BSR>> あなたが笑っていられる世界のために(本編)>> 20#-25#

書名:BSR
章名:あなたが笑っていられる世界のために(本編)

話名:20#-25#


作:ひまうさ
公開日(更新日):2012.3.11 (2012.6.6)
状態:公開
ページ数:6 頁
文字数:13004 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 9 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
20#泣き虫
21#真の姿
22#頼ったわけじゃない
23#舞姫とミヤの関係
24#そこに私はいらない
25#里心

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p.1

20#泣き虫



 私たちは途中で誰かに、信玄様の居場所を訊ねようと思っていたのだけれど、それはすぐに不要となった。

「あれ、葉桜ちゃん?」
 歩いている私の目の前に、迷彩柄が逆さに落ちて、くるりと回転した。そこには飄々とした様相で、張り付い笑顔を浮かべる胡散臭い忍が立っている。

「挨拶しないで行くっていってたのに、どういう心境の変化? それに、なんで前田の風来坊と一緒にいるんだ?」
 そのつもりだったのは確かだけれど、わざわざこの男に報せることでもない。

 ふい、と顔を背ける私の頭上で慶次が笑う声がする。らしいな、と言外に言われている気がした。確かに今までの私なら、挨拶なんかしなかった。この忌み嫌われる力が明らかになると、逃げるように地を後にしてきたから。

「もう、逃げるのはやめにした。天下取りには興味ないけど、闇が民を苦しめるなら、あなたたちを、侍を利用することにする」
 堂々と宣言する私を目を丸くして見た佐助は、次いで破顔して、私の頭を乱暴に撫でた。

「そっかそっか、利用するか。まあ、それもいいんじゃない?」
 佐助の反応に、今度は私が面食らう。止めるか、笑われるか、されると思っていたのに、まさか肯定されるとは思わなかった。

「止めないの?」
「葉桜ちゃんが本当にそんなことが出来るなら、わざわざ俺様に宣言しないっしょ」
 暗に私には無理だと言われて、それが自分でも分かっているだけに渋面する。確かに、利用してやると言われて、素直に利用されるようなものがこの乱世で一国を束ねる技量の持ち主であるはずがない。

「はははっ、確かに葉桜にそんな芸当できねぇな」
「慶次!」
 しかも隣で大声で慶次まで笑い始めるし。私は口を曲げて、彼らを置いて歩き出した。その後を二人が付いてくる。

「風来坊はなんでまたここに?」
「古い友人が来てるって聞いて、会いに来たんだ」
「……古い友人、ねぇ」
 なんでか慶次に探りをいれている佐助を私は、ちらりと見る。

「慶次とは三年ぐらいの付き合いになるかな。ひとりになって、行き倒れてたところを助けてくれた……たぶん、恩人」
「たぶんって」
「京の宿に私を置き去りにして、結局いなくなったからね。幸い、宿賃は人の良い女将さんが慶次のツケにしてくれたけど」
 そういえば、京の街が初めて里の外で舞をしたんだったな、と目を細めて思い出した。拐かされそうになって、自分の異質さを実感したのもあそこだ。他の場所はともかく、京では祭りの最中だったせいもあるか、全てが有耶無耶に流されてしまって、あの人達が私を見て何を思ったかも、私は知らないまま旅に出たんだ。

「あーそうだ、葉桜、西に行くなら、ついでに京にも寄ってきなっ」
「え、ええー……」
「女将さんとかも心配してるんだぜ? なんたって、アンタは身寄りもないし、可愛いし」
 さっきまで考えていたことだけに、私はどきりとして、でも直ぐに首を振った。

「……できるわけないよ、慶次。私が今いくつに見えると思ってんの?」
「十二、三だろ?」
「三年前は?」
「……どーだったかな」
 わざととぼけている慶次を私はくすりと笑う。

「誤魔化さなくてもいいよ。この姿で十八なんて、どう考えたって化け物でしょうが」
 とん、っと軽く地を蹴り、離れる私が振り返ると、慶次も佐助も立ち止まっている。

「そん……っ」
「誰が見たって、私は化け物。そうでしょう、佐助」
 慶次が否定を返してくると分かっている私は、重ねるように佐助に問いかける。その目をまっすぐに見ると、佐助もまっすぐに見返してくる。

 私が佐助に問いかけたのは、彼が一貫して私を化け物と言ってくれるからだ。だけど、その言葉は今までに聞く誰よりも悪意がない。ただ事実を言っているだけなのだとわかるから、私は傷つかない、はずなのだ。

