戦国系>> 落乱>> 潮江文次郎 - おつかれさま

書名:戦国系
章名:落乱

話名:潮江文次郎 - おつかれさま


作:ひまうさ
公開日(更新日):2012.8.5
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4664 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:/美緒
1)
おかえりなさい・おかわり
予算会議に->行きません!

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p.1

 手元の紙の束を覗きこんで、私はうーんと唸り声をあげた。隣に座る人がそれを見て微かに微笑む。

「読めぬー」
 うむむと眉間に皺を寄せて、隣に座る潮江君を見上げると珍しく柔らかい顔で笑っている。トレードマークの眉間の皺はどこへやった。

「美緒でもだめか」
「私でもってどういうことよ」
「…………」
「ちょっと、潮江君っ」
 失礼なことをいう潮江君の膝を叩くが、痛がる素振りもない。冗談でも痛がれーとつねると、流石にやめろと止められた。

「で、なんなのこれ?」
「うむ、後輩が書いたものなんだが、さっぱりわからなくてな。美緒なら読めるんじゃないかと思って持ってきた」
 頼られるのは悪い気分じゃないが、それにしたって「私なら」ってどういう意味だ。同じように字が汚いって意味か、こらー。

 今度は脇腹をつついたが、まったくもって手応えがない。鍛えているのは知っているが、ちょっとぐらいは痛がってくれないと、やりがいがないじゃないか。

 私はお世辞でも字が上手ではない。最初は戸部さんに聞いた山田さんが教えてくれていたが、山田さんも忙しいため、土井さんが見てくれるようになったのだ。土井さんの教え方はわかりやすいが、ただの書取にそこまでの時間を割いてもらうのも心苦しく、及第点のもらえている今では月一で宿題にされている日記帳に目を通してもらうぐらいだ。

 本当は、女なのだからそこまで字を知らなくてもいいんだと言われているが、読めたり書けたりしたほうが何かの役に立つだろうと私は自主的に教わっている。

 あ、そろそろユキちゃんたちと交換ノートでもしようかなー。ユキちゃんというのはここにくる可愛い可愛いくぁわいい女の子三人組のひとりだ。ユキちゃん、おシゲちゃん、トモミちゃんがいると辺りが華やいで、すごく楽しい。確か乱太郎たちの二つ上と言っていたし、えーと、時友君たちと同い年、か?

「おい、聞いてるか、美緒?」
「え?」
「……とにかく、ここに数を書いてくれるか」
「数?漢字で?」
「他に何があるんだ?」
 一応聞いてみたけど、アラビア数字は使えないようだ。知ってたけどね、土井さんもそう言ってたし、お客さんにもそう言われたし。

(漢数字は苦手なんだよねー)
 なんとか一から十まで書ききって、潮江君に見せたが、まあまあだという評価しかいただけませんでした。むむむぅ。

「美緒はこれ以外に数の書き方を知ってるのか」
「うん。……第三協栄丸さんが、海の向こうで使ってるって言ってたやつ」
「どう書くんだ?」
「うん、一がこうで、これが二、これが……」
 潮江君に一から十まで書いてみせると、難しいとの返答が。漢数字のほうがよっぽど複雑だってば。

「で、なんでこんなことをしたのかそろそろ教えてくれる?」
「ああ、今度学園で予算会議が開かれるんだがな」
 私の直感が、これは面倒事だと告げていたので、私は潮江君の話の途中で、話題転換を謀る。

「あ、そうだ新作メニューを作ったんだー、食べるよね?」
「……美緒」
「これは潮江君のために考えたメニューだから、是非とも食べて欲しいなぁ」
「それを食べたら、手伝ってくれるか。もちろん、出張分の給金は出そう」
「食べてくれたら考える」
 私が作ったのは花蜜入りの饅頭だ。下級生の乱太郎、きり丸、しんベエには好評なのだが、学年が上がるに従って、こんな甘いモノは食べられないと言われてしまったので。疲れている人には特に食べて欲しいのに、食べてくれない。だから、そうもちかけたわけだ。

 ちなみに、食べた潮江君の反応は、咳き込んで吐き出したのが一個、なんとかお茶で流し込んだのが一個でした。もったいないなー。

「……なんてものを作ってんだ」
「乱太郎たちには好評なのに、なーんで潮江君たちはダメなのかなぁ」
「甘すぎるっ」
「疲れてる人にはとっても良い薬なんだよ?」
「……わかったわかった。だが、俺も食べたんだから、美緒も約束は守れよ」
 わかってないなぁと私は潮江君に笑いかけた。

