BSR>> あなたが笑っていられる世界のために(本編)>> 10#-16#

書名:BSR
章名:あなたが笑っていられる世界のために(本編)

話名:10#-16#


作:ひまうさ
公開日(更新日):2011.7.29 (2012.2.21)
状態:公開
ページ数:7 頁
文字数:18616 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 12 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
10#佐助という男
11#帰りたい場所
12#止まらない涙を抱えて
13#爆発の記憶
14#立ちふさがるのは
15#松永久秀との戦い
16#死ねない呪い

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p.1

10#佐助という男



 毎日伊達政宗の側に置かれ、伊達軍に鍛錬を見たり、手習いをしたりして過ごしていた。それがある日突然暇になった。毎日人のことを連れに来ていた伊達政宗が来なくなったのだ。でも、私は自分から伊達政宗の元に行くつもりにはならなくて。ただぶらぶらと城の中を散歩したりして過ごしていた。

「葉桜様」
「あ、んーと、網元様?」
 食事時にしか会わない上、ろくに会話をした覚えもない網元に声をかけられたのは、ひとりで過ごすのに飽きてきた頃のことだった。

「何故政宗様たちのことをお聞きにならないのですか」
 咎めるような声に、私はなんでもない風に答える。

「何故私が聞かなければならないのですか? ただの客人に明かせる情報なんてないでしょう」
「気にはならないのですか」
 正直、この人はなんとなく苦手で、私は今にも逃げ出したい。もし片倉がいたら、直ぐ様助けを求めるのに。

(私、今、何を考えた……?)
 はっと気がついた私は顔を強ばらせる。誰かを頼るなんて、この三年したこともなかったのに、ここに来てからどうやら片倉に頼ってばかりだ。それに、気がついてしまった。

 侍なんて、と嫌っていたはずなのに。

「なりませんよ」
 そう答えたのに、網元は言った。

「政宗様たちは戦に出かけたのですよ」
「……へー」
 そうなんだ、と何故か私はすんなり納得していた。同時に何故か落胆していた。

 網元がいなくなってから、私は伊達政宗に連れて行かれた道場に足を運んでいた。肌身離さず持ち歩いている舞扇を開いては閉じ、道場内を忙しなく歩く。

(伊達政宗は本当に私を利用するつもりがないのか)
 安堵してしかるべきことなのに、私はなぜか残念に思ってしまっていた。

 それから、何日も何日も彼らは戻らなくて。ある日その人が現れた。

「アンタが葉桜かい?」
 太陽みたいに明るい髪を逆立てた、迷彩服の男は、道場にいる私の前に唐突に現れて、不躾に訊いてきた。

 私が何も答えずにいると、一枚の書状を渡した。差出人は、片倉小十郎景綱。ざっと眼を通し、顔を上げた私に男は問う。

「右目の旦那にはアンタの好きにさせるように言われてるけど、どうする?」
 書状には伊達政宗が意識不明の重傷であることが書かれていて、まだしばらくの間は城に戻れない旨が書かれているばかりで、私に合力を願うような言葉はひとつもなかった。

 まだ私は伊達政宗達を始めとした侍を信用したわけじゃない。でも、数日ここで世話になって、彼らが今まで見てきた者たちとは違うと思い始めていたのは確かで。

「政宗様はそこまで重傷なんですか?」
 私が問うと男は真摯に私の目を見つめ、手を差し出してきた。

「双竜のところに行くかい?」
「双竜?」
 私が聞き返すと伊達政宗と片倉のことだと男は言う。これは、罠だろうか。だが、この男が持っていた片倉の書状は本物だ。

 私は悩んだ末に、男に問いかけた。

「彼らは今どこにいて、貴方は何者なんですか? 私は貴方を信用していいんですか?」
 男は少し意外そうにした後で、人好きのする笑顔を浮かべる。

「俺様は甲斐は武田、真田忍隊の佐助だ。竜の旦那とその右目は今うちにいる」
 信じるかどうかは任せると言われた私は、すぐに荷物をまとめた。そして、梓と美津にいつきへの伝言を残して、すぐに城を発ったのだった。

「政宗様をよろしくお願いします」
 私の力の事も行き先も知らないはずの二人は、そう言って、私を送り出した。

 城を出て、すぐに男が近寄ってきた。あの佐助というやつだ。

「あれ、行くんだ?」
 佐助を無視して向かう方向は、確かに甲斐は武田の領土なのだけど。

「一言頼んでくれれば、俺様がひとっ飛びで連れてってあげるけど」
 ひたすら佐助を無視し続けて、歩き続ける私は迷いなく山に分け入る。そこにきて、急に佐助は私の肩を掴んで止めた。

「アンタさあ、いいかげんに意地はるのやめたら。竜の旦那が心配なんだろ?」
 私は佐助を強く睨みつけ、肩を押さえる手を外させる。

「心配なんて、しない。私は彼らに恩があるから、それを返すだけ」
 何かを言い返そうとした佐助は一度口をつぐみ、ため息をついた。

「だったら尚更俺様に言えばいいじゃないの。あんたの足じゃ間に合わないんだから」
 私が反論するより早く、佐助の肩に担ぎ上げられる。

「何をする!」
「はいはい。とりあえず、口を閉じててね」
 揶揄でなく、景色が飛ぶように過ぎ、森の中を泳ぐように移動された。その間、私はひとことも話さず、佐助の軽口だけが続けられ。

 なぜか真田幸村とかいう男の愚痴を延々ときかされた。これはどういった嫌がらせだろう。

p.2

11#帰りたい場所



 その場所に着いて直ぐ、私は伊達政宗のもとに通された。そこにいたのは出会った頃の生命力に溢れた様子もなく、青白い顔で眠っている伊達政宗で。布団の傍らにいた深い後悔を示す顔の片倉が私に気が付き、深く頭を下げる。

「葉桜、アンタが侍を嫌っていることは承知している。それでも、どうか今だけは政宗様に力を貸しちゃくれねぇか」
 この片倉が容易に頭を下げるような男でないことは知っているし、伊達政宗に心底惚れ込んでいることも知っている。でも、私が嫌いな侍で、今までなら死んでも嫌だとつっぱねるところだ。

 私は米沢城での出来事を思い返し、人として暮らせた僅かな日々を想う。米沢城の人達はとても優しいし、毎日来てくれるいつきと話すのも楽しかった。それが私の力を伊達政宗らが知らせていないが故に、ということもわかっている。ここで舞うということは、そういう日々を失うことでもあるが、きっとここで舞わずとも断れば同じことだろう。