 ぎゅっと、握りしめたままの拳を強くする。

 佐助の口が開く様子が、やけにゆっくりみえて。その音を発するのを、私はごくりとつばを飲んで待つ。

「ぅゆぅきぃむぅらぁぁぁっ」
 だが、その一瞬前に何かが私の横をものすごい速さで飛んでいって、更に遠くに見えなくなった。

「……え?」
 なに今の、と私が尋ねる前に、飛んでいった方からまた大きな風が通りすぎていく。

「ぅぉやぁかぁたぁさぁまぁぁぁぁっ」
 一瞬、一瞬だけど、それがあの真田幸村と同じ姿に見えた気がした私は目を瞬く。

 えーと。

「佐助、今の何?」
「大将や真田の旦那に比べりゃ、葉桜ちゃんなんて、可愛いもんだよ」
 乾いた笑いを零す佐助は、なんでか遠い目をしている。

「誰が直すと思ってんだかなー」
「だ、だれ?」
「あー、くそっ」
 がしがしと頭をかきむしった佐助は、急に私に向かって手を差し出した。

「行くよ、葉桜ちゃん」
「へ?」
「来る気があるなら、連れてこいってお達しだからさ」
 意味が良くわからないと首を傾げる私の手を慶次が取り、佐助の手に重ねる。

「え、慶次?」
「葉桜を頼んだぜ、忍」
 そこから、私の身体は佐助に抱えられ、あっという間に移動して。気がついたら、天井や壁がぶち破られ、ボロボロの部屋の中にいた。慶次は当たり前というか、もうそばにいなくて。佐助が私の隣で、誰かに向かって膝をついて、頭を下げている。その視線を辿ってゆけば、仁王立ちで嬉しそうにうなづいている大男が一人。

「よう戻った、葉桜」
「信玄様……」
 ゆっくりと近づいてきた武田信玄がその大きな巨体をかがめて、優しく私の頭を撫でる。とても暖かで、懐かしい。

「よう、生きていてくれたな、葉桜」
 その言葉は、里の全てを知ったという意味に聞こえたのは、私の願いがそうだからだろうか。知って、ほしいと。隠された場所ではあったけれど、里の悲劇を、他の誰かにも知っていて欲しいと願っているからだろうか。

 私が口にだすことは出来ない。口にすれば、思い出してしまう。弱くなってしまう。ーー続けることができなくなってしまうと、思っていた。

「……しん、げん、さ、ま……っ」
 視界の歪んだ私を武田信玄は優しく抱き込み、その嗚咽をすべて胸に収めさせてくださった。そうできたのは彼が先々代の舞姫のミヤであるからということもあるだろう。

「わたし……わたし、は……っ」
 泣き続ける私の背中を、武田信玄はただ優しく撫で続けてくれた。

p.2

21#真の姿



 落ち着いてから、私は改めて武田信玄に頭を下げた。

「……お見苦しい姿をお見せして、申し訳ありません……」
 消えてしまいたい。切実に、そう思う。舞姫は基本的に一人で事を為すように定められているため、身内と判断すると甘えたくなってしまうのだと聞いていた。だが、まさか自分がそうなるとは思っても見なかった。

「都桜を思い出すのぅ」
 目を細めて私を見る武田信玄はとても優しく甘やかな目をしている。

「そう、なのですか?」
「あやつも大層泣き虫でな、儂のところに顔を出すたびに嘆いておった」
 暖かな武田信玄の笑い声につられ、私もわずかに笑みがこぼれてしまった。

「ふふっ、想像もつかないです。里長……都様はとても凛々しく、厳しくあられましたから」
「舞姫は孤独じゃ。その役目を誰かと分かち合うことも出来ず、ただひたすらに国のためだけに身体を差し出さねばならぬ……生贄のようだ、と」
 言われた瞬間、私は武田信玄から顔を背けていた。

「生贄ではありません」
「そうか」
「私たちは……罪人なのです」
 握りしめた手から紅い雫がつーっと垂れて、足元に落ちた。

「そのようなことはござらんっ!」
 急に大きな声が聞こえたので振り返ると、真田幸村が真っ赤な顔で叫んでいる。

「某は昨夜葉桜殿の舞を見せていただき申した。葉桜殿の舞は、て、てて、天女の如くき、清らかで、ございましたぞっ」
 途中つっかえつつも言い切ってくれた真田幸村に、私は困ってしまった。どう考えても誉め過ぎだ。私は自分に舞の技術があると自惚れてもいないし、そこまで言われると嘘くさく聞こえてきそうなものだが、真田幸村がいうと本当に褒められていると勘違いしてしまいそうだ。