「考えるとは言ったけど、行くとは言ってないよ」
 そのあと米神をグリグリされましたー。女の子になんてことするんだー。まあ、女扱いして欲しいわけじゃないけど。

「痛いー」
「自業自得だ。……本当にダメか?」
「うーん、戸部さんの職場に興味はあるけど、やっぱり行けないよ。邪魔しちゃ悪いし」
「そうか」
 やけに疲れて見えた潮江君の顔を、私は下から覗きこんだ。

「なんか大変そうだね。いつもなら、こんな手に引っ掛からないのに」
「ああ、大変なんだ」
「その予算会議が終わったら、お疲れ会しようか」
「……おつかれ会?」
 なんだそれはと目で問われて、私は小さく苦笑した。

「目の下に隈ができるほど頑張ってるんなら、たまには労ってあげるからさ。後輩君たちも連れておいでよ」
 潮江君の目の下をつつくと、やめろと手を掴まれた。普段ならその流れで手は離されるのだけど、今はなぜか掴んだまま見つめられている。さすがにちょっと照れる。

「労ってくれるのか?」
「ん、サービスしちゃうよー」
「じゃあ……」
 耳元で小さく囁かれて、その吐息に頬が熱くなる。

「それでいいの?」
「ああ」
「……じゃあ、終わったら、いつでも来ていいよ」
「約束、な」
「う、うん、約束」
 差し出された潮江君の太くて大きな小指に自分の小さな荒れた小指を絡ませて、私は少しだけ照れながら笑った。



p.2

 そんなことがあったのをすっかり忘れた頃、店を閉めた後で潮江君が顔を出した。普段から目の下に隈を飼ってる潮江君だけど、今日は一段と濃い隈と一緒にやってきたようだ。お陰様で、私もすっかり忘れていた約束を思い出した。

「美緒」
「おつかれさま、潮江君。お風呂にする? ご飯にする? それとも、もう寝る?」
「風呂も飯も済ませてきた。寝かせてくれ」
「了解」
 私はひどく疲れた様子の潮江君を自分の部屋まで案内し、少し待ってもらって布団を敷く。その間も潮江君はぐらぐらと船を漕いで、今にも倒れそうだ。

「布団敷けたよー」
 少しの間目を閉じていたらしい潮江君は薄目を開けて、ふらふらと布団へと寄ってくる。て、まだ平服のままじゃないか。

「潮江君、夜着はある?」
 返答はなく、潮江君は倒れるように布団に横になってしまった。それほど疲れているのに、なんでわざわざ私の部屋に泊まりたいなんて言ったんだろうか。

 そう、潮江君との約束というのは、私の部屋に潮江君を一晩だけ泊まらせるということだ。なんでも、立花君と同室で、たまに別の場所で寝たくなるのだとか。

「潮江君、せめて着替えて」
 ゆさゆさと揺すっても、まったく起きる気配もなく、鼾だけが返事をしてくる。うーん、疲れている時ほど鼾って出るんだっけ、と私は小さく苦笑した。

「しかたないなぁ」
 私は一度衣装部屋へ行って、自分も夜着に着替え、潮江君の夜着になりそうな着物を手に戻った。サイズが合うといいんだけど。

 部屋に戻ると、潮江君はやっぱり眠っていて、ちょっとやそっとじゃ起きそうもない。

「潮江君、勝手に着替えさせるからね」
 一言断ってから、私は介護の要領で潮江君の着物を脱がせ、夜着を着せてゆく。何故知ってるのかって言われると困るが、これも知らないのに知っていることの一つだ。私のように力がなくても出来る方法なのだ。

「っ、と」
 それでも筋肉質な男の子の着替えというのはかなりの重労働で、終わる頃には私も汗だくになってしまった。これでは一度着替えないとならない。こんなことなら、さっき着替えるんじゃなかった。

 潮江君の着物を畳み、私はもう一度衣装部屋へ戻る。そこから代わりの白の単衣を取り出し、外へ向かう。風呂は贅沢なので沸かしていない。その代わりに裏庭にある井戸で汗を流すために来たのだ。つるべを引いて、桶を手に取り、夜着を着たまま自分の体にかけると冷たい水が心地よい。

「きもちいー」
 それから、夜着を脱いで、絞って、体を拭き清める。誰も見るものがいないとわかっているから、私は心置きなく裸になって、そうするのだ。拭き終えてから、少し乾くのを待って、上から白の単衣を着直す。それから、家の中へと戻り、自分の部屋へと向かった。

