奮う剣の先にあるのは怒りと恐怖で、京に来てから私はそれに慣れすぎてしまった気がする。
「女のくせに……」
「女の分際で……」
「女ごときに……」
どれも言い方は違えど、言っている内容は変わらなくて、つい笑ってしまうのは仕方がないだろう。おかげで相手方の逆上を簡単に捉えられるので、仕事は楽だ。
「調子悪そうだな、葉桜」
「おー原田かー……」
巡察を終えた私の前に原田が現れた。いつもながら、何も考えてなさそうな顔をして、なんて羨ましい。
「……男に生まれたかったなぁ」
「またなんか言われたのかよ」
「まーいつものことなんだけどね。毎度おんなじ事ばっかりでさー、変化が欲しいよ」
「ははっ、変化ってなんだよ」
笑い飛ばしてくれる原田に笑い返し、私は屯所の中へと入る。原田は入れ違いで出ていくようだ。
「どこ行くんだ?」
「あ?ああ、まあ、あれだ」
「あれ?」
「……これ」
「ああ、揚げてあるんだ。いってらっしゃいー」
どうやら揚屋に女の子をまたせているらしい原田にひらひらと手を振って、私は土方へといつもの報告へ向かった。
さして、変化のないことは良いことなのだろうが、退屈なのは否めない。もちろん、どんな変化があるかわかっている身としては、もっと平和で暖かな変化を求めているわけだが、そうそうあるはずもない。
土方に報告した後、私はなんとはなしに町をぶらつくのが常だ。変化を求めつつも、変わらぬ日常を目にすると心穏やかになる。
「葉桜はんー」
揚屋界隈をぶらついていると、二階の一部屋から声がかけられ、私は顔を上げた。あれは小鈴という芸子だ。芸子という仕事をしながらもすれたところのない、可愛い女の子で、私も贔屓にしている。
「葉桜?」
その後ろからひょっこりと顔を出した男に、私は目を丸くした。
「原田? 揚げてるのって、小鈴ちゃんだったの?」
二人を交互に見ると、小鈴はわずかに頬を赤らめて、はいと返事をする。原田を怖がらないなんて、珍しい子だと、別な意味で私は感心した。
「葉桜はなにしてんだ?」
「見ての通り、散策だ」
「寄ってくか?」
え、と私は目を瞬かせた。
「原田のおごり?」
「酒代はオマエ持ちだ」
そこまでは無理だと返されて、私は軽い笑い声をあげた。
「小鈴ちゃん、いいの?」
彼らに招かれて揚屋に足を踏み入れた私は、思いがけない光景に苦笑するしかなかった。
もともと揚屋は男と女がアレコレをする場所だから、布団が一組あるのはいいが、二人にはそういった素振りが欠片もない。部屋中に散らばる鞠や折紙、綾取りの紐といったものがあるなんて、普通は想像もつかない。
「ははは、珍しく小鈴ちゃんが揚がってると思ったら、そーゆーこと」
「はい」
「原田はそれでいいのか?」
「ああ」
二人が納得してるならいいか、と私も笑った。
席につくと、小鈴が酌をしに来ようとするのを制して、私はいつものように手酌で酒を飲み始めた。なんか目の前でいちゃついているけど、それはそれでイイ肴だと言ったら、原田は怒るだろうか。
「まさか小鈴まで葉桜を知ってるとは思わなかったなー」
「はい、葉桜さんは珍しい人ですし、皆よく噂してはります」
「へー?」
「特に一番の話題は、葉桜はんの見事なーー」
何か雲行きが怪しくなってきたなーと、私は笑い声で小鈴を呼んだ。
「小鈴ちゃんー、追加でお酒頼んでもいーい?」
「はいっ、すぐにお持ちしはりますから」
すかさず立ち上がった小鈴は私の前を通り過ぎざま、少し罰が悪そうな顔で頭を下げた。どうやら、察してくれたようだ。
小鈴が襖を閉めたあとで、私は怖い顔でこちらを睨む原田に笑顔を向ける。
「何その怖い顔ー、小鈴ちゃんにも怖がられちゃうから、しまってしまって」
「葉桜」
「ここじゃ、どんな目があるかわからないからね。小鈴ちゃんを危ない目に合わせたくないでしょう?」
私は盃と傾けて一息に飲み干し、原田にニヤリと笑ってみせた。
「葉桜、まぁたなんか隠してやがんな?」
「それほどのことじゃあないよ。……原田も知っている私の素性に関わることさ」
後半を小声で呟き、私はまた手酌の酒を傾けた。
「おまえのってーと、あれか」
「アレがどれかは知らんが、たぶんそれかな」