 たぶん、私はこれを断れば、自分を許せなくなる。

「片倉様もお怪我をなさっておられますか」
「俺の怪我などどうでもいい」
 やってくれるのか、どうなのかと問われ、私は少し悲しくなった。もうこれで、さよならになるのに。

「侍は嫌いだけど」
 私は舞扇を取り出し、立ち上がった。そのまま片倉と伊達政宗から距離を取り、ひたりと構える。

「片倉様たちのことは嫌いじゃありませんでしたよ」
 何かを言われる前に、私はぎゅっと目を閉じ、舞始める。部屋全体の空気を掴みとり、ゆるりと舞に巻き込んで、ありとあらゆるモノを正常な方向へと導いてゆくように。癒しの舞は人の潜在する治癒の力を一時的に高めるものだ。正常な方向へと導くということは、そういうことと同じ意味を持つ。でも今は、単に癒すのでは生温いと思わせるほど、伊達政宗の容態は悪い。そう、直ぐにでも片倉が私の合力を願うほどに。

 指の先から爪の先まで、すべての力を行き渡らせて、世界の力を導いてゆく。それは長い長い間、私と同じ力を持つ者たちの間で伝えてきた、浄化の舞と呼ばれるものと同じだ。違うことがあるとすれば、それが人の想いを背負うかどうかということ。

「……っ」
 呻くような声が聞こえたが、そのまま舞い続け、私はただ何も考えずないようにして力を紡いでいったはずだった。でも、勝手に思い出は溢れてきて。

 いつき、美津、梓、伊達軍の皆。それから、伊達政宗と、片倉様ーー。

 順に思い出すほどに胸が苦しくて、想いが苦しくて、暴走寸前の力をギリギリのところで支えながら、私は舞い続ける。



 消えて、しまいたい。何もかも忘れてしまえたら、きっと楽になれるのに。ーー私にはそれが許されない。



「葉桜」
 私を呼ぶ片倉の声がする。ああ、なんて、優しい声なんだろう。最初はそんなこと全然思わなかったのに。

「もう大丈夫だ、葉桜」
 正面から私の手を取って止めたのが、さきほどまで意識のなかった伊達政宗であることに、私は驚かない。しかし、伊達政宗は動けるほどになったというのに、何故か辛そうな顔で私を見ている。私がふわりと微笑むと、伊達政宗は私の頭を自分の体に押し付けて、私の息が詰まるほど強く抱きしめる。

「Sorry、アンタにその力を使わせるつもりで城に置いてたわけじゃねぇんだ」
「わかっています」
 そのつもりがなくても、この時勢であればいつかこんなことが起こると、私はわかっていたはずなのだ。そして、舞えば終わりと伊達政宗も片倉も私も分かっていたはずなのだ。

「これでEndじゃ、終わりじゃねぇ、よな?」
「奇跡は二度起こりませんよ、政宗様」
 私を抱きしめる手がゆるみ、腕の中から伊達政宗の顔を見上げる。

「行くな」
 命令ではなく、願いの言葉が泣きそうな伊達政宗の口から発せられて、笑おうとした私は失敗した。目の前の伊達政宗の顔がかすかに歪んでいるということは、私の目が潤んでいるに違いない。

「奥州での日々は、とても楽しかったです。自分が化け物だということを忘れてしまいそうになるほど、とても」
 私の頬を撫でる伊達政宗の手が止まり、せっかく元気になったというのに苦しそうに顔を曇らせている。

「アンタはMonsterじゃねぇって言っただろ」
 伊達政宗との平行線なこの会話もこれで終わりだ。意識して伊達政宗から一歩離れ、私は両手を前で重ねて、深く頭を下げる。

「短い間でしたが、お世話になりました。ーーそれから、ありがとうございました」
 目の前にいる伊達政宗は私に手を伸ばそうとしたが、何かを堪えるように止め、その手を強く握りこむ。それを見て、私の心は残念な気持ちと安堵の両方の気持ちに揺れていた。

 もともと私はどこかに定住することも、合力することもしないと決めていた。侍が嫌いだからという個人的な理由ではなく、自分の持つ力が各国の均衡を崩す可能性があるからだ。なかなか死ねない兵士を作ることだって、不可能ではない。

 だから、別れがいつか来ることが決まっていたからこそ、誰に情を移してもいけなかった。

「葉桜、どうしても行くのか」
 それなのに、背中に片倉の声がかかったら、私の足は歩みを止めてしまう。進まなきゃいけないのに、何故私は奥州に、片倉らの元に留まりたくなってしまったのだろう。

「私のように怪しい素性どころか妖術まで使うような者を政宗様のそばに置くなんて、片倉様らしくないですよ。私が政宗様を亡き者にしたら、後悔するのは片倉様なのですから、これからはもっと気をつけて差し上げてください」
 振り返らないまでも、私は言葉にするだけで今にも泣いてしまいそうで。でも、さよならを言う私が二人の前で泣くのは卑怯すぎるから。涙が零れ落ちる前に、部屋を出た。

 それなのに、すぐにまた歩みは止まってしまって。ふらつく身体を壁に預けて、私は息を吐いていた。

 なんだか疲れた。これからどうしようか。やはり南に行くべきだろうか。そんなことを思い悩む私の脳裏にいつきの笑顔が過る。

(いつきは、黙って行ったら怒るよね)
 でも、いつきにはさよならを言いたくない。初めて出来た友人を、失いたくない。でも、もう奥州には帰れない。

 そこまで考えて、私はやっと気がついた。

(帰る、じゃないよ、もう)
 どうやらもう手遅れらしいと気がついたのは、さよならの後で。ますます帰れないな、と私の口から乾いた笑いが零れたのだった。

p.3

12#止まらない涙を抱えて



「お主が葉桜じゃな?」
 ぼーっとしているところに声をかけられ、私は自分に声をかけた人物にゆっくりと目を向けた。夕日のようなような朱に彩られた甲冑姿の男だ。五十か六十歳ぐらいだろうか。老成した皺の中で、慈愛に満ちた瞳が覘く。

「都桜はまだ息災か?」
 それは里のものしか知らないはずの隠語で、俄に私は警戒を強めた。

 都桜は先々代が使った仮名と聞いている。それに、先々代の舞姫はかなり警戒心も強く、外で名乗ることをしなかったと聞いている。それを知っているというのは、先々代が教えたか、それとも他から聞いたかによって対応も変わる。