「ありがとうございます、幸村様」
 なんとか笑顔で御礼をいうと、何故か真田幸村はそのまま硬直してしまった。

「佐助、貴方の主人に、幸村様に舞姫の呪いの話はちゃんとしているの?」
「言ってもきかないよ」
「そういう人ってわけか」
 偏見がなく、無垢で、純粋で、まっすぐな男なのだと、そんなことは昨夜からの一連の出来事で容易に想像できた。

「しかし、真田の旦那があんなにちゃんと最後まで話せるなんてねー」
 佐助は何を言っているのだろうと私が首を傾げていると、急に武田信玄が笑い出した。

「お主は都に似ておるな。歳はいくつになる」
 一瞬、偽ろうかと思ったが、すぐに佐助から知れるだろうと予想し、私は本当を告げることにした。それに、武田信玄は先々代のミヤなのだから、たいがいのことは知っているだろう。

「十八になります」
「そうか」
 武田信玄は驚き一つ見せず、優しい微笑を浮かべて近づいてくると、膝をついて、私の頭を撫でた。大きな手は誰かを彷彿とさせたが、私はその気持ちに気づかない振りをする。

「十八……?」
 訝しげな真田幸村の声で、私は他にも人がいることを思い出して、はっと気を引き締め、武田信玄から一歩下がった。私は何をしているのだろう。いくら先々代のミヤであるからといって、心を委ねることはないというのに。

 フルフルと頭を振り、私は真っ直ぐに武田信玄を見据える。

「信玄様も知っての通り、舞姫は一処に拠ることを許されません。勝手ではございますが、これで御前を失礼させていただきます」
「……ほんに、都にそっくりじゃのう」
 そのつぶやきは本当に小さなものだったのだけれど、確かに私の耳に届いた。私とてそれほど里長のことを知るわけではないが、おそらくは同じことをいうのを想像するのは容易い。なにしろ、里長は私を育てた人といっても過言ではないのだから。

「のう、葉桜、わしが招いたのは葉桜じゃ。古き友人との話ができるお主ともう少し話をしたいと思うておる。どうか、あと一晩だけでもここに留まってはくれぬか」
 不意に頭を下げられた武田信玄に対して驚いたのは、私だけではなかった。同時に私にも視線が集まるが、私はどうしたらいいのか判断しかねる。

 私だって、里の話をしたい。この想いを吐露してしまいたい。そして、武田信玄が里長のミヤであるならば、それは可能なことだろう。

「やめてください、信玄様」
「葉桜」
 留まってくれるか、との言外の問いかけに私は助けを求めて佐助に視線を向ける。が、視線を合わせてくれる様子はない。

 それでは、と真田幸村に視線を向けると、かちりと私を見つめる瞳と合わさった。時間にして一秒もなかったと思う。よく見れば端正な顔立ちに、幼さの残る甘い面差し。そして、武将と言うには似つかわしいと思えない、呆れるほどに真っ直ぐすぎる眼差し。

 だが、その顔は直ぐに朱に染まって、固まってしまった。この姿はどう見ても子供でしかないというのに、何故そうまで意識できるのか。伊達政宗といい、真田幸村といい、どういう者の考えをしているのだろう。

「幸村よ、お主に葉桜はどう見える?」
 問いかけられた真田幸村はびくりと体を震わせ、しかし真摯な瞳で真っ直ぐに私を見つめて答える。

「はい、某には葉桜殿がとても清らかな女性に見えまする」
「その姿形は何とする」
 武田信玄の質問の意図がわからない私は、真田幸村と同じく首を傾げた。

「と、申しますと……?」
「わしには葉桜が十になるかならないかぐらいの幼子の姿をして見える。おそらく、佐助もそうであろう」
 佐助を見ると、そうだとはっきり頷いている。そりゃあそうだろう。私の成長は十二の歳に止まってしまっているのだから。

「某にも最初はそう見え申した。しかし、お館様、面妖なことに葉桜殿の舞を見てから、もう一つの姿が重なって見えるのでござる」
 いつのまにか武田信玄に視線を向けていた真田幸村は、ちらりと私を見てから、また初心な子供のように顔中を真っ赤に染めた。この人って、伊達政宗と同じか下ぐらいの歳じゃなかっただろうか。

「その、妙齢の美しき女性が……」
 戸惑うように口にされた言葉に驚いたのは私だけで、武田信玄も佐助も平然としている。

 あ、あれ?

