文化祭も終わった翌日、私はカレンさんに誘われてショッピングモールへ行くべく、足を向けていた。カレンさんと会う時は気を抜いていると「全然ダメ」と駄目出しをされた上に、小一時間ファッション講座が開かれるため、私もそれを回避すべく気合を入れて、流行のものか色をひとつでも身につけるようになった。
「はい来たドーン!」
いきなり縦縞のグレイのスーツと大きめのサングラスの男性に声をかけられた私はびくりと身体を震わせた。その人は私の反応を気にもとめず、真正面から覗きこんでくる。
「はい目線ちょうだい。……いいね目ヂカラあるねぇ。HBK428知ってる?」
「知りませんけど……」
「はい次目線バラして。じゃ、昨日ちょうど一人卒業したの、知ってる?」
「いえ、ぜんぜん……」
「だよね入りたいよねぇ! はいオッケー! わかったプロデュースしよう。ハンコ持ってる?」
「えっ!? なんでですか?」
「時間無いんだよな……じゃちょっと話しようか? ヒーコーミーノーでメーシーでもクーイーして」
「ちょ、ちょっと――」
あっけにとられている間にどんどんと話が進んでいくことに焦って私が抗議の声をあげようとすると、思わぬ方向から助け舟が入った。
「俺も聞きてぇなぁ!」
「ゲッ!?」
「あ、琥一君!」
近づいてきた琥一君に、私も走りより、その大きな体の影に隠れて様子を伺う。
「な、なにお知り合いの方、そっち系のアレみたいな? 言ってくんなきゃ、そういうの先に!」
「儲け話か? 俺にも聞かせろや」
「ゴ、ゴメンねぇ、うちの事務所メンズ無くて――ズイマーだケツあったんだ。はい、お疲れちゃん!」
琥一君が来たとたんにあっさりと逃げていった男性を見て、私も胸をなでおろす。昨日からなんで私がこんな目に遭うんだろうか。
「あのオッサン、昔からこの辺うろちょろしてんな」
「ハァ、よかった、琥一くんが来てくれて」
私が安堵の言葉をこぼすと、何故か睨まれた。
「よかねぇんだよ。オマエなぁ、ちっとは気をつけろ、目立つんだからよ」
「わたし? 目立つかな?」
どこにでもいるごく普通の平凡な女子だと思うんだけど。と言い返すと、さらに強く言い返された。
「目立つんだよ。その……あれだ、こう、男から見るとよ」
でも、意味がわからなくて、私は首を傾げる。
「これだ。 やっぱ、俺が見張ってねぇとな」
なんで、と私が首を傾げると、大きな手で頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。せっかくセットした髪が!
「ちょ、琥一君!」
「どこに行くつもりだったんだ?」
「ショッピングモール。カレンさんと遊ぶ約束してて」
「じゃあ、そこまで送る。ほら、行くぞ?」
「え?」
先に歩き出そうとする琥一君に驚いていると、早く来いと目で促される。じゃあと私は小走りに近寄り、隣を歩こうとした。でも、私より身長もあるし、足の長さも違う琥一君とはすぐに距離があいてしまうため、私は度々小走りにならざるを得ない。
「別にすぐそこだし、大丈夫だよ?」
琥一君はちらりと私を見るだけで、送るという意思は変わらないようだ。度々置いていかれそうになるので、とうとう私は隣を歩く琥一君の手を両手で掴んだ。
「引っ張んな。なんだよ?」
「歩くの早いよっ」
「お、おぉ……悪ぃ」
手を繋いで歩き出すと、少しだけ琥一君の歩く速さがゆっくりになった。それでも、私はまだまだ早歩きなんだけど。
でも、こんなふうに歩いていると、ふっと覚えていないはずの子供の頃を思い出す。こんなふうに手を繋いで、歩いたことなんてあったっけ?
「琥一君」
「なんだ?」
「こうやって歩いてるとさ、子供の頃のこと思い出さない?」
「…………そうか?」
「んー、やっぱ、ないか」
違うのかな、と歩きながら首をひねっていると、琥一君から苦笑が降ってきて、また頭を撫で回された。だから、髪がぐしゃぐしゃになるでしょう!?
「お、いたな」
急に琥一君が足を止めた。その視線の先にはカレンさんが人待ち顔で立っている。まだこちらには気づいていないようだ。
「帰るとき、電話しろ」
「え?」
「じゃあな」
そして、あっという間に琥一君は雑踏へ消えてしまった。呆然と琥一君が歩き去った方向を見ていると、カレンさんに肩を叩かれる。
「バーンービ?」
「ひぅ!?」
思わず声が裏返ってしまったのは、驚いたからですが。
「あのさ、見間違いかなーとも思ったんだけど、もしかして今」
「おおおお遅れてごめんね、カレンさん! じゃ、行こうかっ!?」
まるで見ていたと言わんばかりのカレンさんから逃げるように、私はショッピングモール内へと進んだのでした。
カレンさんと遊んで別れた後、私は結局琥一君に電話はしませんでした。番号も知ってるけど、なんだか子供扱いだったのが嫌だというのがひとつ。後は、二人がバイトで普段忙しいのを知っているから、というのがもう一つ。
(目立ってるなぁ)
遠目にもわかる光景に、私は人混みに溶け込んだまま軽く息を吐いた。はばたき駅前の喧騒の中でもそこだけ異質な空間みたいに人が避けていく。その中心にいるのはちょっと強面の幼馴染みで、不機嫌そうに目を閉じて立っている様子だ。
(暇じゃないはずだよね?)