「貴方は、何者ですか?」
 空気を張り詰め、構える私の背後で、部屋から出てきた伊達政宗と片倉が驚きの眼差しを私たちに向けているのを感じる。

 確かに今、私は伊達政宗らを癒したが、それは侍すべてを許すということではない。この先も私は奥州伊達軍以外の侍を許すなんて、決めてないのだ。

「私を懐柔しようというのなら無駄なことです。私は、仇である侍達を、一生許すつもりはないのですから」
 だからといって、敵対するつもりもない。私は私を生かしてくれた里の全てのものと共にあるのだから、容易に命を投げ出すつもりはない。

 舞扇を逆手に構える私と老人の間に、佐助と、焦げ茶の短髪に赤く長い鉢巻をしめ、赤いジャケットを素肌に羽織った男が入る。私の後ろではまだ状況が飲み込めていない伊達政宗と片倉の戸惑いを感じる。

「下がれ、幸村」
「しかし、お館様っ」
「葉桜、里が襲われたというのは真か」
 真摯な老人の様子から、ここにいる者たちに関わりがないことは知れる。でも、侍を許せない想いだけでここまで生きてきた私には、どうしても感情を制御できない。自分が侍に敵うとは思っていないから、仇を討つつもりはないけれど、合力することだけは絶対にしないと誓ったのだ。

「……六年前に里は襲われ、先代の舞姫様と私だけが落ち延びました。その姉様も三年ほど前に亡くなりました」
 思い出すだけで涙が溢れそうだ。姉様が若くして死んだのは、私自身のせいでもある。舞姫の力は足りなければ負の力に耐え切れずに身体を蝕んでしまう。もっと早く私に役目を譲っていれば、姉様は今だ健在であったかもしれないのだ。

 私にはどれだけの負を背負っても負けないだけの大きな力があるのだから。ーーだから、成長もしないのだけれど。

「貴方達が里を襲ったのではないことはわかります。でも、全ての侍は私の仇であり、だからこそ、私は貴方達の下らない争いに手を貸す気はない」
 誰かが私の名を呼んでいる。優しく、穏やかに宥める声。頼りたくなる声、だ。頭を振って、弱い心を振り払う。

「侍なんて、皆、戦で死んじゃえばいい! 私たちのことなんて、放っておいてっ!」
 誰かが私を後ろから引き寄せ、強く頬を張った。初めてではないけど、久しぶりに手を挙げられた気がする。目の前にいるのは、片倉、か。

「落ち着け、葉桜。俺達が敵じゃねぇってわかってるなら、落ち着け。誰もアンタを利用しようなんて、考えやしねぇ。俺達が、させねぇ」
 張ったその手で私の頬をなで、真剣な顔で私を見下ろす。片倉の顔が歪んでゆく。

「っ、そ、あ……っうぅ……っ」
 私は何かを言おうとしても、しゃっくりがこみ上げてきて、言葉にならない。掴まれていた腕が離されても、動けない。

「ぅあ……んん……っ」
 泣き声をあげてしまいそうなのを唇を噛んで堪え、片倉を睨みつけようとしたけれど、うまくいかない。だって、止めてくれてよかったって、私は思ってしまってる。

 こんな風に気持ちが収まらなくて、こんな風に振り回されるから、余計に私はこの力が嫌いだ。負の力に感情が引きずられて制御できない。

「っく……っ、ふぇ……っく」
 泣いている私を取り囲んでいる彼らが戸惑っているのがわかる。誰も私に手を出すことも声を掛けることでもなくて、ただただ見ているだけしかできなくて。しばらくして伊達政宗が焦ったように私を引き寄せた。その頃には周りに残っているのが伊達政宗と片倉だけしかいなくて。

「葉桜」
 でも、その優しい声音を振り払い、私はその場に座り込む。先代の姉様が死んだ時にだってこれほど泣かなかったのに、私は箍が外れたように泣き続けて、泣き続けて、泣き続けて。

「俺が悪かった。だから、泣きやめ、葉桜」
 途方に暮れた様子で私の前にしゃがみこんだ片倉が優しく私の頭を撫でてくれて、泣き腫らした目でそれを見ながら、私はなんとか涙を止めようとした。でも、止められなかった。

「ごめ……ごめ、なさ……っ、止ま、ない……っ」
 私の頭を自分の肩に押し付けようとする片倉に、両手を突っ張って拒絶する。これ以上寄りかかると、本気で私は引き返せない気がする。

 しばらくして、急に私の身体は抱き上げられた。目の前にある伊達政宗の顔はひどく焦っていて。

「Don’t cry」
 柔らかな何かが私の頬に触れる。それが何かを確認しないまでも、私は首を振って拒絶した。

「……優しく、しないで……っ」
 それでも、そっと頭を撫でる手は優しくて。

「Don’t cry、葉桜」
「これ以上優しくしないでよ……っ」
 その優しさが私を弱くするから、と。それなのに、伊達政宗は私を解放するでなく、その胸に顔を押し付けさせる。

「……泣くな……」
 泣きじゃくる私の背を撫でる手はずっと優しくて、寄りかかっちゃいけないのに頼りたくなってしまう。

 嫌いな侍のはずなのに。

「葉桜」
 なんでこんな風に頼りたくなってしまったんだろう。奥州での日々は私を弱くしてしまったのだろうか。

 そうして、止まらない涙は私を抱きしめる伊達政宗の胸の内に、全部吸い込まれていった。

p.4

13#爆発の記憶



 西から聞こえた爆音に、私は一瞬身体を震わせた。こういう音が私は嫌いだ。里を失った日を思い出す。それに旅をしてから、爆音には特に耳をそばだてていたから、わかることがある。

「政宗様、離してください」
「……Wait」
 顔を上げれば、どうやら私と同じく伊達政宗と片倉も西の方角を険しい顔で見ているようだ。

「何だと思う、小十郎」
 片倉が答える前に、別な声が遮る。

「政宗殿、片倉殿」
 そこに現れたのはあの赤い鉢巻の男で、伊達政宗の腕の中の私が泣き止んでいるのを見て、少しだけ安堵の表情を浮かべたようだ。

「今しがた西のほうから妙な音が聞こえたようだな」
 伊達政宗が問うと、赤い鉢巻の男はうなづく。

「それなら配下の忍び隊が確かめに向かっている頃合いにござる」
 私が赤い鉢巻の男に目を向けると、一瞬だけ目があったものの、すぐに逸らされてしまった。心なしか、耳が赤いようだ。

「葉桜殿は、その……」
 それは何か言いたげな視線だったが、私は気にせずに先程の方角に目を向けた。それから、ついと伊達政宗の襟元を引いて、下ろしてくれるように頼む。地に足を着いて直ぐ、私は赤い鉢巻の男に深く頭を下げた。

