巡察後の風呂を堪能した後で、なんとなくぼんやりと空を眺めていた。濡れ髪に一応手拭いは置いているけれど、拭こうというほどの気力もなく。私はここ最近の自分の行動に、少しばかりの反省をする。
沖田が床に伏す日が増えてから、私は周囲に心配されているらしい。私としては普段通りで笑顔を心がけているのだが、芹沢の時以上に皆が気遣ってくる。つまり、私の笑顔が不自然だということなのだろう。
「むー」
両手で顔を挟んで、私は顔の筋肉を解す。強張っているような気もするけれど、京の町で歩いていて気遣われることはないし、たぶん付き合いの長さからだと思うのだが。
「困るなぁ」
作り笑顔とかは、私は慣れているはずだった。気づくのは家族か親しい者ぐらいで、父様の時に至っては、最後まで母様にも義弟にもバレることはなかった。それなのに、何故にここの友人たちは気がついてしまうのだろうか。
むにむにと頬を一頻りこね回してから、私は両手を膝において深く息を吐く。こんなことをしても何も変わらないし、気遣われると余計に疲れるし。
こうなったら、もう少しホンモノに近い笑顔を作るしか無い。そのためにはどうするか。
「どーしたもんですかねぇ」
近づいてくる気配に私が顔だけ向けて笑いかけると、こちらに近づいてきていた服部は困ったように笑っていた。
「葉桜さんが困るなんて、余程のことだね」
「ははは、そーんなことないですよー。私には手に負えない事のほうが多いです」
手招きして服部を隣りに座らせ、私は傍においておいた水筒を差し出す。湯上りに鈴花から渡された茶だ。あれもこれも心配して周囲が手回ししてくれるのは有難いが。
「服部さん、私の笑顔をどう思います?」
「え?」
水筒を受け取る服部に問いかけると、不思議そうに聞き返された。
「不自然なんですかねぇ」
私がそのまま続けて服部に笑いかけると、真剣な眼差しが返されてくる。そのままゆっくりと近づいてきて、不意ににっこりと笑う。
「大丈夫」
「……近いです」
「葉桜さんは、そのままで」
意味の分からないことを言って水筒を受け取り、離れていく服部を見ながら、私は首を傾げた。服部は水筒から一口茶を飲み、それを私に返しながら、私の頭を子供にするように柔らかに軽く叩く。
「肝心なのは、誰のための笑顔なのかってことだと、俺は思うよ」
「今の葉桜さんの笑顔は、皆を心配させないためだから、きっと皆心配になってしまうんだ」
「以前の貴女はもっと……うん、山南さんといるときはもっと穏やかに笑っていたよね。あの時のように笑えば、いいんじゃないかな」
思わぬ人の名前が服部の口から出て、私は眉を下げる。
「そんなことはないでしょう」
むしろ私が山南といる時には、いつも苦しくて苦しくて、必死で笑顔を取り繕っていた気がする。穏やかな気持なんて、全然なかった。
「俺にはそう見えたよ。だから、てっきりーー」
そこまで言ってから、急に服部が口を噤んだ。なんだと首を傾げると、何故か笑い返される。誤魔化されてるのだろうか。
「てっきり、なんですか」
「ははは、まあ、その、ねぇ」
「服部さん」
「……葉桜君と山南さんは付き合っているって、噂がね」
私は驚きに目を見開き、次いで視線を逸らした。そう、見えないことはないかもしれない。山南は私にとても甘かったし、私も彼の好意に甘えていた部分も大きい。だけど、それは有り得ないことだ。
「だから、山南さんが除隊して、君が残った時、誰もが不思議に思っていたはずだよ」
あの仕合をしらなければ、そう勘ぐるのも無理は無いだろう。でも、それがなくとも、私は。
「何故、葉桜君は新選組にいるのかな」
その言葉が責められているように感じたけれど、私は覚悟を決めて服部を見つめ、ゆるりと微笑んだ。
「ーー守りたい人たちがいるんです。私はそのためにここにいるから、恋愛なんてしている余裕はないんですよ」
ここに、新選組に入った時の覚悟は、未だ私の心に深くあり続けている。壬生浪士組の頃から共にいる者達しか、私の覚悟を知らない。だから、そんなことを言っていられるのだ。
「私はただ山南さんを助けたかった。ただそれだけで、そこに甘ったるい感情なんて欠片も無いんですよ」
私が依頼を受けたあの紙にはまだまだ名前が載っていて、そこに彼らの名が記されている限り、私は彼らを守らなければならない。そうしたいと願って、ここにいるのだから。
「葉桜さん……」
戸惑うような服部の視線を受け流し、私は一度目を閉じてから、にっこりと笑顔を作る。
「でも、服部さんがそういうのでしたら、余計な心配をしないような笑顔を作るとしましょうか」
「っ」
「そんな隙も与えないような、ね?」
にやりと笑ってみせるが、服部は何故か複雑そうな顔をしている。
「……葉桜さん、あなたは……」
何かを言おうとした服部は、そのまま言葉を切ってじっと私を見つめて、それからため息を付いた。
「まいった」
「ふふっ」
「葉桜さん、あなたは本当に強い人だね」
「そんなことないですよー?」
私が声を上げて笑うと、服部も苦笑する。
「私が知るどんな女性より、貴女は強いよ。……だから、惹かれてしまうのかな」
「そんなことないですよー」
私が強いはずがない。心はいつも縋れる存在を求めていて、一人で立つことが怖くて怖くてたまらない。誰かに助けを求めて、そうして全てを捨てて逃げてしまいたい気持ちでいっぱいだ。
だけど、そうした結果に残る未来が怖いから、私はここで笑うしか無いんだ。
「ふふっ、服部さん、でーとしましょうか」
「え?」
「行きつけの蕎麦屋で、新作を作ったらしいんですよ。それで、試食に呼ばれてましてね」
どうですか、と私は庭に降りながら服部に尋ねる。服部はしばらく私をじっと見てから頷いた。
「……ああ、行こうか」
「じゃ、門の前で待ってますから、早く来てくださいね」
服部を置いてその場を走りだした私は、服部から見えない位置に来てから足を止め、空を仰ぐ。空を流れる雲に映る人は、いつも二人で、私を意地悪く笑っている。
「……恋なんて」
そんなもの、いつだって私を翻弄する種にしかならないのに。何故こうも簡単に私は揺らぎ、寄りたくなってしまうのだろう。山南のことだってそうだ。周囲にあっさりとわかってしまうぐらいわかりやすく、私は山南に寄りかかってしまっていた。その事実をつきつけられて、私は深く息を吐きだした。
(恋なんて、できるわけない)
一度目を閉じ、深呼吸してから、目を開く。これからまだまだやるべきことも多いのだ。恋も心配も、私には必要のないものだ。
手始めに、服部をどう誤魔化すかなと私は小さく苦笑しながら、門へと向かうのだった。
う、裏、か?
えーと、笑顔を書きたかった、かな。
服部さん好きすぎて、裏か表かわからないですね。
でも、構想的には服部さんは鈴花がイベントした後に来てると思います。
斎藤に捕まらずによくこれたなーなんて。
(2012/11/14)
公開
(2012/11/19)