「……それがなんで、小鈴が口にするとヤバイってんだ?」
なんとなく勘だといっても引かないだろうな、と小さく私は笑いながら、それを口にした。
「ただの勘さ」
最近情勢の変化に合わせるように、私の周辺もきな臭くなっている。だから、知っている者達にはできるだけ口止めして、言わないように言っているのだが、こんな風に閨の話になることまでは止められない。まだ、何かが起きたということもないが、それでも用心するに越したことはないだろう。
私は、私のせいで誰かが傷つくなんて、絶対に嫌だから。
「勘じゃあ、しゃーねぇか」
原田も手酌で酒を傾けはじめたのを見て、私は目を丸くする。
「あれ、納得してくれるのか」
「しなくても、葉桜は理由を話すつもりなんざねーんだろ」
「そうだけど……」
「じゃあ、考えるだけ無駄だ」
ほれ、と原田が差し出す徳利の前に、私は自然と盃を差し出し、注がれた酒を一息に飲み干す。さらに差し出される徳利の前に、三度私が飲み干すと、原田は苦笑しつつ言った。
「俺は難しいことを考えるのは苦手だけどよ、葉桜の様子を見ていると今が仮初の平和な気がしちまうんだ」
「山南さんからも聞いてるんだぜ。葉桜の体調が悪いってーことは、幕府もヤバイかもしんねーってことなんだろ」
「それでも、俺らは新選組だ。幕府がどうだろうが、俺らが近藤さんを盛り立て、幕府を盛り立てていきゃー、なんとかなるだろーよ」
話はきっと原田がいうほど楽なことではない。でも、そうあろうとする心の強さは好ましく、私は自然と笑みを浮かべていた。
「……そーだな、原田」
今がどうとかいうよりも、今どうすれば、あの未来を避ける事が出来るのか、そういうことのほうが私にとっては重要だ。無論幕府の政治がどうだとかが気にならないわけではないが、私にどうこう口出しするほどの権力もないし、すべては幕府に委ねるしかないことだ。
だったら、原田の言うように悩むだけ無駄というもの。
「ありがとな、原田」
私が声をかけても、原田は微動だにしない。どうしたのだろうと目の前で手を振ってみると、息を吹き返すように、慌てた様子で私と距離をとった。心なしか顔も赤いようだが、熱でもあるのだろうか。
「原田?」
「ばばば、馬鹿野郎っ! いきなり、心臓に悪い顔すんじゃねーやっ」
こちらは快く礼をあったというのに、この返答はなんだというのだ。
「はーらーだー?」
「っ、お、オマエが悪いんだろっ」
「何が?」
「な、何って、そりゃー」
「原田様?」
幼い小鈴の声に私と原田が振り返ると、小鈴が泣きそうな顔で私達を見ていた。いや、涙が一筋、頬を伝う。
「ウチと遊んでくれる約束なのに……」
「わー小鈴っ、な、泣くなっ、泣くんじゃねーっ! これは違うっ」
泣き始めた小鈴を必死に宥める原田の様子が、普段通りであることに安堵し、私は小さく息を吐いた。
「邪魔したね、お二人さんー」
自分のいた場所に酒代分の銭を置いた私は、彼らの脇をすり抜けて、部屋を後にする。原田には片目をつぶって、拳を突き出し、声援を送ってやるが、見てはいなかったようだ。
平和であるというのは良いことだ。それが仮初であるのなら、私は本物に変えてしまえばいい。そんな単純なことを教えてくれた原田に感謝しつつ、私は屯所へと戻ったのだった。
原田イベント捏造(笑)
引っ越してから、DSソフトが行方不明っていうのと、PSPでGS3に夢中なせいで、イベントを確認していません(え
まあ、ぼんやりと記憶にはあるけど、明るいイベントが欲しかったし、リクもないので、強制的に原田「で」遊ぶイベントです。
後はこの話だと今まで原田のイベントを殆ど書いてなかったから、とでもいいますか。
元々はちょっと苦手なんですよねー原田。
恋華だとギャグ担当って感じだからなのか、勝てないと思うからか。
ギャグが濃いと、負けた気分で書けなくなるからなのか(苦笑
そんなわけで、糖度は低いですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
ちゃんと腹出し店で、違う……、原田視点で書けば、糖度も上がるかも知れませんが、今のところ予定はありません。
(2012/08/17)