「先程は取り乱してしまい、失礼いたしました」
「あ、いや、某は……」
 何かを言いかけた赤い鉢巻の男は、私が頭をあげると、何故かわたわたと戸惑う素振りを見せる。だが、じっと見つめていると次第に落ち着いていったようだ。

「某は真田源次郎幸村と申す」
 名を言われて、ぽんと納得できたのは、此処に来るまでに佐助から散々聞かされた愚痴のせいだろう。

「ああ、あの」
 三人に聞き返され、苦笑いで誤魔化す。笑うと少し顔が痛い。

 でも、そんなことをしている場合じゃないのは私も同じだ。

「真田様、何か政宗様にお話があったのではありませんか?」
 固い問いかけをする私の肩に手が置かれる。振り返ると、伊達政宗が直ぐ後ろにいた。

「部屋へ入っていろ、葉桜」
「侍の言う事など、聞くわけ無いでしょう。それに、あの音……」
 考え込む私の顔を、伊達政宗が袖で隠そうとする。

「何を……」
「真田の旦那!」
 そんな私たちのところに佐助が誰かを抱えて戻ってきた。ぐったりとしたその人は伊達軍の誰かのように見える。

「見るな」
 だが、それ以上は伊達政宗の腕の中に抱き込まれてしまってわからなくて。私にはその人がひどい火傷を負っていることだけが、その匂いでわかった。さっきの爆発に関係あるのだろう。

「佐助、その者は」
 真田幸村が問う前に片倉が駆け寄っていったのがわかったが、それでも伊達政宗は私を開放してくれなかった。

「離してください」
「No、だ。アンタは見なくていい」
 片倉と佐助の会話が聞こえて、そしてそれが聞こえた瞬間、私はあることを確信した。

「さらった者たちと引き換えに、武田の楯無しの鎧、伊達の竜の刀、護国の舞姫をそろえて差し出せと申しております。しかも刻限は明朝」
 護国の舞姫というのは、公に知られている名ではない。知っているのは神職か限られた為政者、のはずだ。最も、伊達政宗らが調べたのはなんとなく察している。

「松永弾正久秀」
 署名に目を留めた片倉は書状を握りしめた。その名を私は、伊達政宗の腕の中で繰り返す。

「松永っていやあ、戦国の梟雄といわれながら、天下取りに名乗りを上げず、今は庵にこもって骨董品集めに精を出してるっていう」
 佐助の説明を聞きながら、私は心の何処かで納得をしていた。稀なるものを求める者だからか、と熱くなる心とは裏腹に、頭の芯がすっと冷めてゆくのを感じる。

「真田、楯無しの鎧とは何だ」
「武田の家宝にござる。大事を為さんといたすとき、お館様はその鎧と御旗の前に重臣たちを集め、武田の総意を決される。そこで立てられた誓いは決してくつがえることはない。あの鎧は我らの揺るぎなき意思を支えるよすが、文字通りの宝にござる。いかなる武具をもってしても貫くことはできぬ鎧といわれておるゆえ、転じて深手を負った者の治癒を願うとき、鎧の間に床をのべることがあり申す。ゆえに此度は伊達殿を」
 そういえば、伊達政宗の眠っていた部屋に鎧が飾られていたような気もする。

「あれがそうか」
 伊達政宗らも同じことを思ったようだ。伊達の竜の刀は、伊達政宗が戦場に持っていくものなのを私も知っている。この二つだけならば、関わりのないものと言い切れたかもしれない。

 でも。

「護国の舞姫というのは……」
 この中で一人首を傾げている真田幸村の前に、私は一歩進みでる。

「護国の舞姫とは、私のことです。私の一族の持つ力はそう呼ばれるよりもずっと前から、この国の穢れを癒してきたのです」
「Wait、葉桜っ」
 止めようとする伊達政宗の手から離れ、私は全員を見渡せる位置で笑う。

「佐助、あの爆発はその松永久秀とやらの差し金だな?」
「そうだね」
「じゃあ、そいつは私の獲物……姉様たちの仇、だ」
 伊達政宗と片倉が小さく息を飲むのが聞こえた。

 私が襲撃から助かったのは、先代の姉様が私を連れだしていたからだ。その頃もっとも若く、力も強かった私だけでも助けようと、里全体が私を助けるために犠牲となった。その頃の舞姫だった里長は先代の姉様に急ぎ継承の舞を伝え、襲撃の後行方知れずとなってしまった。

 あの時の爆発、業火に包まれる里を私ははっきりと覚えている。十二になった翌日の夕刻、山で食料を集めていた私が見たのは朱に染まった空と炎と爆発に染まる里の姿だったのだ。

 今でも、その姿は時折夢に現れ、私を苛む。

「伊達の刀と武田の鎧を庵の床の間にでも飾って、葉桜の舞でもみようって腹か」
 苛立つ伊達政宗の言葉を聞きながら、私は一度目を閉じた。仇を討てるなんて思っていないし、姉様たちもそれを望まないだろう。だけど、それでも私は姉様たちの仇を許したくない。それに、もしも里長が生きているのだとすれば、助けだしたい。……その可能性が殆どないのだとしても。

 次に目を開け、歩き出そうとする私の腕を、片倉が押しとどめる。

「おい、落ち着け、葉桜」
「私は落ち着いてます。手を離してください、片倉様」
「アンタ一人で行って何が出来る」
 一人でできることなんて限られているだろう。私程度の力で、敵うなんて大それた考えも持ってない。それでも、諦めたくない。

「ねえ、片倉様」
 真っ直ぐに見つめ返して微笑む私を、片倉は厳しい目で見つめている。

「猫だって油断すれば鼠に噛まれるんですよ」
 一太刀だけでいい。それだけでも私がしなかったら、誰が姉様たちの恨みを晴らすというのだ。

p.5

14#立ちふさがるのは



 今にも歩き出そうとする私の隣に、伊達政宗が並ぶ。そして、守るように私の肩を抱いて、言う。

「真田幸村、オレの馬はどこだ」
「政宗様っ」
「Not to worry、小十郎」
 諌める片倉に声をかけながら、伊達政宗は私を安心させるように笑いかけてくる。

「人質にとられた連中は取り戻せばいいだけの話だろ。俺が行って助け出す。葉桜のことも、俺が護る。その松永って野郎はどこにいる」
「なりませぬ!」
 私の肩を抱いたまま歩き出す伊達政宗の足元は、まだそれほど力あるものじゃない。だって、私は完治させたわけじゃないのだ。ただ治癒力を高めてあるだけで、完全に治るにはもう一日か二日はかかるはずだ。

