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書名:読切
章名:SF/魔法系

話名:目指せ!黒幕!!


作:ひまうさ
公開日(更新日):2013.3.21 (2014.7.2)
状態:公開
ページ数:9 頁
文字数:16649 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 11 枚
1. 定番の…
2. 私のヒミツを知っている?
3. 一番のお気に入り
4. 授業中
5. 生徒会長と取引しましょう
6. 腹の探り合いは苦手です
7. 余計な心配です
8. 依頼は手っ取り早く済ませましょう
9. すべては魔女の胸の内
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<< 読切<< SF/魔法系<< 目指せ!黒幕!!

p.1

1. 定番の…



 薄暗い夕闇の校舎裏で、一人の少女に危険が迫っていた。

「……最初からそういうつもりで、私を呼び出したんですか……っ?」
 壁際に追い込まれた少女が声を震わせながらも言葉を相手を睨みつける。黒く長いストレートの髪に黒い瞳、透き通るような肌に整った容姿は、一見人形かと見まごうほどだ。誰が見ても美少女といった風貌の少女は、今どうみてもガラの悪い男子学生四人に囲まれていた。

「へへ、そのとおりだぜ。噂通り、かわいいなぁ、おい」
「強がる姿もたまんないっス!」
 下卑た笑いで、視姦されて、少女は青ざめた顔で身を震わせていた。

「助けを呼んでも無駄だぜ。この時間、この辺りには生徒も教師も来やしねぇ……」
 伸ばされた手を少女は即座に払いのけた。

「っ、もう限界です、マスター! いい加減にしてくださいっ!!」
「あ? 何いってんだ、おまえ」
 男たちを通り越し、彼らの後方に視線を向けて叫びだした少女に、全員が首を傾げた。

「私は確かにあなたのものではありますけど、こういう娯楽は別な人に頼んでいただけませんかっ!? いくら何でもこうも連日むさ苦しい男に囲まれるとか、やめてくださいっ」
「おい、何言って」
 男が少女の肩に手をかけようとした途端、その手が空をきった。

「っ!?」
 少女の姿がゆらりと透けて。

「あ、こらこら、待ちなさい。許可無く戻ったりなんてしたら、負担が大きいって言ったでしょうが」
 男たちの後方から少し慌てた様子で人影が飛び出す。出てきたのは少女とは対極にいるような、取り立てて特徴をあげられないような少女だ。少し青みの黒髪を一つに結わえ、細い縁の眼鏡をかけた、どこにでもいそうな真面目そうな少女だ。

 彼女が姿をあらわすと、囲まれていた少女は安堵の息を吐き、男たちは疑念に目を歪める。

「……なんだ、オトモダチは大して可愛くねぇな……」
 それに対して声を荒げたのは、囲まれていた美少女の方だ。

「あなた達の目は節穴ですかっ! こんなに愛らしいマスターを可愛くないだなんてっ!!」
「君のその暴走癖はどうにかしたほうがいいかなー?」
 のんびりとした口調で呟いた極普通の少女は、ひとこと小さくつぶやいた。

「おすわり」
 彼女はただ一言言っただけだ。それに大して、美少女は優雅に片膝を地面につけて、中世の騎士のように胸に手を当て、頭を下げた。そして、彼女を囲んでいた男たちは、何か強い力で押しつぶされるように、強制的に膝をつかされていた。

「なっ!?」
 誰も何が起きたのかわからないまま、彼女は美少女にゆっくりと歩み寄る。そして、その目の前で手を差し出すと、自然に美少女がその手を取り、口吻た。

 次の瞬間、そこに美少女の姿は影も形もなく。ただ一匹の黒いシャム猫が残った。猫は軽々と少女の肩に乗ると、頬をすり寄せる。

「もうちょっと見せてくれてもいいじゃないー?」
 少女が不満げに口をとがらせる。

「私をマスターの暇つぶしに使わないでください」
 それに答えたのは猫で、先程からの光景に男たちは言葉を失っていた。

「……お、まえ……っ」
 絞りだすような声に少女が周囲を見て、小さく首を傾げる。

「へぇ、まだ余裕が有るんだ? じゃあーーふせ」
 少女が「ふせ」といった瞬間、男たちは強制的に地面に押し付けられていた。何をされているのか、誰にもわからなかったが、彼らにも少女が只者でないということだけは分かった。

「まあ、定番の展開だったけど、君たちもいい役者だったよ。また、よろしくね」
 少女が四人それぞれの頭に触れると、男たちは意識を無くし。次のは焦点の合わない目を開いて起き上がった。

「君たちのいつもの遊び場へ行くといい」
 少女がそう言うと、四人はふらふらとその場を離れていった。

 それを見送りながら、元美少女であった猫が呟く。

「人間て、下らないですよね」
「そうだねぇ」
 つまらなそうにつぶやいた少女は、猫の背中を撫でる。

「ちょっと見た目がいいだけで、なんで私がこんな目に」
「君は猫でも美人だよ」
 慰めになってません、と猫は少女の手を払いのけた。

「可愛い女の子に囲まれるならまだ……」
「ふーん、じゃあ、次は可愛い女の子に囲まれてみる?」
 愉しげな少女の言葉に、猫は不機嫌に声を荒げた。

「やめてくださいっ!」
「遠慮しなくていいのに。最近、君のことを狙ってる女の子たちがいるみたいよ?」
「ろくなことじゃないじゃないですかっ! 大体、彼女たちの狙いは私ではなくっ」
「副会長さんだよね。いいじゃない、イケメンに口説かれてー」
「わかってるなら、やめてください。そして、私を巻き込まないでください」
 疲れた様子の猫を小さく笑い、少女は壁に手をついた。すると、そこに両開きの黒い扉が現れた。少女は金の取っ手に手をかけて、扉を横にスライドさせる。

「いいじゃないの、生で恋愛シュミレーションをさせてあげてるんだから、楽しんでよ」
「……マスター、私が男だって、忘れてませんか?」
「そんなこと忘れるわけないじゃないー。私だって、可愛い君がBLになるのは可哀想だと思ってるよ? だから、ピンチにならないように、ちゃあんと助けてあげるってば」
「……もう勘弁して下さいよー……」
 扉に一人と一匹が入り、ゆっくりと閉まって、すぐに扉は消えた。



p.2

2. 私のヒミツを知っている?



