが守ることじゃないだろう。でも、私にはそれ以外にできることがない。どうやったら、あの人を守れるのかわからないんだ」
うつむいた葉桜さんの顔は見えないけれど、肩がかすかに震えているのがわかって、わしはそっとその肩を引き寄せた。
「そばにいること、それだけで今救えるわけない。山南さんの気持ちに答えたとしても、私にはそれが逃げることにしか思えないんだ。そして、たぶんきっと、それを山南さんも知っている。だから、無理に私を追い詰めたりしないんだ」
葉桜さんが零す名前を聞いて、わしはすぐに合点がゆく。いつから知っているのかまではわからないが、やはり少なくとも今は葉桜さんは山南さんを助けるために新選組にいるのだと。
「生きて、ほしいんだ。あの人には生きて、幸せになって欲しい。今のままの時を続けて、ずっとーー」
今のままというと、ずっと山南塾を続けてという意味だろう。だが、山南さんが子供たちに教えている講義の内容は、すでに新選組の方針とは異なっていると葉桜さんも気がついている。だからこそ、悩んでいるのだろう。
「どうして応えられんなが。山南さんは葉桜さんを待っちゅうがよ」
葉桜さんの様子から、彼女自身も山南さんを好いているのがわしにもわかる。山南さんだって、もうかなり前から葉桜さんを好きなはずだ。好き合う二人の間には何も障害などないはずなのに、葉桜さんは頑なに首をふる。
「私じゃ、駄目なんだ」
「どうしてなが」
両腕をつっぱった葉桜さんがわしから離れてゆく。うつむいた顔は泣いてはいないが、ひどく強ばっている。
「約束が、あるから」
「約束?」
何かを思い出しているのか、葉桜さんは少しの間強く目を閉じ、次にはいつもの強い目で笑った。だけど、今泣くのを堪えているのは、わしにもわかる。
「梅さん、私は強くないよ。強くないから、足掻いて足掻いて、足掻き続けてる」
「誰もなくしたくないと願うのは、ただの弱さだ。弱いから、私は剣の腕を磨き、誰かを助けずにはいられない」
ひとりになりたくないから、と締めくくった葉桜さんはわしに背を向け、俯いて肩を震わせる。ひどく弱々しい姿だが、差し伸ばそうとする腕が拒まれることをわしは知っている。
「葉桜さんは強いぜよ」
わしがそう言わなければ、葉桜さんは今にも壊れてしまいそうで。
「葉桜さんはちっくと強すぎるから、時々は弱音を吐いてもいいがやないがでか。例えば、目の前の色男の前らぁ」
冗談を交えて言うと、葉桜さんは小さく噴出した。拍子に、葉桜さんの足元に滴が一つ落ちて、染みを作る。
「ははっ、相変わらずの自信過剰だなっ」
顔を上げた葉桜さんはさっきまでの沈んだ空気を払拭し、普段の快活な笑顔をみせてくれる。これが、わしの知っている葉桜さんの姿だ。泣いたまま、立ち止まったまま終わらない。それこそがきっと、葉桜さんの本当の強さ。
「事実ぜよ」
「はははっ、これ以上笑わせるなってっ」
帰ろうかと歩き出す葉桜さんの左手に手を伸ばすと、今度はあっさり避けられてしまって。顔だけ振り返った葉桜さんは、口の両端を上げて、わしをにやりと笑った。
強さ、って考え始めたら止まらなくなって、しばらく考えてました。
本当は梅さんの強さも書きたかったけど、読む人それぞれが考える彼の強さを考え、あえて省略。
(2010/04/28)