もしかしたら、待っているのは私ではないのかもしれない。もしかしたら、彼女とか、いるのかもしれない。
(ん?)
一瞬だけ胸の奥が痛みに疼いた気がしたけれど、私は気が付かないふりでやり過ごした。そもそも私と幼なじみたちの間に、そういう感情はないはずだ。
目を閉じている幼馴染みがふと上げた顔と目が合う、そんな確率の低いことが昨日から立て続けに起こっている気がする。
喧騒の中なのに、琥一君が私を呼んだ声が聞こえた気がした。早く来い、と。
(困ったなぁ)
ここで逃げるという選択肢はもとよりない。とりあえず、私を待っていたらしい彼に近づいていくと、琥一君は私の手荷物の量が増えているのを見て、手を出してきた。
「貸せ」
「いいよ、このまま帰るし」
否応なく奪い取られた荷物をバイクに積まれ、困っている間に脇に腕を突っ込まれ、後部シートへ乗せられてしまった。今日はパンツスタイルだから、その点は困らないのだけど。
「ねえ、琥一君」
ヘルメットを被せられ、あごひもをしっかりと止められる。それから、琥一君も私の前のシートに座って。
「しっかり捕まってろ」
「え?」
「振り落とされんぞ」
「う、うん」
アクセルの音とともに体中に振動が響いてきて、初めて乗るバイクに戸惑いながらも私は落とされないように強く琥一君の腰に捕まった。
うちに着くまで、あっという間だった。というか、もう色々と真っ白だ。
「はぁ」
「怖かったか」
「ううん、びっくりしただけ。バイクって早いねぇ」
シートから降ろしてもらいながら、へへ、と私が笑ってみせると、琥一君は何故か気まずそうに視線を逸らした。それから、積んでいた荷物を下ろして、手渡してくれる。
「……なんで」
「うん?」
「なんで、電話して来なかったんだ?」
怒っている様子ではないけど、困惑しているような琥一君の様子に、私は首を傾げる。
「私、子供じゃないよ?」
「あ? ……そうじゃねぇだろ」
心配をしてくれているのは、わかっている。たぶん琥一君は昨日の文化祭の話も琉夏君から聞いているから、幼馴染みの私を心配してくれているだけなんだろう。コウ君は優しいから。
「カノジョに悪いかなって、思って」
少し戯けて言うと、不機嫌に眉根が寄った。
「んなもんいるか」
「えー、そうかなぁ。二人ともいるんじゃないの?」
「ルカの野郎はしらねぇが、少なくとも俺にはいねぇよ。つか、今更だろ」
「そうだね」
私が肩を竦めてみせると、琥一君に深くため息をつかれました。仕方なく、私は本当の理由の方を口にする。
「だってさ、今日は私が勝手に遊びに出てるだけだし、琥一君たちは普段からバイトで忙しいじゃない。だから、お休みの日ぐらいはちゃんと休んで欲しいっていうか、さ」
「後はやっぱり付き合ってるわけでも、一緒に遊んだわけでもないのに、悪いなぁって」
そういうことなんですよ、と伺うように琥一君を見上げていると、本日三度目のナデナデっていうか、ぐしゃぐしゃが!
「余計なこと気にしてんじゃねぇ」
「人がせっかく気を利かしてるのに、それはないよっ?」
琥一君の手を退けようと両手を上に上げるが、さらに強くされて。私もちょっと意地になったんだけど、次の言葉で困惑した。
「俺が迎えに行ってやるって言ってやってんだ。そこは素直に甘えとけ」
琥一君の好意に対して、はいそうですね、と頷けるような素直な女の子であれば良かったかもしれない。だけど、私は再会した幼馴染みに、そこまで無遠慮に踏み込む勇気を持ってなかった。
「でもーー」
「それとも、ーーオマエは誰か送ってくれるようなオトコがいるのかよ」
琥一君の目が眇められ意味を、この時の私はただ誂われていると受け取ったから、思わずと言った調子で言い返していた。
「そりゃ、いたら連絡してるよ! いなくて悪かったねっ!」
私が勢いで琥一君のお腹に軽く拳を当てると、不敵な笑いが降ってきた。やりすぎた、と自覚した私は冷水を浴びせられたように、さっと青ざめていたに違いない。
「クククッ、上等だ」
「わぁ、暴力反対っ!」
私は慌てて後退ったが、琥一君は私の予想に反して、やけに機嫌よく笑っていて。
「来週空けとけ」
「え?」
「わかったな」
言うだけ言って、琥一君はさっさと行ってしまった。私はというと、困惑したまましばらく家の前で立ち尽くしていたのだった。
学祭明けの打ち上げ兼ねて、カレンとショッピングデート。
メイド服で大いに刺激されたカレンに遊ばれるヒロイン(笑)
ナンパ撃退イベントっていいですよね。好感度関係なく、キュンキュンできる台詞が多い。
それに、優しい…にへ。
このまま続けてデートを書いてもいいかなぁと思ったけど、そういえば文化祭で琉夏と約束したことを思い出しました。
つか、書こうとしたら、脳内で抗議された。
(2013/02/23)