幕末恋風記>> ルート改変:山崎烝>> 慶応二年文月 08章 - 08.3.2#気晴らし(追加)

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:山崎烝

話名:慶応二年文月 08章 - 08.3.2#気晴らし(追加)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2012.7.18
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:2657 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
武田「行く道決まりて」[裏]
(山崎)

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p.1

 巡察帰りの私の視界の端に、見覚えのある鮮やかな紅色が一瞬通り過ぎた。思わず足を止めた私に、ついてきていた他の隊士も習って足を止める。

「葉桜先生?」
 不逞浪士を見つけたのかと隣に来た平隊士が身構えるのに対し、私は苦笑いで返す。

「んー、不逞浪士ではないよ。おまえらは先に帰ってろ」
 疑問と不満をもらす彼らを追い返し、私はそれを見かけた場所へと足を進める。一応気配は殺しているが、そうしなくても気づかれることはないだろう。相手はそういったことにかなり鈍いのだ。

 今日は近藤も土方も屯所にいるはずで、そういう時には彼ーー武田観柳祭も決まって屯所にいるものだったから、こんな場所で一人で歩いているというのは至極珍しい。山南塾の方角でもないし、武田の向かう先にあるものと言えば。

「葉桜ちゃんっ」
 弾んだ声がふわりと私を包み込み、耳元で囁く。声色は違うが、声の掛け方や行動が同じで、そんな人物で当てはまる人物を私は一人しか知らない。

 顔だけ振り返ると、私よりも少しだけ背の高い美丈夫が、綺麗な顔で微笑んでいる。非常に、胡散臭い作り笑顔だ。飾り気のない着流しで、下ろした肩口の髪を揺らして、凛と立つ姿はどこかの城の若様がお忍びで街を散策しているようにも見える。

「山崎」
「こんなところでなぁに寄り道してるのよぉ」
「珍しい人を見かけてね」
 男姿をすることのほとんどない山崎の今の姿より珍しいものなどないが、武田も武田で珍しいには違いない。

「山崎は仕事中だね」
 私がそうと確信しているのは、山崎が自分の男姿をあまり気に入っていないと知っているからだ。過去に何があったかまでは聞いたことがないけれど、私は山崎がどちらの格好をしていても別に気にはならない。山崎はどんな格好をしていても山崎だ。

「そういう葉桜ちゃんは巡察帰りよね。真っ直ぐに帰りなさいよぉ」
「ははは、ま、そうするか。山崎の邪魔しちゃ悪いし」
 私が踵を返して元の道を戻ろうとすると、急に山崎に腕を捕まれ、引き寄せられる。気づけば私の体は山崎の腕の中にしっかりと収められていた。

「……どうした?」
「ちょっとだけ、こうさせて」
 何かをこらえているような山崎に、私はそのまま大人しくする。

 武田の向かった方向にあるものを考えると、あまり良い予感はしない。その上、ここに山崎がいるということは、それは間違いのないことなのだろう。鈴花から時々聞いていたが、武田は伊東が来てから、自分の役割について悩んでいたようなのだ。それが、二、三日前から急に元気になったと思ったら、こんな場所に一人で出かけて、誰かと繋ぎを取ろうとしているようで。

「悪い人じゃないんだけどなぁ」
「まさか、葉桜ちゃんが見つけちゃうなんて思わなかったわよ」
「私も」
 軽く笑いながら言うと、私は山崎にますます強く抱きすくめられた。山崎は私と似ているから、こういう時はきっと同じ気持ちだろう。新選組のためならば、どんな汚れ仕事だって厭わないが、それでも心に見えない傷を負うのだ。私は自分の前にある山崎の腕に、そっと手をかける。

「報告、付きあおうか?」
「ううん、大丈夫。気をつけて帰ってね」
 私が何を言うまもなく、直ぐに山崎の姿は消えてしまった。さっきまでここにいたことが夢のように思えるほど、跡形も無い。この微かな残り香がなければ、今の出来事は夢と割り切っても良かっただろう。でも、私はもう知ってしまった。