「……政宗様、」
「ひとりで行くなんて言うな、葉桜。アンタはもっと俺たちを利用していい」
 私のかけようとする言葉を伊達政宗は遮る。その目は、それ以上の言葉を拒んでいるのがわかって、私は口を噤むしかなかった。もともと、この人は私の手には負えないのだから、自力での説得なんて無理だ。

「伊達軍は誰ひとり欠けちゃならねえ、You see?」
「お二人とも、行かせるわけには参りませぬ!」
 私たちの前に立ちはだかる片倉の左手が、刀の柄にかかっているのを見て、私は足を止めた。

「小十郎、俺に刀を向けるか」
「家臣は大事。しかしながら一番の大事は政宗様の御身」
「だったらついて来い。いつものように俺の背中を守れ」
 刀を抜く片倉と対峙する伊達政宗から、私は静かに距離を取る。その背が誰かに当たり、その誰かが私に囁く。

「黙ってみてな、嬢ちゃん」
 佐助だ。いつの間に私の背後に立ったのだろう。

「何も恐れず、いつ如何なるときもただ前だけを見て進んでいただく。そして、その背中はこの小十郎がお守りする。そう誓っておりましたが。今、手負いのあなた様を出陣させることだけは、この命に代えても!」
 刀を下段に構えた片倉の目は間違いなく本気だった。

「仕方ねえなあ」
 同じく刀を抜いた伊達政宗の視線が鋭くなる。

「遠慮はしねえぜ、小十郎!」
 二人の刀がぶつかり、火花が散る。それを見つめる私が動けなかったのは、何も佐助に抑えられているからというだけではない。私自身も二人を癒すための舞をしているから、それほどの余裕があるわけではないのだ。

「離してよ、佐助」
「んーん、だめだよ、嬢ちゃん。そんな身体で無理とかされちゃ、連れてきた俺様が右目の旦那に殺される」
 佐助の両腕が私の腰に周り、しっかりと抱きしめられる。でも、それは優しい拘束だ。

「護国の舞姫の話は俺様も聞いてるよ。そういうことなら、ますます行かせられない」
 え、と首だけで振り返る私の目の前には佐助の真摯な視線がある。

「舞姫は中立、いかなる忍びも忍ぶ事なかれってのが通例なんだけどさ、昨今はそれが崩れてるわけ。里が消えたから知る者は減ってるけど、それでも生き残りがいると知れれば狙われるよ」
 どこにとは言われなかったが、それが各国の抱える忍びの里を指すことは明らかだった。里でもよく忍ぶ者から日用品を仕入れたりもしていた。代わりにやるのは気休めのような加護の守り札だった。

「助けてくれても、私は札の書き方を知らないのだけど」
「あー、俺様は別にそういうの信じてないからいいの。それより、お館様からもくれぐれも怪我させないように言われてるんだよねー」
 そういうわけで、と首筋に後ろから手刀を浴びせられ、暗くなる視界の端で伊達政宗が倒れるのが見える。

「おやすみ、葉桜」
 私は佐助に向かって悪態をつこうとしたけど、それは叶わなかった。

 次に目を覚ましたとき、私は知らない天井を見つめていた。奥州の城ではないし、見たことのない部屋だ。起き出して、障子を開く。外はまだ暗いように見えるが、眠らされてから、どのぐらい時間が経ったのだろう。

「四半時前に幸村が竜の右目を追って出たばかりじゃ」
 振り返ると、部屋の中に人影があり、手酌で酒を飲んでいるようだ。その声に、私は覚えがあった。

「確か、お館様と呼ばれておられた……?」
「ワシは武田信玄じゃ。他の者はお館様などと呼ぶが、葉桜は好きに呼ぶがいい」
 空気に溶け込むようでいて、強い存在感を示す武田信玄に私は自然と膝をつく。

「信玄様」
「……ミヤと同じか」
 それが代々の舞手の愛称であるのを私は先代から聞いていた。里の外で舞手は気に入った者にだけ、ミヤと呼ばせるのだ。つまり、この者はそれだけ里の舞手に近く、信頼されていたことになる。

 私の空気が和らいだのに気づいた信玄が笑う。

「お主はミヤではないのか?」
「はい」
 信玄はそうかと頷き、また手酌を傾ける。

 私はそれを見ながら、少し迷っていた。片倉たちを追いかけるべきかどうか、信玄から何の話を聞くべきか。そして、里のどこまでを話すべきか。

「馬を、西の門に繋ぎ忘れたのじゃ。誰か気づいて、厩に戻してくれるといいんじゃが」
 暫し躊躇したものの、私は信玄に頭を下げて、部屋を後にした。

 西の門に近づくと、馬は確かにいたが。

「Hey、遅かったじゃねぇか、葉桜」
「政宗様?」
 甲冑を身につけた伊達政宗が既に騎乗している。大太刀一本しか差していない腰の辺りが、いささか寂しい。竜の爪はおそらく片倉が持っていったのだろうと、容易に想像がつく。

「さっさと行くぞ。Partyが終わっちまう」
 馬を操り近づいてきた伊達政宗が私に手を差し出す。だが、片倉が守ろうとした男を連れて行っていいものだろうか、という葛藤が私を躊躇させる。

 そんな迷いを見抜いたように、伊達政宗はひとつ舌打ちすると、無理矢理に私の腕を掴んで、馬上に引き上げた。最初に出会ったときのような荷物のような扱いでなく、姫君のように自分の前に座らせて、驚いている私を優しい笑顔で見下ろしてから馬を駆けさせる。

 力強く私の腰に回される伊達政宗の腕は変わらず手綱を握らないが、最初よりは怖さも薄れた。単に今の気持ちーー瑣末な問題に構っていられないというのもあるのかもしれないが。

「政宗様の怪我は」
「こんなもん、怪我のうちに入らねぇよ」
 私は自分の力を過大評価するつもりはない。つまり、そこまで早く重症だった伊達政宗の怪我を治せたとは思っていないのだ。それなのに、こんな風に馬に乗って駆けては、傷口が開くのではないだろうかと眉根を寄せる。

 それでも、私が馬を止められるならとっくにそうしている。もともと馬に乗ることが出来ないのに、ここから徒歩で行ったりしたら、その間にすべてが終わってしまう。せめて、一太刀でも仇を取りたい気持ちに揺らぎはない。