 私の名前は日野あかり。もちろん、本当の名前ではない。本当の名前は長ったらしいので省略すると、ルイ=ミアーナという。

 そして、この世界で最後の魔女らしい。らしいというのは、目が覚めたら使い魔の猫にそう説明されたからだ。私の親たちは魔女狩りに遭って、人間に滅ぼされたらしい。その間私は魔力を封じ込め、地下の奥深くで眠りについていたのだという。

「マスター、何見ているんですか?」
 早朝の私達以外誰もいない教室で、私の机の前に美少女が座る。これは私の使い魔で、ここでは星野あかりと名付けてある。本当の名前は、ライト。実態は雄の黒猫なのだが、人間にすると何故か美少女になるのだ。使い魔は私がわざとそうしているのだと思い込んでいるが、完全に不可抗力というやつだ。

「君、これはなんにみえる?」
 私が使い魔にそれを見せると、彼女は目を見開いた。

「こ、これは……っ」
「うん、良くない気配がするよね」
「最後まで言わせてくださいよー、マスター」
「あはは、ラブレターはないからね」
「お望みならば、私が毎日差し上げますよ?」
「目の前で燃やしてあげる」
 軽口を叩きながら、私は手紙の中身を取り出し、使い魔によく見えるように開いた。

「ともかく、今はこれ。どう……したの?」
 落ち込んだ様子の使い魔に問いかけると、「どーせ私なんて」と小さく呟いている。何か落ち込むことが会ったのだろうか、と少し考えながら私はいつものようにその頬に手を伸ばした。

「ライト」
 顎を掴んで強引に目線を合わせる。驚いた様子の使い魔は、一瞬の間の後で蕩けるような笑顔を浮かべた。

「マスター……っ!」
「私と君の秘密が知られているらしいんだけど、どうしようか?」
 さらりと私が言うと、即座にその顔が青ざめた。

「えっ!?」
「昨日の今日ってのはまた行動が早いのは「彼」らしいけど、ここは君が行くべきじゃないかな」
「か、かれって」
「もちろん、」
 私は使い魔に見えるように手紙を目の前に突きつけた。

「副会長、朝比奈誉サマ、よ」
 少しの間の後で、教室内に使い魔の絶叫が響き渡った。至近距離でそれをされた私は、たまらず相手にチョップをかます。

「煩い」
「痛いっ!」
 涙目で頭を抑えていた使い魔は、痛みが収まってから不安そうな目を向けてくる。

「……マスター、お願いが」
「私はいつもどおりに遠くから見ていてあげるから」
 私がにこやかに後方支援を宣言すると、使い魔は髪を振り乱して首を振った。

「あの男と二人になるのは嫌ですっ!」
「えーどうしても?」
「それに、これには「二人で来てください」って書いてあるじゃないですか!」
 使い魔の言葉に私は小さく舌打ちする。珍しく頭が働いているようじゃないか。

「舌打ちっ? マスター、まさか、わかってて……っ」
 わなわなと震える姿は思わず抱きしめたくなる可愛さだ。猫でも人の姿でもそういうところは同じだなぁと、私は微笑む。

「副会長も君一人で来たほうが、きっと喜ぶと思うんだ」
「っ、マスターの意地悪ゥゥゥゥゥっ!」
 今度こそ本気で号泣しだした使い魔にため息をつきつつ、私は教室の入口へと目を向けた。

「というわけで、副会長が大好きな方のあかりちゃんの泣き顔で手を打ってはいただけませんか」
 我に返った使い魔は信じられない様子で私を見て、それから教室の入口へと目を向けた。そこから現れた人物に凝視している姿は、本気で気がついていなかったという証拠だろう。使い魔と言っても、この子にできることは限られている。

 私と使い魔の二人だけであった教室に現れた第三者は、今の話題に出ていた副会長その人である。

 金に近い薄茶の髪は丁寧に後ろへ撫で付けられ、瞳は空の深い蒼、肌は黄色人種では有り得ない白色である。まるでおとぎ話の王子のように整った容姿は普段は温和な笑みを浮かべ、常に生徒たちを魅了しているわけだが、今日は私を鋭く睨みつけてくる。

「君たちは、なんなんだ?」
 彼の問に対し、私は口角が上がるのを止められなかった。玩具がひとつ、転がり落ちてきたのだから。



p.3

3. 一番のお気に入り



 副会長の問いから目をそらし、私は窓の外へと視線を向けた。

「そろそろ登校してくる生徒も増えてきますし、さっさと片づけましょうか」
「何?」
 訝しげな副会長の前で私は席を立ち上がり、彼に向かってゆっくりと足を進めた。

「……マスター……」
 不安そうな使い魔に後ろ手で、心配ないと合図を送る。

「ここの生徒です。生徒手帳で確認してみますか」
 はい、と後一歩の場所で足を止め、私は手元の学生証を見えるように掲げた。

「本物か?」
「手にとって確認してもいいですよー」
「いや、いい」
 断られてしまったな、と私は軽く手を振って、生徒手帳を仕舞った。一見手品のように見える動作で騙されてくれるのだから、人間というのは単純なものだ。おかげで、地味ながらも私は手品が趣味だということで、一部有名らしい。

「昨日、そこの星野君がガラの悪い生徒に呼び出されたらしいと聞いて」
 それは私はしっかりと仕組んで見学していた遊戯のことだろう。

「誰に聞いたんですか?」
 私が副会長を遮って尋ねると誰でもいいだろうと不機嫌に返された。大して、私はにやりと笑ってみせる。

「よくないですよー。だって、あかりは誰にも相談なんてしてないんですから、もしも見張っていたなら、そいつをケーサツに引き渡さなきゃ。立派なストーカーですもん」
「っ!?」
「ねえ、副会長?」
 私が一歩を踏み出したが、意外にも彼はその場を動かなかった。私は更に間合いを詰めて、彼のすぐ前に立って、下から顔を近づける。

「いくら彼女が好きだからって、ルールは守ってくださらないと。ターゲットから外しちゃいますよ?」
 私がそう囁くと副会長は目を大きく見開き、青ざめた様子で後退った。

「……オマエ……っ」
「そろそろクラスメイトが登校するので、続きは昼休みにでもどーぞ」
 私が指を一つ鳴らすと、すぐに副会長の姿は掻き消えた。おそらくは今頃自分の教室の自分の机で目を覚ますだろう。