 ここの家主である老夫婦とは別棟で住んでいて、私は店側の一室を借りている状態なのだ。だから、他に部屋のない私には自分の部屋か衣装部屋かという選択肢しかない。これが山田さんとかなら遠慮無く部屋を貸して、私は衣装部屋に泊まるところだ。でも、今夜部屋を貸しているのは潮江君で、私の大切な友人で、気兼ねするような関係でもない。

 少しばかり冷えた体を潮江君の隣に滑りこませると、隣で小さく身震いしたようだったが、起きる気配もないようだ。

「おやすみなさい」
 眠っている潮江君におやすみの挨拶をして目を閉じたが、先ほどの重労働が効いたのか、なかなか眠りが訪れない。運動しすぎた後って、眠れないって聞いたことあるなー。まあ、いつもより時間がかかるだけで眠れないってことはないだろう。

 つらつらと思考の中に埋もれていくと、隣で眠る人が息を吐いて身動ぎした。それから、私の顔に触れてくるのは、潮江君の大きなゴツゴツとした荒れた手だ。

「……寝たか……?」
「寝てない」
 ぱちりと私が目を開くと、すぐ目の前に潮江君の驚いた顔があった。潮江君は少し視線を彷徨わせ、困った様子で私を見ている。

「隣で寝ろとは言ってねぇ」
「ちょっとぐらい暖取らせてよ。水浴びしたら、冷えちゃったの」
 布団の中で腕を伸ばして抱きつくと、何故か潮江君は固まってしまって、それからぐっと引き寄せられた。

「美緒、わかってるか」
「ん?」
「……わかってるわけねぇか」
「何よ」
 わけのわからない潮江君の言葉に首をかしげていると、額に柔らかくて湿ったものが触れた。これは、えーと。

「潮江君、ちゃんと睡眠はとったほうがいいよ」
「わかってる」
「私も今日は疲れた」
「……もっと疲れさせてやろうか」
「起きてるなら、ちゃんと自分で着替えて欲しかったなぁ」
 それまで、私の体を撫でたり、額や髪に口づけていた様子の潮江君は、突然動きを止めた。

「着替え?」
「寝てると思ったから、着替えさせるのに苦労したよー。私が介護知っててよかったねー……」
 大きな欠伸をして、私はようやく自分が眠くなってきたことを知り、目を閉じる。

「かいご、とはなんだ?」
「ん、なんだろーねー……」
 潮江君の疑問に応えることもなく、私はゆらゆらと心地良い眠りの森に迷い込んでいったのだった。だから、その後の潮江君のため息はひどく遠くに聞こえた。

「本当に美緒は山田先生以外、眼中にねぇな」
 でも、潮江君の暖かさはずっと伝わってきて、普段よりも暖かくて幸せな夢を見られた気がする。

「おい、美緒、俺らも山田先生も男なんだぞ? ちゃんとわかってるか?」
 小さな友人たちと遊んで、戸部さんの膝で眠って、山田さんが私の髪を撫でてくれている。そんな、ありえない幸せな夢だ。

「……んふー……」
「幸せそうなツラしやがって」
 優しい文句は、夢の中の小さな潮江君にほっぺたをつまみながら言われた。

 翌朝、私が起きだす日の出前と同じ頃に、潮江君は学校に戻っていった。朝食、一緒に食べたかったなーと、味気ない一人の食事を取りながら、私はちょっとだけ寂しい気持ちになったりしたのだった。

「美緒はもっと警戒心をもて。俺が悪い男なら、美緒は今頃食われちまってるぞ」
「あはは、そうだねー」
 帰り際にそんな話をしてたら、夢と同じく潮江君にほっぺたを摘まれました。夢の中より、痛かったです。

あとがき

 「予算会議に行こう」を途中まで書いて、やっぱりやめました。
 学園に行ったら、忍者だってバレてしまうー。
 一応ヒロインは彼らが忍者の学校に通っていることを知らないのです。
 知らないほうが作者的にもいろいろと都合もいい。故に、学校へ行くのはやめました。
 彼ら的にも知られたら終わりみたいなルールがあったほうが、話もまとめやすいし。


 前回の食満君の話といい、この潮江君の話といい、なんか「お泊りシリーズ」にしたくなりますねー。
 あと一話ぐらいできちゃったら、分けるか。
(2012/08/04)


 結局、2,3時間後に読み返して、書き直しましたー。
 書きなおす前には三木ヱ門君が出てきていたんですが、その辺も全部カットで、お泊りシーン増量。
 すこしでも悶えていただけたら嬉しいです(そんなシーンはないか(笑)
(2012/08/05)