「何をおっしゃっているんですか、幸村様?」
「うむ、都はその話まではしておらなんだか」
「信玄様?」
 うんうんと頷く武田信玄は何かを納得しているようだが、私にはさっぱりわからない。そもそも、姿が重なって見えるなんて、そんな話を聞いたことはーーあったようななかったような。座学はとにかく苦手だったからなー。

「舞姫は力によって、その成長を留めるが、それを見抜くものが幾人かおる。そのひとりだけが舞姫のミヤとなれるのじゃよ」
 何の話だ、と首を傾げた私の隣でのんびりと佐助が呟く。

「俺様も噂の舞姫の真の姿ってのは見てみたかったんだけどなー」
 かなりの美人だって話しだし、と締めくくる佐助に向けた拳はあっさりと宙を切った。

 私は座学は苦手で、舞姫の教本なんてものもなく、全てが口承で受け継がれている。だから、確かめる術はないのだとしても。

「……信玄様、そのお話詳しくきかせてください。お願いします」
「うむ」
 私が深く頭を下げると、信玄様は嬉しそうに満足な頷いたようだった。

 ミヤの条件とか、そんなのがあったことなんて知らないんだけど、私が舞姫である以上知らないではすませられない。それは、ミヤを選ばないために、作らないためにきっと必要になるはずだから。

p.3

22#頼ったわけじゃない



 衣擦れの音をたてながら、私は大きな襖の前で静かに頭を下げた。先ほどの部屋を一度退席してから、改めて、着替え直してきたのだ。泊まるのだから、という信玄様の言に逆らう理由もなかったから。

 だが、開いた襖の向こうを見た今は、とても後悔している。

「Hey you、もう身体はいいのか、葉桜」
 上座に信玄様がいるのも、右手に下がって真田幸村がいるのも別にいい。その隣に佐助がいるのもまだ許容の範囲だ。

 信玄様の左手に、なんで伊達政宗と片倉様がいるのだろう。私が困惑の目を向けると、信玄様は快活に笑って返してきた。

「お主の策には必要だろうて」
 策というほどのものではないとわかっているはずなのに、何を勝手に言っているんだ。

 困惑したまま、所在無げに立つ私は室内をもう一度見渡す勇気もないまま、俯く。こんな似合わない格好で、もう一度片倉様の前になんて立ちたくなかった。里長のミヤであった信玄様の話は聞きたいが、ここに居続けるなんて絶対に無理だ。

「……信玄様、御前を失礼する無礼をお赦しください……」
 なんとか言葉を紡ぎ出し、踵を返した私の一歩は、唐突に宙に浮いてしまった。この感覚には覚えがある。

「政宗様っ」
 私を抱き上げた伊達政宗に抗議の視線を向けるが、なんでか怒ってらっしゃる。

「……You go alone……」
「え?」
「一人で魔王のおっさんと殺り合うつもりだってのは本気か」
 何を、言っているんだろう。戸惑う私を見下ろす伊達政宗の表情を上手く読み取れないのは、私が理解出来ないからだ。

 魔王というのが尾張の織田信長を指すことぐらいは知っている。殺り合うというのはともかく、一人で対峙するつもりだったのも認める。でも、何故伊達政宗がそれにたいして、怒るのだろうか。

「何をそんなに怒っておられるのですか?」
 だから、率直に聞き返した私は間違っていないはずだ。

 無言で奥歯を噛み締める伊達政宗の左目が怒りに染まるのを、私は他人事みたいにしか思えない。

「奥州には充分に世話になりましたし、私事に巻き込みたくないんです。……何故ここにおられるのですか」
 批難の目を信玄様に向けた私だったが、側で膨れ上がる怒気に困惑の目を伊達政宗に向ける。

「魔王のおっさんを倒すのはこの俺だ」
 急に何を言い出すのだろう。この戦国乱世なのだし、伊達政宗は奥州の長なのだ。それはあって当然のことだろうし、それを止めることなど、私にはできない。

「そうですね」
 私が同意すると、さらに不機嫌になった。

「そうじゃねぇだろ」
 一体全体何を言いたいのか、さっぱりわからない。

「武田のおっさん、ちょっと部屋を借りるぜ。小十郎、お前も来い」
 信玄様の返答も聞かずに私を連れたまま、元の廊下に出た伊達政宗は、すぐに向かいの適当な部屋へと移った。そこへ私を乱暴に落とす。

「っう」
「葉桜」
 間髪入れずに、間近に顔を覗きこまれ、私は非難の目を向ける。

「なん、なんだよ、本当に! なんで、そんなに怒ってるの!?」
「怒ってねぇ」
「怒ってるよっ」
「怒ってねぇよ。それより、」
 顎を捕まれ、無理矢理に上向けられた私には、伊達政宗の後ろの片倉様が見えた。彼も、何か怒っているようだ。