「マスター……」
 不安そうな声に振り返って、私は使い魔に微笑む。

「だぁいじょうぶよ、ライト。君は私の一番のお気に入りだからね。ちゃあんと、守ってあげる。だから、安心しなさい」
 使い魔は少しの間の後で、嬉しそうに頬を染めて「はい」と小さく頷いた。うん、とりあえず私の知る中では、この使い魔はどんなものより可愛い。これにかからない人間も生き物もいないだろう。

 ……世界中で、私を知って、私を慕ってくれるのはこいつだけだ。だから情が湧くのは当然だ。だからこそ一番可愛がっている。だからこそ、こいつには本当の幸せを見つけてやりたいと思っているんだ。

「日野さん、星野さん、おはよー! 朝から何いちゃついてんの。アタシも混ぜてっ!」
 教室に入ってきたのは委員長の林凛子さん。肩口の茶系の黒髪で、赤縁眼鏡がとても似合う女の子だ。クラスの委員長をしている。

「おはよー、林さん。いいよ、カモン!」
「なっ、ひどいです、マスター!!」
 ちなみに使い魔は私を頑なに「マスター」と呼ぶのと敬語を改めないので、実は私と使い魔の関係はしっかりと理解されている。

「ふふ、私は貴方が大好きよ」
「私もマスターが大好きです……っ」
「っ、朝から主従愛を見せつけられて、眼福ですっ!!」
 ちょっと思考回路が変わっているけど、林さんはなかなかの逸材です。

 カオスな状態が出来上がった所で、次々と教室にクラスメイトが入ってくる。これもまた日常なので、皆適当に挨拶して終わりだ。ちなみに、私の隣が使い魔の席である。

「星野、どけろ」
 低い声で使い魔を威嚇するのは、短髪を脱色して逆立てている、反抗期真っ只中らしい少年だ。名を松島友哉(ともや)と言う。細目ながらも、少し彫りの深い精悍な顔立ちと腕っ節の強さから、女生徒のみならず男子生徒にも人気がある。一部噂では一年の番を張ってるとか。何時の時代だ。

「おはよ、松島クン」
「おう」
 私が使い魔で遊びながら挨拶すると、松島は不機嫌そうに眉根を寄せて返してくる。その間に強引に席をどかされた使い魔が、猛然と抗議してくる。

「マスター、松島クンが私を苛めますっ」
「もっとやってあげて」
「……ヒドイ……」
 大げさに泣き崩れる使い魔の頭に手をやり、私はその艶やかな髪を一房手に取り、囁く。

「ふふ、可愛いすぎて、もっと苛めたくなるって、こういうことよね?」
「……っ、マスターにでしたら、いくらでもっ!!!」
 こんなに可愛いのにどうしてこの子は変態なんだろう。このへんは猫でも人型でも変わらないし、弄った覚えもないから素なのだろうけど。使い魔にした経緯を覚えていないから、私を慕う前のこの子がどういう性格だったのか思い出せない。

 撫でれば喉を鳴らす猫のように目を細め、ほほえみを浮かべる。でも、本当にこの子はこんな奴だっただろうかと、時々脳裏を疑問が駆け抜けてゆく。

 でも、そんなのは些細な事だと私は、自分の中の疑念を振り払った。



p.4

4. 授業中



 何故副会長は私にこの手紙を出したのだろうか。その答えは至極簡単だ。だって、私は昨日の一件を特別隠すようには動いていないのだから。いつもならば、適当な所で切り上げて助けるのだけど、珍しく使い魔がキレてしまったから、私は「おすわり」と「ふせ」を使ってしまった。副会長はそれを見たのか聞いたのか。どちらだろう。

 前者であれば、今朝の反応からして他に話しているとは思えない。話したとしても、誰も信じないだろうが。もしも後者であれば、他に目撃者がいるということになり、少しばかり面倒な事態だ。催眠や暗示は極力したくはないが(昨日程度であれば問題はない。ただの夢だと思うだろうから、被験者にも負荷は少ない)。

「日野ー、おーい」
 思索に耽っていた私は、目の前で手を振られ、ぼんやりとその相手を見た。清潔感のある黒髪の短髪に、眼鏡をかけて、白衣を来た男性教師だ。そういえば、今は化学の時間だっただろうか。

「佐倉、先生?」
 確か名前は佐倉信樹(のぶき)。眼鏡を外せばそれなりだが、ぼんやりとしてよく何もないところで躓いたり、壁に激突したり、階段から落ちたりしている天性のドジっ子らしい。使い魔はそれに巻き込まれるのは可哀想だから、攻略相手から外しておいたのに、何故か担任になってしまって、何故か私は絡まれる。一応、気にかけてくれているのかもしれない。

「俺の授業聞いてた?」
 授業、ってなんだっけと目を半眼にしたまま、私は前の席の松島の背中を見て、隣の席の使い魔を見る。うん、いつでも君は可愛いね。

 へらりと私が笑うと、使い魔は頬を赤らめる。それを見たクラス中の男女が惚ける。

「日野ー?」
 しかし、この教師だけは、それに目を向けもしない。折角の天使の微笑みに見蕩れないなんて、目が悪すぎるな、と小さく私は息を吐いた。

「すいません、ちょっと意識飛んでました」
「みたいだな。校庭に面白いもんでもあったか?」
 どうやら私は校庭を眺めていたらしい。しかし、校庭ではこの時間体育をしているクラスはなく、だだっ広い平面の上を風が舞って、砂埃を起こして遊んでいるぐらいしかみえない。

「……はぁ」
「なんにせよ、今は俺の授業中。ちゃんと聞いとけよー」
 丸めたプリントの束で軽く頭を叩かれ、小さく呻き声をあげる。使い魔は、そんな私をみて、何故かうっとりと目を細めている。ちょっと、今のは抗議するところでしょ。

「……マスター、可愛い……」
 だめだ、こいつ。

 教壇に戻った佐倉先生が授業を再開する。取り立てて真新しくもない授業だな、なんて考えていたら、こちらを顧みた前の席の松島と目が合った。ついで、何か軽いものを投げつけられる。

 手紙って、なんだ?