「葉桜、松永って野郎がアンタの仇なのか?」
「たぶん、そう。里が爆破されたのを私は覚えてるし、目にも耳にも焼き付いてる」
「俺が……を……たら、アンタ……は……るのか?」
 馬上で話しながらだと、馬の蹄の音や風の音で、ところどころ伊達政宗の声が聞こえなくなることもある。でも、普段なら声を張り上げなくてもよく通る声のはずなのに、なんで今はそんなに小さな聞き取りづらい声で話しているのだろうか。

「何?」
「Shit!なんでもねぇよ!」
 しかも私が聞き返したら、キレた。なんなのだ、一体。

 伊達政宗のことをこれ以上考えてもしかたない、と私は意識を先に行った片倉と真田へと移した。真田は佐助と共にいるからいいが、片倉は先に一人で乗り込んでいるのだと聞いている。私たちが着くまでに片が付いていたらそれまでだが、もしも松永が生きているのだとしたら。

 懐の舞扇を、私は強く握りしめた。

p.6

15#松永久秀との戦い



 大仏殿に辿り着いた私たちは、正門前で馬を降りて走った。だが、すぐに前を走っていた伊達政宗が足をとめる。

「葉桜、しっかり捕まっておけよ」
「へ?」
 何を返す間もなく、いきなり横抱きに抱え上げられ、私は直ぐ近くで伊達政宗の顔を見上げることになっていた。佐助に抱えられた時ほどではないが、確かに自分の走るよりも早い。

「……大丈夫なんですか、政宗様」
「be quiet」
 言われた意味は分からないが、なんとなく黙っていろと言われた気がして、私は口を噤んだ。実際のところ、話したら舌を噛んでしまいそうなほどに振動があるのだ。それに、今は少しでも体力を温存する必要もある。

 だからといって、怪我人の伊達政宗に自分を運ばせるのはいかがなものだろうか。彼はこれから戦うかもしれないのに。

「自分で走ります」
「それじゃ間に合わねぇだろ」
「そんなことないです」
 下ろされた長い階段の前で、私は伊達政宗の長身を見上げて礼を言う。

「ありがとうございます。できれば、このままここに」
「行くぞ」
 自分が言ったところで留まってくれる性分ならば、そもそも伊達政宗がここにくるはずがないのはわかっていたことだ。私は観念して、三段跳びで階段を駆け上がる。上は既に朱に染まっている。

 急げ、急げ、急げ。

 戦闘はまだ終っていない証拠に、最上段にたどり着く寸前、目の前を赤い爆風が広がった。

「うわっ」
 吹き飛ばされ、転がり落ちそうになったところを伊達政宗に抱きとめられる。

「Are you OK?」
「ありがと」
 私は伊達政宗の腕から飛び降り、もう一度階段を駆け上がる。そこは予想通りに一面火の海で、先に来ているはずの片倉や真田幸村の姿はなく、見たことのない壮年の男だけが立っていた。男は私を見て、その目を輝かせる。

「竜のもとに舞姫がいるとはきいていたが、本当に来るとは。迎えに行く手間が省けたようだ」
 今の私が舞扇を構えていなくてもそれとわかる理由はわからないが、状況からするとたぶんこの男が松永久秀に違いない。

「アンタが松永久秀というなら、聞きたいことがある。何故、里を襲ったの」
 くくくっと楽しげに男は笑う。

「稀なる舞手の舞が見たいと思うのは、当然ではないかね」
 その科白が確定だった。懐から舞扇を取り出し、臨戦態勢に入る私を、伊達政宗が押しのける。

「アンタが松永か。うちのもんが世話になったらしいな」
 同時に、炎の中から多少の怪我をしているが元気な片倉と真田幸村の姿が見えて、私は少しほっとする。そういえば、伊達軍で人質になっている人がいたんだった。その人達はと見回しても姿は見えない。この爆発で吹き飛ばされていなければいいのだが。

「……政宗様、無茶は駄目ですからね」
 私は援護に切り替えるために舞扇を軽く離し、パシッと持ち替える。元々姉様たちの仇討ちができると本当に思っているわけじゃないし、今回は伊達軍の者の救出が優先だということぐらいはわかっている。私はただ松永久秀に一太刀を浴びせられればそれでいいのだ。

 ふわり、と私が舞い踊るは変わらず浄化の舞。正常な流れを作り出すこの舞は、人の過ぎた欲のようなものを集めることこそが本当の働きであるはずだが、松永からはあまり引き出せていない。私はそれに自分の身のうちにある力を練りこみ、伊達政宗と片倉、ついでに真田幸村に注ぎこむ。これで多少なりと力になれればいいが、影響は殆ど無いだろう。多少、怪我をしにくくなるぐらいか。

「いいねいいねぇ、ゾクゾクするぜぇ!」
「うおおおお……みなぎるぅぁああ!」
 うん、伊達政宗も真田幸村も、どっちもアレな感じだけど効果は少しあったようだ。

「今度は本物の舞姫のようだね。そうでなくては座興にもならない」
 松永が指を鳴らす瞬間、私は伊達政宗に抱き上げられ、放り投げられていた。直後に爆発が起こり、私と伊達政宗のいた辺りが抉り取られたが、伊達政宗も上手く躱したようだ。私は投げられた先で、佐助にしっかりと抱きとめられる。

「私は毬じゃない」
「助けてもらったんだから、文句言わないの」
 軽い動作で地面に下ろされた私が愚痴ると、佐助は宥めるように返してくる。その実、宥める気がないのは目を見ればわかる。

「伊達の旦那、あんなに動いて大丈夫なの?」
「だいぶ良いみたい。私も寝て回復したし、少しなら援護できる」
「そりゃいい」
 佐助と話している間にも戦闘は始まっている。伊達政宗と片倉が攻撃しているが、松永はいなすばかりだ。片倉と真田幸村の二人がかりでも倒せないことから、松永は本当に強いのだと私は実感する。私なら、あの二人を同時に相手どるなんてごめんだ。

 それにしても、伊達政宗は完治している状況じゃないからだろうけど、片倉の動きにしたって最初に見た戦場でのキレがなさすぎる。大仏殿に到着してすぐに倒れている者を三人見たが、それをもしも片倉ひとりでやったのだとしたら。

「片倉様、怪我でもしてるの?」
 私が問いかけると、佐助は思い出したとばかりに、炸裂弾を片倉の側に投げつけた。

「右目の旦那!毒消しの炸裂弾だ。深く息を吸え」
 言われたとおりに片倉が深呼吸する様子を見て、私はまた舞扇を構える。

「どのぐらいで効くの?」
「すぐだよ、すぐ」
 それより、と耳元近くで佐助が囁く。

「近くに伊達の人質が三人いるんだけど、どこにいるかとかわかる?」
「そういう力じゃないから、わからない」
 残念、と残念そうな様子は微塵もなく呟く佐助に少しムッとしながら、私は舞扇を構える。

