戦国系>> 落乱>> 立花君と雨

書名:戦国系
章名:落乱

話名:立花君と雨


作:ひまうさ
公開日(更新日):2012.9.13
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:3130 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:/美緒
1)
おかえりなさい・おかわり

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p.1

 今日はあいにくの雨だが、私は変わらずに店を開けている。客はほとんどなく、とりとめのない思考の波に埋没する時間が案外に私は好きなのだ。

「いらっしゃ……うわー、大変っ」
 そんな時にお客様が現れても応対するのには、慣れた。

 突然現れた客は当然ながらずぶ濡れで、今日の雨はシトシトとかなり少なめなのに随分濡れてるなーなんて暢気に考えながら乾いた手ぬぐいを持って戻る。店内に入った立花君の足元には水たまりができていた。普段の立花君は羨ましいほどの自信に満ち溢れているというのに、今日はなんだか様子がおかしい。

「ほら、ちゃんと乾かさないと風邪引く……」
 立花君の髪を拭こうと、頭に手ぬぐいを持った手を伸ばした瞬間、私は冷たい暗闇に包まれていた。そして、その暗闇は、ひどく、震えていた。

「立花君、奥の部屋に行こう」
 雨の冷たさだけじゃない震えだと感じたから、私は立花君に何も聞かないことにした。

「誰にも会いたくないなら、私の部屋を使っていいから、少し休んでいって」
「…………美緒、私は……」
「今は何も言わないで。落ち着いてから、それでも話したいなら、その時に聞くから。だから、今は休んで」
 私は立花君を引き摺るようにして、自分の部屋へと連れていった。もっとも、体格差があるから、立花君自身が歩いてくれなかったら、ずっとあのままだったかもしれない。

「今着替えを持ってくるから、濡れた服は脱いでおいて」
 立花君を部屋の前に連れてきて、私は急いで衣装部屋へとむかった。

 とりあえず、適当な着物を見繕って、部屋へと戻ったが、立花君は私が去った時のままで立ち尽くしていた。足元の暗い水たまりの影に立花君が引きずり込まれてしまいそうで、私は身震いして、慌てて立花君をその場から移動させた。何故そんなことを考えたのか、後から考えてもよくわからない。

「立花君、これに着替えて」
「美緒、私は」
 こちらの声は全く聞こえている様子のない立花君に息を吐き、私は立花君の着物に手をかけた。

 次の瞬間、私は立花君を見上げていた。

「信じてくれ、美緒、私は」
 ひどく切羽詰まった様子の立花君に押し倒されたのだ。何故なのかわからないけど、きっと立花君には理由があるのだろう。不思議と私の中に焦りの気持ちは生まれなかった。

 伸ばした腕で立花君の頭を胸に抱き込んで、できるだけゆっくりと話す。

「うん、信じる。私は、立花君を信じてるよ

 立花君になにがあったのか、私は知らない。でも、これだけは私は知っている。戸部さんも山田さんも、そして彼らの教え子たちも皆信じていい人だ。私が、ここでおかえりなさいを言っていい人達なのだ。

 立花君の長い髪をゆっくりと撫でていると、立花君からは震えが伝わってきて、なんとなく泣いている気がしたから、私はそのまま動かなかった。

「……美緒、離してくれ」
 しばらくして、いつもの立花君の声がして、私は腕を緩めた。体を起こした立花君は、気まずそうに顔を逸らしている。私が起き上がると、立花君は地面に頭をつける勢いで頭を下げた。

「すまん、美緒」
「え? 気にしてないしいいよ。そんなことより早く着替えなよ」
「……少しは気にしてくれ……」
「今、あったかいお茶を持ってくるから、ちゃんと着替えておきなさいよ」
 私は衣装部屋へ行って着替えてから、お茶を淹れて、立花君のところへ戻った。今度はちゃんと着替えた立花君が部屋の入り口に座っている。

「はい」
「ありがとう」
 お茶を飲む立花君をじっと見ながら考え込んでいると、目の前で手をふられて、我に返る。

「どうした?」
「ううん、なんでもない。それより、落ち着いた?」
「ああ」
「……謝る以外で、私に話したいことはある?」
「……いや、無い」
「そう、じゃあ私は仕事に戻るから、しばらくここで休んでいるといいよ」
 そして、私は仕事に戻っていったのだった。