 小さく畳まれたそれを開くと、変な絵が書いてあった。正確には、おかしなおかしな佐倉先生の似顔絵が。

「ぶふっ」
 思わず吹き出してしまった私は悪くない。

「日野」
 ほら、当てられてしまったじゃないか。大人しく席を立った私は、前の席で肩をふるわせている不良に呪いをかけた。

(オマエなんか、今日の昼食食べはぐれてしまえいっ)
 呪いといっても別に特別な何かをするわけじゃない。想いに魔力をほんの少し乗せるだけだ。それだけで、不思議と小さな威力があるのは、ここに誰も魔女がいないからなのか。

 入学当初は少しぐらい魔力のある人間がいたら、自分の正体を明かして、あわよくば仲間に引き込もうと思っていた。だけど、ここにもどこにも魔力の反応はなく、私はいつも一人ぼっち。ああ、使い魔は別だけど。あれは仲間とはまた別だろう。

「次、星野」
「はい」
 使い魔が教師に名を呼ばれて、問いに答えてゆく。それを見ることなく、私は窓の外に広がる青空に目を向けていた。

 世界に残る最後の魔女だと、目覚めた私に使い魔は言っていた。だから、世界中に残る魔力の種をその身に収め、行使することができるのだと言っていた。

 だけど。

 私には目覚める前の記憶が無い。気がついたら、魔女で、一人だった。その私を魔女だと言うのは使い魔だけで、他に証明する方法はない。

 軽くため息をつくと、頬を風が撫でて消えていった。教室の窓は閉まっているのに、と教室内に目を向けようとすると、すかさず頭に衝撃が。

「日野、退屈なのわかるが、俺の授業を聞きなさい」
 もちろん、それをしたのは教師である佐倉だ。私は不満を隠さずに返事をした。

「はぁい」
 それに満足したのかどうかまではわからないが、教師はすぐに授業を再開し、私はーー目を閉じて、授業終了のチャイムが鳴るのを待った。



p.5

5. 生徒会長と取引しましょう



 生徒会室の前で、私の先に立つ使い魔が、その扉を軽くノックする。他の教室と同じようなスライド式の手動ドアだ。

「どうぞー」
 中から聞こえた声に目を丸くした使い魔が振り返ったが、私は小さく頷いて中へと入るように促した。

 室内に副会長である朝比奈がいたのは、至極当然だ。私達を呼び出したのは、この人なのだから。窓を背に、誰かのそばに立つ副会長は、額に収めて飾りたくなるほど絵になる。これで、笑顔さえ浮かべていれば完璧だと思う。

 そして、彼とは対照的に満面に柔和な笑みを貼り付けている人物ーー室内でただ一人、窓際の一番奥の席に座る人物に使い魔は青ざめていた。私は姿勢正しく頭を下げる。

「失礼します。一年A組日野あかりです」
 それをみて慌てた様子で使い魔が両手を脇に揃えて頭を下げる。

「同じく、一年A組星野あかりです」
「俺は生徒会長の京家(きょうや)行広(ゆきひろ)。こっちが副会長の朝比奈誉」
 生徒会長だと名乗る男に見覚えはない。だが、それは副会長があまりに有名すぎるからであって、決して彼の影が薄いというわけではない。

 黒髪の短髪、日本人特有ののっぺりとした顔立ちだが、柔和で優しげな風貌はどこか警戒を薄くさせる。制服もきっちりと着こなす姿勢も良く、開いているのかどうかもわからない細目と口元がそれぞれに弧を描く。

「君たち、昼食はもってきたかな?」
「はい!」
 私よりも元気に返事をした使い魔に、生徒会長は優しげに微笑む。

「では、昼食を食べながらということでいかがでしょうか、日野さん?」
 指し示された席を一瞥してから、私は口端を上げて、微笑んだ。

「謹んで、辞退させて頂きます」
 私の言葉が余程予想外だったのか、生徒会長も副会長も驚愕に目を見開いている。うん、良い玩具(はんのう)だ。

「お話がそれだけでしたら、退出してもよろしいでしょうか。ああ、なんなら、この子は置いていってもいいですよ」
 副会長の目が泳ぎ、薄っすらと頬が染まるのを見て、私は更に笑みを深める。

「そんなぁっ、ひどいです、マスター!」
 すがりついてくる使い魔をひらりと避けて、私は戸口まで歩いて戻る。

「あっさりと帰られると困るな、日野あかりさん」
 戸をスライドしようとした所で声をかけられ、私は半身だけ振り返った。

「先輩方の聞きたいことには、すべてこの子が答えられますよー。私は購買で友人と昼食を頂きたいので、失礼します」
「待てっ!」
 腕を捕まれ、私はおやと首を傾げる。

「朝比奈副会長は、私よりもあかりちゃんとお話した方が嬉しいでしょうに」
 私の腕を掴んだのは、さっきまで生徒会長の側に控えるように立っていた、朝比奈様ですよ。普通の女の子なら、ここは頬を赤らめてきゃーとか言うところですよ。

「今回は、君の力が必要だっ」
「「今回は?」」
 うっかり口を滑らせた副会長は、揃って復唱した私と使い魔よりも、青ざめた顔で会長を振り返った。ふむ、やはり会長は食わせ者だろうか。そうでなければ、面白くないが。

 面白そうなので、私は示された席に着くことにした。面白いことは大好きだ。

「協力してもいいですけど、代わりに条件があります」
「なんだ?」
 目を輝かせてくる会長に私は、最上級の笑顔で答えた。

「そこにいる副会長様に、是非ともあかりちゃんを落としていただきたいんです」
 私の一言で場が静まり返った。ありゃあ、会長も笑顔のまま固まってるよ。でも、冗談じゃないんだな、これが。

「副会長が一ヶ月、あかりちゃんと恋人ごっこをしてくれるなら、喜んで害虫駆除のお手伝いしますよー?」
「なんだそんなことでいいのか? よかったなー、誉」
 笑顔で了承してくれる会長とは裏腹に、副会長は信号みたいに顔を赤くしたり青くしたり、見たこともないほどの狼狽ぶりである。おい、普段から口説きにきといて、何だその反応は。

「マスター! 私は反対です! 男と恋人ごっことか、なんてことをさせようとおっしゃるのですかっ? 私はマスター一筋なんですよ!!」
 こんな男はお呼びではないのです、とはっきりきっぱり言い切る使い魔は涙目で、半端なく可愛い。それを見て、何を決心したのか、副会長は頬を赤らめながら力強く頷いた。