「なんで、俺達でなく武田を頼るのか、そこんところを聞かせてもらおうか」
「はぁ?」
 真っ直ぐに射る伊達政宗の左目が、痛い。

「頼ったわけじゃ、ない。あれは向こうが勝手に言い出したんだから。それに、手伝って欲しいなんて、私は一言も言ってない」
 そうだ、頼ったわけじゃない。結果的に、流された形でここにいるけれど、そもそも信玄様は里長のミヤであって、私のミヤではない。頼る理由は、ない。

「……舞姫はどこにも与しないから、誰に頼ることもできない。それは確かにそうだよ。でも、ひとつだけ例外がある」
「exception?」
「舞姫にとって生涯にたった一人だけ心通わせられる存在ーーミヤとなるものにだけは、心を預けることが許されてる」
「………」
「信玄様は里長……先々代の舞姫のミヤであったから、事情を知っている。もし頼っているように見えたなら、そのせいなんだと思う。でも、頼るつもりはないというのは本当だ」
 頼るなんて、出来るわけがない。常人では私の側にいるだけで、負の力に負けてしまう。

 だから、こそ。

「ここにいるのは、里長のミヤであられた信玄様と昔話をするためだよ。その他のどんな話もする予定はない」
 だからこそ、ひとつところに留まるわけにもいかない。癒しの力だけならばともかく、負を集めてしまう体質なんて、厄介以外の何物でもない。

 私が言葉を切って、真っ直ぐに見上げると、伊達政宗もその向こうの片倉様も探る視線を向けてくる。

 どのぐらいそうしていただろうか。先に視線を外したのは伊達政宗だった。同時に捕まれていた手も外され、私は小さく息をつく。

「……ひとつところに依ることはできませんが……」
 躊躇いながら口にした言葉をどう捉えるのかはわからない。でも、これだけは確実だ。

 きっと私は奥州のためならば、この身を惜しむことはないだろう。

 自然と浮かんだ私の笑顔を見た二人は、なんでか苦しそうに顔を歪めた。

p.4

23#舞姫とミヤの関係



 私達が元の部屋に戻ると、信玄様は何事も無く、膳の用意を命じた。伊達政宗に手を捕まれ、強制的に片倉様と伊達政宗の間に座らされ、ひどく居心地が悪い。

「あの、政宗様」
 誤解も解けたし、離してくれてもいいはずなのに、伊達政宗は全く解放する気配すらない。それが私を身内としてくれる嬉しさが半分と、私みたいな化物を好いてくれているという戸惑い半分の複雑な感情を浮かばせてくる。今までにこんなことは殆ど無かっただけにどうしたら良いか、私にはわからない。里長のミヤであった信玄様は、私のその様子をすべてわかっているみたいなのに、ただ黙って微笑ましく眺めておられる。

「……武田のおっさん、舞姫のミヤ、ってのはなんなんだ。なぜ、アンタがそれを知ってる」
「ま、政宗様!!」
 慌てて腰を浮かせる私の手を、片倉様の大きくゴツゴツとして荒れた手が触れる。

「座れ、葉桜」
 囁くほどに小さな声のはずなのに、とても大きく聞こえて、私は力なくへなへなと座り込んだ。決別を決意したとはいえ、こんなに早く再開するとは思っていなかったから、まだ自分の中にある片倉様への想いに整理がついていないのだ。

「まずは本人に聞くのが定めじゃ。のう、葉桜」
「………」
「葉桜?」
 問いかけられたことにも気が付かないほど、私は動揺していた。既に離れているはずなのに、さっきの片倉様の手の感触が心を離れない。大きくて、熱くて、土の香りのするやさしい手。あの手にずっと触れていてほしい。気が狂うほど、ずっと、ずっとーー。

「葉桜!」
「は、はい!!」
 耳元で苛立たしげに叫ばれ、私はそれをした人物を思わず見つめ返す。

「まさ、むね……様?」
「Are you OK? まだ調子悪いのか」
 伊達政宗の手が額に触れ、私は首を傾げる。

「熱はねえようだな」
「丈夫さが取り柄ですから。……ええと、なんのお話でしたか?」
 部屋の中を見回すと、全員が私に注目している。なにかあったのだろうか。

「葉桜、護国の舞姫について、わしから話してもよいかな?」
「え、あ、は、はい」
 私の返答に信玄様は頷くと、室内のものたちを見回した。それから、ひたりと伊達政宗に視線を留め、次いで私を見て穏やかに笑う。

