戦国系>> 落乱>> 雑渡さんとデリバリー

書名:戦国系
章名:落乱

話名:雑渡さんとデリバリー


作:ひまうさ
公開日(更新日):2012.8.2
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:2724 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:/美緒
1)
おかえりなさい・おかわり

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p.1

 時々、私は強制的に出張させられることがある。お店に立っていたのに、目を覚ましたら知らない天井とか、よくありすぎて慣れた。一応、毎回同じ人だから、慣れたのかもしれない。

「うー頭痛い」
「今回も頼むよ、美緒ちゃん」
 私の目を真っ直ぐに見据えて、頼んでくるのは顔に包帯を巻いた忍び装束の男だ。大きくてがっしりとして、男の魅力も満載だけど、足元は足を揃えて横坐り。いわゆる、女坐りといわれるやつだ。結構好みなのに、残念な人だ。

「なんでお茶を一杯淹れるのに、わざわざ拐って、着替えまでさせるんですか。しかも、メイド服とか趣味疑いますよっ?」
「それがメイド服ってわかっちゃうあたり、私も美緒ちゃんを疑いたいなぁ」
「なにかわかったら、私にも教えて下さい」
 言いながら、私は堂々と雑渡さんの前で着替える。もうこれは今更だし、出て行けと言って聞く人でもないから私も諦めている。

 ちゃちゃっと着替えて、用意された盆を手に部屋を出ると、雑渡さんもついてくる。毎回思うが、この人は暇に見えて暇じゃない。今だって、見えないけど誰かと歩きながら話をしている。忍者って、初めて見たなぁと最初は感動を覚えたりもしたものだが、それさえも薄れてしまった。

「お茶をお持ちしました」
 そうしていつもの部屋で私がお茶を淹れて下げるまで、ずっと雑渡さんは私から離れない。忙しいなら別にいなくてもいいのにと思いつつ、いないとちょっと寂しくなってしまう自分に気がついているので、私は何も言わない。

 そんな風にして、私は雑渡さんが「殿」と呼ぶ奇抜な南蛮衣装で変な髭で変な顔の男にお茶を淹れるわけです。変な顔なんです、とっても。ここ、とっても大切。

 「殿」が勝手に話すのを適当に流し聞きながら、私はいつも考えてます。なんっか見たことあるんだよねーこの人。だれだろう。誰なんだろう。すっごく気になるんだけど、思い出せない。

「あー美緒ちゃん、美緒ちゃん」
 雑渡さんの咳払いで、私は現実に引き戻されました。はい、ちょっと逃避してましたー。

「それで、どうなのよ」
「どうって何がですか?」
「この城で働かないかと殿はおっしゃってるんだけど、どうする?」
 どうというわれも、何度目かのやりとりにうんざりしつつも私は、何度目かの拒否を口にする。

「どうもなにも、私はあの茶店が大好きなんで、離れたくないです」
「今みたいに月一で連れ去られても?」
「はー出来れば、連れ去るのではなく、ちゃんと正面から案内してください。帰った後、いつも友達に追求されて、面倒なので」
 一応雑渡さんの名前は知っているけれど、私はこのお城がどこの城で、どこの「殿」にお茶を入れているのか知らない。知るつもりもない。なんとなく、知ったら藪蛇な予感がするので、知ろうとしないでおいていた。だから、友達に追求されても、どこともいえず、結果いつも誤魔化すのに苦労するのだ。

「それは、ここがどこか知りたいってこと?」
「いいえ」
 私が即答すると「殿」は困った顔をして、雑渡さんは愉しそうに目を輝かせている。変な人達だ。

「むしろ今のままでお願いします」
「ほんと、面白い子だねぇ」
 えーなんで私笑われてるんだろう。雑渡さんのツボがわからなくて、やりづらいです。

「とりあえず、今日のところは帰ろうか。……大事になる前に」
「はい、失礼致します」
 私は雑渡さんと「殿」の前から下がって、元の部屋に戻った。また雑渡さんの前で着替えていると、いつも以上に視線が突き刺さる。

「……なんですか、雑渡さん」
「友達の前で私の名前を出したことはないの?」
「はい」
「どうして?」
「……どうしてでしょう?」
 そういえば、無意識に雑渡さんの名前を出していなかった気がする。

「出してもいいのに」
「そうなんですか?」
「うん、別に私は困らないしね」
 少し考えて、私は首を振った。

「やめておきます。なにか面倒事の予感がしますから」
「へー」
「じゃあ、帰るのでよろしくお願いします」
 私が言うやいなや、後ろから誰かに布で口を抑えられて、意識がぐらつく。これってなんて薬品だっけ。てか、頭が痛くなるんだけどなんとかならないかなーと考えている間に、私は意識が遠のいていった。

 雑渡さんは最初にあった時から変な人だった。連れ去られたというのに、悪意がなくて、飄々としていて。それでいて、どっしりとした安定感があって。竹筒からストローでおかゆを飲んでて。

「……う……」
 目を覚ました私は、店先で椅子に横になって眠っていた。周囲には誰も居ないけれど、客の誰かがかけてくれた羽織が、起きた拍子に滑り落ちる。

 見たこともない高そうな羽織に、私は首を傾げた。

「うーん、なんだこれ」
 幸いにも客はいないようで、ここを離れた時のまま店は綺麗だ。

 うーっと、両腕を高く上げて伸びをしながら、目を閉じる。次に目を開けたら、何故か雑渡さんが目の前にいて、私はさすがにびくついた。

「あ、いらっしゃいませ」
「美緒ちゃん、お茶を一杯いただけるかな?」
「はいはいはい」
 私はパタパタと急いで奥に行って、お茶を持って戻ってくる。お湯は温め直されていたので、すぐにお茶は出来上がった。あんまりあつくてもいけないので、私は少しぬるめのお茶を雑渡さんに持って行く。

「おまたせしました」
「ありがと」
 受け取った雑渡さんは思った通り、湯呑にストローを指して飲んでいる。最初は雑渡さんのそのスタイルに驚いたものだが、全身に火傷をしているから包帯を取れないのだときいて、私は納得したものだ。

 雑渡さんはお茶を飲み終わってから、何事もなかったように去っていってしまった。普段は店に顔も出さないのに、妙な人だ。

 翌日、夕刻に店を訪れた友人たちに昨日はどこへ言っていたのかと追求されたが、結局私は雑渡さんの名前を出さなかった。ただ、お茶の出前だと言われた友人たちは何をどう考えたのかまでは、私の知るところではない。

「衣装部屋に高そうな羽織が増えてたな」
「どっかの城にでも連れて行かれたのか?」
「甘くて品のいいお茶の香りがしたよ」
 なんのクイズだ、と私は友人たちに茶を出しながら、くすりと笑う。

「何がおかしい、美緒」
「ふふっ、皆が来てくれて嬉しいなぁって」
 不思議そうな彼らの顔を見ているだけで、やっぱりあの話は断って正解だなと私は頷いた。

「また来てくださいね、お客サマ?」
 にっこりと私が微笑むと、営業スマイルなんて見慣れているはずの友人たちは何故か動揺していた。

(……そろそろ、店を閉めてもいいだろうかって意味で言ったんだけど、伝わってないなー)
 暮れかけた夕陽を見ながら、私は静かに目を閉じた。

 次は何時、雑渡さんに逢えるだろうか。少しだけ楽しみだ。

あとがき

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(2012/08/02)