「その条件、引き受けさせてもらおう。だが、必ず成果をあげなければ、彼女は返さないからそのつもりで」
 おお、即座に使い魔を引き寄せたよ、副会長。鮮やかな手並みに敬意を評して、私は使い魔の逃走防止をさせてもらおうか。

「というわけで、一ヶ月頑張れ、あかりちゃん♪」
「っ……鬼畜なマスターも素敵すぎますっ」
 涙目でうっとりと私を見つめる使い魔は、ほんっとうに可愛い。この変態なところがなければ、きっともっと可愛いはずだけど。

 私達に断って二人が出て行った後、会長が一言。

「よろしく頼むよ、魔法使いサン」
 それはこの学校での私の渾名の一つだから、私は微塵も動揺せずに笑顔を返した。



p.6

6. 腹の探り合いは苦手です



 ふたりきりの放課後の生徒会室は、しんと静まり返り、校庭で食後の運動に走り回っている生徒たちの笑い声を届けてくれる。

 私が生徒会長を見るのと同じように、まっすぐに生徒会長も私を見てくる。その瞳は愉しげに笑っているように見えた。

「手伝いについて聞いたほうがいいですか?」
 私が直球で尋ねると、彼は愉しそうに笑い声を立てた。

「さすがは魔法使い。なんでもお見通しだ」
 少し馬鹿にしたような口調で言ったのは、おそらくは私を怒らせようとしたのだろうと、なんとなく思った。だからだろうか。私は極自然に笑って、こう返していた。

「そりゃあ、魔女ですから」
 この世界は娯楽が多い。だからか、正体を言っても、大概は冗談と捉えられるのだと使い魔も言っていたし、教室内で私と使い魔が度々そういうフレーズを出しても、ゲームのようにしか捉えられることはない。

「ふぅん、じゃあ、どこまで知ってるの?」
「そうですねぇ。とりあえず、害虫さんは西高に元凶がいらっしゃるので、話し合いでもしませんか?」
 私がさらりというと、彼はそれはそれは嬉しそうに笑ったのだった。

 副会長の笑顔は王子の笑みだが、私にはただの綺麗なものという鑑賞の域を出ないものだった。だが、会長の無邪気な笑顔は、ちょっと、こう、胸に来る。まるで失った何かの欠片を見つけた気分だ。

「流石は魔女、そのとおりだよ。西高の生徒会長って、俺の幼馴染みで、なんでか昔からライバル視されてるみたいでさー。俺がここの生徒会長になったって人伝に聞いたらしく、地味に嫌がらせしてくるんだよね」
 彼の言う話は既に私も知っている。というか、使い魔が軽く被害に遇っている様子もみているし、何人か助けてもいる。目の前で怪我されちゃ、迷惑なんだよね。

「そろそろ六月の体育祭の準備も忙しくなるし、大人しくさせたいんだけど」
 何かいい案はないかと尋ねてくるが、その目はどう見ても私を試している目だ。つまり、既に策は彼の中で決まっているはずなのだ。

「……化かし合いは苦手なんですよ、これでも」
「そうなの?」
「ええ、だから」
 私は彼の正面へ移動し、顔を近づけて目線を合わせた。

「ーーどういう策か、正直に教えて下さいな、会長さん?」
 言葉に力が乗り、会長の焦点が合わなくなる。それを確認する前に、彼はスラスラと策を口にした。

「西高と合同体育祭をして、勝負を付けたいと思っている。両校の教師陣を説得するのは楽だ。だが、問題は半端に聡いシンだ。あいつは自分が負けるとわかっているから、正面から俺に喧嘩を売ってこない。あいつさえ引きずり出せば、開放してやれるんだが」
 ふむ、なんともありきたりでお粗末な理由だ。でも、他校との合同体育祭とはなかなか面白そうだ。

 私は彼から距離を取り、左手で指を鳴らした。

「いいわ、じゃあ、その幼馴染みを引きずり出して、合同体育祭をするようにしむければいいのね?」
「あ、ああ。……できるかい?」
 数度瞬きしてから、彼は取り繕った笑顔で問いかけてきた。

「もちろん、副会長さんが頑張ってくれるなら、こちらもちゃんとお手伝いさせていただきますよ」
 だから、私も笑顔で返したのだが、少し青ざめた会長の顔に私は少しだけ後悔した。彼に一時だけ魅了の魔法を使ったのだが、精神力の強いものほど心を疲弊させる術だから、普段は滅多に使わない。ただし、私はこれに失敗したことがないから、相手の顔色ぐらいでしか、その精神力を測れないのだ。

 相手も何かを隠しているから、と強引に考えを引きずり出してしまったが、やはりこういう風に力を使うのは良くないのだろう。心や精神といったものを回復するのは、かなり困難なものなのだ。

(夢にしてあげたほうがいいかな。でも、使い魔のことは引き受けて欲しいし、術の線引が難しいし……)
 どうしようかな、と考え込みながら会長の瞳を見つめていると、不意にそれを逸らされた。

「そ、その、魔女さんは具体的にどうするつもりなのか、訊いてもいいかな」
 彼の言葉にそれまでの考えが一瞬で吹き飛ばされて、私は吹き出した。

「っ、くくくっ、あの、私のことはル……日野と呼んでください。魔女さん、なんて言ってたら、頭がオカシイ人と思われてしまいますよ?」
 つい本名の方を口にしてしまいそうになったが、寸前で偽名の苗字を口にする。幸いにも彼がそれに気づかなかったのは、おそらくは魅了の魔法の残滓が残っていたのだろう。

「えーと、じゃあ、日野さん」
「はい」
「今日の放課後、西高に乗り込みたいんだけど、一緒にきてもらえるかな?」
 彼の申し出に対し、さっさと手伝いを終わらせてしまいたかった私は、一も二もなく頷いたのだった。