「葉桜、わしの説明で何か違えることがあれば、遠慮なく申すがよい」
 穏やかさの中に交じる真摯を感じ取り、私は表情を引き締め、居住まいを正して、深く頷いた。

 端的に言うと、信玄様の話は先々代との馴れ初めから始まる盛大な惚気話だった。詳しくいう程のことでもない。それが知らぬ者の話であれば、即座に止めていただろう。だが、私の知る里長とは似ても似つかぬ舞姫の話には戸惑いしかない。

「舞姫とは月読尊の力を受け継ぐ一族の総称で、その力の強大さ故に、成長を阻害する。わしが都に出会った時彼女は既に齢三十を超えておったが、姿形は幼子の……そう、今の葉桜よりほんの少し上ぐらいであったな」
 里長は齢十五で成長が止まったと言っていたのは覚えている。私が知っているのは役目を終えて戻って数年の姿だけれど、それでも精々二十代後半といったところだった。

「見ての通り、今の葉桜は齢十に満たない姿である。だが、幸村には真が見えておるようじゃ。伊達の、ぬしにはなんと見える」
 問いかけられた伊達政宗は真っ直ぐに信玄様を見ている。そう、怖いぐらいに真っ直ぐに。それから、私を見て、見たこともないほど甘やかに笑む。

「武田のおっさん、舞姫のミヤと今の話には関係があるんだな。だったら、答えはYesだ。俺には、葉桜が歳相応の女に見える。……Very Cuteにな」
 最後に囁くように添えられた言葉の意味はわからない。わからないけれど、一応褒められたのだろうか。

「本来ならば真の姿を見ることができるのは唯一人であり、その者こそをミヤと呼ぶ。ミヤは舞姫にとっての唯一と言えるほどの心許せる味方であり、唯一の」
 そこで信玄様は言葉を切って、私をまっすぐに見た。曇りない瞳を見つめ返す私を見て、それからフッと柔らかに微笑む。

「伴侶となる」
 どくん、と心臓が跳ねた気がした。知らなかったことではなく、避けていたことだった。

 真田幸村と伊達政宗の視線を強く感じる。前者は戸惑い、後者は……なんだろう。

「……恐れながら、信玄様、それは違います」
 口を開いた私に更に視線が集中するのがわかるが、私は真っ直ぐに信玄様だけを見つめ続けた。

「確かに、ミヤは心許せるものではありますが、世に言う一般的な伴侶ではありません。それは血を繋げるためだけの手段に過ぎないのです」
「舞姫には伴侶を持つ資格が無い、とおぬしも都と同じ事を言うか」
 握りしめた拳に力が入り、私は視線を自分の膝に落とした。

「ーーそう、ですね」
 自分の口元が歪んだのがわかった。わかっていたことだ。

 舞姫に己の自由なんてものは存在しない。唯ひたすらに、世の浄化のためだけに存在しているのだから。

p.5

24#そこに私はいらない



「私にはずっとこの国を守らなければならない理由がわかりませんでした。力があるから、姉様たちの願いだから、とずっとそう思って舞い続けてきました」
 三年かけて、ひとりで国を見て回って、それでもわからなくて、北の果てで全部投げ出そうとした。吹雪の中を闇雲に歩いて、そうすれば、姉様たちのところへ行ける気がした。

 話を続けていると、やっぱりと小さく伊達政宗がつぶやいていた。奥州で私は同じ問いを伊達政宗にされて否定したけれど、気がついていたようだ。

「でも、北の果ての小さな村で命を救われました」
 私はずっと役目からの解放を望んでいたはずだった。それでも、仮初でもいつきたちの優しさに触れてしまったら、暖かさに触れてしまったら。無くしたはずの想いが戻っていた。

 この国に救う価値などないと、諦めていたはずなのに。

「……救けたいと、初めて自分の意志で舞いました」
 一人になってからは、ずっと姉様たちのためだけの舞だったのに、命が宿った気がした。初めての願い、初めての友、初めてのーー。

「信玄様、もしもいつきや、か……政宗様たちと出会わなければ、私は先ほどの都様と同じ答えを出したでしょう。でも、今は違います」
 私は顔を上げて、伊達政宗と片倉様の二人を見て、彼らの袖を軽く握って、頬を緩めた。

「いつきや片倉様、政宗様が私を信じていてくれる、それだけでもう十分なんです」
 これ以上の幸福なんて、きっとどこにもない。他の誰でもなく、この人が信じてくれているというそれだけで、力が漲ってくる。

「ミヤなんて、私には必要ありません。だって、今の私には誰よりも信頼出来る人達がいて、その人達が笑っていられる世界を守るためになら、どんな困難にだって、打ち勝つことができますから」
 舞姫のヒトとしての弱い心を補うために、ミヤはいる。だったら、私には必要がない。