 それから、客のいない店の中から雨の外を見つめて一日を過ごしたが、今日は他に客が来なかったので、早々に店を閉めた。立花君が来た後、店にたってはいたけど、考えることは立花君のことだった。気にならないとはいったけど、普段あんなに自信に満ち溢れていた立花君の様は不安でしか無い。それに、あの昏い水たまりは、とても嫌なものしか私に思い起こさせない。

「立花君?」
 店が終わって、すぐに覗いた部屋の中では立花君が横になって眠っていた。

「……おつかれさま、だね」
 近寄って、そっと顔にかかる髪を避けようとしたら、手を掴まれていた。ぱちりと開いた立花君の目が私をとらえる。

「美緒」
「少しは眠れた?」
「ああ……」
「夕飯は食べてく?」
「……すまん」
「謝らなくていいの、友達でしょ?」
「……すまん」
 謝りながら腕をひかれ、私は立花君の上に倒れこんでしまった。どけようとしても、しっかりと抱きしめられて身動きできない。

「美緒が望むなら、そうでありたいと思っていた。だが、私には無理だ」
「立花、君?」
「友達のままなど耐えられない」
 抱きしめる腕が強すぎて、息が苦しい。

「どうしたら、美緒を手に入れることができるんだ?」
 でも、それ以上に苦しい声の立花君をつっぱねることは、私にはできなかった。

 私には立花君のいうことがわからない。わかってはいけないのだと思う。だって、私は、戸部さんに拾われただけのカワイそうな女の子で、彼らはおそらく私に同情しているだけなのだ。

「私は、そんな大層な人間じゃないよ。もしも立花君が私をそんな風に見ているのだとしても、私にはどうにもできない」
「知っての通り、私は戸部さんに拾われる以前を何一つ覚えてもない、力のないただの女だよ。それ以外には何も持ってない」
 改めて、自分で口にすると、寂しくなる。

 私は何も持っていない。そんなことはわかりきっているのに、口にすると寂しい気持ちになるのは何故だろう。こんなこと、とっくに受け入れていたはずなのに。

「……美緒?」
 立花君の腕が緩んだけれど、私は彼の顔を見るどころか、自分の顔を晒すことさえできなくて、立花くんの胸に顔を埋めて、視線を遮った。涙はでていないけれど、相当にひどい顔をしているに違いないのだ。

「見ないで」
「っ、泣いて……?」
「泣いてない。こんなことで泣くわけないじゃない。こんな、わかりきったことで今更泣かないよ」
 ゆっくりと深呼吸をしてから、私は緩んだ立花君の腕を抜けだして起き上がった。そうすると、不安そうに私を見下ろす立花君の顔が見えたから、私はいつものように笑ってみせるのだ。

「雨が止むまで雨宿りしてく?」
「……美緒」
「それともーーもう、帰る?」
 立花君は少しの間何かを考え、泊まって行くと答えた。

 その夜、私たちは一つの布団で一緒に眠った。

「本気か?」
「え、だって、一つしかないんだもん。しょうがないじゃない。大丈夫、立花君を襲ったりしないし」
「私に襲われる、という発想はないのか」
「あるわけないよー。だって、私は立花君を大切な友達だって信じてるから」
「………………はぁ」
「ずいぶんと深い溜息だねぇ」
「誰のせいだと」
「あはは、おやすみなさいー」
 私は空笑いのあとで、立花君に背を向けて目を閉じ、タヌキ寝入りの寝息をたてた。

「美緒、寝たか?」
「…………」
「美緒が何も持ってないということはない。それで不安に思うことは何もないんだ。私達も、山田先生や戸部先生も土井先生も、皆美緒を気にかけている。だから、何も心配しなくていい。私達が、美緒のそばに居てやるから」
「…………」
「だからな、いつか教えて欲しい。美緒の、本当の気持ちを」
 狸寝入りをしていたのは、立花君にバレていたかもしれない。でも、私が鼻をすする音を立てても、立花君は何も言わなかった。

あとがき

新規作成
(2012/08/04)


本編では出てるのに、何も話がないのもなーと書いてみた。
……撃沈orz
(2012/08/24)


改修中だけど、公開。
(2012/09/13)