 なんで早く終わらせたかったって言えば、そんなもの副会長に迫られて戸惑う使い魔を見たいからに決まっている。

「じゃあ、邪魔もされたくありませんし、副会長にはあかりちゃんを送ってもらうということで」
「そうだね。じゃあ、よろしく」
 交渉成立ということで差し出された会長の手を、私は強く握り返して微笑んだ。



p.7

7. 余計な心配です



 帰りのHRの後、早速副会長が現れた。

「星野さん」
 いつもよりも使命感を持って、彼女に呼びかける副会長は五割増しで、背後に大輪でも咲きそうな笑顔で呼びかけてくる。

「嫌です!」
 きっぱりはっきりと拒絶する使い魔だが、副会長は構わずに教室に入り込む。すかさず、私の背に隠れる使い魔あかりちゃんだったが。

「じゃあ、よろしくお願いしますね、副会長」
 私があっさりと彼の手に使い魔を委ねると、周囲からどよめきがおこった。

「え、日野さんが」
「星野さんを」
「売った!?」
 間違ってないだけに、否定出来ない。まあ、するつもりもない。

「マスターの意地悪っゥゥゥぅぅつ! そんなトコロも愛してますーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
 副会長に引きずるように連れて行かれながらの使い魔の絶叫は、実にうざかった。いつも通りである。

 使い魔の声が聞こえなくなってから、私は鞄を手に立ち上がった。そこで、自分に注目している級友たちに目を向けるでもなく、教室の出入口へと足を向ける。

「日野さん」
 委員長のどこか期待に満ちた声に振り返ると、彼女は祈るように両手を胸の前で組んで、私を見つめる。

「あの…………」
 しかし、次の言葉をなかなか継がない彼女と、それを見守る級友たち。どうしたものかな、と逡巡した結果、私はニッコリと笑って、委員長の前に手を差し出した。

 徐ろに手を握り、彼女の前で開く。そこには、小さな白いブーケがひとつ。

「え?」
「あげる。じゃあ、また明日」
「ええ?」
 彼女が困惑している間に、ブーケを押し付けると、私は颯爽と教室を痕にした。

「どういう意味!? どういう意味なの、日野さん!?」
 どよめきに包まれる教室から離れながら、私は小さく苦笑するのだった。

 教室を出て、私は昇降口ではなく、生徒会室の方へと足を向ける。廊下は下校するもののほか、放課後の部活動をするために移動する者達で溢れかえっているが、私はいつものように誰にぶつかるでもなく、真っ直ぐに廊下を歩いてゆく。流れに逆らっているわけではあるが、誰の目に留まるでもなく目的地へと向かう。

 次第に人気が減ってゆく方向にあるのは、理事長室や生徒会室の方向だ。同じ方向にある職員室を素通りしようとした私の背中に声がかる。

「日野」
 喧騒の中であるというのに、よく通る声を聞いて、私は小さく舌打ちした。何故か、彼はいつも流れに逆らう私に気がつくのだ。そして、よく気のつく厄介な教師は、私が気がついたことにも気がついていて、近づいてくる気配に溜息を押し殺して、私は無表情に振り返った。

「なんでしょうか、佐倉先生」
 私の前まで歩いてきた教師は、苦笑しつつ、何故か頭を撫でてくる。犬猫にそうするように、柔らかくも乱雑な撫で方は、少しだけ心地よい。教師に対して失礼だろうかとも思うのだが、所詮はただの人間だ。私にとっては、どうでもいいことでしかない。

「……気のせいか。どこに行くんだ? そっちにあるのは生徒会室だろ?」
 用事なんてないだろうと言外に言われて、私は苦笑しつつ、手元を振るって紙束を取り出す。それから、顔を上げて、彼と目を合わせてかすかに笑う。

「委員長に、書類を届けてくれって頼まれたんです」
「林に? なんの」
 あれ、魅了が効かない。まあ、いいか。

「さあ? 私も詳しくは知りません。興味もありませんし」
 肩をすくめてみせると、呆れた様子で溜息をつかれた。

「そういや、日野と星野はまだ仮入部もしてなかったな。なにかやりたいことはないのか?」
「うちの学校は部活は強制ではなかったと思いますが」
「まあ、そうなんだがな」
 どこか困った様子で眉尻を下げている佐倉先生は、どことなく幼く見えて、可愛い。そんなふうな噂を聞きかじったことはあるけれど、確かに大の大人が困っている様子はそうみえなくもない。

 しかし、ほんの数秒とはいえ言葉の途切れてしまった状況に、私はあっさりと場を辞すことにした。

「お話がそれだけでしたら、失礼致します」
「お、おう」
 踵を返した私は数歩歩いて直ぐ、佐倉から疑問が投げかけられた。

「そういや、いつも連れてる奴はどうした?」
 それが使い魔のことかと思った私は、顔だけ振り返って、笑顔で返した。

「あの子なら、大丈夫です」
 佐倉は一瞬だけ虚をつかれた様子で動きを止めたが、直ぐに緩く微笑んだ。

「そうか」
「はい」
「まあ、あんま無茶すんなよ」
「はい」
 意味がわからないながらも、とりあえず頷き、私はその場を立ち去った。背中に感じる視線は、生徒会室に入るまで途切れることはなかった。



p.8

8. 依頼は手っ取り早く済ませましょう



 生徒会室の前で立ち止まった私は、直ぐに開けるでなく深呼吸する。緊張しているわけじゃない。この中にいるとわかっている相手が苦手なだけだ。

 生徒会長、京家(きょうや)行広(ゆきひろ)。彼の飄々とした雰囲気が、どうにも苦手だ。理屈ではなく、感覚でそう感じるだけだが。

 だが、同時にあまり使い魔と関わらせたくはないと思った。嫉妒などといった類ではなく、本当にただの勘でしかない。

「失礼します」
 私は生徒会室に軽くノックして、声をかけた。中からは入室の許可を促す声が聞こえたので、ノブに手をかけて、軽く回して入室する。

「やあ、待っていたよ、日野さん」
 無駄に華美な花でも振りまくような笑顔で迎えられ、私はうんざりと眉を寄せた。用事は早々に済ませてしまおう。

「ーー人払いはしてありますね?」
「うん」
「では、さっさと終わらせましょうか」
「うん?」
 不思議そうに首を傾げる生徒会長の前で、私は踵を返し、自分が入ってきたばかりの出入口に手を添えた。そのまま目を閉じる。

「日野さん? 何してーー」
 問いかけを遮り、私がドアから一歩左に離れたのと同時に、勝手にドアが開いた。そこから出てきた人物は彼の後ろの誰かと会話をしながら、ドアを潜り抜けたらしい。