 真っ直ぐに向けられる信玄様の瞳を受け止めていると、不意にため息が誰かの口から溢れたようだった。

「……そこにおぬしの笑顔はあるのか?」
「え?」
 思いも寄らない問いかけに、私は瞬きする。そんなこと、考えたこともなかった。

 想像してみようとしたけれど、無理だった。

「それって、必要ですか?」
 私が困って問いかけると、何故か複数のため息が重なった。どういうことだろうか。

「葉桜、おぬしが望むことは時に相手も望んでいるということを覚えておくが良い。人は、一人では幸せになれぬ。誰かと共にあることこそが自然と幸福を生み出すのだ」
 私が望むことを、誰かが望む。そんなこと、ありえるだろうか。

 私みたいな化物がいたら、笑顔なんて生まれないんじゃないだろうか。

「……まだ、難しいようじゃな」
 考え込んでいる私の頭に、伊達政宗の大きな手が置かれる。

「I teach it、俺が教えてやるさ」
 何を言っているんだ、と困惑の目を向けても、何故か伊達政宗は満面の笑顔だ。

「こんだけBelieveされてんだ、期待に答えないわけにはいかねぇだろ、You see?」
「そうですね」
 片倉様も伊達政宗に同意している。でも、私は理解が追いつかなくて、首を傾げるばかりだ。そもそも、私には伊達政宗がなんていったのかさっぱりわからない。

 それでも、なんでか信玄様は目を細めて、優しく私達を眺めていて。ひどく、居心地が、悪い。まるで、孫とか娘とか、身内を見るみたいな、優しい父親の目だ。ーー父親なんて、いたことがないから、本当にそんな感じとしか言えないのだけれど。

p.6

25#里心



 話が途切れたのを見計らったように、各々の前に膳が運ばれてくる。その料理に見覚えがあった私は、思わず目を瞬かせていた。

「これ……」
「甲斐の国の名物、ほうとうでござる」
「ほーとー……」
 真田幸村の言葉を繰り返しながら、私は震える手で箸をつけ、一口食べる。ーー間違いない。

「これ、食べたこと、あり、ます。里長……都様の得意料理で、それで」
 二度と食べられないと思っていた里の味で、目の前が滲んでくる。食べるのは約三年ぶりで、中身は食べていたものよりも豪勢だという違いはあるけれど、味は変わらない。

「そうか、得意と言っておったか」
 何かを思い出すように笑う信玄様は、ただ頷く。そこで、やっと私は気がついた。いくら私でも、館の主より先に箸をつけるのが無作法だということぐらいは知っている。一応、里でも作法は叩きこまれたのだ。

「し、失礼しましたっ!」
「うむ、遠慮無く食べるが良い」
「あ、は、はい……」
 こんな初歩的な作法を誤るなんて、消えてしまいたい。

「都はこれが好きでな、これを食べるために顔を出していたのかと思うぐらい、来ると必ず食べておった。そのうち、自分で作りたいと言い出して、勝手場に行ったんじゃが、これがまた不器用で、剥いた芋が元の半分以下というほど小さくなるわ、やるたびに傷だらけになるわでな」
「ええっ?」
 記憶を探っても、里長がそこまで不器用だという思い出は見当たらないだけに、私は首を傾げた。

「やっとできたとわしのところに持ってきたのは、具材の大きさも麺の太さも何も揃わない見た目は子供の作ったものと大差ないものであったが、不思議と旨かったんじゃ」
 そういえば、里で作ったものは具材を切っていたのは他の姉様たちで、里長は指示と味付けしてたのしか見たことないような気がする。

 こうして、里長の話を聞きながら里の味を食べていると、思い出が還ってくるようで、あの頃に戻れたみたいな気がして。こんなにも穏やかな気持に浸ることができるのは、本当に何年ぶりだろうか。

 食べ終わって、膳も下がってから、私は改めて信玄様の前に移動し、膝をつき、頭を床につける最上級の礼をとった。

「信玄様、本当に、ありがとうございます」
「うむ。ほうとうはうまかったか、葉桜」
「はい、ーーとても」
 ゆっくりと顔を上げてから、私は背筋を伸ばした。一度瞳を閉じ、決意を固める。

「私には舞しかありません。故に、この礼は舞で返させていただきとうございます」
 人の前で舞うのは、本当に久しぶりだ。それに、信玄様は里長の舞も知っておられるだけに、かなり緊張する。

 私はゆっくりと立ち上がり、舞い始めた。音はなく、ただ世界に融け合うように、そうして甲斐の国全体に心を広げてゆく。願うのはただ、幸福。弱き者も強き者も、等しく幸せに笑っていられること。それが、私たちの願い。ーー私の、願いだ。

 心の端に小さいけれど光る黒い靄がかかる。あれは、甲斐の国の関所だろうか。南、いや、東?