 頭を掻いて、軽く息を吐きだす。

「……たまには、山崎にも気晴らしさせてやるか」
 苦笑しつつ、私は屯所とは別の方向、さっきまで巡察をしていた京の町中へと足を向けた。



p.2

 私がほんの少し動くだけで、私の頭の上でしゃらりとした銀の触れ合うような涼やかな音がする。

「まだ?」
「んもう、動いちゃだめよ」
 目を閉じたまま私が問いかけると、山崎が不満そうな声を上げる。私はその山崎に顎を掴まれているため、身動きが取れない状態だ。

 私は今、山崎と一緒に島原の一室にいる。二人だけでなく、他にも知り合いの禿や太夫らを含めて、十畳程の室内に、総勢六名だ。全員が気合の入った衣装に、思い思いの化粧をしている。もちろん、私も例に漏れず、遊ばれている。

 普段なら私にこういうことをするのは太夫や禿たちであるが、今日は特別に山崎も誘った。屯所で着飾るのもいいが、こちらのほうが道具も技術も良い物が多いし、やはり山崎はこういったことが好きらしい。

「山崎はん、こちらがこの春出たばかりの紅で」
「こういった衣装なら、この方が映えるんやないやろか」
「葉桜ちゃんにはこっちじゃない?」
「ああ、それもええなぁ」
「山崎はんもこれに」
 周囲で繰り広げられる華やかな会話についていけないのは私だけだろう。それでも、私は辛抱して目を閉じたままされるがまま、だ。別に着飾られるのをそこまで厭うわけではない。ただ、動きにくいなと思う程度だ。

 女たちの華やかな声を子守唄に、うとうととして、はっと気がつけば私は布団で横になっていた。起き上がると、窓辺に座っていた女姿の山崎がゆったりと振り返る。

「おはよ、葉桜ちゃん」
 よく眠れた、と尋ねてくる山崎は昼間よりも晴れやかな顔をしている。ほんの少しの陰りが消えてはいないが、仕方のない事なのだろう。

「烝ちゃんは気晴らしできた?」
「ええ」
「そりゃあ良かった」
 私は鏡台の前に移動し、自分にされていた化粧が落とされているのを確認する。ここでは私を着飾って遊ぶ代わりに、化粧をしてから落とすまできっちりやってくれる。私では行き届かない肌の手入れまで念入りだ。

 着物は流石に夜着に変えられているが、鏡台のそばに元の男物も畳んでおいてある。

「葉桜ちゃんは化粧をしなくても十分よね」
 羨ましいと微笑む山崎に、言葉通りの恨めしさは感じられない。

「烝ちゃんだって、綺麗な顔してるよ」
「でも、やっぱりこの顔は男だわ」
 眉間に皺を寄せるのも様になるな、と私は山崎に近づいて、対面に座った。

 外は既に日が落ちているが、島原の賑わいはまだまだこれからだ。街の灯で煌々と明るい店の前を見下ろした私は、見知った禿に手を振って応える。

「今日はありがとう、葉桜ちゃん」
「どういたしまして」
 山崎の礼の言葉に、私は彼をまっすぐに見て笑って返した。照れた様子で笑う山崎は、私よりもずっと女で、私よりもずっと綺麗で。そんな山崎が、私は大好きなのだ。

「また気晴らししたくなったらいつでも言って」
「ふふっ、そうね」
 二人で笑う声は、外の喧騒を交えて、静かに室内に響いていった。



あとがき

少なすぎるキャラのイベントを補完。
てか、近藤さんらに偏りすぎてるなと(笑)


てことで、今回は山崎です。
山崎とのイベントはあまり甘く出来ないなぁ。
せっかく男姿にしても、私の文章力じゃイマイチ伝わらないですね…orz


これでも、花柳剣士伝の山崎は格好良いと思ってますよ。
恋華の女女エンドもいいけど、花柳の男エンドもなかなかぐっどです。
ただ個人的に山崎はやっぱりマブダチどまりがいいと思います(まて
(2012/07/18)