うちの学校の会長はとても人気の高い人だ。誰にでも好かれる性格というわけではないが、有言実行で男勝りな凛々しい女性会長なのだ。
特別可愛いとか美人だとか、そういう理由からではないが、人を魅了するカリスマは生来のものだろう。そんな会長だからこそ、俺も一緒に仕事をするのが苦ではないのだ。
だからといって、どこでもというわけではない。
「おーい、何してるの。早く来なさい」
そういって俺を呼ぶのは俺が尊敬する会長その人で、普段は降ろしっぱなしの背中の中程まである黒髪を、丁寧に一つの三つ編みに結わえてある。普段からそうしていてくれれば、俺の苦労もへるのだが、会長の一番の問題は頭髪が風紀に違反するとかそういったことじゃない。
「何してるって、俺の台詞です」
「私の台詞で合ってるわよ」
何言ってるのと笑う会長は水に全身浸かったまま、頭の上のもので水をぴるぴると弾いて笑う。頭の上の、不自然なほどに自然に似合う二本のウサギ耳で。
会長はそのカリスマでもって、入学してすぐに会長となったが、頭の上にそのウサギ耳が居座るようになったのは、就任後半年経ってからだ。おかげでカリスマ以上にかわいさでもって、今のところ会長は敵なしである。
「だいたい、なんでプールなんですか」
「暑いから」
即答した会長は水着を着ている訳じゃない。普段通りの装いのまま、つまり制服のままだ。会長はプールに着いたとたん、着替えもせずに飛び込んだのだ。
「こんなところで仕事なんて出来るわけないでしょう」
「そうね」
水の中でゆらゆらと制服のスカートが揺れている。白のセーラーだって水に濡れて、下着が透けて見えそうだ。
「……せめて水着に着替えてください」
「やだ、私の水着姿が見たいって? えっちー」
ふざけて笑う会長は俺に両手で水をかける。たまらず顔を背けたが、それ以外に避けもしなかったため、俺はあっさりと水に濡れてしまった。ぽたりと前髪から水がしたたり、俺は自分の中で何かがぷつりと切れる音を聞く。
「毎度毎度、言わせないでください。あなたは会長なんですよ!?」
「そーね」
「少しは立場を弁えて……うわっ」
さっきよりも大量にかけられた水が俺にかかる。
「キミはたまに息抜きした方がいいよ」
そういって、会長は快活な笑い声を上げて、水の中を泳いでゆく。器用に水の中を泳ぎ回る会長を見ながら、俺は深く息を吐く。
わかっている。これは、会長なりの俺への気遣いなのだ。ここ最近生徒会業務に追われ、自宅にいる時間もほとんどない。そんな俺に対する、会長の、気遣いなのだ。
だが、あと一月もすれば文化祭も目前で、会計を担う俺にはいろいろと片付けなければいけない用事も多い。
「会長ー」
本当なら会長がやることなのを、俺がほとんど引き受けているせいもあるのだろう。会長に直接対応させたら、生徒会予算が破産するのは目に見えている。
だが、それ以上に。
「会長こそ、無理しないでくださいね」
プールに手を突っ込んで小さく呟く俺の声が聞こえたはずもないが、五メートルは離れた場所で顔をだした会長は、ウサギ耳をピンと立てて、のんきな笑顔で俺に手を振っていた。
会長に直談判する生徒が後を絶たないことを知っている俺は、どうすれば貴女を守ることが出来るだろうか。その答えを教えてくれるものはいない。