「「え?」」
 赤茶けた短い髪に、日に焼けた肌、ダルそうに学ランの前と中のシャツのボタンを緩めた少年が瞬きする間にドアが締る。疑問の声は少年と生徒会長の両方から零れ落ちた。

「はい、後はご自由にどうぞ?」
 会長と少年は暫し見つめ合った後、同時に私を顧みた。

「……は?」
「え?」
「なんで、ここにユキが……? てか、ここどこだよ!?」
 疑問でいっぱいの視線を受け止め、私は満足の笑みを浮かべる。

「ここは黒学の生徒会室です。会長が紅学の生徒会長とお話したいということですので、ご招待させていただきました。手品で」
「最後だけ可笑しくないか!?」
 即座にツッコミ返されて、思わず私は笑ってしまっていた。

「ええ、何も可笑しくないですよ。ねぇ、会長?ーー会長?」
 同意を求めたのに返ってこない肯定に、私は少年の向こう側に見える会長に視線を移して、首を傾げた。

 滅多なことでは驚きそうにない会長は目を見開いて、驚いているようだ。

「会長?」
「……な、んでもない。そう、俺が彼女に頼んだんだよ、こうでもしないとテルは俺と話しあおうとしないだろう」
「んなことねぇよっ」
「ほら、そうやって、直ぐに熱くなるのはお前の悪いクセだ」
「熱くなんかーーっ」
「なってるわねぇ」
「う、うるせぇぇぇぇっ! 関係ねぇやつはひっこんでろ!」
 少年が勢いで言った言葉に、私はやったと笑顔で暇を告げた。

「はい、そうですね。じゃあ、私はこれで失礼します」
 ドアの取っ手に手をかけようとする前に、ドアがノックされた。

 何故、と思わず私は呟く。だって、今はここはどことも繋がっていないはずなのだ。外部との接触を完全に閉じて、私が開くことで元の場所に存在を固定しなおす。そうなるはずだったというのに。

ーーマスター、ダメですよ。破魔の力を侮っては、ダメです。

 脳裏に、誰かの声が蘇る。

ーー忘れたんですか? つい先日もーーにやり返されたばかりでしょう。どうして、そうもムキになるんです。たかが、人間に。

 使い魔ではない、どこか聞き覚えのある声。でも、これは。

「日野さん?」
「おい、大丈夫か?」
 会長と自分の呼び出した少年の声が遠くに聞こえる。急速に閉じていく世界は、最後にここにいるはずのない人物の声がすぐ近くで静かに聞こえた。

「仕方のない人ですね、マスター」
 そう、それは副会長に無理矢理に連れだしてもらったはずの、使い魔の呆れたような声だった。



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9. すべては魔女の胸の内



「……という夢をみたんだけど、どう思う?」
 私が尋ねると、使い魔は頭を抑えるような仕草をした後で、私をぎろりと睨みつけてきた。上目遣いで、とても可愛いぃぃぃっ、とか言ったら、怒られるだろうか。

「私がマスターの夢に出てくるまではいいとしましょう」
「いいんだ?」
「むしろ光栄です。ですが、何故私がわざわざ美少女なんて生き物にならなければいけないのか。そして、人間などに追い回され追い詰められなければならないのか。ありえないでしょう」
「ありえないから夢なんじゃなーい」
 頬を膨らまし、じたばたと手足をバタつかせて拗ねてみせると、落ち着いてくださいと紅茶を差し出される。ありがたく受け取った紅茶を飲み干し、私は息をついた。

「そもそもですね? この私がマスターをわざわざそんな状況に置くような薄情者だとお思いですか」
「薄情じゃないでしょ」
「マスターを一人にするぐらいなら、根性で分裂します!」
「わー、できるようになったら、是非見せてね。あ、でも、それだと小姑が増えることになるのかしら。それはイヤね」
 後半は小声でつぶやいていたつもりだったが、使い魔にはしっかりと聞こえたらしく、わざとらしくギリギリと奥歯をかみしめている。

「マスター!」
「ふふ、今日は何しようかなぁ」
「……なんでもいいですけど、私は絶対にお側を離れませんからね」
「もちろん、頼りにしてるわ。私の使い魔さん」
 私が手を振ると部屋の明かりがついて、私たちは二人共あの夢の様な姿になっていた。私は眼鏡を掛けたお下げ髪の地味な少女に、使い魔は夢の中のような美少女に。

「こんな感じだったのよー」
「っ、マスターっ、今直ぐこの幻影を解いてください!せめて、男の格好にしてくださいっっっ」
「えー、可愛いのに」
「マスターっ!」
「ねえ、せっかくだから、今日は夢の再現をしましょうよ。それがいいわ」
「絶対嫌です! ……マスターに他の男が近づくなんて、絶対許さない……っ」
「え?」
「元に戻していただけないなら、本来の姿に戻るまでです」
 使い魔がその場で宙返りをすると、あっという間に姿は黒猫に戻ってしまった。

「可愛かったのにー」
「可愛いじゃありませんっ!」
 猫目を釣り上げて怒る使い魔に、私はわざとらしく泣く真似をする。

「えーん、使い魔が怒ったー」
「笑いながら、泣き真似とか……あーもうっ! お付き合いいたしますよっ」
「え、ホント?」
「ただし、おっしゃった夢のように私が離れることなどありませんから、そのおつもりで」
「わかってるわよー。どうせなら、もっと面白いコトしたいし、ぴったりな条件の時間と場所を探しましょ」
 鼻歌を歌いながら、宙に円を描くと、シャボン玉がふわりと浮かび、そこに映像が映しだされる。場所も人も様々な映像はいくつも浮かび上がり、部屋を満たしてゆく。

「ねー、どこがいいかしらー」
「っ、出し過ぎです、マスター!」
 シャボン玉のようなそれは使い魔が触れようとするとふわりと逃げて捕まらず、二人の周囲を漂っている。

「夢のとおりだと、この辺だけど……」
「こっちなんかいかがですか、マスター!?」
 狙いを定めそうな主に、別な映像を指し示す使い魔。しかし、手に触れる前に逃げられてしまう。

「どれー?」
「だから、出し過ぎだって言っているんですっっっ」
 怒り狂いシャボン玉のような映像に爪を立てようとしている使い魔の姿は、実に可愛らしく見えて、私は小さく笑った。