「見つけられなくても、生きているなら回復できるよ」
「敵方が回復することは?」
「知っている者なら、選んで回復できる」
 私は手を翻し、細く細く、力を紡ぎ、返す扇から放射状に放つ。力の糸は常人には見えない。そこにかかる生者の気配を辿る糸から視て、選別する。細かな力の操作ではあるが、できないわけじゃない。ついでとばかりに、佐助にも力を流す。それに気づいた佐助が自分の身体を見まわし、にやりと笑った。

「ふぅん、こりゃイイねぇ」
 佐助は急に私の腰を抱きかかえると、軽く飛んで移動し、黒く焼け焦げた爆発跡に下ろした。私たちのいた辺りは戦闘の邪魔になるから、移動したというところだろう。この位置からは、戦いの様がよく見える。

 片倉の動きにキレが戻っている様を見て、私は安堵の息をついていた。でも、伊達政宗と片倉、真田幸村の三人がかりだというのに、松永久秀に焦りは見られない。本当に強い人なのだと、私は舞扇を強く握る。

 一太刀なんて考えはもうなかった。ただどういうふうに力を使えば、松永久秀を倒す手助けができるのかと、そればかりが頭を巡る。

 瞬きもせずに戦いを見つめる私を、隣で小さく佐助が笑っていた。

p.7

16#死ねない呪い



 考え込んでいる私を佐助が抱えて飛ぶ。次の瞬間には、先程まで自分のいた場所が炎に包まれていた。

「双竜やうちの旦那とやりあいながら、嬢ちゃんまで狙うなんて、余裕だな」
「佐助も加わったほうが早く終る。私のことは心配しないで」
 じゃあ遠慮無く、と私を物陰に隠して佐助が姿を消した。

 私が一人になるのを見計らったように、松永久秀が私に手を伸ばす。そこから一気に伸びてきた炎が私の周囲に檻を作ってしまう。

「葉桜っ」
 誰かが自分を呼ぶ声を聞きながら、私は冷静に舞扇を構えた。深く息を吸うと喉が焼ける。手を伸ばせば、炎に触れる。でも、それでも、私は、死ねない。

 空を竜のように稲妻が走り、地に落ちるのが見える中、私は静かに舞い始めた。普通なら焼死してしまうそれでも、今の私には死ぬことができない。舞姫とは、ひとつの呪いなのだと姉様は言っていた。次に繋げなければ、死ぬことのできない呪いだと。

「心配しないで」
 手を伸ばしてくれる誰かに言って、私は笑う。

「私は化け物なんだって、言ったでしょう?」
 ふわりと上方へ飛んで、広げた舞扇を地面に勢いよく叩きつける。それを中心に小さな竜巻のようなものが起こり、周囲の火は消えた。多少チリチリと肌は痛いし、呼吸するだけで苦しい。でも、私は生きてる。

 座り込んで、うつむいたままの私はなんとか顔を上げて、周囲を見定める。ぐるり見回し、松永久秀を認めると不敵に笑う。

「本物の護国の舞姫に間違いないようだな」
「ちゃんと来たんだから、他の人達は無事に返して」
 立ち上がろうとするが、先程から力を使い続けているせいか、身体に力が入らない。こうして座っているだけでやっとだ。

「そんな約束をした覚えはないがね」
 一歩を踏み出す松永久秀に対し、私の前に真田幸村が立つ。

「か弱い女性にかくも熾烈な攻撃をするとは、この真田源次郎幸村、到底許せぬ所業でござる」
 目の前の男の言葉に、私は目を見開いていた。今まで、こんな風に死ねない私を見た人間が、私の力をみた人間が、庇ってくれたことなどない。……か弱い、などと言われたこともない。

「うわ、旦那がまともなこと言ってる」
 佐助のツッコミで、全部台無しだ。言いながら、佐助も私のすぐそばで気構えていてくれる。彼の場合は、恐らく武田信玄に私を護るように命じられているからだろう。

「よそ見してんじゃねぇ!」
 伊達政宗が松永久秀に斬りかかり、片倉もそれを援護する。二人は仲間のために戦っているはずなのに、なんでそんな風に私を安心させるような目でみる。私が死なないって、わかったはずなのに、なんでそんな風に守ろうとする。

 重い体を無理矢理に持ち上げ、震える腕をさし上げて、私は舞扇を構える。

「嬢ちゃん!?」
「葉桜殿っ」
 自分の荒い呼吸を整えながら、私はゆっくりと立ち上がる。姉様たち、どうか一瞬でいい。私にあの男の動きを封じる力を貸して。

 松永久秀という男が私欲のために、こんなことをしているというのなら。

(一瞬でいい)
 私は深い呼吸を繰り返し、意識を世界になじませてゆく。次第に重さを感じなくなる身体で、私は舞い始める。戦いの場には似つかわしくない、厳かな空気を作り出し、ただただ世界を舞扇に乗せて、力を紡いでゆく。

 敵討ちなんて、そんなことは頭からすっかり抜け落ちていて。

「片倉様……っ」
 練り上げた力を片倉の刃に乗せるのと、彼が雷を松永久秀に放つのは同時だった。

 薄れかける意識は自然と世界に溶けてゆく。だから、私は自分を抱き留めてくれたのが、力強いその腕が、伊達政宗のものであったことも知っている。

「葉桜」
 心配そうに私を見る片倉は、一歩離れて私たちを見ている。

「おい、俺がわかるかっ」
 私の頬を叩く手も声も、伊達政宗の様子は滑稽なほどに必死で。私はまるで自分が大切にされているような錯覚をしてしまいそうだ。

 ひとりになってから、伊達政宗や片倉のように、こんなにまで私に近づいてきた人は殆どいない。特に、こんな風に死ねない呪いを見てしまった後では、誰もが私に言う。

「話には聞いていたけど、本当に化け物みたいだね、舞姫ってのは」
 佐助のようにいうのは当たり前のことなのに、伊達政宗も片倉も何故そんな風に怒っているのだろう。

「葉桜は化け物じゃねぇ!」
「あの炎に焼かれて、火傷ひとつないんだ。少なくとも普通の人間じゃあない」
 即座に言う佐助は正しい。だって、本当に私は化け物だからだ。炎に焼かれても、死ねない。斬られたとしても、きっと死ねない。代わりに、本当の化け物であることを証明するだけなのだろう。