「っ!」
 一瞬、その悪意が見えた気がして、ぞくりと背筋が凍りついた。あれは、あれはなんだ。

「葉桜っ?」
 気がつけば、私は信玄様の前で膝をつき、荒い息を繰り返していた。ブレる視界に見慣れた藍の着物が映る。いや、それどころではない。

「し、しん、げん、さ、ま、おはやく、南東の、関に……」
 あの時の悪意の奥にあった、鋭い鷹のような、目は。

 最後まで告げる前に、私の体は揺らぎ、誰かの腕の中に落ちていた。

「佐助」
「今探りに行かせました」
 周囲の慌ただしい会話を聞きながらも、私は震えが止まらない。抱いてくれる人の腕に縋りつき、嫌だと思わず首を振って、あの時の悪意を振り払う。あんなの、あんなの、見たことない。

「……葉桜」
「あんなの、あんなの、無理、嫌だ、嫌だよ……っ」
 子供のように駄々をこねてしまってから、はっと気がつく。里心がついて、思わず心まで戻っていた自分に気がついたからだ。

「大丈夫だ、葉桜」
 強く抱きしめてくれているのは、伊達政宗だ。震えが止まった私を見下ろす、優しい左目。

 甘えていた自分を自覚し、顔が熱くなる。

「葉桜?」
 私、何を、してるんだ。

 慌てて飛び起き、伊達政宗と距離を取る。それをどこか驚いた様子で見ている伊達政宗を直視できない。

「あ、わ、私、行ってきますっ!」
「What!?」
 部屋を飛び出す私を捕らえようとした手をすり抜けて、庭へと降り立つ。そのまま、庭を横切り、一直線に塀までたどり着く。が、そこでまた伊達政宗に捕まった。

「落ち着け、葉桜」
「っ!は、離してっ!」
 滅茶苦茶に暴れる私を押さえつける腕は強く、全然かなわない。だからこそ、平静になれたのかもしれない。

「……もう暴れないので、離してください」
 手足の力を抜いて私が言うと、何故かもう一度強く抱きしめられた。

あとがき

20#泣き虫


殴り愛は難しいので、さらっと流しました。
さらっと、流してください……orz


うん、やっぱりこの話はできるだけ短くまとめようと思います。
もっとライトな主人公にしたい。
……できるかどうかはともかく←
(2012/03/11)


21#真の姿


長くお待たせして、申し訳ございません。
ちょっと私事で一月程バタバタしてました。
でも、先の展開がなかなか進んでくれなくて、じたばたしていたのも事実です。
待っている方もいないかもだし、ちょっと投げ出しかけてました。
未完という選択肢はないんですけどね……。


……予定外に甲斐に居候することになりました。まあ、奥州ほど長くはいないかな。


再就職とか息子の保育園デビューとか色々あるんで、更新は遅れるかもしれません。
でも、未完のままにはしませんから!
気長に更新を待ってください。
(2012/4/5)


22#頼ったわけじゃない


うむむ、書いていたら、なんでか乱入された。
なんでだ。


そんなわけで、また奥州のターン(笑)


……いやいやいや、ないないないない。
近く、これは完結させて、森ブログで別な話を始めようかと思ってます。
そっちのヒロインのが、私好みなもんで←
既に一話書きあがってるし。
あとはプロットたてて、暴れるだけだ!←え


さて、どうやってまとめるかな……
(2012/05/24)


23#舞姫とミヤの関係


なかなか進まなくてごめんなさい。
なんか、いろいろとシリアスでごめんなさい。
自分の筆力なさに泣けてくる……
でも、やめられないんだなぁ……
だらだら続いてごめんなさい。
一応、収束に向けて書いているつもりです。
(2012/6/1)


24#そこに私はいらない


えーと……無茶しました。はい。
前回と話が一応つながっているはずなんですが……はずなんですが。
これ以上考えるのを放棄(おい


やっとタイトルの一部が出てきました。
(2012/06/04)


25#里心


うん?なんだか、政宗様が役得な感じだ。
ちなみに、片倉様は政宗様の気持ちを知っているため、動けません。
幸村は……いや、忘れてないデスヨ。
ただ、政宗様があまりに手が早くて、目立てないだけデスヨ?
…………たぶん(笑
(2012/6/6)