(もうちょっとしたら、使い魔()遊ぶのはやめてあげようっと)



 ゆったりと椅子に座って、肘掛けに身体を預けて頬杖をつきながら、私はいつまでもクスクスと笑っているのだった。







 薄暗い夕闇の校舎裏で、一人の少女に危険が迫っていた。

「……最初からそういうつもりで、私を呼び出したんですか……っ?」
 壁際に追い込まれた少女が声を震わせながらも言葉を相手を睨みつける。黒く長いストレートの髪に黒い瞳、透き通るような肌に整った容姿は、一見人形かと見まごうほどだ。誰が見ても美少女といった風貌の少女は、今どうみてもガラの悪い男子学生四人に囲まれていた。

「へへ、そのとおりだぜ。噂通り、かわいいなぁ、おい」
「強がる姿もたまんないっス!」
 下卑た笑いで、視姦されて、少女は青ざめた顔で身を震わせていた。

「助けを呼んでも無駄だぜ。この時間、この辺りには生徒も教師も来やしねぇ……」
 伸ばされた手を少女は即座に払いのけた。

「ワーワーうるせぇんだよ。人間風情が、私に触れるな」
「あ? 何いって……」
 男が何かを言う前に、少女の髪がふわりと浮き上がる。

「そもそも、俺は、男だっっっ!」
「ぎゃっ!」
 少女が打ち出した手のひらから空気の塊のようなものとしか言い表せないものが放たれ、囲んでいた男たちを根こそぎ弾き飛ばした。男たちはそのまま意識を失ったのか、立ち上がる様子もない。

 そして、少女が睨みつける視線の先から一人の少女が苦笑とともに現れる。出てきたのは少女とは対極にいるような、取り立てて特徴をあげられないような少女だ。少し青みの黒髪を一つに結わえ、細い縁の眼鏡をかけた、どこにでもいそうな真面目そうな少女だ。

「もー、話が進まないでしょー使い魔」
「進まなくていいです」
 ピシャリと言い放ち、使い魔は己の幻視を解いて、十歳ほどの少年の姿になった。

「マスター、もういいでしょう? 帰りましょう?」
 見上げてくる少年を見つめつつ、私は口元を解いて笑う。同時に解除されるのは彼女の偽りの姿だ。黒い髪はそのままだが、眼鏡がなくなり、はっきりとした目鼻立ちが現れる。人の姿をしているが、どこか浮世離れした雰囲気は、その衣装がゆったりとした藍色のドレスに変わることで顕著になる。

「そうね、そろそろ午後のお茶の時間ですものね」
 クスクスと私が笑うと、少年は頬をふくらませた。

「そうですけど、それだけじゃないですっ! マスターは……マスターは、いなくなってはダメです」
「そうね」
「最後の魔女なのですよ?」
「ーーそうね」
 私が目覚めてから、幾度と無く繰り返す使い魔から視線をそらし、私は虚空を見上げた。

ーー私がいなくなったら、使い魔は自由になれるのに、どうしてそうしないのだろう。

「マスター」
 不安そうに呼ばれた私は、穏やかに見えるように微笑みながら、使い魔を顧みた。

「今日のお茶菓子は、アップルパイにしましょうか」
「え、ホント!?」
「それとマカロンにチョコレートパフェと、タルトもいいわね」
 先ほどと一転して笑顔の使い魔に、私は密かに胸を撫で下ろす。

「お茶は私に用意させてくださいね」
「もちろんよ。ふふ、楽しみねぇ」
「はい!」
 二人が消えた後の世界は、そのまま静かに巡ってゆく。二人がいた痕跡などどこにもなく。誰も二人のことを知らない。

あとがき

「1. 定番の…」新規:13/3/15)
公開:13/3/21



「2. 私のヒミツを知っている?」 新規:13/3/15


攻略キャラ1(予定)


・朝比奈誉(生徒会副会長)


 色ボケでない時は、敏腕の冷酷副会長サン
 学校大好きで、ヒーロー物が好きなので、たぶん魔女の敵になる。
 でも人間姿の使い魔に弱い。
公開:13/3/22


「3. 一番のお気に入り」 新規:13/3/15


攻略キャラ2(予定)
・松島友哉(級友)


 面倒見の良さと腕っ節の強さから、いつの間にか一年の番長にされている。
 格好は憧れの先輩の模倣。
 自分を恐れず、飾り気もなく、媚もしない魔女を気に入っている。
 しかし、自分からアプローチが全く出来ないへたれ。
 人間姿の使い魔は眼中にない(あれこれ魔女がフラグを立てようとしているが、尽く失敗)。
公開:13/3/23


「4. 授業中」 新規:13/3/22
攻略対象3。だった。
名前:佐倉信樹(のぶき)
職業:化学教師
その他設定。
魔女殺しの家系の末端。しかし、当人は知らない。素質はあるが、自覚なし。
天性のドジっ子。自覚のないたらし。
黙っていれば、頼れる教師。実態はかなり頼りない。
浮世離れして見える魔女を心配している。
公開:13/3/30


「5. 生徒会長と取引しましょう」新規:13/3/29
生贄は使い魔♪
ふむ、展開もいきあたりばったりなので「実は会長は使い魔が男だと知っていて、許可した」とかのが面白いかなぁと考えてます。
(2013/04/26)
公開:13/4/26


「6. 腹の探り合いは苦手です」新規:13/4/30
攻略対象その3?4?
名前:京家(きょうや)行広(ゆきひろ)
役職:生徒会長
家:老舗料亭経営企業の御曹司。
でも、兄がいるので継がないが、参加企業で辣腕。
平凡顔の食わせ者なのは血筋。
兄は母似で、美人顔。
表の黒幕。


うーんと、ざっくり設定はこんな感じかなぁ。
(2013/05/01)
公開:13/5/1


「7. 余計な心配です」
新規:14/5/23
公開:14/6/14


「8. 依頼は手っ取り早く済ませましょう」
新規:14/6/16
公開:14/6/25


「9. すべては魔女の胸の内」 新規:14/6/24
前回がいつもの展開になってしまったため、又強制的に終わらせるために、夢オチでしたー。
十話ぐらいでうまい具合に完結させたいです。
さて、次はアレを書くぞー!
(2014/07/01)
公開:14/7/2