「葉桜はSpecialなんだ、化け物なんかじゃねぇ」
 そんな風に言ってくれる人はいなかった。だから、私は私を化け物だと言うしかなかった。

「葉桜」
 そんな風に優しい声で呼ばないで。縋りたくなってしまうから。

「……佐助が、正しい」
「っ、葉桜っ!」
 目を開くと、目の前に泣きそうな隻眼が見える。そんな風に見てくれる人なんて、姉様以外いなかった。だから、どんな顔をしていいのか、私にはわからない。だから、私はただ笑ってみせた。

「舞姫は、政宗様の言うようなすぺしゃるなんかじゃない。ただの死ねない化け物だよ。次に繋げるまで、決して死ぬことを許されない、深い業を背負った化け物なんだよ」
「葉桜は違う」
「はっ、違わないよ。舞姫は、私なんだ。逃れることのできない、私の……業」
 どうして私が舞姫だったのか、ひとりになってから何度も考えた。そうして行き着いた答えが、これだ。ーー私はきっと生まれた時から業を背負っているのだ、と。

「そして、私が、最後の舞姫だ。全ての業を昇華し、この日ノ本から全ての争いの根源を絶つことこそが、私の宿命なんだ」
 私は身体を起こし、ふらつきながら立ち上がる。今なら、自分のうちから溢れてくる力をうまく使うことが出来る気がする。背筋を伸ばし、両手に持った舞扇を自分の目の前へ水平に持ち上げてゆく。

 りぃん、とどこかで錫の哭く音が響くのを合図に、ふわりと身体を動かした。一挙手一投足の全ての軌跡は、世界の命ずるままに動かすだけだ。後は、ただ願う。大切な人が癒され、力を得ることを。そして、生き抜くための幸運を。

 ゆっくりと開く私の瞳に伊達政宗、片倉小十郎、真田幸村、佐助の四人の姿が映る。彼らに見えている私の姿はどんな化け物だろうと、不意に笑いがこみ上げてきた。

「姉様たちの仇を討ってくれた貴方達には、とても感謝しています。だから、これはほんの心ばかりの礼です」
 舞扇を開き、手で軽く打ち鳴らす。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。

「葉桜っ」
 そのまま崩れ落ちる私を抱きとめたのは、強面の忠臣。竜の右目で、土の匂いのする優しい男だ。

「……痛みが……」
 驚いたように目を見開く伊達政宗とは対照的に、私は苦痛に目を閉じ、身体を強ばらせていた。

 視界が揺れ、白と黒の闇が交互に溢れてゆく。その間に交じる蒼は哀しい目で私を見ている。何かに気がついた片倉が私の着物の合わせに手をかけたが、私には抵抗する気力も残っていなかった。肌を撫でる冷たい夜風に、かすかに身を震わせる。

「こりゃあ、舞姫の秘術だね。相手の傷を自分に移すっていう」
 完治ではないと予想はしていたが、考えていた以上に伊達政宗の負っていた傷は深かったらしい。それでも、きっと私は死ねないし、この怪我も明日の朝までには治っているだろう。

「なんてぇ無茶しやがる」
 そうかもしれない、と私は口元を歪ませていた。伊達政宗だって、痛がる素振りもみせなかったのだから、そのままでも時間はかかっても治癒できたはずだ。だから、四人分の怪我を肩代わりなんて、きっと何の意味もないかもしれない。

「……それでも……」
 私だけに聞こえるように片倉が囁いてくれた言葉に、私は安堵の笑みを浮かべられた。

ーー政宗様の怪我を治してくれたこと、感謝する。

 そのために追いかけてきたのだし、それに成り行きとはいえ、仇討ちまで手伝ってくれたのだ。だから、礼を言うのは私のはずなのだけど。

 近くで伊達政宗と片倉が何かを話しているのを聞きながら、私の意識は暗転していた。

あとがき

10#佐助という男


勢いって怖い。
なんでか武田に赴くことになりました。
イメージはあれです、アニメで政宗様が銃弾に倒れたやつ。
でも、ストーリーは別です。
適当です(おい


しかし、武田かぁ。
……ますますニセモノ満載に……orz
(2011/07/29)


改訂。
奥州での話をもう少し加えるか迷ったけど、ちょっと疲れたからやーめた←
(2012/02/20)


11#帰りたい場所


ひとまず、奥州とさよならです。
いろいろと細かいフラグは立てましたが、どう動いたものか。
ここまできてお館様に遭わないなんてのはないですよねー。
(2011/07/31)


改訂
(2012/02/20)


12#止まらない涙を抱えて


はい、奥州に逃げました。
だって、口調がわからない。
お館様とか幸村とか難しすぎるわぁぁぁ!
ただでさえ双竜も無理なのに。
そして、さらに難しい人物のところに行くとか、私馬鹿だよね(泣)
(2011/08/02)


公開
(2011/08/03)


分割
(2011/12/30)


改訂。
あれ、書きなおしてみると、なんか政宗が押しきれば、いけそう?←
それにこれだと小十郎は政宗の手前、動けませんねー。
(2012/02/20)


13#爆発の記憶


公開
(2011/08/04)


分割
(2011/12/30)


改訂
(2012/02/20)


はい、奥州に逃げました。
だって、口調がわからない。
お館様とか幸村とか難しすぎるわぁぁぁ!
ただでさえ双竜も無理なのに。
そして、さらに難しい人物のところに行くとか、私馬鹿だよね(泣)
(2011/08/02)


14#立ちふさがるのは


うん、あのさ、あれです。
アニメのあの小十郎さんが戦うシーンてカッコイイよね!
(つまり、完全なる趣味でこの回書いてます)
(その割に戦闘シーン書いてないって言うね)
(だって、ヒロインが見ちゃいない)
(2011/08/02)


悩んだ末に、やっぱりでかけました。
政宗様はなんか勝手についてきた(え
自分でもヒロインがどこに転ぶかわからない←
(2011/08/04)


改訂
(2012/02/21)


16#死ねない呪い


公開
(2011/08/06)


前回からの不自然な流れに追加。
(2011/12/30)


改訂
(2012/02/21)


15#松永久秀との戦い


あれ、いつの間にか小十郎落ち?
いやいやいや、このままじゃいけないですよ。
だって、さよならしちゃったし。
(2011/08/04)


一度書いて、書き直しました。
だって、ねぇ、あまりに片倉落ちになりすぎてるんで。
これじゃあ、あれです。
他のキャラに会えない、ってか佐助とか幸村とか出てきたばっかりなのに不憫すぎる。
(2011/08/05)


改訂
(2012/02/21)